トリオン兵ちゃんは幸薄い   作:看取る人

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ボーダーを知りたい

 物がごちゃごちゃに散乱しきっている太刀川隊の隊室。

 そこに、とある二つの人影があった。

 片方は白いワンピースのみを着用し、ゴミ袋を抱えて動き回っている少女。もう片方は、机に備え付けられているパソコンにかじりついているヒゲをはやした大学生だ。

 

「ねぇねぇタチカワ」

「なんだ?」

「この部屋汚すぎだよ。掃除しないの?」

「そんな暇はない。このレポート、明日までなんだ」

 

 ノアの小言に、太刀川は簡潔にそう答えた。

 そこらに散らばったペットボトルやスナック菓子の袋をゴミ袋に詰め込み、部屋の中を掃除して回っていく。その姿はまるで熟練の家政婦さんである。

 ノアが太刀川の監視付きでボーダーに放り込まれてから一週間。その期間を共に過ごす間に、太刀川の人となりが段々と理解できてきたノアは、この人が"ただの"バトルマニアではなく"だらしない"バトルマニアであると知ってしまったのだ。

 ゆえに、今では恐れ三割、呆れ六割、世話焼き一割の感情をもって太刀川に接しているのである。最初の頃とはえらい違いだ。

 

「ふーん……じゃあ今日も模擬戦はできないね?」

「ぐっ……」

 

 ニヤニヤと太刀川の真似をして笑うノアに対し、太刀川は悔しそうな表情のままパソコンのキーボードを叩く。

 実のところ、この一週間で太刀川がノアと模擬戦をしたことは一度もないのである。というのも、太刀川がノアに興味をもっていると聞いた忍田さんが、模擬戦の約束なるものを設定したからである。

 簡単に言えば、これを守らなければノアと模擬戦をしちゃダメ、という約束だ。

 ノアと太刀川が結んだ(結ばされた)その模擬戦の約束の一つに『勉学をおろそかにしない』というものがある。それは忍田さんが考えついた、ある意味最強の拘束文であった。

 

(ありがとう、シノダさん。お陰さまで今のところまったく怖くないよ。ホントにありがとう……!)

 

 太刀川は大学のレポートをかなり溜め込んでいるので、当面の間大きな暇はできないことであろう。

 ノアの中で、忍田さんの株が急上昇していく瞬間であった。

 

「じゃあお前も手伝え。そうすれば早く終わる。早く終われば戦う時間も増えるだろ」

「いやだよ。なんで自分から痛い思いしなくちゃならないの? アタシは絶対に手伝ったりしないからね」

「くそっ……出水も国近も、こういうときに限っていないしなぁ……」

「タチカワって人望薄いの?」

「いや、そんなことないぞ。昔は迅とよくランク戦してたし、今でも風間さんや(こう)攻撃手(アタッカー)連中とはよく話するし、慕われてる方だと思うぞ?」

「へー?」

「おい、なんで疑問系だ」

 

 太刀川の追求にはあえて答えず、部屋のゴミ掃除に戻るノア。

 せっせと動き回り、あらかた目立つゴミはゴミ袋に押し込んだので、あとはこのゴミ袋を捨てに行くだけである。

 

「まあ、頑張ってねタチカワ。頑張らなくてもいいけど。むしろ頑張んないで」

「最後のが本音かコノヤロー」

「ふーん、タチカワなんか一生レポート書いてればいいんだよーだ」

 

 去り際に捨て台詞を残して隊室を出る。

 無機質な白い地面が続くボーダーの廊下は、凄惨たる様相を呈している太刀川隊の隊室と違い、とてもキッチリとした印象を受けた。

 そんな廊下を、ノアはぺたぺたと裸足で歩いていく。しばらく歩いてボーダー内のゴミ捨て場があるところまで来たら、そこにゴミを捨てて今日の仕事はおしまいだ。

 

「ふぅ……お掃除おわりっと」

 

