トリオン兵ちゃんは幸薄い   作:看取る人

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翼を知りたい

 傷ついた右腕を押さえながら、迅は民家の屋根を走っていた。結構深く傷を負ってしまったようで、未だに傷口からは微量のトリオンが漏れ出している。

 

「……まだ、大丈夫だ」

 

 未来はまだ決定していない。ならば、いくらでもやりようはある。元々、暗躍は迅の得意分野なのだ。

 それに、今の迅は一人ではない。自分以外に、ボーダーという大きな組織があるのだ。相手の思惑など、ひっくり返してやろう。

 

「……ねぇ忍田さん。ちょっと頼みたいことがあるんだけど良いかな?」

『なんだ、迅』

「ちょっと厄介な"自立型"トリオン兵が居たからさ、西部地区にいくらか部隊を回してくれない?」

『自立型……そうか、分かった。近辺に居るA級部隊を向かわせる』

「頼むね。おれの弟子が時間稼ぎしてくれてるから、なるべく早いと助かるよ」

『了解した。早急に向かわせよう』

 

 これで、なんとか。

 そう思ったのは、あの時と合わせて二回目だった。

 

『--待て、迅。今(あずま)から連絡が入った。どうやら新型トリオン兵の存在が確認されたそうだ』

「新型」

『少し対応に手間取るかもしれん。最悪、西部地区には増援を送れないだろう』

「……いいよ。まずはそっちが最優先だし」

『すまん、迅』

 

 その言葉を最後に通信は途切れた。恐らく、敵の作戦が進行しているのだろう。だとしたらもう西部地区への増援は望めない。

 まったく、戦闘開始してから数十分だというのにあんなヤバイ敵が出てくるだなんて。計算が狂わされっぱなしである--敵がノアにそっくりだったことも含めて。

 新型というのも厄介そうな存在であるし、些か押されぎみか。

 

「……どうしよっかなー」

 

 途中であのノアそっくりのやつに邪魔されて、あまりトリオン兵を排除できなかった。

 今すぐ市街地に影響が出そうなほど残してはいなかったつもりだが、少数とはいえ戦力をのさばらせておくのは些かまずい。

 ならば。

 

「ちょっと不安だけど……天羽(あもう)に頼むか」

 

 ここでの懸念は、天羽がノアごと西部地区を更地にしてしまわないかということ。いくら自己再生能力を持っているノアでも、存在ごと消滅させられてはさすがに生きてはいられないだろう。

 ノアが天羽に気づいて退避してくれるのを望むばかりだが、天羽のことをまったく知らないノアは果たして、タイミングよく退避してくれるだろうか。

 

「……まあ、大丈夫でしょ。あの子何だかんだで危機察知能力高いし」

 

 結構悩んでた割には、弟子に対してわりと無責任な師匠が、ここにいた。

 

 

 

 

 

「なに、アンタ?いきなりどこから現れたの?」

「ノア?その黒いワンピースは何?イメチェン?」

「いめちゃん?誰それ」

「ノア……頭でも打った?」

「(……会話のドッジボール……)」

 

 戦場のど真ん中で、すっとんきょうな会話を交わす二人。その様が中々にシュールで、思わずノアは軽く笑ってしまった。

 

「クロエ。アタシはこっちだよ」

「ノア……あれ?ノアが二人……」

 

 前と後ろを交互に見やり、いつもと変わらない表情の中に驚きを覗かせる黒江。

 確かに、ノアがトリオン兵だということを知らなければ十中八九驚くだろう。それほどまでに、ノアと少女の顔立ちはそっくりなのだ。

 

「えっと、そっちの黒いやつは……アタシのきょうだい……かな、たぶん」

「きょうだい?」

「うん。そうだと思うけど……でも、今は敵だよ」

「……それだけ分かれば、十分」

 

 背中に背負ったホルダーから弧月を抜き放ち、少女に相対する黒江。

 今は戦争の最中なのだ。敵を撃退する--それ以外の疑問は後回しだ。

 それにこれは--

 

「ノアには、指一本触れさせない」

「へぇ……?」

 

 いいシチュエーションじゃないか。

 姫を守る勇者--みたいで。

 

「はっ」

 

