GATE:Modern Warfare   作:ゼミル
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今回はロゥリィサイドの話です。


6.75:The Alamo/伊丹という男(2)

 

 

 

<2017年初冬>

 ロゥリィ・マーキュリー

 ファルマート大陸・アルヌスの丘/難民キャンプ

 

 

 

 

 

 

 ロゥリィ・マーキュリーは死と断罪と狂気と戦いの神・エムロイに仕える神官であり、同時に人の肉体のまま神としての力も得た亜神と呼ばれる存在でもある。

 

 亜神となると、まず不死身の肉体と獣系亜人をも上回る身体能力が手に入る。だから首チョンパされようが手足をもぎ取られようが内臓を破壊されようがすぐさま回復するし、大の男でも到底持ち運べない巨大で重量のあるハルバードを小枝のように振り回しながら軽業師よりも見事な曲芸を決める事もロゥリィには容易い。

 

 また亜神になった時点の年齢で肉体の成長も止まる。

 

 ロゥリィが亜神になったのは10代前半の頃である。でもって人間時代のロゥリィが生まれたのは1000年近く昔の時代である。つまりロゥリィはローティーンの外見でありながら実年齢は約1000歳、より正確には961歳という、高齢者なんてレベルじゃない存在なのであった。

 

 だものだから、彼女はそんじょそこらの老人や賢者などメじゃない人生ならぬ神生経験の持ち主である。そして先に述べた通り、彼女は死と断罪そして狂気と戦の神であるエムロイの神官でもある。

 

 ゆえにロゥリィは、血の臭いに敏感だった。なにせ彼女自身がその手を血で染める機会など100や200や利かないぐらい経験しているのである。永い神生において、血の臭いほど嗅ぎなれたものはないと言っても過言ではない。

 

 だからイタミヨウジという男に最初に出会った時、彼から鉄錆の残り香を感じ取った彼女は、彼が率いる異世界の兵士達へ同行する事を喜々として選択したのである。

 

 

 

 

 

 

 ロゥリィから見た伊丹は、よく訓練されてはいるが甘さの抜けない犬の集団に紛れ込んでいる、のんきな子犬のふりをした野生の狼だ。

 

 伊丹達の部隊に無理矢理引っ付き、火龍襲撃を経てアルヌスに自衛隊が設けた駐屯地まで辿り着いた事で多数の自衛隊員を目撃する機会が増えれば増えるほど、異世界の軍人達の中における伊丹の異質さをロゥリィだけは感じ取っていた。

 

 自らを『ジエイタイ』と名乗る異世界の軍隊が拠点を構えたアルヌスは帝国が招集した連合諸王国軍の大軍が攻め込み、そしてほんの数日で完膚なきまでに殲滅させられた事はロゥリィの耳にも聞き及んでいる。なにせ自衛隊に合流するまでは野盗化した敗残兵を彼女自ら『断罪』して回っていたほどなのだから。

 

 しかし膨大な犠牲者を敷いた戦いであったにもかかわらず、自衛隊員達が纏う血の臭いは極端に薄いものであった。

 

 その原因が自衛隊の使う『ジュウ』という武器にある事にロゥリィはすぐに気づいた。

 

 

「彼らが使う『ジュウ』あるいは『ショウジュウ』と呼ばれる武器の原理はいたって簡単。鉛の塊を炸裂の魔法を封じた筒で弾き飛ばしている」

 

 

 とはロゥリィ同様、自衛隊の庇護下に入って異世界の言語と知識を習得中の賢者見習いであるレレイ・ラ・レレーナの分析である。

 

 ロゥリィそしてレレイも炎龍襲撃時に伊丹達が『ジュウ』を使って炎龍からはるか離れた位置から攻撃を行い、通用はせずとも見事に命中弾を与えているのを目撃している。特に数発ごとに弾道確認用の曳光弾が混じっているM2重機関銃や、煙の尾を引いて飛翔する対戦車ロケット砲弾の軌跡は、彼女らにも目視での視認が容易だった。