 腰に手を当て、達成感を噛み締める。ここ一週間で何回ここにゴミを捨てに来たことか。綺麗にする端からゴミが散らかっていくのだから、あそこはもう魔境と呼んで差し支えないだろう。ゴミの魔境だ。

 そんな魔境を掃除して見せているだから、ノアの掃除スキルはかなり高いと言えるだろう。お母さんも結構散らかす人だったから、そのせいかもしれない。ノアはゴミ捨て場を後にしつつ、そんなことを考えていた。

 

「あっ、ノア!」

「あ 、ミドリカワ」

 

 今日の仕事は終わったのでボーダー内をぶらぶらしていると、長い廊下にて聞き覚えのある声が掛けられた。

 振り向いてみると、先日屋上にて出会った少年、緑川がノアの元へと駆け寄ってくる所であった。

 

「久し振りだ~! なになに、一週間ぶりだっけ? いやー、ホントに久し振りだ~!」

「ふふっ、ミドリカワも元気そうだね。安心したよ」

 

 緑川はノアの手を取り、ブンブンと上下に勢いよく振る。そんな緑川の元気な様子に、ノアは自然と顔をほころばせる。

 ノアはこの一週間の間、研究室で解析をされたり、太刀川隊の隊室掃除をしていたりで暇な時間がほとんど無かったのだ。故に、緑川に会うのもこれが二回目なのである。

 

「あ--と、ところで、さ? 今日もその格好なんだ?」

「? うん、そうだよ。アタシのお気に入りの服だもん」

「…………ってことはこの前と同じで……は、はいてないの?」

「はいてない? 何を?」

「だ、だから」

「--あ、そっかパンツね。はいてないよ? 見る?」

「え--」

「はいっ」

 

 ノアは臆面もなく純白のワンピースをたくしあげ、その中身を緑川の眼前にさらけ出した。

 

「っっっ~~~~!?」

 

 緑川は鼻を押さえ、くらりと立ち眩みにでもあったかのようによろめいた。目の前に広がる肌色と、ピンク色のアクセントが緑川の脳を犯していく。

 

「--っな……何してんの!!」

 

 緑川は慌ててノアの手を掴み、ワンピースの裾を下ろさせた。純白のワンピースは、ふわりと元の形状に戻る。

 

「え? いや、分かんないものは見てみるのが一番だってお母さんが言ってたから。ミドリカワが分かんないなら見せてあげればいいかなーって」

「い、いやっ……それは……その通りかもしれないけど、今回はまったく違うっていうか、分かんなくても見せちゃいけないっていうか--そもそも、こんなところでそんなことしちゃダメ!」

「そうなの?」

「そうなの!」

 

 こてん、と首を傾げるノア。

 

「う~ん? よくわかんないけど、ミドリカワがダメって言うならやめよっかな」

「そうしてくれると助かるよ……他の人にはやってないよね?」

「うん。見せたのはミドリカワが初めて--見られちゃったのは知らない」

「ノアには羞恥心ってもんがないの!?」

 

 ぜーぜー、と肩で息をする緑川。

 

「羞恥心が、なに?--駿」

「え……」

「あ、クロエだ」

 

 そして、そんな二人のやり取りを冷ややかに見つめる人物--黒江。

 なんでここに? そう思うと同時に、一部始終を見られていたのではと思い至り、自然と背筋が凍りつく。

 ぎこちない挙動のまま、緑川は恐る恐る黒江に訊ねた。

 

「…………どっから見てた?」

「駿がノアにセクハラしたところから」

 

 最初っからだったようだ。黒江の視線が徐々に冷えていっているのが分かる。これでは絶対零度を通り越して永久凍土だ。大地まで凍らせてしまいそう。

 流石にまずいと思ったのか、緑川は黒江に対して必死の弁明を開始する。

 

