トリオン兵ちゃんは幸薄い   作:看取る人

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戦いを知りたい

「太刀川さん、最近ロリコンになったらしいぞ」

「ブーーーッ!?」

 

 実力派エリート迅の唐突過ぎるその発言に、A級一位太刀川隊射手(シューター)出水公平(いずみこうへい)は飲んでいたスポーツドリンクを思いっきり吹き出した。

 吹き出した飲み物が霧になるとは、余程驚いたのだろう。しかも場所がボーダー本部のロビーだったという事もあり、周囲の人間は何事かとビックリしていた。

 

「げほっ! げほっ!」

「ああ、大丈夫か? ほいティッシュ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 受け取ったあとに気付いたのだが、迅の発言によってこうなったのだから、迅にお礼を言うのは何か矛盾してないかと思う出水であった。

 

「……え、なんすか? 太刀川さんが、ロリコン?」

「そうそう。最近ちっちゃい女の子とボーダー本部に居るところを見かけたって通報が入ってさ」

「ちっちゃい……ああ」

 

 その話を聞き、出水はすぐに理解した。自分達が遠征に行った時に捕獲して連れてきた、あの人型トリオン兵の事だろうと。

 というか、通報って言わなかったかこの人。

 

「それなら心配ないですよ。アレは別に、そういうんじゃないですから」

「ん~……? そうなの?」

「そうです。そもそも、人間じゃないですしね」

 

 自立型トリオン兵……と呼んでも良いものか。しかし既存のトリオン兵とはなにもかもがまったく違うのだから、今までと同じ枠組みにするならばそう呼んで分類するしかないだろう。

 出水はその少女がトリオン兵であること。

 隊長である太刀川がそのトリオン兵の監視を任されたこと。

 そのトリオン兵は自分達の部隊と単独で張り合えるほどの戦闘力を持っていることなどを迅に話して聞かせた。

 その説明を聞いた迅は、得心がいったとばかりに頷いた。

 

「トリオン兵だったのかーあれ。どうりで未来が見えない訳だよ」

「やっぱり、人じゃないと見えないんすか?」

「まあね。無機物の未来まで見えちゃったら大変すぎでしょ。そこら辺の家にまで愛着が湧いちゃうよ」

「ははっ、物に愛着持つのは悪いことじゃないんじゃないっすか?」

「多すぎるとダメなんだよ。愛が分散しちゃうしね」

 

 戦力みたいに、と迅は言った。

 

「それにしても、そのロリオン兵がこの間太刀川さんが玉狛に攻めて来たとき遅れてた理由?」

「ロリ……まあ、そうですよ。あの時太刀川さん、開発室に行ってましたから」

 

 指揮を風間さんに丸投げして、自立型トリオン兵の解析に立ち会ったのだと聞いている。その太刀川の行動に、三輪が「無責任だ」と憤慨していたし。

 その怒りのせいなのか、あの時の三輪はかなり気が立っていたように見えた。半分くらいは迅のせいな気もするのだが、それは言わないが吉だ。

 

「太刀川さん、今度はそのトリオン兵連れて玉狛に行くかもしれないっすよ?」

「まあ、普通に遊びに来てくれる分には歓迎するけど」

「太刀川さん、迅さんと戦いたがってましたからね。試合してあげたらどうですか? 風刃、もう持ってないんすよね?」

「そうだなぁ……うん?」

 

 確かに、上層部を納得させるために風刃を取引の材料として手放したのは事実だが、出水には言った覚えがない。太刀川経由で伝わったのだろうか。

 迅は手に持っていた空っぽの缶をごみ箱に放り入れ、改めて出水に向き直る。

 

「それ、誰から聞いた?」

「三輪です」

 

 意外な名前が出てきた。

 確かに三輪は風刃の適合者だし、出水と同い年でもある。情報が伝わるのなら、そっちからの可能性もあったわけだ。

 しかし、出水と三輪が話している場面がどうにも想像できない。片や元気で弾バカな出水と、片や冷静で戦略家な三輪だ。どういった話をするのか、やはり想像ができない。

 

