GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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ほぼCoD勢回。
視点切り替え多めで長くなってしまいました。

ところでBF2042のトレーラー最高過ぎません?
こういう現代戦のほぼ延長線な内容が見たかったんだ…!(感涙)


31:Just Like Old Times/戦線復帰

 

 

 

 

 

 

<夜明け前>

 ロマン・バルコフ

 日本・銀座駐屯地/『門』付近

 

 

 

 

 

 

 

 

 明らかに空爆のそれである轟音と振動が移動司令部を揺らすのを感じ取ったバルコフは激怒した。

 

 日本政府はバルコフの要求に従い粛々と彼の部下の監視下のもと撤退を行うように見せかけておきながら『門』が存在する銀座の奪還作戦を実行した事は、今や銀座中で響き渡る戦闘音と殺到する配置した部下達からの報告からも明白であった。

 

 事ここに至っては最早躊躇う理由は残っていない。目を血走らせたバルコフは司令部内に詰めていた副官とオペレーターへ告げる。

 

 

「ノヴァ6の発射装置を起動させろ! 日本人(ヤポンスキー)どもへ私に歯向かった代償を支払わせるのだ!」

 

「閣下、攻撃目標は」

 

「北緯35度40分36.65秒、東経139度44分23.69秒だ!」

 

 

 射撃管制装置に座標が入力されディスプレイに指定地域が映し出される――千代田区永田町。国会議事堂を筆頭に、総理官邸や与野党本部といった政局へ携わる者が集う日本政治の中枢がこのたった1キロメートル四方の土地へ集中している。

 

 ノヴァ6の発射機である改造されたBM-21の支持架が遠隔操作を受け、設置された商業ビルの屋上庭園で旋回。弾頭を搭載したロケット弾を収めた筒が縦横に並んだだけという、簡素な構造の発射機が永田町の方角へと向いた。

 

 

「発射モードは単発に設定しろ。第1目標へ砲撃後すぐに次の目標へ砲撃を行う!」

 

「第2目標はどこへ攻撃を?」

 

「――Императорский дворец。日本の中枢の次は日本の象徴をこの国から奪い取ってくれる!」

 

「閣下、砲撃座標設定完了しました!」

 

 

 バルコフは発射装置の安全装置を解除。後は引き金部分を押し込むだけで日本の中枢と象徴は市ヶ谷を壊滅させた死の煙により地獄へ変貌する。

 

 残りのノヴァ6も銀座外の人口密集地へ残らず撃ち込んでやるつもりだ。どうせなら核でもあれば『門』諸共に東京そのものを永遠に死の大地へ変えられたのだが、化学戦専門だったバルコフには殺されたマカロフほど裏のコネクションは強くなく残念ながら核兵器を用意できなかった。

 

 

「私に歯向かった報いを受けるがいい!」

 

 

 呪いの言葉と共に、バルコフは最後の引き金をガチリと押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何も起きなかった。

 

 文字通り銀座全土で発生している戦闘音の中からでもバルコフが乗る移動司令部の下まで届いていてもおかしくない、いや聞こえてこなければおかしい筈の、車載クラスのロケット砲を発射する特徴的な音と振動が全く伝わってこなかった。

 

 もう1度発射装置を操作するがやはり発射音は生じない。

 

 

「どういう事だ!?」

 

 

 発射管制担当のオペレーターを怒鳴りつけたバルコフだが、怒声を浴びせられた当のオペレーターの意識は操作画面へ固定されていて。

 

 

「大将閣下大変です、ノヴァ6の発射装置が我々の発射命令を受信不可能にされています!」

 

「何だと! ……まさか!?」

 

「閣下!?」

 

 

 移動司令部から飛び出すと途端に鼻を突く火薬と燃料と排気ガスの臭い。戦場の臭いは当然ながらバルコフが司令部を置いた銀座駐屯地をも包んでいる。

 

 四方八方で轟く銃声と砲声と爆発音、戦闘車両のエンジンの咆哮、航空兵器の羽音に敵味方問わず兵士が上げる怒声と悲鳴が入り混じる混沌の中、バルコフは不意に頭上から聞こえた戦闘音へ意識を向けた。

 

