まさかのMW2リマスターゲリラリリース…だと(歓喜)
<6日前/19:15>
栗林 志乃 二等陸曹
ファルマート大陸・アルヌスの丘/アルヌスの街
黒川の笑顔に見えない笑顔に見据えられ、メデューサに睨まれた哀れな犠牲者もかくやな硬直状態のまま冷や汗を浮かべる栗林達を救ったのは、現地語で放たれた快活な女の声であった。
「よっクリバヤシ久しぶりじゃないかい! クロカワ達も晩酌かい? あたいらも混ぜておくれよっ」
「あらデリラさんではないですか」
途端、黒川から放たれていたおっかない気配が霧散する。解放された栗林達は浮かんだ汗を迷彩服の袖で拭いながらホッと安堵の溜息。
黒川の視線の先へ首を捻ると、茶色のウサ耳を頭頂部近くから生やした女性が同族の仲間を引き連れて立っていた。
連れの女性は片方の耳が半ばから切り落とされていた。どちらも栗林にも見覚えのある相手だ。
「デリラじゃない! 久しぶり~。それから後ろの人は……確か隊長がベッサーラの屋敷を襲った時に保護したパルナさん……だっけ?」
半ばから欠けたウサ耳と、自慢とコンプレックス入り混じる己のバスト92(現在更に成長中)を更に上回る推定100オーバーはあろうかという柔らかな曲線を描く胸部装甲が印象的だったので、数ヶ月前に少しだけ見かけてそれっきりだった栗林もパルナの事は記憶に残っていた。
「それで合ってるわ。アンタはクリバヤシよね? イタミと一緒に炎龍と新生龍を退治したってチラシに載ってるのを見た事あるわ」
「私と隊長だけの力で達成したんじゃないんだけどねぇ。ところで何で2人とも
「いやそのそれは……少々込み入った事情が……ゴニョゴニョ」
栗林の記憶に残っているデリラは給仕服姿で客の応対をしたり不埒な酔っ払いを蹴り出す姿が主であった。
だが今目の前に立つ彼女はパルナ共々栗林らと同じ陸上自衛隊の迷彩服という格好である。袖は捲り胸元は大胆に開けて栗林に負けず重量感たっぷりの胸の谷間を披露するその着こなしは、健康的な色気を醸し出しつつも妙に様になっていた。
栗林の疑問に答えたのはパルナである。
「クリバヤシ達が炎龍退治に出向いてる間にヤナギダっていうアンタ達のお仲間に誘われてゲンチキョウリョクシャ? って形で雇って貰ったの。
要はアンタらのお仲間になったって事ね。アタシもちょっと前まではベッサーラの愛人なんかやってたけど元々は部族の戦士だったから少しは腕に覚えもあるし。今鈍った体を鍛え直しながらはジエイタイの兵隊と一緒に戦えるよう、
「そう、そうなんだよ! たまたまパルナと一緒にヤナギダの旦那に拾って貰ってさぁ。ジエイタイと一緒に鍛錬してるからそれに合わせて服も借りてるって訳でねぇ」
フォルマル家から派遣された密偵だったけど嘘の命令に騙されて入院中の紀子を暗殺しに忍び込んだら同胞との再会に思わずビックリしたせいで柳田達にも見つかった挙句、取引して自衛隊の協力者になりました――
とまでは勿論語らない。しかし後ろめたくてついつい口元が引き攣ってしまうデリラであった。
そんな戦友の姿にパルナは呆れの吐息を漏らしている。
なお彼女も彼女で大質量の胸部装甲が押さえつけられるのを嫌ってか、迷彩服の胸ボタンを1つ2つどころかへそ近くまで外した上で上着を肩が見えるまで開け、パンパンに張りつめたタンクトップのみに守られた爆乳を完全に露出させるという着こなしぶりだ。
悪所街の娼婦から一時は顔役の愛妾にまで収まった経歴持ちなだけあって、実用一辺倒の戦闘服姿にもかかわらず大胆な着崩し方をしているパルナはそこに立っているだけでも男の意識を引き寄せずにはいられない、虫を誘う甘い蜜を湛えた花を思わせる雰囲気を振りまいていた。
付け加えるなら、黒川も特地住民の目から見れば贅沢な暮らしぶりでもって美貌を磨き上げてきた貴族ですら敵わない見事な色艶を放つ漆黒の長髪が特徴的な立派な細面の美人である。