「正しくは、米屋経由の三輪、なんですけどね」

「そんな事だろうと思ったよ」

 

 それならば納得できる。

 弾バカの出水と、槍バカの米屋。同じようなノリの二人ならば、確かに話しはしやすいだろう。

 

「風刃、手放しちゃって良かったんですか? なんか師匠の形見だって聞きましたけど」

「大丈夫大丈夫。風刃を手放したぐらいじゃ最上さんは怒んないよ」

 

 ブラックトリガー、風刃。

 目の届く範囲すべてに斬撃を伝播させられるという、とてつもない特性を持ったトリガーである。距離や方角なんかが分かれば、対象が見えていなくとも斬撃を当てられるという話もあるが--真偽の程はさだかではない。

 迅はそれと戦術を使って、A級上位のメンバーを撃退して見せたのだ。A級の連合チーム、しかも上位のメンバーを軽々しく撃退して見せたのだから、迅の実力は相当高いと言えるだろう。

 

「でもあのトリオン兵はどうかなー。迅さんだと風刃使ってもキツいと思うんすけど」

「ん? 相性が悪いのか?」い

「悪いも悪い、ちょー悪いっすよ。あれはなんか……そう、バケモノって感じっすね」

「バケモノ……」

 

 出水の言葉には真剣さが含まれていた。

 トリオン量の高さと、天才的な感覚で相手を圧殺する出水にここまで言わせるとは、そのトリオン兵とはどんな特性を持っているのだろう。迅は気になった。

 

「アステロイド当ててもすぐに回復されるし、太刀川さんが孤月で胴体真っ二つにしても大きい方からもう片方が生えてきましたからね」

「うげ……」

「トリオン供給器官も見つかんないし、頭吹っ飛ばしても生えてくるしで、もう俺なにと戦ってんだろって気分になりますよ」

「へ、へぇ……」

 

 遠くを見つめる出水に同情しつつ、今聞いた情報を元に戦闘をシュミレートしてみる。

 真っ二つにしても回復するとなれば、風刃の斬撃では致命傷を与えられないことだろう。そもそも、頭吹っ飛ばされて平気なヤツに致命傷とかあるのだろうか。

 

(……………………そうだな、ブレード系の武器で勝てるビジョンが思い浮かばない。となるとメテオラとか? 体や頭ごと消滅させればあるいは--)

 

 なんて、思考が物騒な方向にシフトしかけた時、出水から注釈が入る。

 

「あ、一応言っときますけど、そいつめちゃくちゃ素早いんで、メテオラとかトマホークとか使っても当たんな"かった"っすよ」

「…………そっか」

 

 もう試してるやつがここにいた。

 というか、思考が出水と同レベルになっていた自分にちょっと呆れる迅であった。

 

「そうだな……その子が太刀川さんと一緒に攻めてきたら、確かに厄介かも」

「でしょ? だから--」

 

 続く出水の言葉を、迅は「でも」と遮った。

 

「殺すのだけが、戦いじゃないでしょ」

 

 

 

 

 

 

「……太刀川さん。あんたはいったい何を考えてるんだ」

「何の話だ? 三輪」

 

 A級七位三輪隊隊長、三輪秀次(みわしゅうじ)と、太刀川による個人ランク戦の最中、三輪は孤月で太刀川と切り結びながらもそんな言葉を吐き出した。

 戦闘場所は木々茂る山の中という中々にワイルドな場所なのだが、二人はそんなシチュエーションなど関係無いとでも言うかのように弧月を使って切り結ぶ。

 三輪は怨差のこもった瞳で太刀川に向かって孤月を振るい、太刀川はそれを易々といなして見せていた。

 

「とぼけるな!」

 

