GATE:Modern Warfare   作:ゼミル
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13:2nd Wave/本格攻勢

 

 

 

<02:27>

 剣崎 特殊作戦群・三等陸尉/コールサイン『セイバー』

 箱根山中

 

 

 

 

 

 

 嵐の音が聞こえる。

 

 吹き荒ぶ強風に似たゴウゴウという音が剣崎の頭の中でずっと鳴り続け、時折間近で雷が落ちているのかのような轟音が文字通りの衝撃波となって全身を引っ叩くのを感じた。

 

 今は真冬だから台風の筈はないし、雲も殆どない澄んだ夜空が広がるでしょう、なんて天気予報でも確かに言っていた筈なのだが。

 

 真っ暗だった視界が明滅しながらも段々と本来の性能を回復していく。まず見えたのは夜空を優しく見下ろす真ん丸な満月。ほらやっぱり天気予報の通りじゃないか、剣崎はそう思った。

 

 だが嵐はいまだ剣崎の耳元で吹き荒れ続けている。

 

 

『セイバー、バイタルが急激に乱れています。セイバー、応答してください!』

 

「セイバー、大丈夫か! クソっ剣崎しっかりしろ!」

 

 

 男女が何やら耳元で騒いでいる。聞き慣れた声の筈なのに、声の主が誰なのか思い出せない。

 

 意識が別の疑問に飛ぶ。自分は何故月を見上げているのか。嵐の音の代わりに今度は耳鳴りが聞こえ出している。また近くに雷が落ちた。飛び散った木っ端が剣崎の体に降り注ぐ。

 

 おもむろに上半身が勝手に持ち上げられ、そうされてようやく剣崎は自分が箱根の山林のど真ん中で仰向けに横たわっていた事に気付いた。だが何故そんな事をしているのかまでは思い出せない。起き上がろうにも体が思うように動いてくれない。

 

 アーチャーこと赤井が、剣崎が着用するタクティカルベストのグラブハンドル―まさにこのような事態の際、負傷者を運ぶ為に使うベルトの事だ―を持って引きずり、その場から剣崎を動かし始める。

 

 段々と雷が着弾するペースが激しさを増しつつあった。着弾のたびに地面が震えるのを、剣崎は背中で感じた。

 

 

「待ってくれ、俺の銃……」

 

 

 いつの間にかHK416まで手放してしまっていたらしい。視線を手元へ動かし、空になった両手を見下ろす。自然と自分の体全体を見下ろす形になった。

 

 コンバットグローブも、タクティカルベストも、日本の植生に合わせてデザインされた迷彩服3型も区別なく、剣崎の体は大量の血によってべっとりとドス黒く染め上げられていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

<約15分前>

 

 

 

 

 丁寧に各個撃破を心がけたお陰か、剣崎と赤井の処理対象であった敵集団Aの殲滅は苦戦らしい苦戦もほとんどなく完了した。

 

 負傷者なし、被弾もなし。敵の生存者はゼロ――完璧な仕事だ。

 

 とはいえ剣崎らが撃退し終えたのはあくまで敵の一部隊。別のエリアを担当している仲間らは未だ別の敵集団と戦闘を続けているようだ。指揮運用センターのマスターへ剣崎は無線で呼びかける。

 

 

「こちらセイバー。敵集団Aの殲滅を完了。別集団と戦闘中のサーヴァントへの援護へと向かいたい。よろし?」

 

 

 わずかな雑音が入り、マスターからの返答に若干の間が空いた。指揮所側の音声が漏れないよう手でマイクを覆った上で、同じ室内で作戦の推移を見守る制服組の指示を仰いでいるのだと簡単に予想できた。

 

 

『セイバー、要請を許可します。そこから南南西の方角にてアサシンとライダーが敵集団Bと交戦中。流れ弾と目標の誤認に注意してください』

 

「そんなヘマはしないさ。行こうかアーチャー」

 

「ああ」

 

 

 仲間に加勢すべく移動を再開する。HK416のマガジンは新品と交換しておくのも忘れない。

 

 平地での駆け足より少しばかり遅い程度のペースで、剣崎と赤井は箱根の山林地帯を進む。

 

 言葉だけ聞くと鍛え抜かれた兵士らしからぬ感じるかもしれないが、整備されていない山の斜面を足元を照らすのは月明かりのみという状況下、しかも剣崎も赤井もライフル・ボディアーマー・予備弾薬・無線機に防具etc……と、合計して総重量30キロはいきそうな作戦用装備一式を身に着けた状態で行動しているのだ。山慣れしたプロの登山家でも簡単には真似できまい。

