GATE:Modern Warfare   作:ゼミル
<< 前の話 次の話 >>

21 / 76
どこで話を切るか悩んでたら遅くなりました。


10:Counter Strike/容赦なく

 

 

 

 

<同日/22:37>

 伊丹耀司

 市ヶ谷会館近辺

 

 

 

 

 

 伊丹耀司という自衛官は、特戦群の欺瞞情報に記載されているような、あらゆる軍事的技能に卓越した極めつけの精鋭兵士という存在からは程遠かった(・・・)

 

 過去形であるのは、欺瞞情報を真に受けてしまったどっかの将軍が伊丹を極秘の多国籍部隊に引っ張り込んだのをきっかけに世界中の戦場を巡る羽目に陥った事により、極めて濃密な戦場を幾度も乗り越えていく間に彼の兵士としてのスキルは急速に研ぎ澄まされていった結果、何の皮肉か伊丹は本物の精鋭中の精鋭に生まれ変わった為である。

 

 ……生まれ変わっちゃったのである。

 

 望んでそうなったのではない。生き延びる為にはとにかく己を研ぎ澄ます事が必要不可欠だったからだ。

 

 確かに伊丹は、極めて優れた精鋭兵士とは言えなかったのかもしれない。

 

 しかし逆に考えると、伊丹は極めつけの凄腕ではなかったかもしれないが、かといって特殊部隊の一員として求められる能力の最低ラインを下回って特戦群から放り出される……なんて事にはならずに済む程度には優れた兵士だったと言えなくもない。

 

 特殊作戦群に所属する隊員は、大部分が忍者かスーパーマンにも負けない戦闘のプロ揃いである。

 

 だが特戦群には戦闘能力以外の独自の技能によって―例えば凄腕のハッカー、鍵開けの名人、あらゆる武器の扱いや改造に長けたガンスミスなど―身を置く事を許されている者も一部存在している。そして伊丹の場合は後者であった。

 

 伊丹特有のスキルとは、危険に対する察知能力とその危険からいち早く自分を安全な場へ離脱させる能力……要は嫌な事から逃げるのが非常に得意な、とどのつまりとても優れた逃げ足の持ち主なのである。

 

 その逃亡技術は凄まじく、部隊内で伊丹を標的に人狩りを行おうと訓練の説明を開始した時点で既に逃亡を開始したかと思えば、特戦群の隊員総出で捜索しても見つけるのに手間取った逸話すら存在するほどだ。

 

 特技が逃げ足というのは一見するとくだらなく、情けなく受け取られがちである。

 

 しかし、そもそも危険な戦場に自ら飛び込む事が兵士の役割である。そして危険な戦場に身を置きながら、危険の臭いを察知して避ける事は一見矛盾しているようで実は両立している。任務を達成するにあたって不必要なリスクを極力避けるのは、戦場でなくとも極々当然な選択なのだ。

 

 伊丹が持つ、危険を嗅ぎつけいち早く逃れる才能は、彼が一騎当千の精兵に生まれ変わってからも健在であった。それどころか危地へ身を置き続ければ続けるほど、危険を嗅ぎ分ける伊丹の感覚器官はより研ぎ澄まされていった。

 

 だからこそ地下鉄でロゥリィらの苦悶を無視するのを良しとせず、予定より早く電車を降りた事により地下鉄内への閉じ込めを免れる事ができたのだし、市ヶ谷会館に到着してからも完全に警戒を解かず装備を整えていたからこそ、外部からの砲撃による火事騒ぎが発生しても迅速に建物からの脱出を果たせたのである。

 

 

 

 

 ……また、戦場に身を置いている間に伊丹に起きた変化はもう1つある。

 

 戦う必要がなければとことん危険を避けるし好戦的な性格になったわけでもない。しかし1度敵だと認識した相手に対しては、容赦というものがとことん無くなってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が沈んで一層冷え込んだ空気が伊丹らの肌を刺した。

 

 吐き出す息が白く浮かび上がっては溶け消えていく。暖房が利いた建物内から追い出されたばかりとあって、冬の都会の寒さが際立って感じられた。

 

