GATE:Modern Warfare   作:ゼミル
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閲覧数やマイリストは増えてもいきなり感想が減ったので少々戸惑い気味です…
やはり前回までの展開はアレ過ぎましたかね…

基本、感想を貰えれば貰えるほどやる気を出すタイプなので、一言でもいいので感想お願いいたします。

また今話から某作品のキャラ・世界観も追加していきます。
ヒントは竿尾先生繋がり。


8.5:The Things They Carried/帰路

 

 

 

<イタリカ防衛戦の翌日>

 伊丹耀司 第3偵察隊・二等陸尉

 フォルマル伯爵家の館

 

 

 

 

 

 案内しに部屋を出て行ったマミーナとペルシアは特に何事もなく、伊丹の部下らとレレイ・テュカ・ロゥリィを連れて戻ってきた。

 

 五体満足で元気そうな部下達の姿に安堵した伊丹であるが、それは命令とはいえ不本意ながら上官を置いて逃げ出す羽目になった部下の方も同じ気分である。

 

 だがしかし、伊丹の表情は救出部隊の指揮を執っていた富田からの報告を受けてすぐに暗くなってしまった。

 

 

「そうか、黒川がシェルショックを発症しちゃったか……」

 

「今は武装を全て解除させた上でおやっさんに付いてもらっています。ただなるべく早急に基地に戻って医療班の治療を受けさせた方が良いでしょうね」

 

「だろうなぁ。一応帰り道にでも俺が黒川と話してみるよ。富田と栗林は大丈夫そうか?」

 

「自分はアルヌス防衛戦の時に一通り経験済みですからどうにか。栗林の方も今の所は平気そうではありますが……」

 

 

 ちらりと視線を栗林へ向ける伊丹と富田。

 

 伊丹救出にやってきた筈の自衛官達は、深夜という時間帯にもかかわらず、快く出迎えて持て成してくれたフォルマル伯爵家のメイド達と和気藹々と友誼を育んでいる真っ最中である。用意してくれた食べ物に舌鼓を打ったり、日本産の衣装に興味津々だったり、ここぞとばかりにケモ耳メイドを口説いたりと、本来の目的なんぞどこへやらといった光景であった。

 

 そんな中で1人だけ、栗林だけは異世界産純正メイドとコミュニケーションを取らず、部屋に入ってきてからずっとベッドの傍らに立って伊丹を見つめているのである。

 

 

「お、おーい? 栗林ちゃーん?」

 

「…………………(じ~~~~~~~~~~)」

 

 

 熱に浮かされたようにちょっぴり頬を赤く染めてぼんやりとした表情を浮かべているその様子は、戦場や殺人による精神的ショック症状からはいささか逸脱している為、伊丹も富田もどう対応すれば良いものやら分からずに戸惑うばかりである。

 

 と、唐突に鼻がムズムズしてきたので伊丹は「へっくしゅん」とクシャミを1発かます。すると思い出したかのように体に若干の冷えを感じた。今の伊丹は腰までに布団をかけているが上半身は一部包帯が巻かれている部分を除き裸も同然の格好だ。

 

 

「寝汗で冷えちゃったかな……」

 

 

 ブツブツ呟きながら伊丹は迷彩服の下に着用していたTシャツを着込む。すると、

 

 

「あっ……」

 

 

 と、栗林の表情が残念そうなものに変わる。これまた奇怪な反応に思わず伊丹は、

 

 

「なぁ富田。東門での戦闘の時に栗林のヤツ、頭をどっかにぶつけたりしてなかった筈だよな?」

 

「その筈です。というかそれ、倉田からされた質問と全く同じなんですが」

 

 

 なんて天丼な質問を富田に尋ねてしまうのであった。

 

 条約破りの失態を口封じすべくピニャの命で送り出されたボーゼスが部屋を訪れる数分前の出来事である……

 

 

 

 

 それからも何やかんやあったが、伊丹らは日が昇ると改めてイタリカを出発し、アルヌスへの帰路へ着く事となった。

 

 何やかんやとは、失態隠しのハニートラップとして夜着姿で部屋を訪れたは良いが、小規模な異世界間交流の場と化していた室内にいた面々は伊丹を含めボーゼスの来訪に気付く事はなく。

 

