GATE:Modern Warfare   作:ゼミル
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もはやタイトルナンバーは気にしないでください(開き直り)

報告:今話のあとがきにて気になった感想や指摘への返信を行っています。


10.999:Scientia est Potentia/ピニャ・コ・ラーダの憂鬱

 

 

 

 

<12:08>

 伊丹耀司

 新宿御苑

 

 

 

 

 

 さて、最初の面会相手と別れた伊丹は嘉納の背中が見えなくなると、すぐに次の待ち合わせ場所へと向かった。

 

 次の待ち合わせ場所と言っても、指定した駐車場は現在地である大木戸門に文字通り隣接しているので、ほんの10秒も歩くと到着である。季節と時間帯の都合もあってか、園内を訪れる客と同様に来客専用の駐車場に停められている車も少なく、待ち合わせの相手はすぐに見つかった。

 

 ……というか、仮にもう少し来場者が多い時期でもっと多くの車両が駐車していても、今回の待ち合わせ相手に限ってはすぐに見つける事が出来たであろう。

 

 何故なら日本の都心のど真ん中では明らかに不釣り合いな武骨でゴツい4輪の装甲車が、御苑の駐車場の片隅をデデンと占拠していたからである。

 

 

「目立たない車を頼んだつもりだったんだけどなぁ」

 

 

 ぼやきながらも装甲車の下へと向かう伊丹。

 

 その装甲車、遠目であれば大型のSUVに見えなくもないデザインなのだが、ある程度の距離まで近づくとその車体が分厚い装甲に覆われているのが丸分かりだ。しかも威圧感満々の車体には何故か箱根の旅館の名前がペイントされている。

 

 確かにこれから特地からの一行を温泉旅館に送迎するのに使用するのは事実だが、ピカピカの装甲車に温泉旅館のロゴという組み合わせは、ロケーションも相まって極めてシュールな絵面であった。

 

 車体そのものがそんじょそこいらの乗用車よりも大柄だ。タイヤも並みの乗用車より一回りも二回りも大きく、車高も高い。

 

 2000年代の中東辺りから大流行し始めたIED(即席爆破装置)対策を前提に多数開発されたMRAP(対地雷装甲車)の例に漏れず、爆風を車体から逃がしやすくしているのだ。全体的なデザインとしては特地で乗り回した輸送防護車の全長を少し短くした代わりに全体的な高さを増した格好である。

 

 KamAZ-53949・タイフーンL――それが装甲車の名前であった。

 

 タイフーンシリーズの開発が2010年代開始であるのを踏まえると、文字通り最新鋭の車両と言っても過言ではあるまい。

 

 

(超国家主義派の暗躍と第3次大戦の名残のせいで未だに回収しきれてなかったりブラックマーケットに流された兵器が大量にあるらしいからなぁ)

 

 

 それでも一体全体どんなルートを使って入手し日本に持ち込めたのやら。

 

 かくも摩訶不思議、複雑怪奇な謎のコネクションを持つ人物こそが、今日2人目の伊丹との待ち合わせ相手なのである。

 

 

「おーい、野本ー」

 

「久しぶりだな伊丹。無事なようで何よりだ」

 

 

 装甲車の傍らに立っていた相手――野本に伊丹が呼びかけながら手を振ると、彼も片手を上げて応えた。

 

 今日の彼は無地のコンバットパンツと黒のブルゾンにトレードマークのスマイリーワッペン付きニット帽という、日本の街中でも十分通用する服装であった。彼持ち前の精悍さも相まって、渋谷か原宿辺りでもうろつけば若者向けメンズファッション雑誌のモデルにスカウトされてもおかしくないレベルで非常に様になっている。

 

 ただしそこいらの雑誌のモデルとは違い、彼もまた懐に銃を呑んでいた。もちろん警官でもないのだから非合法である。そもそも伊丹に頼まれて指定された駅のコインロッカーに多数の銃火器と装備一式を用意しておいたのは野本だった。

 

 対して伊丹の方はくたびれた安物のスーツにコートをボタンの前も留めずにほったらかしという、一見だらしない窓際サラリーマンじみた姿である。だがその服の下にはフルオートのライフルに拳銃に大量の弾薬を隠しているのだ。スーツの前を留めないのも服の下から銃を抜き易くする為である。

