GATE:Modern Warfare   作:ゼミル
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注:今話の内容が『CoD:MW3』キャンペーンのラストミッションに改変を加えた展開となっております。
そのような話が気に入らない方は回れ右推奨です。


0:Unforgiven/終結に至る死闘

 

 

 ――コール音が鳴る。

 

 電子的な呼び出し音が途切れると、いかにも酷薄そうな男が電話に出た。

 

 

『誰だ』

 

「収容者627号だ。 首を洗って待っていろ、マカロフ」

 

『――聞いていないのかプライス。 戦争は終わったと皆は言っているぞ』

 

俺達(・・)の戦争はお前がいる限り終わらん」

 

『マクタビッシュ大尉のように死で終わりたいのか? なあ教えてくれプライス。彼がくたばるまでどれだけ苦しんだ?』

 

 

 マカロフと呼ばれた男は鼻で笑う。

 

 

『私は貴様らの世界を壊してやった。今度は貴様を見つけ出して壊してやる番だ』

 

「その必要はないさ」

 

 

 電話が切れる。

 

 受話器を置いた髭面の男――プライス大尉が顔を上げると3人の男達が黙って彼を見つめていた。

 

 そう、確かにアメリカを筆頭とした西側諸国とロシアの間で行われた第3次世界大戦は終わった。プライスらが中心となって多大な犠牲を出しながらもロシア大統領をマカロフから救出し、当事国の代表間で停戦協定が結ばれた事によって世界を炎に染めた戦争は終結したのである。

 

 しかしWW3を引き起こした首謀者であるマカロフはまだ生きている。それどころか組織力は減じつつも、大国の司法の手すら逃れて今も裏社会で暗躍し続けている。

 

 マカロフが生きている限りプライスとユーリにニコライ、そして伊丹……彼らタスクフォース141最後の生き残りである彼らの戦争も決して終わらない。否、終わらせるわけにはいかないのだ。

 

 

 

 

 マカロフを逃がしてはならない。

 

 マカロフを生かしてはならない。

 

 ――決してマカロフを赦してはならない。

 

 その為に彼らは戦い続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 マカロフが現在潜伏している拠点は既に判明している。

 

 狂犬と称される史上最悪の過激派指導者に散々振り回された世界各国が、ロシア国内から姿を消したマカロフの足取りをその威信を賭けてなけなしの余力を振り絞って追跡し、見事辿り着いたのである。

 

 TF141の設立者であり総指揮官だったシェパード将軍の裏切り、そして裏切りに対する報復により米軍現役将軍の暗殺という大罪を背負い非合法部隊と指名手配の烙印を押されたプライス達であったが、現在指名手配は解除されている。

 

 ロシア大統領一家救出ならびにWW3終結に多大な貢献を果たしたのを評価された結果であるが、これはあくまで一時的な解除に過ぎない。

 

 各国はプライス達に対し情報と装備の支援は行うが援軍の人員は送らない。最後の生き残りである4人だけでマカロフ殺害が非合法部隊としての汚名を雪ぐ最低条件であった。

 

 

「宣戦布告は終わった。マカロフの根城も分かってる。問題はどうやって殴り込みをかけるかだな」

 

 

 判明したマカロフの潜伏先はホテルオアシス。アラビア半島に存在する高級ホテルである。

 

 世界中で指名手配されている史上最悪のテロリストの潜伏先としてはいささか場違いな場所だと言わざるを得ないが、無関係な一般客や従業員も多数存在する27階建ての巨大ホテルなので、無人機による空爆といった強硬手段が取り辛いという意味では非常に厄介であった。

 

 しかも事前の調査ではレストランがある最上階を除きホテルの上層フロアを丸々借り切った上、身の回りのみならずホテル全体の警備に至るまで彼の息がかかった超国家主義派の残党や金で雇った私兵で固めていると判明している。追われる身であってもその資金力とコネクションは健在で、驚異的だった。

 

 

「狭い空間に護衛が固まってる。古城の時のように空から直接マカロフの懐に侵入するにも、それだと火力が足りなくなるぞ」

 

「客や従業員に偽装して潜り込むにしても持ち込める装備にはやはり限界があるからな」

 

 

 ニコライとユーリ、ロシア出身の2人の意見を受けたプライスは僅かに黙考してから、この場で唯一の日本人である伊丹に目を向けた。

 

 

「チームを分けるぞ。イタミ、お前には宿泊客としてホテル・オアシス内に潜入してもらう」

 

「了解。で、具体的なプランは?」

 

「『目』と『合鍵』を確保した上で正面突破だ」

 

 

 

 

 目標――マカロフを殺せ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<2017年1月21日/22:00>

 伊丹耀司 タスクフォース141・少尉

 アラビア半島/ホテルオアシス

 

 

 

 

 

 作戦は2つの段階に分かれる。

 

 まずは外国からのビジネスマンに変装した伊丹がホテル・オアシスにチェックイン。

 

 ホテルのサーバールームに潜入しハッキング用の装置を仕込んだら、外部で待機していたニコライがからホテルのセキュリティシステムにアクセスし監視カメラとエレベーターを掌握。マカロフの居場所や護衛の配置を確認する。ここまでが第1段階。

 

 つまりこの時点で躓いてしまうとマカロフ暗殺作戦は大きな計画変更を余儀なくされるわけで、一足先に敵の本拠地と化したホテルへ潜入しなければならない伊丹の責任は重大であった。

 

 ホテルのサーバールームは一般客向けの客室エリアがある中層階と、スイートルームが並ぶ高層階の境界部分にあたる階層に位置。

 

 サーバールームに最も近い階層の客室に伊丹はチェックインした。

 

 ビジネスマンに化けている現在の伊丹はネクタイまできっちり締めたスーツ姿である。身元照明用のパスポートも大国の諜報機関が実際のパスポートと同じ用紙と印刷機械を使用して作り出した、いわゆる本物の偽造パスポートだから、マカロフの息がかかっているとしてもホテルのセキュリティ程度ではまず見抜く事はできまい。

 

 偽装に真実味を持たせるという事でスーツ自体もブランド物の高級品が採用されている……いるのだが、元来伊丹の外見が茫洋としている印象なせいもあり、大きな商談の為にはるばる異国へやってきたビジネスマンというよりは、早くも長旅に疲れた使いっぱしりのサラリーマンと称した方がしっくりくる佇まいであった。

