GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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11.8:Back to Back/戦友

 

 

<時刻不明>

 ケイト・ラズウェル CIA作戦本部・北アジア担当官/カストビア国内化学兵器工場襲撃作戦責任者

 某国米軍基地

 

 

 

 

 

 

 

 奇妙な展開になってしまった。

 

 最悪ではないが良い展開と形容するには憚られる、そもそも何がどういう経緯を経てこうなったのかすら把握出来ていない、そんな状況だった。

 

 

「3-1? アレックス! ああまったく!」

 

 

 憤りのままにデスクを叩けば、天板の上に整然と配置された通信用マイクや作戦状況を逐一映し出す液晶ディスプレイがガタリと一斉に震えた。

 

 作戦本部である天幕内へと集められたオペレーター達のキーボードを叩く手が一瞬止まり、一斉に音の出所を見やるも、剣呑な気配を宿したケイトの鋭い眼光に射抜かれ返したものだから慌てて視線を目の前の画面に戻して各々の仕事に戻っていく。

 

 

「それでどうするので?」

 

 

 すぐ隣にて同じく作戦を見守っていたノリス大佐が口を開いた。

 

 海兵隊の佐官でありアレックスと共に送り込まれた海兵隊員はノリス指揮下の部下だ。作戦を統括するのはCIA(ケイト)だが部隊そのものの指揮官はノリスである為、当然ながら天幕内で逐一作戦を見守る権利を持ち合わせている。

 

 ケイトが言い返そうとした刹那、懐で携帯電話の振動を感じた。

 

 画面に表示された電話の主が数千キロ離れた米国本土から掛けてきた事に気付いたケイトの鋭利な目つきが更に剣呑に歪んだ。このタイミングで本土からの電話などロクな予感がしない。

 

 大佐に背を向け、通話ボタンを押す。

 

 

「ラズウェルです、長官」

 

『ラズウェル支局長、今この瞬間カストビア国内で行われている作戦について伝えておかなければならない事がある』

 

 

 ラングレーの長、CIA長官は余計な前振りも抜きにいきなり本題に切り込んできた。

 

 難癖か、無理難題か、雲の上の存在が突然割り込んできた時は大抵どちらかだ。

 

 

「長官。それについてですが現在作戦は重大な局面の最中であり……」

 

『ああいや勘違いしないでくれ。私は君や現場の部下達に無茶な要求を押し付ける為に電話をしたのではないんだ』

 

「では一体……」

 

『まず私は現場で何が起きているのか全て把握している。そして――現場の指揮官の決断を私は尊重する』

 

 

 重々しくもどこか柔らかなバリトンボイスが告げた内容に安堵するよりも、「何故?」という疑問がケイトの心境に広がった。

 

 情報機関における(オフィス)は総じて手足(現場)を隅々まで統括したがり、己の意思に反して動くような真似を叩きたがる。

 

 しかも相手は本土侵攻の記憶も生々しいロシアの兵隊、和平合意を結んで1年が経過した現在も反露主義を標榜する政府高官は数多い。

 

 それ以上にだ。アレックスが倉庫の外に出てくるまでロシア側との共同戦線が結ばれた事をケイトですら知らなかったというのに、どうしてそれを長官は把握している?

 

 

「長官、貴方は一体どこまで知っているのですか?」

 

『言っただろう、全て(・・)だよ。実を言うとロシア側の責任者から現地で行われているこちら側の作戦について私に連絡があったんだ』

 

「何ですって?」

 

 

 反射的に訊ねてからケイトは数ヶ月前―TF141関連の情報公開直後―就任したばかりの新長官についての逸話を思い出す。

 

 冷戦末期のアンゴラ、ニカラグア、アフガニスタン――若かりし頃はホットな第3世界の紛争地域を股に駆けて幾度と無く秘密任務(ブラックオプス)に参加した工作員。かの悪名高き冷戦時代の独裁者にして麻薬王だったマヌエル・ノリエガの逮捕にも関わったという噂もある。

 

 アレックス・メイソン。もう1人のアレックス。

 

 云わば若きアレックスの大先輩だ。

 

