タイトルは深見先生の個人的傑作より拝借。
<その時>
演者/目撃者/当事者
皇宮・南宮
南宮の中庭に集まっていた帝国兵と、自衛隊による戦闘の生中継を見せつけさせられていた観客達は、大型ヘリから2つの人影が飛び降りる瞬間を目撃した。
高度は50メートルを切っていたが、それでも生身の人間であれば即死は免れない高さである。傍目には自殺としか映らなかった。
実際飛び降りた側である伊丹自身もまさしく飛び降り自殺者にでもなった気分であった。
何せパラシュートもラペリング用ロープもジェットパックも手元にはないし、アフガニスタンの時とは違って落下する先は滝ではなく固い地面だ。ノーロープバンジーの趣味も持ち合わせていない身としては、作戦前に膀胱の中身を最後の一滴まで絞り出して正解だったと伊丹は空中で震えあがった。
だが、伊丹は信じている。
仲間であり、かけがえのない少女(の1人)であるレレイを信じている。
「レレイ!」
重力に引かれ加速度的に地面がぐんぐん迫る中、伊丹は無線で呼びかける。
CH-47JA改の中でレレイが杖を振った。
すると空中で見えないロープが括りつけられたかのように伊丹とロゥリィの落下速度が急激に低下する。急激な加減速の割にGが体にのしかかる苦しさは皆無に近い。魔法さまさまだ。
尤も伊丹はともかく、亜神であるロゥリィの身体能力ならばちゃんと身構えてさえいれば魔法による保護無しでも無傷で着地を果たせていただろう。
2人と地面の距離が1メートルを切るとレレイの浮遊魔法による落下制御は解除された。着地の瞬間、伊丹とロゥリィがそれぞれ装備した大荷物がガシャンと重たい音を鳴らす。
ホバリングと直前のヘリ部隊の対地攻撃によって巻き上がる煙を纏いながら、衝撃緩和の為に前屈み気味になっていた伊丹がゆっくりと体を起こすと、彼の全貌が集結した帝国兵へと晒された。
まず目を引くのは伊丹の出で立ちだ。
バイク用レーシングスーツを炎龍の物を含む龍の鱗と被膜で補強した全身を包む、地球と特地の技術が融合した
胴体中心部から脚部まではこちらはやはり龍の鱗でコーティングした上で今度は黒一色にペイントされた結果、紅黒2トーンという色彩だけでも非常に目立つデザインとなっている。
「ねぇ、このカラーリングもしかして狙ったでしょ? 分かっててこんなデザインにしたよねねぇ!?」
「いえですね、二尉殿の声を聞いておりますとこの色の組み合わせしかない! とどうにも無性に感じてしまいまして」
「梨紗のヤツにも同人誌即売会の時に同じ事言われたなぁ……はぁ。まぁ性能がまともなら我慢しますよ」
このようなやりとりがお披露目当時に伊丹と開発班代表の陸曹との間で交わされたとかなかったとか。
帝国兵からしてみれば、それがそこいらの鉄板を貼り合わせたスケイルアーマー等とは比べ物にならない、他ならぬ龍の鱗を紡いだ鎧である事は一目瞭然だった。
おまけにペイントそのまま貼り合わされた紅そのままの色を持つ鱗に至っては間違いない、炎龍の鱗だ。
あれほどまでふんだんに炎龍の鱗を使った鎧など神話に出てくる伝説の武具でも聞いた事がないレベルである。彼らが支給された量産品の胴当てや兜とは価値も性能も比較する事すらおこがましい。
同じく炎龍の鱗で護られた、伊丹の頭部をすっぽりと包むフルフェイスヘルメットは黒一色に塗装され、顔の下半分に描かれた骸骨のペイントが際立って浮かんでいた。
それはまるで冥府の底から蘇った伝説の騎士か、その亡骸を寄り代に具現化した死神を思わせた。
死神の顔が帝国兵達へと向けられる。これだけで、帝国兵達の少なくない数が唾を呑むと畏れるようにたじろいだ。
炎龍鱗の装甲服の上から着込んだチェストリグの各ポーチを予備武器を含めた大量の弾薬で膨らませ、加えて伊丹はその背中にも巨大なバックパックを背負っていた。
バックパックの右側面からは中身を肉抜きしたキャタピラを思わせるレールが延び、伊丹が抱える物体へと接続されている。