 一行は現在市ヶ谷会館の裏手方面、上下1車線ずつにガードレールで区切られた歩道という広めの路地を縦1列に歩いている。

 

 日本の都心部という、異国ならぬ文字通りの異世界に来て1日と経っていない特地の女性陣は、『門』をくぐってこのかた休む間もなくいくつもの乗り物に乗せられたり、国会で大勢の人の前に引っ張り出されたり、初めてのコンクリートジャングルを歩きまわされたりしたせいで亜神のロゥリィも含め疲れを滲ませ気味である。

 

 だが冬の日本の寒さに関してはそんなに寒がっていない様子なのを見て伊丹は少し不思議に思ったが、特地は家電製品の『か』の字も存在しないぐらいの文明レベルだ。『門』の向こうは現在夏である。あちらの冬がどれほどの厳しさかは不明であるが、エアコンだのヒーターだのいつでも使える暖房器具に慣れ親しんだ日本人と比べると、原始的な手段で過酷な気候を乗り越えてきた特地の人々の方が暑さ寒さに耐性を持っているのかもしれない。

 

 しかし伊丹は、皮膚から伝わるピリピリとした感覚が寒さによるものだけではない事に気付いていた。その感覚は市ヶ谷会館を離脱した直後からずっと続いていた。

 

 栗林を先頭に立たせてその後ろを歩いていた伊丹は歩行速度を緩めると、縦長に伸びた小集団の中央付近の位置にいた駒門に並んだ。

 

 

「駒門さん、気付いてる?」

 

「具体的な人の気配までは掴めませんが、嫌ーな予感はしてますよ」

 

「宿の駐車場が『事故』で封鎖されたって事は、ちょっかいを出してきてる連中の狙いは俺らをこうやって徒歩での移動を強いらせる事なんでしょうねぇ」

 

「ただでさえ情報流出の混乱で護衛の人員も減らされてる上、特地からの客人らをさっさと逃がすのを優先したせいでその護衛も置いてきちまいましたからね」

 

 

 遠くからいくつものサイレンが近づいてきてはフッ……と唐突に消える。火災を伴う爆発の一報を受けた消防車や救急車、はたまたパトカーが各方面からサイレンを鳴らして駆けつけてきては現場に到着した証として鳴らすのを止める、というのが繰り返されているのだ。

 

 

「ねぇ、さっきから聞こえてくるこのうるさい音って何?」

 

 

 落ち着かなさげにテュカが尋ねてくる。エルフ耳なだけに、並の人間よりも聴覚が良く余計にやかましく聞こえているのかもしれない。

 

 

「こっちじゃね、火事や怪我人や何か事件が起きた時は消防士……って特地(あっち)には居ないかな? 火事を消すのが仕事の人やお医者さんなんかはああいう風に鳴らしながら駆けつけるものなんだよ」

 

「何で? こんなに夜遅くにあんなおっきい音鳴り響かせて、寝ている人達に迷惑なんじゃないの?」

 

「そうは言っても法律で決まっているからねぇ」

 

「テュカ殿。もし人が多く住む街中で火事が起きた時、テュカ殿ならばどうする?」

 

「それはもちろん近所の人に知らせて回って……あっ」

 

「そう、近隣の人々へ火事が起きた事を迅速に知らせる事で人的被害を減らしたり、もしくは住民の助力を借りて炎が燃え広がる前に消火も可能であろう。あの大きな音も災害の発生を周囲へ知らせる合図というわけだな」

 

「そーそーそんな感じなんですはい」

 

 

 そんな会話をまるで聞いていたかのように一行の後方で新たなサイレン音が鳴りだした。突然の大音量に、サイレン音に馴染みのないテュカらどころか、襲撃を警戒して気を張り詰めさせていた栗林や富田まで危うく飛び上がって銃を構えそうになるほどの距離であった。

 

 振り返ってみれば白色の救急車を先頭に消防庁の所属を示す赤色のライトバンが2台、それぞれが赤色の回転灯を点滅させながら伊丹らの方向へ近づきつつあるのが見えた。

 