 なるほど長官の情報源も察しが付いた。工作員時代の長官が構築したコネクションの中に(おそらく彼と似たり寄ったりな経歴の)ロシアの友人もいて、それが偶々今回ロシア側の作戦責任者だったという訳か。

 

 で、あちらもアメリカ側の存在に気付いて親愛なる友人であるメイソン長官に連絡したと。あまりに展開が速い、きっとその友人はロシア政府の頭の上を跳び越して直接長官にコンタクトを取ったに違いなかった。

 

 何という偶然。何という幸運。

 

 

『国防総省とホワイトハウスの方は私に任せてくれ。君は今この瞬間危険な現場に身を置いている君の部下達が無事に情報を持って生きて帰れるよう全力を尽くす事だけを考えるんだ。いいな』

 

「最善を尽くします……感謝します長官」

 

 

 電話が切れると、自然と安堵の吐息がケイトの口から漏れた。

 

 彼女にとっても、アレックスにとっても、海兵隊員とロシアの兵士にとっても、現場を無駄に混乱させる事を由としない上役を持てたのは何よりの幸いであった。

 

 情報機関とはあらゆる分野において分析を重ね、その果てに所属する国家の利益になると判断すれば陰謀を企て、作戦を立案し、あらゆる手段を使って実行する一種の国家規模の暴力組織だ。

 

 そしてどんな組織であれ、現場を当事者ならぬ人物が無用に引っ掻き回した先にあるのは、確定的な失敗が齎す出る筈のなかった犠牲と想定外のカオスであると相場が決まっている。

 

 ただし情報機関が多くの平穏な組織と違うのは、直接的であれ間接的であれ任務に失敗すれば(あるいは成功した場合においても)、兵士、スパイ、情報提供者、無辜の市民、あらゆる人間の命が失われかねない点だ。医者やパイロットとは比べ物にならない数の命が。

 

 例えば数千人の命を奪った911テロのように。

 

 あるいは3万人の海兵隊員を消滅させた中東の核爆発のように。

 

 もしくは世界全土を炎に包んだ第3次世界大戦のように。

 

 地位だけはある愚かな人物が保身や権力目当てに余計な茶々を挟んだせいで犠牲を増やすような展開などケイトは真っ平御免だった。

 

 携帯を手にしたまま、ケイトは己の幸運をしばしの間噛み締めた。やがて振り返り、海兵隊の親玉に向き直る。

 

 

 

 

 自分達の判断が本当に正しいのか、今はまだ分からない。

 

 成否は後の歴史が決める。今この瞬間はこれ以上の犠牲無く彼らが無事生還できるよう、最善を尽くすのみだ。

 

 

「良い知らせよ大佐。上が話を付けたわ。ここからはロシアの共同(ジョイント)作戦(オペレーション)よ」

 

 

 そして彼女は毅然とした口調で作戦が別の局面へ移った事を作戦本部内に宣言したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<同時刻>

 ユーリ

 カストビア・ヴェルダンスク

 

 

 

 

 

 

 敵増援部隊への歓迎(・・)はカプカンがゲートに仕掛けた罠から口火を切った。

 

 何台も連なる軍用車両の車列、その先頭を走る中型の4輪車両がゲートの門柱を通過した瞬間、カプカンの罠から放たれる不可視のレーザーに触れた事で連動した起爆装置が作動する。

 

 門柱で起きた爆発が先頭車両を横合いからぶん殴った。衝撃波で車両の側面がひしゃげ、窓ガラスの破片を巻き散らしながら車体が大きく傾ぐ。燃料にも引火し乗っていた兵士を閉じ込めたまま一瞬で車両は燃える鉄屑と化す。

 

 先頭車両が爆発・炎上した事で後続車両のドライバーは反射的にブレーキを踏んだ。2台目が停まれば必然的に後続も停まらざるをえない。細い一本道で次々と歩兵を満載した軍用トラックと装甲車が急停止した。

 

 ユーリ達の狙い通りにだ。

 

 

「射撃開始!」

 

「手当たり次第に撃ちまくっていいぞ!」

 

 

 ロシアとアメリカの指揮官が同時に吼えながら手にした銃器で射撃を開始。

 

