GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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遅くなりました。



34:The Cavalry/鉄の騎兵

 

 

 

 

 

 

 その通信が伊丹の下へ届いたのは果たして偶然だったのか、予め決められた運命だったのか。

 

 

 

 

 

 

こちら栗林二曹! 現在医療施設にて多数の正体不明生物に包囲され籠城中!

 ……の大半は怪我人か非武装でこのままでは持ち堪えられない! ああもうちょっと誰か聞いてないの、早く救援を――

 きゃあっ!?

 

 

 

 

 

 

 

 ブツッ、と無線機から聞こえた栗林の声が耳障りなノイズによって断ち切られる。

 

 

「栗林!? 応答しろクリ! 聞こえるか、()()()

 

 

 無線に呼びかける。応答は、ない。

 

 頭に拾床を叩きつけられたような衝撃が走った。鳩尾に大口径弾を喰らったかのような錯覚と苦しみを覚えた。

 

 フラッシュバック――リオデジャネイロで、ロシアで、アフガンで、インドで、アフリカで、チェコで、シベリアで。何度も聞いてきた、たった今まで無線でやり取りしていた別部隊の仲間が戦死する瞬間の断末魔。

 

 戦友の死に慣れはしなくとも耐性は付いていたつもりだったのに、無線機から栗林の声が聞こえなくなった瞬間に伊丹を襲ったショックは、過去に受けたあらゆる肉体的精神的苦痛を超越していた。

 

 目の前でソープが息絶えた時や、母親やテュカが発狂する様を見せつけられた時よりも、より深くより冷たく伊丹の心を抉る。

 

 

 

 

 

 まさか。やめてくれ。何でよりにもよってアイツが。

 

 

 

 

 

「しっかりなさぁい!」

 

 

 地面そのものが消え去ったような感覚に襲われて、その場に崩れ落ちそうになった伊丹を寸前で文字通り叩き起こしたのはロゥリィの平手打ちだった。

 

 傷一つない白魚のような細く小さな手でも、亜神の膂力で振るわれれば死人でも目を覚ましそうな強烈な一撃を生み出す。伊丹自身、首から上がぶっ飛んだかと思ったぐらいだ。

 

 伊丹の頬を張り倒した手がそのまま彼の胸ぐらを掴み、されるがまま強く引き寄せられる。焦点を取り戻した伊丹の視界一杯にロウリィの顔が映った。

 

 

「まだ直接亡骸を前にしたわけじゃないでしょぉ! それにねぇ、シノはねぇ、この死神ロゥリィが眷属にした戦士イタミヨウジィが認めた女戦士であり伴侶なんでしょぉ!?

 そんなシノがあっさり殺されちゃうわけないわぁ! それを誰よりヨウジィが信じてあげなくてどうするのよぉ!」

 

「っ!!」

 

 

 そう叫ぶロゥリィもまた不安に瞳を潤ませてはいたが、それ以上の闘志と信頼の念が彼女の瞳の中で燃え盛っている。

 

 ロウリィもまた永い亜神としての生き様の中で、間違いなく伊丹以上に身近な者との永久の別離を経験してきた身だ。

 

 だからこそどんな強者や賢者でも1つ間違えただけで些細な原因によってあっさりと息絶えてしまうという、その真理を誰よりも理解している。眷属となった伊丹は例外としてもテュカにレレイにヤオ、何より栗林ですらも例外ではないと分かっている筈だ。

 

 それでも、ロゥリィは栗林の生存を信じていた。同じ監視塔内に集まるテュカとレレイとヤオもまた同じ光を浮かべて伊丹に頷きを返す。

 

 ――ああそうだ、その通りだ。俺が信じてやらないでどうする。

 

 

「そうだよな、あの脳筋爆乳な俺の嫁さんが、()()()()()()()()()()()にあっさりやられちまうわけないよな」

 

 

 精神が肉体の制御を取り戻す。一旦思考が復活すれば決断も即決だった。

 

 

「ロゥリィ達はここでウォルフ達と一緒に援軍が駆け付けるまで避難民の護衛と、それから基地の周囲の監視を頼む! 少しでも異変を感じたら無線で連絡を!」

 

