GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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お待たせしました。リアルにMW3が勃発しそうなので初投稿です。
どうして?(猫フェイス)



協奏曲:Trash Talk/ピニャとゾルザル

 

 

 

 

<同時刻>

 ゾルザル・エル・カエサル

 皇宮・南宮

 

 

 

 

 

 

 もうじき新たな皇帝として君臨する男の姿が鏡に映っていた。

 

 月桂冠を被り、豪奢な衣装を纏ったゾルザルは着付けを終えると召使い達を室外に追い出して(性奴隷から今や秘書を兼任するテューレもお抱え料理人(古田)に手伝いを頼まれて離れている)独り姿見の前に立った。

 

 青銅を磨き上げて拵えた巨大な鏡面には拳状に刻まれた血痕が幾つもへばりついていたが、部屋の主は敢えてそのまま放置していた。

 

 これを見る度に弱く、情けなかった自分とあの屈辱の夜を思い出す。その都度覚悟と決意を新たにし、沸き立つ感情を燃料にゾルザルは邁進してきたのだ。

 

 そして今日この日、1つの到達点を迎えたのである。

 

 忌々しき父であり先帝であったモルトの国葬はゾルザルが新たなる帝国の支配者であると大陸中に知らしめると同時、ゾルザルが皇帝の座の後継者として各方面へ認知させるのに必要不可欠な通過儀礼でもあった。

 

 国葬は日が出ている間に恙無く終えられた。残るは先帝を偲ぶ晩餐会にて正当なる帝位継承者として献杯の音頭を取り、帝国の執政に関わる元老院や貴族である出席者らがそれに応じれば、ゾルザルは次代皇帝に相応しいと彼らも同意した事になる。

 

 どのような形であれ認知を引き出す、認めさせるというプロセスを経る――――これが重要なのだ。

 

 1度認めさせてしまえば、潜在的な敵となるだろう貴族と他国の権力者は自らの選択に縛られ、ゾルザルの立場を保証せざるをえなくなるのだから。

 

 ただモルトを排除し、日本との講和に加担した議員を排除し、配下の力で実権を掌握しただけで満足してはいけない。

 

 謙らせ、跪かせ、己は陣門に下ったのだと自覚させる事で、余計な企てを起こそうという気力を奪う。そうして足場を固め、地位と権威を盤石なものとし、後顧の憂いを無くし、敵の殲滅に全力を注ぐのだ。

 

 

 

 

 

 

 そう、敵だ。

 

 あの大雨の夜、先帝モルト暗殺の罪を押し付け、逃げ出し、結局仕留めきれず翡翠宮に滞在していた日本の講和使節団共々逃がしてしまった裏切者のピニャ。

 

 『門』の向こうから送り込まれた侵略者である、緑の人こと自衛隊。

 

 そして、イタミヨウジ。ゾルザルに最大の屈辱と苦痛を味合わせた、不倶戴天の存在。

 

 ピニャも逃がしてしまった今となっては厄介ではあったが、それ以上にゾルザルは伊丹の事を敵視し、危険視していた。

 

 ゾルザルが2段構えに計画したアルヌス攻略戦においても、あの男は送り込んだゲリラ兵や偽装型怪異(ダー)を立て続けに撃破して回っていたのを生還したハリョの工作員(ノッラ)が目撃したという。

 

 それどころかアルヌス攻略の本隊としてヘルムに与えた数万の帝国兵を、この世のものとは思えぬ惨状をもたらす毒の煙で皆殺しにした死神の正体こそイタミヨウジである――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そうなのだ。

 

 兵が動揺しないよう緘口令を敷き、噂の出所を締め上げるべく動いてはいるが、実際ヘルムを含め攻略部隊の参加者で帝都まで戻り付いた兵は皆無も同然なのだから、ゾルザルら主戦派も攻略部隊壊滅は事実であると認識はしていた。

 

