GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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引っ越しの準備でドタバタしてる中、完結するのが先か核戦争が先かヒヤヒヤしながら書いてます。

とりあえず国際情勢のせいで完結後の次回作に考えてたプロットが即死しました。
おのれリアル先輩!



交響曲:The Inferno/血と炎の地獄

 

 

 

 

 

<第2次突入時刻>

 襲撃・掃討担当機甲部隊/『大道具』

 帝都外周・東門

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピニャの屋敷――――()屋敷が存在する帝都東部方面の城門を警備する帝国兵は、切り開かれた城壁外周部から聞き慣れぬ音が響いてくるのに気付いて怪訝そうに眉根を寄せた。

 

 

「何の音だ?」

 

「近付いてきていないか?」

 

 

 同僚も反応している以上空耳でも幻聴でもあるまい。言われてみると、巨獣の大いびきの様な重低音は確かに門を目指して近付いてきている。それも音の響きや重なり方からして1つや2つどころではなさそうだ。

 

 星明りを頼りに昏き水平線へと帝国兵が目を凝らした時だった。

 

 城門へとまっすぐ通じる街道上に突然篝火などとは比べ物にならない眩い光が出現した。

 

 続けて重低音を掻き消す程の破裂音と閃光が瞬き、警備兵達をズタズタに引き裂いた。門の前にいた帝国兵のみならず、城壁上の兵士にも矢とは比べ物にならない速度で飛翔した光の尾を帯びた攻撃が襲いかかる。中には小爆発を引き起こし飛散した破片によって鎧ごと肉を引き裂く砲弾も混じっていた。

 

 城壁の内側に居た帝国兵が異変を察知し慌てて巨大な両開きの扉を閉じようと試みるが、その試みは城門へと向けられた攻撃により失敗に終わる。鉄板で補強された頑丈な筈の扉の表面をも容易く削り抉る大口径弾が彼らにも襲い掛かったからだ。

 

 それは激走する大型車両の車列であった。

 

 先頭を走る楔形ブレード搭載のウラル・タイフーン装甲車が先陣を切る。天蓋部3ヶ所に設けられた銃座の内、運転・助手席直上部のRWS(遠隔操作式銃塔)に搭載されたKPV重機関銃を乱射しながら、ノーブレーキアクセル全開で東門へと突入した。

 

 丸太から作った人力運用の破城槌を容易く受け止める事が出来る建物数階分もの高さを誇る巨大扉も、時速100キロ近い速度で突っ込んでくる20トンを超える鋼の巨獣は流石に想定していなかった。

 

 あまりの衝撃に城壁そのものからもぎ取れんばかりの激しい勢いでもってあっさりと扉は弾き飛ばされ、まずタイフーンが城壁内への侵入を果たす。

 

 続いてタイフーンと同じく鹵獲品のBTR-80、赤色の大型車両、改造型を含む73式大型トラック多数、高機動車も複数。

 

 おまけに製造国は違うがタイフーンと同じMRAP(耐地雷・伏撃防護車)であるマックスプロ装輪装甲車に、そのダウンサイジング版とでも形容すべきM-ATVといった米軍からの供与品まで混在する、数十台に及ぶ特地派遣残存部隊保有の装輪式車両総動員の一大コンボイが次々と帝都内へと雪崩れ込んでいった。

 

 城門は兵の隊列や馬車がすれ違えるぐらい幅広なお陰で自衛隊の大型車両も通行に支障はなかった。

 

 車両の搭載火器による通り魔的一斉射撃は通行する城門周辺に集中していた為、城門付近に配置されていた不運な者を除き難を免れた他の帝国兵達は、唖然呆然といった体で車列が最後の1台を通過し終えるまで見送る事となった。

 

 ようやく我を取り戻して鉄の車列が皇宮をまっすぐ目指している事に思い至った帝国兵が敵襲を知らせる鐘と狼煙の合図を上げる頃には、自衛隊の機甲部隊は皇宮が位置するサデラの丘手前の森林部まで到達していたのである。