 無駄になった覚悟の行き場やら無視に対する怒りやらに我を忘れ、ボーゼスは暴走。伊丹へ平手打ちを食らわせた直後に我に返った栗林と富田によって鎮圧そして拘束され、帝国側(正確にはピニャ側)にとっては伊丹を篭絡して条約破りを隠蔽するどころか、新たな汚点を追加する結果となったというのが事の詳細である。

 

 でもってその騒動は当然の如くピニャの下にも伝わり、心労で痛み始めた胃と頭を押さえながらも何とかかんとか自衛隊勢を懐柔しようと試みる彼女であるが、自衛隊勢にも彼らなりの都合があるわけで。

 

 

「伊丹隊長は国会から参考人招致がかかってまして、今日中には帰らないとこっちも不味いんですよ」

 

「待て待て待て。それ俺も初耳なんだけど」

 

「騒動が重なって報告が遅れてしまいまして」

 

 

 突然の知らせにこっちもこっちで驚きの表情を浮かべる伊丹とは対照的に、鉄面皮に定評のあるレレイは富田からの説明を彼女なりの語彙でもって現地語へと通訳する。

 

 

「イタミは元老院から早急に戻って報告を行うよう求められている」

 

 

 元老院とは大陸の大部分を支配する帝国における国会に相当する。

 

 そして元老院に召喚されて帝国の重鎮やひいては皇帝に御目通りし、直々に意見具申を行える機会が与えられる人物というのは、よほどの功績を挙げた英雄か元老院に顔が利くほどの重要人物ぐらいなのである。

 

 オタクな言動や振る舞いを目の当たりにする機会がなかったピニャの目から見た伊丹という人物は、亜神ロゥリィと肩を並べて共闘できるほど強大な武力を持つ戦士である。だもんだから彼ほどの戦士を元老院が重宝していても決しておかしくない、むしろ当然であると、冷静さを失いつつあった彼女は勝手に決め付けてしまった。

 

 そんな重要人物に対しての度重なる狼藉。伊丹がもし元老院(国会)で帝国から受けた数々の暴力を訴えようものならば、諸王国連合軍や野盗集団を完膚なきまでに殲滅した自衛隊の力が、今度は帝国へと牙を剥くのでは……

 

 表情と顔色を二転三転させた末にピニャが出した結論は――

 

 

「で、では妾も同道させて貰おう!」

 

 

 直接アルヌスへ出向いて伊丹の上官へ謝罪を行い、あわよくば伊丹が元老院へ話を上げる前に今回の騒動を終決させてしまおうと、ピニャはそう考えたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 でもって帰路に着く第3偵察隊の車列、その先頭を走る輸送防護車内である。

 

 サイズは第3偵察隊が運用する車両で最も大きいが、兵員輸送用のスペースは主に装甲のせいで、向かい合う格好で配置された両側の座席に座ると互いの膝がぶつかり合いそうなぐらいに狭い。そんな後部座席で伊丹は暗い表情の黒川と向かい合っていた。

 

 後部空間だけで9名を運べる輸送防護車に現在乗っているのは伊丹と黒川を除くと運転手の倉田に助手席には冨田、そして黒川の隣に付き添う栗林の計5名のみである。現地勢は後方を走る高機動車に搭乗してもらった。

 

 前部の倉田と富田は偵察任務中の規定通りに装備を身に着けているが、対照的に後部に腰を下ろしている3人は防弾チョッキとホルスター、64式銃剣まで外し武器の類を黒川のそばへ近づけないようにしていた。突発的な自殺を防ぐ為であった。

 

 栗林を黒川の隣に置いているのも、彼女が同姓で第3偵察隊員の面子では黒川と最も親しい友人であると同時に、格闘徽章所持者として万が一に備え黒川をすぐさま拘束させる役目を求めての配役である。

 

 

「…………」

 

「富田二曹、後ろの空気がめちゃ重いっす」

 

「気持ちは分かるが静かにしていろ倉田。今は真面目な話の最中なんだからな」

 

「真面目な話って出発してからずっと無言じゃ――あいだっ!」

 

 

 余計な事をほざいて倉田が小突かれていたが自業自得である。栗林も普段は勇猛で脳筋な彼女には珍しい、不安と戸惑いの入り混じった弱気な顔で上官と同僚の間で視線を行ったり来たりさせるばかりであった。