 同じ塗炭の屈辱を共有する同志を失ったのは痛い。だが闘志も戦力もまだまだゾルザルの下に残っている。

 

 

「まだだ、まだこれからだ……!」

 

 

 乾いた血痕に掌を押し付け、握り潰そうとするかのように鏡面へ爪を立てる。

 

 そう、憎きイタミヨウジが率いる自衛隊との戦いはここからが本番だ。日和見の貴族どもを傅かせたらそいつらの手元から兵力を取り上げ、対自衛隊戦力をより強大で盤石なものとする。

 

 使える物は何でも利用しよう。皇帝としての地位も権力も武力も全て注ぎ込もう。

 

 緑の人に偽装した帝国兵で自衛隊に与するイタリカなどの土地の村々を略奪し、住民を根切りにし、不和の種を撒こう。

 

 或いは住民の家族を人質に取って襲わせてもいい。ヒト種にこだわらずハリョのような亜人や怪異も集めて戦力にしてしまおう。

 

 翡翠宮攻略戦に投入した重装甲怪異兵は自衛隊が繰り出した破裂する砲弾(徹甲榴弾)は防げなかったものの、鉄の礫に対しては一定の成果を見せたそうだからオークやトロールを集めて専門の部隊を作らせよう。最近ゾルザルは厚さ1クロ半(2センチ)もの鉄板で拵えた鎧と楯を持たせたジャイアントオーガーを皇宮の護りに就かせていた。

 

 攻略部隊は壊滅したが自衛隊もまたハリョの潜入部隊とダーがアルヌスで暴れ回ったせいで大損害を負っている。

 

 詳細は不明だが、攻略部隊が壊滅する直前に自衛隊が確保していた『門』でも何らかの異変が起きていたという。アルヌスどころか帝都まで文字通り震撼させた地揺れが起きたのもその直後の事。

 

 このチャンスを逃してはならない。敵が弱っている今こそ、徹底的に叩かねばなるまい。その為には手段を選んではならない。

 

 戦力はこれから使えさせる貴族達から供出させればいい。数万の兵で足りなければ数十万の兵で今度こそ完膚なきまでに押し潰してやる。

 

 それでこそ皇帝の座を奪い取った甲斐が無いというものだ。痛めつけられて以来久しぶりにゾルザルの顔に笑みが浮かんだ。その傲慢な笑みは女奴隷を嬲るのが最大の楽しみだった当時から殆ど変わっていなかった。

 

 

 

 

 

 

 ――――ゾルザルは執政者として失格だった。

 

 執政者の役割は国の権威を敵から守り、下々の意見を取捨選択し、国土を富ませる事にある。

 

 強大な敵の存在に縛られた今の彼には国土を富ませるという考えが抜け落ちていた。国土を焼き尽くしてでも仇敵を滅ぼそうという執念に縛られていた。

 

 袂を分かった妹と同じように、ゾルザルもまた狂気が行動規範になっていたのである。

 

 

 

 

 

 

「イタミヨウジぃ……貴様こそは俺がこの手で……!」

 

 

 イタミヨウジを殺すのは最後だ。捕らえたヤツの目の前でヤツの仲間を1人ずつ拷問にかけ、ゆっくりと嬲り殺しにして、無様にもう止めてくれと懇願させてやろう。

 

 そして最後の最後にゾルザル直々にこの手であの男を絞め殺してやるのだ。あの玉座の間で己がされた事と同じように。

 

 それが終わったら自衛隊がアルヌスに作り上げた砦を埋め立て、イタミヨウジの名前・功績・特地に存在した痕跡も灰にして、何もかも消し去ってしまおう。

 

 ……そうでもしなければ、今も繰り返し見るあの夜の悪夢をゾルザルは乗り越えられそうになかったから。

 

 それを本人が自覚しているのかはまた別の話で。

 

 一部始終を部屋の天井近くの窓越しに見つめるモノの存在についても、ゾルザルは気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

