GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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色んな意味で遅くなりました。
2020年最後の投稿の代わりに2021年最初の投稿です。

今回視点変更多めです。

あ、村正お迎え出来ました(蛇足)


27:The Beast/鋼鉄の咆哮

 

 

 

<30分前/攻撃開始時刻>

 無線交信記録 

 東京・銀座上空

 

 

 

 

 

 

『こちらワイバーン01、作戦空域に到達』

 

『こちらワイバーン02、作戦空域に到達』

 

『こちらワイバーン03、作戦空域に到達』

 

『作戦本部よりワイバーン各隊へ。本時刻を以って作戦開始に伴い兵装使用を許可する。繰り返す、兵装の使用を許可する。各機指定の地上目標に対し爆撃を実施せよ』

 

『ワイバーン01了解。爆撃を実施する』

 

『ワイバーン02了解。指定の対空陣地へ攻撃を行う』

 

『ワイバーン03了解。誘導信号ロック……爆弾投下(Bombs Away)

 

 

 

 

 

 

 作戦空域上空へと到達した航空自衛隊のF-35(ライトニングⅡ)が攻撃開始の口火を開いた。

 

 機体の導入が第3次世界大戦終結直後という配備ほやほやの最新戦闘機は設計段階からステルス性を考慮して開発された多用途戦闘機(マルチロール機)であり、F-15JやF-2といった先人よりも優れた隠密性を持つ。

 

 今回の作戦に投入された空自の秘蔵っ子は生まれ持って恵まれたその性能をいかんなく発揮してみせた。内蔵の爆弾倉が展開され腹の中に抱えていた荷物(航空爆弾)を投下し終えるまでの隠れ蓑が脱げてしまう僅かな時間を除き、空に目を光らせていたバルコフ配下の対空網からその存在を見事隠し通してみせたのだ。

 

 投下したのはGBU-39。ミサイルのような推進装置は持たないが、直前に登録された目標へと自ら目指して滑空する誘導爆弾である。

 

 弾頭の重量が数百キロクラスが当たり前の航空爆弾において、GBU-39は100キロ以下とかなり小規模なのは付随被害の抑制が求められる市街地での精密爆撃を前提とした代物だからだ。

 

 代わりに誤爆を限りなく抑える精密な誘導能力、敵陣地が強固な補強を施されていても効果を発揮する為の貫通能力に重点が置かれている。轟音を発する推進装置も積んでいないので飛翔音での察知もされ難い。

 

 対空車両のレーダー要員が突然機器の画面に現れ、すぐに消えてしまった空中上の反応の意味を理解してバルコフが詰める指揮車両に警告を発しようと無線のスイッチに手を伸ばした時には既に遅く。

 

 1秒以下の誤差でもって、銀座の各所に配置された自走型のパーンツィリ-S1を筆頭とした対空陣地を一斉に爆発が襲った。

 

 あくまで従来の航空爆弾に比べればという話であって、高性能爆薬が充填された100キロ近い弾頭の破壊力は主力戦車も撃破可能な大抵の対戦車ミサイルよりも圧倒的に上だ。非装甲の対空車両などひとたまりもない。

 

 誘導爆弾そのものの爆発から数コンマ遅れて対空車両搭載の対空ミサイルが誘爆した事による轟音が同時多発的に銀座中に、その外側にもほんのわずかな地揺れを伴って響き渡った。

 

 それを為した最新鋭の猛禽類は次の出番が回ってくるまで当初の予定通り旋回しながらの待機に移行した。

 

 

 

 ここから先は地上を走り回る歩兵達が主役になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<同時刻>

 陸上自衛隊・銀座奪還部隊

 皇居前・内堀通り-晴海通り

 

 

 

 

 

「全車両進めー!」

 

 

 一斉に進軍を開始した陸上自衛隊の機甲部隊が国会議事堂付近から倒壊した通信塔による被害痕が未だ生々しい警視庁本庁舎前を通り過ぎ、皇居を取り囲む堀沿いに銀座目指して突き進む。

 

 銀座奪還の要である陸上部隊がどうしてこのルートを選定したかといえば理由は単純だ。

 

 銀座占拠時、日本側が銀座奪還に機甲部隊を送り込んできた場合の対策として、バルコフの部隊は装甲車両が通過可能な主要道路上を通過する首都高を爆破。物理的に道を封鎖していった。

 

