GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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遅くなった上に話が進んでいなくて申し訳ない…
季節の変わり目が極端すぎて辛いです。

せめて年内の完結を目指して復調していきたい所存。


23:Shock and Awe/救出

 

 

 

<7時間前>

 健軍俊也一佐/講和交渉団救出部隊指揮官

 翡翠宮上空

 

 

 

 

 

 

 

「聞こえるかイーグルズネスト。こちらアウトロー。待たせたな、間もなく騎兵隊がそちらに到着する」

 

 

 CH-47J(チヌーク)機中の健軍はヘリの無線を使って翡翠宮へと呼びかけた。

 

 真上で唸りを上げるローターの駆動音、無線回線の空電音に加え、通信先で帝国軍相手に絶賛交戦中の交渉団護衛部隊がぶっ放す様々な火器の発射音が入り混じる混沌とした環境の中、ありありと安堵と歓喜を感じさせる現地からの声が返ってきた。

 

 

『救出部隊か、ようやく来てくれたか待ち侘びたぞ! こちらは思った以上にお客さん(帝国軍)の勢いが強く食材(残弾数)の残りが怪しくなってきたところだ!』

 

「残りのお客さんは任せてくれ。お客様対応の人員も追加の食材もたっぷり持って来た!」

 

 

 貨物室の丸窓から外へ目を向ければ、雨雲が通り過ぎた事により一転澄み渡った夜空を堂々と飛ぶ多種多様なヘリコプターのシルエットを暗さに慣れた健軍の肉眼が捉えた。

 

 既に帝国側の敵航空戦力、即ち竜騎兵はパトロール飛行中の編隊から地上待機中の部隊に至るまで空自のF-4EJ(ファントム)戦闘機の露払いによって排除済みだ。役目を終えたジェット戦闘機はまだ燃料に余裕があるという事でヘリ編隊よりも上の夜空で随伴してくれている。

 

 アルヌスから出立しFOB(前線作戦基地)に到着するまでの間にも感じた事だが、電気技術が発達しておらず現地住民が帝都か各領地の主要都市に集中している夜の特地を空からを見下ろすと、何処を見ても闇一色なせいでまるで海上を飛んでいるのかと錯覚してしまいそうだ。

 

 コクピットのキャノピーを挟んでヘリの進行方向へ視線を転ずれば、闇に染まった地上にポツンと浮かび上がる光点が見えた。不規則に光量が増しては減るを繰り返している。

 

 暗視装置を装着すれば光景は一変する。編隊は森の上を飛んでいて、前方の地上では帝国軍の軍勢が翡翠宮の敷地に複数方向から攻め寄せている様子が認識出来るようになった。

 

 今翡翠宮を包囲している帝国軍は最初に攻め込んで撃退された部隊の生き残りが要請した増援だ。規模は帝都で監視任務に就いている特戦群が確認しただけで第一陣に匹敵するという。

 

 着陸する前にまず翡翠宮を包囲している帝国軍を掃除しなければなるまい。

 

 

「全員、弾込め! 安全装置はそのままにしておけ!」

 

 

 機内を支配する騒音に負けじと健軍が吼えると、部下である第4戦闘団所属の自衛隊員達は手にした64式小銃やミニミ軽機関銃に最初の弾薬を送り込む金属音があちこちで奏でられた。

 

 健軍が直接指揮を取る普通科隊員(歩兵)のみならず、機上からも支援射撃が行えるよう彼が搭乗するCH-47Jに新たに搭載されたドアガンである、96式40ミリ自動てき弾銃に取り付いたドアガンナーも重々しい機械音と共に初弾を装填する。

 

 96式40ミリ自動てき弾銃は端的に言えばグレネード弾をフルオート発射可能な重機関銃だ。1発1発が半径数メートルに渡って致死的な威力の破片と爆発を齎すグレネード弾を毎分350発のペースで発射できる。

 

 すると頭上からヘリのエンジンが放つそれとは別種の轟音と振動が健軍が乗る輸送ヘリを僅かに揺らした。

 

 

『こちら680。先に行ってちょっくら後ろから驚かせてやっから陸さんはそこをぶっ叩いてやってくんな』

 

 

 別チャンネルからの無線。直後、前方を見据えていた健軍の視界に2機編成のF-4EJが斜め上方向から突然出現した。

 

 年代物のジェット戦闘機は高熱を帯びたターボジェットエンジンの排気口周辺が光量増幅型スコープを通して見ると輝いて見えるせいで、突然変異の蛍のように見えなくもない。

 

 