「ヨウジは?」

 

「医療施設に向かう!」

 

 

 避難民とアルヌス傭兵団の人垣を突き飛ばすようにして掻き分け、階段を駆け下り地上に出る。

 

 途端に自衛隊員とゲリラ兵の亡骸に加え、頭部と胸部の中心ばかりが破壊されたダーの死体の山が生み出す異臭が鼻を襲ったが、死屍累々の状況自体は慣れたものだ。あっさりと無視して乗ってきた高機動車へ向かう。

 

 ダーの目標が伊丹達と逃げてきた原住民に集中していたお陰か高機動車は無事だった。満載した荷物も同様だ。

 

 ゲリラ兵相手には持ち出さなかったHK417を取り出す。代わりにダーには通用しないMCXラトラーは置いていく。

 

 銃本体に50連ドラムマガジンを装着。戦闘ベストのマガジンポーチに突っ込んでいたMCXラトラー用の弾薬をほっぽり出してHK417用のマガジンを押し込む。

 

 資源探査任務に持ち出したHK417にはM320グレネードランチャーも銃身下のハンドガードに追加してある。それ用の40ミリグレネード弾も持っていく。

 

 屋内での接近戦用にXRAIL拡張マガジンを装着したベネリ・M4セミオートショットガンも背負った。怪物退治にはショットガンと相場が決まっているのだ。

 

 装填するのは散弾ではなく対大型獣用のスラッグ(一粒)弾。その威力は近距離では大口径ライフルに匹敵する。消費したグロック18の弾薬もフル装填のマガジンと交換しておくのを忘れない。

 

 伊丹は検問所近くに停めてあった偵察用オートバイへ駆け寄った。広い基地内やアルヌスの街を行き来する足代わりに多くの隊員がこの手の乗り物を乗り回している。

 

 何台かは損傷していたが、倒されただけで無傷の車両も在った。それを引き起こしていた所へ、後を追って検問所から飛び出してきたヤオが駆け寄ってきた。

 

 

「此の身も同行させてくれ! 此の身はイタミ殿の所有物ならばその伴侶であるクリバヤシ殿を助けに向かうのが道理!」

 

「後ろに乗れ! 背中は任せたぞ!」

 

「~~~~~~~!! 承知した!」

 

 

 伊丹から背中を預けられた事に対し、彼の奴隷としての感情に加えて女としての感情が半々混ざり合った歓喜に背筋と口元を震わせるヤオだったが、オリーブドラブに塗装された高機動車とは明らかに別種の乗り物へ跨ろうとしている伊丹の姿に目を瞬かせた。

 

 アルヌス駐屯地に滞在していた時分に他の隊員が乗り回しているのを度々目撃してはいたが、伊丹が乗ろうとしているのを目の当たりにしたのは今この瞬間が初めてだった為だ。

 

 なのでつい真っ当だが失礼な疑問がヤオの口から漏れてしまう。

 

 

「しかしイタミ殿はその鉄の馬(バイク)に乗れるのですか?」

 

 

 対して伊丹はボタン式のスターターを押し込み車体が傾いたままエンジンを始動。

 

 アクセルを吹かし続けざまハンドルとクラッチを切り、排気量250cc重量100キロ超のバイクを使ってアクセルターンからの引き起こしを見事に成功させる事で、ヤオへの返答とした。

 

 

「習志野と海外時代に散々仕込まれたもんでな。出すぞ、早く後ろに乗れ!」

 

 

 少数編成の偵察・潜入任務において4輪よりも高機動かつ走破性に優れたバイクはWW2当時から運用が行われており、小型バギーのようなATV(全地形対応車)が生まれてからもそのニーズは維持されている。それは各国軍隊に留まらず、ジャングルや山岳地帯を根城とするゲリラも軽量のオフロードバイクを愛用している程だ。

 

 そして一般部隊よりも更に極小単位、且つ多用途な任務に投入される特殊作戦群であった伊丹もまた、空挺降下や破壊工作技術といった特殊技能同様に、各種車両の運転技術をみっちりと仕込まれていたというのが事の真相である。

 

