トリオン兵ちゃんは幸薄い   作:看取る人

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邂逅
感情を知りたい


 ゆらりゆらりと闇を漂う。

 身体をできるだけ丸め込み、膝を抱えて漂っていく。

 いま自分が上を向いてるのか下を向いてるのかすら分からない。そもそも、ここには上下ってものがあるのかすら怪しい。ただ真っ黒な闇の中に溺れていく。まるで海の中を漂っているみたいだ。

 

 海だとしたら些か透明度が悪すぎだけど、それでも今までアタシが体験した感覚の中では海の中を浮遊していた時のデータが一番合致する。

 分からない、なぜこんなところに居るのか。なぜこんな状況になったのか。

 怖い、こんなところに居たくない。底無しの闇なんかに溺れたくない。溺れて、溶けて、消えちゃいそうだ。アタシが、アタシで無くなっちゃいそうだ。

 

 怖い、怖い、怖い--怖い怖い怖い怖い怖いこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいコワイコワイコワイコワイコワイコワイ。

 やめて、アタシを消さないで。アタシはまだ生きたいんだ。もっと生きて、いろんなことを知りたいんだ。

 

 消えたくない。

 消えたくない。

 消えたく--

 

「……ない……」

 

 今のは、誰の声?

 いや、分かる。アタシの声だ。

 ぼんやりとした光が、辺りに満ちていくのが分かる。それは仄かに暖かくて、ただ闇の中を不規則に漂うアタシを掬い上げてくれているようだった。

 

 その光と共に誰かの声が響いてくる。誰だろう。アタシの記憶には無い声だ。いや、最近聞いた声のような。

 こんな所に居る理由も、このぼんやりとした光も--聞き覚えの無い声が聞こえる理由もまったくわからないけど、でもこれだけは分かる。

 

 アタシはまだ、消えなくても良いんだ。

 

 

 

 

 

 

 ボーダー本部、開発室。

 ここでは日夜様々なトリガー技術が開発されており、本部の頭脳とでも呼べる場所である。

 

 そんな開発室の一室に、とあるトリオン兵が寝かされていた。寝かされていたと言っても、休憩所のような安心できる部屋ではなく、手術室みたいな仰々しい装置が置かれた部屋に寝かされている訳だが。

 

「………………」

 

 幼い少女のような外見をしたそのトリオン兵は、鉄製のベッドの上に拘束され、瞳を閉じて眠っていた。

 

 服装はいたってシンプルな白色のワンピース。それ以外は靴すらも着用していない。

 髪の色は黒で、髪型は肩まで伸びたショートカット。外見だけで言えば、"それ"は人間とほとんど変わらない姿形をしていた。

 

「まったく……トリオン兵なのに睡眠を取るとはどういうことだ? こんな前例、今まで見たこともない--人型ということも含めてな」

 

 眠るトリオン兵の横に立つのは、この開発室の室長、鬼怒田(きぬた)さんだ。丸っこい狸のような体型をしており、目の下にはくまがたくさんできている。徹夜明けなのだろうか。

 しかし狸のようなのに熊とはこれいかに。

 

「いやいや、鬼怒田さん。それは俺達もビックリしたけど、本当に驚いたのはコイツの戦闘力ですよ戦闘力。たった一体で俺の隊と互角なんですよ? 風間さん達と協力してやっと押さえられたんだから、まいりますよまったく」

 

 まいると言っている割りにはかなり嬉しそうな表情を浮かべているこの男は、太刀川慶(たちかわけい)。ボーダー内での個人攻撃手(アタッカー)ランキングNo.1の座に居座る生粋にして最強の戦闘員だ。

 

 しかし天は二物を与えずということわざの通り、戦闘に関しては一級品なのにその他に関することはまったくダメダメなのである。

 私生活は壊滅的。

 大学のレポートは貯めまくり。

 好きなものはランク戦で勝つこと--という、色んな所がズレまくっている何ともどう評価したら良いのか扱いに困るお人なのだ。

 

「それは何度も聞いたわい。だからこうして問題の元凶を解析しておるのだろう。まったく、A級一位の部隊と同等の戦闘力を誇るトリオン兵か……」

 