 が、『門』周辺で最も道幅が広い皇居方面へ抜ける晴海通りだけは封鎖(物理)が行われなかった。

 

 バルコフの要求――特地派遣部隊撤退が実施された際、万単位の自衛隊員が特地そして銀座から去る為の輸送ルートとして利用する為と日本政府が理解したのは具体的な撤退条件を敵方から告げられた時である。

 

 晴海通りは片道4車線。歩兵を満載したトラックどころか主力戦車を含む装甲車両の隊列でも悠々通過可能。

 

 屈辱的な撤退路としてお膳立てされたこの道を利用し逆に奪還部隊を送り込むという算段だ。

 

 無論それは敵も承知だろうから相応の備えをしてるに違いない。敵もまた複数の最新鋭主力戦車を含む大規模な機甲部隊である以上、奪還部隊にも戦車の存在は不可欠であった。

 

 装甲戦力を撃破可能な火力を満載した航空戦力のみ送り込んで空から攻撃、という訳にもいかない。逆に火力が過剰過ぎて人質や『門』にまで被害が及びかねないからである。

 

 車列の先陣を切る10式戦車の砲塔ハッチから上半身を晒す車長は、進行方向左手に見える皇居へと敬礼を贈った。彼は10式と16式機動戦闘車で構成された対戦車車両部隊を統率する指揮官でもあった。

 

 斜め後方から鋼鉄の獣が吠えたてるエンジンの雄叫びとは別種の空気を叩く音が急速に近付いてくる。

 

 頭上から地上部隊を追い越して陸自の航空戦力が一足先に銀座方面へと次々と飛んでいった。

 

 積み荷の兵士を満載し機体側面から重機関銃の銃口を生やしたUH-60(ブラックホーク)UH-47J(チヌーク)。編隊の先頭に立つは近接航空支援担当のAH-64D(アパッチロングボウ)攻撃ヘリである。

 

 

『ホーネット各機、全兵装使用(オールウェポンズ)許可(フリー)子供(歩兵)を抱えた母鳥(輸送ヘリ)に指一本触れさせるな』

 

 

 車列を追い抜いて行ったヘリの編隊がビル群の陰に入って車長から見えなくなると、すぐに10式戦車のエンジン音越しですらハッキリ聞き取れる音量の射撃音が立て続けに届いてきて彼は砲塔内の車長席へと腰を下ろしてハッチを閉じた。爆発音も多数混じっている。

 

 とうとう戦闘が始まったのだ。

 

 今頃は戦闘ヘリが進軍ルート上の敵戦力を掃除しているだろう。30ミリ機関砲から70ミリロケット弾、対戦車ミサイルまで雨あられの大盤振る舞いで地上や建物の屋上の敵兵に敵車両を片っ端からミンチに変えているに違いない。

 

 奪還作戦に動員された全ての自衛隊員が銀座と市ヶ谷で奪われた仲間と民間人の仇討ちに燃えていた。

 

 無論、部隊指揮を執る車長も同様である。化学兵器で大量虐殺を行ったバルコフ達にかける情けや容赦など揃って捨て去っていた。

 

 

「俺達の分の獲物も残しておいてくれよぉ」

 

 

 ボソリと燃え盛る怒りと闘志を滲ませて彼は呟いた。

 

 そこには『銀座事件』で相対した機械化の片鱗すら皆無だった異世界の帝国軍とは全く別物の、正真正銘最新鋭の海外産主力戦車相手に本物の戦車戦をこれから行う事に対する興奮も含まれていた。特地派遣部隊で74式戦車配備の戦闘団を率いている同期もこの場に居たら同じ反応を見せた筈だ。

 

 敵戦車はT-90MS。複合装甲へ更に新型の爆発反応装甲を追加し、10式と同じく部隊間の相互の情報共有と処理を円滑に行う最新のC4Iシステムを組み込んだFCS(射撃管制装置)を持つ。

 

 主砲は10式の120ミリを上回る125ミリ滑腔砲。通常砲弾だけでなく専用の対戦車ミサイルまで発射可能で、おまけに10式には採用されていないRWS(遠隔操作機銃)まで搭載済み。

 

 実際にはロシア軍では既に砲塔自体を無人化したT-14が最新主力戦車として開発済みなのだが、T-90MSも現代戦の進歩に応じてアップグレードされた最新の改修型だから最新鋭戦車との表現は間違っていまい。つまりそれだけ手強い。車長は改めて己に言い聞かせた。