 

 一見、リストラ寸前の中年男と武士を思わせる若い青年というちぐはぐな組み合わせの2人は、とても親し気に笑顔と握手、そして言葉を交わす。

 

 

「重ね重ね悪いね。今も大学生やってるんだけ?」

 

「ああ、もうすぐ冬休みに入るところだよ。それに気にしないでくれ。そっちは今大変そうじゃないか。戦友の危機に駆けつけるのは当然の事だよ」

 

「……本当、ゴメンなぁ」

 

 

 いや、今回の情報流出で被害を被るのが伊丹やら、そもそもの原因の一因を担う自衛隊や国のお偉いさんだけで済むのであればまだ伊丹的には気が楽なのだが、共に肩を並べて戦った戦友らにまで悪影響が及ぶとなると、流石の伊丹も心労と罪悪感のせいで非常に気が重たかった。しかもこれから更なる助力を求めようとしているのだから尚更である。

 

 ただでさえ馬鹿な政治屋(政治『家』ではないのがポイントである)の引き起こした大混乱によって、平穏な大学生活や隠居生活を満喫していた戦友の助けを否応無しに借りざるを得なくなってしまった。

 

 情報流出の度合いを考えると、下手をすれば野本や他の戦友らの個人情報まで暴露されてしまう可能性も危惧せねばなるまい。せめてイギリスとロシア辺りが情報操作に協力してくれればありがたいんだけどなぁ、と願う伊丹である。

 

 

「だから気にしなくていいさ。他にも助けが必要なのであれば遠慮なく言ってくれ」

 

「じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ。ところでこれが頼んでおいた足……で良いんだよな?」

 

「ああ。物自体もほぼ新品で整備もバッチリだ。『目立たない車が良い』と言っていたから、ちゃんと市街地カモフラージュ用の塗装も施しておいたぞ」

 

「カモフラ……は、はは」

 

 

 誇らしげに告げる野本の姿に文句を言う気力を失ってしまい、曖昧な苦笑で誤魔化す。傭兵と大学生の二足の草鞋を履く友人の間隔のズレっぷりに、彼の大学生活は大丈夫なのか伊丹はちょっと心配になった。

 

 野本が「見てくれ」と車の中身を披露しようとタイフーンの後部に取りつく。タイフーンは車高が高い為、後部ドアから乗車するには展開式のタラップを使わなければならない。車内は運転席と助手席を含む車体前半分の座席は前後2列、横並びに配置され、後ろ半分は左右3つずつ計6人分の座席が向かい合わせという配置だ。

 

 後部空間の座席の間に耐火仕様の大型ケースが鎮座しており、野本は後部ドアから中身が詰まってかなり重たそうなそれ半分ばかり車外へと引っ張り出すと、蓋を開けて中身を伊丹に晒した。

 

 伊丹の予想通り、箱の中身は大量の銃火器であった。

 

 しかも大口径の狙撃用ライフルからグレネードランチャー、果ては対戦車ロケット砲に各種対応した弾薬と、先日用意してもらった銃器よりも更に強力な物ばかり。

 

 小市民な伊丹は周りからの目が怖かったのでさっさとケースの蓋を閉めてしまったが、ここにある分だけでも小さな町の1つぐらいなら廃墟に変えられるであろう。現在地から目と鼻の先にある、昨晩騒動が起きた市ヶ谷や『銀座事件』の主戦場と化した皇居前に、再び破壊と混乱の嵐を巻き起こす事すら可能な火力がこのケースに詰め込まれていた。

 

 

「この通り追加の武器もある程度用意しておいたから好きに使ってくれ。向こうのバッグには予備の戦闘服一式も用意しておいたから、こちらも好きにしてくれて構わない」

 

「いやぁ本当助かるよ。下手しなくても特地で任務に出る時の支給装備よりも充実してるかもなぁこれ」

 

 

 しみじみと呟く伊丹。嘉納の事といい、持つべきものはコネの豊富な友である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「でさ、色々と用意して貰った上に車まで貸して貰っておいて恐縮なんだけど……」

