GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

127 / 152
コミカライズ最新話のボテ腹スケベ衣装龍娘がどストライクだったので復活です。


28:Wildcard/未知の切り札

 

 

 

 

 

 

<数ヶ月前>

 ジゼル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジゼルにとってアルヌスでの生活は予想していたものから大きくかけ離れた内容だった。

 

 彼女は冥府の神ハーディに仕える亜神であり炎龍を目覚めさせた張本人である。

 

 主神ハーディに命ぜられた事とはいえ、休眠期にあった炎龍を無理矢理目覚めさせた結果テュカやヤオの生まれ故郷を筆頭に多数の居住地を荒らし回り、現地住民に多大な犠牲を及ぼした実行犯には違いない。

 

 神の端くれに名を連ねて数百年、ハーディの使徒として長い時を過ごす間に常人から些かかけ離れた精神性を持つに至ったジゼル自身は炎龍が生み出した被害について気に病んではいない。自分はただ上に従っただけでその結果なんてどうでもいい、という訳だ。

 

 しかしあの日、問答の果てに炎龍の被害者であるヤオから文字通り血涙を流す程の悲痛な怒りを直接向けられたジゼルは、自身の行いが生み出した犠牲が原因で恨んでいる者の存在を知った。

 

 相手の心情を理解する・しないはさておき、直接己と主神への赫怒を見せ付けられた以上はそういう者も存在するのだと流石のジゼルも認識出来てしまう。

 

 そうして信じられない事に、そのちっぽけなダークエルフが引き連れたたった数名の人達によって、炎龍どころか水龍と炎龍を番わせて生ませた双子の新生龍もろともジゼルは敗北したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 拘束されたジゼルは全て終わった頃にやってきた自衛隊に引き渡され、炎龍による襲撃事件の実行犯としてアルヌスへ護送される顛末となった。

 

 なったのだが――――

 

 

「それじゃあ彼女の面倒はそっちにお任せしますんで」

 

「おい待て、任せると言われてもだな」

 

「彼女も黒ゴスの嬢ちゃんと同じ神様なんだろ? 警務隊の独房に閉じ込めても大丈夫なのか?」

 

 

 全裸に導爆線で緊ばk……拘束されたジゼルを伊丹達から押し付けられた隊員は彼女の処遇に頭を抱える羽目になった。

 

 故意に炎龍を覚醒させた張本()として責任を追及すべき相手であると彼らも理解はしていたのだが相手は曲がりなりにも神様である。

 

 ロゥリィという身近な実例によって亜神のその身体能力の凄まじさがどれほどの代物なのかは特地派遣部隊の間にも周知されていた。

 

 大の男があっさり押し潰される重量の得物を枯れ枝のように軽々振り回し、その場で高跳びの世界記録を軽々更新してしまうような地球の常識外の存在。それが亜神だ。

 

 その同類を地球の常識レベルで設計された施設で拘束し続けれるのか。隊員達が導き出した回答はNOである。仮に独房に押し込められたとしても、次の瞬間には扉が廊下の反対側に引っ越すか壁に新しい出口を生み出してそこから悠々と逃げ出せてしまえるだろう。

 

 

「ちなみに彼女の背中の翼、アレ本物なんで。実際に空も飛べますよ」

 

 

 実際に羽ばたいたジゼルの手で急降下爆撃の爆弾と同じ体験をさせられた伊丹のこの言葉に彼女の面倒を押し付けられた隊員はもう1度頭を抱えた。

 

 一応ロゥリィやレレイから亜神を拘束した場合の対応策も教えて貰いはしたのだが、

 

 

「首を切り落としてから小さい鉄の箱に頭だけ入れて首から下が再生出来ないよう封印するって無理無理人道的にも駄目だろうそりゃ」

 

「ですよねー」

 

 

 導爆線による拘束とロゥリィのお灸によって放心状態のジゼルがアルヌスに辿り着くまでの間大人しくしてくれたのは、護送役の隊員達にはまさに僥倖であった。

 

 犯罪者としてアルヌスの自衛隊基地まで運ばれたジゼルの身柄は自衛隊内の警察である警務隊が担当する事となった。無線連絡で事前にある程度聞いていたとはいえ、全裸緊縛された龍人美女を引き渡された警務官はその倒錯的な姿に目を白黒させた。