バックパックの正式名称はスコーピオン弾薬供給システムという。要はバックパックを巨大な弾薬箱に仕立て上げた存在だ。
ベルトリンク式給弾の機関銃は従来ならば100発用か200発用の箱型マガジンを使用するが、基本アサルトライフルよりも連射速度が速い機関銃では100発分のマガジンでもすぐ撃ち尽くしてしまう。弾薬消費量はアサルトライフルの数倍、再装填時にかかる所要時間もアサルトライフルの数倍だ。
その装填時間すら惜しいと現場の声を受けた研究・開発チームが出した答えは『再装填せずにもっと撃ち続けられるようにまとめて装填出来るようにすればいいじゃない』という安直極まりないもの。
そうして開発されたのがこのバックパック式給弾システムであった。無論、増量分の弾薬の重量は据え置きである。
内部にはベルトリンク式の弾薬がたっぷり数百発ひと繋がりに収まっており、安定して円滑に銃本体へ装填し続ける為の給弾用レールに沿って銃本体へと送り込まれるのだ。
ちなみにスコーピオンはロシアで開発された存在だが、西側も自軍の使用弾薬に合わせたそっくり同じ機構の給弾システムを開発していたりする。名前はアイアンマンシステムだ。
帝国兵は伊丹が両腕で抱える代物がロシア製のPKP・ペチェネグ汎用機関銃、そのブルパップモデルである事など知る由もない。
ブルパップ式とは弾薬の発射・排莢機構が収まる部分をトリガーが存在するグリップ部分よりも後方へ配置された設計の銃器を総称して指す。
設計の使用上、射撃姿勢安定用のストックの内部スペースを埋めてしまうのでストックそのもののコンパクト化が不可能となり内部設計も複雑になりやすいが、威力や射撃精度の要となる銃身の長さは削る事無く銃全長をコンパクトに出来るというメリットがブルパップ式の特徴だ。
特に今回伊丹用にと礼文によって用意されたブルパップPKPのオリジナルであるPKPは64式小銃用の弾薬よりもハイパワーな弾薬を使い、その全長は1.2メートルという自衛隊のミニミ軽機関銃よりも更に長く、重さも上である。
ブルパップ化されたPKPの全長は1メートルを切るまで短縮され、より先進的な改良によって銃身下に追加されたフォアグリップもあり取り回しやすくなっていると伊丹は感じた。
ただし旧ソ連時代からの伝統として西側のベルト式軽機関銃が左装填・右排莢とは逆の右装填・左排莢なのでリロード時は注意が必要だろう。
……そういえばアラビア半島でマカロフをぶっ殺しに殴り込んだ時にプライスが使っていたPKPは何故か左装填だったが、アレはどこから調達してきたブツだったのだろうか? 伊丹は訝しんだ。
伊丹はブルパップPKPを腰溜めに構えて帝国兵の群れへと向けた。
銃口の下近くに取り付けられたパーツから赤い光線が伸び、ヘリの風圧で掻き乱されながらも薄く漂う煙の粒子によって、帝国兵の目にその細い光条はハッキリと視認出来た。
「な、何だこれ」
謎の光を照射された帝国兵は思わずたじろいだ。
直後、寸詰まりな大口径機関銃から飛び出した7.62ミリ×54R弾が帝国兵を引き裂いた。
その銃声が、後の帝国の歴史に延々と語り継がれる大殺戮の幕開けだった。
銃声が鳴り渡る。次々と帝国兵が悲鳴を上げながら撃ち倒されていく。
盾も鎧もお構いなしに伊丹が放つ銃弾は尽く帝国兵を貫き、砕き、命を絶っていった。
長々とした連射が立ち塞がる敵を次々と薙ぎ倒す。加熱により部品が膨張してジャムを招くので、本来は短連射に抑えるべきと訓練では習ったが、数だけ見れば戦力比が1対数百という馬鹿げた状況では弾幕を張り続けなければ即押し潰されるとも伊丹は否応なしに実戦で何度も学ばされた。
先程まで空から空爆を行っていた
正確に狙う必要などどこにもない。伊丹と、彼と共に降り立ったロゥリィからしてみれば、全方位を帝国兵が取り囲んでいる状況なのだから。
右へ左へブルパップPKPをぶっ放し続けながら伊丹は移動を開始。どの方向へ向かうかはとっくに決めている。