 

 

『こちらランサー、セイバーとアーチャー、聞こえるか』

 

 

 新たに男の声が無線から聞こえた。マスターは全員女性自衛官で編成されているのでマスターではないのは間違いない。そもそも剣崎にとっては赤井と同様に聞き慣れた同僚の声なのだから、間違える筈もなかった。

 

 ランサーこと槍田(うつだ)からの無線は、少しばかりばつの悪そうな声の響きを伴っていた。

 

 

「こちらセイバー、どうした」

 

『そちらがいる方向に仕留め損ねた敵兵が向かった。数は3。すまないが対応を頼む』

 

「こちらアーチャー。ランサー、腕が鈍ったんじゃないか?」

 

『こちらアサシン。そう言ってやらないでくれアーチャー、撃とうとした瞬間跳ね返った流れ弾に当たって折れた枝が頭に直撃すれば誰だって狙いを外すさ』

 

「そいつは御愁傷様だ」

 

『各サーヴァント、何度も言いますが作戦活動中は私語は控えてください』

 

 

 移動を止めて耳をすませば、次第に草藪や枯れ葉を盛大に蹴散らしたり小石を蹴飛ばしたりする音が近付きつつあった。

 

 更に少し待つとランサーからの報告にあった通り武装した男が3名、剣崎と赤井が潜む方角へ一目散に走ってくる姿が、木々の隙間から差し込んできた月光によって浮かび上がった。特に先頭をひた走る男の錯乱っぷりが凄まじく、手当たり次第にアサルトライフルを乱射してすらいる。

 

 

「セイバー、俺がやる」

 

 

 赤井がそう言ってHK417を構える。深く吸って、ゆっくりと息を吐き出し、完全に吐き切った瞬間に呼吸を止める。呼吸時のほんのわずかな筋肉の収縮だけで銃口はぶれ、正確な射撃を妨げてしまうからだ。

 

 移動する目標に当てるには、移動速度と弾丸が目標に到達するまでのタイムラグを素早く計算した上で、標的の未来位置を狙い撃たねばならない。更に夜間というシチュエーションに加え、目標は木々の間を掻き分けながら不安定な斜面上を全力疾走しているのである。

 

 しかし特戦群は精鋭中の精鋭揃いであり、そのような面子の中から真っ先に狙撃担当を任されるほど射手としての才能に溢れるのが赤井という人物であった。

 

 強烈な炭酸がほんの一瞬噴出した時のようなサイレンサー独特の銃声が響く。

 

 破壊力に優れた大口径弾は途中木々から垂れ下がった細い枝先を粉砕し、ほんのわずかに軌道を変更しながらも、結局は逃げる敵兵のこめかみへと見事に突き刺さったのだった。

 

 唐突に脳からの指令が中断した残りの肉体は、慣性の法則に従い半壊した顔面から木の幹ダイブする格好で倒れ込む。その瞬間の激突音が剣崎の下まで届くぐらいの勢いであった。

 

 銃弾が貫通した場合、弾が入った側より出ていった側の穴の方が大きくなり、損傷も激しくなる。その法則に従い飛び散った頭の一部が、すぐ後ろを追いかけていた残り2人の敵兵へと降りかかった。2人は兵隊らしさもかなぐり捨てた押し殺した悲鳴を漏らしながらその場に身を伏せた。

 

 

「アーチャー、1名排除。残り2名は伏せてこちらからは視認できない」

 

『こちらランサー、こっちも同じだ。アサシンも同様』

 

『各サーヴァントへ、こちらが確認した敵集団の残存は現在対処中の2名で最後となります。ライダーとバーサーカーは周辺を警戒、残りのサーヴァントで敵残存勢力を包囲し接近、射線を確保次第確実に仕留めてください』

 

 

 4人の特戦群隊員が四方に分かれ、最後の2名の敵兵が隠れる位置までゆっくりと距離を詰めていく。

 

 剣崎らの目を掻い潜って逃れようとすれば赤外線カメラを搭載した無人機を通してマスターから報告が入るので、もはや相手に逃げ場は残されていなかった。

 

 距離が縮まる間に、敵が隠れている辺りで異変が起きつつあった。内容までは分からないが生き残った者同士で何やら相談しているのが聞こえた。

 

 そして次の瞬間、予想だにしていなかった事態が発生した。

 

 

「撃つな! 降伏するから撃つなー!」

 

 