 銀座駐屯地に隣接するそこは銀座シックスと呼ばれる、ノヴァ6発射機の設置地点だった。

 

 屋上で爆発。宙を舞う人体。落下防止柵を越えてバルコフの目の前に配下の脱走兵がコンクリートの地面に激突して、スイカ宜しく砕けた頭部から散った鮮血がバルコフの顔を汚す。

 

 今度は背後、『門』があるドームで立て続けに砲声。振り返れば『門』前に配置したT-90戦車が炎上していた。

 

 更にもう1両撃破される。それを為したのはやはり友軍である筈のT-90だが、『門』を通って特地側から出現した3両目のT-90は自衛隊の74式(Type74)戦車部隊と多数の自衛隊員を引き連れ、内側から不意を突かれた駐屯地内の脱走兵を次々と蹂躙していく。

 

 特地側の『門』を確保させるべく送り込んだT-90を現地の自衛隊が鹵獲したとしか思えなかった。バルコフが持ち込んだ陸上戦力では最強のT-90が排除されてしまった以上、他の装甲車両では旧式の74式ですら歯が立つまい。重装甲高火力高貫通力に特化した主力戦車とはそれこそが本領なのだから。

 

 振り返った刹那、EMP攻撃でただの鉄の檻に成り果てたバスに閉じ込めていた筈の人質が、やはり自衛隊の迷彩服を着た兵士達に連れられて逃げていく光景もバルコフは視界の端で捉えた。捉えてしまった。

 

 大将の階級章が肩に光るロシア陸軍の迷彩服以外に指揮官の証として身に着けたホルスターの拳銃へ手を伸ばす前に、人質は救出部隊共々バルコフから見えない手も届かない場所へ姿を消してしまった。

 

 世界各国の観戦武官という高い価値を持つ人の盾も、こうしてバルコフの下から失われてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 顔を汚した部下の血を拭おうともせずバルコフは踵を返した。

 

 今や渦巻く激情が膨大過ぎるあまり、表情筋が麻痺した元大将の顔は氷よりも冷え切った無表情と化していた。氷の形相に血化粧をして戻ってきたバルコフが放つ気配の恐ろしさに移動司令部内の全員が思わずたじろぐほどだった。

 

 

「ヘリ部隊は残っているか? 爆装している機体のみで構わん」

 

「っ、はい大将! 敵航空戦力に数機撃墜されましたが、ロケット弾ポッド搭載のMi-8(ヒップ)Mi-28(ハヴォック攻撃ヘリ)が1機残存しております!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「はっ?」

 

「ヘリの爆撃でノヴァ6をこの場で散布し『門』を目指して集まる日本人どもを道連れにするのだ。早く私からの命令を伝えるのだ!」

 

「しかしこの場には未だ多くの友軍が抵抗を――」

 

 

 銃声。移動司令部内に硝煙が広がり、反論途中に頭部を撃ち抜かれた副官の体が床にぶつかって二度と動かない。

 

 バルコフの振り回す拳銃がオペレーターを次の標的として据えられた。移動司令部内は今や硝煙と狂気と恐怖に支配された。

 

 

 

 

「今すぐ、私の、命令を、伝えるのだ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<同時刻>

 ユーリ

 銀座シックス屋上庭園/ノヴァ6発射陣地

 

 

 

 

 

 

 目の前で発射機が旋回して砲撃準備を開始した時は心臓が止まりそうだった。

 

 

Чёрт возьми(チクショウめ)!?」

 

「どういう意味だ! ノヴァ6の発射は阻止できたのか!?」

 

 

 出雲がノヴァ6の発射機――122ミリ連装ロケット砲に接続された遠隔管制装置へ取り付いていたユーリへ怒鳴るように問いかけた。周囲はそれぐらいしないと声が掻き消されてしまいそうな状況だった。

 

 

「遠隔操作による発射プログラムは停止させられたが発射機を直接操作して砲撃は出来る! 銀座が完全に確保されるまで敵を近付かせないでくれ!」

 

「了解だ。総員よく聞け! ここが踏ん張りどころだぞ! 持ってきた弾薬全部使い切る勢いで撃ち続けて敵を近付かせるな!」

 

 

 一際激しく響く銃声が出雲の部下である特戦群隊員からの返答だ。

 