 三輪が懐からハンドガンを取り出し、太刀川に向けて発砲する。

 太刀川は当たる寸前にグラスホッパーを起動して横に跳ぶも、打ち出された弾は太刀川を追って横に曲がった。

 打ち出した本人が、弾の軌道を自由に変えられる変化弾、バイパー。

 これから逃れるには、相手の視界から消えるしかない。だから、その為に、太刀川は旋空弧月を起動した。

 

「とぼけてなんかないさ。何をそんなに怒ってるんだ?」

 

 太刀川は旋空孤月を使い、そこら辺の木を数本切り倒して見せた。

 倒れてきた何本もの木によって、太刀川の姿が完全に見えなくなり、三輪は悔しそうにチッと舌打ちをした。

 

「あの人型のトリオン兵の事だ! なぜ早く破壊しない! なぜアレを野放しにしておく!」

「……ああ、そのことか」

 

 三輪は倒れた木を孤月で凪ぎ払い、太刀川の姿を確認しようとする。しかし、凪ぎ払った先には太刀川の姿は無かった。

 どこだ、どこにいる、と周囲を見渡しても、見えるのは三百六十度すべてが木、木、木。太刀川の気配はまったく感じられなかった--となると、

 

「答えてもらおうか。俺が--納得するような答えを!」

 

 上しかない。

 

「答え……ねぇ」

 

 突如として上から降ってきた太刀川を、三輪は弧月で迎撃した。しかし、それは紙一重でかわされてしまい、太刀川は三輪の懐へと入り込む。あとは弧月を振り抜けば終わり--と、思った太刀川であったが。

 

「メテオラッ!」

 

 一瞬の閃光と共に目の前で爆発が起こり、太刀川と三輪は揃って吹き飛ばされた。

 いや、三輪に限って言えば"吹き飛ばした"だろうか。

 

「珍しいことするな」

 

 普段の三輪ならば、絶対にやらない戦法だ。

 メテオラをセットすること自体、戦略を重視する三輪ではまずありえない。それでも、太刀川に向けてメテオラを撃ってきたということは、それは三輪の怒りの表れだったのだろうか。

 

「答えられないのなら、俺があのトリオン兵を破壊する!」

「出来るのか?」

「出来るか出来ないかではない! 近界民の手先は--すべて破壊だ!」

 

 三輪が太刀川に向けて再びメテオラを撃ち込む。

 そのメテオラは太刀川のいた場所に着弾し、閃光と爆音を発生させた。

 その光景を油断なく見つめていた三輪であったが、咄嗟にその場を飛び退く。瞬間、三輪の周囲にあった木が中ほどから斬り倒された。

 

「生憎だけど--そりゃ無理だ」

 

 閃光が収まった方向から、太刀川が何てことない様子で歩いてくる。

 旋空弧月。

 メテオラをフルガードで完璧に防ぎ、旋空弧月による反撃の一撃を放ってきたのだ。しかも、当たれば一発で戦闘不能になりかねない箇所--首を狙って。

 

「アレは、俺の獲物だからな」

 

 太刀川がニヤリと好戦的な笑みを浮かべる。

 三輪の背筋が、ゾクリと震えた。

 

「……あんたの獲物だろうと関係無い! あれは、俺が破壊する!」

 

 三輪は太刀川へと飛びかかり、両手で持った弧月を振るう。それを太刀川は易々と"片手"で受け止め--

 

「だから無理だって--言ってるだろ」

 

 二本目の弧月を振るって、シールドごと三輪の胴体を真っ二つにした。

 

「なっ……!」

 

 ベイルアウト寸前の三輪を見て、太刀川はニヤリと笑う。そして、最後にこう言った。

 

「だから言っただろ? 無理だ、ってな」

 

『戦闘体活動限界、ベイルアウト』

 

 

 

 

 

 

 ボーダー本部の廊下を歩き、とある隊室へと向かっているノア。

 それは先日知り合った黒江が所属する加古隊の隊室……ではなく、同じく知り合いになった緑川が所属する草壁隊の隊室……でもなく。今ノアが向かっているのは、おそらく初対面であろう人物が隊長を務める隊室だ。