 地方別の方言とはまた違う、外国人特有の訛りのある日本語でもって、最後まで生き残っていた2人の敵兵が銃を頭上に掲げながらそう叫んだのである。

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 熱を探知して可視化する赤外線暗視カメラを搭載した無人偵察機と随時マスターから送られてくる報告によって、周囲数百メートル圏内にこの2人以外に生存が確認されている敵兵が存在しないのは確認が取れているから、何らかの罠である可能性は非常に低い。

 

 それでもこれには流石の特戦群隊員らも面喰らい、しばしの間固まった。

 

 まあ、まともに敵の姿も捉え切れぬまま一方的に殲滅寸前にまで追い込まれた挙句、目の前で頭部を吹き飛ばされた仲間の残骸を浴びれば戦意がベッキリ折れてしまうのも仕方のない事かもしれない。

 

 しかし投降を申し出られた剣崎らは剣崎らで、捕虜の確保に成功するよりかは、大きな損害を受けた敵集団は撤退もしくは最後まで往生際悪く抵抗をしてきたので殲滅……というシナリオの可能性が高いと踏んでいたのだが、現実はこれである。

 

 どうやら生き残った人物は国家への忠誠心や任務に対する確固たる覚悟には縁の薄いようである。或いは弱気な外交下手と評価されがちな日本が相手なら投降しても政治的取引でどうにかなるとでも考えているのかもしれない。

 

 

「こちらセイバー、敵集団生存者2名が投降を申し出てきている。こちらでは対応の判断が付かない、指示を求む」

 

 

 気を取り直して剣崎は指揮運用センターの面々へ判断を仰いだ。始末の責任をブン投げたとも言う。

 

 マスターからの返答は、援護に向かって良いかどうか尋ねた時よりも更に長い沈黙だった。より政治的判断能力が求められる制服組もいささか対処に悩んでいるのだと、指揮運用センターから遠く離れた箱根の山にいる剣崎にも容易に感じ取れた。

 

 十数秒ほど経ってようやく指示が下った。その指示は本来無線による指示を担当するマスターではなく、今回の作戦における指揮運用を総括する竜崎二佐直々に下されたものであった。

 

 

『セイバー、現在投降を申し出ている敵兵と最も近くにいるのは君とアーチャーだ。君が捕虜の拘束に当たれ。他の隊員は安全な距離を保ち警戒を怠るな。もし捕虜に何らかの不審な動きが見られた場合は無警告での射殺を許可する』

 

「こちらセイバー、了解。今から捕虜の拘束に向かう。各員援護しろ」

 

 

 内心「余計な手間をかけさせやがって……」というのが剣崎の正直な感想であるが命令は命令だ。万が一敵兵が心変わりをした時に備え、しっかりHK416の照準を両手を上げて突っ立っている2人の敵兵へ合わせながら接近する。

 

 

「跪いて、ライフルの銃口を片手で持ちながらゆっくりと後ろに捨てろ。拳銃も親指と人差し指だけで摘まみながら同じように捨てるんだ。それが済んだら手元が見えるよう、両手を頭の上より高く上げ続けておけよ」

 

 距離が30メートルを切った辺りまで近づいたところで一旦木の陰に身を隠してから日本語で呼びかけた。手の位置を頭より高くと強調したのは頭の後ろで組ませた場合、もし武器を隠し持っていても頭の陰に隠れて剣崎からは見えなくなってしまう、それを防ぐ為であった。

 

 敵兵らは剣崎の指示にあっさりと従った。暗視サイトを覗き直して相手の手の中が空であるとしっかりと確認し、再び距離を詰めていく。それでも警戒は怠らず、大回りに敵兵の後方へ回り込んだ上で剣崎はとうとう敵兵に手で触れられる程の距離まで辿り着いた。

 

 敵が捨てた武器を下の斜面へ蹴り落としてから拘束の為ライフルの銃口を下ろし、こういった展開に備えて一応用意しておいた強化プラスティック製のハンドカフで敵兵を後ろ手に拘束。目出し帽も剥ぎ取る。

 

 暗くて肌の色はほとんど見分けがつかないが顔立ちはアジア系、それもコーカソイドやネグロイドといった西洋の血が混じっていない、生粋の中国系か朝鮮系の可能性が高い。

 

 

「こちらセイバー。敵兵2名を拘束。これより――」

 

シバッ(チクショウ)、ロシア人どもめ! ヤツら俺達を嵌めやがったな!」

 

 

