GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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FGO2部6章後半開始されたので初投稿です。


32:Hunting Season/獣狩り

 

 

 

 伊丹耀司

 アルヌス駐屯地外周部ゲート前

 

 

 

 

 

 

 

 

 数キロにもわたる空白地帯を走破して防壁の門が見えてくると、多くの人が集まって騒いでいるのが分かった。

 

 避難民が門番の隊員に入れてくれと詰め寄せているにしては妙に人々の動きが激しく、漂う気配も殺気立っている。

 

 更に距離が詰まると着の身着のままで逃げて来た避難民を庇う形で雑多だが見慣れた装備で身を固めた亜人主体のアルヌス傭兵団、それに対して剣や斧や槍を振り上げた人間中心の帝国旗を掲げた兵隊がぶつかり合っているのだと分かった。

 

 

「ありゃウォルフ達か!」

 

 

 アルヌス側の兵力と帝国のゲリラ兵が攻防を繰り広げているのだ。どちらの援護に加われば良いかなど言うまでもない。

 

 

「誰か後ろから俺の銃取ってくれ!」

 

「どのジュウだ!?」

 

「MCX! ベルナーゴで使ったやつ! そうそれ!」

 

 

 敵味方民間人入り乱れた鉄火場で大口径のHK417は貫通した流れ弾が怖い。加えて長くて重いから至近距離での戦闘には向いてない。流れ弾による誤射が怖いのは散弾銃も似たようなもの。

 

 その点、性能が低下しない限度までコンパクト化したMCXラトラーはサイレンサーを捻じ込んで尚サブマシンガンレベルのサイズに収まる。そもそも近距離戦向けに設計された銃だ。使用する.300ブラックアウト弾の威力も鎧相手でも充分通用する。

 

 更にゲート前に近付くにつれより詳細な戦況が見て取れた。ウォルフ達ワーウルフが主体のアルヌス側は並の人種よりも頭2つ3つ分高い優れた体格とチームワークを駆使し、倍以上の頭数相手に持ち堪えているがゲリラ兵も相応に練度が高く、また逃げ遅れた民間人を盾にする事でウォルフ達へ窮屈な戦いを強いてみせている。

 

 

「ゲート前で停車したらロゥリィと俺は降車してウォルフ達を助けるぞ!」

 

「私とヤオは後ろから弓で援護射撃ね!」

 

「そういう事! レレイも後方支援頼んだ!」

 

「任された。導師号試験の為に仕上げてきた魔法の出番……は、状況的にお預け。でも頑張る」

 

 

 氷を連想させる感情を感じさせない鉄面皮とは正反対に、大胆なハンドリングとアクセルワークを駆使するレレイに操られた屋根無し高機動車はゴムと地面が擦れ合うスキール音を発しながら、横滑りする形でゲート前へと到達した。

 

 車両が完全に停まる前に助手席ドアを開けて伊丹が、荷台を蹴って彼の頭上を悠々を飛び越えたロゥリィが乱戦の真っ只中へと文字通り飛び込む。

 

 落下先にいたゲリラ兵が袈裟切りに振り抜いたロゥリィのハルバートで縦に両断され、ウォルフを背後から襲おうとした敵兵は的確に放たれた伊丹の3連射を喰らってウォルフよりも先に息絶えた。

 

 突然崩れ落ちた敵の姿に一瞬ポカンとなったウォルフだが、伊丹が駆け寄ってくるのを捉えるなり狼そっくりの口元が笑みの形に大きく裂けた。

 

 

「ようイタミの旦那! 戻って来てたんスね!」

 

「ついさっき迎えのヘリから車ごと飛び降りてきたばっかりだよ。状況はどこまで把握してる!?」

 

「傭兵団や隊商のフリして紛れ込んでた帝国兵共がアルヌスを焼いて、逃げて来た住民も追いかけて皆殺しにしようと竜騎兵まで連れてきてこうしてジエイタイの陣地まで攻め込んできた事は知ってるぜ!」

 

「避難民にも敵が紛れ込んでる! 子供に擬態した怪異も含めてかなりの数が基地を荒らしてるみたいだ!」

 

「どおりで知らない獣の臭いもしてるわけだ、っとぉ!」

 

 

 伊丹が見上げなければならない程の体躯を生かした体重と膂力の乗ったウォルフの斬撃がゲリラ兵をまた1人鎧ごと袈裟切りにした。

 

 あっという間に戦況は伊丹とアルヌス傭兵団側へ大きく傾いた。たった5人の援軍だが、援軍ひとりひとりの戦力が段違いだった。

 