『レレイさん、準備はよろし?』

 

『何時でも構わない』

 

『女優へ。悪役に小道具を渡す。3、2、1――』

 

 

 

 

 

 

「そろそろ俺も向かうとするか」

 

 

 身支度を整え直したゾルザルが姿見に背を向け、部屋から出ていこうとした時だ。

 

 前触れもなく、何かがぶつかり羊皮紙が床に散らばる音がした。反射的に音の方角へ振り返れば執務用の机に積み上げてあった羊皮紙の山が崩れ落ちていた。

 

 

「何事だ?」

 

 

 部屋の外に控えている衛兵を呼ぶ事も忘れて机と崩れた羊皮紙の山へと近付く。自然と崩れたにしては直前に耳に届いた何かがぶつかった音が引っ掛かった。

 

 新たな異音が聞こえ始めた。ザッ、ザッという未知の音。

 

 羊皮紙の山の中に何かが埋もれていた。ここまで来て只ならぬ予感を覚えたゾルザルは室外に控えていた警備の兵を呼びつける。すぐさま数名が室内に飛び込んできた。

 

 

「衛兵! 衛兵はいるか!」

 

「はっここに!」

 

「紙の中に不審な物が埋もれているから調べてこい。さっさと行け!」

 

「は、はっ!」

 

 

 命ぜられた衛兵は持っていた槍の石突でゾルザルが指差した紙の山を探った。すぐに硬質な手応えが伝わり、羊皮紙を払いのけると緊張の冷や汗を浮かべながらぶつかった物体を恐るおそる拾い上げた。

 

 

「何だそれは?」

 

「自分にも分かりませぬ」

 

 

 片手で持てる長方形型の箱状の物体であった。細い棒(アンテナ)が上端から伸びていて動かしたり押し込んだりできそうな細工が幾か所かに施してある。

 

 少なくとも手に取ったら呪いがかかるようなマジックアイテムの類ではなさそうだが、油断は出来ない。

 

 訝しげに眉根を寄せて長方形の物体をゾルザルが注視していると、また未知の雑音が箱から発せられた。

 

 だが今度は雑音だけでなく声が流れ出した時、驚きのあまり衛兵は長方形の物体――ハンドベルト型携帯無線機を手放してしまった。ゾルザルや他の衛兵も大きく仰け反って後退りまでする位の驚愕に襲われた。

 

 聞こえてきたその声が聞き覚えのある女の声であり、声の正体に思い至ったゾルザルは更なる驚きで愕然と立ち尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『兄上。聞こえているか、兄上』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嘘だ。どうしてお前の声が。

 

 

「ピニャ、だと……!?」

 

 

 先帝弑逆の汚名を背負わせた腹違いの妹。

 

 始末に失敗し、逃がしてしまって以降耳にしていなかったピニャの声は僅かにひずんではいたが、それでもまるで目の前で話しかけてきているかの如く無線機から発せられている。

 

 

『妾の声が聞こえているのは分かっているのだ。何、臆せずともこの『ムセンキ』は別に手に取っても噛みつきはしてこないし呪われもしないから安心するといい』

 

 

 反射的に部屋中を見回す。聞こえてくるピニャの発言はまるでゾルザルの反応をその場で見ているかのようであった。

 

 天窓のすぐ外、窓枠上に停止した中継機能付ハイビジョンカメラ搭載の折り畳み式小型ドローンという()が出現していたのをゾルザルも衛兵も察知出来なかった。

 

 

『それでも手に取ろうという度胸が湧かぬ()()()()()()()()()なのであればそれはそれで構わんぞ。このまま妾が一方的に喋らせて頂くだけだ』

 

「何だと貴様……!」

 

『どうするのだ兄上? 兵が見ているぞ?』

 

 

 侮辱の言葉に元々極めて沸点が低いゾルザルの顔が熱を帯びた。だがすぐ傍で衛兵が不安と困惑の目を向けているのに気付いて、カッと溢れそうになった激情をどうにか抑え込む。