 報告しようと無線のスイッチを入れた矢先、捕虜が大声で喚き始めた。目出し帽で顔を隠してはいるが吐き捨てたスラングからして半島系の外国人のようである。

 

 無用に騒がれるのも厄介の元だ。すぐさま黙らせようとしたその時、新たな声が無線に割り込んできた。

 

 

『ちょっと待った。すまないがその捕虜を今この場で尋問させてもらえませんでしょうか』

 

『駒門さん、公安出向中の貴方はあくまで今回の作戦のオブザーバーです。余計な口出しは控えて頂きたい』

 

『ですがねぇ、ここまでの現地からの情報から鑑みるに現在特戦群が交戦していたのは例のロシアのならず者連中が雇った連中で間違いないでしょう。出来れば新鮮なうちに尋問して情報を入手できれば、ここまで後手後手に回っていた我々が今度こそ先手を打てるかもしれないわけでしてね』

 

『……セイバー。捕虜の尋問を命じる。なるべく手短かつ詳細に、敵の所属や編成を吐き出させろ』

 

「セイバー了解」

 

 

 まさか防衛省の秘密施設に公安の人間が混じって参加しているとは。驚きを覚えた剣崎ではあったが、とにかく命令通りこの場で捕虜の尋問へと移る。

 

 交渉人や心理学の専門家ほどではないが特戦群の訓練でこの手のやり方も一応学んでいた。

 

 

「わめくな騒ぐな余計な口は叩くな。こちらの質問に大人しく答えろ。言っておくがお前らの頭に照準を合わせているのは俺だけじゃない。反抗しても無駄だからな」

 

「わ、分かった。大人しく話すから殺さないでくれ」

 

「1つ目の質問だ。お前らの名前と所属、行動目的を答えろ」

 

 

 案の定、2人とも半島出身であった。北の生まれか南の生まれかまでは言わなかったがどうだって良かった。

 

 肝心なのは元兵隊で今は軍隊での経験を金稼ぎに利用するならず者、ロシア人に雇われて特地からの来賓誘拐を目的に襲撃をかけてきたという点である。つまりは傭兵なわけだ。傭兵となれば降伏してもジュネーブ条約の規程からは外れた扱いになるので特戦群が独自に処理(・・)してしまおうが国際問題とはなるまい。

 

 それでも2人の捕虜は最後まで抵抗するよりは殺されずに済む可能性はある……そう判断したのだろう。素直に質問に答えるのも、少しでも日本側からの印象を良くして機嫌を取ろうという魂胆がバレバレであった。

 

 

『2名の名前が公安の監視下から姿を消した元軍属の外国人リストにあった身元と一致しました。すみませんが雇い主についてもっと質問してもらえませんかね』

 

「お前達を雇った人間について話せ」

 

「さっきも言っただろう。俺らは『儲け話がある』ってロシア人に雇われたんだ。前払いだけでも結構な学だったし、仕事が終わったら更に追加で払うって……」

 

「それに日本人の護衛は拳銃しか持たないガードマンがほんの数人だけで、撃ってきても最初は手足を狙ってくる、まともに銃撃戦を挑む度胸もない腰抜けばかりだって話だったのに……何が拳銃しか持たないガードマンだ! あの%&$#&%*¥*~~~!!」

 

 

 話している間にヒートアップしたのか、捕虜の片割れが朝鮮語の罵倒をまたも激しく捲くし立て始める。黙らせる為に剣崎は捕虜の頭をHK416の銃口で小突かなければならなかった。

 

 

『セイバー、そちらの情報端末にある人物の画像データを送信する。これらの中に見覚えのある顔がないか捕虜から聞き出してくれ』

 

 

 新たな注文が無線から入ると同時、無線機用ポーチに更に追加した小型ポーチが音もなく震える。

 

 中に収められているのは、最新鋭のハイスペックスマートフォンをベースに過酷な環境下でも正常に作動するよう耐久性を中心に改良を加えた、特殊作戦群専用の携帯情報端末(PDA)である。

 

 自衛隊の普通科部隊ではこの手の情報処理システムは一部の師団を除き普及しているとは言いがたい。だが特殊部隊という、任務の特性上優れた隊員のみならず優れた装備の両立も求められる部隊では、表立ってはいないものの一般部隊よりもグレードの高い装備を独自に採用する権利と予算が与えられている。特戦群限定モデルのPDAもその1つであった。

 

