な、何とか読者の皆様の期待に応えられるよう頑張ります(震え声
<5時間前>
伊丹耀司
アルヌスより600キロ地点
「『門』の開閉を制御するという表現は正確ではない。厳密には世界を渡る為の穴を穿つ事が可能、という表現が適当」
おぼろげな星明りしかない真夜中の大地を、曳く馬も無しに鋼鉄製の馬車らしき乗り物が地を駆けるどの生物よりも速く爆走していた。
ヘッドライトに照らされた前方の光景だけを頼りに前方舗装の「ほ」の字からかけ離れた自然そのままの地面の隆起で車体が滑ったり横転しないよう高機動車のハンドルを巧みに操りつつ、アクセルワークを駆使して最低限の減速で大地を踏破し続ける。
助手席にはレレイが収まっていた。手には地図(空自による航空偵察で記録された地形を基に作成)を、頭には小柄な彼女には少々サイズ違いな暗視装置がヘアバンドによって装着されている。
少女は時折必要最低限の光量にしたペンシルライトで照らした地図に目を落とし、暗視装置を目元に下ろしてヘッドライトの範囲外に広がる夜闇に覆い隠された風景を確認するといった作業を繰り返していた。
そして地図に描かれた地形図と風景の地形を脳内で照合して現在地を算出すると「次の丘を越えたら進路を右に20度修正」と静かに告げた。
ラリーレースで言うナビゲーター役である。特地には人工衛星が存在しないのでGPSが使えない上、高機動車なら簡単に走破可能だが馬車では困難な地形という特地なりの理由から多くの街道は遠回りに迂回する形で設けられていた。
極めて早急にアルヌスから迎えに来る回収用ヘリとの合流地点へ辿り着く必要がある伊丹達は悠長に街道を利用する訳にもいかず、結果このようなやり方で夜の真っ只中に最短ルートという名の道なき道に挑む羽目になったのである。
専用の
「それって具体的にはどう違うのっ、きゃんっ!?」
これまでの現地調査で入手した土壌サンプルだの書物だの、予備の武器弾薬燃料諸々でスペースが埋まっている荷台の隙間に収まっていたテュカが不意の縦揺れに悲鳴を漏らしつつ疑問を口にした。
残念ながらアクセルを緩めるわけにもいかないので伊丹は振り返る事無く「舌噛まないようにな!」とだけ忠告するに留める。
そもそもレレイがどうしてそんな能力を手に入れたのかといえば、ベルナーゴにてレレイが降臨した冥府の神ハーディに憑依されてしまったからである。
本物の神に憑依されても耐える器を持っていたレレイを見込んだハーディはその報酬にレレイへ力を与えた。それが『門』を制御する力だったという訳だ。そもそも特地と地球は銀座に繋がった異世界への『門』を開いたのもハーディ本
「異なる世界を繋ぐ穴を開ける事は可能。しかし
他にもベルナーゴでハーディ(inレレイ)が語ったところによれば『門』を長期間開きっぱなしにしていると繋がった世界と世界の間に歪みが生じ、やがてその世界に悪影響云々なども語っていたが今は割愛。
重要なのは、これまで原理の一切が不明だった『門』が敵対的武装勢力に占拠された状況下で、その『門』の原理を理解しあまつさえ干渉の手段を持つ人物が自衛隊の協力者であるという点に尽きる。
具体的手段が定かではなくとも、最悪地球との繋がりが切断されて特地に取り残されかねない現状を打破出来るかもしれないともなれば、レレイを今すぐアルヌスへ連れ戻せと狭間ら幕僚が命令を下したのも至極当然であった。
ただしその能力を使えば由来からレレイがハーディの眷属になってしまう。ハーディ嫌いのロゥリィがそれに気付いて反対するという一幕もあった。
「そのに、二ホンを見つけ出す方法というのは具体的には例えば?」
荷台と幌のフレーム部分に手足を押し付けて揺れに耐えていたヤオも口を開いた。
走り始めてから地図と前方に視線を行ったり来たりさせるのをずっと繰り返しているレレイも振り返らないまま端的に答えた。
「安直な方法になるが何らかの目印となる存在を繋げたい世界に置くのが効果的と思われる」
「成程、確かによくある手だな」
「有効だからこそ常套手段として用いられる。特に……
「そんな物っていやぁ…………」
「……ヨウジ?」
不意に、伊丹は沈黙した。