 

 

 

 

 同じ頃、帝都西門近郊の龍騎兵駐屯地にもF-4J改による空爆が襲いかかっていた事など彼らには知る由もなかった。

 

 それぞれの車両の席の窓近くや銃座に取り付けられた各種カメラ、果てはそれらを操る自衛隊員達が装備する送信機能付きアクションカムによって逐一記録され、配信されている事も、また。

 

 

 

 

 

 

 

 サデラの丘の麓まで到達すると機甲部隊は二手に分かれた。

 

 片方はそのまま皇宮を目指し、もう片方は皇宮に隣接する帝国軍の近衛兵駐屯地へ。タイフーン装甲車と赤の大型車両が向かうのは駐屯地側だった。

 

 帝国の象徴である皇宮と100万都市たる帝都を守護する部隊なだけに、駐屯地へ配備されている兵の規模は帝国軍の常備部隊としても最大規模だ。有事の際は帝都近郊に存在する他の駐屯地と合わせ、数万もの兵が皇帝を護る最後にして最大の壁として迅速に帝都へ集結するのである。

 

 自衛隊機甲部隊の侵攻速度は伝令による異変の知らせと出撃の命が駐屯地へ届くよりも尚早かった。

 

 東門突破時の銃声や爆発音、龍騎兵駐屯地爆撃による空爆音は防衛部隊駐屯地の下にも一応伝わってはいたのだが、多くは遠雷のように遠く空気を震わせるそれが銃声や砲弾が炸裂する死の音であると意味するところまでは把握出来ていなかった。

 

 それでも翡翠宮での攻防戦に参加し自衛隊の火力を前に幸運にも生き延びた少数の帝国兵は血相を変え、当時の戦闘に参加していなかったりゾルザルが政権を握ってから転属してきた兵達に敵襲であると駐屯地中で叫んで回る。

 

 装甲車が駐屯地内へ突入したのは、押っ取り刀で武器を手に兵舎から飛び出した兵達が出撃時の集合場所として定められた練兵場へと三々五々集まってきたタイミングであった。

 

 見張り台の帝国兵が何かに気付いて指差しながら叫ぼうとする。

 

 意味ある言葉が飛び出すよりも先に、東門の警備と同じように装甲車の銃座から吐き出された大口径弾の掃射が襲い掛かった。丸太を組んで建てられた見張り台とそこに居た帝国兵が諸共粉砕されて木片と人肉の破片が地面へ降り注いだ。

 

 駐屯地の正門にも曳光弾交じりの銃撃が降り注ぐ。つい先刻突破したばかりの城門よりもサイズも強度も劣る駐屯地の扉は瞬く間に虫食いと化し、最後は楔形ブレードの一撃がとどめとなって駐屯地内へ向かって砕け散った。

 

 それを目の当たりにした、練兵場に集まった帝国兵達は一瞬呆気に取られて凍り付いた。いかにも恐ろし気な面構えの、見た事もない巨大な鋼鉄の乗り物があっさりと扉を突き破って駐屯地内へ現れたのだから仕方もあるまい。

 

 その頃には練兵場に集結した兵の総数は4桁に達していた。

 

 タイフーン装甲車に続いて他の車両も駐屯地内へ侵入し始めると思考が現実に追いついた帝国兵の中から怒号が上がった。

 

 

「て、敵襲ー! 敵の襲撃だー!!」

 

『うああああああああああああぁっ!!!』 

 

 

 途端、膨らみ切った風船を針で突くかの如く帝国兵の間に広がっていた気配が弾け、一斉に機甲部隊へ吶喊を開始した。

 

 

「敵が来るぞ! 各員掃討開始!」

 

 

 攻め込んだ側である自衛隊員も各々銃火器を構えて発砲を始めた。

 