 

 それでも宿泊用の荷物に偽装した武器弾薬、防弾プレートが入ったナイフと拳銃用ホルスター装着済みタクティカルベストや無線機といった装備類を身に着けていくと、マカロフとその護衛の根城に変貌した空間とほんの数階層分の距離にまで近づいている実感を覚えるようになり、流石の伊丹も緊張に背筋が震えると同時に戦意と復讐心で体が熱くなるのを自覚した。

 

 

「こちら伊丹。これからサーバールームに向かう」

 

『了解。既にユーリと車内で待機中だ。ニコライ、イタミが接続次第すぐにマカロフの野郎を見つけられるようにしておけ』

 

『ダー、とっくに準備はできているとも兄弟』

 

 

 シャツの上から着用した装備一式の更に上からジャケットを着込んで物騒な装備品を覆い隠した伊丹は、仲間への連絡を合図に部屋から出た。遂に本格的な作戦行動の開始である。

 

 現在の階層は何も知らない一般客が多数宿泊しているのでまだ武器は表に出さない。左肩からビジネスバッグを下げ、中に隠したサイレンサー装着済みのFN・ファイブセブン拳銃をいつでも抜けるよう右手は空けている。

 

 バッグの中には拳銃だけでなく同じFN社製のP90サブマシンガン(正確にはより攻撃力を高めた個人防衛火器(PDW)というジャンル)が隠されている。こちらの出番は派手な第2段階に移行してからの出番となるであろう。

 

 それ以外にも、伊丹が提げたビジネスバッグの中には、スーツの下に隠し持つには若干難があるものの、多数の敵を相手するのには極めて効果的である物騒な品物が多数詰め込んであった。

 

 今伊丹がいる階からサーバールームのある階層には非常階段を使って上がる。他の宿泊客や無関係の従業員とすれ違うことなく、伊丹は非常階段まで辿り着けた。

 

 そっと扉を押し開けて階段に出る。マカロフの護衛が非常階段にも配置されている可能性があったが、幸運にもサーバールームのある階に通じる扉まで敵の姿は存在しなかった。

 

 代わりに非常口側からサーバールームの階層に入るための扉には電子ロックがかかっている。固く施錠された扉の前に屈み込みながら伊丹は懐からカードキーを取り出す。

 

 

「頼むから開いてくれよぉ」

 

 

 諜報機関が用意したホテル全ての電子ロックに通用するカードキーは正しく効力を発揮した。

 

 認証時の電子音以上に物理的な施錠が解除される音の方が非常階段に大きく響いたものだから、伊丹の心臓は痛いほど縮み上がる羽目になった。

 

 息を潜め、気配を限りなく消した伊丹は扉の向こう側、もしくは上階にいるであろうマカロフの護衛が、施錠の解かれる音を聞きつけて近づいてきていないかどうか、必死になって探った。

 

 最も心臓に悪い十数秒が過ぎ、接近する気配が1つもないのを確信した伊丹は覚悟を決めて扉を開けた。そうしてとうとうサーバールームがある階への侵入を果たしたのである。

 

 この手の施設はどこもそうだが、利用客が頻繁に訪れる区画と違い、従業員でも特に限られた者しか出入りしないような場所は、一般開放されている場所とはうって変わって装飾らしい装飾や調度品など無いも同然の、極めて無機質な空間が広がっているのがお約束だ。でもって伊丹が侵入を遂げたサーバールームもそのような構造をしていた。

 

 四方と床はつるりとした材質の建材で構築され、業務用冷蔵庫か墓標か何かかと勘違いせんばかりそびえ立つ巨大なサーバー機器が図書館の本棚よろしくズラリと規則的に配置されている。

 

 サーバーの列は半透明のパーティションによって囲まれていた。曇りガラスみたいな仕切りの内側に入るための入り口の1つが、ちょうど伊丹が通ってきた非常階段と繋がる扉の正面に存在した。その扉にも電子ロックがかかっている。

 

 天井にはサーバーから生えた巨大なケーブルが縦横無尽に這い回り、機器を冷やす為の空調が騒音と称するほどには酷くはないが、非常階段の施錠解除音ぐらいなら十分掻き消してしまう程度の音量で唸り続けていた。

 

 すると空調の唸り声の合間から今度こそ人の声が聞こえてきたのである。

 

 

『おい、この部屋でタバコは吸うなって言われただろうが!』

 

 

 生粋のロシア語である。マカロフを筆頭としたロシア超国家主義派を追う都合上、仕方なしにロシア語を習得していた伊丹であった。

 

 できる限り身を縮こまらせてパーティションの角から覗き見を行う。

 

 元はサーバーの状態を逐一チェックするエンジニア用の作業空間であろう。壁際にディスプレイと端末が並び、その中心にテーブルが設置された空間が存在し、しかしそこに居たのはどこからどう見てもエンジニアや従業員とは思えない完全武装の男達であった。

 

 間違いなくマカロフの私兵である。戦闘服に剥き身の銃火器と大量の予備弾薬と、物騒さを隠す素振りなど微塵も感じられない姿だった。

 

 

『ここでタバコなんて吸ったら火災報知器が鳴っちまうだろうが。そんなに吸いたきゃ非常階段で吸ってこい』

 

『分かった、分かったよ。そんなに怒鳴らなくたっていいだろう。ったく……』

 

 

 仲間に怒鳴られた私兵が小声でブツブツ漏らしながら伊丹が潜む方向へ近づいてきた。パーティションが半透明で向こう側がぼんやりとしか見えないのと、サーバーの陰にもなっているので、私兵は伊丹の存在に全く気付いていない様子だ。

 

 素早く引っ込んだ伊丹は、サーバー用の空間を隔てるドアの電子ロックを解除し、仕切りの内側へ身を滑らせた。入り口の電子ロックの解除音も空調に掻き消されるぐらいの音量だったのは幸運であった。

 

 そのままサーバー機器同士の隙間に身を滑らせ、私兵の死角へ陣取る。パーティション越しに高級ホテルに似合わぬ重装備で膨らんだ人型のシルエットを視認できた。

 

