GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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次回で決着予定ですが来週木曜日に引っ越しがあり、それまでに更新出来なかった場合ネットの開通工事などの都合上申し訳ありませんが間が空きます。


間奏: Exterminator/ネズミ狩り

 

 

 

 

<第2次突入時刻>

 剣崎 特殊作戦群・三等陸尉/『清掃班』

 皇宮地下/緊急用地下通路

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドンパチ賑やかになった地上や上空以外の場所でも作戦行動に動く自衛隊員達がいた。

 

 ボウロやノッラといったゾルザルに加担するハリョの排除を担当する特殊作戦群の部隊である。

 

 彼らは地上での派手な演出に彩られた戦いには加わらない。任務はハリョの殲滅。根城である皇宮地下の隠し空間から1人たりとも逃すつもりはない。

 

 この作戦は時間との勝負だ。標的がいる地下空間へ突入するにはピニャから情報提供された皇族の脱出用地下通路の壁をブチ破る必要がある。

 

 狭い地下通路に重機は持ち込めず手作業で壁を掘るには時間がかかり過ぎる。必然的に突破方法は爆破に限られた。地下通路では爆風からの逃げ場がないので使用する火薬量にも細心の注意が必要である。

 

 その程度、スペシャリスト揃いの特戦群からしてみれば小学校低学年の回答テストみたいなものだ。事前の調査で地下空間を隔てる岩盤の厚みと材質のデータは調べてある。開通する分に必要な爆薬量もシミュレーション済み。

 

 特戦群はまずピニャとデュランを連れて晩餐会会場を占拠する部隊(『エキストラ』)と共に、敷地外より地下通路を利用して皇宮地下に潜入。ハリョが利用する地下通路と並行する地点まで辿り着くと味方と分かれ、突入準備を開始する。

 

 事前に支援部隊が予め持ち込んでおいた横掘用ドリルで壁面に穴を掘る。この時反対側まで貫通するまで掘る必要は無い。

 

 厚みの半分ほどまでの横穴を数個空けるとその穴に雷管と発破用ケーブルをセットした爆薬を押し込む。その上から水を入れたビニール製の栓で蓋をする。これによって爆発の威力が穴から外へ逃げ出さず効率的に壁面全体へ伝わるようになるのだ。

 

 これらの作業を終えた隊員がカラカラと音を立てて回るリールからケーブルを延ばしながらその場を離れる。

 

 数十メートルばかり距離を置いて待機していた剣崎達の下まで辿り着くと、透明な強化ポリカーボネート製ライオットシールドを持った隊員が前に出て身構えた。『門』崩壊以前、銃以外の手段で現地の犯罪者などを制圧しなければならない場合に備えて持ち込んでいた装備だ。

 

 特戦群の後方にて、今ではややレトロチックな大型の受話器を耳に当てていた通信科隊員が剣崎の肩を叩いた。

 

 有線式の野外電話機本体に接続した電話線は地下通路の皇宮から遠ざかる方向へ延々と延び、その終点は岩盤で無線電波が遮られやすい地下空間を抜けた外に設置した送受信用アンテナだ。古い仕組みの道具が現役なのには何時だって理由がある。

 

 また地上だけでなく、この地下空間においても僅かな数の特地住民が作戦に加わっていた。特地側『門』をロシア脱走兵部隊から奪還する際の立役者となったヴォーリアバニーのデリラとパルナ、ヤオの同胞のダークエルフ、そしてアルヌスの治安維持を担当していたセイレーン種のミューティだ。

 

 

「各部隊、攻撃を開始しました」

 

「了解。俺達も仕事を始めるとしよう。面体を装着! 準備しろ!」

 

 

 自衛隊員達は腰の大型ポーチに収めていたガスマスクを取り出して顔を覆った。亜人組も不慣れな手つきで若干まごつきつつも、事前に教えられた通り顔とマスクの接着部に隙間が出来ぬよう注意を払ってストラップをきつく締める。

 

