GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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GWブーストもかからずグダグダしてたら応援メッセージと初めての楽曲支援を頂いてファッ!?ってなったので投稿です。

応援して頂いたあたる様の楽曲はこちらで聞けますので皆様もどうぞ!
ttps://www.nicovideo.jp/watch/sm38732736


29:The Sleeper/埋伏の毒

 

 

 

 

<奪還作戦開始同時刻>

 ゾルザル派潜伏工作員(スリーパー)

 ファルマート大陸・アルヌスの丘/アルヌスの街・地元住民用居住区

 

 

 

 

 

 自衛隊側で起きた異変はアルヌスの街に集まる住民の下にも波及していた。

 

 特地では情報伝達手段が極一部の例外を除くと人から人への伝聞頼りなのもあって帝都でゾルザルによるクーデターが発生した事に派生した日本講和交渉団の救出任務発動。

 

 また地球側の『門』が存在する銀座一帯や特地側の『門』がロシア軍の脱走兵部隊に占拠されたといった詳細な事情など知る由もなかったが、街に居た自衛隊員が一斉に姿を消したかと思うと、これまでにない規模のヘリコプターの大編隊が一斉に帝都方面へと飛び去ったかと思ったら半日と経たず慌しい様子で次々と戻ってきたのを多くの住民が目撃していた。

 

 たまたま立ち去る寸前の自衛隊員に話を聞けた食堂の料理長によればアルヌスに駐屯している隊員全員に退去準備(状況『韋駄天』)が発令されたのだという。

 

 その知らせにコダ村からの避難民を筆頭としたアルヌスの住民、また金儲けや満ち足りた暮らしがが出来ると聞いて聞きつけた旅の商人や傭兵団に近隣の村からの移民らは大いに動揺し、夜明け近くの時間帯にもかかわらず会堂に集まったりお互いの居室を行き来して、不安げに今後の展望を話し合っていた。

 

 あるいは話し合いには参加せず別の目的で集まる一団も複数存在した。

 

 隊商の護衛依頼目当てにアルヌスへやってきたという只人だけで構成された傭兵団もいれば、野盗に住んでいた村を焼かれて着の身着のまま逃げ延びてきた女子供ばかりの亜人集団と、種族も触れ込みも様々だ。

 

 戸籍という概念すら無いも同然の特地では貴族や大商人とその従者、レレイやロゥリィのような神殿の神官や学士といった例外を除けば、出生や職歴といった個人の情報は親族や同郷から聞き取る以外の方法が存在しない。

 

 自衛隊に出来た事といえばアルヌスに関わる商売希望者のデータを作成、自己申告の内容と顔写真を登録して身分証明証を配布する事ぐらいだ(その程度でもアルヌスで許可を得た旅商人を襲って命諸共身包みを奪った挙句、何食わぬ顔で商売を引き継ごうと目論んだ偽商人を複数摘発する効果はあったが)。

 

 そのような事情から、アルヌスにやってくる以前は野盗や詐欺まがいの稼業で糊口を凌いでいたような元ゴロツキも少なからず街に紛れ込んでいた。

 

 アルヌスで居を構えて以降も同じ事を繰り返そうとした者の大部分はロゥリィを首魁に自衛隊協力で結成された治安維持部隊によって御縄にされはしたが、真っ当な職についた者は御咎めなく今も暮らしている。

 

 肝心なのは、予め目星を付けられるか本性を露わにする瞬間を他人に察知されない限り、目的を隠してアルヌスにやってきた者であっても自衛隊には察知する事が困難であるという点だ。

 

 

 

 

 

 たとえその人物が()()()()()()()()()()()()()――

 

 

 

 

 

 

 ある居宅の扉が叩かれる。

 

 一定の規則性を持ったノック音に中に居た男達は顔を上げ、視線を交わし合う。彼らは一様に兜を被り、鎧を纏い、剣を刷き弓を握るという完全武装の様相だった。

 

 1人が室内に持ち込んだ木箱を漁り、偽装された二重底を持ち上げると隠しスペースの中身を取り出す。丁寧に折り畳まれた布と分割された旗竿、中身が漏れないよう念入りに封印された油壷が姿を現す。

 

 時は来た。外へと出て行く。周囲を油断なく見回せば別の部屋からも同じような小集団が出てくるのが見て取れた。

 