 一息に距離を詰め、上段から弧月を振るう。それは後ろに下がって避けられてしまうが、それは想定の範囲内。

 黒江は降り下ろした弧月の切っ先を再び少女に向け、一歩踏み込んで下段から切り上げた。

 

「うわっ!?」

「貰った」

 

 死角から右腕を狙って切り上げた一撃は見事に命中し、少女の右腕を軽々と切り飛ばした。

 傷口からはトリオンが勢いよく漏れ出し、少女は苦悶の表情を浮かべる。

 

「いっ--たいなぁっ!」

「…………」

 

 蹴り上げられた足を軽々と避け、今度は弧月が少女の喉笛に突き刺さる。見た目は痛々しいことこの上ないのだが、トリオン兵である少女の体からは例のごとくトリオンしか漏れてこない。

 しかし痛いものは痛いのか、さっきよりも表情を歪めてその場から飛び退いた。

 

「かふっ……あー、痛ったぁ」

「(回復してる?)」

 

 刺さったままの弧月を引き抜き、首元をさする少女。しかしてその首元には、何の傷跡も残ってはいなかった。

 そして少し遅れて、切断面から右腕が生えてくる。手のひらを握ったり開いたりしてその感触を確かめた少女は、さっきとうって変わってにっこりとした表情で黒江に向き直る。

 

「アンタ強いね!久々に痛いの二発も貰ったよ!」

「それはどうも」

「あたしも変身してないときの戦い方って考えた方が良いのかなー?まあいいや。こっから本気で行くかんね!」

 

 その発言の直後、少女の姿が変化していく。

 細く華奢な両手からは鋭い五本の鍵爪が生え、同じく両足からも鍵爪が生えてくる。背中からは大きな赤い翼が生え、色素が抜けた白い髪は長く伸びきっていた。

 その姿は鳥と人間が上手く融合したような、まさしく異形と呼ぶに相応しい外見をしていた。

 

「キルルル……」

「--鳥?」

 

 鳥は鳥……なのだが、今まで黒江が見た中で、こんな派手な赤色をしている鳥は見たことがない。翼には青い線が走って幾何学的な模様を形成しているし、その姿は否応なく人工物を想像してしまう。

 そんな風に観察していた黒江だったが、その異形が右腕を上げる光景に嫌な予感を覚え、すぐさま横っ飛びに飛び退く。戦っているもの特有の勘がはたらいたのか、その行動はかなり迅速だった。

 

「えーい!」

 

 異形が腕を降り下ろすと、黒江が今まで立っていた場所に鋭い爪痕が刻まれる。

 その爪痕は地面を破壊するだけでは飽きたらず、前方に伸びていってそのまま三階建てのビルを三枚におろしてしまったのだった。

 

「う、うわー……何あれ。ビルが縦にスライスされちゃった……」

「ノア、危ないから隠れてて」

「う、うん」

 

 立ち上がった黒江は弧月を正面に構えて、改めて異形と相対する。そのまま弧月で斬りかかり、黒江と異形は再び戦闘を始めた。

 側で見守っていたノアは素直に思う。さっきよりも、格段に一撃の威力が上がっている、と。それは異形が文字通り本気を出した(・ ・ ・ ・ ・ ・)からなのだろう。迅や自分と戦っていたときの数倍は物を破壊しているように見える。いや、注目すべきはそこじゃないのだけれど。

 

「アハハッ!すばしっこーい!」

「…………」

 

 もっと驚くべきは、あのチート染みた機動力と火力を兼ね備えたバケモノの攻撃を黒江が凌いでいる事だろう。

 体の小ささを逆手に取り、被弾をほぼゼロにまで抑えているのだ。その体捌きは最近になって迅に弟子入りしたノアよりも数段上で、比べるのもおこがましい程だ。

 

「それそれそれっ!」

「(動きが直線的で読みやすい。あと、威力は高いみたいだけど、確実に当てようとしてヒット前にスピードを落としてる。これなら避けるのも簡単)」

 

 確かに、異形の攻撃は些か単調すぎる面もある。突撃しては爪を振るい、突撃しては爪を振るいの繰り返しだ。

 黒江が未だに被弾ゼロなのはそのせいもある。

 そもそも、異形の戦闘スタイルは相手と接触してからが本番だ。その圧倒的な手数で攻め上げ、相手を封殺する。その為、逃げ回っている相手には本来の力が振るえないのだ。

 