 

 ようやく伊丹が口を開いたのはそれから更にしばらくの時間が経ってからである。「はぁ」と短くも重苦しい溜息を短く吐くと、バリバリと頭を掻き毟った。

 

 

「スマン黒川。俺の人選ミスだった」

 

 

 そう言って額が自分の膝にぶつかりそうになるぐらい深く頭を下げたのである。

 

 上官からの謝罪に黒川は表情を暗いものからキョトンとした顔に変えたかと思うと、口元をほんの少しだけ緩めた。疲労が色濃く滲んではいるが、これまでの表情と比べればかなりマシであった。

 

 

「そうですね、よりにもよって医療者である私に人殺しを命じるなんて、伊丹隊長は本当に最低の人間ですわ」

 

「いや全くその通り、言い訳の仕様もないよ」

 

「ちょちょ、クロ、それはいくらなんでも……!」

 

「……なんてね。今のは冗談ですわよクリ」

 

 

 今度はハッキリとした笑みを浮かべる黒川。その笑顔は伊丹のオタク趣味に丁寧な口調で嫌味を言う時と同じであった。つまり彼女の精神バランスが普段と同じ状態を取り戻した証であった。

 

 栗林曰く、伊丹を救出しに向かってからは桑原に黒川の相手を任せたという。どうやら部隊最年長で人生経験も豊富な桑原が上手く黒川を説得して落ち着かせてくれたようだ。別の車に乗車中の桑原に向けて「ありがとうおやっさん」と内心拝む伊丹である。

 

 

「とはいえ、伊丹隊長に責任を押し付けてしまいたいという考えが残っているのも本当の事ですわ。衛生担当とはいえ、軍人であり敵地に踏み入っている以上、そのような機会が何時巡ってきてもおかしくないと自分では自覚していたつもりだったんですが……それでも『あの時隊長が命じなければ』と、そう思ってしまいますの」

 

「そりゃそうだろ。ってかむしろそれが当たり前だろ」

 

 

 軍隊において、新兵を鍛え上げる過程で重要視されるのは、如何にして殺人への忌避感を軽減させるかどうかである。

 

 例えば、歩兵が武器を使っての戦闘訓練を行う場合は人型の標的が使用される。

 

 それは何度も人型のシルエットへ攻撃を繰り返す事により効率良く敵を殺す動作を体に刷り込ませると同時に、実戦時に敵へ攻撃を行う事への忌避感や嫌悪感を薄れさせる効果があるからだ。過去の軍事教練において射撃訓練に黒い丸のみが描かれた標的を使用した軍隊よりも人型の標的を使用していた軍隊の方が、実戦において兵士の発砲率が格段に向上したという。

 

 また軍隊とは組織・国家・上官・命令への恭順さが重要視される組織である。

 

 祖国の国防の最前線に携わる組織である以上、忠誠心が求められるのも当然であるが、同時に組織への忠誠心を強く自覚させる事により、殺人を経験した兵士の罪悪感に対し『己は上官の命令に従っただけ』『国家の為、戦友の為に必要な行為であった』と一種の逃げ道を与えてやるという側面も存在するのだ。

 

 かのように罪の意識を薄れさせるやり方も様々であるが、これらの手法は決して万人に通用するものではない。ベトナム、東欧、中東と紛争や国家間の戦争が行われるたびにトラウマを負った兵士が話題に上がるのがその証拠である。

 

 実際、自衛隊でも『銀座事件』やアルヌス防衛戦での経験で精神的問題を抱えた隊員が少なからず出ていた。

 

 もちろん自衛隊上層部や防衛省も過去の教訓を生かし、多数の精神科医や心理学の専門家を動員して隊員のケアに当たっている。それでも後方への配置転換や退官を希望する隊員が少数発生しているのが現実である。

 

 中には健軍一佐率いる第4戦闘団のような人物も存在するのだがあれは例外である。というか例外の方が組織的にも現地住民的にも良いであろう……

 

 

「暴走した部下の尻拭いやらされたり、趣味の事で冷たい目向けられちゃったりするのは堪えるけどさ。そんな部下であっても命じた命令の責任を取るのは上官にとっちゃ当たり前の事だしな」

 

「…………?」

 

「いや何その目。俺なんも悪い事言ってなかったよね今」

 