 建築家によって設計された首都の一等地に相応しい自然と人工物が調和した屋上庭園は、銀座という場所そのものと同じく今や見る影もない無残な戦場と化していた。銃弾が手入れされていた植樹やオブジェを粉砕する。水場には撃ち倒された兵士の死体が転がりそこから流れ出た血が水場全体を汚していく。

 

 役割上分かり切っていた事ではあったのだが、ノヴァ6発射機が設置された商業ビルに潜入していたユーリ達スペツナズと彼らに同行した特戦群そして臨時助っ人の野本は現在孤立状態にある。

 

 位置関係の差だ。アレックス率いる地上の人質救出班は特地側から『門』より現れた戦車部隊の支援を受けながら突入出来た。

 

 一方ユーリ達は地上13階の屋上庭園、高低差50メートルは平面距離の50メートルとは数字以上に遠い。場所も場所なだけに陸上戦力の援軍が駆けつけるにも時間がかかる。

 

 航空戦力はといえば銀座駐屯地が今やバルコフ側の中枢部へ変貌しているのもありまだ抵抗は激しく、ヘリボーンは対空攻撃による撃墜のリスクが高い。

 

 ヘリより上で待機の空自戦闘機や米軍の無人攻撃機による近接航空支援(CAS)は逆に搭載している兵器の威力が高過ぎてユーリ達やノヴァ6発射機を巻き込みかねないという理由により却下。

 

 何せ交戦距離が下手をすれば10メートルかそこいらしかない至近距離で防衛(ユーリ)側と奪還側(脱走兵)が撃ち合っているのだ。幾ら威力限定型といえど炸薬量が数十キロもの航空爆弾では確実に友軍も、そしてノヴァ6も被害を受けるから作戦司令部の判断も当然だ。

 

 一応ユーリ達にも有利な要素はある。

 

 脱走兵に偽装しての潜入作戦が功を奏し、ノヴァ6確保までは上手くいった。お陰で半ば必然的にノヴァ6がたっぷり詰まったロケット弾発射機を盾にする形に持ち込んでの銃撃戦を展開していた。

 

 流れ弾で特大の危険物がばら撒かれるのを恐れ、奪還に押し寄せた脱走兵からの銃火は腰が引けている。逃げ場が無いも同然なので手榴弾かロケット弾を3発4発放り込まれていたら全滅してもおかしくなかったが、ユーリ側が航空支援を受けられないのと同じ理由で脱走兵側も爆発物の使用を封じられている状態だ。

 

 護る側のユーリ達はそんな敵の事情なんて知った事かとばかりに撃って撃って撃ちまくる。

 

 ユーリは背負っていたGM-94グレネードランチャーを引き抜いた。

 

 今こそこいつの出番だ。空挺降下による先んじての潜入途中で現地調達してきたポンプアクション式グレネードランチャーは、今回みたいな市街地戦における至近距離での戦闘を前提に作られた兵器なのだから。

 

 直径43ミリのサーモバリック擲弾を発射。

 

 破片という実体ではなく爆薬が炸裂する純粋なエネルギーと生じる圧力で敵兵を殺傷する弾頭はスペック通りの効果を発揮した。ウェスタン映画の主役宜しくポンプアクションで連射すれば、高熱と爆圧を喰らった敵兵が、屋上庭園のオブジェもろとも次々とぶっ飛ぶ。

 

 

「シュミハを使用する!」

 

 

 ユーリに負けじと手製のグレネード(シュミハ)ランチャーを構えたタチャンカが砲弾をばら撒いた。こちらに装填されているのは一定範囲内を燃やす焼夷弾だ。ユーリの攻撃に耐えた敵兵も突然広がった炎に焼かれるか逃げ出した所を他の仲間や特戦群の正確な射撃によって撃ち抜かれた。

 

 

 

 

 

 静寂が訪れたのは唐突だった。銀座中では変わらず銃声砲声が鳴り続けていたが、銀座シックスの屋上庭園に限れば銃声も爆発音も兵士が放つ怒号も消え去って周囲からの環境音だけがその場に広がっていた。

 

 いや、よく耳をすませば明らかに隠すつもりのない足音を拾えたのだが、足音は慌ただしくあっという間に離れていってやがて聞こえなくなる。

 