「でも……」

「避けてるだけじゃ勝てないよっ!」

「(……確かに、避けてるだけじゃ勝てない)」

 

 ならば、

 

「韋駄天」

 

 一瞬で攻撃に移るのみだ。

 

 

 

 

 

 

「米屋五十三体。緑川六十体。俺百七体--ってことで、勝負は俺の勝ちだな」

 

 積み上げられたトリオン兵の上に立ち、ニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべるのは、A級一位部隊の射手(シューター)出水公平(いずみこうへい)である。

 

「あーもー!桁が違うよ桁が!俺たち二桁なのにいずみん先輩三桁って!」

「まーまー。俺らとあいつはポジションちげーし、当然の結果だろ」

 

 騒ぐA級四位部隊の攻撃手(アタッカー)緑川駿(みどりかわしゅん)と、それをなだめるA級七位部隊の攻撃手(アタッカー)米屋陽介(よねやようすけ)の二人は、残骸の上の出水を見上げるような形で話をしていた。

 確かに、緑川が一体倒す横で五、六体のトリオン兵が纏めて吹っ飛んで破壊される様を見れば、理不尽だとも思わざるを得ないだろう。

 

「トリオン量も多いから息切れしないし……いずみん先輩にタイムアタックで勝てるやつとかいるの?」

「さあなー。やったことねぇから分かんねぇ」

「今度鬼怒田さんに作ってもらおうぜ、トリオン兵討伐タイムアタック」

「また今度な」

「そんときは負けないかんね!いずみん先輩!」

 

 なぜか地味に鬼怒田さんの仕事が増えた所で、基地の方向から爆音が響き渡った。

 その音は結構大きかったようで、緑川達は反射的に基地の方を見やった。

 

「なんだ?」

「爆発?」

 

 基地の上部から煙が上がり、一部が損傷しているのが目視できる。そして、その損傷箇所に大型トリオン兵--イルガーが、新たに二体突撃しようとしている光景も。

 

「なるほど、アレがぶつかったのか」

「っていうかまずくない?基地耐えるの、あれ」

 

 確かに、あんなどでかい爆発物が衝突したら、普通の建物は木っ端微塵だろう。

 しかしそこは流石鬼怒田さんクオリティ。三人には知るよしもないが『アイビスで本部の壁ぶち抜き事件』以来、壁の装甲を強化していたのだ。鬼怒田さんいわく、イルガー二発くらいならば耐えられるらしい。

 

「大丈夫だろ。だって本部に太刀川さん居るし」

 

 そっか確かに。といった表情で、米屋と緑川はポンと手を叩く。

 そしてその数瞬後には、イルガーが交差状にぶった斬られて爆散する光景を目の当たりにすることとなったのだった。

 

「うぉー……あんなデカイのぶった斬っちまったよ。流石はアタッカーランキング一位」

「おれもあんな風に派手なことやってみたいなー」

「スコーピオンだと無理じゃねぇか?」

「そんなこと、やってみなきゃわかんないじゃん」

「そーだなー……スコーピオンにも旋空みたいなのがあればできっかもな」

 

 旋空は伸びた弧月の先端部分が一番威力が高くなるという特性を持っているので、スコーピオンに同じ機構を搭載をすればできないこともないだろう。

 ただ、スコーピオンに旋空とまったく同じ機能を組み込んでも意味はない。スコーピオンは伸ばすと先端に行くほど脆くなるという性質を持っているからだ。

 この性質が見事に旋空とアンマッチしているせいで、スコーピオンで旋空弧月の真似事はできないだろう--という事なのだ。

 

「トリガーのカスタマイズって、どのくらいまでできたっけ」

「A級なら結構できるぞ。俺の槍だってそうだしな」

「そっか……じゃあこの戦いが終わったらなんかいいやつ考えよっと!」

「おっ、じゃあ俺もなんか考えてみっかな。考えるだけならタダだろ」

「じゃあ、そんときは俺も手伝ってやろっかね」

 

