GATE:Modern Warfare   作:ゼミル
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18:Run All Night/ミッドナイトラン

 

 

 

 

 

<03:53>

 伊丹耀司

 神奈川県・箱根某国道

 

 

 

 

 装甲車が国道を疾走する。

 

 箱根の道は山間部の道路らしくグネグネと曲がりくねっており、道の両側が木々に挟まれている区間が多い。

 

 温泉で有名な観光地という事で昼間は多数の車が行き来しているが、深夜となると立地も相まって通行する車は皆無に近く、そのような条件から箱根の国道は、腕自慢の走り屋達によるレースの舞台となる事も珍しくなかった。

 

 しかし1車線でははみ出てしまいかねないほどゴツい装甲車が猛スピードで爆走するという光景は、箱根の歴史において間違いなく今夜が初めてであろう。そこに武装した男達を乗せたワゴン車やSUVにトラック、はては完全武装の軍用ヘリまでが入り乱れて装甲車を追いかけているのである。

 

 何も知らぬ一般市民がこの光景を目撃しようものなら、己の目か正気を疑うに違いない。それほどまでに平和な日本からかけ離れたシチュエーション……だがしかし、それは今実際に起きている現実の光景であった。

 

 

「隊長、また追手が増えましたよ!」

 

「分かってる!」

 

 

 後部ドアの小さな窓から後方を見やっていた栗林からの声。部下の悲鳴に銃座内で体ごと後ろへ振り返った伊丹は、接近しつつある追跡車両へペチェネグ機関銃の銃口を据えようとした。

 

 

「おおっちょっちょっちょっちょ!?」

 

 

 だが引き金に指をかけた刹那、タイフーンLの車体が大きく傾いたものだから、屋根から上半身を露出させていた伊丹は射撃姿勢を解いて振り落とされないよう、慌てて車体にしがみつかなくてはならなかった。

 

 大きなカーブを曲がり終えると追跡車両の姿が見えなくなるが、それも一瞬の事だった。カーブを曲がり終えるまでの速さも、コーナーを抜けてからの加速力も、追跡側の方が優れているという事実に伊丹はすぐに気付いた。

 

 軍用、しかも車重が10トンを超える装甲車両は高い耐久力と防弾性能の代償として小回りや速度が犠牲になっている。また近年の地雷や仕掛け爆弾対策に爆風を逃がす設計を採用した結果、従来の車両よりも車高が高くされている分、急カーブなどでの安定性や制動にも影響が出ているのだ。

 

 直線に入ってからも後続との距離が急速に縮みつつある。機動性に優れた車種でも最高速度がせいぜい100キロ超が精一杯なのに対し、市販の乗用車でも腕さえ伴えばアクセルベタ踏みで楽に時速200キロは軽く到達するのだから当然であろう。何より、追跡側は車だけでなくヘリも混じっている。

 

 地上の追跡部隊でも先頭を走るSUVが、猛然と伊丹らの装甲車との間隔を縮めつつある。改めてペチェネグで迎撃しようと試みるが、SUVの助手席やルーフから体を出した敵兵からの射撃に中々狙いが定まらない。

 

 敵SUVの猛加速っぷりを見て伊丹はふと脳裏に走る閃きのまま、車内に向かって叫んだ。

 

 

「急ブレーキだ富田!」

 

「は、はいっ!」

 

「全員衝撃に備えろ!」

 

 

 上官に命令されるがまま反射的に運転席の富田はブレーキを踏みしめる。後半の伊丹の警告は強烈なブレーキ音に掻き消された。

 

 タイフーンLの車体がガクンと激しく制動したかと思うと一気に速度が低下する。運転手である富田や指示した伊丹はまだしも、車内の女性陣は「ちょぉぉぉぉっ!?」という悲鳴にドンガラガッシャンという表現がピッタリきそうな感じの騒音を奏でながら、乗員用スペースでくんずほぐれつ転げまわる羽目に陥った。

 

 装甲車のすぐ後方まで接近していたSUVはもっと悲惨だった。

 

 SUV側の乗員からしてみると、装甲車のブレーキランプが灯った瞬間、装甲に覆われたタイフーンLの尻が急激に巨大化したかのように見えた事だろう。咄嗟に運転手がブレーキを踏もうとしたが間に合わず、その差100キロ近い相対速度のままSUVは装甲車の後部へと激突する。

 

 乗っていた敵兵らの末路は、原形を留めずひしゃげたSUVの前半分を一目見れば容易に想像がつくほどの激しさであった。一方伊丹らの車の被害は装甲と後部ランプの一部が傷ついた程度に過ぎない。

 

 

「いいい今後ろのドアの窓に人がぶつかって『グシャ』って! 『グシャ』って!!」

 

 

 運悪く末路の一片を目撃してしまった梨紗の叫びは最早涙声である。

 

 これで敵車両1両の撃破は成功だ。ついでに後続の車も事故ったSUVに巻き込まれてくれれば伊丹的にはありがたかったのだが、都合が良かったのはここまでだった。後続の車両は大破したSUVを避け、追跡を続行してくる。

 

 時間帯が時間帯なだけに一般車両は全く走っていない。派手なカーチェイスをしても民間人の巻き添えを出さずに済むという点においては精神衛生的に非常に有難い事だ。そう思いながら伊丹は改めてペチェネグを撃つ。