 

 モスグリーン主体のペイントが施された陸上自衛隊機甲部隊の車列は緩いカーブに差し掛かっていた。

 

 ここを抜け、道路上を横断するJRと首都高の高架下を潜れば後は銀座まで一直線だ。

 

 その筈だった。

 

 

『ホーネット01より地上部隊へ! 進路上の敵戦車は健在、注意せよ!』

 

 

 攻撃ヘリのパイロットが放った警告が無線から発せられると同時、敵から誘導用赤外線レーザーが照射された事を知らせる耳障りな電子音が車内で鳴り響いた。

 

 

「全車両その場に停止! バージャー各車はスモークを炊いて全速で後退!」

 

 

 最高速度に近い70キロ弱で走行中だった10式戦車の車列が一斉に急ブレーキをかける。

 

 同時に対誘導用レーザー検知器に連動した各車両の発煙弾(スモーク)発射装置(ディスチャージャー)が作動、斜め前方へと発煙弾を撃ち出せば道路どころかその外側に広がる皇居の(ほり)や日比谷公園の一部まで覆い隠す濃密な白煙が広がった。

 

 アスファルトをガリガリと削り取り尻を浮かせながらも40トン超の鉄塊は信じられない僅かな制動距離でもって停止、車体の向きはそのままに即座に後進へ移行する。

 

 直後、先頭の10式戦車が1秒前に居た空間が白煙の一部とコンクリごと爆ぜ、車両の急制動とは別種の振動が10式戦車を震わせた。

 

 爆発の仕方が炸薬を充填したミサイルやロケット弾のそれとは違うし推進装置の噴射炎も見えなかった。高質量の砲弾をマッハ3近い超高速で撃ち込んで装甲貫通を果たす事に特化した戦車主砲による徹甲弾の攻撃に違いない。

 

 続いて曳光弾が、更に対戦車ミサイルも次々と道路に着弾して白煙をかき乱す。戦車以外にも機関砲搭載の装甲車両も随伴していると見える。

 

 16式機動戦闘車や陸自の普通科隊員を満載した装甲・非装甲問わぬ輸送車両の大群は、先頭の戦車部隊から100メートル以上の間隔を空けていたので被害は無い。下手に車間距離が短いと敵からの流れ弾どころか主砲発射の余波だけでえらい目に遭うからだ。

 

 流れ弾はほとんど道路か濠に吸われて皇居内には飛び込まなかった様子。少しだけホッとする。

 

 

「やはりそう簡単に予定通りとはいかないのが実戦か」

 

 

 車長の背筋を恐怖とも興奮ともつかない痺れが通り抜けていった。

 

 ヘリコプターや戦闘機の操縦桿にも似た操作用レバーから外した手を握り締めて震えを押さえ込みつつ、車長席に設置された2つのモニターのうち右手に位置する画面を見やった。

 

 こちらではC4Iシステムで共有される各部隊からの情報を確認出来る。もう1つのモニターは射撃管制用だ。画面内のマップに友軍と敵軍を区別するアイコンが表示されている。

 

 上空のヘリか偵察機から取得した情報だろう、脅威度が最も高いと定められた敵戦車のアイコンは自衛隊の車列から数百メートル前方――ちょうど爆破されずに維持された首都高の高架下に在った。

 

 

『申し訳ないバージャー01、一部車両はこちらで排除できたが敵戦車と何台かはいち早く高架の中に退避されて仕留めるのが間に合わなかった』

 

 

 ヘリからでは下手に高架下を覗き込める高度まで下げたら戦車の主砲や随伴車両からの対空砲火を浴びかねず、そもそも戦車を破壊可能な対戦車ミサイルやロケット弾はその火力の高さが仇になって高架や道路を損傷させてしまっては奪還部隊の進軍にも大きな影響が出かねない。

 

 敵は敵で航空攻撃は凌げる代わりに逃げ場を失ってしまい、進軍ルートを塞いでいる形なので奪還部隊に真っ向から相対せねばならないという状況だが、第3世代主力戦車の威圧感はやはり凄まじい。ただ数に任せて突撃すればどれだけの被害が出ることか。

 

 正面からの殴り合いは戦車戦の醍醐味だが事は一刻を争う。考えなしの突撃では余計な損害を増やしかねず、だが時間をかけ過ぎれば先行した仲間や人質どころか化学兵器弾頭の発射によって万単位の犠牲者が出てしまう。