 両国の兵士達が使う銃の大半は隠密性を重視してサイレンサーが装着されている。銃口に取り付けられた特殊な構造の筒が銃弾と共に噴出す燃焼ガスを効率的に拡散させ、銃声のみならずマズルフラッシュをも薄闇に覆い隠す役割も果たすのである。

 

 複数の射撃陣地から放たれた銃撃が車列へと降り注ぐ。車両から飛び出してきた増援の兵士は何処から撃たれたのかも分からぬまま次々と撃ち倒された。

 

 運が良い、あるいは場慣れした一部の敵兵は車両を遮蔽物として凌ぐか、素早く散開し道から離れ草薮や樹木の陰へと逃げ込みながら反撃の銃弾を放つも、キッチリと効果を発揮したサイレンサーによって敵からはユーリ側の発砲炎を認識できておらず正確な射撃とは言い辛い。それでも遅かれ早かれ位置は露呈するだろう。

 

 監視塔からサブマシンガンの弾をバラ撒いていたカプカンは頭を引っ込めると起爆装置のボタンを押し込んだ。

 

 一瞬の閃光を伴って草薮が消滅した。激しい土煙が立ち上り、数名の敵兵が手足を引き千切られながら宙を舞う。

 

 ユーリもグレネードランチャーで更に敵兵を吹き飛ばした時、突如白煙が道のあちこちで広がったかと思うと、炎上する先頭車両の残骸を含む停車中の車列と敵兵をあっという間に包み隠した。

 

 

「スモークを使ったな。となれば次は――」

 

「数の優位を生かす為に煙に紛れて一気に突撃してくるぞ」

 

 

 アレックスの言葉尻をユーリが引き継いだ。

 

 

『だがこちらからは丸見えだ』

 

 

 グラズから無線。彼のOTs03・スナイパーライフルが装備する改良型サーマルスコープは夜闇も煙幕も見通す。

 

 回線越しにライフルの作動音とサイレンサーでも抑制しきれないハイパワーな弾薬特有の鋭い銃声が届いた直後、白煙の中から断末魔の悲鳴が生じた。

 

 グラズが撃つ度に短い呻き声が聞こえ、煙の向こうから感じていた多数の蠢く気配は数を減らしていく。

 

 

『スナイパーだ! 狙撃されてい――』

 

 

 友軍へ向けたロシア語の警告も銃声によって断ち切られ、すぐに聞こえなくなった。煙幕が通じないと思い知った敵は動かない、いや動けない。

 

 何処からともなく一弾一殺で命を刈り取っていく狙撃手の恐ろしさをまざまざと見せ付けられ、味方であるユーリとアレックスですら背筋に薄ら寒いものを覚えた。

 

 

「良い腕だ。こちらの部隊にスカウトしたいぐらいだ」

 

「それは本人と上司に直接相談してくれ」

 

 

 そんな軽口を交わした刹那、腹の底へと響くボディブローを思わせる一際強烈な射撃音が轟いた。

 

 煙幕の向こう側から飛び出した太い曳光弾の軌跡が斜面へ向かって延びる。ヘッドセットからは聞いているだけで心臓に悪い大口径の弾丸が至近を掠める飛翔音に周囲の地面と木々を激しく穿つ破壊音、それらに混じってグラズの悪態が聞こえた。

 

 

『こちらに気付かれた! 場所を移動する、しばらく援護は無理だ』

 

 

 続いて煙幕の中でエンジンの雄叫びが上がったと思うと、金属同士がぶつかりガリガリと擦れ合う耳障りな異音も聞こえ始める。

 

 別の声が通信に割り込んだ。ロシア側の作戦本部から無人航空機による監視と空爆を担当するオペレーターからの報告。

 

 

(сапсан)より猟犬へ。敵は装甲車両を使って車両の残骸を排除しながら一斉攻撃を行うつもりだ、警戒しろ』

 

「敵が来るぞ!」

 

 

 最初に煙を突き破って現れたのは炎と黒煙がまだ立ち上る残骸を押す装甲車両だった。

 

 BTR-80。旧ソ時代からバージョンアップを繰り返して未だ現役の装甲兵員輸送車は、獲物を求めて主武装の14.5ミリ重機関銃を備えた砲塔を回転させながら駐車場内へ突入してきた。