 援護担当のテュカとヤオが放つ弓矢は一射一射が正確無比で、風の精霊魔法で格段に加速されたエルフの矢は突き刺さるどころか人体や防具を完全貫通し、背後に居た別の敵まで射貫く程の威力を有していた。テュカとヤオが弓を1つ放つ度に2人3人が纏めて仕留められていくのである。

 

 レレイは、敵味方避難民が入り混じる今回の戦場では攻撃魔法では誤爆や付随被害が出かねないと判断。

 

 代わりとして周囲に転がっていた剣や短刀、それ以外にも拳大はある建築物の瓦礫に避難民が放棄した家財道具を宙に浮かせ、短い詠唱に杖を一振りすれば浮かせたそれらを砲弾としてゲリラ兵へと降り注がせる。

 

 エルフ組の加速した矢には負ける分、弾の高質量で威力を補うそれは大リーグ投手の剛速球張りの速度で飛来し、ゲリラ兵が身に着けた鎧を貫いて突き刺さったり、或いは防具が大きくひしゃげる程の衝撃を喰らった敵は悉く戦闘不能に陥った。精度も正確、魔法である程度高くまで浮き上がらせてからの射出だったので、避難民という肉の盾の上を超えて敵を狙えたのも大きい。

 

 伊丹とロゥリィは言わずもがな。上下左右アクロバティックに跳ね回っては命を物理的に刈り取る黒ゴス亜神が敵集団に斬り込んで引っ掻き回しては、伊丹の射撃がロゥリィに気を取られた他の敵を射殺していく。

 

 

「炎龍殺しの英雄が帰ってきたぞぉ!」

 

 

 生きた災厄とされた古代龍を討伐してみせたネームバリューを利用すべく、ウォルフがここぞとばかりに伊丹の存在を喧伝した。効果は覿面で、傭兵団の戦意はうなぎ上りだ。

 

 そういうのはちょっと止めて欲しいんだけどなぁ等と頭の片隅で考えつつ、伊丹の肉体は機械宜しく正確に敵を射殺し続ける。

 

 これを数回繰り返すと、何時の間にか敵の頭数とアルヌス側の戦力の頭数が逆転していた。

 

 おまけに防壁のゲート前は伊丹とウォルフ達が陣取っているので敵は基地外へ退却も出来ない。

 

 窮地に追い込まれたゲリラ兵は最悪の手段を取った。未だ逃げ遅れて残っていた避難民達へ刃を押し付けて人質にし、肉の盾として突きつけたのである。

 

 

「コイツらを殺されたくなければ武器を捨てろ!」

 

「うーんこのテンプレ的要求」

 

 

 ついぼやく伊丹だが口調の軽さとは裏腹に眼光と気配はとても鋭い。

 

 

「ちっ武器を持たねぇ避難民盾にして後ろから刺すしか出来ない外道どもが」

 

「どぉするのぉ? 街の代表の一員としてはぁ領域に住む信徒ごとぉ斬り倒すのはあまりしたくないんだけどぉ」

 

「数が多過ぎる。我らエルフとダークエルフの弓ならば人の盾に隠れる恥知らずを射貫く事も出来るが、この数を同時に居抜くのは流石にな……」

 

 

 ロゥリィもテュカもヤオもレレイも各自得物の構えを解かないまま、しかし手を出しかねている。ウォルフ達も似たようなものだ。

 

 人質を取ったゲリラ兵は10名近い。全速力で速射しても最後の数名には人質の頸を掻き切る時間を与えてしまう可能性が高い。

 

 そして最後に伊丹。彼は睨み合いが始まるやそそくさとウォルフらの背後に身を隠すように後退していた。

 

 中途半端な残弾のマガジンを捨てて新しい物と交換しておく。それから戦闘ベストの手榴弾用ポーチへ手をやり、やはりウォルフの巨体でゲリラ兵から視界を遮りながら取り出した物体を少女達へチラつかせてアイコンタクト。

 

 

「レレイ、合図をしたら頼む。テュカは右の3人、ヤオは左の3人を、残りは俺が処理する」

 

「心得た」

 

「任せてちょうだい!」

 

「聞こえないのか貴様ら!?」

 

「どうするんだよイタミの旦那!」

 

 

 ウォルフの焦りも露わな口調に伊丹は冷静に一言告げる。

 

 

「合図をしたら――目と耳を塞げ」

 

「へ?」

 

「ステンバーイ――GO!」

 

 

