GATE:Modern Warfare   作:ゼミル
<< 前の話 次の話 >>

20 / 79
今回説明兼趣味に走った結果地の分長めです。


9.75:Sleepless Night/迫撃

 

 

 

<2017年冬/22:00>

 伊丹耀司

 市ヶ谷会館

 

 

 

 

 

 

 乗っていた電車が事故という名の工作活動によって運行停止する事態に対し、急遽直前の駅で下車した事によりすんでの所で免れる事に成功した伊丹らは、その後は何事もなく駒門の手配した市ヶ谷会館へ無事辿り付く事に成功していた。

 

 

「地下鉄に閉じ込めるに失敗してからもう1回ぐらい仕掛けてくると思ってたんですがねぇ。まぁ何事もない方がありがたいんですが、ご来賓の方々はスイートルームを用意しておきましたんでごゆっくりくつろいでくださいや」

 

 会館と聞くと、大方の人々は講演会やセミナーを行う為の会議場に、演劇やコンサート会場に利用される音楽ホールといった施設が集まる建物が想像されるであろう。

 

 しかし市ヶ谷会館の場合は、それらの想像から微妙にかけ離れた実態を有している。防衛省に極めて近い立地に存在する高級ホテル、その通称が市ヶ谷会館なのである。

 

 特地からやってきた賓客には帝国の第3皇女とその部下、更には現地の崇拝対象である正真正銘の神も含んでいるとあって、政府はホテルに2部屋しかないスイートルームを両方とも貸し切りにする大盤振る舞いである。

 

 もちろん、都心ならば市ヶ谷会館以上の高級ホテルも多数存在する。しかし機密保持の観点を踏まえると、普段より自衛隊員が多く利用するこの施設こそ、御忍びの賓客を滞在させるのに最も適していた。

 

 本来は両部屋とも特地女性陣が利用する予定であったが、会館に到着すると駒門は彼女らを片方の一室に全員纏めて待機してもらうよう頼むと、もう片方のスイートルームに伊丹らを呼び寄せた。

 

 元々がホテルなのでスイートルーム以外にも客室はいくらでも存在しているにもかかわらず、敢えてスイートルームに固執したのは賓客を滞在させるのに伴い、事前に文字通り部屋中ひっくり返しての大掃除が―この場合、盗聴器の排除といった機械的な情報漏洩防止措置を意味する―実施されており、秘密の会話を行うのに最適だったからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではいい加減話してもらいましょうか。伊丹さんよ、アンタ一体何者なんだい?」

 

 

 シックで落ち着いてはいるが自衛隊宿舎の個人空間よりはよっぽど広く豪奢な内装には全く目をくれず、窓際に近づいてカーテンの陰に身を潜めつつ外の様子を伺う伊丹の背中へ、駒門の疑問の声が投げかけられたので彼は振り返る。

 

 鋭く細められた駒門の目元が『本当の事を言え』と据わった眼で静かに告げていた。もし彼が武装していた場合、伊丹へ突きつけていてもおかしくないほどの冷たい気配である。その両隣に立つ栗林と富田も駒門ほど剣呑ではないが、『真実を教えて欲しい』と懇願の目で伊丹を見つめている。

 

 ここまで事態が急展開してしまった以上、今後円滑な協力関係を維持する為に彼ら3人には説明しておく必要があると、伊丹は判断せざるを得なかった。伊丹が用意して部下に渡した武器についても関わってくるし、明らかに富田も栗林も上官から自衛隊や警察の採用装備からかけ離れた代物を与えられたので戸惑ってもいた。

 

 

「はぁ~~~~~……仕方ないかぁ。と言ってもどこから話したものかねぇ」

 

 

 諦観の溜息を吐きながら、伊丹は室内という事で伊丹はコートを脱ぐ。

 

 次いでスーツの上着も脱ぐと、窓から1番離れた位置のベッドまで移動して脱いだ上着とコートを放り出して腰を下ろす。上着を脱いだ事により伊丹の武装の全容が栗林や富田らにも露わになった。

 

 まず、地下鉄内で栗林らが目撃した通り、シャツの上にソフトタイプのボディアーマーを兼ねたタクティカルベストを着用している。

 