 実際、空挺部隊と特殊作戦群で嫌々習得させられた技能の数々は、最終的に伊丹が送り込まれたタスクフォース141にて―そして壊滅して以降も―海外の戦場を駆けずり回るようになった彼を幾度も生き延びさせる一助となった。

 

 

 

 

 

 ――伊丹より余程優秀な兵士があの部隊(TF141)には山ほどいた。

 

 ――だが最後に生き残ったのは伊丹を含めた極僅かだった。

 

 それが、戦場の現実だった。

 

 生き延びた者が、先に斃れた戦友達を語り継ぐ。それこそが生き残った者の務め。

 

 

 

 

 

 

「わ、分かった。では失礼して……きゃあ!?」

 

 

 初体験のバイク(の後部座席)に跨り、馬の相乗りと同じように恐る恐る伊丹の胴へ腕を回したヤオは、その場に停止していたバイクが前触れもなく勢いよく発進した反動に思わず甲高い悲鳴を発した。彼女が知る馬の発進速度よりもバイクのそれがずっとかけ離れていたからだ。

 

 見送るロゥリィ達を残してあっという間に2ケツ状態のバイクが遠ざかっていく。

 

 2人と入れ違うように、開放されたままの防壁門を確保すべく派遣された部隊がようやくロゥリィ達の下へ駆けつけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伊丹とヤオを乗せたオートバイが混沌に覆われた基地内を駆け抜ける。

 

 車では味わえない、馬以上の疾走感を感じさせる全身にぶつかって切り裂かれる風や、褐色の軟肉が2つ、潰れて形を変える程密着しているというシチュエーションを堪能出来る精神的余裕など、今の伊丹にもヤオにもこれっぽっちもない。

 

 直線状に敷地内を突っ切る医療施設への最短ルートは取れなかった。ルート上を襲撃の混乱でぶちまけられ炎上した残骸で塞がれていたり、獲物を探すダーが立ち塞がっていたりと、度々急ターンをして迂回路を探さねばならなかったからだ。

 

 それでも大小様々な瓦礫が転がる道を、最低限の減速とハンドルワークですり抜けながら伊丹が運転するバイクは着実に医療施設へ近付きつつある。

 

 プレハブの建物が並ぶ一画を走る。屋根の低い建物が次々と後方へ流れていく。

 

 不意に前方の建物の影から人影が覗いた。布を顔に巻き付けて正体を隠した人物、避難民に紛れ込んだ工作員がローブの下に隠し持てる小型のボウガンを構え、急接近する伊丹を狙う。

 

 伊丹の方も敵の出現に気付いてはいたが、今両手をオートバイのハンドルから離せばバランスを崩して転倒してしまう。

 

 だから、事前の宣言通り仲間に命を預けた。

 

 

「ヤオ!」

 

「任せよ!」

 

 

 ヤオもまたエルフ種持ち前の目の良さで工作員を正確に認識していた。

 

 むっちりとした太股でシートをグッと挟み、最低限体幹を安定させると同時に弓へ矢をつがえる。

 

 先に構えを取っていた工作員がヤオよりも速く矢をつがえた弦を解放した。

 

 素早く工作員の姿がプレハブの影へ消える。狙いは正確、オートバイの速度と進路をきちんと見越した上での伊丹への直撃コース。

 

 刹那、鏃の角度をほんの僅かにずらしてから、ヤオも弓を放った。精霊魔法が上乗せされたヤオの矢の初速は、工作員が放った矢の何倍も速い。

 

 数コンマ分、照準が修正されたヤオの矢が工作員の矢と空中で交差した。否、激突した。

 

 鞭を振るった時のような破裂音が生じた。工作員の矢が伊丹の下へ達する前に粉砕された音だった。精霊魔法の保護を帯びたヤオの矢は全く勢いを減じぬまま飛翔した。

 

 その先にあるのはプレハブ小屋の壁。

 

 鎧を纏った兵士を楯ごと貫いてなおその後ろに居た別の兵士まで仕留めてしまえる貫通力を精霊魔法で上乗せされたダークエルフの矢が容赦なく合成木材製の壁をブチ貫いた。

 