 言うと同時、伊丹は後ろ手に回した状態で握り締めていた物体を手放した。

 

 筒状の物体は引力に逆らう形でそのまま浮き上がったと思えば急上昇と急加速を行い、次の瞬間には伊丹とウォルフの頭上を通り越して人質を盾にするゲリラ達の頭上へ到達した。

 

 高機動車の運転席で密かに杖を握り詠唱を行っていたレレイによる念動である。物を浮かせて射出するだけの魔法だが孤島の空港施設でロシア人テロリスト相手にも効果を発揮したように、単純であるが故に才能ある者が行使すれば大いに強力な攻撃と化す。

 

 ただし今回は物理的な攻撃としてではなく、不意を突いての投擲手段として用いられていた。レレイは細かな制御によって射出すると同時、信管に点火するよう物体に付いていた安全ピンに干渉して空中で抜いてみせた。

 

 ()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 ――通常の手榴弾より起爆時間が短く設定された閃光手榴弾(スタングレネード)が、ゲリラ兵のすぐ頭上で炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 瞼越しでも容赦なく網膜を貫く閃光に聴覚障害どころか脳震盪すら誘発させかねないレベルの轟音。

 

 片手に武器、もう片方の手で人質を抑え込んでいたゲリラ兵らは、身構える事すら出来ず閃光手榴弾の効果をもろに受け止める形となる。

 

 

「うわあああぁぁぁ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

「目が、私の目がぁっ!?」

 

「ギャオンッ!!?」

 

 

 視覚と聴覚を同時に奪われたゲリラ兵が人質の存在も忘れてのたうち回った。

 

 もっともその人質も同じように閃光手榴弾の影響で悲鳴を上げたりショックで蹲ってしまったりしているのだが、命に関わる傷は一切生じていないから今は放置する。ちなみに最後の悲鳴は反応が遅れて目と耳を庇い損ねたウォルフの仲間だった。

 

 炸裂から間髪置かず、弦を弾く音が都合6回に加え、抑制された銃声の短連射も数回生じた。

 

 閃光と轟音の効果が薄れてウォルフ達が耳鳴りの酷い頭を振り振りし、それからハッとなって顔を上げた時には全て終わっていた。

 

 眼窩や口の中から鏃を生やしたゲリラ兵が6人、残りのゲリラ兵も胸部と頭部に風穴が開けて地面に転がっている。弓を下ろしたテュカとヤオが大きく息を吐き出すのが妙に鮮明に聞こえた。

 

 

「自慢じゃないが生憎その手のシチュエーションはたっぷり経験を積んでるもんでね」

 

 

 ドアを破って即爆弾付きベストを着せた人質を盾にしたテロリストを処理したり、撃ち返される前に複数の敵を排除したり、天井をブチ破って足が地面に着くより速く大統領を人質にした敵を無力化しなきゃいけなかったりした数々のシチュエーションと比べれは……なんて思う伊丹だったり。

 

 伊丹の言葉を拾ったウォルフ達は唖然とした顔で伊丹を見つめるばかりだ。

 

 目潰しして敵が混乱した隙に、盾に使われた人質へ当てないようにして複数の敵を同時に処理――言葉にすればこれだけだが、所要時間ほんの数秒でそれを実行し成功させるなんて、彼らからしてみれば常識外れもいい所業だ。

 

 

「とりあえずこの場に残っているゲリラはこれで全員ならいいんだが、敵は避難してきた一般人にも紛れてやがるから油断するなよ」

 

「お、おう! 任せといてくれ!」

 

「避難民に偽装した伏兵の動きを封じる為に避難民はグループで固めた上で隔離しておきたい。ウォルフ達には逃げてきたこの人達が下手に動いて基地の中心に向かわないよう彼らの監視と武装解除を任せたいんだけど、まだやれそうかね?」

 

「まだまだやれるから安心してくれよ。味方に紛れ込んだ敵がどれだけヤバいかは麓の街で散々教えられたからな。ここに居る連中は故郷からの付き合いだったりアルヌスの街が作られて見回りにするように鳴なった頃からずっと組んでるのばっかりだから裏切りの心配もねぇぜ」

 

「それは心強い。よしそうだな、もしかするとここにもアレが置いてあったかも……」

 

 

 ブツブツ呟きながら伊丹は防壁と一体化した検問所の中へ。すぐに棒の先端に輪っかをくっつけた形状の道具を数本抱えてウォルフ達の下へ戻ってきた。

 

 

「何だこれ?」

 

