GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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投稿作業中間違えて1度途中で投稿してしまい申し訳ありません。
今回のサブタイはジャーナリズムを示す第4の権力のもじりです。


最終決戦?前の最後の投稿です。


15.8:False Estate/堕ちたもの達

 

 

 

<1日前/14:00>

 栗林 菜々美

 東京・銀座/『門』前・自衛隊銀座駐屯地

 

 

 

 

 

 

 特地へ派遣される合同取材チームの一員に選ばれた栗林菜々美は、出発前に上司からこんな言葉をかけられた。

 

 

『頼んだぞ栗林。視聴率も契約数もどん底にある今の我が社にとっては今回の特地取材が最後の頼みの綱なんだ。特地に戻ったお前の姉のコネでも何でも使って特ダネを引っ張ってきてくれ。俺達はお前に賭けたんだからな!?』

 

 

 心労と激務からか目の下に特大のくまを拵えた上司からの懇願は、現在日本のマスコミが陥っている苦境そのものであった。

 

 俗に言う本位前首相最後の大掃除――報道関係者の間では大虐殺とも呼ばれる、辞任直前に実施された国外勢力の走狗と化した各業界関係者の一斉摘発は当然の如く奈々美が勤務する報道局にも多大な影響を及ぼした。

 

 具体的には報道局のお偉いさんが揃いも揃ってお縄についた。

 

 奈々美はそこまで上層部の内情に詳しくはなかったのだが、事情通の先輩アナウンサー曰く元々局のお偉いさんは海外の偉い人と()()()だったのだとか。

 

 そのお偉いさん方の子飼いだったディレクターやプロデューサー、局の看板リポーターまでも逮捕とまではいかなくとも、首にされたり左遷される者が続出。社長に至っては児童買春の罪というおまけつきだ。

 

 本来報道業界のスキャンダルは徹底的に隠蔽され、揉み消しきれず表沙汰になった場合でも大っぴらな報道は行わず、その時は政府の不始末や芸能人のスキャンダルにスポットを集中させる事でさっさと事態の沈静化を図るのが暗黙の了解として蔓延してきた……と言っても過言でもあるまい。

 

 だがしかしそれは各局の足並みが揃っているという前提条件でこそ通用する話。

 

 本位前首相が実行した大掃除は、掃除の対象となった者達からしてみればあまりに突然で、大規模で、掃除する側の苛烈さもまたあまりに違い過ぎた。

 

 内乱罪どころか法定刑が死刑以外に存在しないという外患誘致罪すら適用に含めての一斉摘発と聞けば政府側の本気も分かるというもの。

 

 他の局でも大なり小なり欲望と権力と母国を辱め他国を持ち上げる歪んだジャーナリズムの権化と化した連中が同時に引っ立てられたとあって、大混乱に陥ったマスメディア業界に組織だった隠蔽など不可能であった。

 

 その隠蔽を担当していた一派自体が排除されたのだから当然だ。ガサ入れ直後のテレビ局や新聞社に出来たのは、政府からの公式発表をただ手を加えずありのまま全国波で垂れ流す事ぐらいだ。

 

 さて今回の一斉摘発によりある意味最も煽りを食らったのは、報道局に取り残されてしまった菜々美のような無関係の者達である。

 

 摘発された連中は業界内の主流派であったが故に、各局の経営陣や顔役などを務める者も多かった。云わば腐った寄生虫であると同時に大黒柱的存在でもあった彼らを今回の検挙で一斉に失ったせいで、局そのものがガッタガタの崩壊寸前になってしまったのだ。

 

 この度の騒動に関わった報道局の地位は瞬く間に失墜した。

 

 ただでさえ首都が異世界の軍勢に侵攻され多大な犠牲者を出した『銀座事件』の記憶が新しい中、今度は化学兵器で欧州を汚染し第3次世界大戦を引き起こしたかの悪名高きテロ集団による人質事件と電波ジャックが発生したともなれば、平和ボケした日本人でも相応の危機感を抱くというもので。

 