 

 戦力が拮抗したり、情勢の都合で敵対する勢力同士が実力行使を禁じての睨み合いを続けなければならないような場面では、特に弁の立つ者が代表となっての罵倒合戦というのはままある事だ。

 

 相手からの罵詈雑言を右から左に聞き流し舌戦の申し出を無視するというのも、時と場合にもよるが有効ではある。

 

 だがゾルザルは敢えてピニャとの応酬を交わす道を選んだ。

 

 この場には今やゾルザルだけでなく衛兵もいた。独りだけの時ならまだしも、他の者にも臆病者として映るのは耐えがたい屈辱であった。

 

 それはピニャの予想通りの行動でもあった。無線機の向こうで悪女の様に、もしくは獣のようにピニャはほくそえむ。

 

 例え実の父を害し、妹に濡れ衣を被せ反逆者の汚名を背負わせる狡知と冷徹さに目覚めたとしても、些細な侮辱でも許容出来ぬ短慮さを()()兄上が短期間で改められるとは到底思えなかったから。

 

 かつてピニャは、今や行方の知れない次兄ディアボからこのような言葉を聞かされた事がある。

 

 

『馬鹿には2種類ある。自分が馬鹿だと知っている賢い馬鹿と、自分を賢いと思っている本物の馬鹿で、ゾルザルは本物の馬鹿だ』

 

 

 ――ああ、本当に本物の馬鹿なのだな兄上は。

 

 周囲に臆病者とも裏切者とも乱心者とも思われようとも己を貫く事が出来ないのならば、最初からその選択をしなければ良かったのに。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ゾルザルは足音荒く己の命令で紙山を探らせた衛兵を押しのけると無線機を掴み挙げた。無線機にはご丁寧にも『話す時はここを押し込み、聞く時は離す』等と簡単な操作説明を特地語で記した紙までテープで留めてあった。

 

 応答ボタンを押し込むや、次期皇帝はがなりたてた。

 

 

「ピニャ。よくも貴様、新たな皇帝になろうという俺様を臆病者などと侮辱したな!?

 貴様こそ貴様に従う腑抜けた老いぼれどもを置き去りにして逃げ出した臆病者ではないか! 敵に尻尾を振り帝国を売ろうとした淫売がよくもおめおめと、しかも己は俺の前には出てこずにこのような奇天烈な道具を使って安全な場所から俺を辱める声だけ届けようなど、恥を知れ恥を!」

 

『…………』

 

「どうした、今度はだんまりかピニャ! 返事をしたらどうなのだ!?」

 

 

 鼻息荒く放たれた怒号に対して無線機から返ってくるのは沈黙だ。

 

 そのまま無線機を握り潰さんばかりのゾルザルへ、勇敢にも覚悟を振り絞った衛兵が口を開いた。彼もまた無線機に貼り付けられた使用方法の内容を目にしていた。

 

 

「恐れながら殿下、ピニャ様からの返答を聞くにはその突起から指を離さなくてはならないのではないでしょうか」

 

「む、そうか」

 

 

 指が離れ通話権がピニャへと戻る。

 

 切り替わった瞬間、ゾルザル含めそれを耳にした者は最初謎の道具が冥界にでも繋がってしまったのかと錯覚しそうになった。

 

 

 

 

 

 

『クハッ、ハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――――!』

 

 

 

 

 

 

 それがピニャの上げる笑い声であると理解するまで数秒の時間を要した。それほどまでに、無線機越しに聞こえてきたピニャの哄笑には恐ろしい響きが含まれていた。

 

唐突にピタリと、声が途切れる。再び聞こえてきたピニャの声は直前と打って変わって落ち着いてはいたが、今度はその声の響きにはあからさまにゾルザルへの侮蔑が籠められていた。

 

 