 おそらく、と表現を濁すのは、ノアが覚えていないだけであちらはバッチリ覚えている可能性が濃厚だからである。

 

「……ここ、かな」

 

 とある扉の前で立ち止まるノア。どうやら事前に教えられた場所へと着いたようである。

 

「お、お邪魔しまーす……」

 

 やや控えめな挨拶と共にノアはその扉をくぐり抜けた。すると、綺麗に整った部屋と共に、気だるげそうな目をした人物が視界に入った。

 

「…………」

 

 どうやらその気だるげそうな人物は何かの本を読んでいるらしく、部屋に入ってきたノアにまったく気づいていない様子だった。

 他に人は誰も居ないので、どうやらノアが探している人物は留守のようである。

 

(アタシと同じくらいの背の人って言ってたから、あの人じゃないよね……)

 

 それでも一応許可だけはとっておこうかと、ノアはソファーで本を読んでいるその人物のそばへと近寄ってゆく。

 ぺたぺたと足音を立てながら、ノアはその人物の真後ろまでやってきた。

 

「……お、おーい」

「…………」

 

 よほど集中しているのだろうか、ノアの呼び掛けに反応する気配がまったくない。

 

「あ、あれ、もしもーし……?」

「…………」

「も、もしかして……これが噂に聞く、無視!?」

 

 カルチャーショックを受けるノアをよそに、気だるげそうな人物はノアの方を振り向きもしない。その事実に悲しみを感じたノアは、その人物の前へと回り込み、自身の存在をアピールし始めた。

 

「あのっ……えーと……こ、こっち見て!」

「…………ん」

 

 ノアのアピールが通じたのか、はたまたただ単に視界に入っただけなのか……とにもかくにも、気だるげそうな人物は本から顔を上げてノアを確認し--

 

「………………えっ」

 

 まるで幽霊でも見てしまったかのような表情を浮かべた。平たく言えば『とっても驚いた顔』をしているのだ。

 

「あ……や、やっとこっち見てくれた!」

「……………………は?」

 

 やっと絞り出した言葉が、は? であるとは、いつも毒舌を投げ掛けてくる彼らしくもない。それほどに驚いたということか。

 

(……落ち着け、落ち着くんだ菊地原士郎(きくちはらしろう)。たしか、素数を数えれば落ち着けるってこの前読んだ漫画に書いてあったはず--1、3、5、7、11、13、17、19……………)

 

 よほどビックリしたのか、気だるげそうな人物--菊地原は真顔でノアの事を見つめたままフリーズした。実際には素数を数えている最中らしい。

 

「あ、あの……」

「……なに?」

「どうかしたの? すごくビックリしてたみたいだけど……」

「……何でもないよ。というか、君は遠征の時の--そっか。てことはあれ、やっぱり気のせいじゃなかったんだ」

「?」

 

 菊地原は長年の疑問が解けた物理学者のような顔をしており、それと同時に苦々しげな感情も瞳の奥底に見てとれた。つまるところ、菊地原は非常に納得のいかなそうな表情をしているのだ。

 

「ん……聞き取りにくい。もっと大きな声でしゃべって」

「う、うん。わかった」

 

 耳をトントンと叩き、調子を確認する菊地原。渋い顔をしているあたり、どうやらあまり調子はよろしくないようだ。

 

「ていうか、君は何しに来たのさ。仮にも君を取っ捕まえた人の隊室に来るなんて……Mなの?」

「? Mってなに? 服のサイズはSだけど……」

「……天然なの?」

 

 ジトッとしている目を更に細めながら、菊地原は呟く。

 

「聞いてるよ。確か太刀川隊が預かる事になったんでしょ? まあ、それが妥当だよね。うちで預かれって言われてもごめんだし」

「……アタシはここが良かったかも。掃除する必要無さそうだし……」

「そんな理由でウチにこられても困るんだけど」

「う……」

 

