GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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何とか間に合いました。
今年最後の更新です。


前章:Symbol of Fear/狂気の瞳

 

 

 

 

 

 

 

<数週間後>

 伊丹耀司 特地派遣残留部隊・特殊対応要員

 ファルマート大陸・アルヌスの丘/自衛隊駐屯地

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後に『閉門騒乱』『アルヌスの最も長い1日』と称された第2次アルヌス防衛戦から早くも数週間が過ぎた。

 

 取り残された自衛隊は侵攻部隊の撃退から返す刀で帝国軍ゾルザル派に追撃を行う――事はなかった。

 

 特地派遣部隊の残存戦力を統率する司令部は戦闘計画よりも復興計画の立案を優先したのである。

 

 被害は大きく、混乱は根深く、攻勢へ移るのに必須の橋頭保も無い。

 

 複数の意味で『今はまだその時ではない』というのが狭間達が出した結論であった。捲土重来を果たすにもまずは足場を固め直さねばならない、

 

 戦闘が終わってからも、彼らには対応しなければならない事柄があまりにも多過ぎた。

 

 混乱からの復旧、部隊の再編、諜報・防諜体制の見直し、避難民の慰撫、万規模の死体の始末、凄惨な現場を奔走させられた隊員達に発生したシェルショック(戦闘ストレス反応)への対応etc……

 

 当然ながら伊丹も、それらの始末の手伝いやら今回の騒乱が遠因となっての新たな問題の対応等々といった仕事を、次から次へと押し付けられる羽目になった。

 

 人手不足もさる事ながら、ドンパチのみならず何だかんだでコダ村の避難民の受け入れ手配をこなしちゃったりコネを使って輸送防護車の調達を認めさせる事に成功したりと、意外とそっち方向もこなせちゃう伊丹という存在は押し付け……任せてしまえる仕事の幅もかなりの範囲だったからである。

 

 

「あ゛ぁぁぁぁぁきっついなぁ……最後に同人誌読んだの何週間前だぁ?」

 

 

 今日も今日とて富田と倉田他、第3偵察隊時代よりも更に少ない分隊以下(10名未満)の規模の部下を率いてイタリカから戻ってきたばかりである。

 

 かつて諸王国連合軍の敗残兵が盗賊団に鞍替えした時の焼き直しを警戒し、イタリカの領主であるフォルマル伯爵家に顔を知られていた事から逃亡したアルヌス攻略部隊の敗残兵についての警告を行うがてら今後も協力関係を維持してもらえるかどうかの交渉に派遣され――――

 

 そしたらこれまた以前の焼き直しと言わんばかりに野盗へ鞍替えした敗残兵集団のイタリカ襲撃に巻き込まれてしまったのである。

 

 で、伊丹達はどうしたかといえば。

 

 

「フォークランド紛争のアルゼンチン軍が猛威を奮った理由がよく実感出来ましたよ」

 

「ドローンで敵がどの方角から攻めてくるか把握したら、空から効力射確認しながら城壁に設置した.50キャリバー(M2重機関銃)でひたすら長距離狙撃続けて、それでも距離を詰めてきたら64式かミニミで掃討。

 結局街に侵入を許しちゃうどころか城壁に1人も取り付かせないままどんどん敵の数削っていって、最終的に降伏勧告したら泣いて白旗上げてきましたっすもんね向こう」

 

 

 有効射程2000メートル、64式小銃に用いる7.62ミリNATO弾の5倍強もの威力を持つ12.7ミリ弾を発射するM2重機関銃による長距離射撃は80年代のフォークランド紛争、更に遡ってベトナム戦争では当時米軍で最も優秀とされた狙撃手がその有効性を見出した戦術である。

 

 生身なら掠っただけで肉も骨も抉り取り、粗末な鉄や木板で出来た特地の盾と鎧など紙も同然。目の前で仲間が次々と防具諸共大穴を穿たれ、粉砕した人体の破片を浴びるという事態を延々味わい続けた野盗集団はあっさりと戦意喪失したのが今回の顛末であった。

 

 

「……どちらかといえば、降伏勧告に出てきた伊丹二尉の姿をがとどめになったようにも見えましたけど」

 

「そうかぁ?」

 

 

 部隊再編で別の偵察隊から組み込まれた新しい部下の指摘に首を傾げる伊丹であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在の時刻を確認するとふと何かを思い出した顔になった伊丹は、今や部隊の副長となった富田に後の処理を任せると部下達から離れた。