『ああその通りだとも兄様。妾は帝国を、帝国を成り立たせる民と国土を守る為であれば喜んで臆病者でも淫売でもなってみせよう。帝国が滅ぼされずに済むならばその程度の汚名など軽いものだ。

 ()()()()

 

 

 その瞬間、ゾルザルは無線機の向こうにいるピニャが獣じみた獰猛な笑みを浮かべるのを幻視した気がした。

 

 

『兄様――いや敢えてこう呼ばせてもらおうか。

 ゾルザル・エル・カエサルよ。護るべきモノの為に己の身を、生まれ持った血統を、その地位を捧げる事が貴様には出来るのか? 貴様にはその覚悟があるのか?

 そう例えば――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 誰の事を指しているのかなど明白であった。ゾルザルとしてはテューレ本人には隠しているつもりではあったが、ヴォーリアバニーの件は宮殿に籍を置く元老院や貴族の者達の間では公然の秘密として広く知られている。

 

 だがこのような形で引き合いに出されては話が違ってくる。

 

 

「っ…………ぐっ…………」

 

 

 ゾルザルはピニャからの問いかけに対し即答出来なかった。

 

 沈黙という回答こそが、ゾルザルという人間の本性を雄弁に語っていた。

 

 己の為なら周囲を幾らでも犠牲に出来ても、周囲の為に己が犠牲になる事は断じて受け入れられない。

 

 あらゆる贅沢と暴虐と傲慢が許される皇帝第1子という立場という名の毒によって育まれ、過剰に肥大しながら腐り果てた自己愛の塊、それこそがゾルザル・エル・カエサルという人物の本質。

 

 故に、己の弱さを声に出して認めるという事すら彼には出来ない。

 

 ピニャと自衛隊を陥れ、多大な被害を齎した政変と計略を捻り出した原動力も、結局は己が暴政が許される環境を守る為というエゴがその根底に在ったのである。

 

 

『どうした? 答えたらどうだゾルザル・エル・カエサル。ただ覚悟を示せばよいだけの事だぞ? それとも誰かを虐げるのは得意でも己が虐げる側になるとは考えもしてなかったのか?

 さっさと答えたらどうだ。さぁさぁさぁさぁさぁさぁ!

 

(俺が話しているのは本当にあのピニャなのか!?)

 

 

 仮に直接相対していたならばゾルザルが抱いた驚きは更に大きかったであろう。

 

 ゾルザルが知るピニャは日本に尻尾を振り、モルトの死体を前に震え上がって逃げ出してしまうような弱い女だった筈だ。そんなピニャに今や声のみのやり取りだけで圧倒されようとしている事実から、ゾルザルは必死に目を背けようと試みた。

 

 その姿からは、当時のピニャがゾルザルに対して恐怖を抱いたモノ……皇太子を突き動かし、実の父をその手で殺めた嵐の晩に纏わりつかせていた確固たる狂気は最早見当たらず、ただ身なりだけは立派な小物としての姿を晒すのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――『門』が開き、帝国が日本と開戦してからのピニャとゾルザルの境遇は似通っていた。

 

 皇族として帝国を遥かに上回る日本の武力に直面し、翻弄され、心も体も異世界からの暴力に蹂躙され、その果てに方向性は真逆であれど両者は共に狂気を抱いた。

 

 少女だてらに騎士ごっこに励みその延長で自前の騎士団まで結成してしまった第3皇女と地位に飽かせて奴隷目当てに侵略戦争を起こしてはサディスティックな漁色に耽る第1皇子、それぞれの性分やそれまで過ごし積み重ねてきた物の違いも道を別った大きな要素の1つではあるだろう。

 

 決定的な差は経験の濃度。

 

 ゾルザルがその目で目の当たりにし、その身を以って味わった異世界の武力は、突出した個人(ブチ切れ伊丹)と謎の飛行物体によって爆砕された元老院議事堂のみに過ぎず。

 