 戦闘後の事を考えて新たに士気を高め、三人はまだトリオン兵が残っている区域に向けて走り出したのだった。

 

 

 

 

 

 

「--っな」

 

 鍵爪が生えた右腕がまたも吹き飛び、それに加えて翼と片足が切り落とされていた。一瞬、まさに電光石火と呼ぶに相応しい速度で、黒江の弧月は異形の体を切り裂いていったのだ。

 

「どう?いい加減本気を出す気になった?これ以上遊んでたら--本気で手足が無くなるよ」

 

 至って冷静な表情で、黒江は異形を睨み上げた。

 その眼差しには、そこそこの期待と、少しの呆れと、かなりの怒りが混じっている。普段からあまり感情を表に出さない黒江にしてみれば、それは少し珍しい眼であった。

 少し時間が経つと、例のごとく切り落とした箇所から新しい部位が生えてくる。今までと変わらない、常識を越えた光景だ。

 

「……いったい何をしたの?あたしが目で追えない速度を出すなんて」

「答える義理はない」

「……あっそう」

 

 さっきまでの余裕は鳴りを潜め、苛立ちを隠そうともせずに異形は黒江に突撃していく。

 それを鼻先数センチの所で避け、カウンター気味に振るった弧月が異形の腹にヒットする。黒いワンピースが裂け、臓物の代わりのごとく大量のトリオンが体外に流れ出していった。

 

「~~~!!!」

「痛い?」

 

 そのまま弧月を逆手に持ち変え、伸ばした腕を戻す勢いのままに黒江は下から弧月を突き刺した。

 腹と背中を貫通し、それはまさに"串"刺しの文字を体現する形となった。

 もちろん異形はすぐさま弧月から自分の体を引き抜き、貫通した腹の傷を押さえてその場から飛び退いた。やはりと言うべきか、その顔は痛みに歪んでいる。

 

「がはっ……はぁ、痛った……」

 

 スピード、というただ一点に絞って考えるなら、黒江が使う専用トリガー、韋駄天に勝てる者はほとんどいないと言っても良いだろう。

 いくら異形の機動力がバケモノでも。いくら異形の攻撃力がケタ違いでも。スピードに関する事象だけは、黒江が数段上なのだ。

 韋駄天を駆使する黒江の動体視力は、他の隊員と比べても一回り上をいっている。予め移動ルートを決定しているとはいえ、何回もそれを使っていれば当然のごとく慣れが出てくるものなのだ。

 だから、異形の攻撃にも対処できた。

 

「あんたの動きは、もう慣れた」

 

 弧月の切っ先を突きつけ、黒江は異形にそう言い放った。

 

「…………」

 

 俯き、ふるふると肩を震わせる異形。

 正面から堂々とノロマ宣言されたことがショックだったのか……と、思いきや。

 

「--えー!もう終わりなのー!?せっかく強いヤツ見つけたのにー!!」

「……は?」

「……へ?」

 

 突然顔を上げたかと思えば、不満そうな表情で虚空に向かって文句を吐き出す異形。

 その光景にぽかんと口を開けて呆気にとられる黒江とノア。何事かと思っていると、その疑問はすぐに解消される事となる。

 

「仕方がないでしょう、ツバサ」

 

 突如として空間に黒い穴が開き、その奥から一人の女性が姿を現したのだ。

 

「計画を次の段階へ進めます。あなたも一度戻って、再出撃の準備をしなさい」

「うー……」

「--約束」

「分かった!分かってるから!すぐ戻るから!」

 

 異形--ツバサはゆっくりと女性の元へ飛んでいき、穴の中へと入ってゆく。

 空を飛べない黒江達には、それを阻止する手段など存在してはいなかった。

 

「納得いかないけど……じゃあね、バイバイ」

 

 それだけ告げると、空間に空いた穴は瞬く間に閉じ、何事も無かったように消えてしまったのだった。

 

「…………」

「…………」

 

 あまりと言えばあまりの出来事に、二人はしばし呆気にとられてしまっていた。

 まるで狐につままれたような気分である。

 

「……と、とりあえず撃退……したのかな?」

「……あの口ぶりだとまた出てきそうだけど」

「でも凄いよ、クロエ!あの強いやつのこと、圧倒してたし!」

「……圧倒、ね」

 

