トリオン兵ちゃんは幸薄い   作:看取る人

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玉狛を知りたい

「というわけで迅、頼んだ」

「何が"というわけ"なのかな、太刀川さん」

 

 綺麗に整頓された玉狛支部のリビングにて、太刀川と迅、それからノアが大きなダイニングテーブルに着いて話をしていた。周囲に人はおらず、皆出払っているのだろうということが分かる。

 そんな三人の中でも、とりわけノアは真剣な眼差しで迅を見つめており、そんな眼差しに晒された迅は珍しく困った表情を浮かべていた。

 

「こいつに戦い方を教えてやってほしいんだよ」

「こいつって……」

 

 チラリとノアの方を向き、苦々しい表情を作っては太刀川の方を向いて疑問をぶつける迅。

 いつも飄々としながら悟ったような目をしている迅らしくもなく、今のその姿は非常に年相応の人間らしかった。

 

「このちっちゃいトリオン兵のこと……だよね?」

「そうそう。お前の弟子にしてやってくれよ」

「弟子って……そんなら太刀川さんが弟子にしてあげればいいじゃない」

「ばっかお前。俺が教えたら戦うときに楽しみが半減するだろ? その点、お前の弟子と戦うなら凄く面白そうだ」

「……そんな理由で?」

「そんな理由で」

 

 至極あっさりと断言した太刀川を見て、迅は頭痛を感じ始めていた。確かに、太刀川はこういうことに関してはより面白い方を取る。そういう男なのだ。

 迅は深くため息を吐いて、頭を軽くかいた。

 

「……えーっと。ノア、ちゃんって言ったっけ」

「うん!」

「ほんとに俺でいいの? 他にも教えるのが上手い人ならいっぱい居るよ? 忍田さんとか、レイジさんとか、風間さんとか」

「あれ、その中に俺は入ってないのか?」

 

 太刀川の疑問は華麗にスルーして、二人は会話を続ける。

 

「ジンがいいの! だって、タチカワが推薦したヒトだもん! アタシはタチカワを信じる!」

 

 啖呵を切って叫んだノアを見て、二人は目をしばたかせて固まった。お互いにぎこちなく首を動かし、ゆっくりとフリーズを解いてゆく。

 

「……随分と信頼されてるね、太刀川さん」

「……ああ。俺もここまでとは思ってなかった」

 

 呟く二人に、言葉を続けてノアは叫んだ。

 

「戦いの事だけなら!」

「ああ。それなら納得できるよ」

「おいそれはどういう意味だ迅」

 

 まあ当然といえば当然か。普段のだらしない姿を見慣れているノアにとっては、太刀川のすべてを信じることは出来ないだろう。

 とはいえ、

 

「うーん……」

 

 腕を組んで、迅は唸った。いくら太刀川の頼みであっても、正体不明のトリオン兵を預かることには抵抗があるからだ。

 それに、戦い方を教えると言うのなら、もちろん玉狛(ここ)で教えることになる。そうなるならば、もちろん他の隊員たちの了承も得なければならないだろう。迅の一番の懸念は、むしろそこだった。

 

「あ、ちなみに林道さんと小南には了承とったぞ」

「え」

「林藤さんは一発OK。小南も、別にかまわないって言ってたな」

「…………なんか太刀川さんらしくない」

「どういう意味だコラ」

 

 事前に了承なんて、まるで大人のようだ。いやまあ、年齢だけ考えれば太刀川はもう既に大人なのだが。成人はしているし。

 

「ってことは、残るはレイジさんと京介か……」

「新人隊員たちには訊かないのか?」

「太刀川さん、それイヤミ? あの子たちに教えられるわけないでしょ。少なくとも、遊真の入隊が終わるまでは絶対ダメ」

「不穏分子は持ち込ませないってか? 潔癖だねぇ」

「用意周到って言ってほしいな」

 

 あと二人。あと二人説得できれば、ノアは迅から戦い方を学べる。しかし、その二人が結構な難敵であるのも確かだ。

 あのポーカーフェイス師弟は何事にも用心深い性格をしている。故に、経歴だけ見れば怪しさ満点のノアを受け入れてくれるかと言えば微妙な所だ。

 いくら『ネイバーにも良いやついるから仲良くしようぜ』主義の玉狛といえど、トリオン兵を招き入れるなど初めてのことなので、しかたないと言えばしかたないことなのだが。

 

「……まぁ、こういうときは直接会ってみるのが一番いいよね」

「直接?」

「そう。ノアちゃんが直接、二人と話してみるんだ。それでオッケーかダメかを決める、ってこと」

 