 互いに頷き合った彼らは手にしていた油壷の封を切り手当たり次第に中身を周囲の建物の壁へとぶちまけ、開口部から室内へと流し込む。揮発性の高い油の臭いが広がった。

 

 次いで取り出したのはアルヌスの売店で購入したマッチの箱。『ジエイタイ』が持ち込んだ商品を使って『ジエイタイ』が作り上げたモノをぶち壊す、昏い喜びに口元を歪めながらマッチを擦り、点火したそれを油溜まりへと投げ捨てる。

 

 自衛隊がコダ村の避難民を保護した当初に提供したプレハブ製の難民キャンプを除けば、アルヌスの住民が住む家々は近くの森から切り出した木材で建てた家屋が大半を占める。突貫工事で造られたそれらの建材に防火・耐火処理が施されている訳も無く、油が呼び水となって家屋はいともあっさりと炎に包まれた。

 

 居住区のそこかしこで炎と黒煙が立ち上り、夜明け直前の空を汚していく。

 

 

「火事だー! 家が燃えてるぞー!」

 

 

 異変に気付いた住人が外に飛び出すなり叫んだ。自衛隊の撤退騒ぎに住民の多くが眠れぬ時を過ごしていたのもあってあちこちの家から他の住民も飛び出してきた。

 

 そして彼らは目撃する事となる。

 

 炎上する建物を背に、高々と旗竿を掲げながらオレンジ色の光源に照らされる完全武装の兵士達の姿を。

 

 竿の先端にて、炎が生み出す気流に吹かれて揺れる旗が示す所属は――

 

 

「て、帝国軍!!?」

 

 

 住民の誰かが悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 それを合図に帝国兵の集団は剣を抜き弓を引き、住民へと一斉に襲いかかった。

 

 居住区以外にも、アルヌスの街の各所で同じような光景が繰り広げられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルヌスの複数個所で同時発生した火災は遠くからも分かるほどだった。

 

 数リーグ離れた森の中からでも夜明け前の空を赤黒く汚す光景が認識できる程に。

 

 森の中に潜んでいた者達にとってそれはまさしく狼煙そのもので――――

 

 

「合図だ! 総員進軍準備! さっさと武器を持ってケツを上げろ!」

 

 

 指揮官の名を受けて進軍ラッパが高らかに森の中に響き渡る。

 

 森の規模は広大で、数百どころか4桁に届く兵達の姿を空からの監視(自衛隊の航空偵察)から覆い隠す程度には鬱蒼としていた。

 

 数週間に渡り隊商に仕事を求める食い詰め者や傭兵団といった小規模の集団へ分散・偽装、もしくは昼間は隠れ夜間に行軍を敢行するなど思いつく限りの方法で自衛隊の哨戒網を潜り抜け、合流を果たして以降も森の中で息を潜め続けていた、ゾルザル肝入りの兵隊達――帝国軍はようやく訪れた行動の時を迎えて慌ただしく腰を上げる。

 

 度々出くわした何も知らずにアルヌスへ目指す無関係な連中やどこからともなく察知しているかもしれないジエイタイの目に警戒する必要が無くなった彼らは揃って解放感を覚えていた。

 

 

「隊列を組め!」

 

 

 森から次々と武器と盾を携えた重装歩兵に騎兵、旗持ちが野原へと出てきて隊列を組む。予定通りならば他の森でも同じように隠れ潜んでいた友軍が行動を開始している筈だ。

 

 その中には歩兵と騎兵のみならず貴重な翼竜部隊も含まれていた。

 

 ジエイタイに悟られないよう、明らかに隊商や傭兵団には不釣り合いな攻城兵器までは持ち込めていないが、アルヌスに一足先に潜入済みの友軍が()()()()()()()()()()()ならば攻城兵器の出番なくジエイタイの陣地内へ突入できる手筈となっている。

 

 

「進軍開始!」

 

 

 行軍を開始。

 

 道すがら、帝国兵の集団が1つ、また1つと合流し、やがて万に到達した帝国軍の軍勢は一路アルヌス目指して進軍し続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当然ながら街と居住区の火事は森よりも遥かに近い特地派遣部隊の駐屯地からも確認されていた。

 