 

 向かうはアルヌス駐屯地の中心部、『門』が存在した防護ドームである。

 

 隊員らの尽力により外観に限れば大部分が元の姿を取り戻したアルヌス駐屯地にあって、ドームは特に内側へ大きな被害を受けながらも、『門』の崩落によってその存在価値の大半を失った事で修理が後回しにされている状態だ。

 

 ただし現在は開口部周辺に足場が組まれた上でシートが広げられ外部からの目を遮っている。歩哨の隊員に「失礼するよ」と挨拶してから、足場部分を通過した伊丹は開閉機構の損傷で開けっ放しになったドーム内へ入っていく。

 

 かつて『門』が在った空間は、『門』の成れの果てである瓦礫も撤去され、その空間の中心部から隔離するようにロープが張られていた。

 

 そのロープの外側には迷彩服の上に白衣を着た複数の自衛官、彼らが操作するノートパソコンやらタブレット端末やら病院に置いてそうな精密機器が乗った台があった。

 

 内側はといえば各機器とコードが繋がったテレビカメラがあって、更にそのカメラが向けられた先にレレイがいた。頭を中心に体の各部に計測器が取り付けられていて、そのコードが台上の機器まで延びている。

 

 

「んんん?」

 

 

 伊丹は一瞬、自分が何を見ているのか理解出来ず目元を擦った。

 

 目元を細めて改めてレレイを見る。最初と変わらぬ光景が在った。

 

 杖を手にして前へと伸ばされたレレイの腕の肘から先が、彼女が立つ位置から10メートルも前方に存在していた。

 

 

「ロケットパンチ!?」

 

 

 思わず口走る伊丹。その声を聞きつけた白衣着用の自衛官が苦笑を浮かべた。気持ちはよく分かると言いたげな、仲間を見る視線だった

 

 よく見てみれば突き出した腕は途中から中に浮かぶ水溜りのような存在の中に消えていて、10メートル先に出現している同一の水溜りから残りの部分が生えていた。レレイが肩を揺らすのに合わせて10メートル先の彼女の腕が一緒に前後左右に動いたり、杖の向きを変えたりしている。

 

 少しの間出現した腕の動作確認を終えるとレレイは水溜りに突っ込んでいた腕を抜いた。彼女の腕が元の場所に戻ると同時、2ヶ所に浮かんでいた水溜りも消滅した。

 

 

「今のってもしかして、『門』なのか?」

 

「ええその通りですよ」

 

 

 伊丹の疑問に苦笑を浮かべた自衛官が答えた。

 

 

「そっかぁ、そうだよな、考えてみれば異世界に繋がる『門』を開けられるんだったら、同じ世界の別の場所に繋がる『門』を開ける事が出来てもおかしくないよなぁ」

 

「これについては偶然といいますか、制約に縛られた結果の産物に近いんですけどね」

 

「へ? どういう事?」

 

「レレイ女史の協力の下、日本に帰還する為の『門』を開く前にまずはデータを集めようとこうして実験を行う事になったはいいんですが、駐屯地内でその手の実験を行える施設自体が少なかったんですよ。

 話を聞いてたら『門』を開きっぱなしにしていると先日みたいに地震といった形で反動が出てくるとは聞かされてはいましたし、それにぶっつけ本番で別の世界に『門』を開いてみたら危険な存在がうようよしてた、なんて事もあるんじゃないかという意見が出てきまして」

 

「そりゃ当然だわな。ど〇でもドアを開いた先が女の子が入ってるお風呂場で「キャー〇び太さんのエッチ―!」なんてお湯ぶっかけられるだけで済むとは限らないわけだし」

 

「実験場所をドームにしたのも実験をやるスペースも繋いだ『門』の先から危険な存在が出現する事態に一応備えて、という理由からですしね」

 

 

 開閉機構の損傷で完全なドーム閉鎖は現在不可能とはいえ元々は対爆構造且つ気密処理も可能な、『門』という宝を守る宝箱のような存在だ。周囲に実験の失敗のとばっちりが広がらないように、と頑丈で隔離しやすい空間が今の駐屯地にはここしかなかったのだ。

 

 そもそも『門』を制御する魔法技術を今この場で記録している白衣着用の彼ら研究班自体が残存人員から抽出した寄せ集めの人材なのである。

 