 

 

「だから血の臭いを嗅げて体に染みついてしまうぐらいの近さで戦わず、遠くから一方的に敵を殺せちゃうってわけねぇ」

 

 

 なんて効率よく人を殺す為だけに特化した武器なのだろう、とロゥリィは純粋に感心した。

 

 同時に『門』の向こうの異世界では昔ながらの剣と剣、武具と鎧に身を固めた兵士同士の生身のぶつかり合いなど廃れてしまっているに違いないとも理解できてしまい、武人を名乗るつもりはないが長きに渡って刀剣を振るってきた身であるロゥリィは一抹の寂しさと悲しさを覚えた。

 

 とはいえ、伊丹の部下にいた富田みたいな屈強な人物や、栗林のように見た目は小柄でも天賦の武術の才と闘争心を持っていそうな将来が楽しみな人物も混じっているあたり、『ジュウ』ばかりに頼らぬ優れた戦士が異世界にも存在しているのは間違いないだろう。今後に期待である。

 

 そんな富田や栗林ですら彼らが漂わせる血の臭いは非常に薄いと言わざるを得ない。

 

 だが伊丹から感じる血の臭いは違う。

 

 彼から感じる血の臭いとは、例えるなら極端に濃縮した血潮へと丹念に漬け込んでから洗い流した上で、それでも染みついてしまって消えない頑固な汚れのような、そんな残り香であった。

 

 返り血を浴びないほど武器が発達した異世界の軍隊において、1人だけ返り血の臭いをこびりつかせているという謎。自衛隊の庇護下で彼らと触れ合えば触れ合うほどロゥリィの疑問は膨らんでいく。

 

 不思議なのは、ロゥリィ以上に伊丹と長い付き合いであろう彼の部下達や他の自衛隊員は、伊丹から漂う血の臭いに気づいていない様子である事だ。

 

 先程ロゥリィは伊丹以外の自衛隊員の事を『よく訓練されてはいるが甘さの抜けない犬の集団』と例えた。

 

 炎龍の犠牲者をわざわざ部隊総出で丁寧に埋葬して鎮魂の祈りを捧げ、払う代価を持たない難民へ衣食住を与えて下にも置かない扱いぶり――彼ら異世界の人々は装備と練度は高くとも、軍隊とは思えないほど善良で、甘い。

 

 

「もしかして彼らの国って、兵が戦った事がないくらい平和なのかしらぁ?」

 

 

 そう考えれば納得がいくのである。

 

 帝国を撃退して『門』の向こうに存在する『ニホン』という国から逆侵攻してきたのを見れば戦う意思自体は持ち合わせているのだと分かるが、帝国と戦争を始める以前は兵士ですら血の臭いを知らずに済むぐらいに、ニホンは平和だったのではないか。

 

 生まれたばかりの動物の赤ん坊は、天敵である獰猛な肉食動物を前にしても逃げ出さないという。天敵の知識と経験を持たないせいで、己を食おうとしている存在が危険であるとすら認識できないためだ。

 

 つまり伊丹から漂う血の臭いを認識できないほど他の自衛隊員達は第6感的な意味での嗅覚が発達していないのである。

 

 だからこそ興味深い。平和な異世界の軍隊に身を置きながらいったい伊丹はどこで血を浴びてきたのか、ロゥリィは知りたくて知りたくてたまらなかった。

 

 それゆえ、伊丹達の部隊に同行したイタリカの街の方角から複数の黒煙と独特のピリピリとした感覚……すなわち戦いの気配を感じ取った際、ロゥリィはとても艶やかな表情で「血の臭い」と嬉しそうに呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 伊丹達第3偵察隊とロゥリィとレレイ、そして金髪エルフ少女(ただし外見年齢と実年齢に差異あり)のテュカ・ルナ・マルソーがイタリカの街へ訪れた理由は、避難民が自活する為の資金調達を兼ねた情報収集の為である。

