GATE:Modern Warfare   作:ゼミル
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18.5:The Dogs of War/集結

 

 

 

 

<04:19>

 富田 章 第3偵察隊・二等陸曹

 神奈川県・箱根某国道

 

 

 

 

「あのー、先輩もしかして、その人とお知り合いだったり?」

 

「そうだよ梨紗。皆にも紹介するよ。この人はプライス大尉」

 

()大尉だ、少尉(セカンド・ルテナント)

 

「それを言ったら俺も今じゃ二尉(ファーストルテナント)ですよ。ともかくイギリス軍の元大尉で、昨日教えた海外時代に一緒に戦ったお仲間の1人だ」

 

「この方が伊丹二尉と一緒にマカロフを追いかけていたあのTF141の……!」

 

「そ。ちなみにその前の所属はSASな」

 

 

 この富田という男、レンジャー徽章と空挺徽章という、片方だけでも厳しい訓練と野外試験を突破しなければ取得できない技能の証を、何と両方とも取得している程の猛者、自他共に認める優秀な兵士である。

 

 だからこそ、己では未だ達成に及んでいない上の領域に到達した存在―特殊部隊に所属したり、困難な任務を達成して叙勲された人物―に大いなる敬意を抱くのは、軍人として当然の反応であった。この場に栗林が居合わせていたら文字通り飛び跳ねて感激していただろう。

 

 しかも特殊部隊の元祖とされるイギリス特殊空挺部隊の出身。実力も言わずもがな、何せつい先程彼の狙撃のお陰で命を救われたばかりである。

 

 例え伊丹に紹介されなくとも、そんじょそこいらの一般部隊からは遠くかけ離れた出身と経歴だとすぐに気付いたに違いない。それほどまでに目の前の老兵のオーラは凄まじかった。間違いなく本物、精兵の中の精兵だ。

 

 そんなプライスを前にした事で、戦闘の余波と事故によって悲鳴を上げていた筈の富田の肉体は、電撃に打たれたかのような衝撃に貫かれた。

 

 反射的に背筋を伸ばすと、教範の見本にも使えそうなぐらいに整った挙手による最敬礼の姿勢を取った。

 

 余談だが、挙手による敬礼は帽子やヘルメットの類を着用している場合にするものであって、何も被っていない場合はお辞儀を行うのだが、今それを指摘するのは野暮であろう。

 

 

「りっ、陸上自衛隊特地派遣部隊第3偵察隊所属、富田章二等陸曹でありましゅっ!」

 

(噛んだ)

 

(噛んだわね)

 

「もしかして噛まなかった今?」

 

「テュカ、そこは敢えて指摘せずに流してやるのが武士の情けだぞ」

 

「『ブシ』ってなぁに?」

 

 

 富田の滑舌と外野の茶々を気にした様子もなく、老兵は「フン」と鼻を鳴らして濃密な紫煙を燻らせる。

 

 

「トミタ、か。肩から力を抜け若いの。こっちは今となってはリタイアした身だ」

 

「いえ、そういう訳にはいきません! 大尉につきましては伊丹隊長より大尉の多大なる功績を聞き及んでおります!」

 

 

 なお冒頭に伊丹と会話を始めた時点でプライスが話している言語は日本語である。

 

 次にプライスの視線は梨紗を捉えた。伊丹や富田ほどむせそうな硝煙の臭いを漂わせる人物慣れしていない一般人の彼女は、びくりと体を竦ませるとそそくさと元夫の背中に隠れてしまう。

 

 

「そっちの女は」

 

「ほら、昔教えただろ。俺の元嫁さんだよ」

 

「そうか」

 

 

 伊丹の簡潔な説明だけですぐ梨紗への興味を失ったプライスの視線が今度はテュカへと移る。

 

 兵士と死体の山、装甲車にヘリコプターの残骸が散らばる場所に佇むにしてはあまりにも場違いな金髪白人系美少女エルフを、老兵はほんの数秒ばかり見据えた。特に金髪から覗く笹葉型の耳に注目する。

 

 

「えっと、何かしら」

 