『付いてこい320。高度10(1000フィート)に降下後アフターバーナー点火だ』

 

『了解。前に帝都を爆撃した時の再現ですね』

 

『ああだが爆弾は来るまでに使い切っちまったから今回は別のをプレゼントしてやる。やっこさんらの上をフライパスするのに合わせてフレア放出だ! 陸さんからもよく見えるよう連中を照らしてやれ!』

 

 

 先頭を進むF-4EJの尻が一際輝きを増しながらヘリよりも高度を下げたかと思うと急加速した。もう1機の戦闘機も即座に続く。

 

 F-4EJは誕生から半世紀が過ぎた骨董品といえど最新鋭のヘリコプターを未だ凌駕する飛行性能を有する超音速飛行可能なジェット戦闘機である事実に変わりはない。

 

 あっという間に健軍達を運ぶヘリコプター部隊を置き去りにした空自の戦闘機は更に高度を下げ、地上100メートルという低空飛行でもって音速を突破。そのまま翡翠宮へ押し寄せる帝国軍の頭上へと到達した。

 

 

『今だフレア! フレア!』

 

 

 帝国軍の頭上で機体の腹に内蔵した投射装置からミサイル撹乱用の閃光弾が立て続けに放出された。

 

 対空ミサイルの赤外線誘導装置を騙す為の閃光弾は数千度の温度を発しつつほんの数秒で消え去ってしまうものの、主成分であるマグネシウムは燃焼反応を起こす際に激しい閃光を伴う。

 

 照らされたのは僅かな時間だったが、翡翠宮に押し寄せる帝国軍の軍勢とそれを翡翠宮前庭園に構築した防衛線にて必死に押し止める薔薇騎士団・講和交渉団護衛部隊、その主戦場となっている森を貫く道を埋め尽くさんばかりに転がる死体という様相を上空の健軍らが把握するには十分であった。

 

 680機を操縦する神子田二等空佐はおまけとばかりに機体の軌道修正を行った。帝国軍の頭上に差し掛かった瞬間、僅かに機首を持ち上げてエンジンノズルが地面へと向くようにしたのである。

 

 最大20トン近い機体重量を超音速でかっ飛ばす推力の元となる排気流、その威力はもはや爆風に近い。

 

 

 

 ――――――ッドーンッッッッ!!!

 

 

 

 2機の戦闘機が通り過ぎた後に残ったのは阿鼻叫喚の大混乱だ。

 

 帝国軍からしてみれば夜空が広がっている筈の自分達の頭上が突如昼間の様に明るくなったかと思ったら、ドラゴンよりも圧倒的に速い何かが通過した次の瞬間には耳がおかしくなりそうな轟音と竜巻よりも凄まじい突風が隊列を直撃したのである。

 

 夜を照らす松明やランプ、火炎弾に着火する為の火種といった灯りになりそうなあらゆる存在は一瞬で吹き消された。

 

 音越えの衝撃(ソニックブーム)に三半規管をぶん殴られて悶絶する帝国兵が続出したがそっちはまだマシな方だ。

 

 ターボジェットエンジンの爆風をが直撃した者など文字通り吹き飛ばされすらした。人間の帝国兵だけでなく、人間より体格も重量も上回るオークにトロール、果ては攻城兵器類すら薙ぎ倒されて負傷者が続出する。

 

 健軍や神子田は知る由もないが、別方角から翡翠宮を攻めていたお陰でF-4EJによるドッキリを直接受けなかった他の帝国軍部隊の間でも、さっきの光や爆音は何だと動揺が広がっていたりする。

 

 

『イヤッホォォォォォォッ!!』

 

 

 ヘリの騒音も塗り潰さんばかりにやかましい神子田の歓声。

 

 まるでジェットコースターに興奮する子供みたいだ。思わず顔を顰めてヘッドセットから耳を離した健軍は呆れて首を振った。

 

 神子田達も暗視装置を使っているのだろうし、山岳地帯のように隆起が激しい地形でもなければ高層建造物もない土地とはいえ、昼間の空と比べれば遥かに悪い視界の中地表スレスレを超音速で飛んでおいて『イヤッホォォォォォォッ!!』だと?