 鬼怒田さんは辟易するようなため息を吐き、こめかみを軽く押さえた。

 傍らで眠るこの人のような--もっと詳しく描写するならば年端もいかない少女のような外見をしたトリオン兵が、ボーダーの誇る最高戦力と同じ力を持っているとは。

 

 辟易したくもなるだろう。なんせ、このトリオン兵の同型が発見されれば、それには太刀川隊を凌ぐ戦力をぶつけなければ倒せないということなのだから。

 

「よく捕獲できたな太刀川。いや、よく捕獲する気になったな」

「いやだな鬼怒田さん。俺は何でも斬っちゃうような辻斬りじゃないんですよ? そりゃあボーダーの為になるような発見なら捕獲もしますって」

「ふん……」

 

 飄々とした太刀川の返しに、鬼怒田さんは鼻をならして答えてみせた。

 ボーダーの為だと言いつつ、その裏には隠しきれない太刀川の本音が滲み出ていたのだ。すなわち--もう一度コイツと全力で戦いたい、という欲望が。

 

 捕獲するために大人数で相手をした時とは違い、一対一でこのトリオン兵と戦ってみたい。そんなバトルジャンキーもかくやといった願望が、太刀川の表情や声色から漏れだしているのだった。

 

「ついさっき、城戸司令から玉狛にあるブラックトリガーの回収と、それを使う近界民の排除を命じられていなかったか?」

「それは今夜なんでまだ時間はありますよ。俺が戻んなかったら風間さんが指揮を執ることになってるし--なにより、今はこっちの方が面白そうなんで」

「面白さで仕事に優劣を付けるんじゃない!」

 

 鬼怒田さんの怒声にも太刀川はどこ吹く風。はいはい、といった空返事で対応していた。鬼怒田さんの怒声など、忍田本部長の眼光よりは百倍マシだと言うことなのだろう。

 

 そんなこんなでしばらく漫才のようなやり取りをしていると、部屋にあった計器の一つがピーッと甲高く鳴り響いた。それは解析終了を知らせるブザーであり、それはつまり、今ここに寝かされてるトリオン兵の解析が終わったという事実を示していた。

 

「おお、ようやく終わりおったか。まったく、えらい時間がかかったものだ」

 

 文句を言いながらも計器の表示に目を向ける鬼怒田さん。それを俺も俺もー、と言いながら横から覗き見る太刀川。この人は本当に大学生なのだろうか。

 

 しかし、その表示された画面を見た太刀川は疑問の声を上げた。なぜなら、画面の大部分が真っ黒に染まってしまっていたからだ。

 

「あれ、鬼怒田さん。どうしたんすかこれ。なんか画面がほとんど真っ黒になってますけど、バグですか?」

「…………」

「? おーい、鬼怒田さーん」

 

 なぜか突然フリーズしてしまった鬼怒田さんの身体を、ゆっさゆっさと揺する太刀川。鬼怒田さんはまるでありえない物を見たかのように画面に釘付けになっており、太刀川のその行動にもまったく気がついていないようだった。

 

 しばらくして、ようやくフリーズが治ったのか、鬼怒田さんは太刀川へ向けて驚きの感情を含んだ言葉を投げ掛けた。

 

「凄い……凄いぞ太刀川。このトリオン兵は全体の97%が我々にとって未知の技術によって作られておる」

「へ? 未知って……分かんないって事ですか?」

「そうだ。だからこの画面にも表示されん。いや、表示できないと言った方が正しいか」

 

 ボーダーの技術を持ってしても解析できないトリオン兵。そんなイレギュラーかつ未知の存在に、鬼怒田さんは心底驚愕しているようだった。

 

 つまりこのトリオン兵は、今までボーダーで研究してきたトリガー技術がほぼ使われておらず、まったく新しい理念のもと構築されたトリオン兵だということなのである。

 

「へー」

 

 太刀川はよく分かっていないようであったが。

 

「ん……」

「あ、起きた」

 