 私兵が角を曲がって階段の前までやって来る。伊丹とは仕切りを挟んで目と鼻の先の位置であり、同時に他の私兵がいる作業場からは死角となる位置だ。

 

 階段に出ようとしている私兵は伊丹にがら空きの背中を向けている。

 

 

「…………」

 

 

 拳銃をしまうと伊丹は懐からナイフを抜き、左手に逆手で握り締めると、静かに仕切りの入り口を開けた。

 

 そこからは一瞬である。ようやく気配を察知した私兵が何らかのアクションを起こすよりも早く伊丹の右手が口を塞ぎ、次いで左手のナイフが左胸へと突き立てられた。装備や肋骨に刃が阻害されないよう気をつけて、刀身を根元まで埋まるぐらいに深く刺し込めば、わずかな呻き声を残して私兵の意識が永遠に失われる。

 

 ナイフは抜かないままぐったりとした私兵の死体はサーバー用の空間に引きずり込んで機器と機器の間に押し込む。本格的に事が始まるまでバレない程度の隠蔽で十分だ。

 

 返り血を浴びないようナイフを回収してから死体を隠し終えるとサーバールームの奥へ向かった。

 

 

「このサーバーだな」

 

 

 目的のサーバーもテーブルの周囲にたむろしている他の男達からは、他の機器に遮られて死角になる位置に存在した。

 

 サーバーに取り付いた伊丹は可能な限り物音を立てないよう注意を払いつつ作業を開始。

 

 作業といっても、やる事はサーバー機器のコネクタに遠隔操作用のデバイスを差し込むだけである。後は勝手に別の場所にいるニコライのPCと勝手にネットワークが結ばれるよう設定済みだ。テクノロジーの進歩って怖いねぇ、としみじみ思う伊丹であった。

 

 

(あと何年かしたら人工知能積んだロボット兵士も戦場で活躍する時代が到来するんだろうなぁ)

 

 

 ゆくゆくはター○ネーターかリメイク版のロ○コップか。オタクとしては興味があるがいち兵士としては何だかなぁなんて複雑な感情を覚えてしまう伊丹だったが、今は任務の真っ最中なのですぐさま思考を切り替える。

 

 

「ニコライ、今サーバーに接続した」

 

『ダー、こちらも接続が確認できた。今からシステムに侵入するぞ。戦友達よ、出番はもうすぐだぞ!』

 

『聞こえてるさ。今ホテルに向かってる』

 

 

 プライスからの通信に混じるエンジン音。すぐに急ブレーキの甲高い音も聞こえた。老兵とユーリを載せたトラックが突入した事を示している。

 

 とうとう作戦の第2段階が開始されたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第2段階は極めてシンプルだ。

 

 完全武装したプライスとユーリが正面入り口から突入。ホテルに侵入したらニコライがシステムを掌握したエレベーターに乗り、敵を片っ端から薙ぎ倒しつつマカロフの下まで突き進むのである。

 

 

『ニコライ、ヤツらのシステムに侵入はできたのか?』

 

『今やってるさ。アラビア語は少々忘れちまってるもんでね。だが今監視カメラに侵入したところだ。マカロフはアナトリウムの最上階にいる』

 

 

 プライスとニコライのやり取りの合間から「車から降りろ!」と英語での警告が無線機越しに伊丹の耳にも届いた。

 

 

『このアーマー、本当に防いでくれるのか?』

 

『時間稼ぎにはなるさ』

 

 

 不安な声を漏らしたのはプライスと行動を共にしているユーリだ。彼とプライスはジャガーノートと称される対爆スーツを改造したアーマーと大量の武装でもって正面からホテルに突撃する役回りである。

 

 どこまで通用するか未知数の装備へ命を預けるのに不安を覚えてしまうのも無理はないが、老兵からの返答はにべもなかった。

 

 

『さもなくば発砲する!』

 

『頃合いだな――――ニコライ、警報を鳴らせ。民間人をホテルから追い出すんだ。逃げずに残って反撃してくる連中が撃って良い敵だ』

 

『了解だプライス』

 

 

 あくまで標的はマカロフである。民間人に多大な犠牲を出せば今度こそ各国から見捨てられるだろうし、それ以上に武器を持たない一般人を撃ちたくないという点では伊丹ら4人の認識は共通していた。

 

 マカロフとその私兵の方は間違いなくお構い無しに撃ってくるのだろうが、だからといって巻き込まないための対策を講じないわけにはいかない。避難警報を出すのは民間人の対処に頭を悩ませた彼らの苦肉の策であった。わざわざホテルの正面で暴れるのも迎撃に現れたマカロフの護衛を1ヶ所に集めて民間人から引き離す為である。

 

 

『ヤツが逃げんようにエレベーターの制御を奪え。イタミ、お前は手筈通りマカロフ達が非常階段から逃げないように足止めしろ。絶対に逃がすな』

 

「分かってますって」

 

『いよいよだ。今度こそマカロフを生かして返さん』

 

『……撃て!』

 

 

 とうとう無線から銃声が聞こえ始めた。テーブルの周囲でだらけていた男達が持つ無線からも喚きたてる声が発せられるのが伊丹にも聞こえた。

 

 途端に彼らは慌てた様子で銃を手に立ち上がる。プライス達の出現が上層階の私兵にも伝えられたに違いなかった。

 

 それは同時に伊丹が潜伏する理由が消滅した事も示していたのである。

 

 ファイブセブンを構え男達がたむろしていた空間へと向かう。

 

 無線に気を取られている私兵はパーティション越しに接近する伊丹の存在に未だ気づいていない。伊丹から見た私兵はぼやけたシルエットではあったが頭部や胴体といった部分を見分けるには十分であった。数は3人。

 

 

行くぞ(Get Ready)――ソープに(This is)捧げよう(for Soap)

 

 

 最後にプライスが放った呟きを合図に、伊丹は半透明の仕切り越しに敵を撃った。減じられた銃声以上に仕切りを穿つ音の方が大きく感じられた。

 

 頭部を狙っての短連射を順番に叩き込むと、銃弾で大きく亀裂が生じたパーティションを蹴りで砕きながら外へ出る。貫通力に長けたファイブセブンの銃弾は全弾とも仕切りを容易く貫き私兵の頭部に命中していた。

 