 ベスト表面のベルクロ部分に好みやシチュエーションに合わせて各種ポーチを張り付けて運用するタイプであり、伊丹の場合はまず左胸の部分には握り拳大の手榴弾用ポーチ、右胸にはショットガン用のシェルポーチを配置。腹部に当たる位置にはアサルトライフルとサブマシンガン、どちらのマガジンも収納可能な縦長のポーチが並んでいる。もちろんどれも内側から膨らんでいた。

 

 それら各種弾薬入れの存在が示すように、伊丹は複数の銃器を左右の脇の下に装備していた。

 

 左の脇には極端に短く切り詰めたショットガンを専用のホルスターに突っ込んでいた。レミントン・M870ブリーチャーと呼ばれるそれは強固に施錠されたドアなどの金具を破壊して突入する為のモデルだ。

 

 もちろん至近距離から敵に散弾の嵐を見舞うのにも活用できるそれは、素早く抜き放てるようにピストルグリップの尻が前方向へ向いている。全長50センチほどしかないそれを脇のちょっと下からぶら下げている様子は、西部劇の世界でも特に凄腕の証であるとして長銃身仕様にカスタマイズされたリボルバーを与えられた名うてのガンマンを彷彿とさせた。

 

 右脇は脇の下にぴったり収まるようにして、トロイ・M7A1ライフルをホルスターではなくスリングによって吊るしていた。タイプはサブマシンガンクラスまでストックと銃身を短くしたPDWモデル。

 

 そもそもM7A1は米軍愛用のM4カービンライフルのライセンス生産品であり(ここ数年で数え切れないほどのメーカーが独自の改良を加えて生産するようになった)弾薬も拳銃弾ではなく、高速・長射程の5.56ミリライフル弾を使用する銃である。

 

 極端に銃身を短くしたPDWモデルとなると射程と中・遠距離での精度低下といったデメリットが発生してしまうが、代わりに今回の伊丹のようにスーツの下に隠してしまえるほどの携行性を得たのである。それでも時折銃口がちらちらとスーツの裾から覗いたりもするが、それも更に上からロングコートを着てしまえば完全に隠れてしまう。それはM870ブリーチャーも同じ事であった。

 

 そして腰にも、拳銃用のホルスターとマガジンを備えたベルトを巻いている。電車内ではスーツの陰になって栗林らは判別できなかったが、ホルスターに収まっている銃は角ばったプラスチック製のパーツが特徴的なグロックであった。より正確にはフルオート機構を備えたグロック18Cだった。

 

 このグロックというモデル、時代の流行ごとにバージョンアップが加えられても見た目がほとんど変わらないのでスライド側面のモデル名を示す刻印以外に見分けをつけるのが中々難しいという困った特徴を持つのであるが、グロック18Cに限っては射撃モード切替用のセレクターと、発射ガスを逃がす事によって高速連射の反動を軽減する為にスライドと銃身に肉抜きを追加するという独特の改良が加えられているので、他のモデルよりは判別がつき易くなっている。

 

 なおM870とM7A1、ならびにグロック18Cも電車内で栗林に渡したMP7や富田へ与えたビゾン・サブマシンガンと同じく、自衛隊ならびに日本警察では採用していない銃器である。

 

 そんな感じでスーツ姿に短銃身化したカービンライフルとショットガン、フルオートマチックの拳銃で武装して大量の各種弾薬を収めた防弾ベストを組み合わせた現在の伊丹は、彼自身細身な体つきも相まって自衛隊員というよりも、犯罪者の根城への突入準備を整えた海外の法執行機関の私服エージェントを思わせた。

 

 もしくは往年の映画ファンであれば、これで伊丹がスクエア型サングラスをかけていたら映画『ヒート』で白昼の銀行強盗を演じたデ・ニーロかヴァル・キルマーに形容したかもしれない。

 

 あるいはスーツにロングコートの、服の下に隠し持ったショットガンの組み合わせ繋がりで『アンタッチャブル』のケヴィン・コスナーか。もっとも伊丹は上に挙げた俳優らのように、美形だったり男の渋さを表現するには程遠い、凡庸で冴えない顔立ちなのだけれど。

 

 ……閑話休題。

 

 

 

 

 

 

 最も窓から遠いベッドを選んだのは狙撃や砲撃対策だ。平和な日本でまでこんな警戒をしなければならない現実に、思わず泣きたくなる伊丹である。

 

 

「話す前にまず駒門さん、アンタの方は上の方から俺についてどれぐらい聞かされてるのか教えてもらえるかな」

 