 そこに 政府がこれまで散々やり込められてきた鬱憤を晴らすかの如く、かのテロ集団に加担()()()()()()()()、と付け加えた上で大手マスコミが重ねてきた偏向報道を筆頭とする所業と罪状を大々的にぶちまけたのだ。

 

 

 

 

 あの日を境にマスメディア、特に新聞とテレビに対する日本全体の認識が一変した。

 

 

 

 

「おたくの新聞はもう金輪際取らないからな!」

 

 

 ただでさえネットによる情報配信の充実化により右肩下がりだった新聞の購買数やテレビの視聴率、そして株価を示すグラフは断崖絶壁クラスの直滑降を描いた。

 

 

「昨今の御社の評価を踏まえますと我が社まで多大なデメリットが及びかねませんので―― ……」

 

 

 広告を出していた主だったスポンサーからの契約も一斉に打ち切られた。ゲストとして出演予定だった芸能人からの出演拒否も続出した。

 

 

「アンタらどこのチャンネル? ……勘弁してくれ。どうせ俺らがある事ない事喋ったように捏造するんだろう」

 

 

 街頭でインタビューを試みても通行人はそそくさと距離を取られるようになり、それどころか嫌悪と猜疑の目を向けられるようになった。

 

 高尚な内容を自称していた報道番組や週刊誌ほど嘘と偏向報道に満ちたマス()ミの象徴として扱われ、菜々美が所属するテレビ局に至っては番組内容と出演者が全く政治に関与しない一部のバラエティ番組とアニメの存在がなかったら最早存在価値が無い、と巷で言われる始末。

 

 代わりに、新聞やテレビ程の歴史を持たないが故に日本独特の歪んだジャーナリズムに比較的汚染されていない(と、思われているが実際は新聞とテレビ以上に質が極端な)ネットニュース専門の報道局が一挙に台頭しつつある。

 

 検挙対象にならなかったが故に廃墟同然の局に放置された菜々美達はこれ以上ない苦境へ放り出された。

 

 心当たりがない、とは言わない。だが菜々美達はあくまで現場でありのままの取材を行ってきただけで、実際に内容をイエロージャーナリズムや報道しない自由を持ち出し歪めたのは上層部なのだ。

 

 なのに人々は坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとばかりに無関係の下っ端に過ぎない菜々美達まで叩くのだから堪ったものではない。

 

 菜々美の周りでも暴露されたマスメディアの実態に絶望して退職届を出したり、ストレスのあまり病院の世話になる者が続出した。

 

 彼女自身さっさと今のテレビ局を辞めてネットニュース専門局に転職しようか、なんて割と本気で考えていたりする。

 

 そんな渦中のマスメディア業界に降って湧いたのが国連監視団の特地入りに伴う報道陣の派遣案件だった。

 

 自衛隊関係者以外は誰一人として踏み入った者が居ない(というのが一般認識の)あの特地である。本物の異世界である。

 

 地球側の民衆が知る特地の情報は、かの大騒動の発端となった参考人招致に登場した現地住民の証言を除けば、自衛隊の広報チャンネルで公開された極少数の画像や動画が精々に過ぎない。

 

 ほんの数十秒足らずの動画だけで閲覧数が100万単位の大台を軽く超える辺りに、人々がどれだけ本物の異世界についての情報に飢えているか分かろうというものだ。

 

 今最も世界が注目する特ダネに、死を待つ身も同然であったマスコミ各社は一も二もなく飛びついた。

 

 奈々子が派遣チームに選抜された理由は先述の通り自衛隊員の姉が派遣部隊の一員として特地入りしているから。

 

 というかその姉は姉で危うくロシア人テロ組織に公開処刑されかけた上、寸前に上官である例の銀座の英雄自らガラスを突き破りながら救出に駆けつけるという劇的な瞬間まで全国波で流された身である。血縁関係を生かして便宜を図ってもらい、あわよくば英雄に助けられたヒロインに独占インタビュー……選抜を決めた上司の目論見が手に取るようにわかるというものだ。

 