 何十もの破裂音が一斉に重なり、瞬く間に練兵場は帝国兵の屠殺場へと一変した。

 

 だが帝国兵という人の波は止まらない。それどころか遅れて練兵場へ集まってきた後続の帝国兵や、練兵場に出ず兵舎や他の建物を回り込んできた兵士によって早くも自衛隊側は半ば包囲されようとしている。

 

 車両から下車した、もしくは各車の銃座に着いて搭載機銃を使って応戦する自衛隊員の数は、練兵場に集結した帝国兵と比べても少ない。

 

 駐屯地に配備された兵の頭数全体と比較した場合に至っての戦力比は1対数十という圧倒的戦力差である。後方支援や非戦闘系職種を含めた特地派部隊の残留者数よりもこの駐屯地に配備されている帝国兵の数の方が多いぐらいだ。

 

 だから自衛隊は火力と工夫で戦力差を覆す。

 

 

「振り落とされるなよしっかり掴まっていろ!」

 

 

 正門を通過してから左右に展開しつつあった自衛隊車両の内、荷台を外した改造73式大型トラックが大きく尻を振った。

 

 180度ターン。車高が高い大型車両がやれば急激な荷重変化で横転しかねない高等テクニックをこの日の為に特訓を重ねたドライバー役の隊員は見事に成功させる。

 

 

 

 

 

 荷台の代わりに搭載された()()が、仲間の屍を超えて迫ろうとする帝国兵の軍勢へと突き付けられた。

 

 

 

 

 

 それは現代の最新兵器よりもWW2頃の兵器を好む愛好家の方が瞬時に正体を見抜けるであろう代物。

 

 トラックに鋼材と装甲板と2丁のM2重機関銃、電動の旋回式銃座を組み合わせたそれはかつてM13自走式対空砲と呼ばれていた。

 

 爆撃機の対空機銃座をそのままトラックの荷台に移したのが誕生のきっかけであるこの兵器は主に空から襲いかかる敵航空機に対して弾幕を張るのが目的ではあったが、同時発射される重機関銃による弾幕は地上の敵にも極めて高い効果を発揮した。

 

 搭載するM2重機関銃の数を4丁に増やしたM16対空自走砲に至ってはその火力で朝鮮戦争で押し寄せる中国兵を片っ端から肉塊へ変えた為に挽肉製造器(Meat Chopper)との通称を与えられた程。

 

 今回の作戦においては帝国兵の装備相手に4門では火力過剰と判断され、また瞬間火力よりも大軍相手の継続火力を重視した結果、鋼鉄製の弾薬ケースを複数個溶接した特大の専用弾倉を搭載していた。それでも2丁分の重機関銃が吐き出す12.7ミリ弾の量は合計で毎分1000発を超える。

 

 それが互いの体がぶつかりそうな程密集した帝国兵へと向けられたのだ。

 

 

「撃てーっ!」

 

 

 車に振り回された拍子に外れかけた無線機との接続機能付きイヤーマフの位置を直した装填手役の隊員が機銃手の肩を叩いて合図した。

 

 左右を重機関銃に挟まれた座席型の銃座にすっぽり収まり、やはりイヤーマフを装着した機銃手が合図を受けて急ごしらえのボタン式発射装置をぐいと押し込んだ。

 

 単なる重機関銃の発砲とは一線を画す轟音の連打が炸裂した。

 

 同時発射によって発砲音が増幅されれば、同時に生じた()()も桁が違った。

 

 血煙というよりは血が詰まった肉袋に火薬を仕込んで中から爆発させたかのような塩梅だった。歩兵の小火器によって帝国兵が次々と仕留められていく様が将棋倒しなら、連装重機関銃のそれは伐採であった。

 

 生半可な防弾具や防弾ガラスなど通用しない威力の12.7ミリライフル弾は人体の1つや2つ鎧ごと貫通した程度では止まらず、たった1発で何人もの帝国兵の息の根を文字通り粉砕していく。