「『門』の前でオタクらを出迎えた時に語って聞かせた事ぐらいですよ。平凡な大学を平凡な成績で卒業後に入隊。一般幹部候補生過程をビリから2番目の成績で三尉に任官。上官に放り込まれた幹部レンジャーもギリギリで突破。そしてどういうわけか特殊作戦群入り。

 ただしそっから『門』の出現により『銀座事件』が発生するその数ヶ月前までの活動記録は一切不明……大体第3次大戦が発生する少し前から戦争が終結してしばらく後ぐらいの期間ですな。記録が見つからないのは」

 

 

 駒門の説明に対し伊丹は頷いてみせると、まず右脇のM7A1をスリングごと下ろし、保安官のリボルバーか武士の刀のように突き出たブリーチャーもホルスターをベルクロから引っぺがす。

 

 ただしベストは脱がないし拳銃はそのままだ。万が一に備えて完全に武装解除は行わない。

 

 銃器2丁分の負担から解放された伊丹は覚悟を決めるとゆっくりと口を開く。

 

 

「第3次大戦のきっかけになった空港テロが起きる何か月か前になるかな。特戦群の訓練の途中で呼び出された俺は隊長に呼ばれたんだ。そこで俺はある米軍のお偉いさんに引き合わされたんだ」

 

 

 あの日呼び出されなければ各国合同の特務部隊(タスクフォース)へ強制的に送り込まれる事もなかっただろうし、世界中の戦場を駆けずり回されたりする事もなかっただろう

 

 ……そして復讐の使徒の一員として、現役の米軍将軍の殺害に直接加担するなど決してなかったであろう。

 

 そういえば特戦群時代に上官から与えられたコールサインはアベンジャーだっけ、と思い出す伊丹。

 

  別に当時の伊丹が、誰かに深い恨みを抱いて報復を企てていたからとかそう意味ではなく、伊丹が部隊内に布教した某伝奇ノベルゲーの配役が元ネタなのであるが、まさか本物の復讐者(アベンジャー)になってしまうとは、上官も伊丹も当時予想だにしていなかったのである。伊丹の口元が皮肉な笑みで歪む。

 

 

「そのお偉いさんは、ある目的の為に独自の合同部隊(タスクフォース)を編成しようと、国籍を問わずあちこちの部隊を回っては優れた兵士をスカウトしていた。で、同盟国である日本の自衛隊にも例外じゃなく、特戦群からメンバーを引き抜きに来たんだそうだ」

 

「それでまさか……伊丹隊長が?」

 

「そっ。どーいうわけか俺が目をつけられちゃったわけよ」

 

 

 肩を竦める。すると栗林が手を挙げた。

 

 

「伊丹隊長、質問があるんですけど良いですか」

 

「本当にヤバい機密に触れない内容なら答えてやるけど……」

 

「じゃ、じゃあっ世界中の軍隊から優秀な兵士を集めてて、隊長も選ばれたって事は伊丹隊長って実は自衛隊の精鋭中の精鋭でもある特戦群でも凄腕だったって事になりますよね! そんな精鋭揃いの部隊に選ばれるにはどんなアピールが必要なのか是非教えてください!」

 

 

 栗林はそうまくし立てると、鼻息を荒くして伊丹にのしかからんばかりの勢いで詰め寄ってきたのである。

 

 彼女も暖房の効いた室内という事で、ダウンジャケットを脱いでセーターにデニムのタイトスカート姿である。セーターを大きく押し上げる双丘が伊丹に触れそうなほどの距離まで近づいているのに栗林は気づいていない。

 

 異様な部下の剣幕にたじろぎつつも、伊丹は少し考えた後に、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「それはな……」

 

「それは?」

 

「俺にもさっぱりわからん!」

 

「んなぁ!?」

 

 

 予想外の回答に栗林の膝から力が抜けてしまう。するとどうなるかというと、ベッドに腰掛ける伊丹の両腿辺りに栗林の爆乳が乗っかる格好となった。

 

 下半身を襲った突然の柔らかさと、栗林が身じろぎした拍子に鼻をくすぐった女性独特の体臭に(ああクリも一応女なんだよなぁ)などと思考の隅の方でぼんやりと思っちゃう伊丹である。しかし部下の胸の柔らかさを堪能し終える前に栗林の上半身が勢いよく持ち上がると、今度は怒りの炎で目を光らせながら伊丹へ噛みついた。

 

 

