GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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10.9:Clear and Present Danger/パンドラの箱

 

 

 

<06:45>

 ピニャ・コ・ラーダ

 都内某所/葵 梨紗宅

 

 

 

 

 

 

 

 一睡もできぬまま朝を迎えてしまった。

 

 帝国に支配されるファルマート大陸の現在の季節は夏。だが初めて訪れた『門』の向こう側の異世界、開門先である『ニホン』という国は真反対の冬であった。

 

 燦々と陽光が降り注ぎ、肌に汗を滲ませる故国から一転、雪が降るほどではないが寒気に身震いしてしまう程度には冷え込む異国にて初めての朝を迎えたピニャは、梨紗から提供されたアニメキャラ入りの毛布に包まりながらかれこれ数十回目かの溜息を密かに漏らした。

 

 頭上では『えあこん』とかいう謎の原理で室内を温める道具が唸りを上げて温風を吐き出している。これがまた帝都の宮殿にあるどんな暖炉などよりも快適であった。

 

 火を一切使わず灯りを点し、部屋を暖め、遠方での出来事を伝えてくれる道具を作動させる。これらは皇帝や貴族といった権力者しか手に入れる事ができないのかといえば決してそうではなく、日本の各家庭のほぼ全てが所有しているのだという。

 

 その事実だけで―イタリカやアルヌスで自衛隊の能力を見せつけられてある程度理解していたつもりだったが―日本が帝国から遥かに隔絶した技術を持つ超大国なのであると、ピニャは否応無しに再確認させられていた。

 

 しかし彼女から睡眠を奪ったのはそれだけではない。ピニャが一睡も出来なかった主な原因は伊丹にあった。

 

 今彼はカーテンの陰に隠れるようにして窓辺に佇みながら、怪しい人影や気配が建物の周囲に近づいていないか警戒しつつ、手の平大の長方形の物体を耳元に当ててまだ寝ている面々を起こさない程度の音量で呟いている。

 

 確かあれも遠方の人物と音声で連絡を取り合う為の道具だった筈だ。極秘会談の直後、富田と栗林が同じような物を使用していたのをピニャは間近で目撃していた。

 

 

「……ああ、マズい事になっちゃってね。たびたび申し訳ないんだけど今度は足も一緒に……悪いね。この借りは必ず返すからさ…………いやいやいや、ただでさえこっちの都合でややこしいトラブルに首突っ込ませちゃってるんだからさぁ。せめて調達してもらった分の代金ぐらいは出させて……分かった。とりあえず場所と時間を指定するからそこで会おう。

 あとさ、できれば足も準備して貰えればありがたいかなって――何? 最近新しい装甲車が手に入ったからそれを持ってくる? 悪いんだけど一応お忍びで来てるお客さんもいるから、なるべく目立たない乗り物ならありがたいかなーって……」

 

 

 会話の内容は日本語である。ピニャは日本語についてほとんど知識がないが、伊丹の声のトーンは上司への報告や部下に命令を命じる時のような堅苦しさが感じられない、かなり気安い雰囲気のそれであった。

 

 会話先の相手はおそらく仕事関係ではなく伊丹の個人的な友人かそれに類する人物であると、ピニャは推察した。

 

 親しい者と軽い口調で会話を交わしつつ、かといって伊丹は決して警戒を緩めていない。目を細めて窓越しに周囲をくまなく見張りながら、イタリカで野盗相手に行使した『ジュウ』の同類であろう武器をすぐ手元に置いているのが何よりの証拠であった。

 

 

「――ああ、ああ、爺さん達にも、念の為に気を付けるように伝えておいてくれ。それじゃまた後で」

 

 

 どうやら会話は終わったようだ。伊丹が喋るのを止めて耳に当てていた物体を下す。それを合図にピニャも毛布に丸まって必死に少しでも睡眠を取ろうとする努力にとうとう見切りをつけると、狭い部屋にギュウギュウ詰めで雑魚寝していた面々の間から抜け出すようにしてのっそりと体を起こした。

 

 

「おはようイタミ殿」

 

「おはようございますピニャ殿下。よく眠れ……ましたか、ね?」

 

 

 朝の挨拶に応えようとピニャへと振り返った伊丹は中途半端に言葉を途切れさせ、語尾に至っては何故か疑問形であった。

 