 

 これこそが重機関銃による水平射撃の恐ろしさ。ほんの数秒の連射で帝国兵が100名以上死んだ。

 

 機銃手は発射ボタンを押しっぱなしにしたまま足元のペダルを踏んで銃座を旋回させた。キャタピラ式の乗り物のように左右のペダルを踏んで銃座を旋回させる仕組みだ。

 

 損傷した車両のジャンクパーツや余剰部品を使ってでっち上げたDIYな代物ではあるが、機甲兵器の構造と工作技術に特化した整備部隊が拵えた電動式の銃座は荒っぽい運転や重機関銃の凄まじい振動を受けても尚、快調な動作を発揮していた。

 

 分間1000発以上もの密度の弾幕によって原形を留めぬ帝国兵の死体が更に量産されていく。

 

 前方の味方が悉く粉砕されていく様を目の当たりにした上、飛び散った血肉をもろに浴びてしまったせいで恐慌状態に陥った後続の帝国兵が方向を反転。一部は兵舎や倉庫といった建物の中に逃げ込む。

 

 兵舎は石材を積み上げ漆喰で塗り固めるという手法で建てられており、弓矢程度では通用しない特地基準では堅牢な作りをしている。

 

 しかし、帝国兵の認識は甘い。

 

 特地よりも遥かに優れた地球製の歩兵用防弾装備ですら防ぎ切る事の出来ない12.7ミリNATO弾は石材をまるで発泡スチロールよろしく粉砕し、兵舎の壁面へと容易く穴を穿った。

 

 小さな爆発が連続するかのように文字通り兵舎の壁が削られていく。建物の中や陰に逃げ込んだ帝国兵を貫通した銃弾のみならず猛烈な勢いで飛散した建材の破片が襲いかかった。

 

 唐突に砲声の連打が止んだ。長時間の連射で灼けた銃口からは今は硝煙しか出ていない。

 

 弾切れである。装填手が予備弾薬用のスペースに積み上げた弾薬箱からベルトリンクで数珠繋ぎになった12.7ミリ弾を引っ張り出す。

 

 轟音と破壊の嵐が止んだ事に生き延びた帝国兵は堪らず安堵の息を吐いた。

 

 と、射撃を停止した対地掃討用73式(ガントラック)の後方から同じ改造を施された別の73式トラックが姿を見せた。

 

 帝国兵はしめやかに絶望した。

 

 旋回銃座搭載の73式トラックの集団は高機動車やBTR、米軍のお古の車両といった護衛に守られつつ、建物群の周囲を巡る様に走行しながらの行進間射撃を実施。それぞれの車両の銃座や座席に収まった隊員も手持ちの火器で走行車両からの銃撃(ドライブバイ)を行う。

 

 駐屯地内のあらゆる建物が連装重機関銃によって半壊させられた。中には柱を削り折られたせいで不運な帝国兵ごと建物が崩落し潰れた施設もあった。

 

 駐屯地の内縁をグルグル巡るように移動しながら継続される自衛隊からの銃撃に、それから逃げ惑う帝国兵の生き残りは自然と駐屯地の中心部へと追い立てられた。その頃には数千居た帝国兵は既に半数近く数を減らしていた。

 

 自衛隊の無人偵察機(スキャンイーグル改)が追い込まれていく帝国兵の動きを逐一監視していた。

 

 そろそろ頃合いだ。UAVのオペレーターが回線を繋ぐ。

 

 

『獲物の群れは上手く追い込まれた。サラマンダー隊、出番だぞ』

 

 

 

 

 

 

 

「……了解だ」

 

 

 サラマンダーのコールサインを与えられた改造車両の操作を担当する隊員は短く返答すると、酷く重たい溜息を腹の底から絞り出した。

 

 これから彼がやらなければならない事を考えると気分は最低だが作戦は作戦だ。

 