「金属探知機。こっち(特地)じゃセラミックみたいな非金属の武器なんて出回ってないからな。金属製の武器に近付けると音が鳴るから避難してきた人達を片っ端からこれで検査して武装解除してった上で、この場に留まるよう監視して欲しいんだ。頼む」

 

 

 アルヌス駐屯地を取り囲む最終防衛線なだけに当然ながら検問所にはこの手の道具も予備を含め置いてあった。対象者は主に駐屯地内外を出入りする現地住人である。

 

 一目瞭然とばかりにウォルフの剣や鎧に近付けてやると、ハンディタイプの金属探知機が甲高い電子音を発した。

 

 特地では未知の音程に驚きと興味を見せつつ、金属探知機を受け取ったアルヌス傭兵団の面々は手当たり次第に避難民達の身体検査を開始する。

 

 

「ロゥリィ達はウォルフ達が避難民の武装解除してるあいだ周辺警戒をしててくれ!」

 

「ヨウジはどこ行くのよぉ?」

 

「この門を封鎖できるか検問所の中を確認してくる!」

 

 

 伊丹は再び検問所の中へ。防壁と一体化した検問所は複数階構造。監視塔や射撃陣地としての機能も有しており、防壁上に出る事も可能になっている。

 

 検問所は内部は完全に荒らされていた。内部階段を上り、上の階に到達すると門を開閉する制御装置を探す。

 

 検問所に配備されていた隊員と、避難民に偽装して先んじて潜入したらしい、さっき戦ったゲリラ兵とは違い一般的な現地住民そのままの姿をした工作員の死体が複数転がっている。中には女の死体もあった。

 

 どちらも銃と短剣、武器を握って凄まじい形相を浮かべたまま事切れていた。自衛隊側の死体は護身用に携行していた拳銃ばかりだったのは壁際の武器ロッカーに取り付いて鍵を解錠する余裕すらなかった事を示していた。

 

 最終的に勝利したのは不意を突いた工作員側だったのだろう。パソコンから無線機に休憩用のドリンクサーバーに至るまで手当たり次第に検問所の設備を叩き壊して回ったようだ。その中には門の制御装置も含まれていた。

 

 

「クソッ」

 

 

 アルヌス駐屯地内外へ出入りする際に通る門は日本にある一般的な駐屯地の門とは一線を画している。

 

 実戦前提の設計らしくトーチカにも使われる強化コンクリートでガッチガチに固めた防壁と同じ素材を使い、門そのものの厚みと高さも防壁とほぼ同等だ。人の力で開け閉めできるようなチャチな鉄門とは重量も比べ物にならないからこそ、こうして機械で制御していたのだが――

 

 

「ロゥリィの馬鹿力で何とか動かせないかな」

 

 

 マジモンの神をこき使う気満々だった。使えるものは上官のコネから敵の核ミサイルでも奪って使え(実行済)がモットーなタスクフォース141流がてっぺんまで染み込んだ伊丹である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 恋人の1人であり本物の異世界の神様も遠慮なく容赦なくこき使おうかと伊丹が考えた、その時だった。

 

 

「ゾルザル殿下万歳!」

 

 

 そんな叫び声が聞こえた直後、難民の悲鳴とウォルフ達の怒鳴り声が届いたのだ。

 

 すぐさま駐屯地の内側に面した窓へ滑り込みながら警戒態勢を取る。見下ろした先、懐に隠し持っていた武器を手に正体を現したゾルザル側の工作員が複数名、ウォルフ達に襲い掛かるのが目に入った。

 

 だが予め警戒していたウォルフ達もさるもの。金属探知機を手に身体検査を担当していた傭兵はすぐに工作員から距離を取り、武器を手にしたままだった他の仲間が入れ替わりに工作員を受け持つ。奇襲を凌がれた工作員はあっという間に討伐されていった。

 

 状況が一変したのは最後の1人が斬り倒される直前、懐から取り出した袋の中身をぶちまけた時。

 

 中身の液体を引っ被ったウォルフ達は途端に鼻を押さえて悶絶した。振り回された袋の中身は難民にも降りかかる。

 

 

「くっせぇ!!? 何だこりゃ!?」

 

「こいつは蟲獣の体液だぞ! 怪異使いの連中が怪異を集めて襲わせる時に使うっていう!」

 

 

 傭兵団の誰かが呻いた内容を裏付けるかのように怪異――ダーの雄叫びが周囲から聞こえてきた。

 

 

「まっずいわよぉこれぇ! 臭いに引き寄せられて怪異共が集まって来るわぁ!」

 