 私兵が囲んでいたテーブルの上にはカードと私兵が散らばっていた。退屈しのぎのカード遊びの名残を払いのけてバッグを置き、中に収めていた各種手榴弾を取り出して伊丹の着るベストに空けておいたスペースに吊り下げていく。もう隠密は必要ないので

 

 かすかにサーバールームの窓が不気味に震えたのでチラリと見やると、地上が不自然に赤い光で明るくなっているのは分かる。地上から突入を開始したプライスとユーリは派手に暴れているようだ。

 

 

『連中の注意は引けているな。敵の新手もすぐにやってくるぞ』

 

 

 次の瞬間、無線の向こうで爆発音が鳴り響いた。

 

 

RPG(対戦車ロケット弾)! 2階だ!』

 

『気をつけろプライス、連中は場所や民間人なんてお構いなしに撃ってくるぞ!』

 

 

 相も変らぬ超国家主義派の手段の選ばなさに最早伊丹は呆れ返るばかりだ。顔を強張らせた伊丹の視界に、ふと私兵が所持していた武器類が目に入る。

 

 度を越した国粋主義を背景としている超国家主義派であるが、使う兵器に対しては性能が良いのであれば平気で西側製を運用する節操なしな一面を持つ。

 

 マカロフの私兵だけでもロシアを代表する傑作アサルトライフルであるAK47の近代改修型、PKP・ペチェネグ機関銃といった東側製火器だけでなく、伊丹の装備と同じベルギー製のP90やイタリア製のスパス12・ショットガンといった西側の銃器も混在しているという塩梅であった。中にはフルオート連射可能な拳銃であるグロック18まで複数並んでいた。

 

 銃器だけでなく弾薬箱も山と積んで置いてある。ここでたむろしていた連中はサーバールームの空きスペースを武器庫としても利用していたらしい。

 

 プライスとユーリ、ニコライが無線でやり取りするたびに大量の銃声も一緒に聞こえてくる。マカロフのを守る戦力の多さが嫌でも理解させられた。

 

 

『ニコライ、マカロフは今どこだ!』

 

『まだアナトリウムだが移動しているぞ! 非常階段を使って徒歩で降りるつもりだ!』

 

「俺の出番だな。ニコライ、どの非常階段だ?」

 

『南東、南東の非常階段だ! 大量の歩兵で守られてるから気をつけるんだ!』

 

 

 伊丹が先程サーバールームへ侵入する際にも使った階段である。

 

 反射的に伊丹はファイブセブンをホルスターに収めると死んだ私兵の装備からグロック18を2丁奪い、両方とも腰の後ろに突っ込んだ。

 

 潜入担当である伊丹は地上の突入組より火力と防護は格段に劣る。かと言って狭い非常階段で近距離での遭遇戦が予想される状況で重い長物は不利になりがちだが、大量の敵を足止めするにはもっと火力が欲しい。 それらを考慮すると拳銃サイズながら瞬間火力に長けたグロック18はうってつけであった。

 

 1丁ではなく2丁持ち出したのは念の為の予備である。グロック用のロングマガジンも複数鷲掴みにしてバッグに放り込んでおくのも忘れない。

 

 非常階段へ戻ると頭上から大量の足音と気配がした。持ち替えたP90の銃口を上への階段へ向けて警戒しながらゆっくりと上階を目指す。レストランを利用していた一般客か従業員の可能性もあるので、発砲は足音の主を目視で確認するまで待つべきだ。

 

 手すりの隙間から上階より降りてくる集団の足が見えた。コンバットパンツに頑丈なブーツの組み合わせは高級ホテルの客層や従業員のスタイルから明らかに外れている。そんな足が垣間見えただけでも何十本も続いて伊丹の下へ近づきつつある。

 

 10人や20人ではきかないであろう敵集団の接近に、射撃姿勢を解いた伊丹の手が自然と破片手榴弾へ伸びていた。

 

 安全ピンを引き抜き安全レバーを飛ばす。ただしすぐには投げず、きっかり2秒経ってから伊丹は斜め上へ手榴弾を投じた。階と階の境目にあたる踊り場へ階上から駆け下りてきた先頭集団が達した直後、彼らの足元に手榴弾が転がった。

 

 

「グラナーダ!」

 

 

 手榴弾が爆発した。手榴弾に気付いた私兵の誰かが警告を叫んだ次の瞬間には、爆発音が非常階段全体を震わせた。

 

 破片手榴弾はその名の通り大量の破片をまき散らして敵を殺傷する武器である。炸薬量も限定されている為。映画やテレビドラマのように小屋や車両を粉々にしてしまうような爆発力はない。それらはあくまで創作としての誇張された表現だ。

 

 それでも広いとは言えない非常階段に密集した集団へ投じたともなればその効果は絶大であった。いくつも悲鳴が上がり、破片に切り裂かれ、至近距離での爆発でもぎ取られた手足や、それどころか運の悪い私兵が吹き抜けになっている階段中心部へ投げ出されすらした。幸運にも階下で爆発に身構えていた伊丹は、落下した敵の驚愕に見開かれた目と合ってしまう、などというトラウマになりそうな体験は遭わずに済んだ。

 

 爆発の反響音が薄れるよりも早く階段を駆け上がる伊丹。

 

 爆発があった踊り場には煙が漂い、四肢の一部があらぬ方向を向いていたり、あるいは欠損し、戦闘装備を血で染めて苦しむ男が数名存在した。躊躇うことなくP90を発砲しとどめを刺してまわる。

 

 更に上へ続く階段には目立つ負傷はしていないが爆風を受けて転倒している男達が多数いたので、マガジン内の残弾を撃ち切るまで掃射を加えてやった。

 

 

『敵だ、反撃しろ!』

 

 

 反撃の銃火が階段内で吹き荒れる。無傷の護衛が手すりから武器のみを突き出して階下へと乱射する。体を屈め、背中を壁へ押しつけて伊丹は凌ぐ。その間にP90のマガジンを交換。

 

 

「プライス! ユーリ! 非常階段でマカロフの護衛とカチ合った! そっちは今どこだ!」

 

『ユーリだ、今エスカレーターを昇ってるところだ。プライス、急げ!』

 

『分かっているさ!』

 

 