 

 追跡車両の1台であるワゴン車に集中して着弾。エンジンに弾丸が突き刺さり、フロントガラスが着弾によるひび割れで白く染まり、貫通した銃弾はそのまま乗っていた男達の命も引き裂いた。

 

 死体と化したドライバーがハンドルを握ったまま横倒しになったせいで、急ハンドルを切られた車体が急激に傾き、やがて横転。今度は他の車も巻き添えを恐れて急減速する。

 

 

「やったぁ!」

 

「今の内に距離を稼ぐぞ――」

 

 

 不吉な葉音。ロシア製ターボシャフトエンジンの甲高い唸り。

 

 天蓋のようにせり出した木々の枝の隙間から、夜空に浮かぶ筒状の機体のシルエットが垣間見えた。

 

 

Mi-8(ヒップ)だ! ロケット弾の攻撃に注意しろ!」

 

 

 またも伊丹の言葉が合図となったかのように、斜め上空から装甲車に機首を向け横方向へ水平移動する形で飛行するMi-8、その機体側面にぶら下がったロケット弾ポッドが火を噴いた。

 

 

「しっかり掴まっていて下さい!」

 

 

 富田が叫ぶ。同時にまたブレーキが踏まれる。急減速によって装甲車の未来予想位置めがけて放たれたロケット弾は的を外し、道路横の木々や斜面にて連続して爆発を起こした。爆風が装甲車を揺さぶる。

 

 

「今の出後ろの連中との距離がかなり縮んじゃいました!」

 

「栗林、お前は後ろの連中の迎撃を! ヘリは俺が何とかする!」

 

 

 機関銃の照準を空中の輸送ヘリに対して合わせて対空砲火を開始する伊丹。

 

 ベルトリンク式機関銃の通例として、ペチェネグ用の弾薬も5発に1発の割合で弾道測定用の曳光弾が装填してあった。光の尾を引いて飛翔する銃弾は次々と輸送ヘリに吸い込まれたが、効果らしい効果は見られない。

 

 

「クソッ、防弾装甲か!」

 

 

 MH-6クラスの小型機ならともかく、機体の全長が10メートルを超えるような大型機ともなればライフル弾に耐えるクラスの装甲が施されているのは珍しくない。

 

 ヘリ共通の弱点であるローターへ射撃を集中させようとしたが、間の悪い事にちょうどペチェネグの弾薬が弾切れを起こしてしまった。

 

 一旦車内へ引っ込む。伊丹は弾薬装填に時間がかかる機関銃ではなく、当たれば確実に大型ヘリでも撃墜可能な代物を使う事に方針変更した。

 

 乗員スペースの後部では、栗林が伊丹とは別の上部ハッチ(タイフーンLの屋根は複数の乗員が体を出して射撃できるようハッチを複数備えている)から上半身を出し、MK46軽機関銃を追跡車へ派手にぶっ放している。1発のパンチ力はペチェネグ程ではないが火力の密度は負けていない。

 

 残る追跡車両も負けじと乗員が撃ち返しながら、運転手が巧みなハンドル操作で栗林の射界から逃れてみせる。まるで物騒なダルマさんが転んだかモグラ叩きを思わせる攻防戦がそこにはあった。

 

 そうこうしていると栗林の軽機関銃も弾切れを起こした。彼女も呑気に軽機関銃のリロードを行うよりは武器を持ち替えた方が早いと判断し、軽機関銃を手放すと拳銃より一回り程度大きなMP7・PDWを握る。

 

 MP7を撃つよりも先に、栗林からの反撃が途切れたのを見て取った敵の弾幕が勢いを増した。衝撃波を伴った銃弾が耳元を通り過ぎていく感覚に驚いて「うひゃぁ!?」と悲鳴を漏らしながら首を引っ込める。

 

 その時、栗林の隣に設けられたルーフの蓋が開いたかと思うと、そこからレレイの小さな頭がぴょこんと出現した。

 

 

「ちょっとレレイ! 危ないから顔引っ込めて!」

 

 

 栗林の叫びを無視して、レレイの口からこれまた地球の言語からかけ離れた異様な発音の音色が飛び出す。

 

 数小節の詠唱を経て、地球側には存在しえなかった異世界ならではの事象――魔法が発動した。

 

 温泉宿のロビーでレレイが使った魔法は物体に干渉し手で触れる事無く高速で射出する念動力の類だったが、今回彼女が発動させたのは純粋な攻撃魔法である。杖を握る方とは反対側の少女の手の中に光球が出現する。

 

 その様子を目撃した追手の敵兵は思わず銃撃の手を止めてしまった。地球の戦場で用いられる兵器の発動からかけ離れた、まるでファンタジー映画のCG合成じみた現象を目の前にした為である。捕獲対象が異世界人であると頭では分かっていても、実際にファンタジーそのものな現象を見せつけられて驚かずにいられるかはまた別の話だった。

 

 レレイの掌から光球が射出された。彼女の放った魔法は敵車両のボンネットに命中。破裂した光球は手榴弾のように破片で殺傷するのではなく、爆薬の塊を投げつけたかのような純粋な衝撃波でもって追跡車両のフロントガラスを粉々に砕き、ボンネットを吹き飛ばす。

 

 

「これで1台減った」

 

 