 

「ちょっと大丈夫ですかピニャ殿下。具合が悪いんだったら無理なさらずに休んでおいた方が」

 

「妾は平気だぞ。少し眠りが浅かっただけだ。ところで顔を濯(そそ)ぎたいのだが水はどこで借りられるだろうか」

 

「だったらそこの扉を開けると洗面所になってますんで、そこを使って下さい」

 

「うむ、ありがとう」

 

 

 まだ寝ているボーゼスらを踏まないように気を付けながら、示された扉を開けて小さな洗面所に入る。

 

 そこの洗面台は水回りが帝都の宮殿にも使われているのと似たり寄ったりの構造だったので、初めて使うピニャでも感覚的に水の出し方(といってもレバーを上げ下げするだけで、左右に振る事で水温調節も可能である点までは見抜けなかった)を把握できた。

 

 冬場独特の肌を刺すように冷たい水で何度か顔を洗うと、思考を薄靄のように覆っていた眠気も一気に吹き飛んだ。

 

 タオルで顔を拭いてふと顔を上げたピニャは、洗面台上部に設置された鏡に映った己の顔を見るなり苦笑した。

 

 

「なるほど、イタミ殿が心配するわけだ」

 

 

 皇族という帝国でも最上級の地位に生まれ育つ間に形成されたピニャの端正な美貌は、目の下に広がる青黒いクマによって盛大に台無しになっていたのである。

 

 それが精神的ストレスからくる睡眠不足が原因である事は確実であった。少しでもうっ血を薄れさせようと目元を揉みながら、ピニャは今朝1番の盛大な溜息を吐き出した。

 

 

「1発で3万人を消滅させてしまう威力の兵器に、1億人もの民が犠牲になるほどの戦争、か」

 

 

 自衛隊と遭遇してからこのかた次々と舞い込むトラブルにただでさえ心労を重ねていたピニャであったが、梨紗宅で伊丹が告白した彼の過去、その一端として触れられた『門』が開くほんの1年前にこの世界で発生した戦争の説明こそが、彼女から安息の眠りを奪った元凶であった。

 

 ピニャはイタリカで、悪夢に出てきそうな程に凄まじい自衛隊の暴れぶりを直接目撃した当事者の1人である。

 

 自衛隊が持つ圧倒的な暴力、その矛先がもし帝国に襲いかかろうものなら成す術も無く帝都まで蹂躙されるのは必定であろう。そのような未来を回避すべく、ピニャは我が身を犠牲にして和平交渉を行うべくこうして敵の本国まで乗り込んできたのだ。

 

 だがピニャは知らなかった。帝国が敵に回した異世界には、自衛隊や日本以上にピニャらの常識を遥かに超越する悪魔の力が存在する事を。

 

 そして伊丹らによって教えられた。悪魔の力を戦に用いた場合、どれだけ膨大な被害がもたらされるのかという事を。

 

 もちろん伊丹らから聞かされた説明は、あくまで帝国と敵対する日本側の人間から口頭で告げられた内容に過ぎず、明確な物証を提示されたわけでもない以上、件の話は日本側に有利な印象を与える為の偽情報の可能性だって考えられる。偽情報で敵を混乱させるのは実際の戦場から剣を交えぬ政治的な権力争いにまで用いられる常套手段である。

 

 事実なのかどうか確認する必要があった。もし昨夜の伊丹の説明が全て事実であれば、数万の兵を一撃で消滅できる『カクヘイキ』とやらや、1国の首都を国の中枢ごと汚染してしまうほど強力な毒が帝国に対し行使されるという最悪の可能性が、ピニャの新たな悪夢に追加される事となる。

 

 もちろん自衛隊は化学兵器を所有していないし、核兵器などもっての外である。だがその事を知らないピニャは自衛隊も核兵器や化学兵器を所有しており、もし帝国が日本に従わないのであれば躊躇いなく行使してくるのではないかと、昨晩は一睡もする事無く1人悶々と恐れおののき続けていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございますピニャ様。先にお目覚めになられておられましたか」

 

「ああボーゼス。お前も目を覚ましたか。お前も顔を洗ってくるといいぞ、冬の水は眠気をまとめて吹き飛ばしてくれるからな」

 

「ではお言葉に甘えて失礼ながら」

 