 弧月を鞘に戻し、険しい表情のまま黒江はツバサが消えていった虚空を睨む。

 圧倒。

 確かに。相手のスピードを見切り、見事にカウンターを決めていた。あれならば、戦いを続けても十二分に戦えていただろう。

 しかし。

 

「あいつは多分、本気なんてこれっぽっちも出してなかったよ」

「え?」

「遊んでたの、ずっとね」

 

 遊んでた。

 地形を破壊するほどの力を出しておきながら、本気を出すと言っておきながら、そのすべてが遊びの範疇だったと言うことだろう。戦っていた黒江には、それが分かっていたのだ。ツバサの力は、今の黒江より遥か上だということに。

 だからこそ、黒江はその眼に怒りを浮かべていたのだろう。

 

「でも、最後はちょっと怒ってたみたいだし、気分よかったけど」

「……もしかしてクロエって、負けず嫌い?」

「そうかもね……っ」

 

 そんな風に二人が話し込んでいると、すぐ近くで瓦礫の崩れる音がした。

 トリオン兵か、と一瞬で警戒体勢に入って、その影の方を見やる二人の目に映ってきたのは、一人の黒髪の少年だった。

 

「……あれ」

 

 少年は首をかしげ、不思議な物を見たような表情でノアの方を見る。そのノアはと言えば、トリオン兵でなかったことにホッとしていたのであるが。

 黒江も同じく警戒心を解き、少年から視線を外したのだった。

 少年の容姿は白いパーカーにジーンズという、街のどこにでも居そうな普通の格好をしている。しかして、その目には普通の人とは大分違うものが映されているのであるが。

 

「……キミ、なんで生きてるの」

「なんで生きてるの!?え、アタシって生きてちゃダメなの!?」

「……おかしいな、キミは死んでる筈なのに」

「えっ!?アタシ死んでたの!?自分でも知らないうちに死んでたの!?」

「大丈夫、ノア。あたしが絶対に忘れないから」

「クロエー!」

 

 少年によるいきなりの発言に、食いぎみに突っかかるノア。少年としては、色が"見えない"から死んだも同然のものとして捉えているのだが、当然そんなことをノアが知る訳もない。

 結果として、なんだかノアが死んだみたいな発言になってしまったのだ。他意はない。

 

「もー!いきなり失礼な人!アタシは死んでなんかないんだから!」

「ノア、あたしの後ろに隠れながら言っても迫力ないよ」

「う。だ、だって、あの人どんな人か……分かんないんだもん……」

「…………!」

「く、クロエ!?どうしたの!?」

 

 服の裾を掴みながら上目遣いで黒江を見上げてくるというその反則級のビジュアルに、思わず黒江は神速でノアを抱き締めていたのだった。

 ちなみに、ノアの抱き心地は普通の人間と変わりない。自分から言わなければトリオン兵だとはバレないだろう。

 むしろ、

 

「(……ああ、なんかダメになりそう……)」

 

 ほっぺはプニプニ。髪はサラサラ。軽くだが存在を主張してくる膨らみ。そのすべてが、なんとも言えない心地よさをもって黒江に襲い掛かってくる。

 なるほど、これは加古さんが夢中になるわけだ……と。改めてノアの素晴らしさに気づいた所で、

 

「……もういいかな」

「--っあ……!?」

「ぷあっ」

 

 そういえばこの空間にはもう一人、人がいたのだと思い出して、慌ててノアを解放する黒江だった。

 

「……僕、迅さんに頼まれてここのトリオン兵倒しに来たんだよね。ここにいられると邪魔だから、どっか行ってくれない?」

「--わ、わわわわ、わ、分かった……!」

 

 淡々と無表情に要件を告げる少年と、赤面しながら俯いて了承する黒江。

 そうと決まれば一目散だと言うかの如く、黒江はノアを背負い上げ、韋駄天を起動して脱兎のごとくその場から消え去って行ったのだった。

 

「……なんか、面白い二人だったなぁ」

 

 そう言って、少年--天羽月彦(あもうつきひこ)は至極愉しそうに微笑むのだった。

 




 こ こ に キ マ シ タ ワ ー を 建 て よ う--冗談ですっ。
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