 上司の魂胆はともかく大役である事には間違いない。菜々美自身、あれから中々連絡のつかない姉に接触するいい機会と思い、二つ返事で特地入りの事例を受け入れたのである。

 

 

 

 

 

 さて、自衛隊が特地へ取材陣を受け入れるという話は当然ながら菜々美が勤務するテレビ局以外にも主要なマスコミ各社へと伝えられ。

 

 多少の差はあれど等しくドン底の視聴率に断末魔の悲鳴を上げるばかりだった各報道局はなけなしの人材を送り込み、合同取材チームが編成される運びとなった。

 

 寄せ集め同然の日本取材陣のリーダー格を務めるのは古村崎という男である。

 

 有り体に言ってこの人物、例の大掃除で公安の確保対象にならなかったのが不思議なぐらいに悪しき旧来の日本流ジャーナリズムの権化のような男だった。

 

 銀座の『門』を通過して特地へと取材陣を運ぶ為に自衛隊が手配したバスに乗る前から、やれ「どうせ自衛隊は見せたい物しか見せない」だの、「ベトナムや中東のアメリカ兵みたいに戦争犯罪を隠蔽しているに違いない」だのとといった、耳を傾けるのが嫌になるような個人的憶測を延々垂れ流されては誰だってうんざりするというものだ。

 

 

「どうしてこんな人が今回の取材に選ばれちゃったんですか!?」

 

 

 一緒に送り込まれた同僚のカメラマンに泣きつく。

 

 

「経験と功績だけは無駄に多い人だから……名が売れてる業界人で戦地での取材経験もあって、例の大掃除の後も特地派遣に参加出来る余裕がある人はこの人ぐらいしか残っていなかったんだよ……」

 

「よく処分受けずに生き残れましたねこの人」

 

「ぶっちゃけガッチガチの偏見の塊だし取材相手を怒らせるのもしょっちゅうなんだけど、稼げる報道が出来れば何でもしちゃうだけであって取材方針自体はストイックだから……古村崎さん、本位元首相の逆鱗に触れて掃除された人達みたいに金やハニトラに転んだって噂もまったく聞かないし」

 

「それって一番めんどくさいタイプなんじゃ……」

 

「シィッ! ……でも実際、お得意様だった新聞や局のお偉いさん達が皆逮捕されちゃってからは、根っからの政府叩きが好きなあの人を持て余しちゃって干され気味らしいよ。ネットで情報が集めやすくなったのもあって古村崎さんの偏った報道の仕方を反対する人も増えてきてて――」

 

「オイお前ら、さっきから何人の事ジロジロ見ながら内緒話してやがんだ。アアン?」

 

 

 その古村崎が如何にも不機嫌そうにガンを飛ばしてきたものだから、菜々美は慌てて愛想笑いで誤魔化しながら宥めなければならなかった。

 

 座席に座り直した菜々美はふと自分達も周囲からさりげなく視線を浴びせられている事に気付く。

 

 海外の記者達である。チラチラと横目に見られては「アレが例の……」っぽい感じの耳打ちを隣に座る同国の仲間にしている彼らの様子に、ついつい菜々美は落ち着かなさと微かな不快感を覚えてしまう。先程までの古村崎の気分が理解出来た気がした。

 

 本位元総理の大掃除は当然ながら海外でも報道されたのだから菜々美ら日本のマスコミの惨状も知ってておかしくない。

 

 

 

 

 ――同業者の彼らの目には、トップの大半が売国奴として粛清された日本のマスコミはどう映っているのだろう?