 2人と合流できるまであと何分かは必要だろう。それまで伊丹は1人で非常階段に押し寄せたマカロフの私兵集団を相手取らねばならないのである。しかし高低差はあるが狭い一本道となっている非常階段の構造上、敵が物量と火力差を十分に生かせない状況にあるお陰で伊丹1人でもどうにか封鎖する事ができていた。

 

 絶え間ない銃声の合間、不意にカン、キンッと金属質な音を伊丹の聴覚が捉えた。階段を跳ねて転がり落ちてくる音の発生源は、お返しとばかりに護衛が投じてきた手榴弾である。

 

 

「クソッ!」

 

 

 伊丹の口から悪態が飛び出す。思わず突いて出た罵り声は日本語であった。

 

 足元に落ちてきた敵からの手榴弾を咄嗟に蹴飛ばす。手すりの方向へ蹴り転がされた手榴弾は吹き抜けへ落下へ消えたかと思うと階下で爆発した。どうやら向こうはピンを抜いてからちょっとだけ待つという手順を省いたようだ。でなければ蹴飛ばす前に伊丹の目の前で起爆してただろう。

 

 再び伊丹の手が手榴弾へ伸びる。次に伊丹が掴み取ったのは球状のM67破片手榴弾ではなく円筒状の物体である。安全ピンを抜いく。今度は即座に投げつけた。それから伊丹はすぐさま耳を塞いで物体を投げつけた方向から顔を背けた。

 

 轟音と閃光。破片手榴弾の炸裂よりも体の芯に響く破裂音と強烈なフラッシュが非常階段で発生した。

 

 伊丹が投げつけたのは閃光手榴弾(スタングレネード)。攻撃力はないが一時的に敵の動きを封じるのには役立つ。このような密閉空間では尚更に。効果が残る前に階段を駆け上り、動きが鈍った敵兵へ連射を叩き込む。

 

 駆け上がった先の客室区画へ通じる扉には『27F』と英語とアラビア語で書いてあった。

 

 その時、突如としてホテル全体が振動した。RPGや伊丹とマカロフの護衛が投げ合った手榴弾のそれを大きく上回る爆発がホテルのどこかで発生したのだと気付いた。

 

 

「今の爆発は何だ!?」

 

『敵のヘリが……迎撃したのはいいが、俺達が乗ったエレベーターに突っ込んで吹き飛びやがった……!』

 

 

 息も荒く、途切れ途切れに応答したのはユーリである。この報告には伊丹も血相を変えてしまう。

 

 

「2人とも無事なのか!」

 

『酷い手傷は負わずに済んだがアーマーはもう役立たずだ。乗ってるエレベーターも……ニコライ、別のエレベーターが必要だ!』

 

『了解だ、今向かわせてる』

 

『立つんだプライス。こいつはもう持たないぞ。飛び移れ!』

 

 

 銃声。ガラスが割れる音。金属製の構造物が破綻の瞬間を迎える音に「うおおぉぉ!」と絶叫が重なる。堪らず無線に呼びかける

 

 

「プライス! ユーリ!」

 

『……な、何とか飛び移れたぞ。ニコライ、こいつをマカロフの所まで上げてくれ』

 

『急いだ方が良いぞ。もう1台のマカロフのヘリが屋上に到着した。ヤツはそこへ向かってるぞ』

 

 

 先程まで盛んに階上から飛んできていた銃弾の雨が心なしか減っている。ヘリで逃亡するにあたり、残りの護衛を連れてマカロフがアナトリウムへ戻ったせいに違いなかった。

 

 この非常階段は屋上には通じていない。屋上に設置されたヘリポートへ向かうにはアナトリウム内のレストランを通って北側の非常階段を利用しなければならないのだ。

 

 おそらくそれがマカロフを仕留める最後のチャンスとなるだろう。

 

 一刻も早く行く手を阻む残りの護衛を片づけなければならない。またも空になったマガジンをP90から外す伊丹の胸中で焦りの念が膨れ上がった時である。

 

 

『注意しろイタミ、27階の客室エリアから敵の別動隊がそっちへ向かっているぞ!』

 

 

 監視カメラで逐一敵の動きを見張っているニコライの警告の直後、伊丹のすぐ目の前にあった扉が勢い良く開いた。

 

 AK47を構えて飛び出してきた敵と伊丹の視線がぶつかった。お互い手を伸ばせば触れ合えるほどの至近距離である。お手本のような突発的遭遇であった。

 

 敵も扉を開けたらすぐ目の前に伊丹がいたのは予想外だったようで大きく目を見開いている。

 

 

「!」

 

「!?」

 

 

 ニコライからの警告を直前に受け取っていた分だけ精神的に迎撃態勢を取っていた伊丹の方が相手より先んじて動く事ができた。

 

 左手で敵のAK47の銃身を掴むと外側へ払いのける。一拍遅れて我を取り戻した敵がアサルトライフルの引き金を引き、伊丹の真横で銃口から飛び出した銃弾と発射ガスが噴き荒れる。

 

 構わず伊丹は敵の股座へ金的を放った。同時に左手を敵のAKから離し、股間を襲った衝撃に堪らず戦意を失って前屈みになった相手の喉へと掌底突き。そのまま今度は相手の喉を掴んで崩れ落ちかけた相手の体を無理矢理押し上げた。

 

 相手の動きを封じるのに並行し、右手はまずP90を手放した。P90はスリングを使い、手に持っていない時は右脇に提がるよう調節してある。空けた右手が滑らかな動きでタクティカルベストに取り付けたホルスターへ向かう。

 

 ファイブセブンを引き抜くと、敵のどてっ腹に押し付けるようにして腰だめ撃ちでまず数回発砲。

 

 左手1本で敵を押し出す体勢で客室フロアへ踏み込みながら拳銃を持ち上げ、顔面へとどめの1発。事切れた敵から左手を離し、流れるように両腕を折りたたんだ独特な両手撃ちの射撃姿勢へ移行。

 

 こういった撃ち方は自衛隊ではなく、TF141に配属されて世界中の戦場を飛び回る間に身に付いたCQB(近接戦闘)スタイルだが、こういう出会い頭の接近戦ではかなり有効的であった。

 

 伊丹が踏み込んだ客室エリアの廊下には、ニコライが教えてくれた別働隊であろう重武装の兵士が他にも10人ほど見受けられた。先走った味方を撃ち倒しながら伊丹の方から突撃してきたという事で別働隊の不意を突いた格好になっている。