 

 やはり戦闘機乗りは頭のネジが外れてるんだな、なんて思う健軍である。

 

 それでも神子田の突撃が帝国軍を引っ掻き回してくれたのも事実であり、効果時間は限られていたものの彼らがフレアをばら撒いてくれたお陰で地上の帝国軍がどのように展開しているのかその目で確認できた事についても感謝すべきだろう。

 

 

「全部隊へ。デッドリー各機は2機編成で散開し帝国軍を叩け。翡翠宮に流れ弾を飛ばすなよ! アウトローは我々を下ろしてから上空より地上の援護に回れ!」

 

 

 AH-1SとUH-1Jのガンシップ仕様がCH-47Jの編隊を抜いて先陣を切った。

 

 コンビを組んだ重武装ヘリコプターが一斉に分かれ、各防衛線へ攻め寄せる帝国軍へと砲弾の雨を降らせる。

 

 人間よりも遥かに凶悪な怪異も、帝国が用意した大盾も、12.7ミリ、20ミリ、40ミリ擲弾といった大口径弾の前には無力も同然だった。人間も馬も怪異も等しく肉体を砕かれ、破裂し、ずたずたに引き裂かれていった。

 

 ハードポイントに搭載されたロケット弾ポッドからハイドラ70ロケット弾が煙の尾を引きながら飛び出す。40ミリ擲弾とは比べ物にならない爆発は翡翠宮を取り囲む木々諸共帝国兵を爆散させる。

 

 遅れて健軍達を乗せたCH-47Jが神子田のドッキリのせいで未だ統率が戻っていない帝国軍部隊の上空へと到達した。部隊の灯りという灯りが揃いも揃ってジェット戦闘機の衝撃波に掻き消されたせいで、ヘリの音が聞こえてはいても頭上に居る事まで帝国軍は察知できていない様子。

 

 

「ガンナー! 下の帝国軍に掃射! 味方に流れ弾を飛ばすなよ!」

 

 

 健軍の命令を受けたガンナーが96式を発砲した。

 

 眼下の敵集団、その中心で40ミリの砲弾が次々と炸裂した。着弾の閃光が一瞬吹き飛ぶ帝国兵の姿を浮かび上がらせる。残光が消え去るよりも早く次弾が爆発して更に数名の帝国兵が巻き込まれるという光景が繰り返された。

 

 

『こちらイーグルズネスト。着陸地点に誘導する!』

 

 

 少しすると、空から俯瞰すれば第2防衛線であるバリケードによって庭園が横に2つに区切られた構図になっているのだが、講和交渉団が篭もる翡翠宮前となる第2防衛線の内側の空間に1つ2つと火を噴く発煙筒の光が一定間隔で置かれていった。

 

 

「着陸地点に向かう! 下りる準備をしてくれ!」

 

「第1小隊安全装置を解除しろ!」

 

 

 叫びながら健軍も己の64式小銃の安全装置を『(安全)』から『(連射)』へと動かした。

 

 足元から背筋まで撫でられるかのような独特の浮遊感の後、ヘリの着陸装置が地面にぶつかる振動が足元に伝わってきた。すぐさま乗員の操作によって後部ハッチが開放されていく。

 

 途端、鼻を突く様々な刺激臭とエンジン音に負けない喧騒と濃密な熱気にも似た空気がヘリの中に侵入し健軍達を嬲った。

 

 

 

 

 怒号が聞こえる。悲鳴が聞こえる。銃声が聞こえる。剣戟の音が聞こえる。

 

 何かが燃える臭いがする。火薬の臭いがする。血の臭いがする。戦いの臭いだ。

 

 場の空気そのものが全身の肌をひりつかせ、背筋を震わせ、脳髄をガツンとブン殴ってくるほどの刺激でいっぱいだ。

 

 空気の濃度そのものもイタリカの街への救援に出撃した時よりも遥かに上回っている。単なる演習では決して再現できないこの情報量の凄まじさよ!

 

 

 

 

 ――この風、この肌触りこそ戦争よ!

 

 

 

 

 某国民的ロボットアニメの第一作の中盤に登場する老け顔の敵指揮官がこう呟いた時もきっとこんな感覚だったに違いない。

 

 

「戦争の時間だ野郎ども! 超過勤務をこなしている仲間の仕事をさっさと引き継ぐぞ! 行け! 行け!」

 

 

 完全に開け放たれた後部ハッチから飛び出した30名前後の戦闘団員一個小隊が庭園へと上陸を果たした。

 

 まず10名が片膝を突いて周辺警戒と後方からの火力支援を行い、5名は兵員と共にヘリで運んできた重火器と弾薬類を次々とヘリから降ろし更に5名が建物に籠るVIPの保護を担当。

 

 健軍を含む残りの約10名は第2防衛線を飛び越えて最前線で戦う友軍の援護に向かった。

 