 エンジンから煙を吐き出した車が路肩に突っ込むまで見届け、ようやくレレイは車内に戻る。

 

 ちょうどメインの県道から外れ、道幅が車1台通るのがギリギリまで狭くなったタイミングだったので、残りの追跡車両は今度は避けきれずに二次事故を起こして動けなくなる。

 

 

「よくやったレレイ!」

 

 

 再び銃座から体を出したところであった伊丹が称賛の声を上げると、さっきまでレレイの頭があった位置に今度は手だけが出現し、伊丹に向かってサムズアップしてみせた。いつの間にどこで覚えたのやらと、伊丹はついつい苦笑してしまった。

 

 

 

 

 これで残る追っ手はヘリのみ。

 

 伊丹は機関銃から新たな武器、別の武器ケースに収めてあったRPG7へ持ち変えると、身を乗り出しながら巨大な鉄製の和筆を思わせる形状の兵器を右肩に乗せた。そう、旅館での戦闘において栗林と富田を窮地に追い込んだのとまったく同じ武器である。

 

 RPGはあくまで無誘導のロケットランチャーに過ぎない。固定目標や停車中だったり低速移動中の装甲車両の破壊を目的とした武器であり、飛行物体への対空攻撃は考慮されていない……のだが、実際には主にホバリングや低空飛行中のヘリコプターなどがRPGで撃墜される事例は多々存在している。

 

 有名な事例では1993年のソマリアや2005年のアフガニスタンにおいて米軍のヘリが武装勢力が放ったRPGによって撃墜され、甚大な被害を受けた(これらの失敗は後に映画化され作中でも描かれている)。

 

 第3次大戦前後の戦場に至っては中東に派遣されたアメリカ軍兵士が鹵獲したRPGで抵抗する軍事勢力の輸送ヘリを撃墜し、北米大陸と欧州に侵攻したロシア軍はSAM(携帯式対空ミサイル)と併用してのつるべ打ちで米軍のヘリ部隊を苦しめたという。

 

 つまり何が言いたいのかというと、ロケットランチャーで航空機を撃墜するのは決して不可能ではないという事である。

 

 伊丹もこれまでの戦いで戦友らがぶっつけ本番で鹵獲したRPGを使って敵のヘリを撃墜したり、時にはRPGよりも弾速が遅くて狙い辛いグレネードランチャーで撃ち落とす光景を何度も見てきた。何、彼の部下だって特地で暴れ回る炎龍に―的が大型旅客機クラスに大きく、ロゥリィのフォローもあったとはいえ―揺れる車上からパンツァーファウストを放って見事当ててみせたのだ。

 

 

「俺だってやってやろうじゃないの!」

 

 

 気合を入れて発射機備え付けのアイアンサイトを覗き込み、鼻先を装甲車へ向けたまま飛行を続ける輸送ヘリへと狙いを合わせる伊丹。既に安全装置は解除済み。

 

 突然ヘリが機首を転じ、高度を上げた。伊丹が構えている代物に脅威を抱いたのか、ぐんぐんと装甲車から離れていく。やがて機影は稜線を超えると伊丹らの視界外へと消えてしまった。

 

 

「逃げていく……諦めたんでしょうか?」

 

「分からん、もしかすると先回りしてる可能性だってある。気を抜くんじゃあないぞ。栗林、今のうちにペチェネグに新しい弾帯を装填しておいてくれ。そう、その緑色の箱に入ってるやつ」

 

「分かりました。よっこいしょっと、えーと、この銃は確かここをこうしたらカバーが開くからそこに……あ、あれっ、ああそうか、ミニミとかとは弾が送り込まれる方向が逆なんだっけ」

 

 

 ブツブツ呟きながら連結された弾薬を栗林はペチェネグの箱型弾倉へ収納する。伊丹はロケット砲を背負ったまま周囲を警戒し続けた。

 

 しばらく走るとタイフーンLは道なりに進むだけでも木の枝や縁石に車体が擦れてしまうぐらい狭い裏道を抜け、合流部から道幅が広い表道へと戻った。

 

 運転する富田はエンジン音が追っ手に聞きつけられるのを恐れ、あまりアクセルを踏み込まないように注意しながら車を走らせる。伊丹や栗林、レレイら車に乗る面々も自然と口を閉じ、しばらくの間車内にはエンジンの唸り声に、カーブを曲がるたび路面へタイヤが食い込む擦過音以外の音が消える事となった。

 

 そんな時間が数分ほど続いた頃、とうとう張り詰めた場の空気に耐えかねたのか、栗林がボソリと呟いた。

 

 

「もしかして……逃げ切れた?」

 

「栗林さん、それ今言うのはフラグ」

 

 

 反射的に突っ込みを入れる梨紗である。

 

 車は大きくUの字を描くカーブを抜ける。ここを抜けるとしばらくはなだらかな直線区間が道なりに続く。道の片側はガードレールのすぐ向こうが急な下り斜面になっている。1本道なのでまた襲われた場合逃げ場がない。

 

 伊丹が気合いを入れ直し、改めて周囲を警戒したその直後だった。

 

 突如として急激に回転速度を上げるエンジンの唸り声がすぐ横から聞こえ出したかと思うと、斜面の陰からヘリが出現したのだ。しかも輸送ヘリの大柄な機影ではない。もっと厄介で攻撃的な敵の切り札。