 

 大真面目に語ったにもかかわらず今度はまるで偽者ではないかと疑うような目で見つめられたものだから、伊丹は拗ねたくなるやら肩を落とすやらである。すると黒川がまたくすくすと深窓の令嬢のように笑顔を見せるのであった。

 

 

「ともかくさ、今は大丈夫でも時間が経ってからまたフラッシュバックを起こすかもしれないんだし、基地に帰ったらすぐにカウンセリングを受けるように。これは命令な」

 

「了解です」

 

「それから栗林ぃ! お前も人事じゃないんだから、黒川がフラッシュバック起こさないか見張るついでにちゃんとカウンセリング受けてこいよ!」

 

「わ、私は平気です!」

 

「自分で平気だっていうヤツほど当てにならないんだよ! 言っとくけどこっちの言う事無視して突撃やらかして、本来の攻撃計画をぶち壊した時点で普通に懲戒モノなんだぞ」

 

「付け足せば戦場の空気に呑まれて無茶な突撃を行った時点で、クリもシェルショック発症してましたわね。私とは方向性が違いますが」

 

「そんなぁ~……」

 

 

 栗林も栗林で黒川が我を取り戻した事に安堵したのもつかの間、上官と友人から矢継ぎ早に言われてしまった彼女は情けない声を漏らすのであった。

 

 ともかく伊丹もこれで一安心であった。安堵の溜息を吐き出すと、黒川が「ところで伊丹隊長」と極めて真面目な表情で訊ねてきた。

 

 

「参考までにお聞かせ願いたいのですが、伊丹隊長は初めて人を殺した時はどのように感じ、動揺を乗り越えられたのですか?」

 

 

 そう聞かれた時に伊丹の胸中に去来した感情を具体的に表現するのは非常に難しい。質問をした瞬間に黒川とその隣に座る栗林が目撃した伊丹の表情も同様である。

 

 伊丹は特地派遣以前に『銀座事件』において多数の帝国兵と怪異を殺害している。実際には『銀座事件』以前より膨大な数のキルスコアを積み重ねているのだが、現時点で黒川がその秘密を知る事は無い。

 

 先んじて戦闘や殺人行為を経験している分、精神的ショックを乗り越える為のより具体的なアドバイスを聞けるのではないかと期待して質問した黒川であったが、伊丹の反応は黒川の予想から少しばかり違うものであった。

 

 伊丹のまなざしは『銀座事件』当時の記憶よりもっと遠くを見ているように、栗林と黒川には感じられたのだった。

 

 

 

 

 ――最初に本物の戦場へ引っ張り出された時、伊丹は自分が殺されたくないからという理由よりも、隣で共に戦う戦友達の為に戦った。

 

 伊丹耀司という人物は元より国家だの組織だのに対する忠誠心が非常に希薄な人物である。自衛隊に入隊した理由だって、世のため人のため国のためなんて崇高な考えからではなく、単に就職活動をめんどくさがった末に自衛隊を選んだにすぎないという、むやみやたらと自衛隊を敵視する平和団体も驚愕ものの理由なのだから。

 

 そんな彼でも自衛隊の理念は好ましく思っているし長く所属していれば愛着も湧く。だが伊丹の忠誠心の大半はあくまで「喰う寝る遊ぶ、その合間にほんのちょっと人生」という己の欲望に注がれ続けた。

 

 彼の忠誠心が微妙に変化していったのも、やはりTF141に引き抜かれて初めての戦闘に加わってからである。

 

 飛び交う銃弾。降り注ぐ砲弾。押し寄せる敵兵。資金力が豊富な敵なら装甲車や戦闘ヘリまで持ち出してくる始末。

 

 そのような戦場を生き抜く為には個人の技量以上に仲間との協調が必要不可欠であった。部隊の性質上、少数で大戦力を相手にする作戦に偏重しやすい特殊部隊ともなれば尚更である。

 

 伊丹は部隊の仲間に背中を預け、逆に伊丹も戦友の背中を守る。戦いを重ねれば重ねるほど部隊は1つの生物のように成長していき、それに比例して個々の隊員同士の信頼関係も強いものとなっていく。そしてそれは伊丹も同様だったのである。

 

 だが部隊の総司令官、シェパード中将の裏切りにより、TF141の隊員達は大半が理不尽に抹殺された。

 