 

 アルヌスでの戦いで自衛隊が多数撃破した翼竜の鱗は、この世界では結構な値段で売買される希少な素材であった。異世界から来たゆえに価値を知らない自衛隊員は翼竜の死体を放置していたのだが、衣食住の用意は自衛隊がしてくれたとはいえ着の身着のままで焼け出されたテュカのような避難民にとっては、翼竜の墓場はまさに宝の山だったのだ。

 

 収集した翼竜の鱗(または爪や牙などなど)を換金する為の伝手は、レレイの師であるカトー老師の旧い友人である商人を頼る事になった。彼が居を構えているのがイタリカであった。この世界の経済情勢を探るにはちょうど良いという事で自衛隊側も彼女らの輸送を請け負った。

 

 そうして第3偵察隊の一行は戦場の真っ只中に自ら飛び込む格好となってしまったのである。

 

 残念ながらイタリカ周辺までは自衛隊の無人偵察機の範囲外であり、主戦場となっていたイタリカを取り囲む城壁近くまでやって来てようやく事態が把握できた頃には、城壁上に陣取って剣や弓矢や農具を構えた現地住民の集団と否応無しに相対するという事態に陥っていた。

 

 

『~~~~~~~~~~!!!』

 

 

 恐らく誰何を求める問いかけだろう。分厚い防弾ガラスに装甲で守られた輸送防護車内にいる伊丹達に詳細な発音は聞き取れなかった。

 

 部隊の指揮官である伊丹は当初、安全面に考慮して本格的に敵意を向けられる前に回れ右してさようならすべきではないかと考え、部下達に下車を命じなかった。

 

 そんな自衛隊側に否を唱えたのはレレイである。このまま立ち去ってしまうと敵対勢力だと誤認されてしまい、イタリカや周辺の街々に情報が流れた場合これからの活動に差し支えるというのが彼女の言い分である。

 

 自衛隊側が判断を下しかねている間に、現地住人3人娘はさっさと輸送防護車から降りて城門の下へ向かって行ってしまった。弓矢を筆頭とした各種飛び道具の狙いが彼女らを追いかけるのが分かった。

 

 年頃の少女らが臆せず危険地帯へ踏み込んでいくのを見せつけられては伊丹も腹をくくるしかない。

 

 

「俺も行ってくるわ。皆は車に残ってくれ。ただし逃げる事になったらいつでも助けに来れるように準備もよろしく」

 

 

 そうして伊丹も3人娘の後を追うのであった。

 

 なお各偵察隊員の武装は64式小銃あるいはミニミ軽機関銃に、サイドアームの9ミリ拳銃を太腿のホルスターに携行という塩梅である。

 

 伊丹は一瞬迷ったが64式小銃も持っていっている。武器っぽい物を携行して現地住民の警戒を招く可能性もあるが、それ以上に拳銃1丁という頼りない火力では安心できないという過去の経験(・・・・・)からくる不安感が勝ったからであった。

 

 64式小銃をスリングで右脇にぶら下げた伊丹は、3人娘を追い抜いて先頭に立った。ちなみに彼の使用する小銃用スリングは私物である。

 

 大きな城門の片隅には人1人通れる程度のサイズの通用口があった。とりあえず伊丹は通用口の戸を叩いてみる事にした。

 

 通用口に向かってそっと拳を振り上げる伊丹の姿は、ロゥリィには妙に緊張しているように見えた。下手にノックしたら伊丹ごと扉が爆発したり、完全武装の兵士の大群が押し寄せてくるとでも思っているかのよな、そんな警戒ぶりである。

 

 

「ノックしてもしもお~~~し」

 

 

 小声で山賊にカツアゲするイギリス人みたいな呟きをブツブツ言いながら伊丹は戸を叩いた。

 

 その直後である。これ以上ないぐらいの勢いで通用口の戸が開いたかと思うと、扉のすぐ前にいた伊丹を強襲したのだ。

 

 そう、伊丹の警戒は間違っていなかったのだ!