 

 独特の射撃姿勢を維持したままダブルタップを繰り返す。半分ほど射殺したところでファイブセブンも弾切れに。伊丹から見て右側の壁に柱が張り出していたので、そこへ身を隠そうとした。

 

 柱の陰へ到達する直前、ライフルやサブマシンガンよりも重たい銃声を聞いたと同時に、伊丹の胴体の右側が強い衝撃に襲われた。衝撃によって体が半回転して柱の陰に駆け込むというよりは、背中から激突する格好になってしまうほどの強烈さであった。

 

 撃たれたのだ、と伊丹は激痛と共に悟る。弾き飛ばされた際にファイブセブンも手放してどっかへやってしまった。

 

 

「がっ……はっ!」

 

 

 柱の陰に転がり込むなりへたりこみ、無意識の内に手が撃たれた部分をまさぐる。

 

 それ以前に両手が無事である事に、伊丹は安堵した。銃弾で手どころか腕ごと吹き飛ばされるなど戦場では何度も見てきた。手を失ったらどうやって同人誌を読めばいいのか困る事態になっていたところだった。

 

 次に気付いたのは、右脇に提げていたP90に幾つもの大きな亀裂が刻まれて一部のパーツが脱落している事だった。複数の銃弾がめり込んだ痕跡が文字通り刻み付けられている。ベストの防弾プレートも同様だ。

 

 銃声の質と数からしてショットガンによる散弾を食らったのだと悟った。散弾の大半はP90によって防がれ、残りの散弾も防弾プレートで止まった。それでも着弾の衝撃で骨と内臓は少なからず痛み、最大の問題として銃撃戦の最中に拳銃に続いてP90まで失ってしまった。

 

 

「持ってきておいて良かった……!」

 

 

 左手を腰の後ろに回し、ズボンの後ろに差しておいた2丁のグロック18の片方を抜く。

 

 今伊丹は右側の壁から張り出した柱に身を隠しているので、反撃する場合左半身から晒さなければならない。この場合は無理矢理右に構えるのではなく左にスイッチした方が安定した射撃が行えるし、伊丹もその為の訓練を積んでいる。

 

 ショットガン特有の重い銃声がまた轟き、拳大の礫が投げつけられたかのように伊丹の隠れる柱の表面が削り取られる。銃声がどんどん近づいてきている。射手がショットガンの制圧力を生かして強引に突撃してきているのだ。

 

 

(弾着は上寄り。相手の意識は上に向いてる!)

 

 

 しゃがみ込んだまま顔の左半分と左腕だけを柱から覗かせた伊丹の目が、スパス12・ショットガンを乱射する兵士を捉えた。予想通り敵が持つショットガンの銃口は、伊丹が直立している場合に上半身が存在するであろう高さへ向けられていたのである。

 

 グロック18のセミ・フルオート射撃を切り替えるセレクターは後者へセット済みだ。

 

 フルオート時の連射速度は毎分1200発という、歩兵用銃器でもトップクラスの速さである。そして伊丹が持ってきたグロック18に装填されていたマガジンは通常用の17連マガジン。全て撃ち切るのに1秒とかからなかった。

 

 フルオート拳銃からばら撒かれた9ミリパラベラム弾は、ショットガン兵の下半身を瞬時にハチの巣に変える。

 

 突撃時の慣性に従い、ヘッドスライディングじみた倒れ方をして近くまで滑ってきたその敵はまだ息があったので、右手にももう1丁のグロッグ18を握り、頭部を撃ってきっちり息の根を止めておく。とどめを刺し忘れた結果、自爆(殉教)最後の悪足掻き(ラストスタンド)に巻き込まれてるのは御免なのだ。

 

 

「敵はあと何人だぁ!?」

 

 

 殺しても殺してもどんどん押し寄せるマカロフの私兵集団に嫌気を覚えながら、バッグに詰め込んでおいた専用の33連ロングマガジンを左のグロック18へ装填する。右のグロックもついでに弾が出なくなるまで一気に撃ち終えてからこちらもロングマガジンを差し込む。

 

 

『敵は追い詰めたぞ! このままぶっ殺せ!』

 

「お前らがくたばっちまえ!」

 

 

 ロシア語の叫びに日本語の罵声を発しながら反撃しようとした伊丹だったが、生き残っている別動隊が肩に乗せて構えた筒状の物体の正体を認識すると、盛大に顔をひきつらせた。

 

 

「屋内にRPGを持ち込むな馬鹿野郎ぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 グロックで牽制の弾幕を張りながら伊丹が非常階段方向へ逃げ出した直後、発射されたRPG7の弾頭がたった今まで伊丹が隠れていた柱へと直撃し、巨大な火球が廊下で生じた。

 

 そして伊丹は背後で生じた爆風により、飛散した柱の破片を受けながら避難階段内まで吹き飛ばされたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 至近距離でロケット弾の爆発を受けて難を逃れるのは非常に難しい。

 

 吹き飛ばされた伊丹は一応生きてはいたし、五体満足でもあったが、無傷からは程遠かった。

 

 高級スーツはボロボロ、タクティカルベストも傷だらけで、もちろん伊丹の肉体も大小様々な大量の傷に覆われている。それでも生きているのは、四散した破片が奇跡的に致命傷となる部位を傷つけずに済んだり、ベストに内蔵した背部の防弾プレートによって受け止められたお陰である。

 

 全身傷だらけの血まみれだがまだ伊丹は生きていた。それでも爆発と激突の衝撃で脳を揺さぶられた事により、視界と意識は靄がかった状態へ陥っている。そもそもホテルの廊下から非常階段にかけて実際に煙が立ち込めていた。

 

 

『……タミ……えるか兄だ……頼むから返事を……』

 

(俺は、いったい……)

 

 

 酷い耳鳴りの向こうから荒っぽい男の声が聞こえる。誰の声だろうか。

 

 誰かが近づきつつある。彼は人物は何者だろうか。いや、そもそも何で自分はこんな所に――――

 

 

『ヤツだ、マカロフがいたぞ!』

 

 