手足は相変わらず高機動車を制御しているし視線も前方を見据えたままだが、座席の配置的に唯一伊丹の顔を観察できる位置に居たレレイだけは、彼の思考リソースが運転以外の別の事に割かれているのを賢者持ち前の観察眼で以って敏感に見抜いていた。
やがて伊丹はゆっくりと口元を歪めた。期待せずに買った宝くじが大当たりを出したかのような、愉快そうな笑みだった。
「――それならちょうど心当たりがあるぜ。
<同時刻>
狭間浩一郎 陸将/特地方面派遣部隊指揮官
ファルマート大陸・アルヌスの丘/自衛隊駐屯地本部
「狭間陸将、撤退の第2陣を運んでいた輸送部隊が本国司令部からの命令書を持って戻ってきました」
とうとうこの時が来た。輸送部隊の差配を担当していたにもかかわらず『門』を囲むドームから直接伝えに駆けつけた佐官を、狭間は待ち侘びたと言いたげに力の籠った目で見つめた。
「ついに来たか。皆に見せられるか?」
「今プロジェクターに出します」
命令書と言っても実際は紙のそれではなくUSBメモリーに収められた電子書類だ。すぐさまプロジェクターに接続された端末によって読み取られた内容が壁に大写しにされた。
要約すれば『特地派遣部隊は早急に敵機甲戦力に対応可能な部隊を編成し数時間後の――――時を以って特地方面より銀座への奪還攻撃を実施。占拠地域外より進軍する自衛隊と在日米軍及びロシア軍特殊部隊共同の
命令の内容を目を通した狭間が最初に抱いたのは、奇妙な事に戦いを命じられた事への緊張でも、怖れでも、決意でもなく……安堵の念であった。
部下達にはあくまで捲土重来を前提とした撤退だと言い含めていても、上に立つ政治家達の高度な決定とやらか、あるいは他国からの干渉か――
どれにせよ、万が一政府が脅迫に屈し『門』の破棄と特地からの完全撤退を正式な命令として下してしまったら、我々はどうすべきか。
祖国に忠誠を誓う立場として命令に従い、戦わずして敗走を受け入れるべきなのか。慕って集まってくれた特地の人々を見捨てず、己が信じる正義に殉ずるべきなのか。
そんな危惧を狭間は内心抱き、そして悩んでいたのである。
だからこそ政府もまた敵武装勢力に屈さず戦う道を選んだのだと知らされた時、狭間はまずホッとしてしまったのだ。
それは決して狭間に限った話ではない。特地派遣部隊全体が抱いていたジレンマでもある。
安堵の感情が通り過ぎた次に訪れるのはプレッシャーだ。作戦が失敗すれば指揮下の部下のみならず日本国民にも甚大な犠牲者が発生する。
敵は現行の主力戦車と航空戦力を含めたロシア軍からの脱走部隊だ。火力も練度も特地で相対してきた帝国軍とは比べ物にならない。
むしろ戦力規模に限れば特地派遣部隊が圧倒的に上回っているが、配備されている兵器は74式戦車やF-4EJを筆頭に歩兵レベルの装備を除けば大半が引退寸前の旧式ばかり。74式の105ミリライフル砲が占拠した脱走部隊が使用しているT-90の積層装甲と爆発反応装甲の守りを貫けるかどうかも怪しいのだ。
仮に銀座奪還に成功してもどれ程の戦死者が出るか予想がつかない。敵部隊を悉く撃破出来たはいいが、窮鼠となったバルコフが化学兵器で自爆して『門』ごと銀座が死の大地と化すという最悪の展開も覚悟はしておくべきだろう。
「それでも我々は戦わなければならないのだ」
狭間は呟いた。彼の言葉はどんな結果になろうとも全ての咎を背負うと覚悟した者にしか出せない重さを湛えていた。
USBには当然命令書だけでなく、脱走部隊によるテロ攻撃を免れた各自衛隊幕僚監部の生き残りが立てたであろうより具体的なタスクフォースによる銀座奪還計画。
また情報科が収集した
果ては今後予想される現地の天候まで、作戦に影響を及ぼしかねないと判断されたあらゆる要素―が記されたファイルも添付されていた。
それらのデータ作戦会議室へと集められた各戦闘団の指揮官を含む幕僚の情報端末へと一斉に送信された。
「しかし在日米軍どころかロシア軍と共同作戦ですか……」
「人質にされた視察団には当然アメリカからのお客さんもいるんだ、アメリカさんが噛んでくるのも当然だろう。ロシアはロシアでよりにもよって第3次大戦で毒ガス攻撃を指揮した自分ん所の大将殿がやらかしたんだから、そりゃあ尻拭いにも躍起になるってもんさ」
「誰か現地の気象予測のデータを見てる者はいないか!」
「それならこちらに!