 

 だが警戒していたからといって回避できるかどうかは別の話である。扉はヘルメット越しに伊丹の頭部を見事に痛打した。後ろへもんどりうって転ばせるほどの威力であった。

 

 

「が――――っ!」

 

 

 後ろへ倒れこむ伊丹。ただ無様に倒れこむのではなく、彼の右手は自然と右太腿のホルスターへ伸びていた。

 

 地面に転がった次の瞬間には9ミリ拳銃を抜いて、通用口から顔を覗かせた赤髪の女性へと真っ直ぐ銃口を合わせる。

 

 銃を引き抜いた瞬間から伊丹の気配がガラリと一変したのをロゥリィは敏感に感じ取っていた。

 

 普段の腑抜けた態度が嘘のような、直接向けられたわけでもないのにロゥリィの肌がピリピリとひりつくほどに鋭利な殺気を伊丹が放っている。まるで錆まみれのボロ剣を洗い流してみたら幾多の戦場で膨大な量の血を吸ってきた名剣が姿を現したかのような変貌振りであった。

 

 倒れながら拳銃を抜くまでの一連の動作の反応速度と手捌きも、人外の能力を持つロゥリィが感心してしまうぐらい素早く滑らかであった。

 

 肩に提げた『ショウジュウ』を構えるのではなく腿の『ケンジュウ』を抜いたのも、バランスを崩している時などは大きく重い武器より、小さく軽いサイドアームの方が素早く対処に移れるからだ。それでもいざという時正しく行動できるかは経験の豊富さに左右される。その点伊丹の身のこなしはロゥリィから見ても見事なものだった

 

 やはりロゥリィの観察眼は正しかったのである。

 

 

「あらぁ♪」

 

「ひぃっ!?」

 

 

 ロゥリィの口から漏れた関心の吐息に赤髪の女性があげた引きつった悲鳴が被さった。

 

 エムロイの使徒として修羅場慣れしたロゥリィの皮膚を泡立たせるほどの剣呑な気配である。扉を開けるなり強烈な殺気をまともに浴びせられた女性が魂消るのも無理はあるまい。

 

 とはいえ、女性の反応からして今の扉による一撃はあちら側も意図せぬ事態だった様子。伊丹もそう思い至ったのであろう。すぐさま殺気を収めると身を起こし、ぶつけた部分を左手で押さえながら拳銃をホルスターへ戻した。

 

 改めて伊丹は赤髪の女性に注目する。先日保護した避難民と比べて張りのある肌と艶やかな髪質を持ち、質の良い素材とシンプルながら装飾が施された防具類を身に着けている点からして、一定以上の高い立場にある人物ではないかと推察できた。

 

 ただし出会い頭に尋常じゃない気配を伊丹が集中照射してしまったで端正な顔は引きつり、あまつさえ髪色と同じ紅茶色の瞳には涙すら浮かんでしまっている。

 

 頭部を襲った衝撃にすわ奇襲かとつい意識が昔みたいに(・・・・・・・)なってしまったが早とちりだったようだ。

 

 どちらの責任にしても、相手が美女で、しかも伊丹のせいで泣かせてしまったとなれば、この時点で伊丹の負けは確定的であった。泣いた美女ほど手強い相手はいないのである。

 

 

「と、とりあえずお話聞かせてもらえます?」

 

 

 などと愛想笑いを浮かべ直してなるべく優しい声を心掛けながら声をかける伊丹であった。

 

 

 

 

 

 

「現地の指揮官から現在のイタリカの状況を教えてもらったから説明するぞー」

 

 

 現在イタリカは大規模な盗賊集団の襲撃を受けていた。その規模は約600。

 