 

 

Mi-28(ハボック)だ!」

 

 

 亜神による手榴弾投擲という予想外な攻撃により損傷し一旦は姿を消した攻撃ヘリ、例え装甲車だろうが何十回と鉄くずに変えるだけの兵器を搭載した機体が装甲車の真後ろ上空へと移動し、再び伊丹らへと牙を剥こうとしている。

 

 最悪な事に今は知っているのは直線、どこにも隠れ場所などない。チクショウ、と吐き捨てて伊丹はRPGを向けるが、その動作を終える前にMi-28の兵装搭載用短翼(スタブウイング)の翼端部から炎が噴き出す方が圧倒的に先であった。

 

 亜音速に達しようかという速度で飛翔した対戦車ミサイルが装甲車に着弾するまでかかった時間はほんの一瞬だった。

 

 

 

 

 車に乗っていた者全員、尻を巨人に思い切り蹴飛ばされたかのような衝撃を味わった。

 

 

 

 

「ぬぅおおおおおおおおおおおおっ!!?」

 

「きゃああああっ!!」

 

 

 複数の悲鳴が車内を震わせる。タイフーンLの後輪が地面から高々と浮き上がり、車体後部が直角近くまで持ち上げられた。

 

 だが車体は原形を保っているし、乗っている栗林やレレイらも命に関わるような重傷は負っていない。浮き上がった衝撃で天井や座席に強かに体をぶつけたりしたが、逆に言えばその程度で済んでいる。

 

 一口にミサイルと言っても種類も誘導方法も多種多様である。今宵のMi-28に搭載された対戦車ミサイルの誘導方式は、ガンナーが目標へレーザービームを照射し続ける事でミサイルを着弾地点に誘導するタイプ。

 

 装甲車への直撃を免れた原因は発射したガンナー自身の技量だ。着弾の間際、誘導用レーザーが僅かに装甲車から外れ、ズレた照準そのままに誘導されたミサイルは走る装甲車からほんの少し外れた路面へと着弾したのである。

 

 直撃はしなかったとはいえ、数キロの高性能爆薬を搭載したミサイルが車体の尻スレスレに着弾したとあって、伊丹らを乗せた装甲車へ襲いかかったその衝撃は凄まじい。装甲板が激しく傷つき、荷物がぶちまけられ、後部ドアから車内へ上がる為のタラップが爆風にもぎ取られ、車内も激しくシェイクされ……

 

 だが耐えた。元より爆風を逃がす為の高い車高や座席に衝撃吸収機能を持たせるなど、仕掛け爆弾などによる至近距離での爆発から乗員を保護し耐え抜く事を前提に設計された車両である。走行能力を保持し、車内の人間も重傷者は出ていない。

 

 

 

 

 

 ……しかし、ここで思わぬ災難に見舞われた人物がいた。装甲車に乗っている中で唯一上部ハッチから体を出していた伊丹である。

 

 車体の中にいた面々は勢い良く直立した際、シートベルトや天井のお陰で車外に投げ出されずに済んだのだが、彼だけは配置の都合上、何の固定具も付けずにいた訳で、その結果どうなったかというと、

 

 

「ぉぉぉおおおおおおっ!!?」

 

 

 投石器(カタパルト)よろしく伊丹の体が前方へ投げ出されたのである。まさかの展開に堪らず伊丹も絶叫せざるをえなかった。多分同じ車に乗っていた他の誰かでも同じように素っ頓狂な悲鳴を上げた事だろう。

 

 伊丹にとって幸運だったのは、装甲車が90度近く傾きはしたがそのまま縦に完全にひっくり返らなかったお陰で10トンを超える車体に押し潰されずに済んだ事、そして何よりハッチから射出されてもRPGのグリップを手から離さずにいた事だ。

 

 何故ならRPGを携行する為の負い紐(スリング)がタイフーンLの屋根の突起に引っかかった事により、寸での所で路面に放り出されずに済んだからである。伊丹の肉体は透明人間に背負い投げされたみたいに、直立状態から元の角度に戻った車のボンネットに叩きつけられた。

 

 背中が痛く、呼吸が一瞬止まった。間近での爆発のせいで耳鳴りがやかましい。

 

 悶えようとするよりも先に後輪が再び路面へ戻った際のバウンドを発端に車が蛇行し始めたので、伊丹は慌てて文字通り唯一の命綱であるロケットランチャーにしがみついた。次いでフロントガラス用のワイパーも片手で掴み、どうにかこうにかボンネットから滑り落ちないようにする。

 

 顔を上げると運転席で顔中をビックリした表情一色に染めている富田と目が合った。その後方、頭をぶつけて呻いていた栗林や特地女性陣も何時の間にかボンネット上に移動していた伊丹の姿に目を丸くしている。梨紗は今日何十回目かの悲鳴を発した。

 

 そして、攻撃ヘリ。尻が煙に包まれた装甲車の数十メートル後方、道路沿いの電線に引っかからない程度の高度を保ってまだ追ってきている。1発目は直撃を免れたが、次もそうである保証はどこにもない。

 

 

「うおおおおおお!」

 

 

 雄叫びと共に伊丹が動く。ダン! と片足を持ち上げて靴底をボンネットへ押し付けると、片方の手はワイパーが手の中で歪むほど強く握り、反対側のRPGを掴んだままの手を振り上げ、スリングの引っ掛かりが外れたランチャーを右肩に乗せると片腕だけを使って発射体勢をとった。