 仲間が次々と殺される中、どういう運命の悪戯か、伊丹は生き延びた。

 

 真相を知り、仲間を奪われた伊丹は、憤怒に突き動かされるまま邪魔者を殺す復讐者へと変貌した。そして伊丹同様、シェパードの手を免れた極少数の仲間と共に逆襲を決行し、彼を守る多数の非合法部隊諸共シェパードを葬ったのである。

 

 部隊は壊滅状態に陥った。だが伊丹はまだ戦い続けた。数少ない仲間と共に、マカロフを追いかけて世界中で戦った。

 

 仲間の為に戦った。死にたくないから戦った。復讐と憎悪に駆られて戦った。義務感から戦った。死を積み上げていった。

 

 戦って戦って戦い続けて、マカロフを殺して第3次大戦を終わらせ、ようやく戦場を抜け出して日本に帰っきたというのに、結局伊丹は異世界に来てまで未だに戦い続けている。伊丹が抱えた秘密のせいで、自衛隊から離れる事も許されない。

 

 それでも部下を任された以上は兵士としての義務を果たさねばならない。戦う必要がないのであれば喜んで逃げ回るが、戦いが避けられないのであれば徹底的に敵を叩き潰し、殺し尽くすまで――

 

 そこまで考えた伊丹は自然とほろ苦い笑みを口元に浮かべていた。変わってしまった自分への自嘲であった。

 

 

「……初めて人を殺した時とか、どうやってそれを乗り越えたのだとか、正直言って全然覚えてないんだけどねぇ」

 

 

 部下からの疑問に伊丹は応える。

 

 

「少なくとも楽しんで人を殺した事は1度もない、って事だけは間違いないな」

 

 

 伊丹の過去を知らない栗林と黒川は返ってきた内容に違和感を覚えた。

 

 しかし伊丹の表情が、2人にこれ以上の詰問を許さなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何重にも厳重に防衛線が敷かれた外周部を抜けて、第3偵察隊の車列はアルヌス駐屯地へとようやく帰還を果たした。

 

 このまま隊舎に戻ってベッドに飛び込んでぐっすり疲れを癒したいところであるが、生憎現実は非情である。隊員達は帰還を報告後、残った弾薬と車両の返却に武器の整備、車両の掃除といった肉体労働に加え、報告書作成その他諸々といった事後処理も行わなければならないのだ。

 

 ただし栗林と黒川は後片付けを免除された代わりに、伊丹の命令によりカウンセリングを受けに行かされた。帰路では平静を取り戻していたがそれでもカウンセラーの許可が出るまでは武器の類には触らせない方が良いだろうという判断からである。

 

 

「あーめんどくせー……」

 

 

 などとボヤキながらも、命を預ける武器の手入れの重要性を身に染みて理解している伊丹である。偵察隊の部下と一緒に武器庫へ向かおうとしていた伊丹の背中に、聞き慣れてはいるがあまり好き好んで聞きたくはない声がかけられた。

 

 柳田二尉である。駐屯地で活動する自衛隊員の大半が着用している迷彩服ではなく礼服姿だった。新しい整髪料の匂いすら漂ってくる。この後謝罪に押し掛けたピニャの相手をする為だろうと伊丹は推測した。

 

 

「よう伊丹。ちょっと顔貸せよ」

 

「柳田さぁん、俺疲れてるんだけど。ほら聞いてません? 徹夜で野盗退治したりイタリカまで強制マラソンやらされたりして俺クタクタで――」

 

「い・い・か・ら、ツラを貸せって言ってるんだ」

 

 

 普段から伊丹に対しては嫌味ったらしい口調の柳田であるが今回は特に口調が荒い。柳田の態度に違和感を覚えながらも伊丹は言われた通りに従う。

 

 

「で、ご要望通りにしましたけど何の話です? さっきも言いましたけどクタクタなんですけど」

 

「ハッ、ぬかせよ。お前さんぐらいの人間なら野盗退治の1つや2つどうってことないだろ」

 

 

 敵意が篭もっているというよりは投げやりと表現すべき口調であった。栗林に続いて今度は柳田である。戸惑う伊丹であったが、柳田の態度と彼が派遣部隊指揮官である狭間の側近を務めている事を思い出すと、態度が変わった理由へ直感的に思い至った。