 健軍に続いて2機目、3機目のCH-47Jが指定された着陸地点に降りては乗っていた自衛隊員達も同様に周辺警戒・重火器の設置・各防衛戦の援護と事前に決められた各々の役割通りをこなすべく、庭園の各所へ散らばっていった。

 

 

「弾種、照明弾装填! 空の連中からも見えやすいように敵を照らしてやれ!」

 

 

 小型・小口径故に個人で持ち運んでの運用が可能なほど軽量な60ミリ迫撃砲を担当する隊員が背負っていた兵器を地面に置く。

 

 元々迫撃砲の構造は極めてシンプルなのだが、携行性と軽量さに比重を置いた60ミリ迫撃砲の見た目は持ち手と楕円状の底盤が無ければむしろLAWのような使い捨て対戦車ロケット砲に近い。

 

 空に光の花が咲く。

 

 グレネードランチャー用の弾頭より明るく、戦闘機のフレアよりも格段に長い効果時間の照明弾が地上を照らす。

 

 第1防衛線に一部の帝国兵や巨大な鉄板で防衛側の攻撃を受け止めるトロールに肉薄される第1防衛線の様子が浮かび上がった。防衛側への誤爆を恐れて攻撃ヘリも手出しできないでいる。

 

 

「デカブツに集中射撃! バリケードに取り付かれる前に排除しろ!」

 

 

 足を止めないまま健軍らの64式小銃が立て続けに吼えた。

 

 直立した羆も上回る体躯のトロール、その胸から上を狙った集中砲火を受け巨体が次々と崩れ落ちていく。

 

 64式小銃の装弾数は20発。数回短連射を繰り返すとあっという間に弾切れを起こした。すぐさまレッグホルスターの9ミリ拳銃に持ち替え、威力に劣るこちらは敵歩兵の処理に使う。

 

 

『デッドリー、森の中にも敵影を複数確認した。森ごと吹き飛ばしてやろう』

 

 

 横列に広がっての前進射撃を繰り広げる健軍達の頭上をガンシップ型のUH-1JとAH-1のコンビがダウンウォッシュを浴びる程の低空で通過していく。

 

 高性能爆薬をたっぷり詰め込んだロケット花火が立て続けに森へと着弾すれば、爆発した端から幹ごと粉砕された木々が次々と傾いたり横倒しにへし折れていった。

 

 腕自慢かつ命知らずなUH-1乗りに至っては、庭園上にて木々の頂点よりも低い超低空でのホバリングに映ったかと思うと、機体両側面に据えたM134ミニガンによる水平射撃も同然の掃射でもって森を切り裂いた。文字通りの意味でだ。

 

 ミニガンの発射速度は1分間に7.62ミリ弾を6000発。

 

 それが2丁で分速1万2000発。

 

 一度火線を浴びれば最後、余程の大木でもなければー人体も含めーチェーンソーを振るわれたかのように両断されてしまう。

 

 第一陣の尊い犠牲によって仕掛けられたブービートラップの大半が失われた森の中に潜んで不意を突く機会を狙っていた第2の斬り込み部隊は、森ごと吹き飛ばして隠れ場所を潰すという爆撃のゴリ押しにより敢え無く消滅したのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 第1防衛線のバリケード裏に張り付いて必死に帝国軍を迎撃していた薔薇騎士団と交渉団護衛部隊の自衛隊員が勢いよく振り返り、後者は白光を浴びながら64式小銃を連射する健軍達の姿を目視するとあからさまに安堵の表情を露わにした。

 

 

「遅くなってすまなかったな。我々が到着するまでよく持ち堪えてくれた。よくやったな!」

 

 

 撃ち上がり続ける照明弾の光は電灯のように安定していないが、露出している顔にこびりついた土と煤と硝煙と血の化粧を見ればどれほどの激戦を耐えてきたのかは一目瞭然だ。

 

 健軍が駆け付けたバリケードに限れば、自衛隊員の方は全員が五体満足かつ自分の足で立っていたが、薔薇騎士団側は手足に血染めの包帯を巻いているのみならず動けない程の重傷を負っている者が少なくない。

 

 バリケードよりやや後方に目を向ければ、顔まで布で包み隠した上で横たわる騎士団員の亡骸が何体も並べられてすらいた。

 

 薔薇騎士団はピニャを慕ううら若き貴族子女と隠居寸前のベテラン老兵ばかりで構成されているので、中年オーバーの年老いた兵隊はまだしも日本基準で成人しているかも怪しい少女が血を滲ませながら苦痛に耐える姿は、隊長の健軍からしても中々に衝撃的であった。

 

 

「衛生兵は負傷者の治療に回れ」

 

 