 フィルタリング機能搭載ヘッドセットの位置も確認。今居る地下通路の様な密閉空間内で反響・増幅される轟音から聴覚を守る為だ。ヴォーリアバニーの2人は聴覚が優れている分、対策が不十分だと反動も大きいから特に念入りにチェック。

 

 ケーブルを発破器に接続……完了。前列の隊員がライオットシールドを掲げ、シールドの外側に体がはみ出さないよう屈強な男達は身を寄せ合った。

 

 

「突破口を作る――発破!」

 

 

 細い筒に金属の輪っかを取り受けたようなプルリング式の発破器が作動。

 

 シールドの材質が透明なお陰で壁面が爆発する瞬間を目の当たりにする事が出来た。

 

 爆薬を充填された岩盤が内側から粉砕され、それでもなお相殺されなかった爆風と衝撃波に運ばれた大小の破片がトンネルを駆け巡る、

 

 当然ながら剣崎達にもそれらは及んだものの、飛散した破片は全てポリカーボネート製の盾が受け止めてくれた。透明な素材の盾は拳銃弾クラスまで貫通を許さない。

 

 剣崎達はすぐさま爆破地点へと駆け寄った。狙い通り人1人が通り抜けるには十分な穴が誕生していた。

 

 壁の爆破音は当然地下通路の先に居るであろうハリョどもにも届いているだろう。ここから先はスピード重視だ。

 

 

「催涙弾!」

 

 

 取り出されたのは筒状の手榴弾だ。点火機構以外は銀一色で種別と用途を示す英単語が記載されたシンプルなデザインをしている。

 

 次々とピンを抜かれたそれらが複数個、穴の向こうの地下通路へと投じられた。数秒の間を置いて狭い通路をあっという間に白煙が埋め尽くした。煙は向こう側の通路のみならず、剣崎達がいる方の通路も浸食しようと迫る。

 

 そこでダークエルフとミューティの出番だ。

 

 

「「精霊よ!」」

 

 

 2人が突き出した両手へほのかに光が集まったかと思うと、突然通路内で強風が生じた。

 

 隊員達の迷彩服が音を立ててはためく程の風はあっさりと白煙を逆流させた。普通ならば押し返された煙は皇宮方向へと流れていく筈だが、まるで誘導されるかのように白煙の大部分が壁の穴の向こうへと消えていく。

 

 誰かがガスマスクの中で感嘆の口笛を鳴らした。

 

 

「ファンタジーさまさまだぜ」

 

 

 何て事は無い。ダークエルフとミューティの精霊魔法で空気の流れを誘導したのである。

 

 資源探査任務中に暗殺者集団から狙われた伊丹が同行していた少女達の風魔法で照明を一斉に吹き消し、暗闇に包まれた宿の中で逆撃を喰らわせたという報告を聞いて思いついたアイディアだった。

 

 たかが気流を操作すると侮るなかれ。今回は催涙ガスだが、これをNBC(核物質・生物・化学)兵器の散布に利用しようものなら、現地の大気状態を無視して汚染範囲を自由自在に制御出来てしまう事にもなるのだから。

 

 

「2人はガスの発生が止まるまで魔法を維持してくれ。デリラ、パルナ、目と鼻をバカにしたくなけりゃ俺達がいいと言うまで絶対にそのマスクを外すんじゃないぞ」

 

 

 2対の兎耳がピコピコと上下に揺れた。特地入りしていた特戦群も銀座奪還に多数動員されてそのまま分断された経緯もあり、今回の作戦に参加している特戦群のメンバーでは剣崎が最高階級だ。

 

 

「突入開始だ。ネズミ狩りといこう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライオットシールドを持った隊員を先頭(ポイントマン)に、剣崎達は穴の中へと踏み込んだ。

 

 地下通路はピニャ提供のトンネルよりも狭く、体の大部分を隠すサイズのシールドを掲げてギリギリ通れる程度の幅しかない。

 

 ポイントマンは左手1本でシールドを構えつつ、拳銃を握った右手をシールドの前に出して警戒しながら進む。

 