 自分が己の役割を果たさなければ作戦に不備が出る。そうなれば犠牲になるのは今や貴重な仲間である自衛隊員達であり、それだけでなく抑制出来る筈だった無用な戦が起きてしまう事で駆り出されてしまう近衛兵駐屯地に居た分よりも更に多くの特地の住民だ。

 

 そう、これから生み出す犠牲は云わば見せしめなのだ。

 

 一罰百戒、未来で起きえる戦乱を封じ込める為の致し方のない犠牲(コラテラルダメージ)

 

 ――――そうではない。欺瞞で自己弁護に走る己へ向けて首を横に振る。

 

 狭間陸将が言っていたではないか。

 

 あの騒乱で『門』を失い、祖国へと帰る為の手段を失い特地に取り残された我々は最早寄る辺無き流浪の集団に過ぎないのだと。

 

 

 

 

 

 

 だからこの戦いは大義の為ではない。主義の為でもない。国益の為でも無辜の民の為でもない。

 

 今この時を生き延びる為。

 

 次元をまたいだ祖国へ生還する為に自分達は戦っているのだ。自分達の未来の為に戦っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在行われ、そしてこれから実行される殺戮も、意思持つ生命として最も本能的なエゴを貫く為で。

 

 故に。

 

 

「恨んでくれても構わない。だが俺達はこうしなきゃならないんだ……!」

 

 

 血を吐くような覚悟に声を震わせながら、隊員は本来シフトレバーが存在する場所に配置された、戦闘機の操縦桿を彷彿とさせる操作レバーとその奥に並ぶパネルへと手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サラマンダーが前に出る。周辺の隊員は総員射線より退避せよ」

 

 

 指揮官より駐屯地攻撃担当の部隊全体へ向けた通知が発せられると、駐屯地の中心へ機銃掃射を繰り返していた武装車両や車外へ出て攻撃を行っていた自衛隊員達が射撃の手を緩めつつ、ゆっくりと後退を開始した。

 

 警戒を維持しながら左腰の大型ポーチより取り出すのはガスマスクだ。顔に装着、外気が入らないようピッタリと隙間なく顔へ押し付けバンドで固定。

 

 入れ替わりにこれまで攻撃に関与していなかった数台の車両が、逃げ場を失い集中砲火を浴びていた帝国兵が集まる場所へとゆっくりと距離を詰める。

 

 

「な、何なんだあれ」

 

 

 水袋のように砕け散った仲間が撒き散らした血肉を頭から浴びてドロドロに汚れた顔を拭う事も失念した帝国兵が、近付いてくる存在を目にして呆然と呟いた。

 

 まず目を引くのは夜でもなお目に焼き付かんばかりの赤い巨体。

 

 

 

 

 

 

 ――――大型破壊機救難消防車・A-MB-3。

 

 

 

 

 

 

 自衛隊や消防関係者の間では呼称される車両。元々は特地派遣部隊の一角を担う航空自衛隊が緊急時の対応用に持ち込んだ消防車だ。

 

 全長11メートル、全幅3.1メートル、全高は3.7メートル越と自衛隊全体で運用されている消防車両でも最大を誇るその車体。73式トラックよりもBTRやタイフーンといった装甲車を彷彿とさせる外見も特徴的。

 

 しかしその面構えは本来から大きくかけ離れ、運転席周辺のフロント部分にはまるで爬虫類の咢を彷彿とさせるシルエットの突起―車両のスクラップから引っぺがした鉄板とフレームで作成―が溶接されている。車体の天蓋部にもそれっぽい背びれ型のパーツまで追加済みだ。

 

 追加の突起を含めたフロント部分にはこれまたそれっぽいドラゴンのペイントが描かれている。

 

 翼もない。尾も、足も、前腕もない。だが異様なシルエットとペイント、何より()()()()()()と相まって帝国兵の目にはそれはまるで――――

 

 

「え、()()……!?」

 

 