 こうして話ができるのならば、それを最大限生かさない手はない。話が通じないネイバーや、そもそも話せない他のトリオン兵と違って、ノアはこうやって意思の疎通が出来るのだから。

 そうと決まれば実行してみようと、迅はノアの手をとって立ち上がらせた。

 

「よし、まずは京介からだ。この時間ならたぶんバイトだろうね。いくよ、ノアちゃん」

「う、うん!」

 

 迅に手を引かれて、ノアは走り出した。その光景を見ると、まるで年の離れた兄妹のように見えることだろう。小南あたりは騙されるのではないだろうか。

 

「……若いねぇ」

 

 あんただって充分若いだろうに--というツッコミは、どこからも飛んできてくれなかったようであった。

 

 

 

 

 

 

 玉狛支部から歩いて二時間程の場所にある警戒区域近くのスーパーにて、ノアと迅は目的の人物を見つけていた。警戒区域近くと言うこともあってか、客足は昼過ぎだというのにまばらで、そのためすぐに見つけられたということもある。

 お惣菜のコーナーに弁当を並べているそのもっさりとしたイケメンに、迅は気楽な調子で話し掛けた。

 

「よう京介。相変わらず頑張ってるな」

「迅さん? 珍しいですね、スーパーに来るなんて。お菓子でも買いにきたんすか?」

「いやいや、今日はちょっと京介に紹介したい子がいてさ」

「なるほど。じゃあもしかして、紹介したい子っていうのはその子の事ですか?」

「さっすが京介、察しがいいな」

 

 京介と呼ばれたこのイケメン、烏丸京介(からすまきょうすけ)は、落ち着いた感じでノアの事を見つめている。見つめるその目は冷静そのものであり、ノアの事を見定めているのが見てとれるようだった。

 

「君、名前は?」

「ノア」

「迅さんとはどういう関係?」

「え、それはどういう意味なのきょう--」

「師匠にしてもらいたいヒト」

「…………へぇ」

 

 烏丸はどこか感心したように頷くと、ノアの肩を掴んでしゃがみ、同じ目線に顔を合わせてノアのスカイブルーの瞳を覗き込んだ。

 

「………………」

「………………」

 

 痛いくらいの沈黙がその場を支配する。当人たちにとっては重要な場面なのだろうが、それに付き合わされている迅は息が詰まりそうになってくる気分だった。少なくとも、もうこの場から離脱してお菓子コーナーにぼんち揚を探しに行こうかと考えていた程度には。

 そして、そんな緊張した空気は、烏丸が視線を迅に向けた瞬間、たちどころに霧散した。

 

「……良いんじゃないっすか? 弟子にしてあげても」

「あれ、意外。京介ならもっと慎重に答え出すと思ったのに」

「俺は慎重っすよ。それに、迅さんの弟子ならそこまで警戒する必要もないんじゃないかって」

「俺のこと信頼しすぎじゃない、京介?」

「信頼に足る人ですから。あ、迅さんに弟子ができるなら俺たちとお揃いっすね」

「もうその気か……」

 

 無表情なのは変わらないが、どこか機嫌のよさげな鳥丸。その姿を見ていると、なんだか反論の言葉が出てこなくなる迅であった。

 

(京介がこうもあっさり認めるとは意外だったな。一応ノアちゃんの資料は先に送っておいたんだけど……まあでも、まだ最後の砦のレイジさんが居るし、大丈夫でしょ)

 

 これも迅の普段の行動が招いた結果だろう。これが並み以上の人物だったのなら、烏丸も簡単には許可しなかっただろうけれど。いかんせん迅の実力(暗躍含む)は並み以上よりも遥か上だ。それゆえに、多少のことならなんとかしてくれるだろうと思われているのである。

 もちろん、烏丸もまるっきり迅頼りにしているわけではない。いざとなったら、ノアと刺し違えてでも止める覚悟はできている。

 そんな覚悟をさらりとできている所もまた、流石はボーダー最強部隊の一員だと言える所だろう。

 

「大丈夫ですよ迅さん。この子は、悪い子じゃありませんから」

「……それはどういう根拠で?」

「兄の勘です。この子の目は、うちの弟妹たちと同じでした」

 

 ハッキリとした口調でそう告げる鳥丸からは、どこか確信に近い何かを得た雰囲気が伝わってくる。それに、勘と言われてしまっては、迅にはもう反論する余地が無いわけで。

 

「はぁ……行くよ、ノアちゃん」

「う、うん」

「ありがとうございましたー」

 

 店を出るときの一般的な挨拶を鳥丸から受けて、迅とノアは次の人物が居るであろう場所へと歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 コツンコツン、と足音が響く。