 

 装甲車のすぐ後ろには大型のオフロードトラック―ウラル4320、こちらも旧ソ連からのベストセラー車両―荷台には完全武装の兵士を満載していて、乗車している分だけでなく最初の段階で下車済みだった兵士達も装甲車が道を開いたのに合わせて駐車場内へ続々と突撃してくるのが目に映った。

 

 

「食い止めろ!」

 

 

 頭数は敵が圧倒的に上だが逆に考えれば標的は選り取りみどり、とにかく目に付く敵兵へ続けざまに鉛玉を送り込んでいく。

 

 そんな中で異彩を放つのは案の定というべきか、武器の大半にサイレンサーを装着しているせいで、何十本もの炭酸飲料を立て続けに開封しているような銃声がそこかしこから聞こえるロシア・アメリカ混成部隊側の中で唯一サイレンサーを装着していないDP28を扱うタチャンカの存在だ。

 

 10キロ近い重量と発射速度の遅さは大口径ながら反動と照準のコントロールし易さに繋がる。タチャンカ自身もこの赤軍時代の骨董品を隅々まで知り尽くしており扱い方も熟練の手つきであった。

 

 押し寄せる敵は迷彩服を着込んだ溶接工みたいな機関銃手の短連射、更に監視小屋の屋根に陣取っているフィンカのペチェネグ軽機関銃も加わっての十字砲火によって次々と薙ぎ倒されていく。

 

 

『クラスターチャージ起爆!』

 

 

 別の陣地ではヒューズが改造した遠隔起爆装置を作動させると、フェンス上に設置された鉄の筒から軽い破裂音を立てて球体――小型の榴弾が続けざまに発射された。

 

 都合5発、向けられた筒の先であるゲート周辺へ立て続けに着弾。一拍の間を置いて5回の爆発。ゲートに押し寄せつつあった後続の敵集団を爆風と破片の嵐で蹂躙に成功する。

 

 自前の骨董品と手製の秘密兵器の活躍で駐車場へ押し寄せつつあった敵歩兵は瞬く間に数を減らした。そう、歩兵(・・)は。

 

 不意に標的を求めて彷徨っていた装甲車の砲塔が動きを止めた。

 

 砲塔より延びた銃口の先にあるのは、唯一サイレンサーによる抑制を受けず派手なマズルフラッシュを瞬かせていたタチャンカの陣地。

 

 

「タチャンカ、BTRがそちらを狙っているぞ! 今すぐ逃げろ!」

 

『何てこったクッソ!』

 

 

 無線に叫ぶユーリの隣ではアレックスもまた部下の海兵隊員に警告を発していた。骨董品を抱えたタチャンカと海兵隊員が慌ててその場を放棄して倉庫内へ通じるドアに飛び込むのが見えた。

 

 その1秒後にBTRの砲塔が吼えた。100メートルで厚さ30ミリの鋼板すら貫く14.5ミリ弾の前にはキャットウォークを構築する鋼材などベニヤ板も同然に過ぎない。

 

 重機関銃の銃口がキャットウォークをなぞるように動く。

 

 銃口が移動するに合わせ機関銃弾によって粉砕されていくキャットウォーク。その途中にはフューズとコンビを組む海兵隊員の姿も。

 

 

「チクショウ!?」

 

 

 叫んだのは多分海兵隊員の方だった筈だ。破滅的な粉砕音に混じってロシア語の悪態も聞こえた。

 

 フューズと海兵隊員は倉庫内へではなく外へ活路を求めた。重装備の兵士が2人、手すりを乗り越え駐車場へと飛び降りる。

 

 直後彼らが居たキャットウォークも原型を留めぬほど破壊され、大小の破片が地面に転がったフューズと海兵隊員へと雨のように降り注いだ。すぐに立ち上がって身を隠したのでたいした怪我は負っていまい。

 

 

「タチャンカは大丈夫か!」

 

『どうにか生きてるよ! 一緒にいたアメリカ人も無事だ!』

 

 