 別に火災現場周辺を救急車や消防車両が走っているのは当然の事なのだが――

 

 

「……」

 

 

 伊丹はさりげなく歩行速度を更に落として集団の最後尾に移った。

 

 殿を警戒していた富田の横に並び、歩道のガードレール側に寄る。その間にも車列はサイレンを轟かせながら伊丹らとの距離を見る見るうちに詰めている。

 

 伊丹と車列先頭の救急車の間隔が10メートルを切った時であった。伊丹は隣の部下にも、そして拉致を実行に移すべく偽装車両に乗って目標の目と鼻の先まで接近していた、国家安全企画部のエージェントらにとっても予想外の行動を実行に移した。

 

 すなわち、おもむろに右手をコートの中に突っ込んだかと思うと、左腰の専用ホルスターからM870ブリーチャーを引き抜きながら後ろへと振り返り、右手をまっすぐ伸ばしてその極端に短く切り詰められたショットガンの銃口を救急車へと突きつけたのである。

 

 

 

 

 

 

 伊丹が振り返った時には、銃口と救急車の間の距離はもう5メートル足らずの至近距離まで近づいていた。

 

 運転手役の工作員が銃口が自分に対しピタリと照準されていると理解しても、ハンドルを切って車ごと避けるのも、屈み込んで運転席の陰に逃れるのも間に合わないタイミングであった。

 

 複数のサイレン音をまとめて掻き消すほどの轟音。ちなみに装填してあるのは軍用の12ゲージ9粒弾(バックショット)である。

 

 救急車のフロントガラスが外から車内に向かって爆発し、運転手役の工作員の頭部も爆発した。散弾の数発かが頭部にまとまって着弾した為である。

 

 伊丹の目の前で、運転席がべっとりと赤く汚れた救急車が対向車線方向へ急旋回する。ガードレール越しに伊丹のすぐ横を通り過ぎると、鼻先を電信柱に突っ込んで停止した。脱力した運転手の死体がハンドルに倒れ込んだのか、サイレンに続いて救急車から発せられるクラクションが騒音に加わった。

 

 救急車の後に続いていた2台の消防車両も急ブレーキをかけて停車する。

 

 

「隊長!?」

 

「敵襲! 富田は栗林と一緒に皆をカバーしろ!」

 

「りょ、了解!」

 

 

 暴挙とも言うべき行動に度肝を抜かれた様子の富田へ―富田以上に銃声慣れしていない特地の少女らなど文字通り飛び上がりすらしていた―伊丹は短く命令を告げると、ガードレールを飛び越えながら空中でポンプアクションを行い次弾を装填した。今度は左手でポンプアクション用のスライドをしっかりと把持し、両手を使って構える。

 

 着地と同時にスライディングよろしく滑るようにして姿勢を低くしながら、2発目を今度は救急車の助手席へとドア越しにぶっ放した。

 

 あくまで救急車に偽装した誘拐用車両であって銃撃戦下での運用は考慮されていなかった車のドアは、いともあっさりと貫通して助手席の工作員も撃ち抜いてしまう。映画やドラマと違って防弾加工が施されていない限り、車両のドアは銃撃戦において盾代わりに利用できないのが現実なのである。

 

 M870ブリーチャーの銃口を振り、2台目の車に照準を映す。また運転席を狙って撃った。2台目との距離は最初に救急車を撃った時の倍である約10メートル弱。

 

 このM870ブリーチャー、元々の運用方法は扉の鍵や蝶番部分へ銃口を密着させて撃つ事を前提に設計されている。なので撮り回し重視の為に銃身が非常に短く切り詰められている。そして銃身が短ければ短いほど散弾は大きく散らばり、集弾率も標的との距離も離れるにつれて極めて悪化していくのである。

 

 3発目の散弾は頭部へ集弾はしなかったものの、拡散した子弾のいくつかが2台目の運転手に命中し、フロントガラスに血しぶきが飛んだのが伊丹には分かった。

 

 続けて4回目の発砲も行い、銃口をわずかにずらして放たれた散弾が消防車両の前輪タイヤに穴を空ける。これで移動はできなくなった。

 