「……シェイクスピアじゃなくてトールキンの方だったか」

 

「へ?」

 

 

 人員輸送兼用の攻撃ヘリから降り立った兵士はプライスのみではない。大柄や細身と体格は様々だが共通して戦闘用装備で完全武装している男達が、更にゾロゾロとMi-24から降りてくると伊丹の下に集まった。

 

 

「イタミ、無事か!」

 

 

 富田と梨紗の表情が不意に強張る。ヘリから出てきた兵士らの中にロシア人も含まれていたからだ。

 

 旅館から散々襲い掛かってきた挙句、栗林やレレイらを連れ去ったのもロシア人である。危うく殺されかけた富田と梨紗の認識にバイアスがかかってしまうのも当然の事だ。

 

 すかさず2人の反応に気付いた伊丹がフォローする。

 

 

「大丈夫だよ、こっちは善い方(・・・)のロシア人だから」

 

「ほ、本当?」

 

「彼らも一緒に戦ってきた生き残りさ」

 

「ユーリだ。伊丹の部下か? よろしく頼む」

 

 

 坊主頭のロシア人が富田に手を差し出した。訛りが強いが彼も日本語だった。上官を信じて覚悟を決めた富田がユーリの手を握り返した。

 

 

「彼は元スペツナズでTF141にも居たんだ。その後ろから順番に野本、バンダナを巻いてるのがエンリケ、ベレー帽がモンゴメリ。この3人は途中から仲間になった傭兵だよ」

 

「間に合わなくて非常に残念だったが、よくぞここまで耐え抜いてくれた。伊丹の部下なだけあって優秀な兵士のようで何よりだ、是非協力させてくれ」

 

「は、はぁ」

 

 

 伝説の老兵、ロシア人と続いて今度は自分よりも年下かもしれない、同郷の若き傭兵の出現である。だが眼光は大半の自衛隊員より遥かに据わっており、やはり世界を駆け巡りながら戦い続けた伊丹の戦友なだけあって若かろうがただ者ではないのは明らかだ。

 

 それにしても銃規制の厳しい日本国内において大量の銃火器のみならず装甲車まで調達し、極めつけにロシアの戦闘ヘリで救援に駆けつけるなんて真似、よくもまあ一介の傭兵が行えるものだと、富田は驚愕を通り越して呆れ返るばかりである。

 

 

(いや、敵だって軍用ヘリや対戦車ヘリに砲兵部隊だって持ち込んできたんだから今更……だけどなぁ)

 

『見ろよモンゴメリ、本物のエルフだぞエルフ』

 

『フム、まさかこの目でファンタジーな種族を直接目の当たりにする機会が巡ってくるとは、長く生きてみるものだな』

 

 

 エンリケとモンゴメリが英語で何事か会話している。プライスと違い、この2人はリアル異世界からやってきたファンタジー種族の代表種たるエルフなテュカに興味津々な様子だった。

 

 とりあえずは貴重な援軍である。伊丹の個人的な知り合いである以上、信頼しても大丈夫であろう。

 

 そこまで考えた所で、驚きと緊張によって感じる事を忘れていた事故による負傷の痛みが遂に富田の中で蘇った。

 

 彼は歯を食いしばって苦痛の呻きを押し殺すと、戦闘用ベストに取り付けた大型ポーチから救急キットを引っ張り出し、己自身に応急処置を施し始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<同時刻>

 伊丹耀司

 

 

 

 

「集まってくれた面子はこれで全員か? Mi-24(ハインド)の操縦には誰が乗ってるんだ?」

 

「操縦はニコライ、ガンナーはディアスが担当してる。マックスは原隊が非常招集を受けて基地から出られず、コワルスキーは第3次大戦からずっとフランス国内に缶詰だそうだ」

 

 

 マックスは野本と関係の深い傭兵仲間で米軍関係者。現在は日本国内の某米軍基地に所属している。

 

 コワルスキーも傭兵仲間の1人だ。フランス外人部隊に所属していながら時折傭兵としても活動しているという異色の人物である。2足の草鞋を履いていながらどうやって原隊復帰しているかは謎だ。付き合いの長い野本も知らない。

