GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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20: Rebellion Plan/反抗への階梯

 

 

 

 

 

 

「――よし。各隊、進捗状況を報告してくれ」

 

「輸送隊は日本へ撤退する第一陣の輸送準備が完了しました。第一陣の輸送手段においては人員のみの輸送に限定との方針から73式を中心とした非装甲車両のみで編成しております」

 

「第一陣の人員編成はどういう内訳だ?」

 

「施設科、需品科、会計科などを中核とした非戦闘員ほか、所帯持ちなど各隊の指揮官権限で抽出した隊員計5000名が撤退の第一陣になります。特地入りしていたマスコミも第一陣で送り返す手筈です」

 

「敵部隊の警戒を避ける為に第一陣は全員非武装で送り出します。ただし各車両のドライバーと乗員には予備のアクションカムを持たせ、銀座の状況と敵戦力の偵察を行わせます。

 ピストン輸送の名目でアルヌスと銀座を行き来させますので、彼らには政府との伝令役として働いてもらうつもりです。その為により大型の74式特大(7トントラック)ではなく73式(3トン半トラック)主体とする事で往復回数と時間を稼がせる方針です」

 

「乗員と第一陣の隊員らにはくれぐれも敵を刺激させないよう厳しく言い聞かせておいてくれ。銀座の奪還と化学兵器使用を阻止する為にはまず現場の状況把握と本国戦力との連携が不可欠だからな。

 政府との回線が敵に掌握されて使い物にならない以上、昔ながらの伝令だけが我々に残された唯一の手段だ」

 

「心得ております」

 

「アルヌス外で活動中の資源探査班の回収はどういう手筈だ?」

 

「まず各探査班の活動地域へと空自さんに増槽を積んだC-1輸送機で飛んでもらい、航空無線で手当たり次第に探査班へ呼びかけてもらいます。探査班には回収用ヘリのLZの設定と移動を自力でしてもらう事になるでしょう」

 

「よし次、講和交渉団救出計画については健軍一佐、どうなっている?」

 

「はっ。今回は孤立した講和交渉団ならびに白百合副大臣の要請によりピニャ殿下と薔薇騎士団を迅速に回収し撤退しなければならない条件上、必然的に我が第4戦闘団が得意とするCH-47J(チヌーク改)を主体としたヘリ部隊による機動作戦となります。

 その前段階として帝都との中間地点に補給拠点を設置すべく燃料と弾薬を搭載した輸送部隊を既に派遣済みです。現地では悪所事務所の第3偵察隊と特戦群が誘導に当たる手筈になっております」

 

「制空権確保の目途はついているのか?」

 

「空自の神子田二佐らには既に通達して出撃準備に入ってもらっております。航続距離と飛行速度の都合上、彼らにはヘリ部隊が往路での補給を完了したタイミングに合わせて出撃して頂く事になるでしょう」

 

「爆装した空自のF-4J(ファントム改)が敵航空戦力拠点を排除、制空権を確保後は翡翠宮前の庭園をLZ(ランディングゾーン)に設定し火力支援型ヘリで周辺の敵勢力を掃討し、着陸スペースを確保します」

 

「直接翡翠宮にヘリを下ろすのか?」

 

「銀座の『門』が敵対勢力の手に落ち、何時特地との繋がりが寸断されてもおかしくない以上、救出対象の収容にかける時間は可能な限り減らすべきです。制空権を押さえさえすれば帝国、いいえゾルザル側の地上戦力に我々の航空機を墜とすのはほぼ不可能ですから。

 特地にはRPG(対戦車ロケット砲)SAM(携行式対空ミサイル)もありませんからね。ブラックホークダウンやレッド・ウィング作戦の再現なんて起こさせませんよ」

 

「いや、救出作戦の指揮官である君がそうする必要があると判断した以上は任せよう」

 

「私としてももっと準備に割く時間と人手に余裕があれば、いっそ輸送機と空挺団もお借りして周辺を完全な支配下に置き、より安全なLZを設定したかったのですが……」

 

「そ、そうか」

 