 

 

 伊丹はつい先程嘉納から告げられた箱根の温泉旅館に向かえという命令と現地の警備体制についての情報を野本へ伝える。

 

 もちろん機密事項だが、野本に更なる協力を求める以上は隠し事をする気には伊丹はなれなかったし、特殊作戦群の存在を告げておかなければ最悪味方相手に同士討ちの危険もあった。

 

 警備体制の内容を聞いた野本は流石に今度ばかりは即答せず、代わりに質問を返した。

 

 

「日本政府側の護衛、それも特戦群が警備に当たるんだろう。それじゃあ足りないのか?」

 

「何となくなんだけどさ、嫌~な予感がするんだよね」

 

「……もしかして政府側の裏切りを警戒しているのか、伊丹は」

 

「それは違う――って言い切れないのが悲しい所なんだよねぇ」

 

 

 実際に部隊の総司令官に裏切られて世界各国でお尋ね者にされた挙句、仲間の大半を口封じに抹殺された伊丹の発言は言葉以上に重たいものを含んでいた。

 

 

「話そのものを持ちかけてきた人は信頼できる人なんだけど、その周りがさ。昨日だって似たような理由で追っかけまわされたし。それに相手が他所の国の情報機関だけで済めばまだ良いんだけど、その手の常識が通用しないどころか、予想の斜め上のやり方で派手にやらかしてくる連中の事も考えるとやっぱり不安でさ」

 

 

 情報機関というのは、基本的に危険人物の排除だとか、重要な情報源の拉致だとかといった荒っぽい工作を実行する場合、可能な限り慌てず騒がず荒立てず、そして影も形も痕跡も残さず済ませられるよう最大限腐心するものである。自国で行う場合もそうだし、作戦地域が支援態勢の不十分な他国の土地であるならば尚更だ。

 

 また勝手に活動される側の国も、最初から他国の情報機関が自国内で騒動の種になりそうな活動を察知できさえすれば、先んじて自ら干渉を仕掛ける事により活動そのものを封じる事も可能である。

 

 例えば、『もし勝手にこちらの土地で活動するのであればそちらにとって不利益なスキャンダルを外部に流しますよ』と脅したり、『目標となる人物を放置しておいた方がそちらの有利になりますよ』とデメリットよりメリットを強調して宥めすかしたり。

 

 余所の国の人間が活動するのが問題であるというのであれば、何らかの報酬や今後の信頼関係構築を盾に現地側の組織に『処理』を任せるのももちろん有効だ。そもそも情報機関にとっての暴力とは、あくまで政治的駆け引きで解決できない場合の最終手段なのである。

 

 だがそれは、活動内容が合法であれ非合法であれ、情報機関という存在は一国の政府機関傘下の組織に過ぎず、他国間との政治的しがらみとは切っても切れない立場にあるからこそ可能な手段なのだ。

 

 だが世の中には国家間のしがらみなんぞ知ったこっちゃない、しかも交渉も駆け引きもへったくれもなく、最初から暴力を用いて建物を破壊し、財貨を奪い、無差別に死を振りまく上、おまけに(実際の内情や支援体制はともかく)国家にも属さないという、厄介極まりない組織というのも存在するのである。

 

 大体の場合、そのような組織に所属する者を人はテロリストと呼ぶ。

 

 そしてテロリストは情報機関とは真逆に、最初から派手でより多くの被害を周囲に与える方法を行使するのを好むのだ。

 

 でもって伊丹はロシア超国家主義派、またの名をインナーサークルと呼ばれるテロリストの中でもとびっきり危険かつ金も武器も兵力も豊富な連中から、それはもう激しく恨まれている身なのだ。

 

 同時にインナーサークルもまた、各情報機関と同様にレレイやピニャら特地の来賓の身柄を狙っている可能性があった。

 

 指導者だったマカロフの死に加え、第3次大戦後はロシア国内から超国家主義派を支援する権力者も一層された事により、インナーサークルは急速に衰退しつつある現状だ。

 