 

 

「富田、そのまままっすぐ走らせ続けろ!」

 

「――分かりました!」

 

 

 決意の籠もった上官の命令に富田も素早く覚悟を決め、被弾の影響で微妙に取られそうになるハンドルを強引に固定し、装甲を安定させる。

 

 ボンネットの上で対戦車ロケット砲を構える伊丹は、夜空に浮かぶ戦闘ヘリのパイロットと視線がぶつかったのを感じ取った。薄暗いコクピット内でバイザー付きのヘルメットも被っている相手の目が見える筈もないのだが、とにかくそんな気がしたのだ。

 

 伊丹がRPGの筒先を自分らへ向けているのに気付いて、咄嗟に回避行動を取ろうとしたのか。もしくは撃たれる前に殺せとガンナーへと叫んだのかもしれない。

 

 どちらにせよ、今度は伊丹の方が早かった。

 

 

「やらせっかよ――くたばれ!」

 

 

 引き金が絞られる。

 

 自衛隊採用のパンツァーファウスト3と違ってカウンターマスを利用しない、古いタイプの発射機特有の激しいバックブラスト。高熱の噴煙が発射器の後端から爆発的に吐き出されると同時、弾頭が飛び出した。

 

 RPG7の弾頭はまず10メートルほど飛んだ後、ロケットモーターに点火。安定翼を開きながら最高秒速300メートル弱の高速で目標めがけて急加速しながら飛翔する。100メートルと開いていない距離なら一瞬だ。

 

 ただでさえロゥリィの投擲攻撃のせいで損傷していた機体だ。回避機動を取ろうにも反応は鈍く、動きも悪い。パイロットが反応できても機体が反応しきれなかった。

 

 直撃。成形炸薬弾が装甲を侵食し、致命的な損傷を機体内部へ及ぼす。気化され燃焼途中だった燃料に引火――Mi-28はエンジン部分から爆発を起こし、炎に包まれながら路上へと墜落した。

 

 装甲車が走り続けるにつれ燃える残骸の姿はどんどん遠ざかり、やがて車が緩やかなカーブへ差し掛かると伊丹らの視界からは完全に見えなくなる。

 

 そうしてようやく伊丹は大物の撃墜に成功した事に対する安堵の溜息をボンネットの上に乗ったまま吐き出したのであった。

 

 

 

 

 

 

「やっちゃった? 先輩本当に撃ち落としちゃったの?」

 

「隊長やりましたね! RPGで攻撃ヘリを撃墜しちゃいましたよ!」

 

「あれってこの世界の龍みたいなものなんでしょぉ? 手負いだったとはいえ翼を持たないヒトが生身で撃ち落としちゃうなんてぇ中々聞かないわよぉ。うふふっ、やっぱり目を付けた甲斐があったわぁ」

 

 

 車内から歓声が聞こえてきて、つい伊丹の口元にも苦笑が浮かぶ。

 

 攻撃ヘリの撃墜に成功し、地上にも追跡部隊の姿がさっきから見当たらぬせいで緊張が薄れアドレナリンの分泌も減少したのだろう、急な寒気が彼を襲った。

 

 そもそも冬の夜中に走る車の車体にしがみ付いている訳で、体感温度は冷凍庫の内部か吹雪の真っただ中に居るに等しい。それに運転する富田の視界の邪魔だ。

 

 

「おぉい、ちょっと中に入るの手伝ってくれぇ」

 

「あっ、はーい」

 

 

 滑り易いボンネット上で片手はRPGの発射器で塞がっているという極めて不安定な状況という事で、伊丹は車内に戻る手助けを要請した。呼応してハッチから出てきた栗林が上官の腕を掴み、小柄な女性という外見からは想像できない力強さで大の男の体を引っ張り寄せる。

 

 

「栗林、先にRPGを中に」

 

「分かりました」

 

「悪いな」

 

 

 栗林にRPGを渡してハッチの縁に手を置いたその瞬間だった。

 

 伊丹の視界の端で何かが瞬いた。真っ暗な夜闇を流れ星が横切ろうと、いや違う、降ってこようとしている。真っ直ぐに、明らかに伊丹らの下を目指して――

 

 

「皆掴まるんだ!」

 

「えっ、隊長?」

 

 

 目の前に上半身を出したままの女部下の姿。咄嗟にハッチから手を放すと栗林を突き飛ばし、彼女を車内に押し込んだ。

 

 伊丹も車内に飛び込もうとしたが間に合わない。

 

 流れ星が装甲車のすぐ前方に落下した。爆発、衝撃、炎と煙。

 

 衝撃波に殴られた伊丹の肉体がボンネット上から弾き飛ばされた。

 

 

「ぐぉぉっ!!?」

 

 

 無我夢中で体を支えてくれる存在を求めて両手を振り回すと、運良く『コ』の字型のフレームによって取り付けられているサイドミラーに片腕が引っ掛かってくれたので、何とかしがみ付く。

 

 アスファルトへの落下は免れたが、ボンネットから今度は車体側面にヒーコラしがみつく伊丹を次の衝撃が襲った。流れ星が生み出した陥没にタイヤが取られ、今度は車体が斜めに傾く。暴れだす車体。