 マカロフ。その声をきっかけに伊丹の意識が急速に鮮明さを取り戻す。同時に全身が苦痛に襲われたが、今はそんな事はどうでもよかった。

 

 マカロフは赦してはならない。逃がしてはならない。必ず殺さなければならない。

 

 肉体はバラバラになってしまいそうなぐらい痛むが、まだ動かす事ができる。つまりまだ誰かを殺す事ができる。

 

 階上への階段と客室通路の2方向から殺意が近づいてくるのを感じた伊丹は、手元に武器がないか探す。そして右手にグロックを握ったままであるのに気付いた。今度は手放さずに済んだようだ。もう1丁のグロックも幸運な事に手を伸ばせばすぐ届く位置に転がっている。

 

 気配と足音はもうすぐそこだ。両手にグロック18を握った伊丹は右のグロックを客室通路、左のグロックを階段へ向けると、同時に引き金を引いた。

 

 合計66発分の銃弾を撃ち終えるまで2秒とかからなかった。まともに照準していたとは言い難い2丁拳銃の乱射であったが、敵の接近経路が狭く限定されていたせいもあって全員を射殺する事に成功する。

 

 体中が辛く痛み、出血のせいか立ち上がろうにも力が上手く入らない。このまま気絶して苦痛から解放されたい衝動が伊丹を誘惑する。

 

 だがそれも頭上、上の階から再度建物全体を振動させるほどの爆発が伝わってくると、自然と伊丹の肉体は立ち上がるどころか上への階段を踏み締めてすらいた。

 

 

「まだだ、まだ終わってない……」

 

 

 グロックをリロード。殺したばかりの死体を踏み越えながら更に上の階へ。

 

 ホテルオアシスの最上階、展望レストランが併設されたアトリウムは、作戦前に目を通したホテルの資料に記載されていた高級感あふれる豪奢さからは今や遥かかけ離れた様相に変貌していた。

 

 あちこちに散らばる大量の薬莢と死体。これらは先んじて最上階へ到着したプライスとユーリが暴れた痕跡に違いない。

 

 何よりの変化は、レストランの一角が階層ごと崩落を起こしていた点である。崩落は屋上の一部にも及び、偶然にも破壊された天井と壁の残骸が屋上のヘリポートへと通じる非常階段への直通ルートを構築していた。

 

 そして伊丹は戦友と数時間ぶりの再会を果たす事となった。

 

 

「ユーリ!」

 

「イタミ……」

 

 

 突入班の片割れであるユーリが、まるで標本にされてピンで留められた昆虫よろしく腹部を鉄筋によって貫かれ、大きく傾いだ土台へと固定されていた。

 

 彼はジャガーノートに機関銃とただでさえ重装備だったのに加え、アーマーを脱がなくてはならなくなった事態に備えて、ジャガーノートの下に更に予備の弾薬類を収めたタクティカルベストを着用していた。

 

 しかしこれ以上装備しては身動きも取れなくなってしまう為、重たく嵩張る防弾プレートを入れていなかった。そのせいで防弾プレートにより破片による致命傷から免れた伊丹と違い、鉄筋がベストを貫通してしまい串刺しにされてしまったのである。

 

 ユーリと行動を共にしていた筈のもう1人の突入班、老兵プライスの姿はない。

 

 

「大丈夫か。しっかりしろ、今抜いてやるからな!」

 

 

 両手のグロックを腰の後ろへ差し、ユーリを縫い止めている鉄筋に手をかける。

 

 歯を食いしばってあらん限りの全力を籠めると、意外と簡単に鉄筋は土台から、そしてユーリの腹から抜き取る事ができた。「ぐあぁ!」と苦しげな声がロシア人の口から迸り、傷口を埋めていた鉄筋がなくなった途端に出血が増す。

 

 

「一体ここで何があったんだ? プライスのじいさんはどうしたんだ!?」

 

「マカロフのヘリが砲撃を……プライスは、マカロフを追って屋上に……!」

 

 

 文字通り血を吐きながら、途切れ途切れにユーリは語った。

 

 

「今手当てをしてやるからな!」

 

 

 タクティカルベストに取り付けた大量のポーチの1つに収納していた救急キットを引っ張り出し、滅菌処理したガーゼを傷口へ押し当てた伊丹の腕が、ユーリの血まみれの手によって掴まれた。

 

 

「俺の事はいいから、それよりもプライスを……」

 

 

 またホテルが揺れた。今度は爆発ではなく、屋上にヘリが墜落した事が原因だった。

 

 何故分かるかといえば、そもそもアトリウムとは屋根そのものがガラスなど光を透過する素材で構築されている空間の事を指し、分厚いガラス製の屋根越しに屋上で炎上する小型ヘリの様子がはっきりと目撃できたからである。

 

 見えたのはヘリだけではない。ブッシュハットをかぶった髭面の老兵もまた、透明な屋根上に転がっているのを伊丹もユーリも目撃した。ガラスの下は地上ロビーまで吹き抜け構造になっているので、ガラス屋根が限界を迎えようものなら30階近い高さから紐なしバンジーをする羽目になる。

 

 墜落の衝撃のせいだろう、不気味な音を伴って階層全体が震えだし、ただでさえ不安定に傾いていたレストランの床が一層傾きを増したので、伊丹は慌てて重傷のユーリを崩落していない部分まで引っ張り上げる。それから顔を見合わせた。

 

 プライスは屋上にいる。そしておそらくは、彼が追いかけたマカロフもきっと一緒だ。

 

 

「頼む、連れて行ってくれ」

 

「ああ、もちろんだ」

 

 

 苦悶に顔を歪めながら、それでも強固な決意を宿した表情のユーリは、レッグホルスターから45口径のUSP自動拳銃を引き抜いて、伊丹に肩を借りながら立ち上がる。伊丹もユーリを支えながら右手にグロック18を握り締め、彼と共に瓦礫をよじ登りながらヘリポートへ繋がる非常階段を目指す。

 

 階段を1段、また1段とユーリ共々踏みしめるたびに終わりが近づいているのを伊丹は感じ取っていた。

 

 とうとう屋上のヘリポートへ到達する。

 

 そこには予想通りの2人、老兵と高級スーツ姿の男が、伊丹の予想していなかった光景を展開していた。

 

 

「さよならだ、プライス大尉」

 

 