 

 考える。

 

 考えて、考えて、考えて、おもむろに車長は情報モニターで現在地周辺の地図を確認した。実際には未だ白煙の目晦ましが消え去らぬ程度の時間しか過ぎていなかった。

 

 モニターから目を離さぬまま車長は車内の部下へ唐突にこう尋ねた。

 

 

 

 

「この中で第3次大戦にハンブルグでロシアの戦車部隊相手にアメリカの戦車部隊がどうやって戦ったか研究した奴は居るか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<同時刻>

 T-90MS乗員

 首都高高架下

 

 

 

 

 

 白煙がようやく薄まりつつあった。

 

 高架下に陣取ったT-90やBTR(装甲輸送車)の乗員は冷たい汗をびっしりと額に浮かべながら、RWS搭載のカメラに繋がったモニターやハッチ下部の分厚い防弾ガラスを備えた覗き窓に噛り付き、自衛隊の機甲部隊が居た前方の道路を睨みつけていた。

 

 車外ではRPGだの対戦車ミサイルだのを背負った歩兵も自衛隊の車列が再び見えるようになる時を今か今かと待ち構えている。

 

 とうとう本気で銀座の『門』奪還に動いた日本政府が送り込んだ爆装済みの戦闘機と攻撃ヘリの群れが今やこちらが占拠した筈の銀座上空を我が物顔で飛び回っている状況だ。

 

 配備されていた筈の対空兵器も最初に行われた爆撃の段階でほぼ全て同時に破壊されたらしく、超高速で放たれる機関砲の対空砲火は確認出来ない。

 

 精々が歩兵による重機関銃かSAM(携行式対空ミサイル)ぐらいか。それらも次々と自衛隊員を下ろす輸送ヘリを叩き落とすよりも先に地上の掃除に励む戦闘ヘリからの猛烈な砲火によって次々と狩られつつある。

 

 対空兵器への爆撃が行われた段階で奇襲をいち早く認識し、戦闘機か攻撃ヘリが爆弾やら対戦車ミサイルやら航空機用ロケット弾やらを頭上から降らせる前に、戦車を高架下へと逃げ込ませた。ここまでは良かったのだ。

 

 

 

 

 問題は? そこから一歩も動けなくなった事だ。

 

 

 

 

 バキバキ……

 

 

 高架下から出れば瞬く間に戦闘機や攻撃ヘリが自分達を吹き飛ばしに駆け付けるのは目に見えている。

 

 

 バキバキバキバキ……

 

 

 だがバルコフ指揮下の機甲部隊の一員である彼らが陣取ったのは自衛隊地上部隊の進撃ルート上でもあった。最新鋭の10式戦車を含む大規模な機甲部隊だ。

 

 

 バキバキバキ……

 

 

 戦車を捨てて徒歩で逃げ出すか、それこそ大人しく自衛隊に降伏するという選択肢も本来ならあり得ただろう。

 

 その選択肢を捨てたのは彼ら脱走兵自身だった。

 

 ()()()()()()

 

 ヨーロッパ全土を毒ガスで穢した。何十何百何千万もの人間を虐殺した挙句に祖国から逃げ出した。

 

 この極東の地でも同じ事をしている。土地を毒で汚し、民間人を撃ち殺し、轢き殺し、通じぬ言葉であっても必死に命乞いをしているのだと理解はしていながら、それを無視して処刑した。

 

 機械的に、或いは面白半分に。死に飢えた獣のように。

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 自らの行いの報いを受ける事への怖れ、また巨大な大砲と頑丈な装甲という陸の王者である戦車を、武器を捨てる事への心細さ。戦意ではなく恐怖心に囚われたが故に、この脱走兵達は徹底抗戦を選んだのだ。

 

 そもそも原隊からの脱走に加え行ってきた所業だけでも軍法会議で即銃殺刑が下されてもおかしくない。ならばいっそ……という考えもバルコフの部下達にはあった。

 

 

 バキバキバキバキ……

 

 

 

 煙が晴れていく。装甲車両の砲手や、対戦車兵器を構えたり車載機銃に取り付いた脱走兵の指が添えられたそれぞれの兵器のトリガーにかかる圧力がじわじわと増していく。

 

 

 メキメキメキメキ…

 

 

 ……やがて煙が完全に晴れる。

 

 自衛隊の機甲部隊の姿はどこにも残っていなかった。先頭を進んでいた車両、T-90MSの射撃装置がロックオンして射手が発射するまでの僅かなタイムラグの間に発煙弾をバラまいて緊急回避を行ってみせたあの10式戦車の編隊の姿も無い。

 

 こちら側から視認出来ない位置まで後退したのだろうか?