 だったらまだ戦力に余裕があるうちに大博打に出よう――そう考えても不思議ではない。特地来賓らを拉致し更に『門』を占拠、最終的に『門』の向こう側の異世界の覇権を握る、なんて絵空事を連中が目論んでいたとしても伊丹は驚かなかった。

 

 WW3を本当に引き起こして全世界を焦土に変える寸前まで達成して見せた連中だ。必要とあらば異世界侵略だって躊躇いなく実行するだろう。

 

 

「なるほど、伊丹の危惧は自分にも理解できる。分かった、エンリケらと合流して何時でも救援に向かえるようこちらでも待機しておこう」

 

「本っ当にスマン! この借りは必ず返すし、かかった費用もこっちが出すから!」

 

 

 正確には上に掛け合って官房機密費辺りから出させるつもりである。そもそもホテルから焼け出されて危うく拉致されそうになったのも政府の警備態勢に不備があったからなのだ。伊丹は情報流出分の責任追及も兼ねて不興を買わない程度にあれやこれやと日本政府におねだりする気満々だった。

 

 

「ふむ、そこまで言うのであれば1つお願いさせてもらおうかな」

 

「おう、時間と財布の都合がつく範囲なら何でも聞くぞ」

 

 

 胸を張って微妙に締まらない回答を伊丹が言い放つと、野本は懐に手を入れ、服の下に隠していた物を伊丹へと差し出す。

 

 それは何の変哲もない数枚の色紙と黒のサインペンであった。

 

 

「その、すまないがトモさん達へのプレゼントにしたいから、国会中継に出ていた異世界からのゲスト達ののサインを貰ってきてもらえないだろうか」

 

 

 トモさん、とは野本の彼女で大学の同級生の事である。昔写真を見せてもらったが、胸囲的な部分においてはあの栗林すら上回るかもしれない位の逸材であったのを伊丹もよく覚えていた。

 

 今話題の有名人からサインを貰って恋人への贈り物にしようと考える辺り、野本へ何とも言えない若さを感じた伊丹はどこか楽し気に笑みを浮かべながら、戦友からの頼みを2つ返事で快諾するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<同時刻>

 ピニャ・コ・ラーダ

 都内某図書館

 

 

 

 

 

 胃の中は当の昔に空っぽになっていた。

 

 それでも吐き気は治まらず、ピニャは図書館の女性用トイレに顔を突っ込むようにして胃液を吐き出し続けた。ここまでくると胃そのものが口から飛び出してきてしまうのではないか、そんな不安に駆られてしまう。

 

 それでも何事にも終わりは訪れるもので、ゆっくりと胃の方が落ち着きを取り戻し始める。手探りでレバーを探して吐き出した物を処理すると、便座に縋りつくようにしながらも必死に足に力を入れて身を起こした。

 

 個室からフラフラとした足取りで出てきたピニャの下へすぐ外で控えていたボーゼスが駆け寄った。

 

 

「ああ殿下、お気を確かに!」

 

「すまないボーゼス。だが私は平気だ、トミタ殿の下へ戻って調査を再開するぞ」

 

「ですがピニャ様、そのような状態でこれ以上無理をされては!」

 

 

 有体に言って今のピニャはまさに満身創痍である。目元は朝よりも更に落ち窪み、顔もやつれて生気が乏しくなっている上、何度も嘔吐した際に体力を激しく消耗したせいで立っているだけでも足元がふらつくという危なっかしい有様なのだ。

 

 ただし彼女の目だけはギラギラと激しい眼光を放っている。今のピニャは執念じみた知識欲を原動力に崩れ落ちてしまいそうな肉体を必死に支えていた。

 

 

「ボーゼス、妾には時間がないのだ。今妾が倒れてしまっては、帝国は破滅の未来を自ら選んでしまうかもしれないのだぞ! 帝国の皇女としてそのような未来を防ぐには、今ここで成すべき事を成し遂げねばならないのだ!」

 

「殿下!」

 

「ボーゼス!」

 

 

 図書館のトイレで赤髪の美女と金髪美女がひしと固く抱き合う。

 

 

「分かりました。ボーゼス・コ・パレスティー、最期まで殿下とお供いたします」

 

「ありがとうボーゼス、そなたの献身は末代まで妾が語り告ごう!」

 