 

 ジゼルの身柄を引き継いだ警務隊のみならず、同じく報告を受けていた幕僚達も彼女の扱いに頭を悩ませざるをえない。

 

 犯罪者として確保した以上は相応の手続きなり裁きなりを下す他無い。

 

 しかしそれまでの期間亜神を拘束し続けられるような頑強な施設といえば『門』を防護するドームがせいぜい。ロゥリィと違ってその気になればジゼルは空を飛んで逃げる事も出来る。特地流のやり方は人道的にも認められないし、仮に処刑による裁きを下されるとしてもそもそも不死身の亜神に処刑など無意味なのだ。

 

 ジゼルが脱走を試みて本気で抵抗した場合、どれだけの戦力が必要でどれだけの犠牲が想定されるかなど考えたくもない。

 

 ジゼルの正体を知った幹部からしてみれば人の形をした爆弾を背負い込んだようなものだ。

 

 

 

 

 

 内心戦々恐々となっていた警務隊や幕僚の予想に反し、アルヌスに到着して以降もジゼルは大人しいままだった。

 

 ジゼル視点で見てみよう。炎龍と新生龍を尽く討ち取られた衝撃とロゥリィの脅しに、許容域を越えて忘我していた彼女がようやく我に返ったのはアルヌスまで運ばれ終えた頃だった。

 

 ……ロゥリィの眷属という能力抜きにしても、生身でジゼルと対当以上に戦えるどころか炎龍を仕留め新生龍を2頭まとめて吹き飛ばしてしまえるトンでもない力を持つ戦士、その本拠地である。

 

 

「あっ無理勝てない」

 

 

 早々にジゼルは折れた。勝手に誤解したとも言う。

 

 特地とは桁外れの技術力と概念で建てられた駐屯地の様相や様々な鋼鉄の獣(車両・航空機)が動き回る光景以上に、伊丹達と同じような身なりと装備を提げた自衛隊員が幾多も集っている様子を目の当たりにしたのが主な原因である。

 

 ちょうど別の機体に乗ってアルヌスに同着した伊丹やロゥリィ達がゾロゾロと降りてきたのを目撃したのも一因かもしれない。

 

 当然ながら愛用の大鎌も没収されている。これからどんな目に遭わされてしまうのかと、ジゼルは内心恐怖で震えていた。

 

 生き埋めにされて幽閉か? 四肢と首を落とされてバラバラの鉄の箱に閉じ込められるのか? 再生する端から獣に生きたまま喰われ続けるのか?

 

 どれも捕えられた亜神が実際に受けたものだ。幽閉の前に鬱憤が溜まった兵隊や民衆の嬲り者にされるのかもしれない。こちらも特地ではまったく珍しくない。

 

 そんなジゼルを待ち受けていたのは――独房での放置プレイであった。

 

 厳密にはちゃんと朝昼晩3食きっちり食事が運ばれてきたので放置プレイですらない。

 

 独房は背中から生えた翼の存在を差っ引いても狭苦しかったが、そもそもアルヌス駐屯地自体が成立から1年経つか経たないかという場所なだけに施設は真新しく空調が完備されていた。これだけでも特地の常識を超える好環境である。

 

 支給された地球製の布団もやはり新品同然で寝心地抜群。最低限姿を隠すだけの仕切りしかないトイレの存在も野宿慣れした亜神であるジゼルには気にならない(ただし背中の羽が邪魔で便座に腰掛ける時に少々難儀したが)。

 

 毎日1回はお湯が出るシャワーで身を清める事すら許された。熱い湯を滝のように全身で浴びた瞬間のあの快感と来たら!