 

 T-90MSの車長が一瞬そう判断した――その時。

 

 

 バキバキバキバキバキ

 

 

「何だこの音は?」

 

 

 先に気付いたのは車外に居た歩兵の方だった。

 

 ヘリとも戦闘機とも違う音がどこからか近付いてきている。前方から真横、やがて斜め後ろへ回り込んで、そして――――

 

 

 

 

 ――メキグシャベキバキバキバキドガシャァ!!

 

 

 

 

『後ろ取ったぁ!!!』

 

 

 いきなりロシア製の戦車と装甲車の斜め後ろに10式戦車が突如出現した。

 

 煙幕を張って皇居前から逃げ出した筈の自衛隊の戦車は、高架下の空間に設けられたショッピング街を突き破る形で首都高を挟み銀座側へ飛び出すや、砲塔を急旋回をさせ120ミリ主砲を素早くT-90MSへと突きつける。

 

 一体どんな道のりを超えてきたのやら。砲口の動きに合わせて先端では飲み屋の赤提灯がぶらぶらと揺れていた。

 

 突然巨大な砲口を突きつけられた脱走兵の目がバラクラバの中で見開かれる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 慌ててT-90も砲塔を回すがもう遅い。40トンの重量と1200馬力のエンジンに任せて建物の壁を粉砕し踏み砕いて新たな進軍ルートを無理矢理作り出しながら、C4Iシステムのデータリンク機能によって上空の航空機経由で現在地と敵部隊の位置を把握し続けていた自衛隊戦車は道なき道を突破した時点で照準のデータ入力も完成していたのだから。

 

 

発射()ーっ!!」

 

 

 車長の合図で砲手が引き金を引き、10式戦車砲が火を噴いた。

 

 噴き出した発射炎の凄まじさは歩兵の銃などとは比べ物にならず、10式戦車の突破から生き残ったショッピング街の窓ガラスが一斉に砕け散る。発射した10式戦車自体も激しい振動と轟音に襲われた。

 

 真っ先に狙われたT-90はもっと酷かった。

 

 撃たれたのは車体後部、全ての戦車に共通する弱点である動力部に砲弾が直撃した。

 

 この時10式が発射したのはAPF(装弾筒付翼)SDS(安定徹甲弾)。毎秒1600メートルオーバーの初速で発射されたタングステン合金の矢が至近距離から直撃したともなれば爆発反応装甲を追加していても耐え切れない。

 

 複合装甲を貫いてなお速度と質量をある程度維持した砲弾が動力部へぶつかった瞬間、あまりの威力に天板ごと動力部がバラバラに弾け飛んだ。随伴歩兵が巻き込まれて薙ぎ倒される。

 

 衝撃から熱に転換したエネルギーが燃料そして車内に積まれていた弾薬に誘爆、砲塔の各所から炎と黒煙が噴き出し、T-90の動きが止まった。

 

 1発発射で1両撃破。戦車戦としては最高の結果だ。

 

 最も危険な敵戦車は撃破出来たがBTRがまだ残っている。こちらも自衛隊戦車の大胆な奇襲に泡を喰った様子で砲身はそっぽを向いたままだ

 

 

「動きを止めるな! そのまま装甲車の横っ腹に突っ込んでやれ!」

 

 

 車長の意を酌んだ操縦士がアクセルを思い切り踏み込んだ。その加速力はあまりに勢いが強過ぎて、首都高高架とビルの間にある小さな公園の段差を超えた際に40トン越えの車体が小さくジャンプしてしまった位だ。

 

 

Камикадзе(カミカゼ)!?」

 

 

 BTRの砲塔がようやく突っ込んでくる10式戦車へ向き、射撃手が悲鳴を上げて射撃を開始する。

 

 だがアクセル全開の主力戦車を停止させるには至らない。20ミリや30ミリクラスの機関砲は大抵の装甲車両に通用するが、最新鋭主力戦車の正面装甲だけは例外だ。装甲の厚みも強度も桁が違い過ぎる。表面で激しく火花を散らすに留まった。

 