 

 気合を入れ直したピニャは手洗い場で顔を洗い、口をすすぎ、ガタガタになった体に鞭を入れて女子トイレから颯爽と出て行く。

 

 出てすぐにトイレの入り口前で所在無さげに立っていた富田と合流を果たす。異世界からのVIPが急に青い顔をしてトイレへと駆け込み、室外に控えていた富田の下まで聞こえるほどの勢いでゲーゲーやっていたとあって、不安と心配のあまり彼までもその精悍な顔を青いものに変えていた。

 

 

「ピニャ殿下、その、本当にお体の方は大丈夫なのでしょうか?」

 

「心配は無用だ。それよりもトミタ殿、さっさと続きを再開するとしよう」

 

 

 先頭に立って閲覧室の一角へと戻るピニャ。生まれたての子馬よろしく震える一歩手前な状態を誤魔化す為にさっさと着席する。ボーゼスはピニャの隣、富田は2人の反対側の椅子に座り、二等辺三角形を構築する。

 

 そして3人は三角形の内側に鎮座する存在……片っ端からプリントアウトしたデータベースの資料、分野別の本棚から持ってきた20世紀初頭から現代にかけて発生した重大事件、ならびに戦争を特集した資料本の山―特に第3次大戦を扱った資料が多い―へと手を伸ばした。

 

 なお、図書館の書籍やデータベースを印刷・複写する場合は1枚につき数十円から百数十円の費用が掛かる。そしてピニャはネット上の情報だけでも軽く100枚以上に達する枚数をプリントアウトさせていた。

 

 急遽相応の経費が必要となったが、分かれる前に伊丹から渡されていた資金―アルヌス駐屯地を離れる前柳田経由で狭間陸将から与えられた寸志の一部―のお陰で、富田の財布が空っぽになるという非常事態は回避されている。

 

 

「分かりました殿下、それでは第3次大戦の発端となったロシアのザカエフ空港で発生した銃撃テロの部分から――」

 

 

 

 

 

 

 

 図書館でピニャが得る事に成功した、地球における主だった戦争についての情報は質・量ともに彼女の想定を遥かに上回っていた。

 

 しかし、入手した情報を富田の協力のもと翻訳し、時折『門』の向こう側には存在しない概念や単語(飛行機、戦車、ミサイル、毒ガス、核兵器、総力戦など)の意味を解説してもらう事でこの『チキュウ』という異世界の知識を深めれば深めるほど、ピニャの顔色はどんどん悪くなっていった。

 

 生物ではない、人の手によって完成された空飛ぶ機械が音よりも早く飛び、肉眼で捉える事が出来ぬ程遠くから自動的に敵に誘導して爆発する兵器を発射する存在を知ってピニャは驚愕した。

 

 空気に毒を乗せてばらまく事で何万人もの兵士を殺し、その数十年後には更に何百万人もの罪のない市民が同じように死んでいった事を知ったピニャの顔から血の気が引いた。

 

 たった1発で数万の人々を街ごと灰燼に化す事が可能な核兵器という武器、それらを遥か彼方の土地から敵国の中枢へと正確に送り込む事が可能な弾道ミサイルの存在を教えられたピニャは、魂が抜けるような錯覚を味わった。

 

 世界大戦と呼ばれる地球で発生した複数の国家間の戦争によって数千万人もの犠牲が発生し、しかもそのような大戦争が3回も行われたのだと―しかも3回目はほんの1年前の出来事だ!―詳細な資料付きで伝えられるに至って、ピニャはとうとう耐え切れずにトイレに駆け込んで吐いた。

 

 あまりに桁が違い過ぎた。

 

『門』発生直後に帝国が編成し、日本に攻め込み、そして失った連合諸王国軍約10万の被害など、地球で起きた戦争の規模に比べれば可愛いものであった。

 

 いや、実際には民間人への付随被害を抜きにした軍単体の被害として考えると、10万という数字は地球側の主だった軍隊にとっても膨大なものである。

 