持ち前のトランジスタグラマーっぷりが既に一部で有名だった栗林に至っては、男を知り女の幸せに目覚めた結果、過去の彼女に不足していた雌としてのフェロモンを滲ませている。
1度は黒川の剣幕に恐れをなして退避していた酒場の男どもも、女性陣が振りまく色気に誘われて、今度は栗林達が陣取る席との距離を逆に縮めつつあったり。
そこへ現れた新たな団体客もまた、栗林達の存在に気付くやガヤガヤガチャガチャと騒々しい金属音を奏でながら彼女らを取り囲んだ。
ウォルフ率いるワーウルフの傭兵団だ。二足歩行をする狼そのものの風貌はほぼ全員が2メートルを軽く上回る体格の持ち主揃いで、そんな彼らに囲まれた栗林達の姿はワーウルフの壁に隠れて完全に見えなくなってしまった。
目の保養をしていた男性客達はしばらくの間どうにか隙間から覗けないかと試みたものの、やがて舌打ちを漏らしつつ席に座り直し、諦めて酒宴を再開し始める。
「おっクリバヤシじゃん。こっちに戻って来てたのか」
「何だクリバヤシが居るのか」
「イタミの旦那と仕事で離れてんじゃなかったのか?」
「んー、ちょっと事情があって私だけ先に戻ってきたのよ。そっちも仕事上がりの一杯?」
ワーウルフの傭兵達は胸甲の上にマント、帯剣し脛当ても着用と全員完全武装だ。装備はどれもピカピカに磨いてあって華やかさは足りないが儀仗兵として立たせても遜色あるまい。
「いんや閲兵式の練習やってたんスよ。本番も近いんで」
「閲兵式? 本番?」
栗林の頭に疑問符が浮かぶ。彼女の疑問に黒川が答えを教えてやった。
「クリは聞いておりませんの? 地球から各国の報道陣と視察団が近々やってきますのよ。このアルヌスに」
「マジで? そーいえば帰還報告しに行った時に檜垣三佐がそんな事言ってたかも」
妊娠の件で自覚なく気がそぞろになっていたせいで上官からの報せを聞き流してしまっていたようだ。
続いて説明に加わった富田曰く、視察団とマスコミはまず基地内を巡ってからアルヌスの街も見学する。その際、ウォルフら現地住民で構成された自衛隊公認のいわゆる街の自警団であるアルヌス傭兵団が視察団の前で閲兵式を行う手筈なのだという。
「確かまずマスコミが4日後にアルヌス入りして、視察団はその翌日にやって来るそうっすよ」
「マスコミが来るのかぁ。どーせまた場面切り貼りしてある事ない事言い触らして私達の事貶すんじゃないのぉ?」
ちょっと乱暴に果汁の蜂蜜水割りを呷って柑橘類を齧る栗林の態度は、明らかにマスコミへの不信と嫌悪感が滲んでいた。
実は栗林、マカロフの元配下ことインナーサークル残党の手に落ちて人質にされた件で一部の新聞や報道番組内でバッシングを受けた身だったりする。
やれ女が自衛隊に入るからテロ組織の標的にされるのだの、やれ自衛隊の責任問題だの、そもそも自衛隊が存在自体がけしからんだの云々。
……尤も批判的な偏向報道を繰り広げた報道機関の大部分は、直後本位元首相がTF141の情報公開と同時に発動した海外勢力の紐付きを標的とする
それでも特地派遣部隊を含む自衛隊の存在や現政権、人々を核戦争から救った伊丹らを批判する勢力は未だ一定数存在している。
厄介な点は、この期に及んでも批判を繰り返す者達は―本人が理解や自覚していない部分で誘導されている可能性もあるが―第三者から齎される利益の為ではなく。
自身の知識と価値観、そして認識がどれだけ偏っているか鑑みようとせず、現政権に対する不満が生み出す衝動に突き動かされるがまま、
大掃除を生き延びた古参のジャーナリストの中にはそのような根っからの反政府主義的人物も少なからず生き残っているというのだから余計に性質が悪い。