 悲鳴はオートバイの乾いたエンジン音に掻き消されたが、段ボールに刃物を突き立てるのに似た音は聞こえた。

 

 工作員が潜んでいたプレハブ小屋の前を通過。表側と裏側、計2枚分の壁を貫通してもまだ十分な威力を保った矢で心臓部を串刺しにされた工作員の死体と壁に飛び散った血痕が伊丹の視界の端にチラリと入って、すぐに見えなくなる。

 

 

「テュカ殿程ではないが此の身もこれぐらいの芸当はこなせるぞ!」

 

 

 振り向かずとも、鼻息がかかる程近く身を寄せてくるヤオのドヤ顔が目に浮かぶようだった。

 

 とうとう医療施設が見えてきた。ちょうど正面入口前へ出る。

 

 伊丹は舌打ちを漏らした。その正面入口前を複数のダーがたむろしていたからだ。

 

 入口にある強化ガラス製のドアは見る影もなく粉砕されていて、前の地面にはたむろしているダーの数よりも更に多い足跡が残されて中へと続いていた。傍受した栗林からの通信で分かっていた事だか既に相当数のダーが建物内に侵入してしまっているのは間違いない。

 

 ダーがいない別の侵入口を探す時間すら今の伊丹には惜しかった。

 

 だから躊躇いなく、伊丹は()()()()を取る。

 

 

「このまま突っ込むぞ!」

 

「待ってくれイタミ殿!? あそこの入り口はダーが塞いでいて――」

 

「だからこうするんだ!」

 

 

 オートバイの鼻先をまっすぐ入口へ向けるや伊丹の右手がアクセルを最大まで捻った。

 

 一瞬前輪が持ち上がったオートバイが急加速。一際激しいエンジンの唸り声に当然ながら入口前のダー達が気付き、牙を剥いて威嚇するが伊丹は躊躇わずそのまま突っ込む。

 

 そのまま速度が乗って車体が安定した瞬間、今度は伊丹がオートバイに跨ったまま立ち上がった。

 

 同時にハンドルからも手を離し素早く車上でHK417を構え、発砲。反動でグラつきそうになる車体を膝で安定させる技術は一見曲芸的だが、実際は自衛隊のバイク乗りに必須の立派なテクニックだ。

 

 高威力の7.62ミリ弾が不安定な走行中の2輪車両から放たれたとは思えない正確さで次々とダーを貫いた。7.62ミリクラスなら通用するのは64式小銃で実証済みだ。

 

 ダメージでダーが膝を突いた所へ、伊丹の左手が銃身下のM320、その引き金へと添えられる。

 

 40ミリ擲弾の直撃ともなれば流石の大型怪異も耐えられず、手足と肉片を散らしながらダーの姿が爆炎と煙の中に消えたところで伊丹は立射の構えを解くと、尻を座席に戻してハンドルを再び握った。

 

 立ち込めた煙の中へ殆ど減速しないままオートバイは突っ込んだ。地面に飛散したダーの血肉をオフロードタイヤが踏み躙った。

 

 

 

 

 

 伊丹はオートバイに跨ったまま、擲弾の爆風で完全に粉砕されたガラスドアを通過して施設内へと突入したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 施設内に乗り物ごと踏み込んで真っ先に出くわしたのは無人のナースセンターのカウンターだった。

 

 滑りやすいリノリウムの床にタイヤの痕跡を刻みながら、オートバイを横滑りさせて一旦伊丹はバイクを停めた。

 

 ナースセンターを正面に左右へ延びる廊下は施設内に突入してきたダーが複数暴れた為だろう、見る影もなく荒廃していた。

 

 現地住民の患者でも理解できるよう日本語と特地語で記載されて壁に貼られていた入院中の規則やお知らせの張り紙は壁面ごと切り裂かれ、天井からは天板諸共破壊された照明器具が配線と一緒にぶら下がり、床には高価な病院の機材が無残なジャンクと化して内装の破片共々床に転がっている。

 

 そして死体もあった。大体が医療施設勤務の医官と看護士に入院患者・避難民混在の特地住人、少数ながら普通科隊員の死体もあったが防弾チョッキは着用しておらず空の拳銃用ホルスターだけが目に付いた。包帯や滅菌ガーゼで手当てがされていたあたり元は基地襲撃前のいずれかの戦闘で負傷し後送された身だったのだろう。