「しかし問題があります。現在翡翠宮を含む帝都はかなりの悪天候です。翡翠宮上空を多数の救助ヘリが待機して着陸と離陸を行う都合上、墜落や空中衝突の危険を避ける為に天気が落ち着くのを待たねばなりません」

 

「強行決行しようものなら最悪イーグルクロー作戦(救助機衝突)の再現になる、か」

 

「ですがベンガジの再現(外交団救出失敗)よりは余程マシでしょう」

 

「……救援部隊が到着するまで護衛の隊員とピニャ殿下の部下達が持ちこたえてくれる事を祈ろう」

 

 

 

 

 

「いいか諸君。これはあくまで敗北による撤退などではない。()()()()()()()()()()()()()退()()()()

 その為にも各員が己の役割を胸に刻み込み、務めを果たすよう部隊の末端に至るまで認識が共有されるよう心がけてくれ。

 これ以上我々が守るべき国民、同胞達、そして特地に住まう無辜の人々を血も涙もない脱走兵どもの好きにさせるな! 良いな!」

 

『はっ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<11時間前>

 特地派遣部隊・撤退第一陣

 日本・銀座駐屯地/『門』付近

 

 

 

 

 

 

 世界を隔てる暗黒空間を抜けて銀座側の『門』から出るなり、先頭の73式大型トラックの運転手は戦場の空気を感じ取った。

 

 銀座側の『門』を外界から遮断する強化コンクリート製ドーム内に出現した自衛隊車両の車列の行く手を、複数の兵士が立ちはだかった。

 

 これまでドームに配置されていたのは同僚たる銀座駐屯地勤務の自衛隊員であったが今や違う。全員目出し帽で顔を隠し、ロシア軍の装備で完全武装していた。

 

 

「両手を見えル位置に挙げておケ!」

 

 

 ロシア訛りの日本語による命令。内心を押し殺し、言われた通りに運転手と助手席の隊員は外からでも見えるぐらいの高さまで両手を掲げた。

 

 兵士は続いてトラックに近付いたかと思うと乱暴にドアを銃口で小突く。大人しくドアを開けてやると、目出し帽から唯一露出した西洋人特有の碧眼が車内を一瞥した。

 

 

「…………」

 

 

 運転手も相棒も迷彩服の上に同じ柄の防弾チョッキを着込み、やはり同仕様の戦闘用ヘルメット(88式鉄帽)を着用してはいるが、武器そのものは小銃どころか銃剣すらも帯びていない。

 

 ロシアからの脱走兵は73式トラックの後部に回ると荷台の幌を無造作に捲った。運転手と同じく防護装備は身に着けているが武器は持っていない自衛隊員が整然と、だが密集して荷台に載せられていた。

 

 怒りと屈辱を押し殺した数十の瞳が一斉に脱走兵を射抜く。言い換えれば荷台の隊員らにはそれぐらいの事しか出来なかった。

 

 そんな事情などお見通しと言いたげに脱走兵は目出し帽に隠れていても感じ取れんばかりに顔を嗜虐的な侮蔑の笑みに歪め、「フン」とひとつ鼻を鳴らして捲り上げた幌から手を離す。

 

 

「よし、さっさと行ケ!」

 

 

 乱暴に車体を叩いて運転手に怒鳴りつけると、カーキ色の車体はゆっくりと前進を再開した。

 

 

「アイツらカメラには気付かなかったみたいですね」

 

 

 助手席の部下がボソリと呟いた。

 

 運転手の左肩に固定されたアクションカムは手の平で包み隠せるサイズだ。自衛隊の防弾チョッキは首元への被弾防止の為、伝統的にアーマー部分が首周りまで覆うデザインとして設計されている。アクションカムの小型さも相まって脱走兵からは首部分のアーマーの陰になってしまい認識出来なかったとみえた。

 

 開放されたドームの扉から見える銀座の空は暗くなっていた。

 

 ドームを抜け、銀座駐屯地内へと踏み入れる。

 

 途端、呻きとも悪態ともつかない唸り声を運転手と助手席の隊員は漏らしてしまった。それは後続車両に乗っている仲間達も同じである筈だ。

 

 見慣れた街並みは今や敵軍の占領下に落ちていた。

 