 

 

「フランスは軍事的に大打撃を受けたせいで兵力が極端に減ったからなぁ……コワルスキーぐらいのベテランともなるとかなり貴重だし、仕方ないか」

 

 

 そこまで口にした所で伊丹はハッとした顔になると、勢い良くテュカらの方へ振り返った。

 

 そしてこう尋ねる。

 

 

「おい、ロゥリィは一体どうしたんだ?」

 

 

 

 

 

 

 ……車内は惨劇の現場と化していた。

 

 

『クソッ、何てこった』

 

 

 同行してきたエンリケが母国のポルトガル語で堪らず呻く。同じくプライスも、普段から険しい顔つきをさらにきつく歪め、眉間に深い皺を生み出した。

 

 ロゥリィは上下逆さになった装甲車の乗員用スペース、現在は床と化した天井に横たわっていた。

 

 そんな彼女の胸部には愛用のハルバードがのしかかり――いや、突き立っている。斧状の分厚く巨大な刃とは反対側に備えた突起(ピック)―突起と言っても下手な短剣よりも長く大きい―が、使い手たるロゥリィ自身の薄い胸へ深々と突き刺さっているのだ。

 

 仰向けに横たわるロゥリィの表情は暗くて窺えない。床に溜まった出血量は小柄な少女が死に至る量を明らかに超えていた。

 

 戦友同様、助けるべき対象の1人であった少女の亡骸を前に、駆けつけるのが間に合わなかったエンリケとプライスの心情は如何程か。

 

 

『ここから外に出してやろうぜ。せめて死体は生まれ故郷へ帰れるようにしてやらねぇと』

 

『ああ、そうだな』

 

 

 開け放たれた後部ハッチから傭兵と老兵が横転した装甲車内へ踏み込む。ボロボロのゴスロリ服の上に乗った巨大なハルバードの柄を掴む。

 

 わずかに柄を動かした際の手応えから、ピックが彼女の肉体を貫いて天井まで到達し、文字通りロゥリィの肉体を釘付けにしている事に彼らは気づいた。敵兵らがロゥリィを引っ張り出そうとしなかったのも、出血量からして死んでいて当然だったのに加え、物理的に連れていけないのだと理解したからだ。

 

 

『こいつぁ見た目以上に重てぇな! 一体誰の荷物だこりゃ?』

 

 

 驚きの声を発したエンリケがより力が入りやすいようピックの根元近くを握り直す。自然、ロゥリィの顔を覗き込むような体勢となった。

 

 

『もう1度やるぞ、1、2ぃの』

 

 

 掛け声と共に再び力を篭めるべく身構えた次の瞬間――

 

 

「こぉんばんわぁ~」

 

 

 と言いながら。

 

 昆虫標本じみた状態で明らかに死んでるようにしか見えなかったロゥリィ、その血に汚れた口元が笑みの形に歪んだのである。勿論ピックで胸元を貫かれたままの状態で、だ。

 

 

『Filho da puta!!?』

 

『Bloody hell!?』

 

 

 チクショウ、とエンリケとプライスの口からそれぞれの母国語による悪態が飛び出した。

 

 前者などまず仰け反りながら飛び上がり、快適さよりも防護性重視な装甲車特有の低い天井へ(上下逆さなので正確には床だが)頭部をぶつけてしまい、そのままバランスを崩して尻もちを突いてしまうというオーバーリアクションっぷりである。

 

 紳士の国出身の老兵はそこまで派手ではなかったものの、瞬間的にレッグホルスターの拳銃を―何と本体だけでも1.5キロにもなる大型オートマチックの極北、デザートイーグルを―引き抜いていた。相手が(外見に限って言えば)可憐なゴスロリ少女でなければ、問答無用で頭部にマグナム弾をブチ込んでいたに違いない。

 

 

『待った待ったストップ! ストォーップ!』

 

 