 今まで眠っていたトリオン兵が、ゆっくりと瞼を開ける。その瞳は、薄く青がかった白。スカイブルーと呼ぶに相応しい色だった。

 そんなトリオン兵の目を、太刀川はずいっと覗き込むように見つめた。太刀川の格子状の瞳が、トリオン兵の瞳に写し出される。

 

「………………き」

「き?」

「きゃあああああぁぁっ!!!」

 

 突然大声で悲鳴をあげるトリオン兵。

 トリオン兵が声を発するなど珍しい。しかし、それ自体は前例がない訳でもないので驚きはしない。問題は、そのトリオン兵が"悲鳴"をあげたと言うことなのである。

 

 というか、今のは悲鳴をあげて然るべきであろう。絵面だけ見れば、二十歳の男が年端もいかぬ少女に迫っているようにしか見えない。事案発生である。

 

「いやああああぁぁぁっ!!」

「お、おいちょっと待て。落ち着けお前。俺なんにもしてないだろ?」

「こ、こないでえええぇぇぇっ!!」

「えー……はぁ。鬼怒田さん、これどうすれば良いですか」

「わしに振るな!」

 

 目覚めた途端に子供のように騒ぐトリオン兵。外見だけを見れば年相応な行動なのだが、いかんせん相手は成長することなどあり得ないトリオン兵である。太刀川を避けるように泣きじゃくる姿には、違和感しか湧かなかった。

 

 そもそも、トリオン兵とはもっと無感情で無慈悲な兵器ではなかったか。感情もなく、慈悲もなく、ただ淡々とこちらの世界の人間をさらっていく存在ではなかったのか。

 しかし、このトリオン兵には一見して感情というものがある。こうして太刀川を避けているということは、少なくとも恐れの感情くらいは持っているということだろう。

 

「あ、あんたは怖い人! アタシの腕切り落とした!」

 

 なんて、そんなことを涙ながらに告げられた太刀川の背中からは嫌な汗が流れ出ていた。

 太刀川の後ろでは鬼怒田さんがじとーっと太刀川の背中を睨み付けている。

 

「そんなことしとったのか太刀川……」

「いやいやいや、あれは正当防衛ですって! 俺もトリオン体の脚もってかれましたから! おあいこですから!」

「この人怖いぃぃー!!」

 

 太刀川が何を弁明しようとも、時既に遅し。過去は覆らないのだ。

 少女(見た目だけ)の腕を切り落とすという、ある種猟奇的な行為を既に実行していた太刀川に、開発室の全員から懐疑的な視線が向けられる。

 この部屋の様子は絶えずモニターされており、もちろん集音されている。つまり、今の会話も開発室全体に筒抜け状態で伝わっていたということなのである。

 

「とりあえず泣き止め」

「いたっ!?」

 

 たまらずと言った感じで、太刀川はトリオン兵の頭にチョップを喰らわせた。

 

 その行為は泣き止ますどころか逆にもっと泣かせる結果になるだけだと思うのだが。しかし、今の反応におかしく思う部分があったのか、鬼怒田さんはトリオン兵と太刀川の会話に割って入った。

 

「おい……今痛いと言ったのか?」

「え? だ、誰?」

「そんなことはどうでもいい。今の太刀川のチョップは"痛かった"んだな?」

「あ、えと……そりゃあ痛かったけど……」

「……なんと」

 

 トリオン兵が痛みを感じる。

 それは今までのどんなトリオン兵にも無かった機能である。それはこのトリオン兵がただの兵器ではなく、本当の人間に近い存在である事実を示していた。

 

 言葉をしゃべる、感情がある、痛みを感じる。それらすべては人間が持っているものであり、また人間を人間たらしめている要因の一つでもある。特に、痛みの占めるファクターが大きい。

 

 言葉をしゃべらせる段階はクリアしている。感情は一応、後付けでどうにかなる。しかし痛みともなればトリオン兵に付けるわけにはいかない。なぜなら、兵器に痛み(そんなもの)は不要だからだ。

 

「……太刀川。お前はとんでもないものを捕獲してきおったな」

 

 これではこのトリオン兵への認識を改める必要があるかもしれない。戦闘能力が高くても、トリオン"兵"としては不完全であるからだ。

 

 痛みがあれば、人は怯える。

 