 

 富田も必死で装甲車を操ろうとした。だがMi-28のミサイル攻撃の時とは違い、平坦な直線ではなく今度はカーブの途中でコントロールを失ったのが致命的であった。

 

 

「ああクソッ!」

 

 

 迫るガードレール。並の乗用車より何倍も重量がある装甲車の激突には耐え切れず紙のように引き裂かれる。歩道用の柵も爪楊枝で出来た細工同然に突破される運命であった。

 

 柵の向こう側は深い傾斜が広がっていた。

 

 柵を突き破った瞬間の衝撃によってサイドミラーからすっぽ抜けてしまう伊丹の手。しがみ付く為の手がかりを全て失ってしまった伊丹は、遂に装甲車から振り落とされた。

 

 離れていく車両から、悲鳴が聞こえた気がした。それは伊丹が振り落とされた事に対してなのか、車ごと落下する事への恐怖からか、或いはその両方からか、彼には判断がつかなかった。

 

 落下していく。足元には闇が広がっていて、深さがどれだけなのか、自分はどれだけ落ちるのか見当もつかない。

 

 落下中の僅かな時間、伊丹の脳裏にはアフガニスタンで滝壺からボートごと落下した時の記憶と、チェコの山中で炎上するジープごと崖に飛び出した際の記憶が瞬間的に蘇った。あの時は生身のまま落下する仲間が一緒だったが今回は違う。

 

 

(これがいわゆる走馬燈ってヤツなのかもしれ)

 

 

 意外と早く足の裏に衝撃が走った。そのままぐらりと体が傾き、上下がひっくり返り、体中に次々と衝撃が走った。自分は今暗闇の中を転げ落ちている。

 

 やがて意識も暗闇へと落下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一度は失った伊丹の意識を呼び覚ましたのは、全身に感じるチクチクとしたくすぐったさだった。

 

 彼が落ちた斜面は枯れたススキを筆頭に秋冬の草々の密生地であり、どうやらそれらがクッション替わりとなったようで車から放り出されて転げ落ちた割には思ったよりも体が悲鳴を発していない。

 

 ただしカーチェイスの際にM14ライフルもM7A1・PDWも一旦車内に下ろしてきてしまった為、現在伊丹の手元にあるのは右レッグホルスターのグロック18、そして兵士最後の武器としてお約束の大型ナイフのみだ。手榴弾の類は旅館で使い切ってしまっていた。

 

 

「皆はどこだ……」

 

 

 呟いた直後、上空をヘリの羽音が通過していく。今夜は散々ヘリに苦しめられた伊丹は反射的にススキだらけの藪の中へ身を潜めた。腰以上の高さまで成長しているのでちょっと屈めば簡単に身を隠すのに役立ってくれる。

 

 音の主は見覚えのあるMi-8。斜面を下るとMi-8程の大型ヘリでも楽に着陸可能な面積の空間が広がっており、輸送ヘリはそこへ車輪を設置させた。更にもう1機のMi-8が上空で旋回し、平原から少し離れた場所をサーチライトで照らしている。

 

 そこに上下がひっくり返ったタイフーンLが存在した。

 

 着陸したMi-8から降り立った複数の敵兵が装甲車へ取りつき、車のドアを開け、乗っていた伊丹の部下や特地来賓らを次々に引きずり出す光景が、煌々と照らすライトの光の中で繰り広げられた。

 

 

「チクショウ!」

 

 

 ライフルの1丁さえあれば、と歯噛みする伊丹。拳銃では明らかに狙えない距離だ。正確にはやれなくもないのだが、拳銃で狙うには敵と仲間の距離が近過ぎて誤射の危険性が高い。

 

 と、おもむろに事故車から連れ出される中でも一際小柄な人影が敵兵に掴みかかった。体格と身のこなしからそれが栗林であると伊丹は気付くが、事故直後のショックでむしろ伊丹以上に体を痛めているのだろう、彼女の動きは普段と比べると明らかに精彩を欠いていた。

 

 栗林は近くの敵兵の足を蹴ってバランスを崩し、すぐさま左のフックを頭部に叩き込むと敵の銃を奪おうとしたが、抵抗できたのはそこまでで、彼女の背後に回り込んでいた別の兵士がライフルのストックで彼女を強烈に殴りつけた。それを伊丹は見ている事しか出来なかった。

 

 殴りつけた敵兵は倒れこんだ彼女へ銃口を向けた。一瞬覚悟した伊丹だが、彼の予想とは裏腹にまた別の兵士が止めに入ったかと思うと、栗林の両手を後ろ手にして(おそらくナイロン製のハンドカフだろう)拘束し、そのまま着陸したヘリへ運んでいく。

 

 

「日本側の護衛も生かしたまま連行……?」

 

 

 伊丹の知るインナーサークルのやり口はいわばジェノサイド、目標の人物以外の人間は護衛だろうが一般市民だろうが目に付く人間は皆殺しが基本である。どうやら連中、栗林を生かして連れていく事に何らかの価値を見出しているようである。

 

 特地来賓の通訳の役割を求めているのか、もしくはそれ以外にも利用価値があると考えているのか。

 

 肝心なのは既に栗林の姿は敵ヘリ内に消えてしまった事だ。レレイやテュカ、ピニャにボーゼスに梨紗、更に富田も運転席から連れ出され、拘束された上で現在進行形で連行されつつある。「チクショウ」とまた伊丹は呻いた。

 

 ロゥリィだけは、何故か車内から出てこなかった。敵兵が横転したタイフーンLの中を覗き込んだかと思うと、仲間に向けて首を横に振って見せると足早に離れていってしまう。

 

 どうやらロゥリィだけ事故によって外へ連れ出せないような有様になってしまったようである。ただヘリの攻撃で肉体を引き裂かれようがあっさり再生してしまう不死身の亜神であるのは旅館で嫌というほど見せつけられたので、きっと死んではいないだろう……死んでは。

 

 

(どうするどうする、ここからどうすりゃ皆を助けられるんだ?)