 思わず漏れた声を聞きつけたかのように上顎の上から延びた筒形の可動アームが帝国兵に向いた。

 

 本来は危険な火災現場へと隊員を晒す事無く消火を行えるよう、車体内蔵の大容量水槽と小型の消火剤用タンクの中身を混合させながら放水を行う為のターレットノズル。

 

 だが炎龍を模したこの車両は自衛隊員達の手により本来とは真逆の役割を持つ存在へと変貌していた。

 

 車内の操作員が並ぶパネルの中から『ポンプ起動』のスイッチを押し込む。若干の長押しを経て貯水タンクの中身を吸い出すポンプが始動する唸り声が微かに車体を震わせる。

 

 次に従来車両に備えられていたのではなく改造の際に追加されたパネルのボタンをスイッチオン。信号が伝わり、ターレットノズルに先端に追加された小型のガスバーナーが着火した。

 

 ノズル周辺にはガスバーナーだけでなく耐熱効果も持つ透明な防護ケースに収められた撮影機材もぶら下がっている。

 

 改造消防車の操作員は、装甲車の砲塔や隊員のヘルメット横に取り付けられたカメラのレンズが自分達へと集まるのを感じた。

 

 最後に、操作員の手が操縦桿を掴む。

 

 自車の前に味方の隊員が立っておらず、これから起こる事に巻き込まれない位置まで後退しているのを確認すると、操作員は何時の間にかびっしりと掌に浮かんでいた手汗を乱暴に拭った。

 

 そして遂に覚悟を決める。操作レバーを握り直す。セッティングは直射。太く強烈な水の束を火災の根元へ叩きつける為の機能。

 

 

「放射開始!」

 

 

 号令を合図に液体が猛烈な勢いでノズルから噴き出した――――のはごく僅かな刹那の間。

 

 次の瞬間、液体は紅蓮の炎の束へと変貌し、帝国兵に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――かつて伊丹は『銀座事件』のクライマックスにおいて即興である武器を作り出し、多数の帝国兵を斃した。

 

 インパルスと呼ばれる水の塊を高圧で放出する事で手傷を負わせる事無く暴徒の無力化を行う携帯型放水銃、それを水ではなくガソリンに入れ替え、発煙筒で着火する即席の火炎放射器へと変貌させたのである。

 

 救難消防車が施された改造は云わば伊丹が行ったそれのスケールアップ版。

 

 あるいは連装重機関銃砲座搭載73式トラックの類似例――――かつて存在し今や廃れた過去の遺物の再現。

 

 WW2前後の時代、火炎放射戦車という兵器が開発された。読んで字の如く兵装に火炎放射器を搭載した戦車を指す。

 

 時代の進歩により火炎放射器の射程外からでも装甲を破壊出来る対戦車兵器が多数登場するようになり瞬く間に姿を消した存在ではあるが。

 

 歩兵携行型よりも長い射程を持つ車載式火炎放射器の威力と、流用した戦車そのままの分厚い装甲は対戦車兵器を持たぬ歩兵を身を隠してくれる筈の塹壕やジャングルごと焼き尽くす鋼鉄の獣として恐れられた。

 

 炎を消す為に造られた消防車はその真逆の恐怖と炎の地獄を生み出す魔獣へと仕立て上げられたのである。

 

 1万リットルもの容量を溜め込める水用タンクには特別調合の燃料をたっぷり積み込み、本来想定されていない液体を放出する為に負荷が想定される部分には改良が施されている。車内からのターレット操作システムもRWSを参考に追加した車外カメラと連動する独自の近代化改修(魔改造)が担当隊員によって手を加えられた。

 

 兵器整備のスペシャリストが集まる整備部隊員らによって可能な限り手が加えられた改造消防車改め()()()()()の完成度は、時間も材料も設備もない中で伊丹がでっち上げた代物とは当たり前だが雲泥の差だ。

 

 

 

 

 

 

 