 真っ先に気付いたのは駐屯地の外周部、正門を警備する警務隊の隊員だ。先の奪還作戦で出た負傷者含め特地派遣部隊に所属する隊員の9割近くが日本へ撤退してしまった為、警備規模も必要最低限を下回る数の隊員しか配置されていない。

 

 

「本部に救援を要請しろ!」

 

「駄目だ、ドームの奪還作戦が発動しているせいで無線封鎖されてる!」

 

「だったら直接ひとっ走りして知らせてこい!」

 

 

 白バイ代わりの偵察用オートバイに飛び乗った隊員が司令部目指して突っ走っていくのを見送ってすぐ、警戒に当たっていた隊員の目が炎と黒煙が上がるアルヌスの街方向から接近してくる集団を捉える。

 

 今日1日だけで(特地)からも(日本)からも非常事態のダブルパンチを山ほど喰らって気が立っていた隊員は、誰何よりも先に64式小銃を突きつけてから警告を発した。

 

 

「そこで止まれ。所属と姓名を告げろ!」

 

「あたしが分かんないのかい!? 酒場で働いてるノッラだよ!」

 

 

 集団の中から真っ先に叫び返してきた人物へ焦点を定めてみれば、蓮っ葉な印象の獣人女性が前に出てくる。

 

 アルヌスの街にある酒場で働くウェイトレスのノッラだ。その店は幾つかある特地流の店舗でも特に派遣部隊員の利用者が多く、警務隊員も何度かその店で接客してきた彼女と会話した事もある。

 

 ノッラと一緒に避難してきた民間人の中にはやはり街中で見た顔も何人か含まれていて、着の身着のまま壺だのズタ袋だの、手近な物を抱えて逃げてきたのが丸分かりな格好。顔見知りの相手とあって銃口を地面へ向けた。

 

 銃口を外した理由は他にもあった。ノッラと同じく焼き討ちから逃れてきたのであろう、彼女が引き連れていた住民の半分以上が幼い子供だったからだ。ほつれや焦げ跡が目立つ衣服や黒い煤で顔から手足にかけてを汚したその姿は対象の幼さもあって、酷く痛ましく警務隊員の目に映った。

 

 

「ああノッラか。無事で良かった。街で一体何が起きているのか何か知らないか?」

 

「帝国軍だよ! 突然どっからかともなく帝国の旗掲げた兵隊どもが現れたかと思ったら、手当たり次第に油を撒いて火を点けやがったんだよ」

 

「帝国軍の奇襲だって!?」

 

「哨戒担当の部隊は何をしてやがった!」

 

「哨戒に回せるだけの兵力も撤退しちまったんだ! 今のアルヌスはどこも手が足りてないんだよ!」

 

 

 悔しげに歯を食いしばる隊員達――どうしてよりにもよってこのタイミングで!

 

 

「お願いだよあたし達を中に入れてくれ! 炎龍を討伐したアンタ達ジエイタイなら帝国軍もメじゃないんでしょ! このままじゃ皆殺しにされちゃうわよ!」

 

「待ってくれ! 我々の一存だけで部外者を中に入れるわけにはいかないんだ! 今上の指示を仰いでいる最中だから……」

 

 

 縋り付いてくるノッラの姿を前に警務隊員達の間で焦りと躊躇いが入り混じった視線が交わされた。

 

 やがて視線は自然とその場の最高階級である班長へと集まる。部下達の他に場の空気を読み取ったノッラを筆頭とした大人の避難民の目も班長へと向けられる。視線を向けられた班長の額に脂汗が浮かんだ。

 

 改めて無線で司令部を呼び出すもやはり無反応。浮かぶ汗の量が更に増した。

 

 そうこうしている内に今度は怒りを露わにしたノッラに詰め寄られてしまう。元々狼系の獣人らしい鋭い顔立ちだけあって、詰め寄られた側がたじろいでしまう程には女だてらにかなりの迫力だった。

 

 

「なんだいなんだい! コダ村の連中は助けた癖してあたし達は見捨てようっての? 子供達が帝国軍に殺されてもいいの!?」

 

「く、だからと言ってだな」

 

「聞いてるよ? 炎龍を倒したイタミってアンタ達のお仲間なんか、炎龍に村を焼け出された上に生き残った同じ村人からも見捨てられた連中を上に逆らってまで助けてやったっていうじゃない! アンタ達もそれぐらいの気概はないの!? それとも炎龍は相手にできても帝国軍は怖いってワケ!?」