 同時にショットガンも弾切れである。M870ブリーチャーは銃身に並行して伸びるチューブ型マガジンも短くカットされているせいで4発しか装填できないのだ。

 

 銃声が一旦止んだのをきっかけに、奇襲による混乱から復帰した生き残りの工作員が応戦に移る。

 

 2台目と3台目の車両から下車すると伊丹に向かって次々と発砲してきたが、銃声が何やらおかしい。着弾の様子も鉛の銃弾が路面に当たったのであれば、それに合わせてアスファルトが飛び散ったり表面が小さく抉れたりするものだが、どういうわけかそのような変化も見られなかった。

 

 

(生け捕り用のゴム弾か何かでも使ってるのか?)

 

 

 当たらずとも遠からずであるが、当たったら動けなくなってもおかしくないぐらい痛いのは間違いない。痛いのは嫌なので伊丹はそそくさと車道を半分以上封鎖する格好で停車している救急車の陰へと素早く逃れた。

 

 ショットガンを一旦捨てて右脇のM7A1に切り替えようかと考えたその時だ。伊丹のすぐ右横にあった救急車の側面ドアが、突然勢い良くスライドした。

 

 そして車内から救急隊員のコスプレをした、だが腰のホルスターにワイヤー付き針を飛ばすタイプのスタンガンを収めた上に右手にも拳銃を握っているという、日本の医療関係者にあるまじき組み合わせの男が飛び出してきたのである。

 

 

「!」

 

「!?」

 

 

 救急隊員に扮した工作員の不幸は動揺が抜けきっていなかった事だった。なにせ彼視点では、乗っている車が目標に近づいたかと思ったら突如銃声と共に運転手の頭部が吹き飛び、車両が事故を起こしてその拍子に数瞬意識が飛んでしまったのだから、それも仕方がなかったのかもしれない。

 

 それでも仲間の援護に加わろうと車外に出ようとした矢先、排除対象である護衛の1人とお見合いする格好となった。驚愕しつつも訓練の成果から手にしていたFN・303Pを敵へ向けようとしたが、相手の反応はもっと迅速であった。

 

 伊丹は開けられたばかりのスライド式ドアに肩からぶつかっていくと、更にグイと踏み込む。すると加わった力を受け動画を巻き戻すかのように側面ドアが元の位置へと勢い良くスライドした。必然、伊丹を撃とうと開口部から身を乗り出した工作員を巻き込む形で、である。

 

 スライドドアに工作員の姿の大半が隠れた。唯一車外へ突き出された拳銃を握った右腕に向かって、横倒しにされたギロチンよろしくスライドドアが襲い掛かる。

 

 

「……」

 

 

 独特の嫌な手ごたえの直後、車内から苦痛の悲鳴が聞こえたが、伊丹はお構いなしに弾切れのショットガンを足元に落とすと、右脇のコンパクトライフルに手を伸ばす。押し返されないように手の代わりに足でスライドドアを抑え込む。

 

 左手を縮み切った状態の伸縮式ストックに添えロックボタンを押し込み、右手はピストルグリップを握ると前方へ押し出す。これによって一瞬でストックが伸ばされ、ストックを肩付けしたしっかりとした射撃姿勢が可能となった。同時に安全装置も解除する。

 

 肘から先だけ見えている右腕の根本へM7A1の銃口を向けると即座に短連射。高速のライフル弾にとって車のドアなど薄紙も同然であった。確かな手応えの後、ドアに挟まれっぱなしの腕から力が失われた。

 

 すると今度は救急車のバックドアが上方向へ跳ね上がり、4人目の工作員が姿を現した。伊丹も素早く反応してそちらへ銃口を向けた。

 

 そして伊丹の目は、歩道から救急車の方へ向かって飛翔するゴスロリドレスを視界に捉えたのである。

 

 走り幅跳びの選手よろしく宙を舞ったロゥリィは、空中で愛用のハルバードを振り上げた。瞬間、伊丹の脳細胞は急速に活発化し、この後に待ち受ける展開を悟ると同時に顔から急速に血の気が引くのを感じた。

 