 RPGや対戦車ミサイルならまだ通用したかもしれないが、それらを携行していた随伴歩兵はT-90撃破された時の余波に巻き込まれたか、それから生き残った者も猛然と唸り声をあげる10式戦車の突撃に今度こそ恐れをなして高架下から逃げ出していた。

 

 激突音。

 

 BTRは10トン前半。10式戦車は現代戦車の中では軽量な部類だがそれでも40トンを超える。

 

 重心が高い装輪式と低い装軌式の差もあり、ロシア製の装甲車はあっさりと横転した。砲塔から延びた機関砲の銃身がへし折れ、アスファルトの上を転がる度に車載機銃や外部センサーが脱落していき、やがて横倒しになって止まる。

 

 体当たりした10式戦車の方は正面装甲に非貫通の弾痕多数と車載機銃のM2が機関砲弾にもぎ取られた程度で機能不全の報告もない。

 

 日本の戦車乗りの本気を思い知ったか! 堪え切れず、車長はガッツポーズと共に歓喜の雄叫びを挙げた。

 

 

『ちょっと隊長、我々の分も喰ってしまったんですか』

 

 

 呆れたような無線が部隊間無線から流れる。指揮官車が幾つものビルに拵えた風穴を通って現れた2両目の10式戦車からの通信だった。

 

 

「悪いなついオードブルを平らげちまった。逃げた食べ残し(敗残兵)は後ろで待たせてる普通科に任せてさっさとメインディッシュに取りかかるぞ。特地側の74式じゃあ流石にあの規模は重過ぎるだろうからな」

 

 

 

 

 道路上で方向転換を行った陸戦の王者は撃破した敵戦車の残骸をその場に残し、『門』がある銀座駐屯地へ向けて進軍を再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<同時刻>

 アレックス 日米露合同銀座奪還作戦部隊/人質救出班

 東京・銀座/銀座駐屯地付近

 

 

 

 

 

 こちらは航空部隊や機甲部隊と同じように順調とは言い難い状況だった。

 

 首都のビル街の隙間に無理矢理『門』の管理と保護に必要な最低限の施設を設けるという特異な立地条件下にある銀座駐屯地、其処に文字通り隣接するビル内へ潜り込んだアレックスは焦燥に駆られながら銀座駐屯地の様子に目を光らせていた。

 

 本来なら爆撃実行と同時に特地側から出撃した派遣部隊の攻撃チームが銀座駐屯地内に攻め入る手筈だったのだが、爆撃が実行されて数分が経過した今も『門』を囲むドーム内から攻撃チームは出てこない。

 

 人質救出を担当するアレックスらにとってもこれは死活問題だ。

 

 爆撃と奪還部隊の突入で脱走兵部隊が浮き足立ったところを『門』を使って直接駐屯地内に出現した特地派遣部隊がダメ押しし、バルコフの兵隊が完全に混乱した所で人質救出班と化学兵器無力化を担当する部隊も突入し人質を確保する――その筈だった。

 

 

「どうした、何故特地側のジエイタイは動かないんだ?」

 

 

 異世界間の通信回線がバルコフに握られているせいで確認を取れないのが痛かった。日本側の彼らには特地側の『門』がT-90を含む機甲戦力と爆弾ベスト付きの人質、持ち込まれた化学兵器によって封鎖状態にある事が伝わっていなかったのである。

 

 既にノヴァ6の発射器が設置された銀座シックスからも激しい戦闘音がアレックス達の下にも届いていて、それが余計に焦燥感を掻き立てた。

 

 銀座駐屯地を占拠する脱走兵の一部がノヴァ6を護る仲間の援護に割かれはしたが、バルコフにとってはノヴァ6以上の切り札である『門』を保持し続けるべく、駐屯地周辺には未だ多くの戦力が集中している。

 

 アレックス達から目と鼻の先の距離に位置する人質が集められたバス、その周辺を固める敵兵や武装車両の規模もまだまだ多い。

 

 特に駐屯地入り口など虎の子のT-90戦車が2両も配置されてすらいた。いくらアレックスの部下や特戦群が飛び切り優秀な特殊部隊員揃いでも、歩兵だけで攻略するには火力が足りな過ぎた。

 

 そう戦車だ。旧式の74式では世代も大砲のデカさも格上のT-90には対抗出来なくても、それ以下の装甲車両相手なら優位を取れる。

 

 だから戦車が必要なのだ。今すぐに!