 薄暗く、乾いた地下牢。その一室に、とある人の形をしたものが閉じ込められていた。それは毛布を掛けられ、すうすうと穏やかな寝息を立てている。

 

「起きろ」

「…………ん」

 

 とある男性が、その中に横たわる等身大の人形に声をかける。すると、その人形はゆっくりと起き上がって伸びをした。

 肩まで伸ばした白い髪に、炎をそのまま圧縮したような紅い瞳が印象的な人形だった。

 

「ふぁ~あ……んあ、角のヒト!」

「久しぶりだな」

「久しぶり久しぶり! ね、ね、今日こそは遊んでよね! ね、ね、ね!」

 

 鉄格子に飛びかかり、足の指だけを器用に使って鉄格子に掴まってみせる人形。その姿勢はかなり苦しいと思うのだが、当の本人には屁でもないようだ。

 

「ああ、良いだろう。遊んでやる」

「やったーっ! 何して遊ぶ!? 鬼ごっこ? かくれんぼ? それとも神隠し!?」

 

 神隠しは遊びなのかと一瞬思った男性であったが、あえてそれにはつっこまない。今はそれよりも気づかせなければならない事があるからだ。

 

「……はしたないぞ」

 

 今の人形の格好は、布切れひとつ纏っていない生まれたままの姿であるのだ。いくら子供体型であるとはいえ、その無防備さに男性は思わず顔を横にそらした。

 そんな男性の様子にもキョトンとした顔のままである人形は、やはり姉妹と同じく羞恥心があまり無いようである。

 

「これを着ろ」

「? なに、これ」

 

 鉄格子の隙間から、小さく折り畳まれた子供用の服を手渡す男性。それを手に取り広げてみると、シンプルな黒い布地で作られたワンピースが人形の目の前に広がった。

 それは牢屋のなかに流れる風を受けて、ヒラヒラと裾をはためかせている。

 

「今のままでは人前に出すこともできん。最低限それくらいは着ておくんだ」

「えー、こんなヒラヒラなの邪魔ー」

 

 口を尖らせながら、体を前後にゆする人形。その度に体型相応の二つの膨らみが、男性の目の前で揺れ動く。リンゴとはいかずとも、オレンジくらいはあるようだ。

 男としては、そんなものを目前で見せられたら少なからず動揺して然るべきだろう。

 しかし、そんな煩悩を振り払って、男性はあくまで冷静に言葉を続ける。

 

「これは命令だ。着なければこの檻からも出さんし、遊びもしない」

「うぅー……」

 

 人形はやっと鉄格子から足を離し、牢屋の地面に降り立ってしげしげと渡された黒いワンピースを眺める。

 しばらく眺めていた人形だったが、やがて観念したのか、下から被るようにすっぽりとワンピースを着るのだった。

 

「うぅー……やっぱりこれ邪魔くさい……」

「我慢しろ。じきに慣れる」

 

 飛び上がったり回ったりして、ワンピースの着心地を確かめる人形。その仕草は実に野性的で、どこか常識から離れた存在のようにも見える。 

 その光景を確認した男性は、懐からカギを取り出して牢屋の錠前を外した。

 

「さあ、出てもいいぞ」

「わーい!」

 

 鉄格子でできた扉を開け放ち、人形は牢屋の中から飛び出した。ワンピースの裾がめくれるのもいとわず跳びはねるその姿を見て、男性はまたも顔を横にそむけたのだった。

 とはいえ、これだけ扱いやく強大な戦力もそうないだろう。報告によれば、男性の軍に所属する磁力を操る新人と、砲撃を得意とする弟の二人を相手取って軽々と勝利して見せたのだから。

 最終的にはとあるブラックトリガーの能力で牢屋の中へと転送させたが、それがなければかなりの数の兵がやられていただろう。それほどまでに、強力な戦力なのだ。

 

「此処から出た以上、お前には我が軍に加わってもらう。その為には名前がないと不便だ」

「名前?」

「ああ、ツバサという名前だ。どうだろうか?」

「ツバサ……」

 

 男性を見上げ、ポカンとした表情を浮かべる人形。そんな表情を今まで見たこと無かった男性は、そんな表情もするのかと内心で驚いていた。

 いつもワクワクしているかのような、すべてのことが楽しくて仕方がないような。そんな表情を絶やさなかった人形が、驚きの表情をするなんて。

 

「……うん、いいよ! ツバサって名前、スッゴクいい! 『プロト』なんかよりも百倍いいよ!」

「そうか……プロト?」

 