 それは人間と同等の知能をもつ存在にも言えることであり、実際このトリオン兵は太刀川のことを恐れていた。だからこそ、このトリオン兵をどう扱えばいいか悩む。躊躇してしまう。

 処分するにしても、このように泣きじゃくられては後味がすこぶる悪くなることだろう。まあ、貴重な研究対象をそう簡単に処分したりはしないのだが。

 

「とんでもないもの……ねぇ」

「うぅ~……」

 

 太刀川は横目でトリオン兵を見る。

 その表情はまるで迷子の子猫のようであり、遠征中に自分と死闘を演じた存在にはまるで見えなかった。あの時は、まるで戦いに飢えた獣のような目をしていたというのに。

 

 いったいどうしてこうなってしまったのか。自分は"あの時"のコイツと戦いたかったのに、これではそうすることもままならない。たしかに腕を切り落としたのは悪かったが、そうしないとこちらがやられていたのだ。仕方がないだろう。

 太刀川は小さくため息を吐いた。

 

「ていうか、お前腕切り落としても生えてきたよな。あれは何なんだ?」

「ひぃっ!」

「…………」

「太刀川……その髭がいかんのでは」

「このほうが頭良さそうって言われたんですよ!」

 

 ビジュアル面の問題はともかくとして。太刀川の疑問はもっともだろう。

 今のトリオン兵の状態は五体満足。つまりは四肢もすべてが揃っているというわけだ。しかしトリオン兵の証言によれば、戦闘中に太刀川に腕を切り落とされたという。それは太刀川も認めているし、嘘ではないだろう。

 ならば、なぜ。その答えは意外にもトリオン兵自身の口から発せられた。

 

「……ア、アタシの身体には、再生機能がついてるから……簡単な怪我とかならすぐに……治るの」

「再生機能ときたか。それであんなトカゲの尻尾みたいに腕が生えてきたんだな」

 

 太刀川は言った。少女の腕に対して、トカゲの尻尾という表現はどうかと思うが。

 

「腕一本が簡単な怪我……? ではこやつの再生能力はどれ程の--いや、そもそもトリオン体の再生など実用段階ではない筈--それに人間と違ってトリオン器官の無いこやつがどうやって--たしかに人間は休めばトリオンが回復するがそれと同じような--」

「おーい。鬼怒田さーん」

 

 技術者心がくすぐられるのか、鬼怒田さんは腕を組んでブツブツと何かを言い始めてしまった。

 トリオン兵も徐々に泣き止んできた事だし、質問するなら今のうちか、と太刀川はトリオン兵を見下ろした。

 

「おいお前」

「……………………な、なに?」

「随分と間があったな。まあいい。お前、戦えるか?」

 

 太刀川は簡潔に、そう質問した。

 まるでそれ以外の事は不要とでも言うかのように、太刀川の目はトリオン兵を見定めていた。

 

 自分の対戦相手となりうるだけの価値が、実力が、あるのかどうかを。あるいは、それを引き出しうる意思を持つかどうかを--見定めていた。

 

「…………やれというなら」

 

 トリオン兵はやや沈黙した後、そう言った。

 その答えを聞いた太刀川は満面の笑みを浮かべると、そうかそうか、と納得するように頷いていた。すると太刀川は唐突にトリオン兵の拘束を解き、手を引いて立ち上がらせた。

 その突然の行動に、トリオン兵は元々丸かった目を更に真ん丸に見開いた。

 

 ちなみに、鬼怒田さんはまだ思考の海に溺れて帰ってこない。帰ってきていたなら、太刀川のこんなバカな行動もすぐさま止めてくれただろうに。

 

「よし。今からこの部屋の隣にある仮想戦闘ルームでバトルだ。準備はいいな?」

「え」

「い・い・な?」

「あ、えー……はい」

 

 ここでハイと答えないと一生ループする気配を感じ取ったトリオン兵は、素直に頷くことにした。人生素直が一番である。

 

 

 

 

 

 

 開発室の面々にモニターで許可を取り、二人は疑似空間内の市街地にて対峙していた。

 太刀川のバトルジャンキーっぷりは開発室にも知れ渡っているので、こうなった太刀川が止まらないことはもう承知の上なのだ。

 

 だからこそ、トリオン兵にとっては予想だにしなかった展開であるとも言えるが。

 

(うぅ……どうしていきなりあの怖い人と戦うハメに……そもそもここはどこなの?)