 拳銃はH&K・SFP9。数十年ぶりに更新される陸上自衛隊の新採用拳銃候補として少数調達されたこの拳銃を特戦群も先んじて試験運用していた。拳銃に装着したタクティカルライトが外の光など届かない地の底を照らしている。

 

 後続の剣崎達もMP7やMP5のサブマシンガン系、ケルテック・KSGショットガンといった近距離で性能を発揮する武器が主体だ。ライフル系統はよほど短縮化したカービンでもなければ取り回しも射程の長さも狭い地下空間において相性が悪い。

 

 ポイントマンの拳銃と同じく、どの銃にもタクティカルライトが装着されているがこちらはまだスイッチは入れられていない。

 

 

「罠に警戒」

 

 

 注意は必要最低限で端的に。可能性は低いが万が一も考えられる。罠が在った場合被害を最小限に抑える為、隊列の間隔は広く取っていた。

 

 暗視装置はガスマスクが邪魔で着用出来ないのでライトを使っているが、光源の数で兵力が読み取らないよう光源をポイントマンの拳銃に装着したライトのみに留めている。

 

 特戦群隊員らの脳裏の片隅を過ぎるのは、かつてベトナム戦争でベトコンが地下に張り巡らせたトンネル網を調査すべく拳銃と懐中電灯のみを持たされて送り込まれた米軍兵士の存在だ。その四半世紀後にはタリバンが支配するアフガニスタンの山岳地帯でも類似した戦闘が複数発生している。

 

 ただでさえ狭く、日の光が届かぬ地下通路に充満する白煙が組み合わさり、空間そのものがじわじわと全身を締め上げ引きずり込もうとしてきているかのような圧迫感。

 

 トンネルネズミと呼ばれた先達らもこんな気分だったのか。剣崎達はそんな感想を覚えつつ、すり足気味にひたすら足を進め続けた。

 

 背中を濃密な粒子を帯びた風に押されながら地下通路を進んでいると、不意にデリラとパルナの兎耳がピクリと震えた。

 

 

「ケンザキ、声を拾ったよ」

 

「私も聞こえた。この先100歩ぐらい、かなりの人数が悶えてるわ」

 

「93歩だよパルナ。耳の方もまだまだ鈍ってるんじゃないかい?」

 

 

 マスク越しのくぐもった報告を受け取った剣崎はポイントマンへ「約100歩先に標的」と伝えた。

 

 

「ガスは効きも効果が薄れるのも速い。足元に気をつけつつペースを上げるぞ」

 

 

 80、70、60、50――――侵入者対策に罠の1つでも通路に仕掛けてあるかと思ったがそんな気配は無い。よりにもよって皇宮に繋がる隠し地下通路に忍び込もうという輩なぞいまいと油断してたのだろうか。

 

 その頃には剣崎達の耳にも咳き込んだり、えずいたり、苦痛に悶え苦しむ声が聞こえていた。

 

 この先待ち受けているであろう光景に、剣崎は思わず口元を苦笑交じりの愉快そうな冷笑に歪めた。 暴動鎮圧用の催涙ガスの威力をその身で味わうのは自衛隊員も倣う通過儀礼だ。

 

 無論剣崎達のようにガスマスクで目と気管を適切に保護していれば無害だが、対ガス装備など存在しない特地で1度曝されたらどうなるか。その実例がもうすぐ先の空間で繰り広げられている。

 

 

 

 

 ――――そうして特殊作戦群と現地協力者の混成部隊がゾルザル派ハリョの本拠地へ突入を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリョ本拠地の地下空間は学校の教室よりやや広い程の面積だった。

 

 天井も地下通路と比べるとずっと高い。自衛隊側が現れた穴から見て斜め向かいの壁にもう1つ人が通れるサイズの穴があるのを剣崎はガスのベール越しに捉えた。

 

 元は地下倉庫か、非常時のセーフルームだったのかまでは門外漢なので分からない。

 