 聞き慣れない言葉がツバサの口から発せられたことに、男性は少しだけ興味を示す。

 言い方から察するに、それがツバサの本当の名前なのだろう。

 プロトとは、試作という意味。ツバサがトリオン兵であることを踏まえれば、試作品のトリオン兵であるとも取れる名前だが。

 

「わたしの名前はプロトだーって、いきなり頭の中に声が聞こえてきたんだ! でも、そんなのよりツバサの方がカッコいいからそっちにする!」

「いいのか?」

「いいよ! わたしのことはわたしが決めるもん!」

 

 胸を張ってそう宣言するツバサ。言動に反して予想以上に子供っぽいその仕草に、男性は少しだけ頬を緩ませた。

 最近は次代の神選びで身内共々ゴタゴタしていたので、こんな純粋な笑顔を見るのは久々だったのだ。

 そういえば、あの粗野な言動が目立つブラックトリガー使いも、昔はこんな風に笑っていたような。今では、もう、その面影すら残っていないけれど。

 

「…………」

「どうしたの?」

「いや、何でもない」

 

 雑念を振り払い、男性は着ているマントを翻して体を反転させた。

 

「付いてこい。お披露目の時間だ」

「うんっ!」

 

 出口へ向かう男性を追いかけるようにして、ツバサは牢屋を出ていく。その足取りは、親についていく子供のように軽やかで、そして危うかった。

 

 

 

 

 

 

「ここは……何?」

「ここはラーメン屋って言って--まあ、平たく言えば飯食うとこだよ。ここでレイジさんと待ち合わせしてるんだ」

「……ご飯?」

 

 続けて迅に連れてこられたのは、赤いのれんが特徴的な木造の建物であった。その建物の正面には、らーめんという字がひらがなででかでかと書かれている。

 臆することもなくその中に入っていく迅に続いて、入ったノアを待っていたのは--がらんとした店内と、幾つものテーブルと椅子であった。お昼時を過ぎているためか、席に着いている人は数えるほどしか居ない。

 その内の一つに向かって、迅が声を掛ける。

 

「いたいた。レイジさーん」

「ん……ああ、迅。遅かったな」

「レイジさんが早すぎるんだよ」

「そうか」

 

 テーブル席に腰を下ろしているのは、とてもガタイのいい体をした男、木崎(きざき)レイジである。

 先程の烏丸と同じように無表情ながら、体つきは木崎の方がかなりよい。さすがは玉狛が誇る落ち着いた筋肉である。何事にも動じなさそうだ。

 迅とノアは木崎の対面の席につき、迅は早速注文を取りに来た店員に醤油ラーメン二つを頼んでいた。木崎の分は既に注文済みである。

 

「それで、迅。その子が噂に聞いていたトリオン兵か」

「そうそう。名前はノアちゃんっていうんだ」

 

 テーブルに置かれた水を飲みながら、迅は質問に答える。

 対する木崎はノアに視線を向け、何事かを考えるように顎に手を当てた。

 

「……お前、迅の弟子になりたいんだってな」

「うん」

「……本気か?」

「冗談でこんなこと言わないよ」

 

 木崎の問いにも、頑として退かないノア。

 トリオン兵が弟子入り志願など、史上初だろう。そもそも、ノアがトリオン兵としては特殊すぎるのであるが。

 木崎はピクリとも眉を動かさず、ただじっとノアを観察している。その光景は、先程の烏丸とのやり取りの焼き直しのようであった。

 

「…………」

「…………」

(なに!? 何でまた無言!? 流行ってんの!? 最近は無言合戦でも流行ってんの!?)

 

 またしても息苦しい空気に包まれた迅は、思わず内心でツッコミをかましていた。しかしそんな迅の心中などいざ知らず、二人は数十秒の間無言で顔を合わせていた。

 そうして見つめあった後、先に視線をはずしたのは、やはりノアではなく木崎の方であった。

 

「……よし、俺からは許可しよう。迅が良いと言う分には、玉狛に来て特訓しても構わない」

「えっ、ちょ、レイジさん!?」

 

 鳥丸に続き、木崎さえも簡単に許可を出すとは。予想外の結果に驚き、迅は暫し呆然としていた。

 頭を振って思考を再起動させた迅は、当然ながら木崎に疑問をぶつける。

 

「レイジさん……京介といいレイジさんといい、なんでそんなあっさり認められるの?」

 

 あの無言の間の間に何があったのかとも問いただしたいが、そこは何となく触れてはいけない領域の話であると迅の直感が告げていた。

 なので、ちょっと遠回しに聞いてみたのだ。

 その質問に対して、木崎は何でもない風に答える。

 

