GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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第2次アルヌス攻防戦、終幕。


37:Knockin' on Hell's Door/『死神』

 

 

 

 

 

 ゾルザル派帝国軍

 アルヌス駐屯地より南西2キロ地点/爆心地(グラウンドゼロ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノヴァ6の格納容器の構造はクラスター爆弾というよりかは、日本の打ち上げ花火に使われる花火玉に近かった。

 

 最も外側の外殻に当たるドラム缶サイズの容器内にガロンボトルサイズの中型容器が複数納まり、中型容器には更にコーヒー缶サイズの子弾が詰まっている。この子弾に揮発前のノヴァ6が装填されている。

 

 中型容器同士の隙間には花火玉で言う割薬が充填され、信管によって起爆するとまず外殻を破壊しながら中型容器が四方八方へ射出。

 

 時間差で中型容器も分離し更に数十もの子弾が慣性と遠心力によって広範囲へと散布され、最後にその子弾1つ1つから枯草色の毒ガスが放出される。その規模は大型容器1つで競技場を丸々巨大な処刑室に変貌させられる程。

 

 ゾルザル派のアルヌス攻略部隊の隊列へ突っ込んだトラックにはそんな代物が荷台に満載されていた。

 

 仕掛けは入れ子構造の格納容器だけに留まらない。この化学爆弾を仕掛けた設計者は、より被害を拡大すべくトラックそのものにも数十キロ分の爆薬を仕込んだのだ。

 

 こちらは数十秒のタイムラグ――ノヴァ6が散布され、空間内に漂うガスの量が高濃度に達したタイミングで爆発するよう設定されている。

 

 そうして生じた爆風がノヴァ6がより拡散させ、より多くの犠牲者を生み出すのだ。

 

 ただ被害を増やす事を突き詰めた悪魔の爆弾を設計した者の悪意は如何程のものか。

 

 

 

 

 

 

 

 まず起爆信号を受け取った格納容器内の信管が点火。割薬の誘爆という連鎖反応を引き起こす。

 

 これだけで容器を搭載していたトラックの車体が半壊した。周囲に居た帝国兵も密集した隊列だったせいで炸裂の衝撃波や飛散した容器やトラックの破片によって数十名が即死、その数倍の負傷者が発生する。

 

 何が起きたかも分からず一瞬で死ねた彼らは極めて幸運な部類だった。

 

 爆発現場が見えるほど近くはあるがその被害に巻き込まれずに済む、そんな距離感の位置に居た帝国兵の多くの目は、爆発の中心から飛んでいく幾つもの物体を捉えた。

 

 それだけでも数十はあっただろう。1つ1つが一抱えはありそうな物体は彼らが見守る前で空中で割れ、更に何十個もの子弾に転じた。降ってくるそれらに投石攻撃を連想した帝国兵は慌てて盾を頭上に掲げた。

 

 彼らが構えた盾にぶつかるよりも前に子弾は空中で破裂した。不自然な程に広がった枯草色の煙が帝国兵の頭上へ降り注いだ。

 

 NBC対策という概念すら持たない帝国軍に他にどんな対応が取れたというのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして地獄が産声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇妙な色の煙を浴びた帝国兵をまず襲ったのは焼けるような激痛だった。

 

 煮える油をかけられたかのように煙が触れた部分から皮膚が急速に爛れていく。外気へ露出した感覚器である眼球に張り巡らされた毛細血管が破裂し、原形を失い、眼窩の中身が赤黒いドロドロとした液体と眼球の破片が混ざったスープに変貌する。

 

 浴びた者は苦痛の絶叫を上げようとするが、それはすぐに溺れかけている時のようなゴボゴボという奇妙な音へと変わり、すぐに途切れた。気管に侵入したノヴァ6が瞬く間に体内の粘膜も破壊し、帝国兵達は溶けた自らの肉体に気管を塞がれて事切れた。

 

 バタバタと帝国兵が倒れていく。枯草色の煙はどんどん濃度を増し、犠牲者を覆い隠すほどになりながら周囲へと広がっていく。

 

 この時点で更に数百人が死んだ。

 

 それを目の当たりにした雑兵の帝国兵は逃げ出した。ゾルザルの意によって新設された帝権擁護委員部(オプリーチニナ)と呼称される督戦役の部員が遁走しようとする彼らを切り捨てようとして、音も無く迫っていた煙に包まれた。彼は2度と己の役割を果たせなくなった。

 

 万単位の兵力だ。それだけの騎兵歩兵がたった1つの巨大な隊列を組んで進軍していた訳ではない。

 