 世界を炎に包んだ男、ウラジミール・R・マカロフが、墜落による負傷か腹部を押さえながらもデザートイーグルを構え、伊丹やユーリと同じぐらい血まみれ傷だらけのプライスを今にも射殺しようとしていたのである。

 

 

 

 

 

 

 ――ローチも死んだ。ゴーストも死んだ。ロイス、ミート、ローク、他のTF141のメンバーも皆死んだ。

 

 彼らだけじゃない。カマロフ、1回だけの合同任務で散ったデルタフォースのメンバー、プラハのレジスタンス、何人も何十人も何百人も何万人も死んだ。マカロフのせいで犠牲になった。

 

 そしてソープも、もういない。

 

 今度はプライスまで目の前でマカロフに殺されようとしている。

 

 もう十分だ。そう伊丹は強く思った。これ以上マカロフによって仲間を奪われるのはこりごりだ。

 

 だから伊丹はプライスを撃たせまいと残った全力を振り絞って大声を張り上げたのである。

 

 

「マカロォォォォォォォフ!!!」

 

「!!」

 

 

 思惑通り、マカロフの注目が伊丹へ向く。それは同時にマカロフが握るデザートイーグルの銃口も伊丹へ向けられる事に繋がったが、伊丹には後悔は無かった。せめてマカロフの発砲に巻き込まれないよう、ユーリの体を押しのけ、絶叫しながらながら拳銃の銃口をマカロフへ向けた。

 

 そしてユーリもまたマカロフを止めるべく、右手のUSPを乱射していた。そもそもユーリの方が伊丹よりも先に発砲を開始していたのだった。

 

 ユーリのUSPが放った45口径弾がマカロフの左肩に命中する。衝撃に身を捩らせながらもマカロフも右手のデザートイーグルをユーリへ突き付ける。撃ち続けるユーリだが重傷で朦朧としているのか残りの銃弾はマカロフから外れてしまう。

 

 マカロフが持つデザートイーグルが遂に火を噴く。ユーリの右肩で血しぶきが上がる。大型拳銃の銃口は正確にユーリを照準し続けている。そこへ割り込むようにして伊丹も射撃を開始した。

 

 右手1本で構えられたマシンピストルは装填された33発分の殺意を一瞬で消費してしまう。高速連射による反動で銃は暴れ、照準は精密射撃からは程遠いばらけっぷりを見せる。伊丹が放った銃弾の大半も的を外す事となったが、それでも数発かはマカロフの左胸、脇腹、脚部に当たった。

 

 伊丹が33発を撃つ間に、マカロフもまた1発だけ撃っていた。

 

 デザートイーグルが2回目の閃光を放った瞬間、伊丹の胸元を強烈な衝撃と赤熱化した杭が突き刺さったような熱さが貫いた。

 

 防弾プレートに守られていない部分へと銃弾が突き刺さったのだと理解した時には伊丹の肉体は崩れ落ちていた。呼吸が上手くできず、力が急速に抜け落ちていき、あっという間に視界が暗くなる。

 

 これが死ぬという感覚なのだろうか?

 

 

「まだ、終わって、な――――」

 

 

 両膝を突き、こみ上げる鉄錆味の液体を堪え切れずに口から溢しながら、それでも伊丹は弾切れになってホールドオープンを起こしているのにも気づかずにグロックの引き金を引き続ける。

 

 的確に反撃を行いユーリと伊丹を続けざまに撃ち抜いたマカロフも、とうとう数度の被弾に耐えかねて大きく体をぐらつかせ、これ以上構え続けるのもできない様子でだらりと右腕を垂らしていた。だが彼の拳銃はまだ弾を残しており、青と緑のオッドアイにも戦意と憎悪の光が宿り続けている。

 

 ――マカロフは赦してはならない。逃がしてはならない。必ず殺さなければならない。

 

 

「……ぅぅぅおおおおおおぉぉぉぁ!!!」

 

 

 獣じみた唸り声が新たに生じた。

 

 獲物へ襲い掛かる手負いの老犬そのものの声と共に、横たわっていた状態から一転マカロフへと飛びかかったプライスが馬乗りになったかと思うと、何度も何度もマカロフの顔面を殴打し始めた。拳が叩き込まれるごとに、マカロフの肉体越しにアトリウムの屋根が衝撃を受け、ただでさえ脆くなっていたガラス全体に亀裂が走る音が生じた。

 

 殴るだけでは飽き足らないとばかりに、老兵の手が墜落した小型ヘリが搭載していたウィンチのワイヤーを掴む。

 

 細くとも強靭なワイヤーをマカロフの首に何週も巻き付けた上で、その手であらんばかりの力を籠めて喉をグイグイと絞める。その間にもガラス製の屋根はいつ砕け散ってもおかしくない状態へ変わっていく。

 

 

「プライス……もう止せ、それ以上やると、アンタまで……!」

 

 

 伊丹の見ている前で、プライスは破滅の瞬間を自ら生み出した。

 

 マカロフの首に巻き付けたワイヤー、その先端に付いた固定用のフックを巻き付けた部分の根元へかける事で、マカロフの首から完全にワイヤーが外れないようにすると彼の胸倉を掴んで持ち上げ、そのままもう1度思い切り崩壊寸前の屋根へ叩きつけたのである。

 

 遂に破局点が訪れた。

 

 砕け散る屋根。その上にいたマカロフとプライスの姿が落ちて見えなくなる。屋根の下は約30階下のロビーまで一直線。

 

 

「プライス……」

 

 

 とうとう伊丹の意識にも限界が訪れる。

 

 全身がひどく寒い。意識が闇へ落ちていく。

 

 

 

 

 

 目標:マカロフを殺せ――――達成(Completed)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『殺された者はすべて復仇者を育む』 ――アレキサンダー・ポープ

 

 




Q:キャンペーンより明らかに敵戦力過剰じゃね?
A:マカロフ「秘密基地や要塞をたった2人で陥落させる化け物が3人に増えてるんだからもっと戦力必要に決まってるだろ(真顔)」


MW3では二コラえもんが外部から侵入してたようですが、BO2やゴーストだと直接サーバーに接続(物理)してたので伊丹にやらせてみました。
それにしてもやっぱり戦闘シーンだとやたらに筆が進む&長くなるなぁ…


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