「い、いやいや! これは違うんだって双葉!」

「何が違うの?」

「たしかに話題を振ったのはオレかもしれないけどそれでもおれは別にノアのワンピースの中身が見たいから話題を振った訳じゃなくて着てる服がワンピース一枚なんてノアが無防備過ぎるって思ったから確認のために聞いてみただけでそしたらノアがいきなりワンピースを上げただけでおれが何しろとか言った訳じゃないんだって!!」

「つまり?」

「ふ、不可抗力だったんだよ!」

 

 タジタジになりながらも、自らの無実を主張する緑川。その顔からは、普段の余裕とか無邪気さとか、そういった色々なものが抜け落ちていた。

 ラッキースケベとでも言えば少しは罪が軽くなるかもだが、いかんせん見つかった相手が悪かった。目の前のツインテール少女には、そんなどこぞの漫画の主人公が保有しているスキルのような弁明は効かない。

 そもそも、緑川はそんなラッキー、ノア以外には一度も体験したことはないのである。無論、黒江にも。

 

「ふーん……」

 

 なんだか、弁明を重ねるたびに自分の首を絞めているような感じがする。黒江の前では、無駄に言葉を重ねること自体が悪手なのではないだろうか。緑川がそんなことを考えていたら、

 

「おいで、ノア。あたしと一緒に行こう」

 

 黒江がノアの手をガッチリと掴み、自身の方へと引き寄せた。更に、そこから膝の後ろに手を回し、まるでお姫様抱っこのような格好でノアを抱え上げた。

 突然のことに、ノアは目を丸くして黒江の顔を見やる。

 

「クロエ?」

「迅さんからセクハラが伝染(うつ)っちゃったみたい。治るまで近づいちゃダメだよ」

「…………」

 

 わりと冗談として笑い飛ばせない理由を言ってくるのだから困ったものだ。

 迅のセクハラはボーダー内部では半ば公式になりつつあるし、迅バカの異名を持つ緑川がそれを受け継いでしまってもしょうがないとは思ってしまうのだが……いかんせん"あんなこと"があった直後だから、どこまでが本気でどこまでが冗談なのか計りかねる。

 

 --だが、そんな心配は杞憂だったようだ。

 

「ノア、後でいろんな人の前で言ってごらん--『アタシ、ミドリカワに汚されちゃったの!』--ってね」

「やっ、やめろぉぉーーーっ!!」

「?」

 

 ニヤリと策士の笑みを浮かべた黒江。

 どうやら、初めからそこまでは怒っていなかったようである。その要因は、緑川の後ろからやって来たせいでノアのワンピースの中が見えていなかったから……という事情があるのだが。

 とにもかくにも、黒江による緑川への仕返し、成功のようである。

 

「あぁ……くっそー! 厄日だー!」

 

 

 

 

 

 

 どうか、わたしと結婚してください。

 

『ん? ああ、いいぞ』

 

 研究者が勇気を振り絞ってした愛の告白は、あっさりと受け入れられてしまいました。

 人生の重大な岐路だと言うのに、そんな簡単に返事を返してしまって良いのでしょうか。そこで、研究者は考えます。

 

 もしや……結婚の意味が分かっていないのでは、と。

 

 長らく戦場で暮らしてきた彼ならば、それもあり得るかもしれません。完全に否定できないところがまた、研究者にとって不安な所です。

 もしそうだとしたら、自分の告白は無意味なものになってしまうからです。

 研究者は慌てて彼に確認を取ると、彼はそんな研究者の頭にげんこつを落としました。

 

『俺はそこまでバカじゃねぇ。知ってるぜ、ケッコンってのは男と女が好きだって感じた時にするもんなんだろ? なら--なんにも問題ねぇじゃねぇか』

 

 その言葉に一瞬呆けたあと、研究者は涙を流しながら彼に抱き付きました。それを彼は優しく受け止め、抱き締め返しました。

 孤独で独りぼっちだった研究者は、これでやっと本当の愛を手にすることが出来たのでした。

 