 対してピニャはイタリカから始まり箱根・大島・皇宮・翡翠宮と、伊丹達や自衛隊が関わる激戦の当事者として幾度も直面しては己の常識と精神を繰り返し叩きのめされた。

 

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、地球の武力が如何程のものか理解する度に彼女の心は恐怖のハンマーに打ち据えられ、東京の図書館で集めた地球の兵器と戦争の歴史資料を紐解く度に帝国が自衛隊によって灰燼と化す悪夢は悪化の一途を辿って。

 

 少しずつ、少しずつ、繰り返し、繰り返し。心がひび割れ押し潰されては最悪の未来予想図という名の毒が隙間へと染み渡り、ピニャの精神を汚染していく。

 

 帝国消滅の未来を回避しようと手を尽くした結果がゾルザルのクーデターであり、兄による親殺しであり、挙句の果てが化学兵器によってアルヌスに顕現した地獄絵図だ。

 

 それは武具を鍛造するまでの過程にも似ていた。

 

 今そこにある危機と脅威と恐怖と絶望と身内の悪意によって叩きのめされ続けたピニャの魂は、伊丹と自衛隊に対する過剰なまでの畏怖と、身内に裏切られても尚彼女を助け続けた実績が生み出した崇拝によって新たに染め上げられた。

 

 クーデターを成功させるまでのゾルザルが中途半端に研ぎ直したメッキのなまくらなら、ピニャは鍛冶師によって1から丁寧に鍛え直された毒の刃であった。

 

 最初は鋭利な切れ味を見せてもすぐにメッキが剥がれ毒も薄れ無用の長物と化すような代物よりも、ハンマーで叩かれては毒に浸してを繰り返し繰り返し鍛えられ続けた存在の方が、強度も切れ味も危険度も上なのは当然の話である。

 

 また皇帝の座を奪い取り、自衛隊に一矢報いた時点でゾルザルは満足感を覚えてしまった。非情さと悪辣さは維持していても成功体験という名の甘い毒によって狂気は薄れ、欲望と傲慢だった以前の己をゾルザルは思い出してしまった。要は腑抜けてしまったのだ。

 

 だからこそ、ただ声をやり取りしているだけにもかかわらず、ピニャから放たれる言葉が帯びる濃密で悍ましい気配にあっさりと呑まれてしまう。

 

 

 

 

 

 

 ――――そんなゾルザルだからこそ。

 

 次にピニャが放った嘲笑に反応してしまう。

 

 

 

 

 

『フン、やはり兄様はその程度の器でしかないのですね。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

――まぁ、所詮下女には強く出れても貴族の女にはどう接すればよいか分からぬあまり、妹の寝所へと忍び込んで自分の男を試そうとしておいてすげなくされたら、今度は妾に恐れをなして己に逆らえぬ奴隷女でしか勃たせる事の出来ない萎れ逸物なのですから当然でしょうな』

 

「ピニャ貴様ぁあああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはたった1人の男に手も足も出なかったあの日以上に隠し通そうとしてきた最も恥ずべき記憶であった。

 

 女奴隷を求めて積極的に侵略戦争の指揮を執り続けた根幹であり、ゾルザルにとっての最大のコンプレックスが、止める間もなくピニャによって朗々と語られていく。

 

 

『己を大層な英雄と思い込んで、口ばかりは勇ましく、英雄ならば色を好まねばならぬと思って次々と女を漁る。だが劣等感が強くて貴族の女の目をまっすぐ見れないから全てを奪って寄る辺を無くした奴隷女しかオスとしての己をに自信が持てない。

 その癖奴隷女で満足していると思われるのを屈辱に感じて女達を虐げる……まったく、よくぞここまでみっともなく振る舞えるものだと妾は常々思っていたのですよ』

 

「出鱈目を抜かすな! 俺は、俺は――」

 