 

 

 

 

 表情を曇らせる菜々美の心中を余所に、バスは『門』を取り囲む通称銀座ドームを目前に捉えつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<1日前/14:30>

 ユーリ スペツナズ《一時復帰》/米露情報機関合同非公式統合任務部隊タスクフォース

 中華人民共和国・某港湾区域

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬の出来事だった。

 

 まずグラズのスナイパーライフルが最も窓辺に近い位置の武装したバルコフ派の護衛を立て続けに射殺。

 

 タイミングを合わせてアレックスの部下がブリーチングツールで扉を破壊し、ユーリが先陣を切って室内に突入した。

 

 極度の集中によって全てがスローモーションと化した世界の中、残りの護衛へ短連射を順番に叩き込む。死角となる位置の敵は仲間達に任せる。次いで突入を果たしたスペツナズとアメリカ人は反撃を許す事無く敵を沈黙させる事でユーリからの信頼に見事応えてみせた。

 

 だがどれだけ対策を講じようとも不測のトラブルというものは起きるものだ。

 

 最後に撃ち斃された中国側の護衛は、手にしていたアサルトライフルの銃口を突然飛び込んできた敵集団へと向ける事は出来なかったが、引き金に指をかけるだけの猶予があった。

 

 その護衛を担当した兵士が、的が小さい頭部よりも確実な命中を求めてまず胴体を撃ったのも、結果的には悪因をもたらした。

 

 兵士の放った銃弾は心臓といった重要臓器を的確に貫きはしたが、脳幹を撃ち抜いた場合のように全身の筋肉を瞬時に弛緩させるとまではいかなかった。高速弾が心臓を引き裂いた時点で中国兵の意識は消滅していたが、彼の指はそのままガチリと引き金を後退し切るまで強く握りしめた。

 

 安全装置を兼ねたセレクターはフルオートにセットされていた。

 

 崩れ落ちる死体の手の中でアサルトライフルが火を噴く。出鱈目に跳ね上がった銃口、その先には解放軍幹部の会談相手だったバルコフ大将の参謀が――

 

 参謀は体から血飛沫を散らしながら椅子ごと引っくり返り、テーブルの向こう側に消えた。

 

 解放軍幹部は悲鳴を上げてテーブルの下に隠れようとした所をアレックスに拘束されていた。

 

 テーブルには一抱えもある大型のアタッシュケースが置かれていて、ぎっしりと隙間無く収められた高額紙幣の束が露わになっている。それらを除けば室内には参謀と解放軍幹部が腰掛けていたパイプ椅子ぐらいしか見当たらない。

 

 

「クソッ何てこった。誰かそのロシア人を手当てしてやれ!」

 

 

 アレックスが悪態交じりに指示を飛ばすと例のデルタフォース隊員、フロストが参謀の下に屈み込んで戦闘用ベストに取り付けた大型ポーチから救急キットを取り出し、処置を試みる。

 

 ……すぐに若いアフリカ系の陸軍兵は顔を背け、アレックス達へ首を横に振った。

 

 中国兵の流れ弾はバルコフ派参謀の胸部、鎖骨の下、頚部を貫通し、重要な動脈を完全に断ち切っていた。

 

 噴出す鮮血の量からして即座に死ななくとも数十秒もすれば失血死は避けられまい。仮に止血出来ても既に大量の血を失っており、おまけに肺まで傷ついてしまっている。

 

 手持ちの道具だけではまず助けられないと、アレックスとユーリにもすぐに理解できてしまった。

 

 

「――仕方ない。フロスト、手がかりになりそうな物を所持していないか探せ。コイツの尋問は俺とユーリでやる。それでいいか?」

 

「勿論手伝うとも。他は廊下で警戒をしていてくれ」

 

 

 兵士達が出て行くとユーリとアレックスは左右から挟みこむ格好で解放軍幹部を引きずり起こし、テーブルの上に乱暴に押さえつける。

 

 豪奢な軍服に最高位階級を示す樫の葉に星3つ(解放軍最高位)の肩章を着けた解放軍幹部は早口の中国語で捲くし立てた。

 

 

「中国語は禁止だ将軍閣下。さっきまで英語で話してただろう。大人しくこちらの質問に答えてもらえればこちらも乱暴な真似をしなくて済むんですがね」

 

美国人(アメリカ人)め! これは明らかな国際法違反だぞ!」

 

「そういう閣下こそ、今回のロシアの脱走兵との取引は他の中央軍事委員会のお偉方も承知しておられるのですかな?」

 

 

 慇懃無礼にアレックスが質問を投げかけると解放軍幹部は途端に閉口した。

 