 国土を護り国民を護るのが役割たる全ての兵士にとっての悪夢が現実として目の前に広がっていた。

 

 銀座駐屯地設立時に建てられた建造物は配備された車両共々その多くが破壊され、代わりに旧ソ連時代を含むロシア製の兵器が出現していた。

 

 BTR-80、T-90といった装甲戦闘車両の砲口がドームから出てきた自衛隊車両へと向けられ、乗降ハッチの車載機銃に取り付いた兵士や車両の電子的センサーが自衛隊側の一挙一動に目を光らせている。

 

 半ば崩壊状態の警衛所近くには対NBC兵器処理まで施された移動司令部仕様のタイフーン装甲車を中心に通信機材や対空レーダー搭載車両、それらに必要な電力を供給する電源車が寄り添うように固まっていた。

 

 少し離れた空間には機甲部隊に随伴して大量の燃料を運ぶ給油トラックの姿まである。それもロシア軍の現役部隊に匹敵する最新鋭に近い代物ばかりだ。

 

 何より撤退の第一陣に選ばれた自衛隊員達に衝撃を与えたのは――

 

 

「あれ、あそこに積んであるの、あれって」

 

 

 助手席、運転手よりも幾分若い隊員が指差した先にあったのは文字通りの死体の小山だ。

 

 乱雑に積み上げられた亡骸は紺色の制服、主として銀座駐屯地周辺の交通整理や民衆相手の対応に配置された交通課と警備課所属の警察官のものが多く、警官隊以上に多く配置されていた筈の迷彩服姿(自衛隊員)の死体についてはむしろ少ない。

 

 ……そもそも何を着ていたのか分からない程に損壊した死体の方がよっぽど多かった。

 

 サーモバリック弾頭が生み出した爆風によって服が手足ごと引き千切れてしまったのはまだマシな方で、発生した高熱で炭化に近いレベルで焼かれてしまい何者だったのかすら判別不能な死体が多数を占めていたのだ。

 

 そんな死体の数々が、まるで撤退する彼らへ見せ付けるかのようにドームから駐屯地と外界の境界線である鉄門までの短い道の傍らで放置されているのである。

 

 運転手は多数の災害派遣に加わった経験を持つベテラン隊員だった。

 

 故に災害現場で死体を目撃した経験も数多い。『銀座事件』やアルヌス攻防戦にも直接の戦闘には参加しなかったが、帝国兵の犠牲になった一般市民から逆に自衛隊の反撃に斃れた帝国兵まで幾つもの死体を目撃してきたので、最早死体を前にしてもそう簡単に動揺などすまい。

 

 

 

 

 そのつもりだった。覚悟もしていたつもりだった。

 

 だが実際は違った。

 

 

 

 

 一度にああも多くの仲間の亡骸を、安置して弔うどころかああも無造作に、まるでゴミのように扱われるのを見せ付けられたのは初めての経験であったのだから。

 

 

「くそっ、くそっ、くそっ!」

 

 

 悪態が止まらない。思わず停車させてそのまま車外に飛び出したくなった。

 

 運転手を衝動から繋ぎ止めたのは『門』をくぐる前に上官から受けた訓辞だった。

 

 

『これはあくまで敗北による撤退などではない。反撃に転じる為の一時的な撤退である』

 

 

 そうだ。俺達はただ戦わずに逃げ帰る臆病者なのではない。伝令であり偵察隊なのだ。

 

 左肩の録画機材の存在を意識し、激情と憎悪と悲嘆に呑まれて暴走しそうな意識と肉体を、トラック特有の大型ハンドルを捻じ曲げんばかりに強く強く握り締める事で必死に押さえ込む。

 

 ドームの入り口と同じく解放されたままの鉄門前にはT-90戦車が2両、車列が通れるだけの間隔を空けて待ち受けていた。

 

 停止状態のまま、125ミリ滑腔砲の筒先が移動する自衛隊車両に追従して旋回する。撤退する自衛隊が反撃を試みた時に備えて向けられ続ける砲口を、運転手は怯む事無く睨み返した。

 

 銀座駐屯地を抜けた先でも脱走兵の小部隊が待ち構えていた。一定間隔ごとに配置された脱走兵に誘導されながら銀座の外を目指す。

 