「人が真面目に聞いてるのに何ですかその回答はぁ! 腑抜けたオタクなのか精鋭中の精鋭なのかいい加減ハッキリしてくださいよ!」

 

「仕方ないだろ、本当に分かんないんだから! ってかさ何だよ『射撃格闘空抵破壊工作あらゆる技能に卓越した特戦群屈指の優秀な兵士』って! 誰だよそんなデマ米軍に流したの! そんな事言われたの初めてだっつーの!」

 

 

 ガックンガックン掴まれた胸元を栗林に揺さぶられながら伊丹が抗議した。

 

 それを傍目に富田は伊丹の発言に困惑を露わにしながら、隣に立つ駒門に聞いた。出迎えの際に伊丹の経歴を語っていた事から、特戦群時代の上官について彼も知っているのではないかと考えたのである。

 

 

「あの、特戦群時代の伊丹隊長って実際どうだったんですか?」

 

「こっちが教えられてる限りでは伊丹さんの言ってた事の方が正しいですな。多分そのスカウトしに来た米軍の将軍さんとやらが入手したのは欺瞞情報だったのかもしれませんぜ」

 

 

 富田に耳打ちする駒門である。公式な命令を受けて伊丹らのエスコート役に任命されたという事で、駒門には情報操作が行われていない(ただし海外時代の経歴は空白扱い)正式な伊丹の経歴が手渡されていた。

 

 その為、情報漏洩対策として捏造された伊丹の経歴がいわゆる『ぼくのかんがえたさいきょうのへいし』よろしく盛りに盛った内容である事を駒門は把握していないのが真相であった。

 

 

「ともかくだ。その各国合同の特殊部隊とやらに引っ張り込まれちまったせいで、俺は世界中の戦場を飛び回る日々を送る羽目になっちまったってわけさ」

 

「つまり流出したブラジルやアフリカで撮影されたと思われる写真は、そのタスクフォース時代に撮影されたものって事ですか」

 

「いや、前半はそうなんだけど、後半はまたちょっと話が違うんだよ」

 

「ほう、そいつはどういう意味で――」

 

 

 おもむろに駒門は言葉を区切った。いつの間にか右耳の辺りに出現していたイヤホンを摘み上げると、それを耳の穴に押し込んで流れてくる音声に意識を集中する様子を見せる。

 

 

「ちょいとお待ち下さい」

 

 

 駒門は廊下と部屋を隔てる扉へ、さりげなく気配を消した動きで近づいていく。そっとドアノブに手をかけたかと思うと、ドアの裏側へ隠れるようにして身を翻しながら勢いよく扉を引いた。

 

 途端に複数の悲鳴を伴いながら、女性が数名、室内に雪崩れ込んできたのである。

 

 

「ぬわぁー!?」

 

「なーにやってんですかピニャ殿下。それにテュカやレレイまで」

 

「い、イタミ殿? これには深いわけがあってですね」

 

 

 伊丹が呆れた声をあげると、ドアという名の支えを失って真っ先に転がり込んできた人物であるピニャが、倒れ込んだ拍子に乱れた髪形や服を整え直すのも忘れ、すぐさま弁解しようと引き攣った声を発した。

 

 ちなみに2番目がボーゼスでテュカ、レレイと続く。唯一無事だったのは、室内の会話を聞き取ろうと扉に体を寄せていなかった4人と違い、最初から扉から離れた位置に立っていたと思しきロゥリィである。

 

 

「このお姫様はねぇ、今後の交渉で帝国が有利に運べるように少しでもニホンやイタミ達の情報を集めようと、部屋の前で盗み聞きしに来てたのよぉ」

 

「聖下ぁ!?」

 

 

 ロゥリィによる無情なインターセプト。現実は非情である。ピニャの混乱度が上昇した。

 

 そもそも廊下に設置された監視カメラによって、警備室に詰める駒門の同僚にバッチリ目撃された時点で盗み聞きなど不可能も同然であった事など、カメラという存在自体知らぬピニャが理解できる筈もなかった。駒門らが所持する無線の存在もまた同様である。

 

 

「わ、私は止めようとしたんだけど、皆がぞろぞろ出て行っちゃって1人だけ部屋に残るのは心細かったから……」

 

「私は純粋に元老院で混乱が起きる原因となったイタミの過去が気になったから」

 

 

 テュカ、そしてレレイの言である。エルフ娘は罪悪感を抱いているようだが、賢者見習いの鉄面皮からは感情が読み取れなかった。

 