 するとおもむろにユーリへと顔を向ける。直前に脱走兵の集団と中国兵を射殺し現在進行形で人民解放軍の将軍を尋問している最中だというのに、アメリカ人の目は悪戯っぽい光を宿していた。

 

 

「なぁユーリ。タスクフォース141じゃこういう時どうやって口を割らせていたのか教えてもらえるか?」

 

 

 即座にアレックスの思惑を見抜いたユーリは、他国の人間がロシア人に抱いてるであろう一般的イメージの下、至極真面目腐った口調で答えてやる。

 

 

「そうだな、まず最初に相手の足を撃つ。口径のデカい銃ほど口の滑りが良くなりやすい」

 

「なるほど。生憎豆鉄砲しか手元に無いが仕方ない」

 

 

 するとアレックスはホルスターから拳銃を引き抜き、これ見よがしにスライドを引いて初弾を装填した。

 

 この後起きるであろう展開を悟った解放軍幹部の顔色が真っ青になった。声も目玉もでんぐり返らせながら、ユーリとアレックスよりもずっと年上の中国人は悲鳴染みた懇願を発した。

 

 

「分かった、頼む、撃たないでくれ! 質問に答える!」

 

「そうか。素直に話してくれるヤツは大好きだ」

 

 

 ニッコリ笑ってあっさりと銃をホルスターに戻すCIAオペレーター。突然始まった小芝居に瀕死の参謀の救命処置から懐漁りに切り替えたデルタ隊員が、やれやれと言いたげに首を振っているのが視界の端に見えた。

 

 この調子で尋問はこのままアレックス主体で進めさせるべきか。ユーリがそう考えた、その時だった。

 

 

Возьми(道連れに) меня(してやる)……!」

 

 

 文字通り血を吐きながら放たれたロシア語の呻き声には果てしない憎悪が籠められていた。

 

 瞬間的に場の全員の視線が死にかけのロシア人へと向いた。何時の間にか出血で汚れた参謀の手にタバコの箱サイズのリモコンが握られていた。

 

 

「何を――」

 

 

 短い電子音。出所は、テーブル上の金が詰まったケース。

 

 フラッシュバック。プラハ、カマロフ、爆弾、罠――

 

 

 

 

 

 

『我が友よ、お前は来るべきじゃなかった』

 

『罠だ! 逃げろ!』

 

 

 そしてソープは死んだ。騙していた自分を庇って、彼は死んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 ――意識の時間軸が現在へと戻る。

 

 

「爆弾だ!」

 

 

 叫びながらユーリの体が真っ先に動いた。形振り構わず、庇うというよりもアメフト選手のタックルよろしくもつれ合うようにして部屋の外へと転がり出た。

 

 ユーリにはそれが精一杯だった。呆けた顔でケースを見やったまま放置された解放軍幹部と、テーブルの反対側にいたフロストには何もしてやれなかった。

 

 分厚い現金の層の下に隠されていた爆弾の起爆装置が作動。

 

 ガラスの割れる音。

 

 爆発。

 

 紅蓮の炎が入り口どころか老朽化した壁すら突き破って廊下へと噴き出した。

 

 頭上を通り過ぎていく禍々しい炎に炙られながら、ユーリは特地で目撃した炎龍のブレスを思い出した。

 

 

何てこった(ジーザスクライスト)! 大丈夫か2人とも!」

 

 

 海兵隊員とスペツナズ隊員らが大慌てでユーリとアレックスを助け起こした。爆発の破壊力よりも効果範囲内を焼き尽くす事に重点を置いた爆弾だったらしく、廊下に出ていた部下達は無事で済んだらしい。

 

 自爆したバルコフ派参謀、室内に取り残された解放軍幹部――そしてフロストを除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲホッ……今のは一体何だったんだ」

 

「金の入ったケースに爆弾が仕込んであったんだ。バルコフの部下は最初から取引相手を殺すつもりだったらしい」

 

「で、その哀れな取引相手は?」

 

 

 熱と黒煙を吸い込んでしまい軽く咳き込んでいるアレックスからの質問に、ユーリは燃え盛る即席の火葬場へと顎をしゃくる事で応じた。

 