 駐屯地の外にも死体がいくつも転がっていた。敷地内に積み上げてある死体とは打って変わって、どれもこれも民間人だった。

 

 放置車両に関してはご丁寧に路肩へ押しやられていたが、死体の方は道路上に放置されていたので、それを避ける為に運転手は何度もハンドルを切り返さなければならなかった。

 

 驚愕と恐怖に凍りついたまま事切れた民間人の死体を踏まないよう、表情を押し殺しながら必死になって注意を払い、トラックの運転を行う。

 

 複数車線が十字に交わる交差点に差し掛かった時、おもむろに交差点の中央に陣取る装甲車のハッチから体を出した武装兵が車列へ停止の合図を出した。素直にトラックを停止させる。

 

 ビルの陰から交差点を曲がって自衛隊とは別のトラックの車列が姿を現した。

 

 数千名の自衛隊員を運ぶ為に編成された73式の長々とした行列程ではないが、それなりの規模のコンボイが反対車線を通過していく。

 

 自衛隊の車列が通った道を逆になぞる様に『門』がある方向へと。

 

 コンボイを編成する車両は全てロシア製の輸送トラックだった。

 

 それは10秒足らずの邂逅に過ぎなかったが、コンボイを認識した瞬間からバックミラー越しに遠ざかるロシア製トラックの後姿を目で追い続けた運転手が相応の情報を手に入れるには十分過ぎる時間であった。

 

 まず交差点を曲がった時の挙動の重さと車体の沈み具合からどの車両も満載に近い積み荷を運んでいたのは間違いない。それもかなりの重量物だ。

 

 少なくとも追加の人員ではない。横切る間際、幌の隙間から積み荷がチラリと覗き見えた。手間を惜しんだのか幌が上がったままの車両すら存在していた。

 

 輸送時の梱包様式は各国で違いは然程ない。殆どのトラックの積み荷は火砲用の各種弾薬に兵士にとっての燃料である糧食といった補給物資ばかりだ。

 

 

 

 

 ただし、1台だけ異様な車両があった。

 

 形状は一見燃料保管用のドラム缶のようだったが、転倒や衝突から護る頑丈な四角のフレームが追加されていた。それが何個も積まれていたのだ。単なる燃料の類とは到底思えなかった。

 

 そもそも普通のドラム缶なら三角の中に髑髏マークという不吉な組み合わせのマークを目立つ赤で描く必要などあるまい。

 

 ここまで伝え聞かされたバルコフ何某率いる脱走兵集団の所業を踏まえれば謎のドラム缶の正体も察しがつく。目撃したものを左肩のカメラもちゃんと撮影していればいいのだが。

 

 

(この事を司令部に知らせないと)

 

 

 

 

 敵はガス砲弾以外にも何らかの化学兵器を所持している――

 

 

 

 

 嫌な予感を覚えながらも、輸送役としての務めを果たさなければ反撃計画に支障を来たしかねない以上、運転手に今出来るのは粛々と撤退の第一陣を銀座の外に送り届ける事だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<10時間前>

 健軍俊也一佐

 帝都郊外100キロ地点

 

 

 

 

 

 この数時間、健軍率いる第4戦闘団を主体に編成された講和交渉団救出部隊は帝都方面を目指すCH-47Jの積荷と化していた。

 

 無理をすれば50名以上の兵員を載せる事が出来るCH-47Jだけでも10機以上、護衛役のAH-1S攻撃ヘリやUH-1Jのガンシップ改造モデルを含めれば強化飛行大隊(20機オーバー)相当ものヘリの集団が編隊を組んで飛行するその様は、こんな悪天候の夜でなければさぞ勇壮な光景だっただろうと健軍は考えた。

 

 日が完全に沈むのみならず雲によって星明かりさえ覆い隠された異世界の闇夜をパイロットはヘルメットに装着された暗視装置を唯一の頼りとして飛行を続ける。

 

 暗い上に雲に隠れて見えないが、ヘリより更に上空では敵竜騎兵部隊と遭遇した場合に備え航空自衛隊のF-4EJ(ファントム)戦闘機も待機している手筈だ。

 