 そもそもが大量の航空燃料や危険物を満載した墜落機の消火活動を可能な限り安全に行うべく開発されたのが救難消防車だ。

 

 火元から十分な距離を取って消火を行う為に通常の消防車よりも強力なポンプを使用する救難消防車の放水システムは、より大量の水をより遠くまで届かせるよう設計されている。威力も相応で至近距離で直撃を受ければ人間は軽く吹き飛ぶし、薄い鉄板程度ならあっさりと変形させる程。

 

 その性能は火炎放射器に改造されても尚健在だった。

 

 何人もの帝国兵の肉体が一瞬で炎の中に吞み込まれた。炎の奔流に吹き飛ばされ、後続の仲間を巻き込み、そのまま諸共の中に見えなくなった。

 

 

 弾幕に追い立てられ、機甲部隊に包囲され、逃げ場を失っていた多数の帝国兵は炎の地獄に突き落とされた。

 

 アルヌスに続いて顕現した、新たなる人の手による地獄。

 

 

「うわあああああああああああああぁっ!!!?」

 

 

 炎。黒煙。熱波。仲間が焼ける臭い。一気に沸騰し噴出する炎に対する本能的恐怖。それらが津波となって帝国兵を襲う。

 

 今や烏合の衆と化した、鍛えられた体躯の帝国兵の喉から悲鳴が迸った。悲鳴を上げなかった者の大半は死んでいた。

 

 弓を持つ兵士も幾らかは存在しているが、これまでの一方的な死にざまに続けて目の前の惨状に抵抗の気概を保てている者は最早居ないに等しい。

 

 それどころか手にした武器を投げ捨てて逃げ出そうとし……だが取り囲んでいた自衛隊員達に尽く撃ち倒されていく。

 

 半壊した兵舎などの建物に逃げ込む者もいる。だが窓や扉、重機関銃弾に粉砕されて生じた穴から入り込んだ質量を持つ炎はあっさりと内部の可燃物に燃え移る。

 

 慌てて纏っていたマントで火を叩き消そうとするが、消えない。それどころか叩きつけたマントへベッタリと不自然に炎が纏わりついた。

 

 火炎放射器用の燃料には増粘剤が添加され粘度が高められており、命中した物体に纏わりつくと専用の消火剤でなければ消せない事など帝国兵は知る由もなかった。

 

 そうこうしている間に激しい頭痛と息苦しさに襲われた帝国兵は急速に気が遠くなり、そして2度と目覚めない眠りへ堕ちた。

 

 建物内外を包む炎によって大量の酸素が消費されたからだ。圧倒的な高熱に気管を焼かれたり、酸素不足や発生した毒ガスによる窒息死は火災では珍しくない。自衛隊側もガスマスクがなければ距離を空けていても肌を焼かんばかりの熱波と黒煙で目や気管をやられていたかもしれない。

 

 あまりの高熱に石材ですら耐え切れず、一部の建物が崩れ落ちた。火の粉が噴火よろしく夜空に激しく舞い上がった。

 

 悲鳴が消えていく。命が消えていく。

 

 

 

 

 自衛隊側には負傷者すら出ていない。正しく一方的な戦闘、いや殺戮であった。

 

 近衛兵駐屯地を焼き尽くす劫火は隣接する皇宮からは勿論、皇宮から離れた悪所街からも視認出来たという。

 

 またこの鉛と炎の殺戮劇の一部始終を()()()()()()()()人々も居た――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<同時刻>

 ピニャ・コ・ラーダ

 帝都・南苑宮

 

 

 

 

 

 

 豪奢で広い空間をノイズ交じりに物が燃えて爆ぜる燃焼音が支配しているのを背中で感じ取りながらピニャは薄ら笑いを浮かべた。

 