 

 いきなり訳もわからない場所に押し込まれ、疑問しか浮かんでこないトリオン兵。しかし、そんな疑問も黒いコートに身を包んだ太刀川を見てたちまち霧散する。

 あれは、怖いものだと。

 

「さあ--戦闘開始だ!」

「ひゃあああっ!?」

 

 開幕からすぐに、太刀川が攻撃手用のトリガー、孤月を抜き放ち、突進してくる。

 その威圧感に気圧されたのか、トリオン兵は身体を反転させて猛烈ダッシュを披露する。早い話が、開幕逃走をしてみせたというわけだ。

 

 しかし、太刀川もトリオン兵の態度からそういった行動をとってくるとは予想していたのか、意地悪な笑みを浮かべて孤月に手をかざした。

 

「旋空孤月」

 

 走っていたトリオン兵の右脚が、膝の辺りから切断された。

 走っている最中に片足を失えば、バランスを取れなくなり転倒するのは確実だ。そしてこのトリオン兵もその例に漏れず、バランスを崩して転倒した。

 

 走っていた勢いのまま、ゴロゴロとコンクリートの上を二、三回転する。

 

「あっ--ぐ……うぅ……」

「おいおい。戦闘始まっていきなり逃走はないだろ」

 

 孤月専用のオプショントリガー、旋空。

 トリオンを消費することで瞬間的に攻撃範囲を拡張できる孤月の代表的なオプションである。太刀川はこれを使い、距離が離れているトリオン兵の脚を切り落としたのだ。

 

 脚を失ったトリオン兵はその箇所を押さえ、その場にうずくまっている。しかし、ものの数秒もするとそのトリオン兵の脚は元通りになってしまっていた。

 なんてことはない、生え変わったのだ。それこそ、ついさっき太刀川が表現した--トカゲの尻尾のように。

 

「再生機能……か」

 

 厄介な機能だと、太刀川は思った。これではどういった状態が戦闘不能になるのか分からない。ダメージを与えたそばから回復していくのでは、ダメージを与える意味が無いとさえ思える。先の戦闘で確認した限りでは、頭を切り落とされても平然と生えてきた程の再生機能を持っているのだから、厄介極まりないと言えるだろう。

 しかし、太刀川は厄介だとは思いこそすれ、勝てないなどとは微塵も考えていなかった。

 

「ま、いつかは限界がくるだろ」

 

 これが太刀川の解答だった。

 再生機能の限界が来るまで、延々とトリオン兵の身体を切り刻む。そうすればいつかは--

 

「ッ!?」

 

 そんな風に考えてトリオン兵の近くまで近寄った太刀川は、咄嗟に危険を察知して後ろに飛び退いた。

 すると、飛び退いた太刀川目掛けて、トリオン兵が猛烈な勢いで飛び掛かってきたのだった。うずくまった状態からの、不完全な飛びつき。しかし、そんな不完全さを感じさせないほど、その飛びつきは素早かった。

 

 それはまるで、凶暴な野性動物のように。

 

「ちっ!」

 

 トリオン兵の右手が、太刀川の頭を鷲掴みにしようと伸びてくる。経験則で言えば、あの手に掴まれればただでは済まないという雰囲気が感じ取れた。というか、太刀川は一度経験しているのだが。

 

 孤月を前に突きだし、身代わりとする。トリオン兵の手が孤月を掴んだ--と、同時に、バキンといった鈍い音が響く。

 その音の正体は、太刀川の孤月がへし折られた音だった。

 

「あの時みたいな馬鹿力だな! ようやくその気になったか!」

「…………」

 

 トリオン兵は答えない。言葉の代わりに、行動で答えてみせた。太刀川と密着した状態から右脚を振り抜き、太刀川を思いっきり蹴り飛ばしたのだ。

 不意打ちに近い蹴りが、太刀川の腹部に炸裂する。

 