 たしかにその通りだが、太刀川隊の隊室掃除が毎日の日課になっているノアにとってはけっこう切実な問題なのである。

 とはいえ、何だかんだで掃除が好きなノアにとってはあまり苦でもないのであるが。

 

「……まあいいや。それで、何の用なの?」

「あ、えっと……カザマって人いる? ちょっと伝言を頼まれちゃって」

「伝言? 誰から?」

「タチカワから」

 

 その答えを聞いて、菊地原は何となく察した。あの飄々としたA級一位部隊の隊長だったら、この人型トリオン兵をも躊躇なく使うだろうと。

 使えるものは何でも使うらしく、この間は高校生である出水に大学の課題をやらせていたらしい。A級部隊の間でも、ちょっとした話題になっていた。

 

「何て伝言?」

「え、伝えてくれるの?」

「……そういうとこだけは察しがいいんだね」

 

 菊地原の言うとおり、変な所でチグハグというか、考えることや行動が一貫していないノアは、傍目から見るとかなりイビツな存在に見える。

 臆病なのに好奇心があったり。ニブチンなのに察しがよかったり。しかし、そんなイビツなところが実に人間らしくもあるのだ。

 

「えっとね……ランク戦の--」

 

 ノアは人差し指を頬に添え、思い出すように告げた。

 

「音声解説データを一緒に奪いに行こうって」

「帰って」

 

 

 

 

 

 

 菊地原に門前払い--正確には門中払い--をうけたノアは、太刀川を探してボーダー本部を歩き回っていた。

 隊室はもぬけの殻だったし、ラウンジ等にも居なかった。他にも太刀川が行きそうな場所はしらみつぶしに探しているが、見つかる気配は全くない。

 今はちょうどお昼時なので、外にご飯を食べにでも行ってしまったのだろうか。

 

「……はぁ、まあいっか。どうせ太刀川の事だし、もうどうでもよくなってるに違いないんだから」

 

 一応伝えたし。とひとりごちて、ノアは本部通路の壁に背を預ける。そのまま座り込み、膝を抱えて丸くなった。

 端から見れば完全に迷子の子供そのものであるが、周囲には誰もいない。故に、それを気に留める者もいるはずがないのだ。

 

(……懐かしいな。旅してたときは、よくこうやって寝てたっけ)

 

 木を背にしたり、土の壁を背にしたり。時には瓦礫となって風化したトリオン兵を背にしたりしてきた。

 膝を抱えて、世界を拒絶して、拒絶されて。それでも目が覚めれば、世界は変わらずそこにあって。それは、あの時からずっと変わらないモノだった。変わってくれないモノだった。

 

「…………お母さん」

 

 寂しくないと言えば、嘘になる。あの時からずっと、一人で惑星国家を転々と旅してきたのだから。相棒も、お供も、友達も、誰一人居ない、一人旅をしてきたのだから。

 しかし、それ故に気楽であったのは確かだ。

 そして、同時にどこか物足りない感覚もあった。それが何なのかは分かっているし、理解もしている。しかし、頭の奥に時折流れるお母さんの映像が、人との関わりを避けさせるのだ。

 

『強大な力っていうのは、攻めるためでも守るためでも悲しい結果しか生み出さない。それはいつの時代も同じで、とっても罪深いことだ。……私は今から、その罪深いことを--お前にする。忘れないで、絶対に大切な人をつくってはいけないよ。そうなればきっと--』

 

 そう物悲しそうに語るお母さんの顔がちらつく度に、ノアの--あるかも分からない--心が、なんとも言えない不安に包まれるのだ。

 そういえば。たしか、その言葉の続きは--

 

『お前はきっと、その大切な人を殺してしまう』

 

 --大切な、人。

 

 

 

 

 

 

「--…………い」

 

 声が聞こえる。闇の奥から、ノアに向かって掛けられている声がある。

 