 数十から100程の兵員で構築された小集団の隊列それが数百個、縦横に広がり巨大な陣形を組んでアルヌスに展開していた。

 

 陣形の端から端までの距離が何百メートルも離れている位だ。だからノヴァ6が散布された時も、その時点ではガスの散布範囲外に居た帝国兵も多かった。

 

 陣形の外周部に配置された帝国兵に至っては、爆心地で何が起きているのかすら分かっていない者が大半だった。ただ煙が漂っている辺りから怒号と悲鳴が聞こえてはすぐに途絶えるという状況に、アルヌス攻略部隊を構成する兵士達の間を次第に困惑と得体の知れない恐怖心が伝染していく。

 

 何が起きている?

 

 我々は何に襲われている?

 

 そこへ最後の仕掛けが作動した。

 

 格納容器が立て続けに破裂した時の様子が祝い事の爆竹なら、こちらは大玉花火の炸裂であった。

 

 或いは空中ではなく地上で起きたそれは火山の噴火か。

 

 枯草色の雲の中で閃光が走った。1000分の1秒後には解放されたエネルギーが膨大な圧力と衝撃波を生み出した。

 

 爆薬を内蔵していたトラックは今度こそ原型を完全に失った。地面がまたほんの一瞬だけ震え、帝国兵を更に動揺させた。

 

 爆発の威力と規模に関わらず、最後の爆発による直接的な犠牲者の数は0だった。

 

 ある意味当然の結果だった。そもそも爆発で被害を受けるような生物はとっくにノヴァ6で死滅していたのだから。

 

 濃密な枯草色の雲、その中心で生じた衝撃波がガスの粒子を攪拌し、押し流し、地形を伝って急速に広がっていく。装置を組んだ設計者の計算通りに。

 

 枯草色の津波が攻略部隊に襲い掛かった。高性能爆薬の炸裂で瞬間的に発生した高熱によってガスの一部が焼滅されても尚ノヴァ6の殺傷能力は極めて高いままだったから、帝国兵が受けた被害はそれこそ爆発的に増大した。

 

 迫る煙の波を前に慌てた多くの帝国兵が背を向けて遁走を試みるが、超音速の衝撃波に押し出された毒ガスはあっという間に彼らに追いつき、呑み込んでいく。煙に呑まれた者は誰1人戻ってこない。

 

 今や攻略部隊が作り出した巨大な陣形の大部分を枯草色の煙が覆いつつある。

 

 死んでいく。

 

 死んでいく。

 

 あの煙に触れた者から勝手に目は潰れ肌は爛れ血反吐を吐きながら悶え苦しんで死んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 陣形の最後尾近くに配置された帝国兵は思う。

 

 兵士なのだから殺し殺される覚悟は出来ていた。そういう稼業だと受け入れていた。

 

 だがアレは何だ?

 

 敵の剣で切り殺されるのではない。

 

 槍に突かれて死ぬのでもない。

 

 矢に射抜かれて死ぬのでもない。

 

 怪異の棍棒に叩き潰されるのとも違う。投石に頭を砕かれるのとも違う。素手や盾で殴り殺されるのでとも違う。

 

 攻城兵器の流れ弾で粉砕されるのでも騎兵に轢き潰されるのでも龍のブレスで焼き殺されるのでも煮え滾る油や熱湯を浴びて死ぬのとも死神ロゥリィみたいな亜神の振るう鋼の長物で両断されるのでもない。噂で聞いた『ジュウ』や『タイホウ』による死に様とも違う。

 

 鉄でできた刃物でもない。石と木で作った鈍器でもない。

 

 触れただけで死ぬ、奇妙な色の煙。大気の姿をした毒。火事で出た黒煙などとは桁が違う。

 

 

「何なのだ、これは? どうすればいいのだ!?」

 

 

 戦う前から死んでいくとかそういう段階すら通り過ぎている。

 

 こんな死に方が――こんな死に様をさせるような代物が存在してもいいのか!?