 人的被害は免れた事に一瞬安堵するものの、射撃陣地が一気に2箇所沈黙した事によって形勢は大きく敵側へと傾いてしまっていた。

 

 特に装甲車の存在がマズい。アサルトライフルや機関銃クラスの射撃などまず通用しない。対物クラスの重火器が要る。

 

 駐車場に侵入した車両以外にももう1台、この手の装甲兵員輸送車両特有の四角張った車体のシルエットが車列の後方に見える。こちらは斜面へ向けての機銃射撃を行っており、それがグラズがまだ生き延びている事を教えてくれた。

 

 

「何か手は無いのか!?」

 

「手ならまだあるさ」

 

 

 ユーリが取り出したのは幾つかのボタンを備えた太い筒状の電子機器。

 

 

「だったらさっさとあの装甲車をふっ飛ばしてくれ!」

 

「分かってるさ!」

 

 

 ボタンを押し込むと筒の先から緑色の細い光線が照射された。

 

 激しい銃火と目前の獲物に意識を奪われている敵兵や装甲車はレーザーの意味するどころかその存在すら気付いた様子を見せない。

 

 

『猟犬へ。目標を確認。ミサイル発射。至近着弾に注意(デンジャークロース)

 

「空爆支援を要請した! 全員衝撃に備えろ!」

 

 

 その時、炎の槍が天から降ってきた。

 

 ロシア側の無人偵察機から発射された対戦車ミサイルが、ユーリの目標指示装置から照射されたレーザーを目印に標的とされた装甲車へと突き刺さった。

 

 モンロー・ノイマン効果による装甲貫通能力に特化した成形炸薬弾頭が、装甲車両共通の弱点である最も防御が薄い上面に命中してしまえば主力戦車であろうと耐え切れない。

 

 カプカンの罠やヒューズのクラスターチャージとは比べ物にならない強烈な爆発がBTR-80を襲った。2人のそれが空気を震えさせる程度なら、対戦車ミサイルによる空爆は文字通り地面を揺らす規模だった。

 

 仲間を危うくミンチに変えようとした装甲車はあっけなく炎上し、それだけでなく周囲に居た敵兵も容赦なく巻き込み、今や彼らは倒れ伏して呻き声を上げるか自分と味方の血の海に沈んでいる。

 

 

「お見事。だが空爆が使えるなら早く使ってくれれば良かったのに」

 

「すまないな、ミサイルの数が足りないんだ。そっちこそ派手に工場を燃やしたお仲間はどうしたんだ」

 

「生憎我々のは燃料切れで一足先に帰ってしまったんだ」

 

 

 指示用レーザーを今度は車列後方の装甲車へと照射する。数秒と経たずもう1台の装甲車も対戦車ミサイルの餌食となった。

 

 と、駐車場内に侵入していたウラル4320が不意に爆発を起こした。トラックを盾代わりにしていた複数の敵兵が爆炎と爆風に叩きのめされて動かなくなる。

 

 ユーリはこのトラックにレーザー照射はしていない。

 

 誰が? と思っているとその炎上するトラック近くから素早く離れていくアメリカ人兵士の姿をユーリは見た。

 

 フィンカとコンビを組んだアフリカ系のあの兵士だ。空爆で装甲車が撃破され敵が混乱した隙を突き、肉薄して手榴弾を投げ込んだのである。

 

 

「そちらも中々度胸のある部下がいる様だな」

 

「ああ、アイツは俺達の中でも特に場数を踏んでる。NYとヨーロッパでの戦いを生き延びた本物の猛者だ」

 

 

 残るは非装甲の輸送車両と貴重な装甲車が瞬く間に撃破された事で浮き足立つ歩兵のみ。

 

 

 

 

 空からの目と狙撃に復帰したグラズも加わり、逃げ場を無くした敵部隊は然程時間をかけず殲滅されたのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵の増援への対処に少々手間取ったものの、結果的に1人の損失もなく撃破に成功したロシアとアメリカの即席合同軍は改めて手がかりを求めての捜索を開始した。

 

 バルコフの兵隊という差し迫った脅威を殲滅し終えた時点で協力関係が解消されていてもおかしくなかったが、ユーリもアレックスもお互いそれを口には出さず半ばその場の空気に流される形で宝探しに専念している。