 

 亜神の務めで西に東に大陸を彷徨っている間は、川での水浴びどころか何日もの間濡らした布で身体を拭き清める事すら出来ない場合もザラである。

 

 何より手足を切り落とされて鋼鉄の箱に押し込められる事も無ければ次から次に男どもの慰み者にされる事も無く、それどころかわざわざ女性の警務官が担当するという気遣いっぷり。

 

 日本式の構造をそっくりそのまま持ち込んだ独房の環境は、特地の感覚からしてみれば部屋の狭さと一切装飾の無い質素さ、窓格子に嵌められた鉄格子の存在を除けばそれなり以上の金が取れるレベルの宿に匹敵する居心地の良さなのであった。

 

 

「部屋は狭くて暇だけど量は少ねぇけど飯は美味いし湯殿は気持ち良いし寝床の寝心地も最高! ずっとここで暮らしてもいいくらいだ!」

 

 

 最初は独房の片隅で膝を抱えていたジゼルも独房暮らしが1ヶ月も過ぎる頃には完全に馴染んでしまった。

 

 更にしばらくすると、独房とは別の部屋で警務官とは別部隊の自衛隊員からの質問を受けるようになった。お茶菓子付きでだ。

 

 内容は特地派遣部隊が送り出した資源探査班や空自の航空偵察では把握し切れていなかった地域について。

 

 ロゥリィ程年季が入っていなくてもその足と翼で特地を放浪し、現地をその目で見てきたジゼルは自衛隊にとって貴重な情報源だ。人間から亜神になったロゥリィとは違って生まれ持った翼で空を飛べる龍人でもある彼女は、ロゥリィが未発見の秘境についての情報すら有していた。

 

 それらが判明するにつれてジゼルの扱いはグレードアップしていった。独房生活を満喫するジゼルの様子から自衛隊側は懐柔方向に舵を切ったのだった。

 

 独房は特別に用意された個室に、日本から持ち込んだ本や新聞が見せてもらえるようになり(なお日本語なので読めない)。

 

 またロゥリィ達同様、現地協力者として報奨金も貰えるようになったので担当の警務官に頼めば代理でPX等で買い物もできるようになった。代理購入してもらった菓子や地球産の酒の数々も非常に美味だった。大食らいなせいで報奨金の大半が食費と酒代へと消えたが後悔はしていない。

 

 駐屯地外に出るのは禁じられているが、敷地内なら一部区域を除いて散歩程度なら許されているので外の空気も自由に吸える。

 

 その代わり、外に逃げ出さない為の足輪を着けられた。どういう仕組みかは教えられなかったが、足輪にはジゼルの現在地を逐一伝える効果があるのだとか。無理矢理外そうとしても自動で異変を周囲に知らせるとも。

 

 足輪についての説明を受けた際、ジゼルの脳裏では渓谷で自分を拘束されるのに使われたデトネーションコードの存在が蘇っていた。

 

 警告を無視して無理矢理外そうとしたら足輪が爆発するのだ――説明する警務官からハッキリと伝えられはしなかったが、そう認識したジゼルは顔を引き攣らせながら絶対に逃げ出さないようにしようと心に誓った。

 

 実際は単なる早合点である。足輪自体は爆薬が仕込まれていない純粋な追跡用のアイテムに過ぎなかったのだが、体に巻き付けるベルトと追跡装置の組み合わせが当時ロゥリィ達から脅しタップリに巻き付けられた代物を連想させ、その時の恐怖の記憶が蘇った結果、足輪が爆弾付きであると勝手に思い込んでしまったジゼルである。

 

 仮に亜神の能力に任せて無理矢理逃げ出しても、待っているのは間違いなく死神ロゥリィ手ずからのお仕置きだ。この頃には自衛隊が扱うヘリや飛行機といった兵器がどれだけ高性能なのかも理解していたから、そちらからも逃げきれまいと諦める以外にジゼルも受け入れる他なかった。

 

 それにその頃には、制限はあっても寝食に不自由しないアルヌスでの拘禁生活をジゼルも気に入ってしまっていたのである。

 

 取り巻く要素の一つ一つがハーディのお膝元ヴェルナーゴ神殿での待遇よりも遥かに(文明レベル差で)心地良い(ブン殴られた)が故に。

 

 炎龍騒動で家族や故郷を奪われた被害者が知れば憤懣やるかたない、囚虜ながら睡眠欲と食欲に満ち足りた日々をジゼルはアルヌス駐屯地で過ごすようになり……

 

 

 

 

 

 

 そんな中突如勃発したのがロシア軍脱走部隊による『門』と銀座と日本国民を標的とした占拠事件と特地派遣部隊の撤退要求である。

 

