GALAXY ANGEL 悠久の銀河   作:紅だった人

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第2話 2つの不正規部隊

 

 

 辺境惑星での撤退戦から10日あまり。

 ブラッドたちCB(クリスタル・ベル)隊は、彼らの本拠地ともいうべき第1方面軍総司令部のあるカミル星系衛星都市モンドへ帰還していた。

 モンドに限らず、各方面軍の総司令部は発展している都市衛星という半面と強固な防衛衛星という半面を持っている。民間用の港には、そこらの宇宙港とは比べものとならないほどの多数の宇宙船が停泊していた。

 そんなモンドだが他の方面軍と違う施設が一点。不正規部隊の司令部も併設しているのが特徴だ。

 

「ふざけるな!!」

 

 その不正規部隊の司令部にて一つの怒号が響いていた。怒号とともに投げられたデータディスクを軽々と避けたのはランスだ。

 

「……大真面目ですが、何か?」

 

「大真面目の結果がこれか! いくら任務に失敗したからといって、こんなデタラメなデータで報告を上げてくるバカがいるか!!」

 

 ランスに怒鳴っている相手は、不正規部隊を統括している人物の一人である。貴族出身ではないが、事あるごとに不正規部隊を見下しており評判が悪い。

 隣に立っていたブラッドは、床に落ちたディスクを拾いランスの代わりに向き合う。

 

「お言葉ですが、嘘か真かはデータを見ていただければ判断がつきます。ですので、もう一度目を――」

 

「バカの相手をするほど私は暇ではない! とっとと出ていけ!」

 

 完全に頭に血が上ってしまった統括者に、ブラッドは内心溜息をついた。今、彼に何を言っても聞く耳をもたないだろう。

 ランスと目配せし、2人は簡略な敬礼を残し司令部を後にした。

 

 

 

 

「短気過ぎるぞ、あの男」

 

 母艦のある宇宙港へ向かう通路をブラッドとランスは並んで歩いている。先日の辺境外での概要を、任務の発令者たる統括者に報告したわけであるが、思った以上に反応が苛烈であった。

 

「いつも口の悪い人ですが、ちょっと過剰でしたね」

 

「どうせあの惑星の開発でどっかと癒着でもしてたんだろ」

 

「そんなところでしょう」

 

 トランスバール皇国にとって、軍上層部の汚職の多さは見えない――意図的に隠ぺいされた社会問題である。一般皇民はともかく、軍の内情がよく見える不正規部隊員にとって、今更地方総司令部の人間が汚職をしていたところで、別段驚くことでもない。

 

「……まあでも、今回に限ってはあいつの気持ちも分かりますがね。逆の立場だったら、俺だって信用できない情報ですよ、これは」

 

 ブラッドがデータディスクを見せるように掲げると、ランスも肩をすくめながら「まあな」と答えた。

 それほど、2人が辺境で見た黒い艦隊は常識外れの数だったのだ。どうやって艦を揃えたのかは元より、それを運用する人員、維持費用をどう集めたのか。説明のつかない事が多すぎる。

 

「それでブラッド。これからの事はどう考えている」

 

「どうとは?」

 

「ここに帰還するまでに、あの黒い艦隊について考えていただろう。聞かせろよ」

 

 本来、こういった大局的な視点でものを見るのは、部隊長であるランスの役目だが、CB隊ではいつの間にかブラッドがその役目を負うようになってしまっている。ブラッドが色々思考を巡らし、ランスが決める。平時においては隊長と副隊長というよりは、隊長と参謀といった間柄に近いのだ。

 

「……ずっと考えていました。あの艦隊の数は自衛にしては過剰ですし、海賊行為で使うにしても維持費を考えれば割に合わない。そうなると――」

 

「侵略か」

 

 ブラッドは深く頷く。

 

「あれだけの数があれば、国境付近の採掘惑星数個は奪取できるでしょう。そうすれば、収入と出費のつり合いは取れます」

 

 ですが、とブラッドは続ける。

 

「そこまでやれば正規軍が動きます。いくら多いとはいっても方面軍の動員数には届かない。戦闘になれば負けは必須でしょう。全くの無意味となります」

 