 

 

 助けようにも武器も仲間も足りない。対して敵は頭数も上なら武装したヘリまで所有しているのだ、幾らなんでも拳銃とナイフだけでは敵いそうになかった。

 

 かと言って、このまま退散して隠れ潜むか逃げ出すという選択肢を選ぶ訳にはいかない。自分だけ敵地に孤立しているのであれば喜んでスタコラ退散しただろう。だが今は部下と護衛対象の女性達が敵の地に落ちてしまっている。

 

 たった1人でもやるしかなさそうだ。

 

 

「せめて敵から武器を奪えれば……」

 

 

 輸送ヘリから降り立った歩兵は捕虜の移動に合わせて撤退準備を行いつつある。全員がヘリに乗せられて飛び立たれる前に歩兵から装備を奪えれば、まだチャンスは残るだろう。

 

 右手にフルオートの拳銃、左手にはナイフを逆手に握り、着陸現場へと接近を試みる。

 

 だが伊丹の試みは、第3のヘリが出現した事によってあえなく中断させられた。

 

 

「クソッ、まだヘリがいたのかよ!?」

 

 

 旅館で最初に撃墜したのと同型のMH-6(リトルバード)がいきなり上空に降下してきた。

 

 小型ヘリのサーチライトが斜面を舐め、すぐに伊丹の姿を捉えて彼を光の中に浮かび上がらせる。咄嗟に伊丹が伏せた直後、M134ミニガンの掃射が降り注いだ。ススキが弾けては細かな破片となって舞い散った。

 

 

「ああもう、クソックソックソッ!」

 

 

 最早冷静さをかなぐり捨てて伊丹は悪態を連呼したが、体はしっかりと然るべき行動を取っていた。斜面一面を覆うほど成長したススキの中を這い蹲りながら、それでも彼は捕らえられた仲間の下を目指す。

 

 ヘリ周辺に集まっていた歩兵も斜面への銃撃を開始し、とどめとばかりに上空警戒に当たっていた方のMi-8までロケット弾を発射した。伊丹の周囲に銃弾が飛び交い、爆発が地面を揺るがし、破片が彼を切り裂こうと飛散する。

 

 爆発音に心臓が竦み、体を掠めていく銃弾に金玉が縮み上がり、目の前で地面が弾けるたび勝手に尿道が緩みそうになる。武器を捨て両手を挙げて降伏したり、回れ右して全力疾走で逃げ出した衝動が伊丹を襲う。

 

 だが実際にはそうしない。歯を食いしばり、武器を握ったまま前に向かって進み続けた。

 

 諦めるな、戦えと、声が――散っていった多くの戦友、その中の誰かの声が聞こえる。声に従い、伊丹は体を動かした。

 

 せめて斜面を照らすサーチライトを潰してしまえないかと、グロック18の銃口を小型ヘリへと向けた。あのクラスの小型機なら拳銃弾でもコクピットを貫通出来る。運が良ければパイロットも射殺できるかもしれない。

 

 

「うおおおおおおおおおぉっ!」

 

 

 祈りながら拳銃を発砲する。

 

 

 

 

 結果……小型ヘリは盛大に爆発した。

 

 

 

 

「…………はぁ?」

 

 

 咆哮から一転、間抜けな声を漏らして伊丹は手の中の拳銃をまじまじと見つめた。いくら小型ヘリが脆いとはいっても、拳銃弾が数発当たっただけでああも派手に爆散する筈ないのだが。映画やゲームじゃあるまいし。

 

 そこへ4機目のヘリコプターが出現。

 

 小型ヘリよりも逞しい羽音に、輸送ヘリのずんぐりとした太さと、攻撃ヘリの前後に長いタンデム式コクピット。それらが組み合わさった異様なシルエットを持つ機体は限定される。

 

 

「あれってハインドじゃないか!」

 

 

 Mi-24・ハインド。攻撃ヘリとしての戦闘力と輸送ヘリとしての人員輸送能力を両立させた極めて異例のヘリコプターである。

 

 ヒップにハボック、極めつけにハインド。何時から箱根はロシア製ヘリの飛行会場になったのか、伊丹はそう言ってやりたくなった。

 

 

「救援、なのか……?」

 

 

 状況からしてハインドが小型ヘリを撃墜したと判断して良さそうだ。敵の兵士らがハインドへと向かって銃を発砲し始めたのもその証拠である。

 

 敵兵の近くには連行途中だったレレイら捕虜も居る。ヘリの兵装だと彼女らが巻き込まれてもおかしくない。それが伊丹には心配だった。

 