「ひぃっそんなぁ!?」

 

「誰か助けて!」

 

「逃げないと!」

 

「逃げるって何処にだ!?」

 

 

 ゲリラ兵や工作員の乱戦に巻き込まれた時以上の混乱が避難民の間へ伝播した。

 

 不意に彼らの視線が伊丹の方へと向いた。視線の量はどんどん数を増し、避難民だけでなく傭兵団どころかロゥリィ達まで()()()()()()()()()から姿を覗かせる伊丹を見やった。

 

 検問所の入り口は開けたままだ。

 

 

「皆ヨウジが居るあの塔の中に! 急いで!」

 

 

 テュカの指示が合図となった。

 

 一斉に検問所目指して必死の形相で駆け出す避難民の群れ。多くの人々が殺気立った勢いで寄ってくる光景に思わず伊丹は頬を引き攣らせた。

 

 そうこうしている間に最初のダーが姿を現した。ウォルフより縦にも横にも更に大きい、ゴリラと狼と熊の遺伝子を融合させたような外見の怪物。1本1本が短剣を思わせる形状とサイズの鋭利な爪は既に何人もの血を吸った事を示す赤に染まっている。

 

 

「ビビるんじゃねぇぞ! アルヌス傭兵団としての踏ん張りどころだ!」

 

 

 ロゥリィやウォルフ達は殿となってダーに相対した。発破を掛けながらダーへ斬りかかる。

 

 中々に深い創傷が怪異に刻まれたが、毛皮も脂肪も筋肉の層もヒト種よりも格段に分厚い怪異はその程度では止まらない。逆に女性の胴回りほどありそうな太い剛腕をひと振りしただけで躱し損ねた傭兵団員の体躯が後続の仲間を巻き込みながら何メートルも吹っ飛んだ。

 

 

「チクショウ怯むな!」

 

「今度は私が相手よ、おっ!」

 

 

 今度はロゥリィが跳びかかると、亜神の膂力には流石に耐え切れず、あっさりとダーの首が刎ね飛ばされた。

 

 その間にも避難民は検問所兼監視塔の中へ逃げ込んできていて、彼らは先客である自衛隊員と工作員の死体におっかなびっくりしつつも建物内の人口密度は尚も急速上昇中。

 

 

「――側の門前で複数の怪異による襲撃を受けてる! こちらには多数の民間人と共に包囲されつつある、早く救援を……チクショウ誰か聞いてるのか!」

 

 

 携帯無線機にがなり立てていると、物理的な意味でロゥリィらよりも高い視点に居た伊丹の目が新手のダーを捉えた。今度は複数体で複数方向から、しかも周囲の建物の屋根を通って避難民の背中を護るロゥリィ達を包囲しつつある。

 

 

「ロゥリィ! ここから援護するから皆もさっさと撤退してこい!」

 

 

 ダー相手にMCXラトラーではダメだ。携行性の代償に短銃身化したこの銃では一定以上の距離が空くと威力と弾道が通常より急低下してしまう。人間ならまだしも何百キロもの筋肉と脂肪に覆われた怪異では役不足だ。

 

 伊丹は無用になったMCXラトラーをスリングで背中に回し、室内に備え付けられた武器ロッカーへ飛びついた。隊員の死体が握り締めたままだった武器庫の鍵をむしり取り、無断持ち出し防止のロックを解除。

 

 

「あーもうこんなのしか置いてないのかよ!」

 

 

 ……検問所の武器ロッカーに収まっていたのは64式小銃と9ミリ拳銃だけだった。

 

 それも偵察隊や資源探査班のような前線部隊の大半が用いているような、実戦を重視してドットサイトやフォアグリップを装着可能に改造した現地改修型ではない。標準搭載のアイアンサイトで照準せねばならない無改造の64式である。

 

 それでも無いよりはマシだ。そう己に言い聞かせる伊丹。

 

 少なくとも命中精度に関して64式は優秀な銃であり、長銃身と7.62ミリNATO弾―防具を装着した敵や頑丈な怪異を想定し、減装弾は特地派遣部隊では使われていない―が生み出す安定した威力はサブマシンガンサイズのMCXよりもまだ怪物相手に有効だろう。

 

 ……そもそもの話、自衛隊員なのに今や自衛隊非採用な海外製最新兵器の方に慣れ切っている伊丹の方がおかしいのは置いておく。

 

 体の方は特戦群入りする以前の時代に散々仕込まれた記憶を忘れておらず、流れるような動作で64式の射撃準備を行った。

 