 対してイタリカの住民は5000人以上なのだが、戦力に限っては無いも同然であった。この街を守護していた兵士達は領主ともども日本への侵攻時に戦死してしまったからである。薔薇騎士団を名乗る数名の騎士達が住民達を指揮していなければ撃退できていたかどうか、それすらも怪しいレベルであった。

 

 どうにかこうにか住民をにわか仕立ての防衛隊として見事にまとめてみせた騎士達の方も、たまたま本隊を置いて先行した結果巻き込まれたに過ぎず、その先行部隊の編成も男性と女性が2人ずつのみという按配である。

 

 そして2人いる女性騎士の片割れ、伊丹を危うくKOしかけた赤髪の女性こそ、騎士団の長であると同時に帝国の第3皇女であるピニャ・コ・ラーダなのであった。

 

 

「いや、何でそんな帝国の超VIPがほとんどお供も連れずにこんな所で野盗相手に戦ってんです?」

 

「さぁ、そこらへんあちらさんにも複雑な事情でもあるんでないの」

 

 

 倉田の指摘ももっともだが今は脇に置いておく。

 

 問題はピニャ殿下率いる薔薇騎士団の本隊がイタリカに辿り着くにはあと3日はかかると予想され、盗賊の方は3日どころか今夜にでも再度襲撃を仕掛けてきてもおかしくないという点であった。

 

 そして伊丹達はピニャ殿下直々に野盗手助けの撃退を頼まれてしまったのである。

 

 

「完全に戦闘に巻き込まれてしまいましたね……」

 

 

 桑原が部隊最年長らしい苦み走った渋い声と共に溜息を吐いた。

 

 かといって訓練を受けた兵士でないにもかかわらず必死になって生まれ育った街を守ろうと戦って疲弊しきった現地住民の姿を見せられては、彼ら自衛隊も手助けしないのは気が咎めてしまう。

 

 

「ま、見捨てるわけにはいかないでしょ。レレイも言ってたけど、このまま見て見ぬフリをしたら今後の現地での交流や情報網構築に支障が出るかもしれないしねぇ」

 

 

 アルヌスの自衛隊本隊には既にイタリカの現状説明と救援要請を報告済みだ。伊丹達はアルヌスからの救援が駆けつけるまで持ちこたえれば良いのである。

 

 伊丹達が配置されたのは南門の防衛だ。ピニャ曰く南門は1度野盗の突破を許しているという。その証拠に南門周辺は城壁の内側まで戦闘の痕跡が多数刻まれていた。

 

 突破された城門は一応補修されているが、1度は突破を許してしまった以上打たれ弱くなっている。その上でわざわざ門の内側に柵と土塁を設えているのだから、ピニャが敢えて城門が破られるのを前提に防衛計画を建てているのは明らかであった。

 

 敵集団は戦力を1か所に集中して攻め込んでくるであろうと伊丹達は予想している。同時に多方向から攻勢をかけるには単純に敵も戦力が足りないという判断からだ。

 

 そういった情報を元に第3偵察隊の面々は配置につき、防衛線構築の準備を整えていく。

 

 

「しかしこうなると伊丹隊長が小銃てき弾申請しといてくれてラッキーだったっすね。たったの10人ちょいで600人が相手っすよ600人」

 

「そうだな。伊丹隊長の言う通り、こういう時は使える火力が多い方が良いからな」

 

「どうせたまたまでしょ? まぁ確かに助かるのは事実だけどさぁ……」

 

 

 などと雑談を交わしながら準備を進める自衛官達をレレイやテュカと共に見物していたロゥリィは、凹凸状になった城壁の上で伊丹が何やらしゃがみこんでいるのに気づき、彼の下へ近づいた。

 

 個人用暗視装置を取り付けたヘルメットを傍らに置いて矢避けの壁に背を預けた伊丹が葉巻を口に銜え、年季の入った傷だらけの金属製ライターで火を灯すところだった。異世界の煙草のようだが、伊丹が喫煙者である事にロゥリィは軽い驚きを覚えた。