 年季を感じさせる彫刻と比べるとまだ真新しい敷物やソファーが持ち込まれ、床には酒盛り用の品々が散乱している。上で晩餐会が行われていたのと同じくここでもお楽しみの真っ最中だった様子。

 

 壁面には彫刻が施され地下空間を照らすランプや燭台が設置されていたが、精霊魔法によって催涙ガスごと流れ込んだ強風によってそれらの灯りは全て吹き消されていた――計画通りだ。

 

 ハリョ達もまた計画通り室内に集まっていた。

 

 ポイントマンの拳銃が放つ強力な白光がハリョ達を照らし出す。

 

 ただのヒト種から獣人、中には怪異に近い外見もいたりと多種多様な人種がいた。どっちつかずの中途半端な血族故に排斥され、先鋭化していった裏の仕事人達は荒んだ顔つきを揃いも揃ってくしゃくしゃに歪め、目と鼻と口から体液を垂れ流して悶え苦しんでいた。

 

 即効性の催涙ガスの面目躍如だ。ただし効果が出るのが速い分ガスの暴露から逃れてしまうと効果が消えるのも速い。ガスが充満している内に室内の標的全員を排除する必要がある。

 

 自然の催涙性分よりも格段に強烈な異世界の催涙ガスに晒されても尚、特に荒事に場慣れしているのだろう一部のハリョは短剣なり長剣なりを手にしていた。

 

 灼けるような苦しみと涙が溢れて止まらない両目をきつく閉じていても瞼越しでも眩いタクティカルライトを浴びた彼らは、反射的に光の方へと武器を向けた。

 

 すなわち剣崎達の方へと。

 

 ……武器を向けた。即ちまだ抵抗の意思を失わない危険な敵であるという証しだ。

 

 

「排除しろ」

 

 

 剣崎が合図すると真っ先に発砲したのは先頭のポイントマンだ。

 

 突き出した右手に握られたSFP9が火を噴く。胸に2発、心臓と大動脈を銃弾に切り裂かれて崩れ落ちたところに頭部へ1発。近距離だから片手撃ちでも外さない。

 

 ポイントマンの背後から左右へ飛び出した剣崎達は素早くそれぞれの銃を振り向けた。事ここに及んでは控える理由もない。各員銃のタクティカルライトを点灯させ、敵へと突きつける。

 

 カッティングパイ――室内をパイを切り分けるように区切り、各々が受け持つ区域を言葉1つ目配せ1つ交わさず瞬時に定め、特戦群は担当区域内に存在するハリョへ次々と鉛玉を叩き込んでいった。

 

 9ミリ弾、4.6ミリPDW弾、12ゲージ散弾が正確なリズムで以って数発ずつハリョの急所を射貫く。デリラとパルナはヴォーリアバニー伝統の大型ナイフでハリョの手首を、足を、頸や各所の大動脈を切断していく。

 

 暗闇の中でフラッシュライトを使って戦闘を行うコツはライトを点灯し続けない点だ。長時間点けたままでは敵の目を慣らしてしまい、同時に光の出どころを辿って己の居場所を悟られてしまう。

 

 数秒ごとにライトを点けては消し、射撃を行い、すぐに消して闇が戻ると場所を移動。これを繰り返す。点けて撃つ、この数秒間に光に浮かび上がった敵や障害物の配置を瞬時に脳に焼き付けて次の標的や射撃地点、味方の位置を把握しなければならない。

 

 銃声と仲間の断末魔に敵の襲撃だと把握したハリョが武器を振り回すが、その動きに精彩は無い。見えず、嗅げず、目と鼻と咽喉を焼く道の激痛に苛まれていては、冷酷で残忍なハリョ達もまともに武器を振るえる筈が無かった。

 

 やろうと思えば撃たずとも素手で鎮圧出来る程に動きが鈍いハリョ達を、しかし剣崎達は容赦なく射殺していった。

 

 

 獣人や怪異の血が混じったハリョは純粋な亜人に劣るがそれでも常人より感覚は鋭いし肉体的にもタフだ。油断は出来ない。

 