 

 おまけに隊列がちょうど丘陵部の頂点部分に布陣していて攻略部隊の陣形を一望出来る位置に居たから気付いたのだが、死の煙は不自然な程に『ジエイタイ』の要塞がある方角には流れていなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()枯草色の煙が、そして空気が流れているのだ。

 

 彼は、ある二尉がエルフやダークエルフ、導師といった魔法による大気制御技能を持つ人物を掻き集めてノヴァ6が基地や街方向へ流れないよう風向きを誘導している点までは見抜く事が出来なかった。

 

 それでも帝国兵はこう結論づけた。

 

 

 

 

 

 

 ――――もしかするとこれは。『ジエイタイ』が起こした人為的な現象だとでもいうのだろうか。 

 

 

 

 

 

 

「おおエムロイよ……!」

 

 

 遍く天上の神々よ、お答え下さい。

 

 我々が戦おうとした『ジエイタイ』は何をしたのですか? 我々は()を相手にしているのですか? 帝国は何を相手にしてしまったのですか?

 

 何時の間にか死の煙が彼の元まで迫っていた。気が付いた時には同じ戦列の仲間達は逃げ出していた。何人かは、壮絶な光景に腰を抜かしてへたり込んでしまい逃げ出す事も出来ない様子だった。

 

 彼もまた逃げ出そうと頭では考えたものの、体が言う事を聞いてくれなかった。ガタガタと下半身は震えているくせに、足の裏だけは杭で固定されたかのように地面から離れてくれない。

 

 枯草色の煙が不自然な勢いで斜面を登り、帝国兵を呑み込むまで10メートルを切る。迫る死から視線を逸らす事も彼には出来なかった。

 

 何なのだこれは。どうすればいいのだ――――

 

 

 

 

 

 不意に、彼は冷たさを感じた。

 

 

 

 

 

「雨……?」

 

 

 

 その冷たさがきっかけに、肉体の制御権を唐突に取り戻した彼は反射的に空を見上げた。

 

 枯草色の雲が広がるアルヌスの上空に、ずっと巨大で分厚い黒雲が浮かんでいた。

 

 彼が見上げる前で黒雲の中を稲光が走ったかと思うと、それを合図に雨粒が降り始める。その量と勢いは急速に規模を増し、あっという間にアルヌス全体を大雨が襲った。

 

 

「おい見ろ!」

 

 

 腰が抜けて取り残された筈の仲間が何時の間にか立ち上がって雨音にも負けない音量で叫んだ。

 

 消えていく。

 

 死の煙が、アルヌスの街や自衛隊駐屯地から上がっていた炎と同じように瞬く間に消えていく。まるで塩の山に水をかけたが如く、雨粒を受けた端から黄色の霧は無色透明へと転じていった。

 

 異様な色調の煙が完全に消え去るまであっという間だった。その頃には数万居た筈のアルヌス攻略部隊は5桁を切るまでに減じていたと判明するのは全てが終わってからだ。

 

 そして煙が隠していた惨状が生き残った帝国兵達の前に姿を晒した。

 

 

 

 

 

 死が、広がっていた。

 

 死だけが、そこには在った。

 

 死体が転がっていた。死体が転がっていた。死体が転がっていた。死体が転がっていた。死体が転がっていた。死体が転がっていた。死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体が死体死体死体――――

 

 

 

 

 

 

 天からの慈雨ですら洗い流せない程のおぞましい死が大地を埋め尽くしていた。

 

 つい先程まで勇ましく行進していた戦友も気に入らない上官も可愛がっていた新兵も、等しく苦悶という表現すら生温い凄惨な躯と化していた。騎兵が跨っていた数々の愛馬もだ。

 

 そもそも眼球は破裂し顔の皮膚も崩壊しているせいで個人の判別すら不可能に近い。亡骸が纏ったままの鎧の種類や装飾、背負っていた旗指物からどのような立場だったかを推理するのが精一杯という有様だ。

 

 

「う、あ、あああああああああああああああああぁ…………」

 

 

 どれだけ帝国の侵略戦争で戦ってきた歴戦の騎士・兵士であっても等しくこの光景には耐えられなかった。

 

 戦場で敵味方の躯が積み上がる様には見慣れていても、目の前のこれは既知からあまりにもかけ離れていたが故に。

 

 ある兵士はへたり込んだ姿勢で目鼻口からあらゆる液体を垂れ流し、ある兵士は蹲って激しく反吐を吐き、ある騎士は先祖代々受け継いできた宝剣をその手から滑り落としたのにも気付かず立ち尽くした。

 

 この日、生還者であり、目撃者であり、後の証言者となる彼らは思い知った。

 

 ――――地獄は黄泉ではなく地上に。今目の前に存在するのが地獄なのだと。

 

 これが地獄でなければ何だというのだ。地獄以外にあのような、人としての姿かたちすら奪われる死が蔓延る場所など在っていい筈が無いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、こんな地獄の中を平然と闊歩する存在が居るとしたら。