 指揮運用センターと高度に暗号化された回線で結ばれ回線速度も非常に高速。特殊部隊向けの官給品なので私的使用は絶対に禁じられているが、今時のスマホゲーもサクサク動く。どっかのオタクな特戦群隊員(当時)がこのPDAを支給された時なんぞわざわざゲームアプリのダウンロード許可を申請した、なんて頭が痛くなる逸話もあるとかないとか。

 

 閑話休題。

 

 送られてきたデータを開いた剣崎は画面を捕虜の鼻先へ突きつけた。ファイルのデータは各国の情報機関から指名手配され現在も逃亡中のインナーサークル関係者、その一覧だ。

 

 

「この中に見覚えのある顔はあるか答えろ」

 

 

 タッチパネル式の画面を指でなぞっては画像をスライドさせていくと、すぐさま反応があった。

 

 

「コイツ、コイツだ!」

 

「そうだ、この顔の傷、間違いない! コイツが俺らを雇ったロシア人だ!」

 

「こちらセイバー、聞こえたか?」

 

『セイバー、こちらでも確認した』

 

 

 剣崎のPDAの画面は同期状態にあり、指揮運用センターの大型スクリーンにも同じ画像が表示されている。

 

 通信に応えた竜崎の声色は明らかに深刻な色を帯びていた。剣崎もPDAに視線を落とし、表示されている人物の顔写真をまじまじと見つめた。

 

 細身で短髪、スポーティなグラスをかけたモデルと見間違いそうな色男。だが顔に刻まれた傷跡と冷たい眼光によって台無しにされている。

 

 画像の男はアレクシィと呼ばれる人物であった。

 

 

『セイバー、アーチャー。両名は捕虜をポイント『龍洞』へ連行。残りのサーヴァントは所定の監視位置へ戻り警戒を続行せよ。繰り返す……』

 

「セイバー了解。お前ら立つんだ、ここから移動するぞ――」

 

 

 命令に従い捕虜を連行しようとした刹那の瞬間、ふと剣崎は悪寒を覚えた。

 

 反射的に意識を本来厳に警戒すべき捕虜から、枝葉の隙間から垣間見える夜空へと向けた。彼の勘が悪寒の原因は頭上にあると告げていたからだ。

 

 だが空に一体何があるというのか。己の第六感に疑問を覚えつつも身構えていた剣崎の耳に、かすかな風切り音――夜空から何かが降ってきている。剣崎の下めがけて。

 

 咄嗟に飛びのこうとした次の瞬間、ほんの数メートル先で立ち上がらせたばかりの捕虜2人、その真後ろに何かが落ちてきて――

 

 

 

 

 直後、全身を見えない拳で強烈にぶん殴られ、剣崎の意識は途切れたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<同時刻>

 超国家主義派残党

 箱根・国道近辺

 

 

 

 

 

 自衛隊側の無人機以外にも、箱根山中における特戦群と武装集団の戦闘を見物していた勢力がいた。

 

 無人偵察機から送られてくるIR(赤外線)カメラによるリアルタイム映像を見つめていた操縦者は、待機していた仲間に合図を送る。

 

 

「頃合いだ。пчела()に通達。攻撃を開始するぞ!」

 

 

 合図と共に、迫撃砲による砲撃が始まった。

 

 使用するのは第2次大戦前後に旧ソ連が開発し、その後東欧諸国でライセンス生産された82ミリ迫撃砲。これを数門、既に設置済みだ。

 

 もちろん迫撃砲の存在はロシア人以外の人種で構成された外人部隊には教えていない。重火器は金で雇った連中とは違う車で、違うルートから箱根に運び込んでおいた。

 

 この口径クラスの迫撃砲は射程が3キロという長射程にもかかわらず畳1畳分の平らな空間があれば設置でき、しかも訓練を積んだ砲兵なら分間30発もの速さで連射できるのだ。そして箱根山周辺の国道には、夜になると閉店して人気が全く無くなる駐車場付きの観光客向け施設が何か所もあり、わざわざ山の中に重量が何十キロもある迫撃砲本体を持ち込む手間も苦労も必要ないのである。

 

 しかしまずは1発のみ観測射を撃ち込み、最初の着弾地点を起点として照準にしかるべき修正を加えていく必要がある。

 

 これまでの戦場では危険を冒して前線から弾着観測と修正指示を送る為の観測班に人員を割かねばならなかったが、科学技術の進歩によりトランクに収まるラジコンサイズの無人偵察機が観測班としての役目を果たしてくれるようになった事は非常に喜ばしい。勢力の衰えにより人員が不足しつつある彼らにとっては尚更だった。

 