 

 ピニャより少し遅れて目覚めたボーゼスと入れ違いに洗面所から出ていく。

 

 他にもロゥリィも起床しており、窓の外に上った朝日に向かって傅くと両手を組んで祈りを捧げていた。その姿は小柄な少女の外見に見合わぬ巨大なハルバート込みでも関係なしに思えるほどの荘厳さを漂わせており、やはり神の使徒として亜神に選ばれる人物だけあってそんじょそこいらの信者とは格が違うのだとピニャは再認識した。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 と、異世界の皇族というよりは仕事に疲れ切ったキャリアウーマンみたいな雰囲気を漂わせながらピニャも腰を下ろす。

 

 彼女の手は自然と近くに積まれていた薄い本の山に伸びていた。そのままページをめくり、妙に線が細い美形の男性同士がくんずほぐれつしている内容に目を通していく。

 

 

「異世界の芸術とは素晴らしいな」

 

 

 そしてしみじみとこう呟いたのであった。呟きを聞きつけた伊丹が苦笑に口元を引き攣らせた事に、本に夢中になっていたピニャは気付かなかった。

 

 

「殿下、私にも是非読ませて下さい」

 

「ボーゼス、お前にもこの芸術の良さが分かるか」

 

「もちろんです! しかしニホンの文字が読めないのが惜しいですね」

 

「そうだな。こうなったらぜひ語学研修で一刻も早く日本語を習得し、これらの芸術品を翻訳して向こうへ持ち帰らなくてはなるまい」

 

「ニホン政府が写本の許可を認めてくれれば良いのですが……」

 

 

 個人同人誌の写本許可を政府に求められても国が困るだけなんだけどなぁ、という独り言めいた伊丹の指摘は、ボーゼスと一緒に同人誌に夢中になっているピニャにはやっぱり届かないのであった。

 

 

「はっ!? ここは誰!? 私はどこ!?」

 

「おっ、ようやく現世に帰ってきたか。悪いけど朝飯用意してくれないかな」

 

「えっ、えっ、えっ?」

 

 

 伊丹の衝撃の告白に精神が受け止めきれず気絶してしまい、そのまま熟睡していた梨紗もようやく目覚める。

 

 梨紗は意識と記憶が途中で途切れて若干混乱していたが、元旦那に言われるがまま朝食を用意―食材は昨晩、梨紗の家を訪ねる前に顔が世間に知られていない部下2人をコンビニに寄らせて買っておいた―していく。彼女が簡単に何品か拵える頃には残りの面子も起き出していたので、そのまま一行は朝食を取るのであった。

 

 食事の間、室内には音量を落としたテレビのニュースがBGM代わりに流されていた。

 

 番組では昨日の参考人招致の様子を繰り返し映しているが、それはどちらかといえば『門』の向こうから来日したレレイやテュカらの姿よりも、野党議員からの質問に回答する伊丹の姿が流出した海外時代の写真と1セットで流される回数の方が圧倒的に多かった。

 

 番組内容そのものも、異世界からの美少女らが初めてカメラの前に姿を現した事以上に、現役自衛官を秘密裏に海外の戦場へ送り出していた自衛隊や、それらを隠蔽していた現政権に対する注目と批判する言動ばかりが目立つ編成となっている。

 

 

「元老院議員どころか、無関係なお馬鹿さぁん達からもこうも文句を言われるなんて、イタミってば本当に苦労してるわねぇ」

 

「一応これでも昔よりはマシになった方なんだけどねぇ。それに作戦目的はともかく、自分とこの国の軍人が非合法な戦闘を海外で実施してそれを政府が隠蔽していた事自体も事実なんだから、こういう反応をされるのもしょうがないと思うよ」

 

「確かにそれが明らかになろうものなら、下手をしなくても宣戦布告と受け取られて戦争の引き金になってしまってもおかしくないかもしれないが……イタミ殿はそれで良いのか?