 考えてもみてほしい。一見細身なゴスロリ美少女としか思えないロゥリィだが、その小さな体に秘めた膂力は身長を遥かに上回る鋼の巨大ハルバードを振り回してなお軽快に跳ね回り、枯れ枝を振り回すかのように扱っては大の男を数人まとめて薙ぎ払うほどだ。そんなロゥリィの暴れっぷりを伊丹は最前列で見物してきたのである。

 

 

「頭下げなさぁい!」

 

 

 それがたとえロゥリィが警告を飛ばし、伊丹自身もロゥリィの意図を瞬時に把握できたのだとしても、自分めがけてハルバードを掲げながら跳躍する姿を目撃した伊丹が肝を潰すのも当然であったと言えよう。

 

 

「うおおぉっ!?」

 

 

 ともかく伊丹は言われた通りに身を屈めた。予想外に近くから聞こえた少女の声にバックドアから現れた工作員の方も遅れて顔を向けてしまう。そして黒ゴス少女の姿を借りて宙に舞っている死神の姿を彼も目撃したのである。

 

 音すら置き去りにしかねない速度で、覆いを取られたハルバードが振り抜かれた。

 

 伊丹の頭上を鋼鉄の爪が通過していった。ちょっと視線を持ち上げてみると、薄っぺらくとも一応鉄製である筈の車体が、襖に濡らした指を突き刺してそのまま横へ動かしたかのように、ごっそりと抉り取られていた。車体表面だけの話ではない。内装もろとも引き裂かれたのである。

 

 車内の工作員の末路は、分厚い刃にべっとりとこびりついた鮮血が雄弁に語っていた。

 

 無残な死体にも慣れているつもりの伊丹であるが、それでもこんな死に方は嫌だなぁとついつい思ってしまう。ともかく引き裂かれた車体の間から救急車内に生き残った工作員がいないのを確認するのは忘れない。

 

 

「皆と一緒に隠れてろよ!」

 

「冗談言わないでよぉ、こんな楽しそうな事に加わらない方がつまらないじゃなぁい」

 

「つまらないもへったくれもないっての!」

 

 

 価値観の相違に悪態を吐きつつ2台目と3台目の車両に乗っていたであろう工作員の様子を窺おうとする。そこに新たな銃声が工作員の車両とは反対方向から生じた。

 

 

「隊長援護します!」

 

 

 他の特地勢を銃弾の届かない建物の陰まで避難させ終えた富田と栗林が援護射撃を開始したのだった。

 

 すると、戦いの雰囲気に馴染んだ者にしか分からない空気の変化を、伊丹らは俄かに感じ取った。

 

 

退却(отбой)!』

 

 

 刺すような冷たい気配が一気に萎むというよりも、潮が退くように遠ざかっていく感覚。撤退を開始したのだ。

 

 工作員側の立場になって考えてみれば当然の判断であろう。奇襲の利どころか先手を取られて逆奇襲を受け死傷者が続出し、車両2台も走行不能。おまけに護衛が持つ火力は当初の予想をはるかに上回る充実ぶりであり、しかも本物の消防車両や救急車、極めつけにパトカーまで続々と集結しつつある場所の目と鼻の先で派手な銃声を鳴らし続けているという、考えうる限り最悪の状況なのだから。

 

 これ以上の交戦は無意味どころか極めて危険だと判断した残りの工作員らは、たった1台残った無傷の消防車両を使っての退却に移ろうとしている。

 

 このまま逃がすか否か。伊丹の判断は――

 

 

「富田、栗林、援護射撃!」

 

 

 M7A1を両手で構えて救急車の陰から飛び出す伊丹。

 

 他国の地で荒事を実行できるだけの能力を備えた現地工作員の存在は存外貴重であると伊丹は実体験から理解していた。そんな補充の利きにくい存在を今の内に減らしておけば、敵対勢力に人員不足という枷を嵌める事ができる。そう考えて伊丹は追撃に打って出た。

 

 2台目の車両を回り込み3台目の車両を視界に収める。消防隊員に化けた工作員らが慌てて唯一無事な車両に次々と乗り込んでいくのが見えると、M7A1を手放して胸元のポーチに手を伸ばし、中身のM67破片手榴弾を取り出した。