 

 

(ここまで事態が動いた以上作戦中止にもできない。こうなったら我々だけで人質救出を行うしか……)

 

 

 出雲隊長に対戦車火器を所持した敵から鹵獲を提案した上で自分達も攻撃開始するよう意見具申すべきか。アレックスがそう考えた時だ。

 

 

「ドーム内で動きあり!」

 

「っ!! 特地からの友軍か!?」

 

「まだ分かりません。しかしドーム内で何かが起きているのは確かです」

 

 

 部下の海兵隊員に倣いアレックスもドームの方を覗き込むと、開きっぱなしのゲートからちょうど大きな影が硬質な駆動音を伴いながら外へと出てくるところだった。

 

 途端、アレックスは落胆した。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そのT-90は何故か車長席のハッチが物理的に無くなっていたがそれ以外は健在だ。敵襲を警戒しているかのように砲口を巡らせている。

 

 

「クソッもう遅過ぎる。これ以上は人質が危険だ。イヅモ隊長、こうなったら我々だけで人質の救出に――」

 

 

 突然、砲声が間近で轟いた。急激な気圧の変化でアレックス達の鼓膜が耳鳴りに襲われてしまう位の近さだった。

 

 何が起こったのか。状況確認を果たそうと砲声の出所を反射的に探し――

 

 

どういう事だ(What's a Fu)――」

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と理解した瞬間、アレックスの口から困惑の言葉が飛び出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<数分前>

 ファルマート大陸・アルヌスの丘/自衛隊駐屯地・『門』防護ドーム

 

 

 

 

 

 

 特地側の『門』確保に送り込まれた脱走兵達には、彼らの現在地が物理的どころか世界線ごと隔てられた異世界であるせいで爆撃の衝撃や砲声が直接伝わる事はなく、したがって自衛隊と米軍とロシア軍による銀座奪還作戦が開始された事などその時点では知る由もなかった。

 

 だが、

 

 

『おい、どうしたんだ!』

 

 

 別の異変が彼らを襲う。

 

 最初に気付いたのはT-90戦車の車外カメラで周囲を見張っていた乗員だ。随伴歩兵に自爆ベストを着せた人質を含め、外にいた者達がバタバタと倒れていったのだ。

 

 

二ホン(ヤポーニア)の兵隊ども、ガスをドームに散布したのか!?』

 

『検知装置は何も反応してないぞ!?』

 

 

 対NBC戦処理が施された戦車や装甲車内に居た者は無事だ。困惑しつつも自衛隊がとうとう『門』を取り返そうとアクションを起こしたに違いないと判断した乗員は、銀座で待機している司令官に報告しようと試みる。

 

 彼の行動は通信機の通話ボタンを押し込む直前、頭上で生じた異音によって中断された。

 

 何かが落ちてきた、あるいは()()()()()()()かのような音。

 

 反射的に手を止めた代わりにビデオモニターへ顔を向けて外の様子を確認する。

 

 ……そして困惑した。

 

 

『…………???』

 

 

 カメラモニターの液晶画面一杯に映っていたのは布であった。

 

 布面積自体は小さく、フリルが付いていて、逆三角形をした布地の上側からVの字に細い紐が一対延びていた。

 

 ぶっちゃけると極めて食い込みが激しいデザインのハイレグビキニであった。色は白。

 

 付け加えるなら着用している張本人の物らしき、むっちりした肉付きの良さと肌の張りが同居した太股から鼠径部にかけても同じくどアップで写り込んでいた。

 

 映っていたのが武装した兵士だったり対戦車用の爆弾であったなら即座に反応出来ただろう。いきなりポルノ画像ばりの下着を履いた女性の股間という状況にそぐわぬ代物が接写されたものだから、乗員の脳はフリーズして数瞬呆けてしまったのである。

 

 と、画面の中でハイレグビキニが遠ざかったかと思うとその全容が明らかになった。

 

 そしてまた乗員は思わず画面を凝視してしまう羽目になる。

 

 ファンタジー調のポルノ動画に出てくる女優か何かと間違えてしまいそうな、()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()が砲塔に立っていて、身の丈よりも大きな大鎌を振り上げて――――

 

 

 

 

 

 鋼鉄の巨体を揺さぶる衝撃と破滅的な破壊音が、戦車を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『奴らもう勝った気でいるようですね』『らしいな、では教育してやるか』  ――ミハエル・ヴィットマンとその部下

 

 

 




今年もよろしくお願いいたします。

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