 くそっ、とアレックスは呻いた。

 

 

「フロストはどうなった?」

 

「……すまない」

 

 

 ユーリの謝罪で察したアレックスはさっきよりも荒々しげに「くそっ!」ともう一度吐き捨てた。

 

 

『全部隊へ。今の爆発で地元の武装警察と消防、中国軍基地にも通報が入ったわ。港湾施設の職員も集まって来てる。回収に向かうから今すぐそこから離脱して!』

 

「了解だ。聞こえたな、今すぐここから撤退するぞ」

 

「戦死者の回収はどうする?」

 

 

 カプカンが訊ねた。ロシアの脱走兵と人民解放軍の高級幹部の死体が転がっている現場に情報機関へ引き抜かれた現役軍人のアメリカ人の死体が転がっているともなれば、第3次大戦の発端となったザカエフ空港テロの再来となりかねない。

 

 が、

 

 

「この状況では死体の回収は不可能と判断して置いていくしかない。これは指揮官命令だ――これだけの火災なら証拠になるだけの痕跡が残らないと祈るしかない。ドッグタグすら回収出来ないのは残念だが……」

 

 

 不意に破砕音と共に廊下が揺れ、爆心地を中心に炎上する部屋の床が崩落した。

 

 偽装されていたとはいえ建物自体が古いのは事実である。スプリンクラーのような消火設備が作動していないものあって焼夷爆弾が生み出した火災は急速に建物全体に広がりつつあった。

 

 

「このままじゃ俺達もローストになるぞ。脱出だ!」

 

 

 兵士達に異論はなかった。それほどまでに炎の勢いが凄まじかったからだ。

 

 合流地点へと通じる出口への最短ルートを目指して走る。駆ける。

 

 階段と廊下にもどんどん煙が立ち込めつつあった。事前に施設内の敵兵を掃討していたお陰もあって、炎と煙に追い立てられる以外の邪魔もなく、ユーリ達は1階へと辿り着く。

 

 建物を飛び出してしばし全力疾走すれば、往路でも世話になった特別仕様の車両が複数台、フィンカとドライバーを乗せ、すぐに乗り込めるよう扉を開け放ちアイドリング状態で待ち構えているのが見えてきた。先んじて回収されていたタチャンカとアレックスの部下の姿も車内に見える。

 

 

「早く乗って!」

 

 

 女兵士の声に背を押されながら次々と車に飛び乗っていく。

 

 

「これで全員?」

 

「ああそうだ。こちら側に犠牲者が1名出たが――」

 

 

 突然、人影が出発寸前の車列に立ちはだかった。

 

 激しく息を切らせ、全身からうっすらと煙を漂わせるその人物は武装していて、咄嗟にユーリ達は銃口を向けようとしたが、その正体に気付くなり目を見開く事となった。

 

 

「フロスト! 無事だったか!」

 

 

 装備や肌のあちこちに焦げ目とかすり傷をこしらえてはいるものの、五体満足で再びユーリ達の前に現れたデルタ隊員はそそくさとユーリとアレックスの車に乗り込んできた。

 

 思いがけず欠員無しとなったアメリカとロシアの合同部隊を乗せた車両は脱出を開始。

 

 港湾区域を出てすぐにまず消防車、次にパトカーが複数台、更に武装した兵士を満載した中国軍のトラックとすれ違ったが、Uターンして追ってくる様子もなく、すぐにバックミラーから見えなくなった。

 

 

「あの爆発に巻き込まれたかと思ったが……どうやって助かったんだ?」

 

 

 ユーリが警告した瞬間、廊下側に脱出するのは間に合わないと判断したデルタ隊員はもう1つの出口――すなわち4階の高さに位置する窓をぶち破ったのだそうだ。

 

 どれだけギリギリのタイミングだったかはフロストの姿を見れば一目瞭然だ。咄嗟の反応だったので着地姿勢を取れるどうかも怪しい不安定な体勢で飛び出してしまったが、落下地点がちょうど車の屋根の上で、全身を強かに打ったものの車体がクッション代わりになったお陰で動けない程の負傷を追わない程度で済んだのだとか。