 だが地球側の軍事論を知らぬピニャは地球の戦争の歴史を知れば知るほど、地球側の軍事力と戦争のスケールに比べれば帝国のそれなどただただちっぽけなものだという思いを強めるばかりであった。要は数字の大きさばかりが強調されて彼女の脳裏へ刻まれてしまったのである。

 

 ピニャが地球の戦争にまつわる事柄と共に調査している案件が他にもあった。

 

 

「トミタ殿。イタミ殿はその空港テロ? を起こした首謀者であるマカロフ(なにがし)を追いかける役目に当時就いていたと言っていたが、どうしてイタミ殿は事件が起きた『ロシア』という国ではなく、この『ブラジル』とかいう海の遥か彼方にあるロシアから離れた異国で活動しておられたのだ?」

 

「さ、さぁ。自分は当時は伊丹隊長の下にはおりませんでしたし、当時の隊長が加わっていた部隊や従事した作戦そのものが機密事項として取り扱われているようですので、自分にはお答えできそうにありません」

 

「そうか、ならば仕方ないか。すまぬトミタ殿」

 

 

 昨晩、梨沙宅において伊丹が語った冒険譚。伊丹は第3次世界大戦を引き起こした首謀者を追跡する任務に従事していたと言っていた。

 

 当時の彼の足取りを追う事で、別の視点から地球の世界情勢や軍事力などへの理解と知識を得られるのではないか、そうピニャは目論んだのだ。話にはピニャには理解できない単語や地名が多々含まれていたが、富田の助けを借りてデータベースで話に出てきた単語を検索してみると、呆気ないぐらい簡単に大量の情報を入手する事に成功した。

 

 まず驚いたのは世界地図の存在である。

 

 特地にも勿論地図は存在している。しかしピニャが図書館で手にした地球側の世界地図は、特地側のそれとはあまりにも桁違いの規模と精密さでもって地形の1つ1つが詳細に書き込まれていたのだ。

 

 しかもこれほどまでに緻密な地図を地球では気軽に人々が入手できるのだという。

 

 これが帝国なら、帝都の宮殿の書庫の奥深くに厳重に保管された上で最高位の軍人か元老院議員にのみ閲覧を認め、もし外部へ持ち出そうものなら実行犯のみならず一族郎党皆殺しを命じる程の最重要機密として扱わねばならない、そんなレベルの代物である。

 

 ともかくピニャは、まず伊丹の語った地名の位置を調べると、印刷した世界地図に目印をつけては順番に土地と土地を結ぶ線を引いていった。その作業だけでも伊丹が経験してきた追跡行の過酷さが理解できた。

 

 ブラジルという国は国自体は中々に栄えているが、帝都の悪所街―要はスラムである―を何倍も悪化させたような治安の悪さで有名だという。アフガニスタンにシエラレオネ、ソマリアなどはブラジルよりも更に酷く、現在まで続く内外入り乱れた戦乱によって何十万人もの死者が発生したと資料には記載されていた。

 

 カムチャッカとシベリアに至ってはかの悪逆マカロフの支配下に置かれたロシア国内の土地である。つまり伊丹らは敵の首魁のお膝元へ単身侵入するという危険を冒し、そして生還してみせたのだ。チェコもまた伊丹の発言が正しければロシア軍による占領直後にいち早く国内へ潜入し、現地反抗戦力の手助けを行ったという事になる。

 

 つまり調べれば調べるほど、ピニャは伊丹という男が、いち軍人には到底収まらない経験と偉業を積み重ねてきた凄まじいまでの猛者であると思い知らされたのだ。

 

 極めつけとなったのは、『門』が発生して初めて帝国が日本側へ軍勢を送り侵略を試みた時(地球側では『銀座事件』と呼ばれているのをその時ピニャは初めて知った)、日本側がいかにして撃退に成功したのかを調べた時である。該当の資料に目を通してみると、どういうわけか真っ先に伊丹の名前が出てきたのだ。

 

 その時になってようやく、ピニャとボーゼスは伊丹が銀座における帝国軍撃退の立役者でもある事を知ったのである。

 

 

「こ、これは本物のイタミ殿を写したものなのかトミタ殿!?」

 

 