批判される側にはどれだけ有害な存在であっても、後ろめたい背景を持たぬ人々である以上は政府も実力行使は難しく、言論の弾圧であり自由権の侵害と言われてしまっては堪らないので政府も対応に苦慮する一方だ。
「あまりそういう事は大っぴらに口にしない方が……大体クリよ、お前の妹さんも報道関係だったろうが」
「それはそれこれはこれよ。むしろ血の繋がった家族だからこそ厳しく直球に悪い点を言ってやるべきなのよ!」
とうとうジョッキの中身を干した栗林は「同じのおかわり!」と人狼の壁の間から空のジョッキを突き出して声を張り上げた。ついでにウォルフ達も酒を持ってきてくれと口々に注文する。
「しかしアルヌスの街がとうとう全国放送でお披露目されちゃうのかぁ。最初の頃と比べると発達したわよねーホント」
アルヌスの街誕生のきっかけとなったコダ村の難民を保護した時の事を思い出し、しみじみと栗林は呟いた。
「栗林二曹が隊長達と資源探査に出てから人の流入が一層増えたっすからねぇ。まだまだ大きくなるんじゃないっすかこの街」
「お陰で仕事が増えて俺達もてんてこまいだぜ」
「けどよぉ最近やって来るのって兵隊上がりっぽい雰囲気の連中ばっかりじゃねぇか?」
「帝国がジエイタイとの戦いでさっさと負けたせいで食いっぱぐれた傭兵どもが商品仕入れにやって来る行商人の護衛依頼目当てに集まってきてんだろ。よくあるこった」
同じく倉田も感慨深そうに口を開き、治安維持を担うウォルフ達は気疲れした様子で愚痴を漏らした。
<同時刻>
今津 一等陸佐
アルヌス駐屯地・幕僚用作戦会議室
「帝都で活動してる帝国軍の数が合わんやとぉ?」
特地内の情報収集と各種工作を担当する第二科を統括する今津一佐は、部下からの報告に用意してもらった夕食を口に運ぶ手を止めると、訝しげに関西訛りの混じった唸り声をあげた。
「はい。帝都近隣に存在する帝国軍基地の監視任務に着いている特戦群、ならびに悪所街に設置した帝都事務所で活動中の偵察隊から送られてきたこれまでの情報を統合し分析を重ねた結果、一定規模の兵力が抽出され別の場所に配備されている可能性が高いという結論に至ったという事です」
「モルトが倒れて主戦派のゾルザルが皇帝代理として実権を握ってからは特に帝国軍の監視は強化しとった筈やろ?」
帝国の支配者である皇帝モルトは炎龍討伐後に日本側の使節団を歓迎する宴の場で突如倒れ、政務が取れない状況にあるとの結論から現在は第1皇子であるゾルザルが代役として帝国の指揮権を握っていた。
日本側には意外な事に、皇帝から指揮権を引き継いだゾルザルは父である皇帝が何者かに害されたという緊急事態を名目に一度は帝都へ戒厳令を敷き軍を動員したものの……
それ以降は以前の過激な主戦路線が嘘のように派手な動きを見せず、事態の収拾と降って湧いた帝国の長という地位の足場固めに専念していたのである。
ゾルザルによる帝都掌握直後に危惧されていたモルト時代に執政を担っていた各閣僚の排除、講和派の元老院議員への粛清、日本側使節団への手出しなども行われていない。
それもあって講和交渉自体は中断されているものの、使節団と講和派主要議員間の非公式な会談は何度か密かに行われている。逆に言うと細々とでも意見交換を行えているせいで使節団を日本へ引き揚げさせるという判断が中々下せない状況でもあった。
だが講和派が放置されているこの現状はゾルザルが講和派に転じた事と決して同義ではない。
軍部の若手貴族―大半が視察団が帝都入りする際に引き渡された銀座事件での帝国側捕虜―を筆頭とした主戦派を集めて内々の会合を重ね、帝都に集結させた竜騎兵部隊を含む帝国軍を動かし幾度も演習や
周辺国家への示威行為として大規模な演習を実施する事自体は地球世界の国家においても常套手段である。
問題は交戦状態にある敵国から自衛隊による監視の目を掻い潜って行方を眩ませた部隊が存在するという点だ。
何故? どうやって? 目的は?