「そこまで頭が回ってないんじゃないか?」

 

「あそこまで艦隊を揃える手腕があるのにですか?」

 

 それはないと断言するブラッド。その態度にランスは満足げな表情を浮かべ、先を促してきた。

 しかし、ブラッドの思考もそこまでである。

 

「だから、分からないんです」

 

「分からない?」

 

「ええ。つまりあの艦隊は、動いても動かなくてももう終わりなんです」

 

 動けば殲滅させられ、動かなければ多数ゆえの補給不足で自滅である。

 

「でも、あの艦隊を集めた人物は無能じゃないと思っている。だから何かあるはず。この堂々巡りです」

 

 これ以上の判断には情報が少なすぎる。結論はでないだろう、とブラッドは考えを落ち着けていた。

 

「まあ、何にしてもあの艦隊と関わる任務は避けたほうがよさそうだな」

 

「同意します。命がいくつあっても足りませんからね」

 

 先の戦いでランスもブラッドも黒い艦隊の強さは身に染みている。しかも不正規部隊が戦場に駆り出されるとしたら、それは最前線に違いない。もっとも、不正規部隊だからこそ、任務を回避する手段が多数ある。場合によっては正規軍よりマシかもしれないのが救いだ。

 

「方針は決まったな。それじゃ後は頼む」

 

 ランスがそう発言したのは、市街地と宇宙港の分岐路でのことである。

 

「……また女性ですか?」

 

 ランスの目的をすでに察しているブラッドは肩をすくめて言った。

 この上官は、宇宙港に寄るたびに女性を買うか、ひっかけるかして夜をともにしている。プライベートの事なのでことさら止めるよう諫めたりしないが、もう少し節度を持ってくれれば威厳も出るのに、と思う一方でこの奔放さが彼の美点の側面でもあるので、いつもブラッドは微妙な気持ちだ。

 

「そう嫌そうな顔をするな。なんならおまえも来るか。たまにはいいぞ、女も」

 

 ランスのたまにと、ブラッドのたまにの感覚には大きな開きがあるような気がする。

 

「遠慮します。初心なんですよ、俺は」

 

 これは半分本当、半分嘘である。

 ブラッドが女性の扱いに関し、同世代と比べても不得手かつ苦手としているのは事実だ。だが、それ以前にこういったことを嫌気する理由がある。それを知ってるくせにわざと進めてくるランスに意地の悪さを感じていた。

 

「怒るな怒るな。冗談だぞ」

 

 ブラッドの小さなイラだちを察知したのか、ランスは大らかに笑いながら肩を軽く叩いてくる。

 

「でも、市街地へ行くのは冗談ではないのでしょう?」

 

「それはそれ、これはこれだ」

 

 そう言って、ランスは市街地へ足取り軽く歩いて行く。

 止める言葉も考えていたが、どうせ押し問答になるのは目に見えており、ブラッドはその後ろ姿が見えなくなる前に、母艦へ戻るために足を宇宙港へ向けていた。

 

 

 

 

「ブラッド!」

 

 母艦までもうすぐといった場所。前方からブラッドに駆け寄ってくる少女がいる。

 

「リノか。どうしたんだ?」

 

 リノ・アップルトン。CB隊員の1人だ。

 名前で分かるが、ランスの妹でもある。セミロングの茶髪はランスの金髪とは大きく異なり、白人のランスに比べ彼女の方は黄色に近い肌だ。似てない容姿なのは、血のつながりがないためである。ブラッドにとっても妹分のような間柄だ。

 

「どうしたじゃないよ。早く戻ってきて。大変なんだから!」

 

「だから何がだ? きちんと説明してくれ」

 

 腕を強く引くリノにブラッドは苦言を吐いた。

 年の割によく気が付く少女なのだが、慌てていると説明を省くクセがあるのが困りものだ。

 

「隣のドッグに『ケルベロス』が入港してきたんだよ。それでまたいつもの――」

 

「ああ。またあいつらか……」

 

 ケルベロスとは、CB隊とは別の不正規部隊の母艦名である。その名を聞いた途端、ブラッドの脳裏には一癖も二癖もある所属隊員たちの顔が思い出された。何があったのか知らないが、碌な事になってない事だけは断言してもいい。