 昨夜の話から察するに、イタミ殿とその仲間は多大な苦労と犠牲を重ねた果てに大逆人を見事に討ったのだから、本来ならば英雄と称えられるべき立場ではないのか?」

 

「ピニャ殿下。生憎この国じゃあ人を救って英雄にはなれても、人を殺しただけで英雄にはなれないんですよ」

 

 

 伊丹からの回答は、言葉以上に重い何かを帯びていた。彼に呑まれたピニャはそれ以上言葉を続ける事ができなかった。

 

 にわかに重苦しさを増した場の空気を払拭すべく、伊丹は努めて明るい声を出し話題の切り替えを試みる。

 

 

「ところでこれからの予定なんだが、今日はもういっその事パーッと皆で楽しむぞ!」

 

「いやいやいや、楽しむったってそれどころではないですからねたいちょー」

 

 

 と、即座に栗林が反対する。隣の富田も同意見とばかりに眉根を寄せている。

 

 

「いいか、俺のモットーは『食う、寝る、遊ぶ、その間にほんのちょっと人生』だ!」

 

「それ今まっっっっったく関係ないですよね!?」

 

「でも今はそんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない「ミストさん乙」ともかくさ、また昨晩みたいに襲撃があるかもしれないんだから、ここに閉じこもっているよりは人目のある所で遊んでいた方がまだ安全だし、よっぽど得だとは思わないか?」

 

「そうかもしれませんが……」

 

「第一、これは皆の為でもあるんだ」

 

「それってどういう意味かしらぁ?」

 

 

 すると伊丹は表情と声色を真面目なものへと変えて続ける。

 

 

「例えば昨日の夜襲ってきた連中は、おそらくどこかの国の諜報機関の工作員だったんだろうが、ヤツらは行動不能にはなるけど命は奪わない武器ばかりを所持していた。つまり連中の狙いはなるべく危害を加えず護衛対象、つまり『門』からやってきた特地のみんなを拉致するのが目的だったんだろう」

 

「なるほど、妾ら帝国の人間がニホンと交渉するのが気に入らぬ勢力が存在するのだな」

 

「そんな感じです。で、そういう連中は大体がなるべく密かに行動したい連中だから人目も出来る限り避けたがる。だったらこっちは相手が嫌がるような事をすれば良いわけです」

 

「つまり常時人目のある場所に身を置いて注目され続ければ良い、という事?」

 

「その通り。特にレレイとテュカとロゥリィは国会中継にも出たから世間に顔も売れてるし、人前に出たら勝手に野次馬が集まってくるだろうねぇ。で、こっちも頭数が多いからさらうにも人手が必要だから……」

 

「それだけの大人数が不自然に近づいて来たら逆に目立つし、野次馬が邪魔で相手も満足に動けなくなる――というわけですね」

 

「そーゆー事」

 

 

 我意を得たりと満足げに伊丹は皆に向かって頷く。そこに梨紗が大声で割り込んだ。

 

 

「だったらお買い物っ! 原宿に渋谷に皆で行こう!」

 

「ちょっと待て梨紗、何でお前が提案するんだ。大体、金欠でピーピー言ってたんじゃなかったのかよ」

 

「残念でしたー! あれは先輩からの慰謝料に手を付けてなかったからですー! これまではお金の出所が分かんないせいで怖くて使えなかったけど、事情が分かれば遠慮は無用! もう原稿も間に合いそうにないしこうなったらヤケ買いしてやるんだからー!」

 

「お前最後のが本音じゃないか?」

 

 

 梨紗の提案には、ピニャも興味を惹かれた。

 

 店の品揃えと品質からその土地の豊かさと流通状況などを見極めるのは情報収集の常套手段である。それにピニャとて年頃の女性、皆とワイワイお買い物を楽しむという行為自体、非常に興味があった。何せ彼女は帝国の第3皇女であり、気軽に買い物に出る事などほとんど許されない立場なのだ。

 

 しかしピニャは断腸の思いで別の手段による情報収集を行う事に決めた。

 

 

「すまぬが妾とボーゼスは、『この世界』について調べる事ができる場所へ行ってみたいのだが、それでも構わないだろうか」

 

「ピニャ殿下とボーゼスさんはテレビで顔が流れてないしな……分かりました。それじゃあ富田は2人に付いて案内してやってくれ」

 

「了解です。隊長は他の皆さんに同行を?」

 

「いや、俺は単独行動だ。皆とは一旦分かれてまた後で合流する」

 

「何、1人で秋葉巡りでもするつもり?」

 

 

 梨紗の発言自体は半分嫌味で半分はからかいのつもりだったのだが、元夫からの返答は極めて深刻な内容であった。

 