「くっ……!」

 

 数メートル程ぶっ飛び、コンクリートの塀に背中を強打する太刀川。

 孤月が折られた上に、ただの蹴りでここまで吹き飛ばされるとは。コイツのスペックはいったいどれ程なのかと舌を巻いてしまう。しかし、戦いはスペックだけで勝敗が決まるほど甘いものではない。

 

「--!?あアアあぁァっ……!?」

 

 突然、トリオン兵の左腕がボトリと落下した。それは何故かと尋ねれば、肩の辺りを輪切りにされたからに他ならない。太刀川が腰にさしていた、二本目の"孤月"によって。

 

「ふぅ……ぶっ飛ばされたリターンが左腕か。まあ悪くないだろ」

「ギ……うあっ……くっ」

 

 パッパッ、と服についた塀の破片を払い、油断のない目で太刀川はトリオン兵を見つめる。

 その間に、ズルリという音が聞こえてくるほどに素早く、またもトリオン兵の腕は再生した。しかし、再生したにはしたのだが、どうにも様子がおかしい。

 再生したのならば最初のように逃げるか、さっきみたいに飛びかかってきてもいい筈だ。しかし、トリオン兵は逃走も攻撃もしようとしない。ただボーッとそこに突っ立っているだけだ。

 

「……グルル……」

「?」

 

 なにか、聞こえたような。

 トリオン兵が立っている方向からなにか--そう。まるで獣のうなり声のような--

 

「グルアアアァァァ!!!」

「--っ!?」

 

 獣。

 飢えに飢えて--飢えきった獣。

 何に飢えているのかは知らないが--知りたくもないが--とても貪欲に飢えている獣が、そこにはいた。幼い少女の姿をした、とても凶暴で、貪欲過ぎる獣が。

 頭からは獣の耳を生やし、小さかった両手と両足はふさふさとした体毛に覆われてしまっていた。その体毛の中から伸びる鋭い爪は、やはり獲物を狩るためのものなのだろうか。

 

 野生の獣。そんな言葉がぴったりと当てはまる姿に、トリオン兵は変わり果てていた。

 

「……いいねぇ。姿は違うけど、やっとあの時のお前になったか。そうだ、俺はそういうお前と--戦いたかったんだよ!」

 

 太刀川が旋空孤月でトリオン兵が居る場所を薙ぎ払う。伸びたその切っ先は、寸分違わずトリオン兵の首を捉え--られなかった。

 

「ははっ、前と同じで速いなぁ!」

 

 トリオン兵は瞬間的にその場から後ろに跳躍し、旋空孤月の攻撃範囲から離脱したのだ。

 孤月の切っ先が首に当たるギリギリの瞬間に安全圏まで脱したのだから、そのスピードには計り知れないものがある。

 しかも今度は、そのスピードを利用して、太刀川に真正面から突っ込んできたのだ。そのスピードは、もはやミサイル。目で追うことすら、できはしない。

 

 --ただし”常人には”という条件が付くが。

 

「--ふっ!」

 

 孤月、一閃。

 それだけで、太刀川に向かっていたトリオン兵の右腕が吹き飛ぶ。

 

「………っ!? ガアアアァァァッ!」

 

 痛みからか、ガクンとスピードを落としたトリオン兵。そのスピードダウンは、バトルジャンキー太刀川との戦闘では致命的だった。

 致命的だった--が。

 そもそも、本当に致命的なのはどちらかという話なのだが。

 

「……あ、やべ」

 

 太刀川は慌ててさっき破壊された孤月を再生成し、それを防御に当てた。

 そうしなければ、確実に首を持っていかれると太刀川の本能が警告していたからだ。幾多の戦闘経験を持つ太刀川だからこその反応だとも言える。

 

「グアアアァァァッ!!」

「くそっ……!」

 

 それでも、トリオン兵の左手による一閃は防ぎきれなかったようで--トリオン兵の爪によって孤月は再び折られ、太刀川は右腕を吹き飛ばされていた。

 どうやら、遠征先で太刀川の脚をもぎ取ったという話は事実のようだ。

 

「そうだな--それでこそ、お前を捕まえた甲斐がある!」

 