 

 

「貴方って喫煙者だったのねぇ。意外だわぁ」

 

「喫煙者ってほどじゃないんだけど、妙に吸いたくなる時があってね……けほっ」

 

 

 吸い慣れていないのか、下手な煙の吸い方をしてしまい軽く咳き込む伊丹の姿にくすくすとロゥリィは笑う。

 

 吸い口近くに巻き付けるように張られたラベルには『Villa Clara』と描かれていた。難民キャンプや駐屯地の案内板などでよく見かけた『ニホンゴ』とはまた違う言語だ。『門』の向こうには『二ホン』以外の別の言語体系を持つ違う国が存在するのかもしれない。

 

 伊丹の意外な嗜好はさておき、ロゥリィには伊丹に尋ねたい事があった。

 

 

「ねぇ? 敵の筈の帝国に、どうして味方しようとしているのかしらぁ?」

 

「そりゃ街の人を守るためさ」

 

「本気で言ってるのぉ?」

 

「もちろん他の理由もあるけど、少なくとも平和に暮らしてた人達を狙って略奪を働くような連中を放っておけないってのは本心だよ」

 

「だったらそれ以外の理由ってなぁにぃ?」

 

「俺達と喧嘩するより仲良くした方が得かもと、あのお姫様に理解してもらう為さ」

 

 

 するとロゥリィは満面の笑みを浮かべた。楽しげで、だが思わず距離を取りたくなるような邪悪さが混じった微笑みであった。

 

 

「いいわぁそれ! 是非貴方達の力を! 恐怖を! あのお姫様の魂魄に刻みつけてあげましょう!」

 

「いやそんな大げさな……」

 

 

 間違ってはいないのだが微妙に歪曲した結論を導き出し、それはそれは愉快そうに笑いだしたロゥリィに、伊丹は苦笑してしまうのであった――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしこの直後、伊丹の顔から笑いが消える事になる。

 

 ロゥリィが続けてこう尋ねたからである。

 

 

「もう1つイタミに聞きたい事があるんだけどぉ」

 

「おっ、何かな?」

 

「イタミはこれまで何人の人を殺めたのかしらぁ?」

 

 

 そう問いかけた瞬間、道化じみた伊丹の気配がにわかに塗り替わった。

 

 すぐに日本人お得意のあいまいな笑みを浮かべ直す伊丹であったが、彼の動揺などロゥリィにはお見通しであった。

 

 

「んー、アルヌスで何度か戦闘は経験してるけど、偽装した陣地の中から撃ってただけだからねぇ。具体的な数までは――」

 

「う・そ♪ イタミはもっともっと多くの人を殺めている筈よぉ。血の臭いでお見通しなんだからぁ」

 

 

 そう言って艶やかに笑いかけながら、笑顔の妖艶さとは裏腹に物騒な発言でもって畳みかける。

 

 

「エムロイは戦いの神。人を殺める事を否定しないわぁ……でもそれだけに、動機をとても重視するの。偽りや欺きは、魂を汚す事になるのわぁ」

 

 

 ロゥリィはおもむろに顔を伊丹の首元へ寄せた。くんくんとゴスロリ神官少女が鼻を鳴らし、強張った首筋を吐息がくすぐった。

 

 

「ねぇイタミぃ。貴方の部下達は気づいていないけれどぉ。貴方からは血と、死と、戦の臭いがたぁくさぁんこびりついているのよぉ?」

 

 

 そして第3者から見れば伊丹の胸元に顔を埋めるような格好のまま、ロゥリィはこうささやいたのである。

 

 

 

 

「上品に躾けられた兵隊犬の集団に紛れこんだ狼さん――――貴方の正体は一体何者なのかしらぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

『ごく小さな孔から日光を見ることができるように、小さな事柄が人の性格を浮き彫りにする』 ――サミュエル・スマイルズ

 




Villa Claraについては『MW3 ソープの手記』で検索してみてください。


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