「古典的な入れ替えトリックでしょう。演習の名目で集めた大部隊を展開しては集結を繰り返す度に恐らく小隊以下の規模の人員が姿を消していたと推測されます。
ゾルザルの命令で現在帝都に集められた帝国兵は歩兵戦力だけでも数万規模、1度の演習でも千人単位が動員されていました。そこから10人や20人かそこらが居なくなっても人員と装備に限りのある我が方の監視体制では難しく……」
「行方が掴めへんのは歩兵戦力だけかいな? 規模と戦力はどないなっとんねん」
「歩兵戦力が推定2個大隊、他にも竜騎兵が最低でも1個中隊が帝都から姿を消しております」
航空機における部隊単位は2機1組編成で分隊、分隊が2個で小隊、中隊は3個小隊の計12機となる。自衛隊側は帝国軍の主要にして唯一の航空戦力である竜騎兵に対してもこの数え方を当て嵌めていた。
「よりにもよって竜騎兵もかいな。連中が運用しとる翼竜は空自さんの
「特地では無線の類が存在しないのが思った以上に厄介です。無線が使われているのであれば具体的な通信内容を傍受出来はしなくとも、交信の頻度から敵の活動状況をある程度は察知出来ますが……」
「言われんでも分かっとる。ここじゃ伝令を使ってのやり取りが当たり前。原始的な人から人を介しての情報のやり取りは手間も時間も人手も要る。
せやけど覗き見する側からしてみれば厄介やぞ。今時の電話やメールみたいに監視対象の通信機器にウィルスの1つでも送り込めば、後は勝手に空調の効いた部屋から出ずに覗き見盗み聞きっちゅー訳にはいかん。直接伝令役なり荷物なりを確保せんと、内容どころか誰が誰とやり取りしてるのかどうかすら掴めんのやからなぁ。
おまけに主戦派の連中、どうも帝国兵に伝令やらせるんやのぉて我々が掴んどらん専門の諜報員使って連絡を取り合っとるようやし、どうにかして連中のネットワークに食い込む方法を見つけんと……」
テクノロジーの進歩によって廃れる手段もあれば、時に単純かつ原始的な手段がテクノロジーを上回る場合もある。
今津ら第二科と帝国の間で交わされる砲火無き情報戦こそ、まさしく
「なおこれは
人工衛星が存在しない特地では地球の現代戦では一般的な光学機器を搭載した偵察衛星による高度数百キロ上空からの地表撮影も、多数の衛星によって構築されるGPSを筆頭とした通信網を利用しての無人偵察機によるリアルタイムの監視網も使えない。
自衛隊が『門』出現直後のアルヌスを確保する過程で発生した連合諸王国軍との戦闘で試験的に
そもそもの話、ほんの2万ちょっとの人員で
「……監視をこれまで以上に厳にしつつ、
深刻さに憂いた表情で呻く今津からは、最早食欲が消え失せていたのであった。
<同時刻>
栗林 志乃
「おかわりお待ちどう!」
女の給仕がジョッキを両手一杯に掲げてテーブルへと置いた。
犬系か猫系か両者の血を引いた混血かは分からないが、とにかく野性味溢れるスタイルの獣人女性だ。獣耳に幾つもピアスをしているのといいどこか荒んだ雰囲気といい、居酒屋でバイト中のヤンキーっぽいというのが自衛隊組が抱いた率直な感想である。
「ありがと。貴女ここの新人?」
「まぁね。アルヌスなら親無し家無しの亜人の小娘でも仕事と住む場所まで与えられるって聞いたからね。ついこないだこの店に雇ってもらったばっかりなのよ」
「
「はいはい今持ってくわよ!」
ノッラと呼ばれた獣人は軽やかな身のこなしで他の客の下へと向かったのであった。
『兵は詭道なり』 ――孫子
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