 

 恐らくダーの集団に襲われた当時、医療施設にはまともに武装した警備の隊員は居なかった筈だ。

 

 抵抗の痕跡である足元に転がっている薬莢は拳銃用の9ミリ弾ばかりで、ダーに通用する64式の7.62ミリNATO弾の薬莢が見当たらないのがその証拠。1丁でも64式を持った隊員が居合わせたならばダーの1頭や2頭、死体が転がっていて然るべきだ。

 

 診療施設の構造は以前入院していたお陰で大方把握している。

 

 問題は栗林達生存者がどの部屋で籠城していたかだ。複数の人間が籠城できるような部屋は限られているがそれでも候補は複数ある。

 

 片っ端から見て回るかと伊丹が考えたその時、基地に帰り着いてからの短い間に何度も耳にした獣の咆哮が廊下の向こうから聞こえてきた。

 

 リノリウムに反響して具体的な出所は掴み辛かったが、音量の度合いで方向と大まかな距離さえ分かれば候補地点を絞るのは容易だ。

 

 

「あっちにあるので篭城できそうな部屋は……トレーニングルームか!」

 

 

 伊丹も入院中に何度も通った部屋だ。其処までのルートを即座に弾き出した伊丹は床にスリップマークが付くほどアクセルを噴かしてオートバイを再び走らせた。

 

 廊下の幅は軽自動車が通過できそうなぐらい広く、よりコンパクトな偵察用オートバイなら曲がり角でも容易にターンできる。スロットルを殆ど緩めないせいで曲がるたびに後輪を滑らせる伊丹の速いが乱暴なバイク捌きに、後ろに乗るヤオなどその度小さな悲鳴を上げて伊丹にしがみついてしまう程だ。

 

 そうした運転を繰り返してトレーニングルームに通じる廊下へ出る。

 

 オートバイ前部に灯ったヘッドライトが生み出す光条の中に、廊下に密集するダーの群れが浮かび上がった。

 

 同時にトレーニングルーム前に構築された即席のバリケードも照らし出された。

 

 状態は――半ば押し込まれかかっている場所はあったがギリギリ持ち堪えている。中で籠城している生存者がいる!

 

 ブレーキをロックしたまま伊丹は一瞬だけスロットルを全開にした。廊下に巨獣の腹の音を思わせる重たくも乾いた4ストロークの燃焼音が盛大に響き渡り、一斉に振り向いたダーの群れがヘッドライトの光を浴びてギラリと輝いた。

 

 これで少なくともトレーニングルームを襲っていたダーの注目を引き剥がす事には成功したわけだ。

 

 

「降りろヤオ!」

 

「う、うむ!」

 

 

 短くも威圧すら感じる伊丹の命令にヤオは即座に従う。

 

 後輪のサスペンションがギシリと揺れて荷重から解放されたのを感じ取るやアクセルを全開にした。

 

 ダーのそれすら掻き消さんばかりに雄叫びを上げる250cc空冷4ストロークエンジン。ギアを1速から2速、更に3速まで上げて建物の廊下で出すには最早自殺行為の速度まで一気に加速させる。

 

 見る見るうちにダーの集団という壁が伊丹に迫る。ヤオには主がそのまま鋼鉄の馬(オートバイ)ごと大型怪異に体当たりするつもりなのではと、錯覚してしまうぐらいの勢いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 当然ながら、伊丹にはそんなつもりなどさらさらなかった。

 

 

 

 

 

 

 ブレーキ、シフトダウン、クラッチ操作。一瞬でそれらの操作を行い後輪を瞬間的にロックさせるや伊丹は車体の尻を大きく振った。

 

 同時に車体も極端に傾け、フットレバーも蹴飛ばすと、どうなるか。

 

 猛加速しながらツルリとしたリノリウムの床の上で意図的に横転させられたオートバイは、ほとんど減速しないまま廊下の上を滑っていった――密集するダーの足元へと。

 

 車体重量100キロ越えの鋼鉄の塊がダーの足元を薙ぎ払った。

 