 

「いや、俺は超国家主義派の残党からも恨まれてるからな。今は政府の護衛を当てにできない以上、俺だけ単独行動しておいた方がむしろ皆の安全に繋がるだろうし。

 ヤツらは他国の工作員と違って一般人をより多く巻き込むやり方を好むから、俺を見つけたらたとえ人ごみのど真ん中にいようが躊躇いなく爆弾を投げ込んで銃をぶっ放してくるぞ。梨紗も巻き込まれたかないだろ?」

 

「………………」

 

 

 こうして特地からの賓客勢とその護衛一行は3つの小グループに分裂して街に繰り出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 富田の案内の元、ピニャとボーゼスは図書館を訪れた。

 

 館内に入っていくと、3人の入館に気付いた利用客や職員が一斉に注目を視線を浴びせる。ガッシリとした体育会系の体つきとはいえ正真正銘の日本人である富田はともかく、宝塚辺りの女優が着ていそうな純白の騎士服姿の外国人美女が―実際には外国人ならぬ異世界人である―2人も並んでいるとなれば、大概の人間は興味を惹かれるであろう。

 

 しかしピニャは帝国第3皇女であり、ボーゼスも帝国有数の貴族子女である。注目される中体裁を整えるのは権力者の家に生まれた者にとっての必須技能だ。既に昨晩都心部を移動していた時点で自分らが日本人の衆目を集める存在であると自覚していたピニャとボーゼスらは、周囲からの視線に特に怖気づく事もなく奥へと進んでいった。

 

 そんな彼女らも、ズラリと並ぶ本棚1つ1つにギッシリと収められた大量の蔵書を目の当たりにした時は、2人揃って感嘆の声を漏らした。

 

 

「これが二ホンの書庫か。何という量なのだ」

 

「上の階にも様々な本が置いてありますよ。ここにある本は一部の希少本を除けば、誰でも読む事も手続きを行えばそのまま借りて持ち帰る事もできます」

 

「トミタ殿、あそこの箱が置かれている空間は何の為にあるのでしょうか?」

 

 

 ボーゼスが指差した先に広がっていたのはパソコン閲覧用の専用スペースだ。身分証明書を提示すれば一定時間インターネット、もしくは専用のデータベースで情報検索が行える。

 

 

「あれはパソコンを使用する為のスペースですね。わざわざ本を1冊1冊調べなくても、特定の単語を入力する事で1度に大量の情報を集める事ができます。ただ正式な資料だけでなく偽情報の類も一緒に引っかかってしまう事もありますので、一長一短ではありますが」

 

「そのような便利な代物まで二ホンには存在するのか!?」

 

 

 驚きについ大声をあげてしまうピニャ。周囲からの視線がピニャを咎めるようにわずかに鋭さを増した。

 

 

「殿下、ここではお静かに願います」

 

「す、すまぬ。ところであの『ぱそこん』とやらは妾らも使わせて頂けぬだろうか」

 

「分かりました、少しお待ち下さい」

 

 

 富田が受付カウンターに常駐する職員に身分証を提示すると、すぐに許可が下りたので指定されたブースへ向かう。

 

 もちろんピニャもボーゼスもパソコンの扱い方はこれっぽっちも分からないので、彼女らの指示のもと富田が検索ワードを入力する方式と相成った。

 

 なお、地方によって図書館の端末から記憶デバイスへのデータのコピーや印刷が禁止されている図書館もあるが、富田が案内した図書館ではデータのプリントアウトが認められている。

 

 

「どのような資料をまず希望しますか?」

 

「そうだな、今優先すべきは個人的な嗜好ではないし……」

 

 

 ピニャは口元に手を当ててしばし考え込む仕草を見せると、

 

 

「……ではイタミ殿が昨晩言っていた、この世界で起きたという戦争についての資料を」

 

 

 

 

 

 ――そして彼女にとってのパンドラの箱が、ピニャ自身の選択によって開かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『我々に武器を執らしめるものは、いつも敵に対する恐怖である。しかもしばしば実在しない架空の敵に対する恐怖である』 ――芥川龍之介

 

 




(ピニャにとっての)本当の地獄はここからだ…!
簡単に知識を与えてくれる今時のネット社会はまさしくパンドラの箱だと思います。

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