『めでたし、めでたし』

 

 --戦場の■■■

          ■■■

 

 

 

 

 

 

「--というのが、一般的に知られている話だ」

 

 パタン、と本を閉じ、とある男性は目を閉じた。まるで何か思い出に耽るように、その顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。

 

「兄者、その絵本の物語はよーく分かった。しかしそれが今回の件とどう関わってくるのだ? 俺にはただの幸せな物語を聞かされたとしか思えんのだが」

 

 男性の前に座っていた男が疑問を呈する。すると、男性はゆっくりと目を開け、その瞳に悲しげな光を浮かべた。

 

「別に、幸せでもなかったらしいがな」

 

 椅子から腰を上げ、絵本を棚に戻しながら男性は呟く。その声は、妙に物悲しそうな雰囲気を孕んでいた。

 

「この絵本を描いたのは私の親友でな、このストーリーは、そいつの実体験が元になっているらしいんだ」

「ほう? そいつは初耳だ。兄者に親友が居たとは」

「誰にも言っていなかったからな」

「弟である俺にもな!」

 

 カラカラと笑い声を上げる男を気にも留めず、男性は本棚から新しい本を数冊抜き取ると、自分のデスクに腰掛けた。

 その内の一冊をペラペラと捲り、本の中身へ目を落とす。

 

「ランバネイン」

 

 てっきりその本を読んでいるのだと思っていた男性が、男--ランバネインに声を掛ける。

 唐突な呼び掛けに目を丸くするも、ランバネインは男性の方を向いた。

 

「お前は、あのトリオン兵が発見されたこと--偶然だと思うか?」

「そりゃあ偶然だろう。数十年前に滅びた国の異物が、我が国に流れ着くなど。兄者はそうは思わんのか?」

「思わんな。今回のこれは必然だ」

「その根拠は」

「昔、あの国は数多くの国と和平を結ぼうとしていたという背景がある。実際、国土も広く戦力も強大で、太刀打ちできる国は我が国ぐらいしかなかったのだから、当然と言えば当然だがな」

 

 圧倒的な武力を持っていても、それを戦争に投入する事はなかった。する理由が無かったのだから、当然とも言えるのだが。

 その国の王は、とても(まつりごと)に秀でていたのだ。それこそ、駆け引きの場でしかその武力を引き合いに出さない程度には。

 つまるところ、その国の王は武力そのものではなく、その武力を"持っていること"をアドバンテージにしていた。自分の国はこれだけの武力を持っているのだから、戦争ではなく話し合いのほうが勝機があるだろうと思い込ませて、相手を交渉の場に引きずり出すのだ。

 

「そうすればもう、九分九厘奴の勝ちだ。腹芸で奴に勝てるものなど、片手で数えるほどしか居ないのだからな」

「ちなみに、その勝てる奴とは?」

「俺だ」

「ほう」

「信じていないな?」

「いやいや、信じているさ。兄者は立派な領主さまだからな」

「ふっ……まあ、そう言うことにしておくか。

 

 男性はそこで話を切り、総括することで先の質問への回答とした。「アイツはとても人を手玉に取るのが上手かったのだ--」と。

 

「--と、言うわけだ。アレはあいつが居た国のトリオン兵、何の思惑も無しに我が国に流れ着くなど考えられん」

「考えすぎではないか?」

「そうでもないんだよ、ヤツならばやりかねん」

 

 そのままペラペラと本を捲り続け、男性はとあるページで手を止めた。そうしてランバネインを自分の側に呼ぶと、指でとある一文を指し示す。そこにはとある一文が書かれていた。

 

「『人が翼を得し時、来たるべき裁きをもって、その翼焼き払われん』--なんなのだこれは」

「惑星国家、ゼーロスに伝わる言い伝えだよ。ただ、国そのものが消滅した今となっては、何の意味もない言い伝えだがな」

「翼……その国の民には翼があったのか?」

「いいや、別にそんな事はなかった」

「ふむ?」

「訳が分からんといった顔だな」

「兄者には分かるのか?」

「残念だが、さっぱりだな」

 