 太刀川は好戦的な顔をしながら、至近距離で孤月を振るう。それを紙一重で避けつつ、トリオン兵もまた左手の爪を太刀川に向けて伸ばす。

 それを太刀川が体を捻ってかわし、その捻った体の動きのまま、上に向けて蹴りを放つ。その蹴りは綺麗にトリオン兵の顎にヒットし、トリオン兵はのけ反ったまま空中に吹き飛んだ。

 お返しだ、と太刀川は呟いた。

 

「グルゥッ……! ガァッ!」

 

 しかしトリオン兵は空中で体を後ろに回転させ、蹴りの威力を最小限に留めていたのだ。更には宙に張られていた電線を足場として、逆に太刀川に向かって跳躍してみせた。

 その動きに一瞬驚いたものの、すぐに太刀川は左手で孤月を構え直す。

 

「曲芸師か? なら、こっちもビックリすることしてやろう」

 

 軽口を叩きつつ、太刀川は予備動作なしでトリオン兵の元まで一瞬で跳躍した。

 

 グラスホッパー。

 攻撃手がよく使用するトリガーの一つで、自分の任意の場所にジャンプ台を出現させることができるという、とても汎用性が高く、かつトリッキーなトリガーだ。

 今回太刀川は、それを自身の足裏に出現させた。だからこそ予備動作なしであんな跳躍が可能となったのだろう。不意をつくにはもってこいな戦法である。

 

「グルアアアアァァァッ!」

「………!」

 

 太刀川の孤月による一閃と、トリオン兵の爪による一閃が交わる。その直後、地面に降り立って意識を保っていたのは--太刀川の方であった。

 トリオン兵の体がぐらりと傾き、地面に倒れる。

 その姿は、まさにこの勝負の決着を物語っていた。

 

「俺の勝ち--だな」

 

 太刀川は目を細めながら、そう言った。

 

 

 

 

 

 

「峰打ち……か。正直、こんな方法で倒せるとは思ってもみなかったな」

 

 仮想戦闘ルームを出て、再び鬼怒田さんが居る部屋に戻ってきた太刀川。

 その肩には気を失ったトリオン兵が担がれている。ちなみに、そのトリオン兵の容姿は幼い少女。事案発生である。

 

「太刀川……まったく、勝手なことをしおって」

「良いじゃないっすか鬼怒田さん。貴重な戦闘サンプルになったでしょ?」

「……ふん」

 

 鬼怒田さんはそっぽを向いて鼻を鳴らす。実際に太刀川の言う通りなのだから、怒るにしても認めるにしても微妙なラインだと言えるだろう。

 太刀川はトリオン兵を担いだまま話を続ける。どうやら、下ろす気はさらさらないようだ……またまた事案発生である。

 

「で、今ので何か分かった? 鬼怒田さん」

「そんなにすぐ分かるわけ無かろう。精々、お前の報告が本当だと確認できたぐらいだ」

 

 そりゃそうか、と太刀川は肩をすくめた。

 

「……にしても、脚斬ったり腕斬ったりしてたら急に"あの時"みたいになったんですけど--なんか理由があるんすかね?」

「たしかに……途中から明らかに凶暴化していたな。始める前はあんなに泣き叫んでいたというのに」

 

 暴走。

 そんな単語が、二人の頭に思い浮かぶ。あの獣のような咆哮に加え、戦闘開始時よりも明らかに強化されていたスピード、及び身体能力。それらを見れば、たしかに暴走したのではないかと疑いたくもなるだろう。

 

 しかし、なぜトリオン兵はあんな風に暴走したのだろうか。そこが分からない。解析できない部分に、その秘密が隠されているのだろうか。

 

「内部構造なんてもんはよく分かんないっすけど、コイツの処遇はどうなるんすか?」

「こやつがどういう存在なのか分からん以上、基本的には監禁だが……お前はどうしたいのだ、太刀川」

「あれ、俺に決めさせてくれるんですか?」

「捕まえてきたのはお前だからな。お前にも発言権はあるだろう」

 

 そうだな……じゃあ--

 

「コイツは、俺が預かります」

 

 

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