 衛生科の中でも今や貴重な脳神経分野の知識を持つ医官を中心に編成されているが、『門』の制御魔法の分析・解明という超重要な任務を任された当人らからしてみれば、研究班に必要なのは医官ではなく大学の研究室や防衛省の科学技術研究所に居るような物理学者といった別部門の専門家だ。

 

 

「脳波などを計測する為の機材も、ダークエルフや傭兵団の一部に居る魔法を使える現地協力者にお願いして魔法を発動させた時の実験データを取った時に使った物を流用してますからね」

 

 

 それでもこうして脳波といったレレイの肉体データを記録する事で、『門』を開くに当たり魔法を行使する際レレイにどのような変化が起こりどれだけの負荷がかかっているのか、これらも極めて重要な情報である為に、受信したデータを見つめる研究班の目は極めて真剣だった。

 

 

「そういった感じでレレイ女史とも話し合った結果、まずは別の世界との『門』を開く前にまずは同じ世界の空間に繋げてしばらく練習しよう、そういった結論となった訳です。

 穿門法――彼女は『門』を開く魔法をそう呼称しています」

 

「で、その結果がダ○シムみたいに腕が遠くまで伸びちゃったレレイなわけね」

 

「ダル○ムという呼称が何を意味するかは分からないが腕が伸びる、というヨウジの表現も不適切。小さな『門』を出現させる事により接続先と私との間にある距離を限りなく0に近づける、という言い方が適切と思われる」

 

 

 実験を終え、伊丹がやって来た事に気付いたレレイも話に加わってきた。「よっ、お疲れ様」と片手を挙げる伊丹に小さな頷きを返しながら、更に言葉を続ける。

 

 

「穿門法はあくまで世界と世界の境目に穴を開けて繋ぐ技術を指す。今回行ったような同一世界の空間上に『門』を開いて距離を0にする、という運用はむしろ穿門法の応用技法に近い」

 

「なるほど。地球と特地を繋いでた『門』の時点でそうだとは思ってたけど、その穿門法って用はテレポートみたいな空間転移や転送を現実にする魔法って事なんだな。

 じゃあもし研究が進んだら、帝都やイタリカまで何時間も移動しなくても一瞬で行き来が出来ちゃうようになったりしちゃったりするの?」

 

「それは難しい。小さい『門』を開くのはまだそれほど力を消耗しないが、人ひとりが通れるほどの物となるとかなりの力を消耗してしまう。それに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ので移動用としてはあまり意味がない」

 

「やっぱそりゃ都合良くいかないかぁ」

 

 

 レレイの回答に一旦天を仰いだ伊丹だったが、すぐにまたレレイに向き直ると、

 

 

「だったらこうしてみるのはどうかな――――?」

 

 

 

 

 

 

 実験内容自体はその場にある機材を応用すればすぐに準備できる内容だったので試してみたら結果は成功だった。

 

 

「こんな発想よくあっさりと思いつきますね……」

 

「いやいや、発想自体は以前から色んな分野でやってる事と変わんないさ。ほら爆弾解体用のロボットとかUAVとか、兵器以外だと前に読んだ漫画に出てきたえーっとほらお医者さんが離れた土地に居てもオンラインで手術するっていう」

 

「ああダヴィンチですか。最近ではVR技術を採用した新型も研究されていたそうですよ。確かにそれらに近いものがありますね()()は」

 

 

 彼自ら立案した新たな実験を伊丹が見守っていると、別の隊員が早足にドーム内へと入って来るや声を張り上げた。

 

 

「こちらに伊丹二尉はおられませんか!?」 

 

「俺ならここに居るけど、何か用?」

 

「今すぐ司令部へ出頭して下さい。狭間陸将らがお呼びです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「諸君、遂に時が来た」

 

 

 個人用デスクに両肘を突き、組んだ手で口元を隠すという「司令官といえばこれ!」なポーズを取った狭間の重々しい宣言によって作戦会議は幕を開けた。

 

 

「帝都の悪所街事務所に残留中の新田原三佐らから送られてきた情報によれば、クーデターにより実父である皇帝モルトを殺害し講和派議員を排除・幽閉により宮廷を掌握後、便衣兵と偽装型怪異を用いてのアルヌス攻略に失敗した事による混乱の抑制と戦力再編を行っていたゾルザルだが、この度帝国国内各地に領地を持つ有力貴族や周辺国らに対し、彼らが保持する戦力を提供するよう呼びかける……