「ゾルザルを追うぞロゥリィ!」
「りょうかぁい!」
ロゥリィもまた伊丹が発砲すると同時に帝国兵へ突撃していた。
身の丈を超えるハルバートが一振りされる度、複数の帝国兵が鎧ごと胴を両断されていく。見る見るうちに中庭は屍から溢れ出た鮮血によって塗り潰された。
腕の中の機関銃から立ち上る濃密な硝煙に燻されながら、薬莢という道しるべを残して伊丹は進み続ける。伊丹の背中をロゥリィが護る。
その頃にはレーザーサイトから伸びる光線が向いた方向へ銃弾が襲い掛かると周囲の帝国兵は理解していたので、銃口が次の獲物を探すたび死を振りまく赤い光線を向けられまいと少なくない兵が逃走を試み、結果他の兵へとぶつかり包囲を乱すという影響が生じつつあった。
実際伊丹はそれを狙ってわざわざ可視光のレーザーサイトを装着してきたのだ。銃で狙われているという恐怖の効果的なこういう時に役立つ。
それでも物量差は甚大で、伊丹の弾幕の死角からロゥリィの豪腕一閃の隙間を縫い、数十の帝国兵が肉薄を果たした。
引き金を引きっ放しにして迫ってきた敵集団を撃つ。今度は伊丹が背を向けた方角から帝国兵が押し寄せる。
鉄砲水の前触れに冷えた大気が振動を伴いながら迫ってくるのにも似た、目で見なくとも感じ取れる脅威の気配へ向かって伊丹は背中を向けたまま踏み込んだ。
仲間の屍を乗り越えた帝国兵が次々と突き出した刃は大量の弾薬を収める為の金属製ケースによってあっさりと弾かれた。
バックパックで攻撃を受け止めた伊丹はブルパップPKPを振り上げながら、後ろへ踏み込んだ足を軸に急反転。
給弾用レールが巻き込まれないよう注意を払いつつ、振り返った先に立っていた帝国兵の頭へ機関銃のストック部分を叩きつけた。短縮化されてもパーツの大半が鋼鉄製であるPKPは、兜の上から人間の頭蓋骨を砕く用途にも充分過ぎる強度と重量を持つ。
続いて伊丹から見て左から長剣を持つ帝国兵による袈裟懸け。腰を落とし、掲げた左腕で防御。
刃は前腕を覆う龍の鱗にごく薄っすらとした傷のみを刻んで弾き返され、お返しとばかりに振るわれたブルパップPKPの銃身が帝国兵の鼻っ柱を襲う。
大口径弾を連続発射する為の銃身はいわば頑丈で厚みのある鉄の筒みたいなもの。同じ鉄の刀剣を叩きつけられたら流石に歪むだろうがやはり人の顔を砕くには事足りる。
連射の代償に高熱を帯びていた銃身で殴られた帝国兵は鼻を砕かれただけでなく顔の肉も焼かれる格好となり、悶絶しながら転がった。
背負った弾薬ケースで押し潰すように体を傾けてタックルを繰り出す。重装備で3分の1は体重を増した伊丹からぶちかましを食らった帝国兵が仲間を巻き込んで転倒した。
素早く銃口を向けて倒れた帝国兵ごと中庭を銃弾で耕した。土くれと共に飛び散った鮮血が伊丹にも届き、ヘルメットの髑髏を赤く汚した。
その頃には、伊丹との間に割り込んできた帝国兵を片っ端から両断したロゥリィが再び彼の背中を守護するポジションへと復帰を果たした。
既に愛用のハルバードは血脂にべっとりとまみれて、ロゥリィ自身も返り血で顔や黒ゴス服を汚している。
それでもロゥリィは心から楽しそうに、嬉しそうに、頬に血痕を滴らせながら笑っていた。
愛しい男と2人、屍山血河を積み上げる今この時をロゥリィは心底楽しんでいた。
彼女は褥で上り詰めたかのように鮮血とは別の液体を股間から滴らせてもいた。伊丹が聞いたら困った様子で苦笑いを浮かべただろう。
不意に機関銃が沈黙した。背負った数百発分の弾薬をとうとう撃ち尽くしたのだ。
この時点で伊丹が殺害した帝国兵は100名を超え、重傷者はその数倍にも上っている。12.7ミリクラスには敵わないとはいえ大口径のライフル弾は人体を簡単に貫通するので、前に居た帝国兵を貫通した銃弾が後続の帝国兵にも着弾するという事態が続発した結果でもあった。
背中のバックパックは最早ただのデカい重石と成り果てた。伊丹は冷静にグリップ上部の装填口へ接続していた給弾用レールをパージ。