 

 土産話はそれだけではない。フロストはタクティカルベストの多目的ポーチから携帯端末を引っ張り出した。全体的に真新しい血で汚れてしまい、本体の一部も焼け焦げてしまっているが充電やデータ転送用の差込口は無事だ。

 

 

「爆発の直前にバルコフの手下から抜き取ってきた? お手柄だぞフロスト!」

 

 

 

 

 

 

 

 それから数十分には行きと同じくペーパーカンパニー所有のプライベートジェットに乗ってユーリ達は中国領空からの脱出を果たしていた。

 

 現在公空上―どの国の領有にも該当しない空域―で次の目的地が決定するまでの間待機中であり、既に数時間が経過している。

 

 

「フロストが手に入れた例の端末の解析状況は?」

 

「現在CIAとGRU、双方の分析部門のサーバーと接続し同時並行で暗号解析を行っています。損傷でデータの一部が破損していますが大部分は復元可能かと」

 

 

 情報処理担当のオペレーターがアレックスに答える。

 

 一口にプライベートジェットと言えどタイプも様々だ。基本小型機が主流だが今回ユーリ達が利用している機体は旅客機を改造したタイプで、ユーリとアレックスのような実戦要員だけでなく専門的な設備を含む複数の情報処理担当と機体運用そのものを担当する交代要員を含めた搭乗員など数十名もの人員をまとめて運ぶ事が可能。

 

 

「進捗は?」

 

 

 戦闘用装備を脱ぎ、爆炎で軽度の熱傷を負った頭や首元にガーゼを貼ったユーリが、コーヒー入りの紙コップを両手に持って現れた。片方のコップをアレックスへ手渡す。

 

 

「あともう少しといった所だ。ヴェルダンスクの工場で情報を入手した時よりも強固なプロテクトがかけられている。こいつは間違いなく本命だぞ」

 

 

 一口啜りながらアレックスが言うと、不意に軽やかな電子音が鳴った。パソコンに噛り付いていたオペレーターが振り返って声を張り上げた。

 

 

「解析、完了しました!」

 

「!」

 

 

 競うように画面を覗き込む。持ち主が持ち主だっただけに、開封されたデータのファイル名も内容も全てロシア語だった。

 

 幾つも表示されたファイルの中で、妙に目についたタイトルのファイルを指で叩いて開封を促す。フロストやタチャンカといった、休息を取っていた兵士達も話を聞きつけて集まってきた。

 

 

「このファイルを見せてくれ。Красный рассвет……そうそれだ」

 

「俺はロシア語はさっぱりなんだ。どういう意味なんだ?」

 

「『赤い夜明け』って意味さアメリカ人」

 

「『赤い夜明け(Red Dawn)』……ああ知ってるぜ、パトリック・スウェイジとチャーリー・シーンが出てた映画だろ? ガキの頃に見たなぁ」

 

「誰だよそれ? 出てたのはコミックシリーズの映画版で雷神役やってた俳優じゃなかったか?」

 

「それはリメイク版の方だ」

 

「うるさいぞお前達」

 

 

 妙に騒がしい外野を余所にユーリは内容へ目を通す作業に没頭した。

 

 スクロール。スクロール。スクロール。スクロール――――

 

 気が付くと、手から紙コップが滑り落ちて中身を床にぶちまけてしまっていた。

 

 

なんてこった(Господи)

 

「おい、どうしたんだユーリ。何が書いてあったんだ?」

 

「……これは計画書だ。大規模な上陸、いや()()()()の計画書だ!」

 

「侵略だって? バルコフはどこを侵略するつもりなんだ? またアメリカ本土か、それともヨーロッパか?」

 

「どれも違うんだ戦友(カメラ―ド)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「連中の狙いは二ホンの『門』だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だから! 遅すぎたと言ってるんだ!』 ――『機動警察パトレイバー2theMovie』

 

 




次回、TOKYO WAR勃発。



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