 ジゼルは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の輩を除かなければならぬと決意した。

 

 ジゼルには地球の情勢はわからぬ。ジゼルはアルヌスの居候である。飯を喰らい、酒を呑んでアルヌスにて暮してきた。

 

 けれども今の暮らしと特地の理を冒す邪悪に対しては人一倍に敏感であった。

 

 かのような事情からあのおっかない髭の爺さん(プライス大尉)に呼び出された彼女は、特地側の『門』奪還作戦への協力要請にホイホイ乗っかってしまったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<攻撃開始時刻>

 ファルマート大陸・アルヌスの丘/自衛隊駐屯地・『門』防護ドーム

 

 

 

 

 

『門』を外界から覆い隠す対爆ドームの頂点に設けられたハッチを取り囲む複数の人影があった。

 

 半数が自衛隊員で残り半数はアルヌスに住まう特地住民だった。

 

 その中には当然のようにジゼルが混じっており、同じく奪還作戦要員として来てもらった数名のダークエルフが怒りと憎悪を押し殺した鋭い目でもって彼女を睨んでいて、改造白ゴスロリ亜神とボンテージダークエルフの集団を陸自迷彩服姿のヴォーリアバニーであるパルナとデリラが不思議そうに眺めている。

 

 ジゼル、パルナ、デリラのバスト上位勢には共通して首下に無線のヘッドセット、腰には閃光手榴弾(スタングレネード)が鈴なりになったコンバットベルトという装備が追加されていた。

 

 ヴォーポルバニー組のベルトには加えてロープで繋がったカラビナ、部族伝統の大振りなナイフを収めた手製のホルスターが取り付けられている。

 

 防具の類はパルナとデリラが肘と膝にプロテクターをしている以外に見当たらない。何kgもある重い防弾装備はヴォーポルバニーの機動力の邪魔になると彼女達が拒否した。

 

 ジゼルの方は言わずもがな、そもそも背中の翼を阻害しない防具自体が特地派遣部隊の余剰装備に存在しないので普段通りの改造神官服である。

 

 

『1分前だ。準備しろ』

 

 

 ヘッドセットからプライスの声。ジゼルがその身で味わった武器の数々といい、神からの宣託以外で離れた相手と声のやり取りを実現するこの『ムセン』といい、そりゃ帝国も敵わねーわとジゼルは考えながら愛用の大鎌を握り締め直した。

 

 隊員がハッチを開けた。ハッチはかなりの大きさで、翼を畳んで大鎌の角度に注意すればジゼルでも通り抜けられるだろう。

 

 地上の敵がハッチの開放に気付いた気配はない。

 

 ダークエルフが精霊魔法の発動準備に入った。隊員がパルナとデリラを繋ぐロープのもう一端をハッチ付近の金具にしっかりと固定する。

 

 

『ジゼル。お前がまず最初に叩くのは一番デカい大砲を乗せた戦車だ。一発勝負だ、しくじるんじゃないぞ』

 

「分かってるってぇの」

 

 

 思わず呟いてから今の呟きも『ムセン』でプライスに聞こえたのではと思い至ったジゼルは「やっべ」と口を押さえた。発信側は送信ボタンを押しながらでないと声が送れないという無線機の鉄則は、今日初めて無線機に触れたジゼルの頭から既に抜け落ちていた。

 

 

『作戦開始まで30秒……ステンバイ……ステンバーイ――』

 

 

 隊員の額に緊張の冷たい汗が浮かび、ジゼル達の表情も戦意によって鋭いものに変わった。

 

 眼下から響いてくる装甲車両の唸り声が妙に遠のいて、対照的にプライスからの通信が際立って明瞭に耳朶を打つ。

 

 

 

 

 そして――その瞬間が訪れる。

 

 

 

 

『GO!』

 

 

 合図と同時にまず行動したのはダークエルフ達。

 

 

「眠りの精よ――!」

 

 

 その身で受け止めた者を強制的に眠りへと導く精霊魔法がドーム内へと広がった。

 

 齎された効果は覿面だった。突然精霊魔法を受けた随伴歩兵、そして爆弾ベストを着せられた上で拘束されていた人質はその場でいともあっさりと昏倒した。

 