 

 

「もしかして狭間陸将から俺の経歴について聞かされでもしました?」

 

「ああ聞かされたよ! 詳細な内容はこれっぽっちも聞かされてないし、かなり遠回しな言い方だったがな! なんでお前みたいなグータラオタクを上が特別視するかと思ったら……はぁ」

 

 

 重苦しい息を吐きだした柳田の手が一瞬頭に伸びたかと思うとすぐに下された。頭を掻き回そうとして、ピニャとの会談が控えている身であるのを思い出して慌てて止めたに違いない。

 

 

「お前と長々と話してたら更に面倒事を背負わされそうだから手短に話すぞ。狭間陸将からも説明される時に聞かされるだろうが、今回の参考人招致、かなりきな臭い事になってるぞ」

 

「それはどういう意味でなんですかねぇ」

 

「特地での俺達自衛隊の活動が正しかったのかどうかっていうのが御題目ではあるが……伊丹、どういうわけかお前さんが炎龍絡みの一件の当事者だって事が野党とマスコミに漏れちまってる」

 

 

 柳田の言葉に、伊丹の表情も真面目なものへと変わる。

 

 

「誰がどういう魂胆でお前の名前を流したのか、詳細はまだ分かっちゃいないがせいぜい気をつけるんだな。参考人招致にはお前以外にも現地住民も数名連れてくるようお達しが来てるんだ。せっかく出来た現地協力者なんだ、お前の方のゴタゴタに特地の人間まで巻き込んで関係悪化、なんて真似はしないでくれ」

 

 

 柳田はそこまで一気に言い終えると、そそくさと特地方面派遣部隊本部へと歩き去っていくのであった。

 

 取り残された伊丹の方はというと、遠ざかっていく柳田の背中をしばらくの間見つめた後おもむろに「クソッ、マジかよ」と吐き捨て、柳田とは対照的にガシガシと頭を掻き毟ったかと思うと、部下が先に向かった武器庫ではなく隊舎の方へと足を向けた。

 

 自分のデスクまでやってくると、机の中に入れていたスマートフォンを取り出す。伊丹がイタリカであれこれやっていた間にかなりの数のメールが着信していたが、その大半は梨紗……別れた元妻からであった。

 

 なお、彼女からのメールの内容は要約すると『金貸してくれ』である。元妻からカードローン扱いされている伊丹であった。

 

 梨紗以外からではもう1人、オタク仲間の太郎閣下からもメールが届いていた。そちらの内容は今度の同人誌即売会についてである。特地は夏だが『門』の向こうは既に冬へと突入しているのである。

 

 溜まったメールの始末は後回しにし、伊丹は連絡リストを開くとある番号に電話をかけた。季節にズレはあるが、1日の時差は特地と『門』の向こう側はそれほど差はない。

 

 コール音を数回挟んで電話が繋がった。

 

 

「もしもし久しぶり。俺俺、伊丹だよ……ああこっちもどうにかこうにか元気でやってるよ。今大丈夫かな?」

 

「そっちは今何やって――――ああそうだっけ、大学生だったんだっけそういえば……まぁそっちも元気そうで何よりだよ」

 

「俺? 実を言うと今特地に派遣されててさ。ああうん、ただ今度っていうか明日にはそっちに戻る事になったんだが、どーにもきな臭いみたいでさ」

 

「……いやそこまではしてくれなくても多分大丈夫だと思う。けど念の為に備えておきたくてね…………そうだなぁ、装備一式と予備の連絡手段、あと悪いんだけど念には念を入れておきたいから一応()の方も頼めるかな」

 

「ごめんね急に頼んじゃって。ピックアップできそうな場所と時間が分かり次第また連絡を入れるよ。エンリケやモンゴメリにもよろしく伝えておいてくれ」

 

「ん……あー、ジイさん達には言わなくていいよ。いい加減ゆっくりとした余生を過ごさせてあげたいしさ。んじゃまた後で」

 

 

 

 

 電話が切れる。そしてようやく伊丹も武器庫で待つ部下達の下へ向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

『人類は殺戮について考えるべきだ。善のためにどれほどの悪が為されるのかを』 ―― ロバート・マクナマラ

 

 




クリボーの態度が変わった理由もおいおい描写予定です。



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