 20発装填の弾倉をはめ込みボルトを引いて初弾装填。安全性を重視し過ぎて実際に使う隊員からは不評な悪名高い安全装置は(連射)にセット。右手に銃を持ち左手には予備マガジンを持てるだけ引っ掴むのを忘れない。

 

 今や室内に溢れ返る避難民に「どいてくれ!」と叫んで人を掻き分けた伊丹は窓に辿り着くなり身を乗り出して発砲した。

 

 MCXのそれよりも強くストレートな反動が肩を蹴る。サイレンサーが取り付けられていない素の銃声を間近で耳にした避難民の悲鳴も背後で上がった。

 

 眼下で応戦するロゥリィ達を包囲しようとするダーの集団を手当たり次第に撃ちまくった。着弾の度にダーの巨体が仰け反り、鮮血が舞うのが見えた。

 

 だがダーは胴体に1発や2発喰らった程度では斃れない。まるでアッパー系の麻薬でもキメた熊かゴリラを相手にしている気分だ。

 

 通常の野生動物みたいに胴体の重要部位(バイタルパート)では効果が薄いと判断して、頭部や首元が原形を失うまで撃ちこまれてようやく動かなくなった。

 

 ロゥリィ程の剛腕(比喩表現)ならともかく、弓がメインウェポンのテュカとヤオやウォルフ達の武器もやはり分が悪い様子でどうにか近付かせないのが精一杯な様子。

 

 エルフ組の精霊魔法による強化を受けた人体を防具ごと貫く矢の一撃を頭部に食らっても、ダーはなおも止まらない。そのタフネスはオークやトロールといった似た寄ったサイズの怪異をも上回る。

 

 

「行け!」

 

 

 ロゥリィ以外ではレレイの魔法が最も効果を発揮していた。

 

 自衛隊が持ち込んだ銃火器から発想を得た爆轟魔法、その威力はダー相手にも通用するレベルで、形状から効率的に魔法が発動出来るとレレイが持ち込んだ大量の金属漏斗が宙を舞ってはダーへ飛来し、爆発を起こす。直撃しなくても副次的な爆風によってダーは足を止めざるをえない。

 

 云わば今のレレイは、魔法版の誘導機能付きフルオートグレネードランチャーをぶっ放す人型砲台そのものだ。

 

 これだけ派手に暴れていれば基地内の隊員も入り口での騒ぎに気付くだろう。すぐに援軍も来る筈だ……そう思いたい。

 

 それはともかく弾の消費が激しい。20発しか入らないマガジンはすぐに弾切れを起こしてしまう。舌打ちしながら撃ち切ったマガジンを交換する伊丹。

 

 

「聞こえるか、避難民は皆中に入った! 皆も早く入ってこい!」

 

「しかと聞こえたぞ! 皆も早くヨウジ殿の居る塔へ逃げ込め!」

 

 

 撤退を開始するロゥリィ達の背中に爪を突き立てようと、体勢を立て直したダーの群れへ伊丹が7.62ミリ弾を降らせた。検問所を取り囲もうとするダーの数は既に1個小隊規模にまで膨れ上がりつつある

 

 最後の1人が検問所の中へ消え、待ち構えていたヤオが扉を閉めたすぐ直後に怪異の巨体が続けざまにぶつかる鈍い衝撃音が上の階にまで伝わってきた。

 

 

「扉がブチ破られそうだぞ!?」

 

「皆手を貸せ扉を押さえるんだ!」

 

 

 ウォルフ達の慌てた声まで聞こえてくる始末。伊丹は下の階まで聞こえるよう声を張り上げた。

 

 

「手榴弾を使う! 爆発の衝撃で扉が開かないよう踏ん張ってくれ!」

 

 

 悠長に返事を待つのも惜しいと再び窓辺へ戻る。伊丹のその手には手榴弾ポーチから取り出した破片手榴弾が握られている。

 

 窓から身を乗り出すと安全ピンを引き抜き、続いてピンによって固定されていた安全レバーが勝手に弾け飛ぶとすぐさま扉の前に固まるダーの集団の中心……よりも後方へ手榴弾を投じた。

 

 即座にもう1個取り出し安全ピンを解除。今度はすぐに投げ込まず、文字通り点火した爆弾を手に短くも長い数秒が過ぎるのを待つ。

 

 1個目の手榴弾が爆発する振動を全身で感じるなり、伊丹は2個目を投じ素早く室内へと頭を引っ込めた。

 