 魔法の効果が及んだのは車外に居た人間だけで、戦車や装甲車の装甲までは通り抜けない。砲塔から生えた車外カメラが、乗員の戸惑いを表すかのように右に左へ砲身ごと見回すのをジゼル達は頭上から見下ろした。

 

 これが地球産の麻酔ガスや無力化ガスと呼ばれる代物によって齎されたのであれば、乗員は各車に搭載された検知装置によって即座に派遣部隊による攻撃だと判断し反撃を試みていたであろう。

 

 魔法は地球世界には存在しない。だから異世界の(ことわり)を用いた未知の攻撃はガスマスクでは防げないし、大気中の成分が変動しないので検知装置も反応しない。何をされたのか攻撃された側も理解できない。

 

 知らぬ解らぬ未知の攻撃に混乱しているこの瞬間が好機――!

 

 

「頼んだぞ神様!」

 

「まっかせときな!」

 

 

 隊員の声援を背に受けながらジゼルはハッチへと足から飛び込んだ。

 

 可能な限り翼を縮こまらせ、両足から高飛び込みの選手よろしくドーム内へ突入。

 

 

 ほとんど減速無しに降下ならぬ()()したジゼルはT-90の車上へと激突する直前、背の翼を広げて最低限勢いを殺してから着地を果たした。

 

 そこはちょうど車長用車外カメラの真正面。その時のジゼルには何となくこの鋼鉄の巨獣内にいる敵の動揺を感じた気がした。ロゥリィのそれによく似た嗜虐的な笑みが自然と浮かんで常人よりも発達した八重歯がジゼルの口元から覗いた。

 

 鋼鉄単体ではなく劣化ウランやチタン、はたまたセラミックやゴムといった非金属も活用し現代技術を駆使して生み出された複合装甲の強度は特地の鎧とは比較対象にすらならず、主力戦車のそれに至っては桁違いの厚みも相まって亜神の渾身の一撃すら通すまい。

 

 だが他の部位なら?

 

 例えば乗員が乗降する為のキューポラやハッチ部周辺には伝統的に車外を目視確認する視察口(スリット)が設けられている。

 

 電子的索敵手段が発達し装甲車にもカメラや各種センサーが搭載されるようになったが、機材の不調や戦闘による損傷でセンサーが使えなくなった時最後に頼れるのは生身の乗員の五感だ。何時の時代もそれは変わらない。熟練した操り手の感覚は時に精密機械すら上回る精度を弾き出す。

 

 スリットには勿論使用中の乗員を攻撃から護る防弾ガラスが嵌め込んであるが、役割上装甲部位よりも当然防御力は劣る。WW2では防弾ガラスを貫通可能な対戦車ライフルによって乗員を殺傷するという手段も多用された、戦車の代表的弱点なのだ。

 

 

 

 

 

 ()()、そこを叩けとプライスは言った。

 

 

 

 

 

 不死身の再生能力もさる事ながら亜神最大の武器は体格すら超越する凄まじい膂力だ。

 

 ジゼルよりも華奢なロゥリィですら、彼女の身の丈を縦にも横にも上回る超重量のハルバードを軽々と振り回し、対戦車ライフルすら貫通を許さない車のエンジン部に深々と刃を突き立てる事すら可能だと、ジゼルを作戦に引き込んだプライスは知っていた。

 

 だったら――

 

 

『だったら車体の装甲部分は無理でも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ぐらい、貴様なら出来るだろう?』

 

 

 ジゼルが振るった大鎌の一撃は老兵が期待した通りの結果を生んだ。

 

 氷の塊に亀裂が入った音を増幅させたような破砕音がドーム内に轟き、大鎌の刀身が防弾ガラスそれ自体の厚みを超えて深々と車内に食い込んだ。

 

 

「ふんぬっ!」

 

 

 

 ――バギバギベキンッ!!