 やがて暗視装置越しのパイロットの視界に、平野の一角で規則的に点滅する光点が見えてくる。機械的な目を通さなければ認識出来ないIR(赤外線)ストロボライトによる合図。

 

 降下していくと、ストロボライトにより指定されたFOB(前方作戦基地)構築の為先んじて出撃したCH-47Jと武装ヘリの混成部隊が地上で回転翼を休めている様子も視認出来るようになる。

 

 ほんの数台だが高機動車の姿もあった。そちらは先遣隊の持ち込みではなく帝都悪所街事務所に常駐している部隊の物だった。

 

 対照的に先遣隊のヘリで運ばれてきた自衛隊員は救出部隊の本体である健軍らを出迎える為の準備で忙しなく動き回っている。

 

 ヘリであれ飛行機であれ車両であれ、あらゆる乗り物は運ぶ積荷が増えれば燃料消費が増える。機内の燃料タンクが蓄える燃料にも上限がある以上、消費が増えた分だけ航続距離も短くなるのは当然の帰結だ。

 

 その解決策が予め部隊活動に必要な物資を基地から作戦地域近辺に運んでおき、現地に臨時の補給所を新たに確保するというもの。

 

 嵩張る補給用燃料や弾薬を先に運んでおけば、浮いた余剰分でより多くの人員を運ぶ事が出来るし、もし作戦中に燃料や弾薬の補給が必要になっても遠く離れた基地ではなくFOBで補給を受ければ作戦への復帰に必要な時間も短く済む。何なら大口径の迫撃砲や榴弾砲も運んでおけばFOBから前線への砲撃支援も可能だ。

 

 もっとも今回の作戦においては時間も人手も不足しているせいで、遅れてやってきた本隊へ補給する分の燃料弾薬、臨時指揮所を設ける為の資材しか用意できなかったのが健軍としては悔やまれる。

 

 誘導灯を手に振り回す地上の隊員に従い、パイロットは細心の注意を払いながら機体を操作。ランディングギアが地面に触れる特有の振動を感じ取ると、人知れず安堵の溜息を吐き出しつつエンジンの出力を落としてから健軍へ着陸した事を知らせた。

 

 

「本番はまだ始まってもいないぞ! 各自装備を確認後、燃料と弾薬補給の手伝いに回れ! 我々には時間も人手も足りてない事を忘れるなよ!」

 

 

 未だ大きな音を立てるエンジン音に負けじと命令を怒鳴ってから、健軍は同乗していた部下よりも早く開放された後部ランプより地面へと降り立った。

 

 足早に機体から離れる健軍。その横を先遣隊の輸送ヘリが運んできた超巨大な水風船といった風情のフレキシブル燃料タンクに繋がった給油装置のホースを抱えた先遣隊隊員が通り過ぎ、健軍が乗ってきたCH-47Jに取り付く。そんな光景が着陸した全てのヘリで繰り広げられた。

 

 加えてAH-1SとUH-1J改といった武装ヘリには加えて搭載した兵装に対応した弾薬が次々と装填されていく。アルヌス出発時に兵装をあえてフル搭載しない事で航続距離を稼いだからだが、ここから先は燃費よりも火力が重要になる。

 

 健軍が向かう先はFOBの指揮所だ。指揮所と言っても業務用天幕(大型テント)に折り畳みの机とヘリで空輸可能なだけの野外通信システムを持ち込んだだけの、設置に1時間運用は半日足らずで消え去る予定の臨時指揮所である。

 

 健軍が指揮所へ足を踏み入れると、自衛隊仕様の通信端末を囲んでいた各指揮官が一斉に敬礼を行った。

 

 

「お待ちしておりました健軍一佐。早速ですが良い知らせと悪い知らせ、もっと悪い知らせがありますがどの報告から聞かれますか?」

 

「良い知らせから順番に聞かせてくれ」

 

「ではまず良い知らせですが、帝都及び翡翠宮にて振り続けていた大雨が止んだと悪所街事務所から報告が入りました」

 

「それは確かに良い知らせだ。それで悪い知らせは何だ?」

 