 軽く笑いながら答えを返す男性に、ランバネインは呆れた表情を返していた。

 

「兄者……」

「はっはっは、まあそんな顔をするな。お前とこうして話をしていると気が軽くなるのだ。俺を助けると思って付き合ってくれ」

「……まあ、兄者がそういうならば」

「ありがとう、ランバネイン。お前は俺の自慢の弟だな」

 

 笑いながら本を閉じ、男性は立ち上がる。机の上に置いてある本を手に持って。

 

「さて、そろそろ名前を考えてやらねばな」

「名前?」

「そう、名前だ。これから我が軍の一員となるのだから、名前くらいないと不便だろう? たとえ数十年前の遺物(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)だとしてもな」

「……本気か? 兄者」

「俺が冗談を言うような性格だと思うか?」

「……いいや。なるほど、だからこうして昼間から本を漁っていたのだな」

「そう言うことだ」

 

 男性は持っていた本を本棚に戻し、ランバネインに向き直った。

 

「名前は決まったのか、兄者」

「勿論だ」

「聞かせてくれ」

「気になるのか?」

「いいや……と言ったら嘘になるな。兄者が付ける名前というのに興味がある」

「そうか」

 

 では聞かせておく、あいつの名前は--

 

「ツバサ。そう名付けようと思う」

 

 

 

 

 

 

 遥か遠くまで続く空に、底知れぬ思いを馳せていた時期があった。

 この汚泥のような感情も、この底無しの空なら呑み込んでくれるんじゃないかという、淡い期待を込めて。

 ああこんなにも空は青いのに--

 

「何で俺はこんなものを食べてるんだろう……」

「あら、堤くん何か言ったかしら」

「いいえ! なんにもっ!」

 

 窓の外から視線を戻し、テーブルの対面に座る女性に必死の笑顔を向ける。

 B級10位諏訪隊の銃手(ガンナー)である堤大地(つつみだいち)は今、加古隊の隊室にて生死の境を彷徨っていた。その原因は言わずもがな、彼の目の前に置かれている物体Xのせいだろう。

 炒飯だと言われて提供された"それ"は、炒飯にはあるまじき臭いと、あろうことか生ぬるい湯気を放っていた。どういった調理をすればこんな未知の炒飯が出来上がるというのだろうか。

 どうかこの技術を誰も継承しないことを願う。

 

「手が止まってるわよ?」

「あ……は、はい」

 

 スプーンを動かし、目の前の玉虫色の物体を掬い上げる。

 心なしかドクンドクンと脈動しているように見えるのだが、それは目の錯覚だろうか。きっとそうだ。そうに違いない。

 堤は覚悟を決めて、それを口の中に放り入れた。

 

「……………………」

 

 瞬間、堤の口の中に多次元宇宙が広がった。

 

「あら? 堤くん、堤くーん?」

 

 堤は糸目なので正確には判別できないが、きっと白目を剥いている。

 対面に座った女性、A級6位、加古隊の隊長である加古望(かこのぞみ)は困ったような表情を浮かべ、片手を頬に添えた。

 

「うーん……困ったわねぇ。いっぱい作ったから堤くんが食べてくれないと余っちゃうわ……」

 

 キッチンの方にあるテーブルを横目で見ると、そこには大量の炒飯(と呼んで良いものなのかしらない)が大皿に盛り付けられていた。

 具材に何を採用したら玉虫色の炒飯が出来上がるのか分からないが、依然として妖しい脈動を続けながら炒飯はキッチン横のテーブルに鎮座している。

 今、加古隊の隊室に入った人物にはもれなくこの宇宙的恐怖(コズミックホラー)炒飯が振る舞われることであろう。と、そんな時、

 