『そのような有様では跡取りどころか皇族に相応しき貴き血筋から伴侶を迎えられるかどうかも怪しいもの……皇太子としての血筋を遺すに相応しくないと父上が見限ったのも当然でありましょう

 

「――――――――」

 

 

 ゾルザルの思考が凍る。

 

 フラッシュバック。屈辱の夜、顔の原型すら分からなくなるまで殴打され続けるゾルザル(息子)を助けようとせず、玉座でただ見下ろし続けていた皇帝()の姿が脳裏を埋め尽くす。

 

 ……実際にモルトがゾルザルを見限っていたのかどうか、発言したピニャ自身も直接問い質した事がない以上、墓の下の父の本心など分かる筈もない。半信半疑、あの父ならありえるという程度の予測レベルだ。

 

 真偽など最早どうでもいい。結局のところピニャが引き合いに出したのも全てはゾルザルの精神を揺さぶり決定的な一言を引き出す、ただそれだけが目的なのだから。

 

 

『兄様のこれまでの所業を思い出せば父上がそう考えるのも当然でありましょう』

 

「黙れ」

 

『血に酔い、色に溺れ、積み上げてきたものはどれも暴君としての悪行のみ。生み出し作り上げたものも女奴隷欲しさに動員した兵と虐げられた無辜の民の屍が関の山』

 

「黙れ」

 

『皇太子としての勤めを兄上が正しく果たせた事例など妹であるこの妾ですら思い出せぬ始末なのですから、元老院議員や他の貴族達からの評判も察せられるというもの』

 

「黙れ」

 

『それも全ては皇帝の第1子という立場だから許された事……そこに兄上御自身の才覚で成し遂げたものは何一つとしてない』

 

「黙るんだ」

 

『地位がなければ手弱女1人モノにする事もままならず、()()()()殿()()()()()歯を食いしばって敵に立ち向かう強さも持たぬ、そのような人物に帝国を任せられぬという父上の考えも当然でありましょう』

 

「黙れと言っている……!」

 

 

 忌々しい黒髪の男の顔が脳裏にチラついたゾルザルの腕に無線機を握り潰さんばかりに力が篭められ、こめかみに太い血管が浮かび上がった。

 

 

『だが、兄様は認めようとしなかった。己の弱さを認め受け入れる強さも、覚悟も、兄様にはなかったから。

 それを父上に見透かされて、それすらも受け入れられなかったから兄様は――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黙れ!!! 貴様も()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 極度の興奮のあまりハァハァを肩を上下させるほど息を荒げたゾルザルは、己がたった今何を口走ったのか自覚するまでに数秒程の時間を必要とした。

 

 耳が痛いほどの沈黙が室内に広がっていた。愕然と視線を巡らす。目を見開いて硬直する衛兵と視線がぶつかった。

 

 応答ボタンにかかっていた圧力が失われた無線機が再びピニャの笑い声を発する。先程よりも低く、だがより愉快気な、聞く者の不安を掻き立てる哄笑。

 

 

『ああ、ありがとうございます兄様。妾はその言葉を皆に()()()()()()()()()()

 

「何だと、ピニャ貴様何を」

 

『妾の出番はこれで終わり。観客の皆方よ、今宵はこれからが本番だぞ! あらゆるモノを焼き尽くし粉砕する、抗い難き真なる武力による蹂躙劇をその目で目撃し、魂に刻みつけよ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、外から空気を激しく叩く轟音が皇宮を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『口は災いのもと』 ――古くからのことわざ

 




何だかんだでゾルザルはこうなりました。
覚醒ゾルザルを楽しみにされていた方には申し訳ないですが、やっぱりゾルザルは何だかんだでポンコツでないといけない気がしまして…
女関係のコンプレックスを刺激されて素に戻ってしまったという事でここはどうかひとつ(土下座)

ピニャ「イタミ殿なら(本人の魅力と実力だけでエルフと亜神もハーレムに)できたぞ?」


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