 震える指でピニャが指さしたページには、帝国軍の兵士の死体の山に囲まれながら奇妙な鎧を着こんで頭から血を流しながらも、長剣を片手に何千もの帝国兵を睨みつける伊丹の姿がデカデカと掲載されていた。

 

 

「そこに写っているのは本物の伊丹隊長ですよ。『銀座事件』においては帝国軍による襲撃の最中、当時非番だった隊長は一般市民を救出しながら混乱によって命令系統から外れてしまった警察官らを取りまとめて何千もの市民が避難し終えるまでの時間を稼ぎ、更には事故によって負傷し人質に取られた警官隊を救出する為に、たった1人で万を超える帝国軍の軍勢へ立ち向かったお人なんです」

 

 

 今度こそピニャは気絶してしまいそうだった。ボーゼスも同様である。

 

 

「……」

 

「……」

 

「……ボーゼス」

 

「は、はい」

 

「お前、イタミ殿にあれだけの無礼を働いておきながら、本当によく殺されずに済んだな……」

 

「わ、私も当時の我が身の至らなさと幸運を大変痛感しております……」

 

 

 当時伊丹に救助された避難民や彼の指揮下で戦った警官らの証言によれば、伊丹は帝国兵のみならず複数のオークや果てにはジャイアントオーガーすらも単身で撃破せしめたという。

 

 

「ボーゼス、お前ならオークの集団やジャイアントオーガーを単身生身で倒す事が出来るか?」

 

「無理ですピニャ様。怪異使いのような技能を持っているならばともかく、独りで立ち向かうとなればそれこそロウリィ聖下のような亜神か、さもなければ御伽噺として伝えられる神代の英傑のような存在でもない限りは……」

 

「……つまりイタミ殿は聖下や神代の英傑並みの戦士という事になるな」

 

「そうなりますね」

 

「いや、流石にそれは大げさな」

 

 

 ピニャとボーゼスがあまりに深刻な顔で互いの顔を見合わせるものだから、流石の富田も苦笑を漏らしてしまうのであった。

 

 

「ピニャ殿下、そろそろここを出ないと集合時間に間に合いませんので、よろしいでしょうか」

 

「わ、分かった」

 

 

 

 

 

 そうしてピニャとボーゼスはプリントアウトした上で特地の言語による翻訳文が書き込まれた大量の資料の束を抱え、待ち合わせ場所へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私はわずかしか知らない事を自覚したら、より多くの事を知る為に努める』 ――ウラジーミル・レーニン

 

 

 




ピニャ殿下(の胃)が死んだ!
なおこの程度は序の口の模様。
最近のロシアの装甲車は米軍よりもゴテゴテしてなくて洗練されたデザインで気に入ってます。

今度こそ次回から一気に展開を動かす予定ですが入浴シーンも入れるか悩んでますw



以下一部感想への返信。


>誤字

報告ありがとうございます。

>特地の人々にピニャ経由で伊丹の経歴が伝わったらどうなるのか

話自体をそこまで続けるかはともかく酷い事になります(確定)
何せ原作とは違って伊丹が直接手にかけた帝国兵は数多いので…

>日本で歴史に残るレベルだけど、記録に残せない戦争開幕確定
>今度は強羅近辺が盛大に「炎熱」ばりの大炎上~

いいえ、もっと酷い事になりますがまたそこは追々…w

>なんて白々しい連中だ(憤怒)

誰も彼らのせいとは言ってませんから(棒)

>EMP対策云々~

Wiki参照になりますがロシア空挺部隊の侵攻時点でCIA本部、キャンプ・デービッド、ペンタゴンなどのアメリカの主要政府機関が破壊されたそうです。
対EMP措置を受けていても核発射以前の時点で資料が保管されている施設や設備が物理的被害を受けた上、攻撃や火災による2次被害で防護シールドなどが破壊され、効果を失った所へEMPを食らい結果大被害…という顛末ですかね。
そもそも原作の時点で対EMP処理されているであろう戦闘機やヘリといった現代兵器の数々もことごとくやられたのを考えると…って感じで作中ではああなりました。

あとこれ以上リアリティを追求したければ「研究論文でおk」ってな話になりますし…
ともかく、この作品独自の展開と考察という事でご了承ください。


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