 体長と体重はダーの方が偵察用オートバイよりもずっと上であっても、いきなり地面スレスレの高さから鋼鉄の塊が直撃したとあってはひとたまりもなく。

 

 頭が天井と擦れんばかりのダーの体躯が次々と前のめりにすっ転んだ。硬い床に鼻っ面を強打し、両手で押さえて悶絶する様はいっそ滑稽さすら感じさせると同時、擬態対象であるヒトらしさも感じさせた。

 

 倒れ伏したダー達に、やや半身の仰向け体勢で廊下を滑る伊丹がライフルの銃口を向けた。

 

 偵察用オートバイは車両そのものは民生品と変わらないが、フットレスト前に防護板が追加され横倒しになっても床と車体に隙間が出来る構造になっているから、伊丹の脚は押し潰される事なくオートバイより遅れて廊下を滑る形となった。

 

 HK417が吼える。7.62ミリ弾の薬莢がポップコーンよろしく弾き出されては廊下に落ちて甲高い金属音を生み出した。

 

 足元を薙ぎ払われて倒れたダーの頭部は、ちょうど床の上を寝転がった状態で滑る伊丹とほぼ同じ高さだ。目・口・鼻、頭部でも厚みが薄い急所を中心に撃って撃って撃ちまくる伊丹。

 

 変則的な体勢での射撃を伊丹は訓練でも実戦でも積んでいた。流石に床を滑りながら撃つなんて曲芸じみた内容までは滅多になかったが。

 

 それでも伊丹の射撃は正確に転倒したダーの頭部へ着弾し、大口径弾を集中的に喰らった怪異の頭部がザクロと化していった。

 

 先に滑っていったオートバイは偶然にも廊下に集っていたダーの最後尾を転ばせた所でちょうど停止した。ボウリングで例えれば見事なストライクである。

 

 巨体が密集していたせいで互いの体がぶつかり、のしかかられた状態のダーは中々起き上がれずにいる。

 

 伊丹の方も、真っ先に転ばされてからこれまた真っ先に7.62ミリ弾を喰らい、そのまま2度と起き上がれなくなった先頭のダーの死体へ突き出した半長靴がぶつかった事で滑るのを止める。起き上がり小法師の人形よろしく、慣性を活かしてひょいと立ち上がると射撃を続行。

 

 ドラムマガジンに残った7.62ミリ弾で廊下に集まるダーの内、半数が射殺された。

 

 装填分の弾が尽きる。そのタイミングでようやく立ち上がれた生き残りのダーが、仲間の死体を踏み越え伊丹へと豪腕を振り上げた。

 

 

「イタミ殿右へ避けてくれ!」

 

 

 ヤオの声。振り向く事無く指示通り体を右へ傾ける。

 

 そして空いた射線をヤオが放った矢が通過した。精霊魔法で下手なライフル弾より強力な威力と化した矢がダーの頸部をブチ貫いて、堪らず動きが止まる。

 

 そうして生まれた猶予を使って伊丹はHK417をスリングを使って背中に回し、逆に背負っていたベネリ・M4ショットガンをぐるりと入れ替える形で射撃姿勢を取った。ボタン押し込みタイプの安全装置を解除。

 

 HK417以上に腹に響く派手な轟音が廊下全体を震わせた。12ゲージ(19.6ミリ)スラッグ弾直撃を受けたダーの頭部もまた、7.62ミリ弾のそれより盛大に粉砕された。

 

 下顎から上を失ったダーの死体は棒立ちとなりそのまま後ろへ倒れた。遅れて体勢を立て直した後続のダーの姿が晒されるや、即座に伊丹はスラッグ弾を連射した。

 

 頭部・頸部・胸部に着弾する度、ごっそりとダーから肉が骨ごと抉り取られ、体毛ごと弾け、大穴が生じた。距離減衰が起きない至近距離に限れば12ゲージスラッグ弾のパワーは7.62ミリ弾をも勝る。

 

 念の為1体につき2発から3発、頭部と胸部のバイタルパートへ撃ち込んでおく。それによって確実に大型怪異の息の根を止めた代償は最後の1頭を残しての弾切れだった。

 

 

グオオオオオオオッ!!