「ただいま戻りました」

 

 隊室の扉が唐突に開いた。そこから入ってきたのは加古がよく知る人物……というか、自分の隊の攻撃手(アタッカー)である黒江双葉だった。

 

「あら双葉、ちょうどいい所……に?」

 

 振り向いて黒江に視線を向けた加古は、目の前に写った光景に小首をかしげた。

 

「双葉……その子は?」

「あ……え、えっと、こんにちは……?」

 

 小柄な双葉が、それよりも更にちっこい女の子をお姫様抱っこしている。そして抱っこされている女の子から控え目に挨拶をされてしまった。

 これはいったい、どういったシチュエーションなのだろうか。

 

「この子の名前はノアと言います。この間の遠征時に、捕虜としてボーダーに捕らえられた子らしいです」

「遠征って、太刀川くん達が行ってたあの?」

「です」

「ふーん……ってことは貴女、ネイバーなのかしら?」

「……そ、そうだよ……です。ネイバー、だよ……です」

「…………ぷっ」

「なんで笑うんですか?」

「いや、あんまりにもたどたどしくて可愛かったからつい……ねぇ?」

「ねぇ、と言われましても」

 

 ノアのこの慣れない敬語は、ついさっき黒江が仕込んだものだ。これから加古に会うのだから、これくらいはしてほしいと考え、移動中に教えたものであったのだが--どうやら人見知りが激しいノアには少々厳しかったようである。

 

「それにしてもちょうど良かったわ。新しい具材を使って炒飯を作ってみたのだけれど、食べてくれるかしら?」

「加古さんが作ったものなら、喜んで」

「よ、よろこんでー……」

 

 黒江に抱えられたまま、短い手を垂直に上げて黒江のセリフを真似するノア。その光景は、見る者の心をぴょんぴょんさせてくれることだろう。

 そんな小動物然とした雰囲気を纏うノアを見て、加古はこれでもかと頬を弛ませている。

 

「…………た、助かった…………」

 

 掠れる声で呟いたのは、半死半生の堤である。机に突っ伏したままビクビクと痙攣しているその姿は、なんとも気の毒に見える。

 そんな堤を一瞥した黒江はキッチンの方へと歩いていき、ノアをストンとその場に降ろす。そうして、ノアの目の前には堤を轟沈させた炒飯が鎮座する状況となったのだった。

 テーブルの上に置いてあったスプーンを手に取り、ノアと黒江は席に着く。

 目の前では玉虫色の炒飯がてけ・り……と奇妙な鳴き声を上げており、それはこの世の様々な呪いに満ち溢れたおぞましき産声にも聴こえた。

 

「わぁ、新鮮そうなご飯……」

「もちろんよ。料理は鮮度が命だものね?」

「ふみゅっ!?」

「うふふ」

 

 いつの間にかノアの背後に回り込んでいた加古が、ノアの肩に手を置いた。その感触にビクッと身をすくませたノアは、可愛らしい奇声と共に後ろを振り向く。

 そこには妖しい微笑みを浮かべる加古が立っており、それを見たノアは瞬間的にフリーズしてしまったのだった。

 ちなみに、黒江は既に炒飯を食べ始めており、炒飯の見た目など何のそのといった感じに炒飯をかっ食らってゆく。眉ひとつ動かさずに食べるその姿は、まさに(堤にとっての)救世主であった。

 

「可愛いわねぇ、あなた。何歳ぐらいなのかしら」

「さ……十三歳、だよ……」

「あら、双葉と同い年? これはまた偶然ね。ますます気に入っちゃったわ」

「ひゃうっ!?」

 

 顔に手を這わせ、さわさわとノアのほっぺたを撫でる加古。その指使いは愛好家(時枝)が猫を撫でる時のものによく似ていた。

 

「わぁ……お肌すべすべね。弾力もあるし、羨ましいわ~」

「むぐむぐ……加古さんも充分にお綺麗です」

「あら、ありがとう双葉」

 