 ハリョの中には女も少なくないが彼女達も平等に、老若男女差別せず弾丸を見舞う。

 

 その中にはアルヌスに潜入しダーを基地内に招き入れる役割を果たした後、アルヌスから逃亡に成功していたノッラの姿もあった。

 

 彼女は目と鼻を抑え、泣き叫んでいる所へ振るわれたデリラの刃に首を両断されて死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ほんの数年前まで武器を持った災害救助隊と例えられる程に実戦とは縁遠かった自衛隊において、特殊作戦群は自衛隊では数少ない対人戦特化を目的に設立された部隊だ。

 

 剣崎だって銃火を交えて敵を殺すよりも国民の生命と生活を助く事に重きを置き続けてきた自衛隊の理念と活動については誇りにしている。

 

 同時に、憲法で否定されていたとしても海外からはそう認識されている通り、自衛隊の本質は軍隊であり、自分達の役割は兵士であるとも理解している。

 

 これもまた各国の軍隊でもそうなのだが、設立の経緯上から公に出来ないような類の任務ばかりを受け持つ特殊部隊の役回りは、云わば光の当たらないドブ浚いのようなもの。

 

 たとえ戦死しても表沙汰には出来ないから周囲には『別の部隊で事故に遭って死んだ』と、その死にざままで誤魔化されてしまうような立場だ。場合によってはそもそも『そんな人間など所属していなかった』と存在すら否定されてもおかしくない、幽霊も同然の立場。

 

 

『俺達が手を汚し、世界は体面を保つ――それが使命だ』

 

 

 そう的確に有り様を言い表してくれたのは、まだ戦火に焼かれる前のアルヌスにて貴重な休暇を過ごした時にたまたま酒場で対面した、特殊部隊としての大先輩である老兵だ。

 

 地上では今頃、英雄としての役割を無理矢理演じさせられる羽目になった剣崎達の元同僚を筆頭に多くの自衛隊員達が暴れまわっていて、その雄姿を帝都中に披露している真っただ中だろう。

 

 その足元で自分達は狭く暗い穴を這いずり回り、日の光が当たらない汚れ仕事に手を染めている。

 

 それでも構わなかった。

 

 そういう役回りは特戦群へ入隊した時点で最初から覚悟していた事だ。ゾルザル派ハリョの掃討任務に至っては、まさしく俺達にお似合いの任務であるとすら剣崎達の認識は一致していたぐらいである。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そこにあるのは専門職としての誇り。君達の力が必要なのだと上官に認め、求められたのだ。

 

 装備・情報・助っ人と支援面でも完璧となれば、拒否する理由などどこにもなかった。

 

 

 

 

 ……仲間達や住民を騙し、アルヌスにてその無防備な背中を刺して、折角造り上げた基地も街も住んでいた民間人の信頼関係も滅茶苦茶にした張本人ども。

 

 そんな()に、情けや容赦をかける必要がどこにある?

 

 敵は斃す。容赦なく殺す。愉しまず、悦ばず、機械のように殺す。

 

 それこそが、特殊部隊であり、プロフェッショナルというものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 脳内でカウントしていたMP5の発射数から弾切れが近い事を察知した剣崎は「リロード!」と叫びながら後退した。剣崎が抜けた穴はバックアップ役の隊員が埋める。

 

 左太腿にストラップで装着したダンプポーチ―撃ち終えたマガジン等を放棄せずに回収する為の大型ポーチ―へ外したマガジンを落とし、弾薬ポーチから抜いた新しいマガジンを叩き込んだ剣崎はライトに照らされた大気中に漂う粒子の濃度が薄れて始めている事に気付いた。催涙弾から発生していたガスが切れ、精霊魔法で運ばれていた催涙性分の供給が途切れたのだ。

 

 ()()()()のペースを速めなければならない。催涙ガスの効力が薄れれば敵に反撃の余地を与えてしまう。

 

 

 

「ストロボを使え!」

 