 危うくエンリケまで銃口をロゥリィへ向けようとしたので、伊丹が慌てて英語で止めに入った。喜怒哀楽の激しいこのポルトガル人は日本語が通じないのである。

 

 

『オイ何だよコレ! ゾンビか!? 吸血鬼なのか!?』

 

『イタミ、事情を知ってるんだったらサッサと説明しろ』

 

「ねぇイタミぃ、彼らはだぁれなのかしらぁ」

 

「分かったけどとりあえずロゥリィは刺さってるのどうにかならないかな?」

 

「それもそうねぇ。ううう~ん……ふんっ!」

 

 

 唸りののち短い気合の声を発しながら、ロゥリィは自分の胸に突き刺さった愛用のハルバードを、ゆっくりと引き抜いていく。

 

 鍛えた兵士が数人がかりでも持ち上げるのが難しい重量の鉄塊がたった1人の少女の細腕によって、しかも慎ましい胸元を装甲車の内装へと到達するほど深く貫かれた当人が自力で、かつ苦しみ悶えるどころか平然と慣れた様子で取り除いていくという、どれか1つだけでも十分驚愕に値する要素が複数同時に存在している光景を前に。

 

 エンリケは目と口を限界まで丸く開いて固まった。

 

 プライスは理解も名状もし難い代物を見たとばかりに、髭面をこれ以上ないレベルで歪ませた。

 

 やがて金属同士が擦れ合う不協和音が途切れ、長く大ぶりなピックが完全に装甲車とロゥリィの体から抜けた。明らかに致命傷な傷は小さな泡を残してすぐに塞がる、否、消えてしまう。

 

 エンリケの目が円を通り越して点となり、プライスは頭痛を堪えるかのように眉間を押さえた。

 

 

『どういう事だよこりゃあ……』

 

『参考人招致見てないの? 彼女は亜神で、不死身なんだってさ』

 

『亜神か。フン、神話よりも子供のおままごとに出てくる方がお似合いに見えるがな』

 

『それ、あんまり彼女の前で言わない方が良いよ爺さん、色んな意味でヤバいから』

 

 

 伊丹に忠告されながら、プライスは大型拳銃をホルスターへと戻すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 復活したロゥリィ曰くこういう顛末らしい。

 

 

「乗り物がひっくり返ったと思ったらぁ、頭から落っこちちゃう格好になっちゃってぇ。首の骨が砕けてぇ頭が変な方向向いちゃった辺りで気絶しちゃってたみたぁい」

 

「節子それ気絶ちゃう、臨死体験や」

 

「よく生きてたな……」

 

 

 思わず梨紗がツッコミを入れた。富田やエンリケにユーリもロゥリィの説明を聞いて顔を引き攣らせ、ついつい自分の首をさすっていた。

 

 頸椎が脱臼したのか骨折したのか、どちらにしても装甲車が斜面に転落し横転した時点でロゥリィは1度死んでしまったらしい。亜神である彼女の肉体はすぐさま再生したものの、その際暗転した意識自体はしばらく戻らず、伊丹やプライスらが事故現場へやって来たタイミングでようやく目覚めたそうだ。

 

 旅館でMH-6による攻撃を受けた時もそうだが、ロゥリィの肉体は言葉通り不死身クラスの再生力と驚異的な身体能力を有してはいても、耐久性自体は常人と大差無いのだと伊丹は気付いた。どこぞのスーパーマンや英霊のように生身で刃物を通さず弾丸を跳ね返すような真似は無理らしい。

 

 ……地球にも至近距離からマグナム弾を喰らって生死の境を彷徨ったにもかかわらず、数日後には敵の大部隊と派手にドンパチを繰り広げ無人機のミサイル攻撃を受けてもピンピンしていたとある坊主頭の元スペツナズ隊員のような規格外も存在するのだが、これは例外中の例外である。

 

 

「出来ればもう少し早く目覚めてさえいればたっぷり暴れられたし、何よりレレイやクリバヤシ達をむざむざ敵に連れて行かせなかったのに……これはエムロイの使徒としても、ロゥリィ・マーキュリー個人としても最大級の不覚ねぇ」