 

 

 刺さった刀身でこね回すようにし、てこの原理も用いながら大鎌の柄をぐいと押し込めば、亜神の膂力とそれに耐える強靭な大鎌の組み合わせにとうとう現代戦車は敗北を喫した。

 

 T-90のスリットはハッチと一体化する形で設けられていた。車長用のそのハッチが、破滅的な異音を発しながら鋼鉄製の蝶番部分を引き裂かれ、とうとう車体から脱落したのである。

 

 ジゼルがぽっかりと開いた乗り込み口を覗き込むと車長席の脱走兵と目が合った。目の前で起きた事が認識できていないかのように目も口もポカンと目一杯開いたまま凍りついていた。

 

 車長にニッコリと微笑み返したジゼルはおもむろに手を伸ばした。車長の胸元を無造作に掴む。

 

 女の細腕一本にぶっこ抜かれるように車長の体が浮き上がったかと思うとそのまま背後へ投げ捨てられた。

 

 我に返った車長の悲鳴を背にジゼルの手が今度は己の腰元へ伸びる。コンバットベルトから外したスタングレネードの安全ピンを歯に引っ掛け荒々しく引き抜き、レバーも外れたそれをハッチが物理的に無くなった車長席へと投入。

 

 主に伊丹のせいでスタングレネードの効果を身を以って体験済みだったジゼルは素早く顔を背けながら耳を塞いだ。

 

 下手な砲声を遥かに超える大音響の轟音が炸裂した。

 

 音の逃げ場がない鋼鉄の車体内ともなればその効果は更に増幅される。砲手と操縦手は堪らず白目を剥いて座席から腰も浮かせぬまま気絶した。

 

 

「うっへぇやっぱりスッゲェ音。って感心してねぇで次だ次ぃ!」

 

 

 T-90の車体を蹴ったジゼルは次の獲物であるBTR-80に向けて跳んだ。

 

 そのまま危なげなく装甲車の屋根に着地。ヒトよりも鳥のそれに近い構造の足部で大まかに屋根の強度や装甲の厚みを見抜いたジゼルは大鎌を大上段に持ち上げる。

 

 今度はスリットを探すまでもない。どんな装甲車も共通して車体上面は前後側面よりも装甲が薄い。主力戦車ほど防御力が重視されていないともなれば尚更だ。

 

 BTR-80の上部ハッチを殴りつけた大鎌はいとも容易く装甲板を貫いてめり込んだ。

 

 ジゼルの足元から悲鳴が聞こえた。引き抜いてみると刀身の先が血で汚れている。ちょうどハッチの下に不幸な脱走兵が居た様子。

 

 今度はハッチは車体に残ったままだったが、ハッチに生じた穴は軽く腕の1本や2本突っ込めそうな大きさだったのでその穴から戦車の時同様ピンを抜いたスタングレネードを放り込む。車内で轟音、悲鳴、そしてすぐに沈黙した。

 

 残る敵戦力は装甲車が1両。

 

 その最後の装甲車へ意識を移すと、砲塔が回転して搭載された機関砲がジゼルへと向けられたところだった。

 

 

『くたばれこの化け物!』

 

 

 砲手用潜望鏡(ペリスコープ)でもってジゼルを照準に捉えた砲手が装甲車内で吠えながら機関砲のトリガーへ添えられた指に力が籠もった。

 

 だが機関砲が射撃を開始する直前、砲手の視界が突如白煙に遮られた。半ば以上押し込まれたトリガーが安全位置に戻る。

 

 

『煙幕か!?』

 

『中からじゃ視界が悪過ぎる! 降車して迎撃しろ!』

 

 

 BTR-80は3名の乗員に加えて完全武装の歩兵を7名車内に乗車可能だ。

 

 装甲で固めた分車内からの視点では死角が多いのもまた装甲車両の弱点である。スリットやペリスコープの視野の狭さでは対応出来ないと判断した車長は歩兵の展開を決断した。

 

 旧ソ連生まれのBTRシリーズの特徴である側面と上部の歩兵展開用のハッチ―車体後部にエンジンが配置されているのが主な原因―から銃を構えながら歩兵が姿を現す。全員自分達が持ち込んだ化学兵器対策にガスマスクを装着している。

 

 それこそが煙幕を張った者の狙いだったと彼らは気付かなかった。

 

 先頭を切って降車した脱走兵のブーツがコンクリの地面に触れた瞬間、彼の視界一杯に突然白煙の中から飛び出してきた人影の姿が広がった。

 