 

 きっとそれは死神に違いない。

 

 

「………………」

 

「ぁ……」

 

 

 死で埋め尽くされた地獄を平然と横切りながら、その存在は生き残りの下へ近付いてくる。

 

 上半分が透明で下半分から短い筒を左右に生やした奇妙な仮面(ガスマスク)を装着している点を除けば、雨に無防備に打たれながら歩むそれはどこからどう見ても人間なのだが、虐殺を生き残った帝国軍兵士には彼が同じ人間とは到底思えなかった。凄惨な一部始終を目の当たりにしたせいで、肉体は無傷でも魂は完膚なきまでに蹂躙されてしまっていたから。

 

 その男は血で汚れた肌着に緑の斑模様をしたズボンを履いていた。

 

 奇妙な仮面の男の後方には改造タイフーンとBTR-80装輪装甲車、NBC偵察車が距離を置いて追従している。タイフーン前部に溶接されたブレードが死体を掻き分け押し流し、その後に砲塔の重機関銃を生存者に照準しながら平たい台形の戦闘車両が続く。

 

 幾多の死体を踏み越え、生き残りとの距離が長槍なら届く位まで詰まると、仮面の男は足を止めた。ガスマスクを手にかけ素顔を晒す。

 

 黒髪黒目の平たく冴えない顔立ちを前にしかし、彼の姿を目の当たりにした生存者全てが凍るような怖気を抱いた。

 

 

 

 

 

 

 一切の戦意を失った帝国兵を睥睨する彼の目。

 

 果てしなく昏い眼差しに、生存者はその瞳に死を幻視した。肉体にどうにかしがみついた魂が今度こそ呑み込まれてしまいそうな感覚すら彼らは共有した。

 

 ああ、俺達は間違っていなかった――――こんな目ができる存在が死神以外の何だというのか。

 

 

 

 

 

 

「……他に()()なりたい奴はいるかい? そうでないんなら、ここから立ち去ってもう2度と近付かないでくれ」

 

 

 死神の声は不思議と雨音に紛れる事無く多くの生存者の耳元まで届いた。

 

 ――――今死神は何と言った? 見逃して、くれるのか?

 

 言葉の意味が呆然自失の帝国兵の間に染み渡るまで数秒の時間が必要だった。生き残った仲間と顔を見合わせ、死神が告げた言葉の意図をどうにか読み取り、意味する所を理解して、そして。

 

 生存本能に突き動かされるがまま生き残った帝国兵は再び逃げ出した。蹲っていた者も、震えていた者も、呆けていた者も、等しく悲鳴を発しながらアルヌスから逃げ去った。

 

 

 

 

 その日、死神の伝説が帝国に生まれた。エムロイの使徒ロゥリィとは異なる、新たな死神の誕生だ。

 

 帝国軍の支配地域へ辿り着いた生還者によって語られたアルヌスでの顛末は、やがて口伝いに広まるうちに尾ひれ葉ひれを付け足され、時には削ぎ落とされ、真実と虚構を量る天秤の針を激しく行ったり来たりさせながら人から人へ帝国に広まっていく事となるのだが。

 

 全ての話の共通項として、アルヌスから命からがら生還したその兵士は自らも死人のような顔色で震えながら、口を揃えてこう語ったとのだいう。

 

 

 

 

 

 

 ――――『アルヌスに居る緑の斑模様の服を着た黒髪黒目の男の怒りには決して触れるな。

      さもなければ地獄が生まれるだろう。その地獄を闊歩する者こそ死神である』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伊丹耀司

 爆心地

 

 

 

 

 

『敵部隊の残存勢力が撤退していくのを確認した。統率されている様子は見られない。完全な壊走と判断して間違いあるまい。

 ……よくやった伊丹二尉』

 

『当車周辺の化学汚染濃度、安全基準値以下に到達。尚も減少中』

 

 

 無人偵察機で監視していた司令部からの通信に応答せず、伊丹は後部ハッチをよじ登ると無言でタイフーン装甲車の乗員区画に入った。

 

 この手の兵員輸送車の常である、左右に向かい合う形で並ぶ座席に収まった少女達もまた無言だった。レレイも、テュカも、ヤオも、顔色を死人のように蒼褪めさせている。

 

 自分達が何の片棒を担いだのかを理解している表情だった。BTR-80の兵員輸送区画に乗っているダークエルフ達もきっと同じ顔色なのだろう。顔色を変えてないのはロゥリィぐらいだ。

 