 まず1個目はダーの集団の足元で爆発する。下半身を飛散した破片に切り裂かれるのみならず、爆圧によって足元を掬われたり背中から突き飛ばされたダーの集団は将棋倒しを起こした。

 

 何事かと軽傷のダーが本能的に起き上がり、威嚇の雄叫びを発するよりも早く2個目が爆発した。教本通り最大威力を発揮すべく点火から投じるまでのタイミングをずらして放り込まれた2個目は無防備な怪異の群れの頭上で炸裂。これにより1個の手榴弾で10体近くの頭部を戦闘不能レベルで破壊する事に成功した。ヒト換算でも大戦果な結果である。

 

 それでもなお誘引されたダーの勢いは衰えを見せない。

 

 

「まだ集まって来るのかよ!」

 

 

 吐き捨てながら3個目を追加投入しようとした瞬間だった。

 

 真下から生々しい強烈な殺気を感じて咄嗟に仰け反る。刹那、目の前を体毛に覆われた伊丹の頭よりも太い腕から伸びた鋭利な爪が目の前の空間を通過し、引っかけられた64式がスリングより引き千切られて外の何処かへ飛んで行ってしまった。

 

 窓の外に牙を剥き出しにしたダーの顔が出現するや、室内の避難民達が一斉に怯えの悲鳴を口から迸らせた。仰け反った勢いで背中から倒れ込んだまま、伊丹ですら驚きで叫んでしまったぐらいだ。

 

 

「うえぇっマジかよ!」

 

 

 壁面に爪を掛け人外の筋力で無理矢理よじ登ってきたのだ。監視塔の壁に取り付いたダーは伊丹が援護の為に開けていた窓より中に入ろうと腕、そして頭の順番に突っ込んでもがき回る。

 

 新たな64式を取りに行く余裕も背中で下敷きになったMCXを構え直す猶予もない。

 

 だから伊丹は右太股のサイドアーム、グロック18を引き抜いた。

 

 僅かに背中を丸めて床から浮かし開き気味にした両足の間に拳銃を握った両手を挟みこんで固定。安定性をより高める。スライドには初弾装填済み、射撃設定切り替えのセレクターを操作する間も惜しい。

 

 都合17発+1、通常マガジンに装填分の9ミリパラベラム弾を一斉に連射した。セミオートでありながらフルオートと錯覚しそうな乾いた銃声の連打と共に、硝煙を纏わりつかせた薬莢がスライドから連続して飛び出した。

 

 拳銃弾でも至近距離からマガジン1個分が丸々直撃したダーの顔面はグシャグシャに粉砕され、それでも雄叫びを発しはしたが耐え切れずにズルズルとずり落ちて、窓の外へ消えた。

 

 残心を維持したまま拳銃のマガジンをフル装填済みの新品と交換。ついでに手榴弾も駄目押しでダーが落ちた辺りへ放り込んでおく。黒みを帯びた煙が窓の外まで立ち上った。

 

 

 

 

 

 

 

 上での騒ぎを聞きつけたレレイとテュカとヤオが避難民を掻き分けて姿を現すのと同時、異変に気付いた避難民が別の窓を指差した。

 

 

「壁の上からも怪異が!」

 

 

 指差す先には言葉通りダーが1体のみならず複数体、防壁上を伝って接近中しつつあった。防衛戦発生時、塀の上を通って戦力配備が出来るようそれなりの道幅が予め確保されていたのに加え、壁の内側には一定間隔置きに地上から防壁上へ上がれる階段まで設けてあったのが仇になったのだ。

 

 

「マズいぞヨウジ殿、先程の偽装した敵との戦いから立て続けだったせいでこのままでは此の身の手持ちの矢が足りない」

 

「私もヤオと同じよ。矢は切れても精霊魔法は使えるけど、レレイほど強力ではないからどこまで通用するか……」

 

「周りに防御魔法を発動出来ない守護対象がこれだけ集まっている中、あれだけ距離を詰められてしまってはあの怪異に有効な爆轟魔法は使えない。威力が強過ぎて生じた余波が避難民どころか我々まで巻き込んでしまう」

 

 

 地上もまだ集まりつつある追加のダーが押し寄せてきているせいで、ロゥリィやウォルフ達も手が離せない。

 

 

「こっちも閃光弾はあるが手榴弾の手持ちがもう無い。目潰し程度には使えるだろうが足止めにしかならないぞ」

 

 

 伊丹は、ヤオに命じてロッカーに残っている他の64式と弾薬を集めてくるよう命じた。

 

 その間にも防壁上のダーは着実に迫っていて、先頭が吠えたのを合図に一気に移動速度を上げて防壁上を縦一列に並んで疾走を開始した。

 