 顔に戦化粧を施し兎耳を生やした迷彩服姿の美女。手には鈍く輝くグルカのククリナイフを思わせる大ぶりな短剣。

 

 ジゼルに続いてハッチからドーム内に侵入したデリラである。ロープによる降下後、ジゼルが暴れている間にヴォーリアバニー持ち前の身軽さで彼女は音も無く突入を果たしていたのだった。

 

 気が付けば懐まで飛び込まれていた脱走兵は反射的にライフルを向けようとしたが不意を突いたデリラの方が圧倒的に速い。

 

 手首を狙って閃いた刃は的確に関節の骨と骨の間を繋ぐ筋腱へと食い込み、握っていたライフルごとあっさりと手首から先が断たれて飛んだ。

 

 

『――――――!!!?』

 

 

 ロシア語の野太い絶叫。切断面から噴き出す鮮血を被るに先んじて、デリラは斬られた腕を押さえて悶える脱走兵に強烈な前蹴り。

 

 装甲車のハッチは総じて狭い。後ろで閊えていた車内の歩兵へ向かって吹き飛ばせば、狭い車内でぶつかり合った脱走兵同士ドミノ倒しを起こして素早く起き上がる事が出来ない。

 

 

『クソッタレ!』

 

 

 天井部のハッチから出ようとしてドミノ倒しに巻き込まれなかった別の脱走兵がアサルトライフルをデリラに向けた。

 

 その脱走兵の目前へ更に別の影が着地した。これまたほとんど音を立てずに降り立った人物はデリラに向けられた銃口を蹴り上げる事で無理矢理射線をデリラから外した。強制的に上へと向けられたライフルから発砲炎が迸るが、銃弾は誰も傷つける事無くドームの内壁を傷つけるに終わる。

 

 

『な!?』

 

 

 驚愕に目を見開いた脱走兵が最後に見たのはデリラと同じデザインの大型ナイフを一閃するパルナであった。

 

 頸動脈・気道を両断して背骨の頸椎部まで届く傷を横一文字に刻まれた脱走兵の体がズルズルと車内へ消える。

 

 開けっ放しの上部ハッチへパルナが、側面ハッチへ同じようにデリラもスタングレネードを投げ込むとすぐさまぺたりと倒したウサ耳の上から更に手を押さえて鼓膜を護った。ヴォーリアバニーは聴覚も鋭い分この手の爆発物は自爆が怖い。音量的な意味で。

 

 三度ドーム内に破裂音が轟く。それを合図にM4カービンを構えるプライスとニコライを先頭に、ドーム入り口から64式小銃の射撃姿勢を取った派遣部隊隊員も一斉に突入してきた。

 

 

「突入! 人質と敵捕虜と化学兵器を確保しろ!」

 

「処理隊は化学兵器の起爆装置無力化に移れ!」

 

「さっさと敵の車両を『門』からどけろ! とっくに銀座でも戦闘が始まってるんだ! 機甲部隊の進路を開けるんだ!」

 

 

 74式戦車の車長席で第1戦闘団を率いる加茂一佐が吠えたてた。

 

 普通科(歩兵部隊)の隊員がスタングレネードを喰らって半ば昏倒状態の脱走兵を次々と装甲車から引きずり出し、強化プラ製の結束バンドで拘束していく。

 

 デリラとパルナが担当した装甲車内を覗き込んだ隊員は一様に顔を引き攣らせる羽目になった。手首と頸部をぶった切られた脱走兵からの大量の鮮血のせいで、それを浴びた捕虜共々スプラッタな惨状が広がっていたからである。

 

 

「あそこでそっ首落とし切れないなんてまだまだ鈍ってんじゃないかいパルナさぁ」

 

「うるさいわね。デリラこそメイドと酒場女暮らししてた間に動きにキレが無くなったんじゃないの」

 

 

 それを為したヴォーポルバニーの2人はケロッと先程の戦闘を批評し合っているのがまた異様に感じられて、彼女達は絶対怒らせようにしようと密かに誓う隊員達だった。

 

 ジゼルが受け持った方のT-90戦車とBTR装甲車に取り付いた隊員は隊員で、力任せにもぎ取られた頑丈なハッチ部を目にして亜神の出鱈目さを再認識していたり。

 