 そして、その予測はすぐに事実としてブラッドの目の前に現れた。

 

「フハハハハッ!!」

 

 広い宇宙港でも響き渡るほどの重低音。それを発してる大男がいる。

 それだけならいいのだが、彼の足元にCB隊の部隊員が横たわっているのが目に入り、ブラッドは表情を強張らせた。

 

「ギネス! なにやっている!」

 

「おお、ブラッド・スカイウェイ! 待っていたぞ!!」

 

 ギネスと呼ばれた大男が不敵な笑顔で振り向く。

 ブラッドはその顔を確認しながらも、倒れ込んでいた隊員に駆け寄った。痣はないが、軽くせき込んでおり、首を絞められたことがうかがえる。

 

「おまえの居場所を聞いたが、喋ってくれなくてな。ちょっと強めにゆすってやった。まあ、許してくれ」

 

 たぶん、ギネス本人としては本気で謝罪しているつもりなのだろうが、その受け取り手であるブラッドにはそのように聞こえない。

 ブラッドはリノに手で指図をし、倒れていた部隊員を母艦に連れてくよう促す。リノも慣れたもので、ブラッドの指示をすぐに理解し、行動に移った。

 

「……それで、ヘル・ハウンズがうちに何のようだ?」

 

 いつもより低めの声でブラッドが問う。

 今の一件が腹に据えかねているのだ。とはいえ、一応相手は謝罪しているので、さらなる謝罪を要求するわけにもいかず。また乱闘騒ぎになって、憲兵隊のお世話になるのもごめんだ。ゆえに何も言わずに声だけが低くなっている。

 それはそれとしてヘル・ハウンズだ。

 ギネスが所属している彼の部隊も不正規部隊である。5機の戦闘機と一隻の母艦からなり、第1方面不正規部隊中において最強と噂される部隊の1つだ。もっとも、海賊船と一緒に民間船を攻撃する、必要以上に戦場をかき乱すなど、悪名の方が際立っており、部隊の強さの割に正規軍には受けが悪い。

 

「なに、君たちが無様に撤退してきたというんで、様子を見に来たんだよ」

 

 そう答えたのはギネスではない。さきほどからギネスの後ろにいたのだが、ブラッドの敵愾心がギネスに向いていたので、そちらに視線を向けなかったのだ。

 ギネスには劣るものの、こちらも長身である。だが、大男というよりは優男で、長い髪と甘いマスクは一見してモデルのようだ。ついでにいうと、なぜかいつも手に宇宙薔薇を持っている。カミュ・O・ラフロイグ。ヘル・ハウンズ隊の隊長である男だった。

 

「カミュか。隊長だったら、少しは部下を抑えておいてもらえないかな?」

 

「それは無理だ。ギネスが戦闘中以外で僕の言うことを聞くと思うかい?」

 

 無責任な発言であるが、すごく説得力のあるセリフだ。思わずブラッドは首を横に振ってしまった。

 

「それで、何があったんだい?」

 

「……戦闘に負けて無様に撤退してきたんだよ」

 

 少し考え、ブラッドはカミュの言葉を引用した。

 

「ほぅ。君たちがね……」

 

 自分で言った言葉でもあるクセにカミュは意外そうな顔である。

 破天荒で知られるヘル・ハウンズ隊だが、意外な事に彼らはCB隊に対して一定の評価をしているらしかった。

 ギネスに言わせれば『ライバル』とのことらしい。ランスがいれば『おまえらと一緒にすんな!』と言っていた事だろう。

 

「興味深いな。君たちを退けるなんて、よほどの手練れが相手だったのか?」

 

「まあ、そんなところだ」

 

 はぐらかすつもりはないのだが、ブラッドの発言はそのようになった。あれは完全な負け戦であり、あまり話して愉快になるものでもなかったためだ。

 

「その情報。いただけないかい?」

 

「何?」

 

 聞こえていたが、ブラッドはそう聞き返していた。

 

「このところつまらない戦闘が多くてね。適度な相手を探していたんだ」

 