 いや正しくは恫喝だろう。これを行うべく有力貴族らが帝都へと集結するよう動いている事が判明した」

 

 

 狭間の視線が司令室に集められた参加者らを一瞥する。

 

 幕僚幹部や戦闘団の隊長のみならず、ピニャの姿もそこには在った。狭間に最も近いポジションに配置されている点が、今回の作戦会議において彼女が重要な立ち位置に置かれている事実を周囲に知らしめている。

 

 

「ゾルザルが大陸全土から集めた兵力をも手中に収めたとなれば、待っているのは我々の何十倍もの兵力による大攻勢なのは間違いあるまい。

 そして今や本国から孤立した我々は、戦い続ける為に必要な弾薬も、食料も、人員すらも一切の補給が出来ない状況にある。それどころか我々(自衛隊員)我々(地球人)として生きていける場所すら此処アルヌス以外には残されていないのだ」

 

 

 だからこそ、ゾルザルの思惑を必ずや阻止せねばならないのだと、狭間は断言した。

 

 狭間の目がチラリと今津一佐を捉え、素早く意を汲み取った特地派遣部隊のスパイマスターを務める男が席を立つ。

 

 

「せやけどこれは同時に我々にとってもチャンスでもあるんや。

 ぶっちゃけた話、親玉であるゾルザルを単に排除するだけやったら今の我々に残された力だけでも十分過ぎる。元老院議事堂を空爆した時みたいにゾルザルが居る宮殿の部屋ごと航空爆弾で空までブッ飛ばしたる事だってできたし、残留してくれた特戦群の狙撃兵を動かして玉座でふんぞり返っとる奴さんの額に風穴を開けるチャンスだってこの数週間幾らでもあった」

 

 

 今津が語った事は全て実際に取りえた手段だ。F-4EJ戦闘機を帝都まで往復させるだけの航空燃料も機体を完全爆装状態に出来る量の航空爆弾もまだ在庫が在ったし、皇宮の警備に配置された何百男全もの兵の監視網の更に外から標的を射貫けるだけの十分な腕と十分な武器を両立した兵士も帝都に存在しているのだから。

 

 

「それをせんかったのは、ただ頭を潰すだけの斬首戦術でゾルザルを排除しても何の解決にもならんからや。

 ゾルザルを排除しても今度はその下に居た連中や、皇宮の影響が薄い周辺国が権力目当てに帝国を割るやろう。行きつく先は群雄割拠の戦国時代、血で血を洗うような事態になりかねへん。例え僕らが武力でそいつらを鎮圧出来たとしても結局は貴重な物資を使い果たしてジリ貧や。

 だからこそ、その親玉が一堂に会したところを徹底的に叩くんや」

 

「それはつまり呼びかけに集まった各地の権力者もゾルザル同様に排除する、と?」

 

「いやその逆やな。彼らを一時的に拘束はすれど無傷で帰ってもらう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そうして他の権力者へ我々の力を骨の髄まで知らしめる事で、今後我々に手出ししようという気を無くそうというという訳か」

 

「そういうこっちゃな。で、ゾルザルが居なくなった帝国のトップにはピニャ殿下に着いて頂く。

 女帝となって貰った暁には彼女が後ろ盾となり、アルヌスを一種の自治区として認めて頂く、そういう約定になっとる。これによって僕らは残留自衛官の生存圏を確保し、殿下と帝国は名目上だけの話とはいえ自衛隊という新たな強大な武力を手にする事で周りが余計な真似をしでかさんよう睨みを利かせられるようになる。そういうプランや。

 無論殿下もこの計画に了承済みや。そうでんな、ピニャ殿下?」

 

「その通りだともイマヅ殿。妾としてもゾルザル兄――否、我が父皇帝モルトを弑した叛逆者ゾルザルを討ち取り、これ以上帝国の血が流れるのを防げるというのであれば何でもしてみせようぞ」

 

 

 ピニャは微笑みを浮かべた。彼女の顔を見た自衛官らの額に冷や汗が浮かんだ。

 

 磨き上げられた美貌を台無しにする程色濃い隈もさる事ながら、明らかに狂気一歩手前の執念でガン極まった彼女の眼光は海千山千の幕僚幹部らですら直視するのを憚るレベルだった。

 

 

 

 

 

 ……ゾルザルを排除する段階で間違いなく少なくない血が流れるのは間違いない。狭間らが立てた作戦計画は帝国の中枢たる皇宮を電撃的に攻め落とそうというというものなのだから、当然皇宮を守る帝国軍の兵力も生半可ではない。