 

「敵は退却したのか?」

 

「切り札のノヴァ6は俺達に確保されて乗っ取った街もジエイタイに奪還されそうになってるのにようやく気付いたらしいな。のろまな連中だ」

 

 

 銃火を生き延びた特戦群の隊員とスペツナズが双方僅かに安堵を滲ませて言葉を交わす。

 

 軽口を叩きつつも精鋭の特殊部隊らしく、各々銃のマガジンを新しい物に交換して互いの死角を補う形で周辺警戒を維持する姿には毛ほどの緩みも見られない。野本だけは気になるフレーズを拾ったのか敵から鹵獲した無線機に耳を押し付けてヒアリングに没頭している。

 

 戦いの山場は未だ乗り越えていない――彼らは本能的に感じ取っていたのかもしれなかった。

 

 兵士の第六感と敵がいきなり撤退した理由への疑問に答えたのは、無線機から聞こえる通信内容に耳を傾けていた野本だった。

 

 

「なぁユーリ。良いニュースと悪いニュースがあるんだがどちらから聞きたい?」

 

 

 映画じみた問いかけを投げ付けたその時の野本の表情は硬く引き攣っていた。

 

 嫌な予感しかしない。()()()()()()()()()()()

 

 

「……良いニュースから先に聞かせてくれ」

 

「良いニュースは、人質救出班が無事人質救出に成功して『門』も特地側から出撃した戦車部隊が確保成功した上に、銀座そのものも順調に投入された自衛隊によって順調に掌握されているという事なんだが」

 

「じゃあ悪いニュースの方は?」

 

「占拠した連中を仕切るバルコフ大将が爆装したヘリに俺達が今居るこの場所(ノヴァ6発射陣地)を爆撃して集まってきた自衛隊を道連れにしろと命令を――」

 

 

 空気を叩く羽音が近付いてくるのを感じ取った野本は言葉を途切れさせた。急速に近付きつつあるその音はさっきから銀座中を飛び回っているCH-47J(チヌーク)UH-60(ブラックホーク)AH-64D(アパッチロングボウ)といった自衛隊ヘリ、あまつさえティルトローター機のV-22(オスプレイ)とも羽音やエンジン音の質が違っていた。

 

 ユーリと野本は顔を見合わせてから音の方へ振り返った。特戦群もスペツナズも2人に釣られて音の出所へ顔を向けた。

 

 Mi-8とMi-28、ロシア製ヘリ御用達のクリーモフ社製ターボシャフトエンジンの駆動音を高らかに振りまきながら爆装状態の敵ヘリコプターが2機。どちらもまっしぐらにユーリ達、いや彼らの背後の背後にあるノヴァ6発射機目指して急速接近中!

 

 Mi-8の追加スタブウイングには複数のロケット弾ポッドに対戦車ミサイル用発射機を搭載。攻撃ヘリであるMi-28は標準装備の機関砲を含め当然Mi-8を上回る重武装だ。射程圏内へ入ればあっという間に屋上庭園自体を更地に変えてしまえるだけの火力を有している。

 

 

「キャスターから作戦司令部へ航空支援を要請! すぐに銀座駐屯地上空へ接近中の敵航空機を撃墜してくれ、今すぐだ!」

 

『こちら上空待機中のワイバーン03。支援要請を受諾……目標を確認。このまま撃墜すると地上を進行中の友軍に落下する危険性がある』

 

「ワイバーン03こちらキャスター! 四の五の言わず撃ち落とせ全責任は俺が取る! 敵は空爆によって化学兵器弾頭を破壊して銀座に散布しようとしてるんだぞ!」

 

『マジかよ――分かったキャスター。目標にロックオン完了。地上部隊は破片に注意せよ。FOX2(対空ミサイル発射)! FOX2!』

 

 

 銀座の空をステルス戦闘機から放たれた超音速の槍が切り裂く。

 

 まず1発目の空対空ミサイルがMi-28へ頭上から突き刺さった。大口径ライフル弾にも耐える装甲を備えた戦闘ヘリも歩兵の携行式ミサイルより遥かに炸薬量が多い空対空ミサイルにはひとたまりもなく、積んでいた兵器ごと派手に空中で爆散した。