 そのT-90戦車だがジゼルに破壊されたハッチ部を除けばほぼ無傷だ。

 

 プライスは車両の状態を確認し終えて駆動系に異常が無いと判断すると、おもむろにハッチを失った車長席に収まった。こちらはちゃんとハッチが付いている砲手席へニコライも滑り込む。

 

 

カモ一佐(カーネル・カモ)! 運転手を1人借してもらいたい!」

 

 

 今やドーム内は行き交う隊員と銀座へ向けて出撃しようという第1戦闘団所属車両が放つ駆動音に掻き消されまいと声を張り上げなければならない。

 

 

「その戦車で出撃されるつもりか!?」

 

「少しばかり空の見晴らしがよくなった以外に異常はない。俺とニコライがこれに乗って連中の仲間のフリをして不意を突く。数は多くても世代差で劣るそちらの戦車で対抗するには工夫しないとな!」

 

 

 性能の違いが戦力の決定的差ではない――とはとある元祖人型兵器を操る赤くて三倍でヘルメットなパイロットの言葉だが。

 

 実際の戦場ではこと真正面からぶつかる場合ともなれば、余程の条件が重ならない限り―極端な戦力比、交戦規定による戦闘行為の制限など―兵器の性能差によって大きく差が出るのが現実である。

 

 こと機甲兵器……特に主力戦車のような装甲車両ともなれば開発年代による世代格差が覿面に反映されるものだ。

 

 世代が進歩するだけ砲の威力・精度・連射性能・防御力・機動性・通信技術の発展による情報処理能力とあらゆる性能が強化されていくのである。第1次湾岸戦争では動けなくなった当時最新鋭のM1エイブラムス戦車1両に前世代のソ連製T-72戦車が複数襲いかかったものの、旧式の方ではエイブラムス戦車の装甲を貫通出来ず、逆にエイブラムスの主砲はT-72の装甲を貫いて撃破してみせた。それほどまでに戦車の世代格差が生み出すハンディキャップは大きい。

 

 それは加茂も痛いほど理解していた。議論している暇も今はない。第1戦闘団団長は即座に決断した。

 

 

「分かった! 先頭は任せたぞ!」

 

「任せておけ」

 

 

 各種情報用のモニター類を見なければいけない車長席(プライス)砲手席(ニコライ)はともかく、操縦の仕組み自体はどこも似たり寄ったりだからロシア語が読めなくてもまぁ何とかなるだろう。

 

 鹵獲され、脱走兵の代わりにイギリス人と良い方のロシア人と自衛隊員が操縦するT-90に続いて74式戦車の行列が次々と『門』へと消えていった。

 

 役目を終えたジゼルはドームの片隅に寄り、鉄の巨獣が整然と行進する様をぼんやりと見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「加茂一佐達は無事に出撃したか……」

 

 

 ドーム奪還・人質救出・化学兵器確保が纏めて成功したという報告を受けた狭間は安堵の嘆息を発した。この場に集まる幕僚全員も似たようなものだった。

 

 

「後は向こう側(銀座)で上手く事が運んでくれる事を祈るのみか。人質と化学兵器の処理はどうなっている?」

 

「人質に関しては全員無傷で着せられてました爆弾ベストも無事処理に成功しています」

 

「化学兵器の方につきましては遠隔式の他に時限装置と連動した解体対策のトラップが発見され、現在ドーム前にて解体作業中です。あれだけの量による汚染拡大を防げる設備は対爆構造のドームぐらいですので」

 

「ともかく今は早急に日本との通信回線復旧に動くよう指示を。万が一に備えドームでの作業要員は対化学戦装備着用で復旧作業に当たれと伝えろ」

 

「は、狭間陸将! 大変です!」

 

「今度は一体何が起こったというのかね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、アルヌスが――アルヌスの街が燃えています! 街を帝国軍が燃やしていると麓の住民が大量に押しかけて保護を求めてきています! 指示を!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「問題を解決する方法は大抵分かっている。難点はそれを実行する事だ」  ――ノーマン・シュワルツコフ将軍

 

 

 




あの話のジゼルはさお先生の女性キャラ絵でもトップにスケベ(確信)



応援になりますので評価・感想よろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。