 

「あのさぁ、ちょっと今取り込み中だから今日の所は大人しく部屋で――」

 

 

 

 

 伊丹が口を開いた次の瞬間、振動と爆発音が伊丹らの足元で生じ、続けざまに火災警報器のベル音が鳴り響いて彼の声を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<同日/22:29>

 中華人民共和国国家安全企画部・日本支部エージェント

 市ヶ谷会館近辺

 

 

 

 

 

 ピニャらが伊丹らの部屋に雪崩れ込む少し前、川を挟んで対岸に存在する雑居ビルの屋上では人影が蠢いていた。

 

 午後10時を過ぎたビル内は、最近流行のサービス残業に追われる社員が未だに仕事中なんて事はなく、全ての電気が落とされた上で施錠されている。

 

 しかし専門の訓練を積んだ諜報員、それも泥棒の真似事から仮想敵国での重要人物の暗殺といった任務まで求められる荒事担当のエージェントからしてみれば、平和ボケした日本のそれも中小企業しか利用しない雑居ビルに侵入するなど自転車泥棒よりも楽勝であった。

 

 非常階段を使って屋上まで到達したエージェントは、空調用の機材に隠れるようにしつつ目標の建物を暗視機能付の双眼鏡を使って偵察する。といっても都心の国道沿いという立地上、目標周辺は多数の街灯によって照らされているので判別は容易である。

 

 そんなわけで、川向こうに存在する目標こと市ヶ谷会館の建物をエージェントはすぐさま発見できた。すると男は背負っていたリュックを下ろして中身を引っ張り出す。

 

 それはRGM40と呼ばれるロシア製のグレネードランチャーであった。母国製の兵器を使わないのは、どの国の組織に属しているのか悟られにくくする為だけではない。ロシア製の歩兵向けグレネードランチャーは西側の同種兵器以上に多種多様な弾薬が開発されているのである。

 

 男は専用の弾薬を続いてリュックから取り出すと、砲口から直接砲身内へと弾薬を押し込む。このような装填方法もロシア製グレネードランチャーの特徴である。

 

 それから折りたたみ式の照準器を展開して伸縮式ストックも延ばし、川向こうの建物へと狙いを合わせて引き金を絞ると、強烈な炭酸飲料の蓋を開けた瞬間みたいな独特の発射音を発して弾頭が発射された。

 

 冬の空っ風が吹きすさぶ夜間での射撃とはいえ、様々な兵器の取り扱いにも習熟した男にとって、決して動く事のない巨大な建物に命中させるなど楽勝であった。せいぜい気をつけなければならないのは、別働隊から報告のあった特地からの賓客を殺してしまわないよう、彼女らが案内されたというスイートルームへ砲弾が飛び込まないようにする事ぐらいである。

 

 男の狙い通り、砲弾はスイートルームから離れた部屋の窓へ命中。窓ガラスを砕いて室内に飛び込んでから爆発を起こした。発射した砲弾は破片をばら撒いて敵兵を殺傷する為の破片榴弾ではなく、高熱の炎と大量の煙を発生させる焼夷発煙弾だ。

 

 作戦開始前、可能なら余計な死傷者が出ないような場所を狙ってくれと作戦担当者からリクエストがあった。

 

 別に良心や罪悪感の問題ではない。建物への被害や負傷者で済めばまだしも、死人まで出してしまったら日本の警察と諜報機関が血眼になって人狩りを開始し、時間と人手と予算をかけて構築した日本国内における諜報網が打撃を受けかねない、との実利的判断からであった。

 

 愛国者を自負する男としては他国、しかも憎き日本鬼子(リーベングイズ)にいくら死人が出ようが知ったこっちゃないのが本音である。が、作戦担当者の意見も尤もである。余計な邪魔をされない為なら仕方ないという事で、また困難な要望は腕の見せ所でもあるとポジティブに考えた彼は、見事リクエストに応え宿泊客の入っていない空き部屋へ、山なりに飛翔する擲弾を正確に撃ち込んでみせたのである。

 

 市ヶ谷会館の客室からは、今や川向こうの男からも分かるほどの炎と黒煙が立ち上っていた。

 

 男の出番はこの1発だけで終わりである。彼の役目は、特地からの来賓を寝床から追い立てる陽動役であった。

 