 

 数秒の間を置いて飛来した2発目のミサイルはMi-8を目指し――武装ヘリが赤を通り越して白く輝く程に高熱の火の玉をばら撒きながら急旋回。

 

 瞬間的に誘導装置内の赤外線センサーを欺瞞された対空ミサイルは空中で爆発、飛散した破片が少なからずMi-8に食い込んだがその巨体はまだ宙を飛んでいる。

 

 

「クソッたれめ、フレアで回避しやがった!」

 

『こちらワイバーン03、こちらは今ので弾切れだ!』

 

 

 Mi-8の両横からフレアとは別種の光と煙が生じた。屋上庭園は既に武装ヘリが搭載するロケット弾ポッドの射程圏内だった。

 

 ロケット弾はユーリ達の頭上を越えて屋上施設に着弾、ここまでの銃撃戦でただでさえダメージを負っていた施設の一部が限界を超えて崩れ落ち、破片がユーリ達に降り注ぐ。ユーリ達ごとノヴァ6の発射機を破壊するには十分過ぎる。

 

 

「次は修正して直撃させてくるぞ! その前に撃ち落とせ!」

 

 

 ユーリ達も負けじと迎撃の銃火を放つ。事態を把握した地上の自衛隊と付近のヘリ部隊も手持ちの銃や搭載した火砲で対空砲火を行うが、ビルや看板が乱立する市街地が標的の姿を隠してしまい、敵ヘリの代わりに建物へ被害を与える結果に終わった。

 

 建物を掠めるように対空砲火の的から逃れる武装ヘリと銀座シックスとの距離がどんどん縮む。これが自爆同然の空爆を仕掛けてきた敵でなければ、図体がデカいMi-8をビルと対空砲火を掻い潜りながらここまで振り回すヘリパイロットの技量とクソ度胸を誰もが賞賛したに違いない。

 

 ユーリの視界から掻き消える程の急降下を経て一気に上昇したMi-8、その鼻先とロケット弾ポッドの向きがとうとうノヴァ6発射機と一致した。その傍に立つユーリからしてみれば文字通り巨大な銃口を突きつけられたかのような気分だった。

 

 

「撃って撃って撃ち続けろ! こっちが撃ち落とすのが先か、俺達ごとギンザが地獄になるかの勝負だ!!」

 

 

 タチャンカが、カプカンが、グラズが、フィンカが、野本が、出雲が、彼の部下が、ユーリが手持ちの武器を片っ端からぶっ放し続ける。それでも敵ヘリは止まらない。

 

 

『誰かあのヘリを撃墜してくれ!』

 

 

 無線から、自衛隊員の誰かがあげた悲鳴が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 それに応えたのは声でも言葉ではなく、ロケット弾の発射音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間をMi-8に注目していた誰もが目撃した。

 

 噴煙と弾頭のサイズからして歩兵用だろう、敵ヘリの斜め下に位置するビルの屋上から唐突に煙の尾を引いて飛び出したかと思うと、Mi-8の下っ腹に直撃したのである。

 

 胴体部に突き刺さったロケット弾の信管は正常に作動し、指向性を与えられた爆風が機内に続いて延長線上にあったMi-8の心臓部であるエンジンとローター部を蹂躙し、今度は機体そのものが火を噴いた。

 

 原形を保ちながらも炎に包まれた武装ヘリがグルグルと回りながら不規則な軌道で落下していく。

 

 軌道上にあったビルの屋上に腹から激突してバウンド。それでも消し切れない慣性に引っ張られた炎上中の機体は屋上から滑り落ちる。

 

 目前まで目標に迫りながら最後の最後に阻止されたヘリパイロットの怨念が乗り移ったのか、墜落の終着点は今や奪還されつつあった銀座駐屯地だった。

 

 

「おいおいおい……」

 

「マジか」

 

 

 戦闘の余波で転落防止用の強化ガラスが砕け散った庭園の端へと駆け寄って、ユーリ達は思わず燃えるヘリを追いかけるように下を覗き込んだ。

 