 

 

 一方的に捲くし立てられた上に保護の前例を持ち出されてしまい、言葉に詰まる。

 

 伊丹のやらかし(コダ村避難民保護)も今となっては伊丹個人の多大な功績と避難民の自立、ならびにアルヌスの街誕生のきっかけに転じたのもあってうやむやになってしまった。

 

 そこに加えて日本人捕虜奪還、極めつけが退治には陸空の機甲部隊が必須とされた炎龍を極少数の歩兵戦力で撃破である。特地派遣部隊の隊員達は現代の英雄と伝説の誕生を間近で見せられる形となった。

 

 組織としては処罰ものの違反行為だが、自衛隊員としての存在意義としては相応しい――伊丹の人柄はさておき、彼が成した行為自体を個人的に賞賛する者は派遣部隊にも数多い。

 

 

 

 

 そして大なり小なり差はあれど、彼らはこうも思ってしまうのだ。

 

 ――――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 人なら誰もが心の底に秘め持つ英雄願望。

 

 なまじ伊丹という実例と功績を間近で知るが故に、彼ら自身は自覚していなくとも、その欲求を育む土壌は特地派遣部隊の中でも現場に近い隊員ほど育っていた。

 

 帝国軍に焼かれるアルヌスの街の風景、そこから命からがら逃げてきた女子供の集団という存在は、密かに養分を蓄えていた願望の目が花開くには十分過ぎる理由で。

 

 

「見ろみんな! これで自衛隊に助けてもらえるぞ!」

 

 

 新たに逃げてきた民間人の集団の出現がとどめとなった。駐屯地の周辺は数キロ規模で安全確保を目的に切り開かれているので、遠方で燃える街の炎をバックに両手の指で足りない数のシルエット、駐屯地を目指す避難民の集団がおぼろげに浮かび上がっていた。

 

 悲壮さの中に期待を覗かせた避難民達の顔が見えない手と化して警務官の背を押し、とうとう一線を越えさせた。

 

 

「……三曹。開門しろ。民間人を中に入れて保護するんだ」

 

「班長!? 司令部との連絡が未だ――」

 

「責任は俺が取る! 持ち場を放棄して救援に向かう事は出来ないが、助けを求めてここまで逃げてこれた民間人の保護位はやってやるさ。苦境に陥っている人達を見捨てちゃ、国民に愛される自衛隊なんて到底言えないだろ?」

 

 

 班長の言葉に警務官の誰かが思わずといった様子で忍び笑いを漏らした。

 

 

「それ、まるで伊丹二尉みたいな言葉ですね」

 

「うっさい。早く門を開けて民間人を中に入れてやれ」

 

「喜んでそうしますよ」

 

「もしかすると民間人を入れる為に門を解放したのを襲撃してきた帝国軍が察知したら突入を試みてくるかもしれん。せめて保護した民間人だけでも守り通せるよう目を光らせろ。安全装置はかけたまま初弾装填しておけ」

 

 

 メートル級の厚みを持つ強化コンクリ製の門が両側へスライドしていくと、警務官の誘導を受けた避難してきた現地住民が次々と駐屯地の敷地内へ足を踏み入れた。

 

 当然、ノッラと彼女が連れていた子供達も同様である。避難誘導役の警務官に先導されながら基地の奥へと向かう一団。次々と他の避難民が押し寄せてきていたのと人手不足も重なり、1人1人持ち込み品の検査を行う余裕など門番には残っていなかった。

 

 

「怪我人と子供達は病院へ案内しろ!」

 

 

 指示を飛ばす班長の声を背中で聞きながら、ノッラはほんの一瞬だけ顔を俯かせた。

 

 

 

 

「ありがとうね。お人好しのジエイタイさん」

 

 

 

 

 

 彼女の邪悪な笑みと嘲笑を帯びた呟きが意味するもの――敵を自ら招き入れてしまったという失策に警務官は誰も気付かない。

 

 気付いた頃には、もう遅い。

 

 他の隊員からの視線が届かない位置まで来たと悟ったところでノッラは隠し持った短剣へ手を伸ばす――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 驚愕の表情で事切れた死体を隠し終えたノッラ達は数名の大人とその倍程の数の子供という編成で複数の小集団に分かれると素早い身のこなしで駐屯地の各所へ散っていった。