 迅速に消火活動が行われればさほど延焼せずには済むだろう。だが大事な賓客を火事場に置き続けるわけにはいくまい。遅かれ早かれ宿から退避させなくてはならない。

 

 今頃は別の陽動チームも行動を開始し、事故を偽装して駐車場の出入り口を封鎖しているだろう。そうして徒歩での逃避行を強いらせるのだ。

 

 国家安全企画部・日本支部のエージェントらの今夜の任務はここからが本番であった。

 

 

 

 

 

 

 

漁師(рыбак)、こちら僧侶(священник)。魚は巣から逃げ出した。繰り返す、魚は巣から逃げ出した。現在建物の裏口から――』

 

 

 暗号処理済みの無線回線から流れたのは市ヶ谷会館のあらゆる出入り口を見張っていた監視チームからの報告だった。報告を受けた今回の作戦においての要である本隊を率いる男達は、エンジンを切っていた車両に火を入れると車を停めていた路地裏から出していく。

 

 彼ら、中華人民共和国の国家安全企画部・日本支部エージェントらの目的は、特地からやって来た来賓らを本国へ『招待』する事であった。もちろんそのような手段を企てたのは中国だけでなく、本来日本の同盟国であるアメリカですらも来賓が参考人招致に出席する直前まで暗躍していたのである。

 

 しかしこのたび暴露された、現役自衛隊員の海外における非合法な実戦参加という爆弾が炸裂した事により、当事者の日本と同じぐらい……いや、むしろ日本以上にアメリカ政府は、水面下において大混乱に陥っていた。CIA日本支局も作戦どころではなくなり、現在は情勢を見極めつつ本国からの指令を待っている状態だ。

 

 ロシアはロシアで、良い方のロシア人―この場合、現政権下の政府機関を指す―も似たり寄ったりな行動を起こそうとしていたようだが、彼らも彼らで爆弾炸裂以降は日本国内の人員を動かす事無く沈黙を保っている。

 

 ちなみに悪い方のロシア人とは、第3次大戦終結によって主流から追いやられた超国家主義派残党を筆頭とする過激派勢力である。指導者であったマカロフの死後、急激に勢力は減じつつある彼らは全盛期ほどの諜報能力を持っておらず、各諜報機関よりは一歩出遅れていた。

 

 とはいえそんな彼らも、情報流出をきっかけに一気に活動を活発化させている。そして彼ら過激派は縮小傾向とはいえど未だかなりの兵力と武器を有し、何より各国の情報機関と違うのは、彼らは極めて過激なテロリスト集団であるという点に尽きた。

 

 情報機関は事が荒立って表沙汰になるような事態を極めて嫌う。だがテロリストは違う。派手で暴力的で被害が拡大すればする事を望む。なぜなら彼らがテロを起こすのは敵への攻撃であると同時に、自分達の名前を世間へ知らしめる為の宣伝行為であるからだ。

 

 彼らが行動を起こす時、例え場所が平和な日本であろうと、非常に高い確率で銃弾と殺戮の嵐が吹き荒れるであろうと予測されている。

 

 その場合、在日中国大使館や現地の中国企業が攻撃対象とならない限り、超国家主義派が日本で暴れるのはむしろ大歓迎、というのが中国共産党指導部の意見だ。混乱が大きければ大きいほど自分達が付け入る隙が増える、という単純な理由からである。どうせ他の国も同じ事を考えているに違いない。

 

 ともかくそんなわけで、ライバル達が火消しや準備に右往左往して出遅れている間に、中国は先んじて『来賓招待』という名の拉致計画を実行に移したのである。

 

 

 

 

 

 今のところ、彼らの計画は予定通りに進行している。

 

 各班のコールサインから分かる通り、彼らは母国語ではなく、あえてロシア語でやり取りしている。もちろん万が一無線が傍受されたり目撃された場合に備えての偽装工作であるが、よくある英語ではなくわざわざロシア語を選んだのは、追及の手がロシアへ集中するのを狙っての事であった。

 

 前科が知れ渡れば次に事件が起きた時、犯人は別にいても真っ先に再犯を疑われるのと似たような理屈である。でもって今のロシアは極悪人も真っ青の前科持ちであった。仮に良い方のロシア人が否定しても、その時は悪い方のロシア人が泥を被るだけである。彼らは歴史上最悪のテロ組織として知れ渡っているのだから。

 