最初は恐る恐る遠巻きに伊丹の行動を凝視していた帝国兵も、何らかの理由で使えなくなったのだと把握して隣の味方と顔を見合わせると、次の瞬間には鬨の声を上げて全方位から襲い掛かった。
だがまだロゥリィがいる。
「やらせないわよぉ!」
死神と呼ばれる亜神は握るハルバードの柄を滑らせながら伊丹の周囲を一回転した。
石突のすぐ根元部分を握る事で一気に1メートル近く射程を延ばしたハルバードが、伊丹を押し潰そうとする帝国兵の軍勢を真横から両断した。
あまりの勢いに刃の軌道上に居た哀れな犠牲者の頭部が、両腕が、胴体が下半身を地上に残したまま宙を舞ったほどだ。度肝を抜かれた後続は思わず足を止めてしまう。
その間に伊丹は使用後速やかに廃棄出来るよう工夫されたストラップを外し終えた。空になったバックパックが地面に落ちる。
バックパックとは別に、伊丹は通常の100連発用箱型マガジンをチェストリグのポーチへ収納して携行していた。
だがバックパック廃棄を終えた伊丹が次に手を伸ばしたのは弾薬ポーチではなく、スリングで胸の前に提げて携行していた別の武器だ。
外見は一見
GM-94――――正式採用された兵器の中では数少ない、ポンプアクション式グレネードランチャーだ。
そして装填してある弾薬も通常に在らず。
安全装置を解除されたロシア製のグレネードランチャーを押し寄せる帝国兵の壁へと直接向け、発射。
爆発が起きる。が、ただの爆発ではない。一般的な対人榴弾の炸裂とは違う、瞬間的な眩い閃光が帝国兵の戦列を叩き潰した。
GM-94が特徴的なのはポンプアクション式構造の本体だけでなく、使用する弾薬もまた特殊であった。
――――サーモバリック弾。装填された特殊な炸薬そのものが生み出す強烈な熱と爆風と爆圧で被害を与える兵器。
グレネードランチャーの弾種としては一般的な榴弾は破片を飛散させて敵を傷つけるが、サーモバリック弾は爆発という化学反応による純粋なエネルギーでもって被害を与えるのが大きな違いだ。
尤も撃たれる側からしてみればどちらも恐ろしい被害を齎されるという点においては共通していた。
衝撃波が盾を砕く。高熱が剥き出しの肌を焼く。爆圧が防具などお構いなしに帝国兵の内臓を破壊する。
死固形状態から瞬時に致死的なエネルギーへと変換されるサーモバリック爆薬は加害範囲の点において榴弾には劣る。それを逆手にとって開発したロシアの特殊部隊では爆発物を使用するにもかかわらず
だが四方八方へ広がった急激な圧力変化は帝国兵の鼓膜と脳を容赦なく揺さぶった。対爆性能など全く考慮されていない兜では防ぐ事など不可能だ。死に至らなくとも耳から血を流し、或いは脳震盪を起こして動けなくなる帝国兵が続出した。
伊丹は右・左・後方と続けてぶっ放して帝国兵の波の勢いを鈍らせたかと思うと素早く手元を空けて今度は破片手榴弾を投擲。狙うはサーモバリック弾が着弾して人の動きが滞ったその頭上。
密集した中で炸裂する破片手榴弾の効果は絶大だ。背中や足元から襲いかかった爆風と破片によってズタズタに引き裂かれた帝国兵の間で悲鳴が上がり、更に混乱が広がった。
ダメ押しとばかりに伊丹が更に発煙手榴弾を投じれば、化学反応により発生した大量の煙が伊丹と帝国兵を遮り、その姿を覆い隠していく。
「ワルキューレリーダー、ゾルザルの現在地と方向を教えてくれ」
その間に無線で情報を求めつつ、伊丹は弾切れになった機関銃とグレネードランチャーのリロードを行う。
再装填を終えるとヘリからの誘導の下、移動しながらの射撃を再開するのだった。
天から響くオーケストラは別の曲に変わっていた。
正確には同じ題材を歌詞はそのままに別の音楽家が手掛けた別バージョンの鎮魂歌だ。むしろ制作された年代は最初に流れていたバージョンよりもこちらの方が一世紀近く先である。
頭を殴りつけてくるかのようなハイテンションから一転、腹の芯まで震えさせる重厚さに満ちた歌声を全身で感じ取りながら、伊丹はかれこれ数個目の箱型マガジンを一気に撃ち尽くした。