 

 だが今のピニャならばそれによって犠牲になる帝国軍すらも必要経費と割り切ってあっさりと受け入れてしまうだろう。

 

 100? 200? それとも1000? ()()()()()()()

 

 死の煙(毒ガス)地獄の太陽(核兵器)に焼かれて万の兵士が死に、億の亡骸で帝国が埋め尽くされずに済むのであれば、()()()100や1000の犠牲など些事に過ぎない、と――――

 

 むしろこの計画を聞かされた際に、皇宮や帝都へNBC兵器を使用する予定はないと狭間らに断言され、ピニャは事ここに至っても尚慈悲深い彼らに感謝の涙すら流したほどである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、その時。幕僚幹部らの背後で、場の空気にそぐわない声と共ににょきりと腕が挙がった。

 

 

「あの~、そんな大層な作戦会議の場に、どうして自分達も呼ばれたのでしょうか?」

 

 

 伊丹であった。複数形が示す通り、伊丹の他に自衛官ではないが特例扱いで特務一尉(大尉)扱いのプライスとユーリ、観戦武官改め特殊作戦アドバイザーのマクミランもこの場に居る。

 

 

「それはやな伊丹二尉、理由は2つある。

 まず1つ。ここでは敢えて元TF141最後の生き残りと呼ばせてもらうで。諸君らは過去の作戦において大規模な敵戦力に厳重に警備された重要施設を小規模な寡兵でもって攻略し、見事に成功させとる。しかも別々の土地で複数回に渡ってや。

 その経験を生かしてちょちょいとアドバイスをして貰おう思てな?」

 

「それはまぁあの頃はどれもそんな感じの任務ばっかりでしたけど、正直参考になりますかねぇ。なぁ爺さん?」

 

「そうだな、とりあえず投入可能な航空支援はどれぐらいある? ヘリ(チョッパー)、航空機、無人機(UAV)、何でもだ」

 

 

 伊丹に話を振られたプライスが問いかけるとヘリ部隊を統率する健軍が答えた。特地派遣部隊における陸自所有の航空戦力を指揮する彼は当然ながらその内容も網羅している。

 

 

「ヘリはUH-1J(ヒューイ)の|武装改造型にOH-6、そしてAH-1S。ヘリコプター以外だと地上部隊の支援用にM197を搭載してガンシップ化したLR-1偵察機がある。無人機に関しては新無人機システム(FFRS)やスキャンイーグルといった小型偵察機ぐらいだ」

 

「出来れば燃料とヘルファイア(対戦車ミサイル)を満載したプレデター(無人攻撃機)AC-130(榴弾砲搭載ガンシップ)が欲しいところだが、まぁ及第点だな」

 

「少し見ない間に二ホン暮らしに慣れて贅沢になったようだな、ジョン。ライフル1丁とギリースーツだけでプリピャチに潜入した頃を思い出したらどうだ?」

 

「時代は変わったんだよ、マック。今は飛行機どころかラジコンの戦車(UGV)で戦う時代なのさ」

 

「ラジコン戦車といえばプライス、アンタインドでの戦闘で必死にUGVを操作してた俺を置いて、自分達はさっさとヘリに乗り込んでただろ」

 

「ユーリ、あの後ちゃんとお前を拾いに行ってやっただろう」

 

「ああ置き去りにされてから空爆で崖ごと川に吹き飛ばされた後にな」

 

「オッホン! ……招いておきながら申し訳ないが、昔話はまた後にして頂きたい」

 

 

 狭間の咳払いで海外組の昔話が途切れたところで、またもや伊丹は挙手をする。

 

 

「1つ目の理由は分かりましたけど、理由は()()あるって言いましたよね。じゃあもう1つの理由についても教えて貰いたいんですけど……って何ですかその顔。しかも皆して」

 

 

 気まずそうに背けられた目、それが伊丹の質問に対する狭間の答えだった。

 

 今津に健軍も、どころではない。幕僚の幹部自衛官全員が伊丹に対し顔をそっぽに向けたのである。どういう事なのと困惑する伊丹除く自衛隊組のこの反応に海外組も怪訝そうに眉根を寄せた。

 

 そして、1人だけ。

 

 

「イタミ殿」

 

 

 上官の代わりに2つ目の理由を語り始めたのはピニャだった。

 

 