 

「撃て撃て撃て!」

 

 

 迎撃の銃火が、加速した矢が、浮き上がった機材の破片が防壁上に繋がる入口へ殺到した。

 

 自然と先頭のダーがそれらを真正面から受け止める形となり、迎撃をもろに食らったダーは必然的に巨体を引き裂かれ、貫かれ、破片が突き刺さって耐え切れずあっさりと事切れる。

 

 その代わり厚い肉の壁は後続を守る盾となり、続く怪異の群れに殆ど攻撃が届かない。そのまま仲間の死体ごと押し込むようにして、あっという間に後ろに続いていたダーが監視塔と防壁の境界に足を掛けた。

 

 

「ダメだ抑えきれない!」

 

 

 自分はまだいい、いや本心は全くよくないのだが、デカい怪物相手の殴り合いにテュカ達まで加わらなければならないのはもっとマズい。

 

 ロゥリィも下で手いっぱいだ。伊丹の顔が焦りと恐怖に歪む。

 

 援軍はまだ来ないのか。味方は一体何処に居るんだ!?

 

 このまま逃げ場のない空間であの数、あの凶悪な怪異に襲われてはテュカもレレイもヤオも避難民もひとたまりも――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 援軍は、音よりも速くやって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いきなり目前まで迫ったダーの頭部が弾けた。巨体が仰け反る。凶悪な面構えの横半分が砕けた肉と骨と毛皮が入り混じる無惨な物に一変していた。

 

 

「え?」

 

 

 遅れて、遠雷に似た銃声の残響。派遣部隊の基地に持ち込まれたあらゆる銃器の発射音が四方八方から聞こえているにもかかわらず、その1発だけは妙にしっかりと伊丹の耳朶を打つ。

 

 500メートルは離れてるなと、伊丹の思考の片隅が冷静に着弾と銃声が聞こえるまでのタイムラグから発射地点の距離を弾き出した。

 

 頭部を半壊させながらもまだ戦意旺盛なダーは傷に手―前足?―をやりながら、苦痛を怒りに換えて伊丹達へ威嚇の咆哮を発し――

 

 ――飛来した2発目が胸部側面に着弾。心臓と肺の貫通コース。だが不揃いな牙の隙間から鮮血入り混じる涎をダラダラと溢しながらもまだ止まらない。

 

 3発目。これがとどめとなった。頭部の残り半分を粉砕され、棒立ちになったかと思うとぐらりと横に倒れ、また間を空けて届いた銃声に合わせるように防壁の外側に落ちてそのまま見えなくなる。

 

 流石に仲間の頭が突然吹き飛ばされたのには意表を突かれたのか、後続のダー達は凶悪な面構えの上からでも見て取れる程の困惑も露わに、足を止めて周囲を見回した。

 

 

 

 

 

 今ので確信出来た事がある。口径は威力と銃声からして最低でも.308(7.62ミリ)以上50口径(12.7ミリ)以下、連射間隔からして銃種はボルトアクション。

 

 命中した時に飛散した血しぶきの勢い、角度、ダーの肉体に生じた銃創の具合から弾き出した推定狙撃地点はアルヌス駐屯地で最も高い建造物である基地の中心、『門』の防護ドーム屋上。

 

 そしてこれが最も肝心なのだが。

 

 救い主は500メートル先から激しく動く目標に寸分違わずヘッドショットとハートショットを連続でブチ込める腕を持つ、()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 

「今のって狙撃、よね?」

 

「ああ、半キロ先からの援護射撃さ」

 

 

 未だダーはまだ何匹も残っているが、敢えて伊丹は感謝と賞賛を込めたサムズアップを遥か遠方のドームへ向けて掲げてみせる。

 

 

 

 

 

 それに応えるかのように、新たに飛来した魔弾が防壁上に並んだダーの群れを次々と射貫いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伊丹の称賛は救い主の下へ届いている。

 

 ドームの頂点部で伏射姿勢を取り、引き金を絞ってはボルトを操作して次弾を送り込む動作を高速で繰り返していたマクミランは、一連の動作速度を全く衰えさせぬまま僅かに口元を緩めた。

 

 

 

 

「――どういたしまして(Not at all)戦友(Bro)

 

 

 

 

 

 

 

『よく狩りをする者は、よく獲物を見つける』 ――ベルナール・ビュフェ

 




急募:文字数は増えてるのに展開が進まない病の治療法

次回こそ一気に展開進めたい…

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