「矢を放て! 味方を援護せよ!」
単なる物量差だけを取り柄にした戦法だけでは伊丹とロウリィの圧倒的暴力に戦力を溶かすのみ……そう判断した帝国兵もまた飛び道具を入り交えての戦い方へと切り替えていた。
指揮官の合図を受けて一斉に数十の矢が歩兵の頭越しに伊丹とロゥリィへ降り注ぐ。
戦闘機の機関砲弾でも貫通出来ない炎龍の鱗を使った装甲服で全身を覆い隠している伊丹は回避も防御体勢も取らずに真っ向から受け止めては尽く弾いてしまえたが、ロゥリィの方はそうはいかない。
彼女が着ているゴスロリ神官服は特別な素材も製法も用いていない正真正銘ただの服であり、ロゥリィの肉体自体も身体能力と再生能力は人外にもかかわらず、肉体強度に限っては銃弾を跳ね返すどころか転べばあっさり擦り傷が刻まれてしまう(そしてすぐに消え去る)という、どこにでもいるか弱い少女そのままの脆さを有していた。
なので矢の雨が飛来する度にロゥリィは矢の着弾予測地点から飛びのいたり、ハルバードの刀身で防御態勢を取るといった対応に手を割かねばならなかった。
「ああもぉ鬱陶しいわねぇっ!」
苛立ちも露わに援護射撃を受けながら突撃してくる帝国兵を切り捨てつつロゥリィは文句を吐き捨てる。
飛んでくるのは矢だけではない。弓では足りず槍が投擲されてくる事もあった。
新たな皇帝の住まいである南宮を守る警備の中には兵士だけでなく魔導師も複数混じっていた。
レレイには劣るが―そもそもレレイが特別―弓矢や槍よりも火力が高い魔法の光弾が伊丹の周囲に着弾する。それはかつて全ての始まりである『銀座事件』でも経験した攻撃の1つだった。
「ぬおっ!」
直接火薬の塊を叩きつけられたような衝撃が伊丹の体を叩いた。
外側の炎龍の鱗と内側の衝撃吸収素材、硬軟二重の装甲は魔法の威力を大幅に軽減してくれたが、直撃を喰らったらロゥリィの同等の再生能力を与えられた伊丹でもしばらく動けなくなるだろう。
間が悪い事に、ちょうどこの時伊丹は携行していたブルパップPKPの弾薬を全て撃ち尽くた直後だった。加熱した銃身からはあまりの熱に陽炎すら立ち上っている。
GM-94のグレネード弾はまだあるが面制圧はともかく瞬間火力の面では機関銃には大きく劣る。周囲は未だ数百もの帝国兵に包囲されたままだ。
こうなる事は作戦立案の時点で最初から分かっていた事だ。
だからその対策も用意してある。レレイの存在と自衛隊の装備があるからこそできる、とびっきりの反則技を。
「レレイ、
『任せて』
ブルパップPKPをその場に放棄しながら無線で呼びかけた刹那、伊丹の頭の横近くに前触れもなく縦横30センチ程のガラスかレンズを思わせる虚空の歪みが出現した。
伊丹はその中へ躊躇いなく掲げた手を突っ込んだ。そして数秒と経たず突っ込んだ腕が引き抜かれる。
その動きに合わせて分厚い窓かレンズを覗き込んだかのような虚空の揺らぎから、ずるりとそれなりの長さを持つ鋼鉄製の存在が引き抜かれたのを多数の帝国兵が目撃した。
ミニミ軽機関銃。ドットサイトを搭載している以外は手が加えられていないこれは、純粋な特地派遣部隊の制式装備の1つだ。
『初弾は既に装填してあるぞ!』
無線越しにレレイの補助に就いている隊員からのアドバイスに従い、ボタン式の安全装置を解除し素早くストックを肩に引き付け発砲開始。
5.56ミリNATO弾の貫通力は7.62ミリ×54R弾に劣るが、それでも容易く帝国兵の防具を貫く。
また新たに数十名の帝国兵が己と仲間から流れた血の海に沈んだ。矢や光弾が飛来した方向にも連射を加えると、弓兵や如何にもそれらしい魔法使いの格好をした男達もまた仲間の後を追って倒れていった。
虚空からいきなり軽機関銃が伊丹の手元に出現したタネは単純明快。
『小さい『門』を開くのはまだそれほど力を消耗しないが、人ひとりが通れるほどの物となるとかなりの力を消耗してしまう。それに
『じゃあ
海外時代