 

 タクティカルライトへ添えられた手が点灯スイッチをカチカチと連続して押し込まれ、ストロボモードに切り替わった。

 

 直視すれば視界を白く塗り潰すほど強烈なライトの白光が短い間隔で点滅を繰り返す。極短時間で繰り返される視界の明滅に、残っていたハリョ達は催涙ガスの後遺症も重なり瞬間的に剣崎達の姿を見失った。狼狽する彼らを銃弾が降り注ぎ、先に死んだ仲間の後を追った。

 

 最後の1人が至近距離からの散弾で頭部の大半を吹き飛ばされた時、パルナが叫んだ。

 

 

「1人逃げたよ! 反対側の通路!」

 

 

 パルナが指差す方向へ隊員のライトが向いた。皇宮方向へ向かうもう1つの地下道へ白みを帯びた空気が流れ込んでいて、剣崎達もその穴の中から遠ざかっていく足音と咳き込む声が響いているのを聞き取った。

 

 剣崎達が装着した軍用ヘッドホンは大音量をカットして聴覚保護に働くだけでなく逆に小さな音を拾って補正・増幅してくれる機能も持つ。

 

 

「キャスター・ライダー・アサシン・シールダーそれからパルナはこの場の制圧を維持! 残りは逃亡したヤツを追う。付いてこい!」

 

 

 ライオットシールド持ちを含む一部を残して剣崎達は地下道へ飛び込む。

 

 逃げたハリョは激しく咳き込んでもなおかなりの俊足だった。

 

 普段鍛えている自衛隊員の上澄みでも更にトップの身体能力保持者ばかり集まる特戦群の面子(某オタクは例外)でも中々距離を縮める事が出来ない。ここまでくると隠密もへったくれもないのでライトは点けっぱなしにして走る剣崎達。

 

 剣崎達の走行フォームに併せて激しく暴れるライトの光が逃げるハリョの姿を照らした刹那、振り返ったハリョの手から投じられた物体に光がぶつかってギラリと反射した。

 

 それはまきびしだった。ただのまきびしではない。粗雑だが鋭利な切っ先には暗殺用の毒がまぶしてある。光芒を外れたまきびしは暗闇に紛れてそのまま地面に散乱する。

 

 先頭を走っていたのは剣崎だった。コンバットブーツが地面を踏みしめた瞬間、足の下から異音が生じた。

 

 照らされた逃げるハリョの口元に醜悪な笑みが浮かんだ。剣崎は逃げるハリョがゾルザル派ハリョの実働責任者と目されるボウロである事に気付いた。

 

 剣崎はお構いなしに走り続けた。ボウロの口元が嘲笑から驚愕へと転じ、一瞬足が鈍る。

 

 それがボウロの命取りとなった。

 

 一瞬の猶予が何十倍にも引き延ばされる錯覚を覚えながら、剣崎はMP5を構え、短連射を行った。

 

 発射された9ミリパラベラム弾は全てボウロの胴体へめり込み、心臓と気管を切り裂いて貫通した。

 

 不自然に体を捻じ曲げながら、疾走の慣性に引っ張られたボウロはもんどりうって地面に転がった。

 

 銃口とライトを向けて警戒を解かぬまま剣崎達が倒れたボウロへ近寄る。傷口と口から急速に鮮血が溢れている。間違いなく致命傷だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜ、だ……オークでも、かすれば、瞬く間に、いきたえる、猛毒なのだぞ……?」

 

「異世界の兵隊の靴はな、踏み抜き防止に釘でも貫けない防護板が仕込んであるのさ――じゃあな」

 

 

 

 顔面に1発。

 

 犬と豚の醜い要素だけを混ぜ込んだようなボウロの顔面が半壊し、脳と頭蓋を貫通したパラベラム弾が地面へ突き刺さり、後頭部の射出口から新たに流れた血がジワリと土を赤黒く染めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『我らここに励みて国安らかなり』 ――陸上自衛隊第7師団の標語

 

 

 

 




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