 それは謎の救援の方も理解していたようで、伊丹の見ている前でハインドは機首を転じると敵兵らに対し、横っ腹を向ける格好でのホバリングに移った。わざと的を大きくするような行動に移った理由、それは機体中央部に位置する人員輸送用スペースのハッチが開放されていたのを目撃した瞬間に悟った。

 

 開口部に腰掛けM110SASS、M16ライフル系列を原形に開発されたスナイパーライフルを構えた狙撃兵が発砲した。

 

 銃声が鳴り響くたび、捕虜の周囲の敵兵らが順番に撃ち倒されていった。1人につき1発ずつ、揺れて不安定なヘリからの狙撃でこの精度。凄まじい腕である。

 

 それでも残念な事に、謎の救援が駆け付けたタイミングは少しばかり遅過ぎた。捕虜の中でもより着陸中の輸送ヘリに近かった何名かが、狙撃を免れた敵兵らによって機内へ押し込まれてしまう。

 

 姿が機内へ消える直前、高速回転する回転翼が生み出すダウンウォッシュによって激しくなびく長い赤髪と金髪、ショートカットの銀髪が伊丹の目に刻まれた。

 

 

「レレイ! ピニャ殿下! ボーゼスさん!」

 

 

 姿を隠すのも止めて叫びながら駆け出す。

 

 輸送ヘリが地面から離れ、上昇しながらハッチが閉じられていく。ハインドも人質の存在を慮ってか、攻撃は行わずそのまま見送る方針を見せた。

 

 完全に閉鎖される刹那、伊丹の存在に気付いたレレイが拘束されながらも必死に手を伸ばし、何かを叫んだ。彼女の声は羽音に掻き消され、パクパクと口を動かした事しか伊丹には伝わらなかった。

 

 空中で待機していたもう1機のMi-8共々、伊丹の部下と『門』の向こうから来たVIP、そして賢者見習いの少女を飲み込んだヘリはそのまま夜空へ飛び去ってしまったのである。

 

 

「――チクショウ!」

 

 

 また(・・)間に合わなかった。衝動のまま伊丹は吠え、次いで脱力感に襲われて膝から崩れ落ちてしまった。

 

 項垂れる彼の下へ、伊丹以上に無力感に歯噛みしている事がありありと伝わってくる表情の富田と、沈痛に染まった顔の梨紗が駆け寄る。

 

 

「申し訳ありません隊長、自分にもっと力があれば……!」

 

「先輩……」

 

「……いや……まだ間に合う。いや、間に合わせるさ(・・・・・・・)

 

 

 決意の表情で立ち上がった伊丹らの下へ今度はハインドが降下してくる。

 

 地球のヘリコプター史上においても異質な設計思想であると同時に、Mi-8と同じく東側諸国の大ベストセラー機としても有名な存在が着陸すると、回転翼が制止するのも待たず乗員用スペースから兵士が下り、伊丹らへと向かって歩き出した。

 

 ホバリング中に見事な狙撃を見せつけた例の狙撃兵だ。くたびれたブッシュハットを被っている。帽子の影になって顔は窺えない。

 

 

「動くな。何者だ」

 

 

 狙撃兵が倒した兵士の死体から奪った銃を構えた富田が警告する。助けてくれた相手とはいえ、武装した所属不明の兵士が無造作に近づいてきたともなると警戒するのも当然である。

 

 富田の言葉のせいか、それとも彼が向けた銃口のせいか、ともかく警告を受けた狙撃兵はその場で足を止めた。足は止めたが、今度はライフルをスリングで肩から吊るすと、おもむろに胸元へと手を入れた。

 

 

「動くなと言っている!」

 

「――落ち着け、若いの」

 

 

 その声は低くしゃがれているにも関わらず、未だ消えぬローターの羽音越しでも不思議とハッキリと聞き取れた。

 

 最低でも40は過ぎているだろう。もしかすると50か60の大台にも乗っていてもおかしくない、それぐらいの年齢を思わせる声色だった。口調そのものは落ち着いているが、同時に耳にしているだけで背筋が伸びるような厳しさを感じさせる。1度声を聴いただけで古強者と否応なしに理解させるような、そんな声だ。

 

 その声に、伊丹は聞き覚えがあった。

 

 懐から抜かれた狙撃兵の手が持っていたのは葉巻だった。暗くて詳細は判別できなくても、伊丹だけは容易に銘柄を見抜いた。Villa Clara。『彼』のお気に入り。

 

 伊丹の方から狙撃兵へと歩み寄ると、懐に携帯していた傷だらけのオイルライターを取り出した。

 

 火が点る。

 

 

 

 

「――久しぶり、爺さん」

 

「少しばかり遅かったようだな、若いの」

 

 

 

 

 髭面の老兵、元英国陸軍第22SAS(特殊空挺部隊)大尉、ジョン・プライスの顔が夜闇の中に浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『光の中を一人で歩むよりも、闇の中を友人と共に歩む方が良い』 ――ヘレン・ケラー

 

 

 




ようやくMW主人公勢出せた…

あれやこれやと詰め込んだ結果この長さに。
でも流石にこれ以上区切って箱根戦を続けるのもアレなので、一気にまとめて書き上げちゃいました。
現場以外の動向はまた追々描写予定。


批評・感想大歓迎で募集中です。



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