と言っても成功したのはドローンや監視カメラからの中継映像越しに中継先へ『門』を開くという点のみ。
開いた『門』のサイズそのものの拡張はまだまだ穿門法の研究や習熟に時間をかけなければ達成出来そうにないというのが現時点での結論だ。
それでも歩兵が携行可能な小火器レベルであれば通過可能なサイズである事が肝心だった。
「次の武器を!」
ミニミの弾も撃ち尽くし終えた伊丹が要求すればすぐさますぐそばに『門』が開き、そこから新たな銃が伊丹の手へ渡る。
伊丹がアクションカムで映像を流しているのは晩餐会会場に集まった帝国の重鎮達へ自衛隊の武力の恐ろしさを見せつける為だけでなく、この中継映像による『門』の遠隔発動を利用した武器弾薬の即時補給を可能とする為でもあった。
ゾルザルの居室に出現した無線機もこれの応用だ。密かに配置した小型ドローンからの映像越しに開けた『門』へ無線機を転送したのである。
もうかれこれ伊丹単独で2000発はぶっ放しただろうか。
絶え間無い戦闘音と歌声、全身に染みつく硝煙と血の臭いと殺戮に飽き飽きし始めた頃、ふと伊丹は大量の兵が動き回るのとは別種の振動を地面から感じ取った。
『ワルキューレリーダーより
直後、建物の陰から複数の怪異使いに鎖で牽かれたジャイアントオーガーの巨体が伊丹の前へと現れた。伊丹としては銀座から数えてかれこれ3度目の対面である。
「ATにしちゃちょおっとデカすぎるんじゃないの?」
胴体は箱型、頭部はお椀型の装甲に覆われたジャイアントオーガーを目の当たりにした伊丹はついそうぼやいた。
とりあえずミニミ(2丁目)で銃撃を行うが、ジャイアントオーガーの装甲は火花を生じさせつつも、帝国兵の盾や鎧とは違い5.56ミリNATO弾をあっさりと弾き返してしまう。
「うん、そんな気はした」
『火力支援は必要か?』
ガンシップでの排除を提案する健軍に対し、視界の端に生じた小型の『門』から覗く物体を捉えた伊丹はそっけなく答えた。
「いえ、あれぐらいなら多分大丈夫そうです」
言いながら躊躇いなく伊丹の方から『門』へと腕を突っ込んで巨大な鉄の筒を引っ張り出した。流れるような挙動で弾頭からブロープを延長、安全装置を解除。
炎龍の鱗の護りすら吹き飛ばす鉄の逸物ことパンツァーファウスト3があっさりとジャイアントオーガーの顔面へ直撃した。
大の男が数人入れるだろうサイズの兜を爆発が呑み込んだ。分厚い装甲ごと頭部が消失したジャイアントオーガーの巨体は、煙を纏わりつかせながら後ろへと崩れ落ちた。
もう1体のジャイアントオーガーは、対戦車砲弾の直撃による煙を隠れ蓑に一気に接近を果たしたロゥリィのハルバードによりまず装甲ごと肩部を斬り落とされ、切断面から噴水のように血を流しながら雄叫びを上げて動きを止めたところへ脳天へと唐竹割に振るわれたハルバートの刃が兜諸共脳天を叩き割った事で同類の後を追って斃れる。
『お見事! 見事な手際だな!』
重装甲の巨大怪異すらもこうも容易く撃破されたのは流石に衝撃的だったのか、とうとう恐れをなした帝国兵の一部が恐怖の悲鳴を上げて逃げ出した。
いい加減、殺しにはうんざりしていた。
伊丹はロウリィほど血には酔えないし、殺しを楽しむ趣味もない。未来の犠牲を抑える為に必要だからと一方的に圧倒的に死体の山を築くにしても、そろそろ十分な頃合いだろう。
敵前逃亡する者には構わず、伊丹とロゥリィは立ち塞がる敵を片っ端から死体に変えつつ、ゾルザルが逃げた先を目指す。
2種類の曲の中で最も盛り上がる部分を繋ぎ合わせ、エンドレスに繰り返すよう編集された異界のレクイエムだけが、たった2人の死神によって齎された数多の犠牲者達の魂を悼むのであった。
『戦争が斯くも悲惨なのは良い事である。さもなくば我々は夢中になってしまうだろう』 ――ロバート・E・リー将軍
ブルパップPKPはR6Sでの愛銃だったりします。
励みになりますので評価・感想よろしくお願いします。
特に皆様からの感想が作者の最大の動力源となります。