 敵の攻勢は健軍達に加え花火大会よろしく次々撃ち上がる照明弾をバックに夜空を飛び回るヘリ部隊の参戦によって瞬く間に瓦解している。

 

 元々一部の銃火器を弾ける大盾を持つトロールを除けばバリケードに肉薄出来た帝国兵の数自体が少なかったのもあって、第1防衛線で戦っていた自衛隊と薔薇騎士団には各々が得物を下ろして被害や残弾確認を行える程度の余裕が発生する結果となっていた。

 

 

「この場の薔薇騎士団の代表者は誰か?」

 

 

 健軍がそう尋ね、それを警護部隊の隊員が疲れた体に鞭打ちつつ特地語に翻訳すると、ボーイッシュな体育会系的雰囲気の女性騎士が健軍の前に進み出た。

 

 

『俺はヴィフィータ・エ・カティ。白薔薇隊の隊長をやってる』

 

 

 ヴィフィータは日本語の語学研修を受けていないので健軍とは通訳を介してのやり取りになる。

 

 握手を交わすと、日常的に武器を振るう者特有の擦り切れを繰り返して固く厚くなった掌の皮の感触がした。前線指揮官は斯くあるべしと健軍は一回り以上年下であろう相手に色欲抜きの好ましさを抱いた。

 

 

「ヴィフィータさん……我が国の特使らを護る為に、犠牲を払ってまでこの場で奮戦して頂いた事。救援部隊を指揮する代表者として、この場を借りて心から感謝を述べさせて欲しい」

 

 

 北側や南側にも同様にバリケードを挟んでの戦闘が行われたが、このバリケードを中心に敷かれた防衛線こそが翡翠宮を巡る戦いの中で最も苛烈な激戦地となった事は、バリケードの内外に突き刺さる数多の矢と各所に刻まれた幾つもの火炎弾の焦げ跡、何より道を埋め尽くす帝国軍の死体の山を見れば明らかであった。

 

 

『あーっと気にしなさんな。俺達もピニャ殿下を護りたくて戦っただけだからな。これからはジエイタイが俺達を安全なアルヌスまで運んで保護してくれるって協定も結んだしな……そうだったよな?』

 

「ああそれで間違いない。我々の最優先事項はあくまで講和交渉団の救出であるので今すぐとまではいかないが、それが完了したらまず負傷者を優先的に我々の臨時前線基地に運んで応急処置を行った後にアルヌスへ後送させよう。

 次に君達の中で自分の足で動ける者からヘリに乗ってもらい、最後が我々が迎えのヘリで撤退を行う。君達が去るまでの後詰めは我々に任せてくれ」

 

『へりこぷたーってのがイマイチ分からねぇけど、安全な場所にピニャ殿下を運んでくれるだけじゃなく負傷者の手当てまでしてくれるってんなら大歓迎だぜ』

 

 

 同行していた副官が健軍の肩を叩いた。講和交渉団の無事が確認出来たという報告だった。戦闘への救援に回りはしたが救出部隊の責任者である以上は健軍も彼方にも顔を出しておかねばなるまい。

 

 

『ピニャ殿下とボーゼス達の事頼んだぜー!』

 

 

 ブンブンと腕を振りながら見送ってくれたヴィフィータの声を背に受けながら立ち去る健軍。

 

 

 

 

 ーー何となくだが、彼女とは長い付き合いになりそうな予感がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<6時間前>

 アルヌス・特地派遣部隊駐屯地

 

 

 

 

 

「狭間陸将! 健軍一佐より講和交渉団とピニャ殿下を乗せたヘリがたった今翡翠宮を離れたと報告が入りました!」

 

「交渉団とピニャ殿下に怪我などは?」

 

「どちらも無傷だそうです。交渉団の護衛に就いていた隊員にも死者が出ていませんが、彼らと共に翡翠宮の防衛に当たった薔薇騎士団に死亡者を含む多数の犠牲者が。負傷者を優先的に搬送するのでその受け入れ態勢をと健軍一佐は要求してきていますが――」

 

「衛生科は撤退の第一陣に含んでいなかったな? 医療班と搬送チームを編成し健軍一佐の要求通りに受け入れ準備をするよう指示を出してくれ」

 

「はっ!」

 

「陸将早急に報告したい事が!」

 

「何だね?」

 

「その、資源探査班の伊丹二尉からなのですが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……『門』の開閉を制御する方法が判明した、との事だそうです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私はイタリア人と戦争しにきたわけではない。ローマと戦うイタリア人を助けに来たのだ』 ――ハンニバル

 

 

 

 




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