 

 

 無念そうに唇を噛み締める。先程まで己を貫いていた愛矛を握る手も、内心の憤りを堪えるかのように微かに震えていた。

 

 

「次に連中と会った時は(みなごろし)にしてやるわぁ。悉く平等に主神エムロイの下へ送ってあげるんだからぁ」

 

『これが異世界の神か……向こう(特地)の神は中々血の気の多いのだな』

 

『モンゴメリよ、別に血の気が多いヤツじゃなくてもここまで好き勝手されりゃ誰だって頭にくると思うぞ?』

 

「でもそれは襲ってきた相手が何処に逃げたのか分からないといけないじゃない。レレイ達の事も心配だけど行き先が解らないと話にならないし、ああもう一体どうすればいいの?」

 

 

 頭を抱えるテュカ。そこに口を挟んだのはプライスだ。

 

 

「連中の行き先は分かってる」

 

『本当っ(ですか・なの)!?』

 

 

 テュカやらロゥリィやら富田に梨紗まで加わって異口同音に一斉に叫ぶ。

 

 特地組と日本組の驚きに応える形でプライスが取り出したのは、背中に背負った小ぶりなバックパックに収納されていた軍用タブレット端末である。

 

 『門』の向こう側では基本派遣された自衛隊は破棄しても懐の痛まない旧式兵器を中心に持ち込んでいる事、アルヌス駐屯地近辺など極々限られた場所にしかネット環境が整っていない―GPSに必須の通信衛星すら存在しない―という実情から、前線の隊員がこの手の精密機器を持ち歩く機会は無きに等しい。その為か、地球に戻ってきて3日と経っていない身の富田がタブレット端末へ向けるまなざしはどこか新鮮味を帯びていた。

 

 引っ張り出した端末をプライスは伊丹に向かって無造作に投げ渡す。精密機器の扱い方にしてはいささか乱暴だが、大判のハードカバーな辞典並みのサイズと重さを誇る端末の大半は防護性に割かれている。仮に受け止め損ねてもそう簡単に壊れたりはしない。

 

 危なげなく受け止めた伊丹は画面に視線を落とした。富田やロゥリィらも集まり、端末を取り囲んで物珍し気に覗き込む。

 

 特地とは対照的に、現代の地球の戦場は最前線の末端に至るまで携帯端末を所持し、ネット回線で司令部とリアルタイムで情報共有しながら行うのが先進国の軍隊では一般的になっている。

 

 端末の役目は情報共有のみにとどまらない。GPSを傍受し正確な進軍ルートへ誘導する。無人機の兵装を操作しダイレクトな火力支援の提供を受ける。偵察機からの映像をリアルタイムで確認する。現代の技術ならば空を飛ぶ偵察機どころか、宇宙に浮かぶ偵察衛星からも情報を受け取る事が可能だ。

 

 タブレットの画面に映し出されているのもそれであった。無人偵察機よりも更に高高度から地表を見下ろす偵察衛星による静止画像。タイムラインは約1時間前。

 

 

「よく偵察衛星からの情報まで手に入ったな」

 

 

 タッチパネル方式の端末を操作する伊丹の手つきは慣れたものだ。海外時代に同じタイプの端末や操作ソフトを扱ってきたのだから当然である。

 

 

本国(イギリス)に借りがある相手がいてな。その伝手を使って回線を又借りさせてもらってる」

 

「ああ、昔プリピャチでの任務で組んでたっていう上官さんね。今はSASの司令官をしてるんだっけ?」

 

「そいつは古い情報だな。マカロフに上の首がごっそり飛ばされたせいでやっこさん、今はMI6の長官室で尻を磨く日々だそうだ」

 

「隊長、これって他国も今晩の戦闘の一部始終をしっかり見物されてたって事なんじゃ……」

 

「富田ぁ、今は細かい事言いっこなしだぞ」

 

 

 各国が何かしらの手段を用い特地来賓らの動向を逐一見張っていた事そのものは今更な話なので、特に伊丹は気にしていない。むしろ中国やインナーサークルのように直接的に仕掛けてこなかった分だけ紳士的に思えるぐらいだ。