 

 この展開はアレックス達アメリカ側からしてみれば実のところ何よりの望外の幸運に他ならない。

 

 大概この手の任務は一気に雪崩れ込んでお目当てのお宝(目標)頂戴(奪取か排除)したらおまわりさん(現地勢力)が駆けつける前に書類や記録媒体を根こそぎ抱えてさっさとおさらばする、押し込み強盗もかくやなやり方が定番だ。

 

 国境侵犯に他国で未承認の軍事作戦という招かれざる客、どころか弁解のしようがない国際問題沙汰にも関わらず、ロシア側の監視付きではあるが、時間に追われずのんびりと家捜しできる機会など滅多にないワケで。

 

 

「そっちは何か見つかったかー?」

 

「それっぽい書類はあったがロシア語は苦手でな」

 

「俺が見てやる。書類を見せてくれ」

 

 

ガス流出の危険性から敢えて爆撃目標から外された化学兵器工場の集中管理室。

 

 一応警戒は怠っていないし忙しなく行き来してはいるが、動き回る海兵隊員とスペツナズ隊員は共闘を経た経験も相まって一種の連帯感の下、落ち着いた雰囲気に包まれながら回収した書類や記録媒体を一纏めにする作業に没頭していた。

 

 当然ながら入手した情報は共有する。

 

 

「アレックス、どうした?」

 

 

 心ここにあらずといった体でどこかぼんやりした表情をしていたのが気になったユーリはアレックスに声をかけた。

 

 

「ああいや、こんな光景は中々見られないと思ってついな」

 

 

 アレックスの視線の先では、海兵隊員の1人は持参したカメラで書類を撮影し、フィンカが自前の情報端末で施設のサーバーに残された情報を吸い出し、タチャンカに至っては別の海兵隊員と頭を突き合わせながら一緒に見つけた書類を覗き込んでいる。

 

 この場に居ない兵士も情報がありそうなめぼしい部屋を捜索中だ。

 

そんな立場や1年前の因縁を越えた光景が広がっていた。

 

 

「確かに今のご時世では普通は無理だろうな、今回みたいな事は。だが我々は普通の兵士じゃない。だから出来る事もある」

 

「なるほど。至言だな」

 

 

 2人の指揮官に自然と男臭い笑みが浮かんだ。そこで今度はユーリがおもむろに声を潜め、

 

 

「少し尋ねたいんだが、あの黒人の兵士は何者なんだ」

 

「フロストか? 彼と組むのは初めてで具体的な経歴を話すわけにもいかないが彼がどうかしたのか?」

 

「気のせいかもしれないがどうもずっと彼に見られているような――」

 

「隊長! 見て欲しいものが!」

 

 

 フィンカの呼び掛けに即座に反応したユーリが跳ねるように彼女の下へ。アレックスも続く。

 

 部下が差し出した情報端末、その画面にはサーバーから吸い出したデータの一部である電子メールの記録が。

 

 

『完成した製品は指示したルートで早急に輸送せよ。ノヴァ6は特に輸送体制を厳に。 Bより』

 

「ノヴァ6? ガスのコードネームか?」

 

 

 嫌な予感がした。メールにはファイルも添付されていたので、そちらも表示させる。

 

 中身は地図と数字の羅列。座標を照らし合わせる事で指定された経路が浮かび上がる。情報端末にそれぞれの座標を入力すると、現在地である兵器工場を出発点とした輸送ルートが順番に表示されていった。

 

 ロシア国内から中央アジアを経由し、やがて最後に表示された座標は――

 

 

「おい冗談だろう?」

 

 

 アレックスの呻き声。

 

 

 

 

 

 

 

 

 終着点は――中国。

 

 ガスは中国国内へ運ばれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『同盟は彼らが保有している武器とではなく、人間と結ばれる』 ――アドルフ・ヒトラー

 

 




次回からようやく主人公サイドに戻ります。
気が付けば100話到達しましたが記念すべき回で原作主人公が影も形もないとか…

今作のフューズのガジェットはR6Sのオリジナルではなくディビジョン2のデモリションタレットベースです。

感想是非お願いします。

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