 問題は砲撃目標となる敵護衛部隊の配置であったが、その為に送り込んだのが金で雇った兵隊崩れ共だ。

 

 超国家主義派の熱烈な信奉者達は、相手が平和ボケした日本だからと決して侮ったりはしていなかった。彼らの指導者であったウラジミール・マカロフ暗殺を実行した特殊部隊の数少ない生き残り、その中の1人こそ日本の自衛隊員なのだから。

 

 そのような理由から、箱根山中に潜む日本側の護衛も装備と練度に優れた特殊部隊が動員されているという前提でロシア人は計画を立てた。厳重に対赤外線処理が施された偽装ネットを持ち出されて隠れられてしまっては、偵察機のIRカメラでも発見は困難である。

 

 故に、金と甘言で釣った兵隊崩れを無防備に山中へ送り込んだのだ。彼らは狙い通り偽装地点から敵部隊を引きずり出し、旅館から引き離す為の格好の餌になってくれた。外人部隊はロシア人にとって捨て駒でしかない。

 

 一応自衛隊の迷彩服にも対赤外線処理が施されているが、かさばる故に脱いできた偽装ネットほどの効果はなく、日本側の護衛はインナーサークル側の無人機でも捕捉可能な存在に成り果てた。

 

 

「観測射、撃て!」

 

 

 1回だけ砲撃音が轟いた。無人機のオペレーターは画面を注視する。兵隊崩れの生き残りがよりにもよって敵に投降したので、最初に指定した砲撃地点はそいつらのど真ん中に指定してやった。

 

 数秒後、着弾。驚くべき事に本来外れるのが前提の観測弾は、指定した地点に寸分違わず命中した。画面の中で投降した歩兵が2人まとめて爆散し、両者を尋問していたらしき敵兵もなぎ倒される。

 

 

красивый(お見事)! 目標のど真ん中に命中だ! 照準修正、もっと奥に――」

 

 

 砲撃部隊の目標は敵護衛部隊であるが、目的は敵部隊の砲撃による殲滅ではない。

 

 

 

 

 砲兵部隊の役目――それは引きずり出した敵部隊の退路を頭越しに封じる事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<02:31>

 剣崎/『セイバー』

 箱根山中

 

 

 

 

 嵐は続いている。

 

 意識を取り戻してから数秒か数時間か判断がつかないが、ようやく剣崎の脳細胞は再起動に成功し、まともな思考が出来るだけの能力を取り戻しつつあった。だがまともな機能が復帰しているのは脳のみで、首から下は両手以外はまだ機能不全に陥っている。

 

 

「こちらアーチャー! 現在砲撃を受けている! 砲撃によりセイバーが負傷、繰り返す、セイバーが負傷!」

 

 

 すわ落雷かと剣崎が誤認した轟音と振動の正体は山林を耕す砲撃だ。近くに着弾するたびに掘り返された地面、粉砕された木っ端が、剣崎と彼を引っ張って運ぶ赤井に降りかかってきた。

 

 砲弾が断続的に降ってくる中、ふと剣崎は意識を失う直前までいた地点に視線を向ける。2名の捕虜がいた筈の空間には人の姿は残されていなかった。人の姿は(・・・・)

 

 代わりにその場に残されていたのは、瞬間的に肉体を引き裂かれ、周囲の木々に引っかかった胴体の中身や、無造作に転がる千切れ飛んだ手足といった人間の残骸のみである。

 

 思わずどうにか動く両手で自分の体を探る剣崎。迷彩服もタクティカルベストも鉄錆の臭いを放つ液体に汚れていたが傷らしい傷は無いようだ。砲弾が着弾した瞬間、立ち上がらせた捕虜の肉体が文字通り肉の盾となり、剣崎を守る形となったのが事の真相であった。

 

 と、移動が止まる。だが砲撃の方は、先程よりもペースは遅いもののまだ続いている。剣崎の頭上でまた赤井が叫んでいた。

 

 

「指揮所、応答せよ。こちらアーチャー、砲撃により分断され、護衛目標に近づく事が出来ない! これは罠だ!」

 

 

 剣崎の頭の中で鳴り続ける雑音の嵐に新たな異音が混じろうとしていた。それは剣崎も聞き覚えのある音だった。

 

 

 

 

 重なり合った鋼鉄の羽音が、箱根の山へと少しずつ近づき始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

『ほとんどの戦いの勝敗は、最初の一発が撃たれる前に既に決まっている』 ――ナポレオン・ボナパルト

 

 

 

 




ネタバレ:超国家主義派のターンはまだ続きます。


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