 駐屯地の大部分を掌握しつつあった自衛隊員が慌てて逃げ出す中、ヘリの残骸は()()()()()()()()()()()()()()()、その衝撃で燃料タンクや爆装していたロケット弾にも引火したのだろう、一際大きな爆発をもう1度起こしてとうとう動きを止める。

 

 

「今のはRPG(対戦車擲弾)の煙だったな」

 

 

 野本の呟き。ハッとなって顔を上げたユーリはMi-8を撃墜したロケット弾がどこから飛んできたのか、周囲のビルの屋上へと視線を巡らせた。

 

 ――居た。未だ煙をたなびかせた発射済みのRPG-7の発射機を肩に乗せ、向こうも同じようにユーリ達がいる屋上庭園を見つめている。民間人の誘導を終えて少しでも援護を行おうと、戦場を突破して駆け付けて来たに違いない。

 

 

「フロスト」

 

 

 反射的にその名を口ずさむ。それを聞きつけた出雲が首を傾げた。

 

 

「何者ですか?」

 

「アメリカ人だ。俺と一緒に先んじて銀座に潜入した――――戦友だよ」

 

 

 

 フロストが拳を掲げ、親指を天へ向けて突き出した。ユーリもまた同じポーズを取って命の恩人へ感謝を示すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<同時刻>

 ジョン・プライス

 銀座側『門』ドーム内

 

 

 

 

 制圧途中に敵のヘリが駐屯地のど真ん中へ墜落した事を除けば、奪還作戦はほぼ成功を収めつつあった。

 

 銀座側に残っていた人質も全員救出が確認され、ノヴァ6の発射装置もユーリ率いる別動隊が確保に成功。敵部隊の首魁であるバルコフ大将の拘束または排除が確認されれば残るは残敵掃討を経て作戦は完了といったところか。

 

 問題はだ、

 

 

「よりにもよって撃ち落とされた自軍のヘリが頭上に墜ちてくるとは、バルコフにはツキが無かったみたいだな」

 

「バルコフが乗っていたのはタイフーンをベースにした装甲付きの防弾車両だ。案外まだ火葬にはされていないかもしれんぞ」

 

 

 鹵獲したT-90戦車の砲手席から聞こえたニコライの声はどこか愉快気だ。

 

 プライスは車長席を出てライフルを手に戦車の砲塔上に立ち、特地から出撃した戦車部隊と随伴歩兵が敵戦力の掃討を進める様に目を光らせている。脅威度が高い主だった敵機甲戦力を片っ端から125ミリ滑腔砲で風穴を開けて回った後は、特地派遣部隊に花を持たせるべくこれ以上の戦闘に首を突っ込んではいない。

 

 油断ではない。74式に対抗可能な装甲車両を排除さえしてしまいさえすれば天秤は圧倒的に自衛隊側に傾くと冷静に分析した上での結論だ。随伴歩兵も特地に居る間に度々プライス自らしごいてやった連中で揃えてあるから、イニシアチブさえ握れば脱走兵程度捌いてみせるだろう。

 

 プライスはドーム内を見回す。特地側から出撃した74式戦車の編隊以外にも、『門』からそれほど離れていない一画が臨時の駐車場と化していた。

 

 ウラル-4320、ロシア軍で現役の非装甲大型トラックを筆頭に輸送車両ばかりが整然と並んでいた。

特地から派遣部隊が完全に撤退次第、持ち込んだ物資をピストン輸送するつもりだったのだと一目で伝わってくる様相だ。

 

 

「特地との通信回線は復旧出来たのか?」

 

「敵が設置した通信機材は確保しましたがその……ロシア語が読めなくて手間取っているようです」

 

「ハァ。仕方ない、ニコライ手伝ってやれ」

 

「任せろ同志」

 

 

 ニコライもT-90から離れて通信担当の隊員達の下へと向かったその時である。

 

 背後の『門』から突然エンジン音が聞こえて来たのでプライスが振り返ると、異世界とを繋ぐ暗黒空間から73式トラックが派手にクラクションを鳴らしながらいきなり飛び出してきた。

 

 急ブレーキをかけて停車するや必死な形相の隊員が運転席から飛び降りてくる。後ろの荷台からも武装した隊員が数名、それに遅れて肩を借りたり担架に乗せられた負傷者が次々と車から下ろされていく。中には派遣部隊の迷彩服ではない、礼服に身を包んだ外国人の姿もあった。

 

 

「何があった!」

 

「アルヌスが襲撃されました! 麓の街を焼かれて避難してきた一般人に擬態した敵の工作員と怪異の集団によって基地内は混乱! 死傷者も多数!