「簡単なことだ。心の底から真剣な奴は、目を見るだけで分かる。あの雨取みたいにな」

「…………」

「まあ、俺たちがなんと言おうと、最終的に決めるのは--迅。お前自身だからな」

「……はは。レプリカ先生みたいなこと言うね、レイジさん」

「そうだな」

 

 そう言われれば、その通りだ。他のメンバーに了承を取る必要はあったが、それを最終的に決めるのは迅なのだから。

 迅はあらためてノアの方に向き直り、その視線をノアへと向ける。

 

「……俺は教えるとなったら、結構本気で教えるタイプだから。だから途中で泣き言を言ってもやめさせないよ? それでもやるかい?」

「うん」

「痛いことだってあるかもしれないよ?」

「う……うん。大丈夫」

「もうこれ以上ダメだってところまで肉体を酷使する特訓をするかもよ? そうなれば痛いどころじゃすまないかも……」

「だ 、大丈夫。我慢してみせるもん」

 

 じり、じり、とノアとの距離を詰めてゆく迅。これは師匠がよくやる、本格的に弟子になる前の脅しというか、入門の儀式のようなものなのだが--迅はちょっと脅しすぎな気がしなくもない。

 徐々に重心を後ろに下げていくノアはしかして、椅子の上に座ったままだと言うことを失念しており--

 

「あっ」

 

 椅子に乗ったままバランスを崩してしまったノアは、背中から地面へと一直線に落下していき、したたかに頭を床へと打ち付けた。

 流石にこの程度のダメージでは暴走などしないが、痛みは当然ある。ノアは打ち付けた箇所をさすりながら、上半身を起こした。

 

「痛ったた……」

「あっと、ちょっと脅かしすぎたかな。ごめんねノアちゃん。だいじょ……う……ぶ……」

 

 助け起こそうと手を伸ばした迅は、よくよく今のノアの格好を見て言葉を失った。

 それもそうだろう。

 背中からダイブしたということは、一瞬だけ上下が逆さまになったということである。そして、ノアが着ている服は、ヒラヒラとした白のワンピース一枚のみ。

 そうなれば当然、ワンピースの裾はめくれあがってしまっているわけで。

 

「…………はっ」

「どう--」

 

 ノアが何か言葉を発する前に、迅はワンピースの裾を掴んで思いっきり下に引っ張った。

 その行動にビックリする暇もなく、ノアは両脇を抱え上げられ、いつの間にか立て直された椅子の上に座らせられたのだった。

 

「大丈夫か? 結構いい音がしていたが」

「あ、うん。アタシは大丈夫。この程度ならすぐに治っちゃうし」

「ほう……」

 

 心配する木崎にも大丈夫という旨の報告をし、ノアは後頭部をゆっくりさすった。ちょうどテーブルの影になって、木崎には見えていなかったのは幸いと言うべきか。

 

「…………いやいや、俺はなにも見てない。見てないよ。これから弟子になるであろう女の子の大切な場所なんて絶対に見てない--」

 

 ブツブツと呪詛のように何事かを呟いている迅を見て、ノアと木崎は揃って首を傾げた。

 張本人が"それ"を分かっていないというのは致命的な気がするが、その張本人が気にしていないのでよしとしよう。

 

「……なんかゴメンね、ノアちゃん」

「え?」

 

 そのゴメンは何に対してのゴメンなのか。

 ノアは脅したことについてだろうと察したが、それは全くもって検討外れであることに、ノア本人は気づかない。

 

「ま、まあとにかく--ノアちゃんには俺が責任もって教えるから。これからよろしくね、ノアちゃん」

「うん、よろしく!」

「うっ……」

 

 気づかないのならこのまま押しきってしまおうと考えた迅の作戦は、中々どうして逆効果だったらしい。

 ノアの見せる--かなり珍しい--笑顔を見て、迅は更に胸の内へと罪悪感を募らせてくのであった。




 カバー裏風キャラクター紹介

トリオン兵の師・じん
 突然、少女に戦闘訓練を施すことになった今回の振り回さレイヤー。普段は振り回す方なので、なかなか新鮮な体験ができたのでは無かろうか。
 因みに、ノアは守備範囲外なので手を出されることはないはず(ハプニングには巻き込まれる)。

無邪気な鳥あたま・つばさ
 三歩歩いても物を忘れない優秀な鳥あたま。その代わりに色んなところが足りてないのだが、それはそれで需要があるので気にしない。どこが、とも言わない。
 戦闘力は高いが、それを生かせる戦術は考え付けないであろうことは想像に難くない。軍師がすごく重要。
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