「だが! おまえたちといい勝負をする相手なら、不足はない!」

 

 カミュに追従してギネスも答える。この2人、性格は全く似てないが、事戦闘員としての感性はよほど近いらしい。

 

(本当に戦狂いだな、この人たちは)

 

 強者と戦いたいという感性はブラッドもそうだが、ランスもあまりない。

 別段、弱いものしか相手をしないというわけではないが、命の天秤が水平より上にいくような任務を好まないためである。もっとも、任務の都合、強敵やら多数の敵やらを相手する機会も多々あるため、好み云々は関係ないのだが。

 ふと、ブラッドはポケットにしまってあるデータディスクを思い出した。

 別段苦労して作成したわけではないが、先ほどの統括者に受け取ってもらえる可能性は低く、このままでは無駄となる。さらにいえば、今回は任務失敗の為、得られる予定だった報酬もなく、損失した経費を何かで埋めたいと考えていた。以上、2つの点を結び付けて、ブラッドは口を開いた。

 

「ここに君たちのほしい情報を収めてある。相応の金額を払えば渡してもいい」

 

「……随分みっともないことを言うじゃないか」

 

 カミュが呆れたような顔つきとなる。

 ブラッドとて同じ気分だが、いかんせん生活するためには金銭が必要だ。せっかく相手がほしがる物が手元にあるのだから、使わない手はない。

 

「だが、まあいい。これくらいでいいかい?」

 

 カミュから提示された金額を見て、ブラッドは内心小さく驚いた。思っていたより金額が多い。

 それだけ、彼がこの情報を重要視しているのかが分かる。

 

(腐っても優秀な不正規部隊の隊長か)

 

 情報の有用性をきちんと把握してるあたり、どれだけ人間性に問題があっても、やはりヘル・ハウンズ隊は侮れない。ブラッドは再度それを認識した。

 

「交渉成立だな」

 

 提示された金額を受け入れ、ブラッドはディスクをカミュに渡す。

 

「確かに。では、僕たちはここで失礼するよ。アデュー」

 

 カミュにとってお決まりのセリフを残し、彼はギネスとともに母艦へ戻っていった。

 

「お疲れさま」

 

 カミュとギネスが見えなくなったところで、リノがひょっこり戻ってきた。タイミング的に見計らっていたのだろう。

 

「……毎度の事だけど、本当疲れるよ」

 

 ブラッドが体内の不満を出すように大きく溜息をついた。肩が重くなったような気がする。

 

「でも、ヘル・ハウンズ隊(あの人たち)の相手ができるのは、ランスかブラッドだけなんだからしょうがないじゃない」

 

「それはそうなんだが……」

 

 事実であるだけに、ブラッドには反論する言葉が浮かばない。

 

「頼りにしてるんだよ、副隊長♡」

 

「調子がいい奴」

 

 ブラッドが軽く小突くと、リノはいたずらが見つかった子供のように小さく舌を出した。

 

(しかし、ヘル・ハウンズ隊も興味を持つか)

 

 ブラッドはケルベロスに目を向ける。

 ヘル・ハウンズ隊は小事に拘らない。彼らが目をつけるのは決まって大事。たとえ事前でそう分からないとしても、後になって大事だったという事も多い。母艦名と同じく嗅覚が鋭いのだ。

 それを踏まえると、いよいよあの黒い艦隊がキナ臭く感じてくる。

 

「どうしたのブラッド?」

 

「いや、何でもない」

 

 リノの声かけに、思考の海に沈みかけていたブラッドはその意識を現実に戻した。

 

(まあ、すぐにどうにかなることはあるまい)

 

 帰港したばかりのCB隊はやる事が大量に残っている。ランスがやる分は残しておくとしても、暇があるわけではない。

 

「さっさと、仕事を片付けるよ、リノ」

 

「りょ~かい」

 

 歩き出したブラッドに、下手な敬礼しながらリノも続いた。

 

 

 

 

 騒がしい日だったが、まだブラッドたちはいつもの日常の中にいた。

 

 しかし、不穏な足音はすぐそこで迫ってきている。

 

 それに気づくものは未だ、誰もいない。

 

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