 我々は狭間陸将より、万が一敵が特地側の『門』まで浸透した場合を想定し、負傷者及び人質にされていた視察団を日本へ搬送するよう命令を受けて参りました!」

 

クソッたれめ(Bloody hell!)! ニコライここは任せたぞ!」

 

 

 

 

 こっち(地球)の次はあっち(特地)か!

 

 プライスは手近に停まっていた積み荷を積みっぱなし―火気厳禁のロゴが描かれた木箱が満載されている―ロシア製のトラックへ乗り込んでエンジンを始動させるや、アクセルを踏み込んで『門』へ突っ込ませるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<同時刻>

 ???

 

 

 

 

 

 

 

 それは偶然でもあり、必然でもあった。

 

 

 

 

 

 武装ドローンを皮切りとしたロシア軍脱走部隊の襲撃を独り逃げ延びた彼が頼ったのは異世界へ展開した自衛隊の部隊だった。何せ敵が部隊を本格展開するまでの間隙を突いて脱出した時には、当時現場となった銀座駐屯地は壊滅状態に陥っていて他に逃げ場がなかったのだから。

 

 腕が落ちない程度にはトレーニングは続けていたつもりだが、最前線からもう何十年も遠ざかった年寄りには異次元の暗黒空間を己の足だけを頼りに走破するのは中々堪えた。

 

 長い付き合いで第3次大戦を経た今となっては貴重な生き残りである、現在も戦場に立っている昔の部下が知ったらきっと鼻で笑うに違いない。この事は墓に持っていかないとな、と彼は思う。

 

 が、逃げ込んだ異世界に作られた自衛隊の基地も襲撃されたのは流石に予想していなかった。日本が講和交渉をしていた現地勢力で政変が起きたのが発端らしいが、部外者の彼にそれ以上の詳しい事は知らされていない。

 

 ともかく、彼は脱走兵部隊の要求手段として連れてこられた特地側の自衛隊に救出された他の視察団メンバーや、現地勢力の襲撃によって発生した負傷者と一緒に地球側へ連れ戻される事となった。

 

 銀座ではまだ奪還作戦が続いているが、万が一『門』が何らかの被害を受けたら世界の繋がりが途切れて異世界に取り残されるかもしれない。だったらリスクはあるがお客様である他国の人間だけでも地球に戻す方が、現地での扱いとしても母国の外交関係的にもまだマシだと此処の司令部は判断したのだろう。

 

 保護後宛がわれた司令部の一室から『門』が位置する基地の中心部へ向かうまでの道のり、その僅かな時間に感じ取れた色濃く漂う混沌の空気から、事態が極めて切迫しているのは明らかだ。

 

 兵士が走り回り、基地内のあちこちで銃声と叫び声に混じり、熊と狼をミックスしたような獣の雄叫びが彼の下にも届く。襲撃規模の割に銃声の数と種類が少なく混在していないのは特地の文明レベルが火薬の誕生に至っていない段階であるが故か。

 

 時間稼ぎの為に敵の要求通り兵員の大部分を撤退させた上で、残るリソースを銀座の奪還作戦に注ぎ込んでしまった結果、基地襲撃へ対処する余力が足りていないのも明白だった。

 

 部外者の彼でも分かるのだ。基地の司令官である狭間陸将もとっくに承知しているだろうが、間が悪過ぎるにも程がある。

 

 心がざわめく。非常事態への恐怖からではない、敵襲へ立ち向かうのではなく若い兵隊に促されるがままただ逃げ出す事しか許されない、今の己の立場と無力さへ向けた苛立ちが胸を掻き乱す。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()。あの時のように高性能ライフルと頼りになるパートナーが居たならば、あるいは。

 

 

 

 

 

 辿り着いた『門』があるドーム前もまた混沌の場と化している。

 

 指揮官に通信兵が基地に残る兵士へ襲撃対処の指示を下している。彼らが前にする無線機は援軍を求める現場の兵士からの悲鳴を繰り返しがなり立てていた。

 