「雨雲が我々が居る方角、つまりアルヌス方面へ向けて流れてきております。このまま雲の移動速度と方向そして勢力が維持された場合、救助部隊は往路・復路のどちらかもしくは両方で悪天候に巻き込まれる可能があります」

 

「……で、もっと悪い知らせとは?」

 

 

 

 

 

 

「帝都内の帝国軍駐屯地を監視していた特戦群が帝国軍部隊が翡翠宮方面への出撃を捉えました。規模は最低2500、帝国軍部隊には攻城兵器の他にオーク、トロールといった怪異と呼ばれる戦力も多数含まれております」

 

「……パーティーの開始には間に合いそうにないな」

 

 

 ボソリと、確信めいたものを滲ませて健軍は呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<9時間前>

 伊丹耀司

 ファルマート大陸・ロマリア山地

 

 

 

 

 

 

「――――ウジ殿……起きてくれヨウジ殿」

 

 

 ペチペチと、軽く頬を叩いては離れる柔らかな感触が伊丹を眠りから呼び覚ました。

 

 目を開けると、小さな焚き火によるオレンジ色の灯りに照らされたヤオが覗き込んでいた。

 

 ヤオの背後には星空。ロンデルに戻って()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()数日後の、星明かりの下の野宿であった。

 

 視界に広がる星々の光度と夜空の微妙な濃淡の変化から、寝入ってから然程時間は経っていないなと伊丹はぼんやりとした頭ながら冷静に分析を行う。

 

 

「ヤオか、何だどうしたぁ?」

 

「クルマの『ムセン』? とやらが先程から御身を出してくれと呼びかけていてな。御身の同胞からの連絡のようなのだがどうも様子がおかしい。向こうで何やら起きているのではないか?」

 

 

 そう語るダークエルフの顔には困惑が浮かんでいた。

 

 資源探査班は基本的に物資を空中投下してくれるC-1輸送機から定期補給を受けると同時、無線交信で状況報告も行うのが通例であった。

 

 それは投下物資の目視・回収がしやすい日中での実施が不可欠であり、その通例を覆して夜中の呼びかけはヤオがいぶかしむ通り確かに異例だ。この手の緊急連絡は大体ロクでもない事態が起きた時と相場が決まっている。

 

 異常事態の気配を嗅ぎ取るなり、伊丹の意識は一気に覚醒した。バネ仕掛けよろしく慌てて寝袋に収まっていた体を勢い良く起こす。

 

 ……それに併せて、下着すら付けていない生まれたままの姿で伊丹の体に絡み付きながら同じ寝袋の中で眠っていたテュカの、手足は細長いまま胸元から尻肉にかけては最近よりメリハリが目立つようになった艶やかな肢体が体の上から転がり落ちそうになるのを抱き支え……

 

 彼女を残して寝袋から抜け出した伊丹は、()()()前開き部分が全開になっていた迷彩ズボンを素早く調えてから高機動車の下へ向かった。

 

 高機動車にはヤオと同じく先に目を覚ましたレレイとロゥリィが居て、電子的雑音を発する車載無線機を覗き込んでいた。

 

 

『――聞こえるか伊丹班。繰り返す、この通信を傍受した資源探査班指揮官は至急応答せよ』

 

「はい。応答が遅れましたこちら資源探査班の伊丹二尉です、どうぞ」

 

『伊丹二尉、時間が無いので要点だけ話す』

 

 

 通信相手の硬い声に耳を傾ける。その様子を傍目に見ていたヤオ達は、伊丹がまず目を見開いて驚愕を露わにしたかと思うと次は愕然と凍りつき、やがてまるで敵を前にしている時そっくりの張り詰めた表情を浮かべるに至り、あの伊丹をここまで緊迫させる程の事態が起きたのだと彼女達も悟らざるをえなかった。

 

 

「ちょっとぉ、何が起きたのよぉ?」

 

「マジかよ」

 

 

 

 

 

 尋ねられても、通信を終えた今の伊丹にはそう呻くだけで精一杯なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『忍耐と長時間は往々にして力や怒りよりも効果がある』 ――ラ・フォンテーヌ

 

 




祝・原作主人公復活(なお出演時間)


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