 『門』が破壊される以前、自衛隊と防衛省はプロパガンダの一環として特地からの動画配信を計画し、配信用の機材をアルヌスへと運び込んでいた。また資源探査班の活動記録をより詳細に残すべく無線送受信機能付きアクションカムも予備を含め大量にアルヌスの外で活動する部隊へ配布されていた。

 

 狭間陸将ら特地残留部隊司令部は一見軍事作戦にそぐわぬそれらをも活用する事にした。

 

 中継車として仕立て上げられ現在皇宮の外で潜伏中の73式中継車(仮称)経由で配信された近衛兵駐屯地での殺戮は、晩餐会会場の占拠を担当した自衛隊員が設置したプロジェクターによって一部始終が集まった招待客に公開されたのだ。

 

 またこの生配信は南苑宮以外の場所でも同時放映されている。

 

 そしてこの反応である。無線で舌戦を繰り広げた果てにゾルザルが父親(皇帝)殺しを自白した時の反応も愉快な反応を見せた出席者らだったが、改めて様子を窺ってみれば揃いも揃って口を開け目を見開き凍り付いている様も絵にして残してやりたいぐらいにはピニャにとって滑稽な光景だった。

 

 気が弱い箱入りらしい夫人や子女の中には、見せつけられた内容の凄まじさに少なからず倒れる者までいる。本来真っ先に駆け寄るべき主人は固まったままのものだから、監視役の自衛隊員が慌てて介抱に駆け寄るという始末。

 

 それだけのインパクトがあったという証左だ。やがて出席者の中から震える声がピニャへとかけられた。

 

 

「ピニャ殿下……ジエイタイが炎龍を討ち取った事は存じ上げておりましたが、も、もしやそれだけでなく()()()()()()()()()()()()()のですか?」

 

(――――()()()()

 

 

 帝国貴族の中でも上位の爵位を有する有力貴族党首から出たその言葉を聞いた瞬間のピニャは、ゾルザルから失言を引き出した時と同じ表情を浮かべていたと目撃した隊員は後に語る。

 

 

「うむ。貴殿がたった今目の当たりにした通りだ」

 

「おおそんな、たった1頭で村どころか国1つ焼き尽くすとまで言い伝えられてきた、あの炎龍を!?」

 

「議事堂を完膚なきまでに粉砕した鉄の鏃(F-4ファントム)だけでも帝都に配備された龍騎兵が手も足も出なかったというのに……」

 

「いや仮に炎龍が居なくとも大きな鉄の荷馬車(73式トラック)に乗せられていた火を噴く筒(連装重機関銃)、あれだけで帝都と宮殿を守る近衛兵がああも容易く……」

 

「あのようなものを幾つも揃えている上に炎龍まで従えているのかジエイタイは……」

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 恐怖が伝播する。

 

 嘘と真実と圧倒的な暴力を立て続けに叩きつけられ、無防備になった精神が蝕まれていく。

 

 次期皇帝の権威と正当性が砕かれる瞬間を聞かされ、大陸を支配する帝国の戦力など容易く鏖殺する圧倒的な武力を見せつけられた。

 

 ああ、()()姿()()()()()()()()()

 

 

(貴様達みんな、()()()()()()()()()()

 

 

 恐れよ。屈せよ。崇めよ。(おもね)よ。

 

 妾と同じ場所まで堕ちてこい。お前達も何時訪れるかも分からない悪夢の果てに狂ってしまえ――――

 

 

 

 ピニャは声に出さず、顔を青褪めさせて右往左往する貴族達を呪いながら嘲笑うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、後は任せたぞ、イタミ殿」

 

 

 その時、どこからともなく音楽が聞こえ始めた――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『平和的革命を失敗させる人物は、暴力的革命を不可避のものにする』 ――ジョン・F・ケネディ

 

 




最近は『現代悪役転生したと思ったら世界の警察に狙われてる犯罪組織の跡取りだったので死亡フラグ回避しようと頑張ったら何故か暗黒メガコーポにジョブチェンジしていた件』なんてネタが浮かんでは消えてます。


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