 

 

 おまけに最後のダーは血に飢えた獣らしからぬ行動に出た。

 

 直前に頭部を砕かれて棒立ちになっていた死体を伊丹に向かって突き飛ばしたのだ。明らかに狙っての行動であった。

 

 

「ぬおっ!?」

 

 

 咄嗟に身を捩り伊丹は躱す。そこへ今度は本命の一撃、ダーの爪が襲いかかる。

 

 

「こなくそ!」

 

 

 横薙ぎに振るわれた腕をスウェーバックで回避。倒れ込むように上体を後ろへ逸らした伊丹の鼻先を既に犠牲者の血で汚れた鋭い爪が通過していった。

 

 そのまま伊丹は床へ転がった。仲間の死体を飛び越え、蹴散らし、ダーが追いかける。

 

 

「イタミ殿はやらせん!」

 

 

 ヤオがまた弓を放った。だがダーも獣の本能で飛来した矢が突き刺さる寸前、首を捻ってみせた事で本来ヤオが狙った顔面ではなく肩へと逸れてしまった。

 

 関節ごと破壊されたダーの片腕がダラリとぶら下がる。もう動かせないのは明らかだが、腕はまだもう1本残っている。

 

 ダーはまだ止まらない。残った腕を足元に倒れる伊丹へ叩きつけようと振り上げた。ヤオが二の矢をつがえるのは間に合わない。伊丹もまたショットガンへの再装填を諦め、サイドアームを抜こうとホルスターへ手を伸ばす。

 

 振り下ろされるのが速いか拳銃が抜かれるのが先か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――結末を決めたのは伊丹でも、ダーでも、ヤオでもない、第4者によって齎された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「人の旦那様に何手ぇ出してんのよぉ!!」

 

 

 即席バリケードの隙間から飛び出してきた小柄な影がフルスイングしたバーベルシャフトが、振り上げられたダーの肘先へと激突した。

 

 芯まで詰まった鋼鉄の棒で尺骨神経叢を強打されては巨獣の剛腕もひとたまりもなかった。激痛と電撃が怪異の腕を貫き、強制的に振り下ろす直前の位置よりも更に高く打ち上げられた体勢で硬直する格好となった。

 

 ホルスターからグロック18が引き抜かれ、両手でグリップを握り、照星を毛皮と筋肉の層が薄い下顎へと合わせるには十分過ぎる隙だった。

 

 下から上へ、喉から下顎部にかけて一瞬で十数発もの9ミリパラベラム弾が突き刺さった。

 

 守りが薄い部分は高初速の拳銃弾でも通用した。下顎から口内、上顎を通過して何発かの拳銃弾が頭蓋骨内部を砕きながら脳へ到達、中身を徹底的に破壊した。

 

 

「危ねっ」

 

 

 ギリギリ原形を留めた口元から大量の血を漏らしながら最後のダーが前のめりに崩れ落ちる。

 

 弾切れになってホールドオープンを起こしたグロックを片手に伊丹が横へ転がると、一瞬前まで伊丹の体が在った場所にダーの巨体が重低音を立てて倒れ伏した。

 

 

「これで最後だな」

 

 

 次の敵襲にも対応出来るようほぼ自動運転でグロックのマガジンを交換しながら、伊丹は独りごちた。

 

 視覚と聴覚と第6感的なもので敵が残っていないか探りつつ立ち上がる。

 

 そしてダーに跳びかかった救い主へと顔を向けた。声を聞いた時点で分かってはいたが、案の定伊丹の知る人物だった。

 

 

 

 

 

 

 ……というか、伊丹が診療施設へ急行した理由である探し人その人であった。

 

 

 

 

 

 

 

「悪い、遅くなったな」

 

「いいえ間に合いましたよ、隊長!」

 

 

 

 

 

 瞳を濡らした栗林が首に飛びついて唇を押し付けてきたものだから、面食らった伊丹はダーの血肉が散乱する廊下へもう一度転がる羽目になった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『余計な事に構わずに、ただその目的の為だけに生きよ』 ――秋山好古

 

 




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