「--……おい」

 

 聞き覚えのある声だ。それこそ、ここ最近毎日のように聞いている声だ。この声の持ち主はたしか--

 

「おい!」

「ひゃあああぁぁっ!?」

 

 体を揺すられ、ノアは勢いよく顔を上げる。

 

「おっ、やっと起き--」

「きゃあああぁぁっ!」

「なんでまた悲鳴上げてんだ!?」

 

 そして目の前に写った人物の顔を見て、更に声を上げた。

 見慣れた格子状の目に、手入れもなんにもされていないボサボサの髪の毛--見間違える筈もない。自身の監視役であるだらしないバトルジャンキーが、ノアの目の前にしゃがみこんでいたのだった。

 

「タ、タチカワ……?」

「ああ。何でこんなところに居るかはしらんが、眠りこけてるとは予想外だったな」

「えっ、と……ご、ごめん……」

 

 慌てて立ち上がり、目を擦り上げるノア。その様子はまるで寝起きの子供にしか見えず、太刀川は時折目の前の少女がトリオン兵だという事実を忘れそうになる。

 現に、日常の中で見せる表情や行動なんかは外見相応の子供っぽいものであるし、話した感じもただの人間にしか感じられない。

 いったい、こいつは何者なのだろうか。そんな考えが、一瞬だけ太刀川の頭をよぎった。

 

「ねえ、タチカワ」

「ん……なんだ?」

 

 どこか神妙な顔つきのまま、ノアは太刀川を正面から見上げる。その表情は、今考えていた事柄も相まって、太刀川の心臓をどきりと跳ねさせた。

 適応力が高いゆえに、大抵いつも周りと同じ顔をしていたノアが見せる、真剣な表情。それは得てして奇妙で、よく分からない感覚を太刀川に植え付けた。

 

「--戦い方を、教えて」

「…………はあ?」

 

 ノアの唐突すぎる質問に、太刀川はすっとんきょうな声を上げた。

 

「戦い方って……なんでそんなもん覚えたいんだ?」 

「力をコントロールする方法を知りたいの」

「……戦い方は、力をコントロールする方法なんかじゃないぞ」

「それでも、参考にはなるかもしれない」

「…………力ってのがあの暴走のことを言ってるんだったら心配するな。お前がああなったら、俺が責任もって止めてやる」

「そうならないようにしたいの。いつだってタチカワが側に居るとは限らないんだし」

「………………」

 

 真剣な表情を崩さず、太刀川の反論にも一歩も引かないノア。その眼差しは子供のように純粋で、大人のように力強かった。

 やはり、ちぐはぐだ。

 ちぐはぐ故に、ノアは知ろうとする。今まで知らなかった事を知って、ちぐはぐでも前に進もうとしている。

 しかし--

 

「……イヤだね」

 

 太刀川から返ってきた返答は、拒否の類いだった。やっぱり、ダメか。そんな風にノアが諦めようとした、その瞬間--

 

「教えるだけなら、俺よりも適任のやつがいる」

「え……!」

 

 それは、いったい。そうノアが訊くよりも前に、太刀川は遠くを見るような目のまま、微笑を浮かべて言い放った。

 

「未来だって見通せる、あの実力派エリートがな」

 

 

 




 カバー裏風キャラクター紹介

 弾バカ族族長・いずみ
 最近増えた居候が隊室を片付けているのを見て、少しだけその手伝いをするという、言動は物騒だが根は優しい子。
 太刀川に振り回される唯賀、国近に振り回されるノアを見て、腹を抱えて笑っていたことも。完全に振り回す側にまわったようである。

 そうだ素数を数えよう・きくちはら
 ノアに対して、ちょっといつもと違った反応をしていた人物。そのせいでいつもの辛口発言もなかなか奮わなかったようである。
 素数は一と自分でしか割れないぼっちの数字だが、菊地原は話したやつが大体友達なのでぼっちではない。ないったらない。
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