「な、何ですピニャ殿下?」

 

「妾はな、思うのだ。ジエイタイの力を借りてゾルザル兄を打ち倒し、集まった有力貴族や周辺国の者どもに恐怖を叩き込む。妾も素晴らしい案だと思う。

 だが――ただそれだけでは足りないと思うのだ。これからの帝国やジエイタイを脅かす不穏分子にはもっとより強烈に、一生を苛む呪いの如き悪夢をこれからの生涯ずっと見続ける程の恐怖を魂魄へと刻み込み、反抗の意志が2度と湧かぬようにするべきだと思うのだ。()()()()()

 くっくっくっくっく……」

 

「ヒェッ」

 

 

 地獄から響くような笑い声をあげるハイライトオフな美女をリアルに目撃してしまい恐れ戦く伊丹。

 

 世の中には戦車と戦闘ヘリ付きの敵一個大隊に包囲されるよりも恐ろしい存在が在るのだと彼は改めて知った。

 

 

「恐怖には畏れられるべき象徴が必要だ。エムロイの使徒であり死神と称されるロゥリィ殿が振るう身の丈を超えるハルバードのように。妾がイタリカで盗賊どもを蹂躙した天馬を目の当たりにしたあの日のように。

 そして、イタミ殿がギンザにて帝国軍の軍勢に立ち塞がり、億もの人々が死んだチキュウの戦争を終わらせた英雄であると知ったあの時のように」

 

 

 ピニャが席から立ち上がった。そのまま幕僚らの横を通り過ぎ、まっすぐ伊丹の下までやってくる。

 

 彼女の両手が伊丹の肩に乗せられ、蛇に睨まれた蛙のように硬直していた伊丹はようやく逃げ出そうと試みるも……馬鹿な、振りほどけないだと!?

 

 

「そして気付いたのだ。帝国軍を『門』のこちらへと退かせ、玉座の間にて皇帝の目の前で皇太子を血の海に沈め、古代龍すら討ち取り、挙句に送り込まれた万の帝国兵を一瞬で躯へと変えた――

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と」

 

「じょ、冗談ですよね」

 

「イタミ殿の目には妾が冗談を申しているように見えるのか?」

 

「イエミエマセン」

 

 

 額が触れ合い、互いの吐息がぶつかり合うほど顔を近付けてきたものだから目の逸らしようもない。

 

 自殺未遂を起こした母親に心を病んで自分を父親と誤認したテュカ、そのテュカを狂気に突き落とすまでに炎龍への憎悪へ追い詰められていたヤオと、狂ってしまった女の眼光にそれなりの慣れを持つようになっていた伊丹ですら吞まれかけている。己の追い詰められ具合を自覚し、制御している分だけ濃縮され指向性を与えられた狂気を一身に浴びせられる形になっていたから。

 

 傍から見れば口づけを交わしているようにも見える程の近さだが、周囲に彼女を止めようとする者は1人もいなかった。最早この場はピニャの独壇場と化していた。

 

 実際、自衛隊側からしてもピニャのこの案は有効性が高いと判断していた。

 

 立て続けの一大政変で多大な混乱に陥るのは確実な帝国。その内外で蠢くであろう勢力の動向を制御し、誘導出来る存在を作り出す有効性は過去の歴史で実証されていた。

 

 古代ローマが生んだ名将軍カエサルのように。WW2にて数々の秘密作戦で名を轟かせた結果、捕虜の噓1つで連合軍最高司令官の動きを封じ込めてしまったオットー・スコルツェニーのように。

 

 代わりに祭り上げられる人物へ今後のしかかる評価やプレッシャーについては仕方のない代償(コラテラルダメージ)という事で目を瞑る事にする。

 

 それはそれとして色々背負ってきた伊丹に追加の重荷を背負わせてしまう事を後ろめたく感じる良心は狭間達にもまだ残っていた。その結果が先程の反応であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない、許してくれ伊丹」

 

 

 耐え切れず、檜垣が謝罪の言葉を絞り出す。

 

 上官の謝罪も、伊丹には何の慰めにもならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『狂気はどこにあるか。それを汝らに植え付けねばならぬのだが』 ――ニーチェ

 

 

 




ピニャ「……逃がさん……お前達だけは……」
伊丹・帝国の偉い人達「ヒェッ」

兄が覚醒したんだから妹も覚醒()させないとね(ニッコリ



来年こそ完結できるよう頑張ります。

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