 

 投げつけて一網打尽にしてやろうかと企てたのであるが、逆撃を食らって少なからず被害を出したとはいえそこは仮想敵国への潜入要員に選ばれるほどの工作員らである。

 

 予想以上の迅速さで全員車に乗り込むと、スライドドアを閉める手間も惜しいとばかりに急発進した。種類にもよるが、大体のものではピンを抜いた手榴弾が起爆するまで約5秒かかるよう設定されている。走り出してしまった車両に投げつけても、伊丹の肩では起爆する頃には車両は効果範囲から逃れてしまっているであろう。

 

 

「ちっ、欲をかき過ぎたな」

 

 

 素直にマガジン内を撃ち尽くすまで斉射すれば良かった、と舌打ちしながら手榴弾をポーチに戻そうとする伊丹の手を、背後に迫っていた人物が掴んで止めた。

 

 ロゥリィの手は白魚のように細く白く柔らかかったが、造形の見事さからは信じられないほどの握力の持ち主であったので、伊丹の手から手榴弾を奪い取るのは彼女には簡単であった。

 

 

「これって確かぁ、この金具を抜いてから投げつければいいのよねぇ」

 

 

 そう言ってゴスロリ少女は無造作に安全ピンを抜いてしまったのだった。安全ピンが抜かれても、ピンによって固定されていた安全レバーも本体から外れない限り信管には点火しないのだが、そもそも初めて手榴弾に触れたロゥリィはレバーを押さえておくという手順すら知らなかった。

 

 伊丹の目と鼻の先にあるロゥリィの手の中で安全レバーが手榴弾から跳ね飛ぶ。当然の事ながら、伊丹の頭から再び血の気が引いた。

 

 

「馬鹿、さっさとあっちへ投げ捨てろ!」

 

 

 全力で叫びながら無人の空間を指差す伊丹。対してロウリィは、

 

 

「分かってるわ……よぉっ!!!」

 

 

 という返事と共に手にした手榴弾を思いきりブン投げた。ゴスロリ衣装のフリルスカートが思いきりめくれ上がり、黒の下着に包まれた小さなお尻があらわになるほど派手な全力投球であった。

 

 ロゥリィが投じた時点で工作員が乗った車両は100メートル以上離れていただろうか。

 

 投げてからわずか1秒後、路地を曲がろうとした車両が突如として内部から爆発した。手榴弾が車の窓ガラスを突き破ったからだと理解するのに、数秒の時間が必要だった。

 

 爆発の衝撃と曲がろうとした際の慣性によって大破した車両がそのまま横転、続けて火球が生まれ瞬く間に車体を包み込む。燃料タンクへの引火による二次爆発であった。

 

 唖然呆然と、伊丹は工作員諸共紅蓮の炎に包まれた車両の残骸を見つめた。それは富田と栗林、駒門も同様である。

 

 普通手榴弾というものは、プロ野球選手上がりの兵士が投げても50メートル越えがせいぜいとされる。だがロゥリィは100メートル以上の距離を1秒で飛翔してしまうほどの剛速球を、先を走る車両の窓ガラスに直撃させる精密さを伴った上で見事投じてみせたのだ。驚くなという方が無理な注文だ。

 

 

「す、ストライク……」

 

 

 流石の伊丹もこう呟いてしまうぐらいの凄まじい所業である。投げた本人は満足そうに燃える車を眺めていた。

 

 

「うーん、やっぱり小さくて軽いからよく飛んだわぁ」

 

「考えてみりゃ、そりゃあんなデカい武器軽々振り回せるぐらいなんだから、手榴弾程度なら楽勝……なのか?」

 

「エムロイの使徒になって900年以上も血と戦いのある土地を旅し続けてきたのよぉ? 得物を振り回す以外にも、投擲術の1つや2つぐらいは身に着けてるわぁ」

 

 