 来賓の『招待』……拉致を担当する工作員は3台の車両に分乗し、救急隊員かもしくはオレンジ色の上下姿の消防隊員に変装している。ヘルメットにゴーグル、医療用マスクで顔も隠しているので、よく近づかねば人種を見分けるのも困難だ。

 

 乗っている車両も、ネット界隈で拉致監禁の隠語として使われるという風評被害に遭いつつも、実際に救急車や消防署の車両に採用されている程のベストセラーとなった某ライトバンを救急車と消防車両に偽装した改造車両だ。火災現場の近くを救急車や消防車両が走っているのは当然というわけである。

 

 拉致担当チームは総勢10名を超える。火災を起こした陽動担当や監視チームを含めると、中国側は結構な規模の人員を今回の作戦に動員していた。

 

 日本は黄色人種が集まる島国である。そして中国も、複数の少数民族が存在するとはいえやはり黄色人種の国である。

 

 元より中国という国は、共産国家と化す以前から大量の自国民を海外へ送り込む事によりコミュニティを形成し、人海戦術によって他国の土地と文化を侵食する手法を行ってきた存在である。

 

 アメリカや西欧諸国と比べると日本と中国は人種的にも立地的に日本に近い。そのお陰で白人主体の大国を上回る規模の工作員を送り込み、根を張る事に成功している。故に中国側は短期間に十分な人員と機材を準備する事が可能であった。

 

 彼らの計画では、人気のない道へ目標の集団が出た所でまず3台の車両が短い間隔を空けて集団へ接近。

 

 先頭車両と最後尾が道の前後を塞ぐと同時に2台目に乗った工作員が護衛を排除する。もしくは細い路地の前後を2台で塞ぎ、残りの1台は周辺警戒やバックアップを担当する。あとは来賓を車に引きずり込んで即離脱という、速度重視のシンプルな段取りである。

 

 護衛の排除には非致死性兵器を使う。要はスタンガンや催涙スプレーといったもので命を奪わず行動不能に留めるのである。これもまた空き部屋を狙って火事を起こしたのと同じで、人命を奪って日本側を本気で怒らせるのを避ける為であった。

 

 使用するのはHN・303Pという名の武器である。圧縮空気によって衝撃力を重視した特殊な弾丸を発射するという、要は強力なエアガンとも呼べる代物だ。当たればプロボクサーのフィニッシュブロークラスの威力はあるので、2~3発も撃ち込めば十分活動不能に陥らせられるであろう。

 

 それでも抵抗する場合はワイヤー針を飛ばして電撃を食らわせるスタンガンの出番となる。ただしこちらは厚手の冬物服の上からでは針が不十分に刺さらない可能性があるので、確実に布地が薄い部分を狙えるタイミングでなければならない。

 

 念には念を入れてサイレンサー付の本物の銃も用意してあるが、これは最後の手段である。

 

 来賓の護衛は確認できている時点で4名。1名が公安警察官、残り3人が自衛隊員で、その中の1人は『銀座事件』で活躍した英雄であり、同時に海外で非合法の実戦に参加していた事が暴露された今話題の人物でもあった。

 

 確かに、平和ボケした日本の自衛隊員の中で実戦経験があるのは極めて稀有であり、他国の工作員にとっても侮れない存在である。

 

 だが数の差はこちらが上であり、『門』からの賓客という足手まといを守らなければならない立場上、取れる手段に制限もある。

 

 極めつけに、この国は平和ボケの極みとも言える日本である。まともな武装が護衛に与えられているとは思えなかった。拳銃程度がせいぜいであろう。その程度であれば奇襲と物量の利を生かして容易に排除可能というのが、本国の国家安全企画部本部ならびに日本支部上層部双方が出した結論である。

 

 

 

 

 

『この辺りなら良いだろう。各車へ、手筈通りやるぞ。タイミングを合わせろ』

 

 

 そうして目標集団が市ヶ谷会館を脱出した直後から、着かず離れず集団を見失わないギリギリの距離を取って尾行を行っていた工作員らの車列は、指揮官のGOサインを受けて静かに集団との距離を縮め始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

『油断大敵』 ――古くからのことわざ

 

 




別タイ:そうは問屋が卸してくれない話

個人的に長物をソードオフした銃器が好きだったりします。


あと最近の感想で、

>ピニャ「イタミ殿は門が開く前に何をしていたのだ?」
>伊丹「世界滅亡を企む魔王を討伐する勇者パーティに強制加入されちゃってね・・・」

これに思わず笑いましたw




※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。