 集結した部隊が襲撃に対応すべく迎撃に出撃、それと入れ違うように負傷兵がドーム前へと運び込まれる。

 

 敵が銃や爆発物が存在しない異世界の現地勢力とあって傷の種類は刃物や刺さったままの矢による創傷が多い。中には大型の肉食獣に襲われたとしか思えない、迷彩服ごと肉体を激しく引き裂かれて重傷の隊員も数多かった。

 

 運び込まれるまでに持ち堪えられず、顔に布をかけられて横たわる隊員もまた少なくない。

 

 

「危険ですので早くこちらへ」

 

 

 護衛役の隊員に促されて足を動かす。

 

 73式トラックや87式偵察警戒車といった陸上自衛隊の車両が集まる中、旧ソ連時代のベストセラーであるBTR-80装甲車が2両だけ、ドーム前に停車して場違いな空気を放っていた。

 

 ドームの中が見える距離まで近づくと更にもう1台ロシア製の大型トラックが停められていた。取り囲んでいる面子が揃って対爆スーツに緑迷彩の化学防護服(ハズマットスーツ)姿となればトラックの積み荷はロクな物じゃあるまい。

 

 

「起爆装置の無力化はまだかかりそうか?」

 

「予想以上に複雑でまだ時間が必要です。車両での輸送を前提とされていたお陰で振動センサーはありませんから移動は可能です。しかし万が一の為に機密構造であるこのドーム内で解体を続けた方がいいでしょう」

 

 

 旧ソ連の装甲車の横を通り過ぎる。開きっ放しだったハッチから見える車内へなんとなしに彼は視線を向けた。

 

 そして、見つけてしまったのだ。

 

 

「どうかされましたか? こちらの指示に従ってください。ちょっと!?」

 

 

 若い声の呼びかけを無視して吸い寄せられるように装甲車の車内へ足を踏み入れた。

 

 乗っていた敵兵から分捕ったはいいが邪魔にならない位置へ移動させた以外は手付かずだった装甲車内の武器ラックへ彼は手を伸ばす。

 

 その銃はAXMCという。彼の祖国のメーカーであるアキュラシー・インターナショナルが開発した新型の狙撃用ライフルだ。使用弾薬は.338ラプアマグナム。弾道性能、威力、有効射程、超長距離狙撃に必要なあらゆる性能に特化した現代の魔弾。

 

 ザカエフにマカロフもそうだったが、バルコフも兵器に関しては西も東も頓着しない主義と見える。

 

 ロシア軍の脱走兵がわざわざ装甲車に狙撃ライフルを積み込んでいても大した驚きはない。むしろロシア軍は旧ソ連時代から分隊規模で狙撃兵と専用ライフルを配備してきたぐらい、率先して狙撃分野に力を入れてきた軍隊だ。

 

 もちろん、銃に相応しいスコープも当然のように装着してあった。弾薬も十分だ。

 

 これならやれる。

 

 ()()()()()

 

 

「何をするつもりですか!?」

 

 

 ちょうどいい。非常事態なのだから使えるものは遠慮なく使わせてもらおう。

 

 まだ付いてきていた若い隊員に、彼はライフルと同じく装甲車の中で見つけた双眼鏡を強引に押し付けた。

 

 

「二等軍曹(陸曹)、名前は?」

 

「は、はっ富田章でありますが」

 

「観測手をやれ。それからこのドームの上に登るルートを教えろ」

 

「……どうするおつもりで?」

 

 

 今この混乱を鎮圧するのに最も必要なのは、高所から全貌を把握し掌握できる眼だ。

 

 足腰は衰えても眼はまだまだ健在だ。そして遥か彼方の標的を射抜く腕もまた――

 

 

 

 

 

「昔部下に教えてやった事さ――獣どもを狩り尽くしてやる(Kill em all)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 MI6長官にして元SAS、かつて部下にマクミラン大尉と呼ばれたスナイパーはこうして戦場に復帰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

『主よ、どうか我が手と我が指に戦う力を与えたまえ』 ――『プライベート・ライアン』

 

 

 




ラストの意訳は少々強引で申し訳ない。

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