 ……栗林は乗っていない。絶対に基地から出すなと富田に命じて置いてきた。こんな光景、幾ら何でも胎教に悪過ぎる。

 

 頭から爪先まで全身から滴る天露も拭わず伊丹も空いた座席へ乱暴に腰を下ろし、足を投げ出した。気分は最悪だった。何もかもが億劫だった。

 

 それでも、言わなければならない事があった。

 

 

「皆は何も悪くないよ」

 

 

 俯いた少女達がハッと顔を上げる。少しでも安心させたくて、どうにか普段通りの笑みを見せてやろうと伊丹は強張った表情筋を無理矢理動かした。彼女達の目には空元気の乾き切った笑み、の失敗作にしか映らなかった。

 

 

「全部俺がやった事で、皆に頼んだ事で生じた結果も提案者である俺が背負うものだ。監督責任ってやつだな」

 

 

 だから、装甲板の外側に広がる地獄に心を引き摺り込まれないでくれと、伊丹は説いた。

 

 だからこそ伊丹は自らの目で彼の行いが生み出した惨状を見て回り、自らの足で屍の大地を踏みしめたのだ。

 

 かつて映画史に残るコメディアンは登場人物の口を借りてこんな言葉を遺した。『1人殺せば悪党でも百万人殺せば英雄だ』。

 

 これで殺したのは何人目だ? 最後の化学兵器爆弾でキルカウントが一気に膨れ上がったに違いない。最低でも1000人、下手すると万も超えている可能性もある。これまで戦場でやってきた事とは桁も意味も違う。

 

 ――――悪党だろうが英雄だろうが、結局は人殺しに変わりないだろうに。

 

 

「俺は地獄に落ちるんだろうなぁ」

 

 

 自然とそんな言葉が漏れていた。それに反論を返す者が居た。

 

 

「いいえぇ。ヨウジィの魂は地獄になんて堕ちやしないわぁ」

 

 

 ロゥリィはするりと伊丹の隣の座席に滑り込んだかと思うと、ぐいと伊丹の腕を引いた。

 

 亜神の腕力にあっさりと負けた伊丹の体が横へと倒れる。重なり合った布地の手触りとその下に隠れた太股の柔らかさが伊丹の頭を受け止めた。

 

 

「ヨウジィは私と眷属の契約を交わしてるんだものぉ。もしヨウジィが死んだらぁ、その魂は私が絶対召し抱えてやるんだからぁ。ハーディにはもちろんエムロイにだって渡さないわよぉ。

 死因はもちろん家族友人に看取られながらの寿命で決定ねぇ……それ以外の死に方なんて絶対、絶対許さないんだからぁ。皺くちゃのお爺ちゃんになるまでしぶとく生き延びてくれないと困るのよぉ」

 

 

 そう言ってロウリィは、濡れるのも構わず伊丹の頭を上半身ごと抱き締めた。少女の肉体から伝わる体温が冷えた身には心地良かった。

 

 

「じゃあ私はヨウジの子孫の面倒を見ながらヨウジのお墓の防人になっちゃおうかしら」

 

「で、では此の身もだ! 此の身は御身の所有物なのだからな!」

 

 

 テュカに続いてヤオも話に加わる。そのまま白黒のエルフ2人は唯一発言していないレレイに視線を向けた。

 

 

「……私が死んだ時はヨウジと同じ墓に埋葬してもらうよう今の内から遺言と手配を」

 

「シノの分も用意しておかなきゃ駄目ね」

 

「いやいや皆気が早過ぎるからね? 今からお墓の相談とか必要ないからな?」

 

「観念なさぁい。私達を惚れさせたのが運の尽きよぉ。寿命を迎え肉体の檻を失おうが愛し続けてやるんだからぁ。私達なりのやり方で、ねぇ? 多分シノも同じ事を言う筈よぉ」

 

 

 

 

 

 

 

「……やれやれ。とんでもない女の子達に好かれちゃったもんだ」

 

 

 それでもあっさり救われた気分になっちゃう自分も現金だよなぁと、伊丹は苦笑したのだった。

 

 2つの世界で同時多発的に起きた激戦は、雨の中、夜明けを迎えた頃合いにようやく終わりを迎えたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――だが()()はまだ終わっていない。

 

 

 

 

 

 

『死者だけが戦争の終わりを見た』 ――プラトン

 

 

 

 




ノヴァ6の散布演出はBOのリバース島ミッションとMW3のトラウマシーンの合いの子です。


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Next time, the final battle...『Operation:Kingslayer』 begins.


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