 大皿に盛られた炒飯が、次々に双葉の口へと消えてゆく。そんな双葉の口からは、同時に加古を賞賛する声も聴こえてくるわけだが。

 一通りほっぺたを撫で終わった加古は、続けざまに頭へ手を移動させて再びなでなでを再開した。

 

「髪もツヤツヤでサラサラ……女の子としてはすごくいい素材ね~」

「ひゃ……ううぅ……ふにゃ~……」

「なんだか猫みたいね? 可愛いわ」

 

 続けて、加古は二の腕、右手と順繰りにノアを撫で回し、遂にその手はふとももや左脚にまで到達していた。

 段々と行為がエスカレートして犯罪的になっていないかと思うのだが、ノアをいじくり回すのに夢中になっている加古はその事に気づいていないようであった。

 

「はぁ……何この子、ずっと撫でていられるわ……全然飽きない……」

「あ……あう……くひゅっ……! く、くすぐった……--うにゃあっ!」

「あら」

 

 撫でられ続けることに耐えられなくなったのか、ノアは加古の手から抜け出して、双葉を盾にして加古と距離をとった。

 その身のこなしはまる野生の猫のようであり、ノアの中にある"獣"を少しだけ感じさせられる行為であった。

 息を上気させ、少々頬を赤らめたままノアは加古を睨んでいる。どうやら、警戒心を強めてしまったようだ--が、加古はそんなノアの視線なんてどこ吹く風と言わんばかりに妖しい微笑みを浮かべ続けている訳だが。

 ちょっとピリッとした空気を発している二人。その間に挟まれた双葉はといえば、何の気無しに炒飯をパクパクと食べ続けている。どうやら胃袋だけでなく、精神力も相当強靭なようだ。

 

「ね、ねぇ……帰っていい? クロエ……」

「はむ--どうしますか、加古さん」

「あら、アタシに聞くの? う~ん……そうねぇ。嫌がってる子を無理矢理っていうのはアタシの趣味じゃないし……そうね。良いわよ、帰っても」

「ほ、ほんと!?」

「ただし、これを貰ってくれたらね」

 

 部屋に備え付けられている机の引き出しを探り、加古はそこから一枚のステッカーを取り出した。

 一匹の蝶が描かれたそのステッカーは、加古隊のエンブレムをモチーフとしたスタイリッシュなものである。加古はそれを、ノアの胸元にペタリと張り付けた。

 

「こ、これは?」

「北川特製の"御守り"よ。これが、きっと貴女を護ってくれるわ。最近なにかと物騒だものね」

「え……あ、あり……がと」

「ふふ、どういたしまして」

 

 おずおずとお辞儀をするノア。それを見て再び顔を綻ばせる加古。炒飯を完食して手を合わせている黒江。その遠方で倒れ伏している堤。

 隊室の中で繰り広げられているその光景は、なんとも言えないシュールさを醸し出していた。主に黒江と堤が、だが。

 

「じゃ、じゃあ--またっ!」

「ええ、また来てね。その時はとっておきの炒飯を食べさせてあげるわ」

「う、うんっ!」

 

 扉を開き、二人は手を振りながら別れを告げる。

 ノアはぺたぺたと廊下を歩いていき、やがて曲がり角を曲がって完全に見えなくなった。

 加古はノアが消えた方向をしばらく見つめていたが、くるりと踵を返すと自身の隊室へと消えていった。

 

「--そうね。またね、ノアちゃん」

 




カバー裏風キャラクター紹介

 宇宙を食らった男・つつみ
 加古さんの炒飯を度々食べては八分の二の確率で轟沈しているという、ノアよりも不幸なんじゃないかと感じる人物。今回は特に外れだったようで、意識を刈り取られている。
 ノアとは不幸仲間として仲良くなれそうではある。

 炒飯……おいしい……おいしくない?
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