 

 哀れな避難民という偽装から解き放たれた男女の身のこなしは間違いなく相応の鍛錬を積んだ者のそれだ。

 

 彼らはハリョと呼ばれる各種族の混血児が集まって生まれた勢力、その中でも暗殺や密偵働きに特化した一派だった。刃物や破壊工作用の道具を忍ばせた手荷物を抱え、一見変哲の無い竹笛を首からぶら下げている以外にも、何にやら書き込まれた羊皮紙に時折目を落としながらしきりに周囲を見回しつつ、物陰から物陰へと基地内を動き回る。

 

 やがて潜入者の中のある一団が目標の1つを発見した。

 

 手元の羊皮紙に描かれた絵と見比べる。台形の上に四角い箱が置かれ、その両側面から棒が空へ向かって突き出しているという簡素ながら特徴を捉えたもの。

 

 円状に積み上げられた土嚢の中心に据え置かれた87式自走高射機関砲(スカイシューター)という組み合わせで仕立て上げられた対空陣地だ。

 

 やや離れた位置には旧式のM42自走高射機関砲が配置された対空陣地もある。重機関銃弾を弾く翼竜の鱗、それすら貫く大口径機関砲はかつてアルヌスの『門』を奪還しに送り込まれた諸王国連合軍の竜騎兵部隊を悉く撃墜たらしめた。

 

 駐屯地内の破壊工作を担当するハリョの工作員が命じられたのは2つ。

 

 敵司令部を最優先目標としつつ、可能な限りジエイタイの兵士が多く集まる施設を襲撃して人的被害と混乱を齎す事、そしてジエイタイが持つ強力な兵器を使えなくしてしまう事。

 

 本来帝国側が持ちえぬ知識――戦車、装甲車、対空砲、自走砲、航空機などの存在とその見分け方をゾルザルへと齎したのはピニャである。

 

 彼女が来日時に収集した地球の戦争の歴史、戦場で用いられた特地の常識が通用しない数々の兵器といった情報の数々。それらをゾルザルも手に入れ、今回の一大攻勢に生かした――それが真相だった。

 

 無論鹵獲までは考えない。ピニャが集めた情報には各種兵器の主な役割だとか見分け方までは書いてあっても具体的な操作方法までは含まれていなかった。とにかく使えなくすれば目的には十分である。

 

 対空機銃には操作要員である高射特科部隊の隊員が数名いた。銃で武装しているが工作員の存在にはまだ気付いていないようだ。

 

 

「…………」

 

 

 工作員は連れて来た子供達を対空陣地の方へと押し出した。歩いていく子供達を余所に工作員はすぐさま物陰に潜み、対空陣地へ近づいていく子供達を鋭い目つきで追いかける。

 

 

「子供? 一体どこから……?」

 

 

 明らかに場違いな子供の登場に存在に気付いた隊員から訝し気な疑問が漏れた。疑問に思いはしても警戒はしておらず、逆に保護しようと隊員の何名かが子供達へ駆け寄っていく。

 

 それをどこまでも冷たい目で見つめていた工作員は竹笛を取り出して銜え、息を吹き込んだ。常人の聴覚では認識出来ない音ならぬ音が静かに響いた。

 

 次の瞬間、自衛隊員が見ている前で子供の姿が一変した。

 

 あどけない風貌は瞬く間に失われ、全身を軋ませながら筋肉と鋭利な爪や牙を異常に発達させた二足歩行の凶暴な獣へと変貌する。

 

 それはダーと呼ばれる擬態型怪異が初めて自衛隊の前に出現した瞬間であった。

 

 衝撃的な初遭遇に自衛隊員達の反応も遅れ、事態を認識し臨戦対応を取ろうと彼らが銃へ手を伸ばした時には、本来の姿と化した複数体のダーが近くに居た隊員を爪で引き裂き終えた後だった。噴き出た鮮血を浴びながらダーが新たな獲物へと襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 墜ちていく。

 

 壊れていく。

 

 ――築き上げてきたものが崩壊していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして物語は終わりの始まりへと巻き戻るのだ。

 

 主役の帰還と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『実を避けて虚を撃つ』 ――孫子

 

 

 

 

 

 




ようやっとここまで戻ってこれた……

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