「市ヶ谷は指揮所と通信施設に攻撃を受けて指揮システムが使えないと聞いているが……」
「いや、使えなくなったのは中央指揮所と部隊を繋ぐ中央指揮システムだ。普通科の
「
「
「偵察写真によるとやはり敵は銀座側の『門』に戦力を集中的に配置しているな」
「政府への脅迫に使われた化学兵器弾頭も『門』のすぐ近くに置いてるんだ、当然だろう。『門』と化学兵器だけじゃない、人質も銀座側の『門』がある銀座駐屯地のバスに監禁されているのが確認済みだ」
「つまり我々は銀座側の『門』を確保して化学兵器を無力化、ついでに人質の救出もせねばならないと」
「いや、化学兵器の方は別部隊が受け持つそうだ。
つまり我々の作戦目標はまず銀座側の『門』が在るドームを確保し、流れ弾でバスごと吹き飛ぶ前に人質を救出しつつ、銀座駐屯地に集結した機甲部隊を含む多数の敵戦力相手に防衛戦を行い、敵が『門』諸共我々を吹き飛ばす方針に心変わりしない事を祈りながら本国側の部隊が駆けつけて銀座を奪還するまで持ち堪えればいい訳だな。簡単だろう?」
「クソッ、それでもやる事が多過ぎる! 大体『門』を抜けたら敵陣のど真ん中に出るんだぞ。『門』だって戦車2両がギリギリ通過出来る幅しかないんだ、もし作戦を察知されれば戦車どころか機関銃と対戦車兵器で武装した歩兵一個分隊を配置するだけで敵は簡単に我々を封じ込められるぞ」
「誰か
「例の伊丹の班に同行してる魔女っ子のお嬢ちゃんの回収はどうなってる? 『門』を開いたこの世界の神様だか何だかから『門』を制御する力を貰ったって話なら、もしかすると何らかの解決策を知ってるかもしれないぞ」
そう口にした幕僚に、他の幕僚が不快さを覗かせた目つきを向けた。
「ぶっつけ本番でワケの分からない魔法みたいな力、それも小さな女の子に頼った策を立てる気ですか?」
「俺だって出来る事ならレレイちゃんに責任や負担を押し付けたくはないさ。だが必要になるかもしれない以上、使えそうな手は本当は使いたくない代物であろうが最悪に備えて準備しておくに限る。そうだろう?」
「ええその通りです。彼女に頼らざるをえない状況とならない事を祈りましょう」
「
並々ならぬ覚悟を籠めて言い放った幕僚はふと手元の端末へ視線を落とすと、
「ところで少し気になったんだが……」
「何がだ?」
「化学兵器の無力化を担当する部隊についてなんだが、その支援を行うという
<4時間前>
ユーリ スペツナズ《一時復帰》/米露情報機関合同非公式
日本領空
「確認するが本当に行くつもりなんだな」
偽装プライベートジェット最下層の貨物区画にて、準備を整えるノーメックススーツ姿のユーリへと若きCIA工作員が確認した。
古強者の領域に到達したロシア人は作業の手を休めぬまま首を縦に振った。アレックスを見つめ返すまなざしは決意の眼光で輝いている。
「ああ。戦友が待ってるんだ」
「遅かれ早かれ地上に着陸次第現地の友軍に合流して奪還作戦に加わると分かっててか? アンタ独りで敵の支配下のど真ん中に、それも現地上空は大荒れの予報が出てる中を空挺降下だなんて自殺と同じだ」
世界中へ工作員を運ぶ為に作られたプライベートジェットの装備庫には優に歩兵の一個小隊に配っても余裕で足りる規模の特殊作戦用機材が揃っていた。ジェット機の持ち主が世界最強の軍事大国なだけに、それらの機材は最新鋭でもあった。
今ユーリが身に纏う空挺降下用スーツが良い例で、耐水・耐火・防寒のみならず新技術と新素材の組み合わせによりレーダーの電波反射や赤外線による熱探知への反応を従来よりも格段に減少させる機能を持つ。
大気が薄い高高度からの空中降下を予定している為、着用者の保護と呼吸困難対策の酸素供給機能を持つフルフェイスヘルメットも着用する。ゴーグルに当たる部分は戦闘機パイロット用よろしく透過ディスプレイに各種情報が表示される
「大丈夫だ、嵐の中敵陣にパラシュート降下するのは初めてじゃない」
「経験済みなのかよ……全く、部下を置いてまでそれだけの事をする意味が本当にあるのか?」
「意味があるのかどうかを最後に決めるのは俺自身だ。ギンザにも、『門』の向こうにもかけがえのない戦友が取り残されている。意味ならそれで十分だ」
「……」
「それに個人的な理由を抜きにしても先遣役が必要なのも事実だろう。本隊の作戦開始のタイミングまでは大人しくしているつもりだ。上には俺が独断で暴走したと伝えてくれて構わない」
ユーリ個人の独断なのは事実だが、その当人が実際に自らへの責任の所在を口にするのを聞かされた側に感じるものが無いかとなれば話は別だ。
この場でユーリとアレックスのやり取りを聞いていた者が彼ら以外にも存在した。
その人物は装備庫の入り口の陰から出てくると2人の下へ近づいていく。
「おいフロスト」
デルタフォース出身のアフリカ系アメリカ人であるデリク ≪フロスト≫ ウェストブルックは2人の横を通り過ぎると、特殊作戦用ノーメックススーツが収められたケースを引っ張り出して無言で着込み始めた。
「おいおいまさかお前も英雄殿と一緒に嵐の中に飛び込もうってのか?」
フロストがユーリと同じ眼光を放っているのを見て取ったアレックスは大仰に天を仰いで肩を竦め、やがて装備庫から出て行った。
ロシア人は不思議そうに若いアメリカ人を見やった。
「どうして……」
――俺の昔の仲間ならきっと同じ事をした筈だ。
また置いて行かれるぐらいなら今度は自分から付いて行ってやるまでだと、フロストは言った。
『友情は魂の結びつきである』 ――ヴォルテール
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