 

 むしろ気になるのは、撮影された地点。映っているのは真夜中の大乱闘が繰り広げられた箱根の俯瞰画像ではなく、どこかの海上であった。

 

 中心部に大型の貨物船が映り、英語表記で地名の注釈がついている。

 

 

「1時間前の画像だ。サガミベイ()に停泊中の偽装貨物船。連中のヘリはここから飛んできたわけだ」

 

「ならばピニャ殿下らを乗せたヘリも海上へ? 連中、海路を使って逃げる気ですか?」

 

「そうとは言っとらん。早とちりするな、次の画像を」

 

 

 画面に触れて写真をスライドさせる。次に映ったのは最初よりも2段階ばかりズームアウトした衛星写真で、小さくなった貨物船が方向を転じどこかの島を目指す様子を偵察衛星のカメラが捉えていた。

 

 更にスライド。カメラの中心点が海上から島へと移っている。島の詳細な全容が観察できるレベルまでズームイン。小さな港に集落にとどまらず、何と島の北端部には2000メートル近い長さの立派な滑走路を備えた空港施設まで画像にハッキリと映っていた。

 

 画面をまたスライド。空港周辺をクローズアップ。撮影時刻は深夜、だが日中しか利用されていないであろう辺境の空港にもかかわらず、照明を灯した複数の車両が空港の敷地に集結している。

 

 また画像が切り替わる。武装ヘリを吐き出し終えた偽装貨物船が空港施設のある島北端付近まで接近していた。一緒に映った空港近くの浜辺にもう1隻、車両用ランプを開放したまま砂地にめり込む形で停泊中の船の姿。

 

 偽装貨物船の航路、浜辺に放置されたカーフェリー、深夜に集まった車両の集団――

 

 

「待て。通信が入った……ああマック、何とかイタミらと合流は出来たが問題発生だ……分かった、今聞こえるようにする」

 

 

 プライスが身に着けていた無線機からイヤホンマイクのコードを外すと、渋く落ち着いた男性の声が流れ出す。

 

 

『聞こえるかイタミ中尉』

 

「ええ聞こえてますよ。そちらは例のプライス大尉の上官さんですかね?」

 

『腐れ縁なのは認めよう。時間がないので単刀直入にいこう。こちらは現在衛星を使って拉致された特地の重要人物を乗せたヘリを追跡している』

 

 

 無線の主と伊丹のやり取りは英語で交わされていた。

 

 日本語しか学んでいないテュカとロゥリィ(ついでに梨紗)にはさっぱり分からないので、富田が間に入って会話内容を通訳してやった。海の彼方の大陸からでも現場の様子を把握可能な衛星の存在にまず驚き、その衛星によって連れ去られたレレイらを追跡している事に更に驚愕した。

 

 

「本当!? 皆の居場所が分かるの!?」

 

「こんな事尋ねるのは野暮かもしれませんけど、良いんですか、その情報を俺達に教えちゃっても? 一応そっちに立場ってもんがあるでしょうに」

 

『安心しろ、この情報は既に日本政府にも通達してある。だが渦中の真っただ中にいるお前達も是非知りたいだろうと思ってな』

 

「まさにその通り。で、連中の行先は?」

 

 

 プライスに偵察衛星の画像を見せられたつもりで大凡の察しはついていたが、それでも伊丹は確認の意味を込め、数千キロ離れた英国に居る人物へと無線越しに問いかけた。

 

 果たして返ってきた答えは、伊丹の予想通りであった。

 

 

 

「オオシマ・エアポート――それがヤツらの選んだ脱出口だ。助けるなら急いだ方が良いぞ、さもなくば攫われた連中は、日本に全く手出しできない土地へと連れていかれる羽目になる」

 

 

 

 

 

 

『よく狩りをする者は、よく獲物を見つける』 ――ベルナール・ビュフェ

 

 

 

 

 




次回、最終ステージ突入。
場外乱闘にこの場所を選んだ理由も次回説明します。

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