 炎龍が出現した時も、動き回る炎龍の足元へ愛用のハルバードを地盤を砕いて突き立つほどの勢いで正確に投げつけ、数十メートルはある怪獣の動きを封じるという芸当をロゥリィは披露していた。あんな真似もできるのであれば、大リーガーも真っ青の剛速球とコントロールも納得である。

 

 ともかく、こうして国家安全企画部が送り込んできた拉致部隊は全滅したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 またサイレンの音が聞こえる。それは市ヶ谷会館の方向ではなく、小規模な戦場と化した死体だらけの路地を目指して接近していた。銃声やら爆発音やらを聞きつけた本物の消防隊と警察がこちらに向かっているのだ。

 

 

「本物の警察と消防に出くわす前にここを離れよう」

 

 

 そう指示を飛ばしておきながら伊丹はすぐに離れようとせず、側面をえぐり取られて屋根が不安定に傾いだ救急車の下へ足を向けた。

 

 

「何をしてるのぉ?」

 

「犯人の人相を確認しているのさ」

 

 

 死んだ工作員の変装を引っぺがして顔を露出させるとスマホで撮影する。M7A1で射殺した死体と、ドア越しに散弾を胴体に食らって死んだ助手席の工作員、2人分の顔を記録した。

 

 この時、伊丹が撮影に使用したスマートフォンが2次元美少女のステッカーが貼られた彼本来の私物とはまた別のものである事など、スマホ自体見るのが初めてなロゥリィが気付く筈もなかった。

 

 ロシア語を発したのが聞こえたのでロシア人―良い方か悪い方かの違いは放っておく―かと思いきや、マスクの下から現れたのは日本人の造形とは微妙に違うものの、まぎれもない黄色人種であった。

 

 黄色人種、特に日本の市井に紛れても違和感を持たれぬほど日本人に近い人種の国は意外と限られる。

 

 真っ先に伊丹の脳裏に浮かんだのは中共か半島の工作員である。だが国土に近いアジアの国々の血を色濃く引いたモンゴロイド系ロシア人も少なからず存在するので、そちら系の人種ばかりで構成された工作員を送り込んできた可能性もあった。

 

 もちろん、そう思わせる為にロシア語をわざと使った可能性も否定できない。もしかするとモンゴロイド系ロシア人に偽装した日系アメリカ人の可能性だって考えられるのだ。

 

 

「よし行こう」

 

 

 最後にもう1つ用事を済ませた伊丹は、ロゥリィと一緒に避難していた一行と合流した。

 

 

「イタミ殿! 今のヤツらは一体何だったというのだ!?」

 

「すんません、説明はまた後で。富田、栗林、皆の先導を。もっと人目に付きにくい細い路地を選んで進め。安全が確信でき次第どこに向かうか指示を出す」

 

「了解です。では皆さん、遅れないように付いてきて下さい」

 

 

 多種多様な格好の一団が足早に移動を再開し始めた。だが伊丹だけは足を止めたまま、一緒に離れようとしていたコートを羽織った公安警察官の背中へと声をかけた。

 

 

「駒門さん、ちょっと良いかな?」

 

「何ですかね伊丹さん」

 

 

 チラリと離れつつある部下と護衛対象らの背中を見やってから伊丹の口から押し殺した声が漏れる。

 

 

「実はですね……」

 

 

 伊丹の声をよく聞きとろうと駒門は耳を傾ける動作をとる。

 

 聴覚に意識を注いだせいで、伊丹が右手を腰の後ろに回してその手に持つ代物を見せないようにしていたのに、駒門は気付くのが遅れてしまった。

 

 

 

 

 そして腹部にチクリとした感触を覚えたかと思った次の瞬間、駒門の全身を衝撃、いや電撃が貫いたのである。

 

 

 

 

 

 

 

『戦争で最も危険なことは、敵を侮り、自分たちの力を過信することである』 ――ウラジーミル・レーニン

 




伊丹が偽装に気付いた理由はこの話で既にヒントが出ていたり。

当初のプロットでは箱根山中夜戦で終了予定でしたが、読者の皆さんが地獄の戦場をご所望のようなので予定を変更してCoDらしくもっと大規模な最終決戦に決定しました。
本当の地獄はこれからだ…(震え声)



※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。