GATE:Modern Warfare   作:ゼミル
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遅くなりました。


21:Crash Landing/エアポート2017

 

 

 

 

 

<06:09>

 伊丹耀司 陸上自衛隊・二等陸尉/タスクフォース141・サバイバー

 大島空港付近

 

 

 

 

 

 

 

 危地を突然救ってくれた米軍の出現に対し伊丹らが最初に抱いた感情は喜び――ではなく、困惑であった。

 

 

「いや、どうして米軍なんだ?」

 

「え? 米軍って日本とは同盟国なんだから別におかしくないんじゃないの? さっきの連絡でも安保理や日本政府から要請を受けて来たって言ってたし」

 

「日本国内なのに米軍より先に自衛隊がまず出張らないのがおかしいんだよ!」

 

 

 単純に援軍を喜ぶ元嫁に言い捨てた伊丹がプライスを見ると、髭面の老兵も伊丹と同意見のようで、数千キロ彼方のイギリスに確認を取っている。

 

 

「マック! 米軍が出張ってきた! そちらに何か情報は入ってるか?」

 

『たった今こちらにも情報が入ってきたところだ。在日米軍の陸・海合同部隊(タスクフォース)によるインナーサークル残党の排除、ならびに拉致された特地来賓の救助が主任務であると作戦通知書にある。日本側も署名済みだ』

 

 

 つまり米軍は堂々と戦闘行動を行える錦の旗を日本政府から与えられている訳である。

 

 それでも伊丹は腑に落ちなかった。第3次大戦、そして『銀座事件』を経験していながら、それでも自衛隊を本格出撃させず外様の米軍を送り込んだ日本政府の意図が理解できない。

 

 彼の疑問と推察はMi-24(ハインド)のそばを掠めた機関砲弾が奏でた心臓に悪い飛翔音によって無理矢理中断させられた。今は撃ってくる敵と攫われたレレイらの救出に意識を集中するべきだ。

 

 日の出が近付いている為、ゆっくりかつぼんやりとだが、外は明るさを増しつつあった。

 

 

武装車両(テクニカル)だ、潰せ潰せ!」

 

 

 ピックアップトラックの荷台へ重機関銃を搭載するという紛争地帯でお馴染みの改造を施したテクニカルを海岸近くの道路で見つけたエンリケが指差す。ちなみにベースとなった車両は日本企業の製品である。

 

 空飛ぶヘリの機内まで届くボディブローのように腹に響く特徴的な重低音から、伊丹は陸上自衛隊でも使っているM2重機関銃であると見抜いた。アレの弾丸が1発でも生身に命中しようものなら人体などひとたまりもない。

 

 強烈な銃声が機内を震わせた。ユーリの連射が的確に地上のテクニカルへ降り注ぐ。

 

 ペチェネグが発射する銃弾はM2重機関銃と比較すれば小さく威力も低いが、それはあくまで比べての話。

 

 武装を追加する以外の改造が施されていなかったテクニカルは容易く蜂の巣になり、曳光弾がエンジン部や燃料タンクに突き刺さり、限界を迎えた車両は爆炎に包まれた。

 

 

「1台やったぞ!」

 

「こっちにも1台いるぞ!」

 

 

 ユーリの反対側でドアガンナーを務める野本が叫ぶ。そちらへ視線を移せば空港方面へ繋がる道路上に別のテクニカルの姿。

 

 木々に挟まれた道沿いにちらほらと点在する民家の屋根を視認した伊丹は改めて注意を発する。

 

 

「さっきも言ったけど、流れ弾が民家に飛ばないようにしてくれよ!」

 

「もちろんそのつもりさ!」

 

 

 地上から撃ち上げられた重機関銃と空中から降り注ぐ軽機関銃、2つの弾幕が交錯した。

 

 何時の時代も変わらない戦いの鉄則の1つは、より高い位置を確保した側が有利である事である。重力に引かれて弾丸が落下する分、射撃精度は低下し、テクニカル側は弾道確認と照準修正を小まめに行う必要があった。

 

 撃ち下ろす側である野本の方はヘリの機動に揺らされるというハンディはあれど、テクニカル側ほど照準修正に煩われる事無く、曳光弾の軌道を元に必要最小限の労力を注ぐだけで良かった。やがて2台目のテクニカルも爆発、対空砲火は沈黙した。

 

 空港の敷地をぐるりと取り囲む道路上にも対空仕様のテクニカルと携帯式対空ミサイルを所持した歩兵が陣取り、伊丹らを撃墜すべく行動していたが、ハインドに気を取られていた彼らは空港を攻撃している勢力が別に存在している事を忘れてしまっていた。

 

 それが命取りとなった。

 

 ハインドよりも更に上空を飛行中のF/A-18F・スーパーホーネットのパイロットが、無線へ呼びかける。

 

 

『ライノ1、ライフル(空対地ミサイル)を選択――ファイア』

 

 

 翼下にぶら下げたAGM-65・マーベリック・対地ミサイルが射出される。

 

 数十キロ分の爆薬がテクニカルを直撃し、歩兵ごと消滅させた。着弾の衝撃波に空港近くの民家が建物ごとビリビリと震えたが、住民にとっても伊丹にとっても、そして日本政府にとっても幸運な事に、米軍の爆撃が与えた影響はそれだけで済んだ。今の所は。

 

 

『こちら在日米軍派遣部隊チームリーダー、コールサインは大ガラス。ハインドの乗員、応答せよ』

 

 

 携帯無線機から再度、米軍側からの通信が聞こえてくる。

 

 返答すべきか否か迷い、ついついこの混成部隊の指揮官格であるプライスへまたも視線を向けた伊丹であったが、彼が見せた反応は「お前が無線に出ろ」というにべもない命令であった。

 

 

「いや、この場のリーダーは爺さんなんだから爺さんに任せるよ」

 

「俺は表舞台から消えた身だぞ? 今この場にいる面子で最上級の階級はお前だイタミ、だからお前が出ろ」

 

 

 生憎、自衛隊内での平常運転よろしく屁理屈をこねて反論を行える状況ではないし目の前の爺さんも怖い。

 

 そんな訳で伊丹は溜息混じりにヘッドセットの応答ボタンを押すと米軍からの通信に出た。ついでに向こうがコールサインを告げてきたので、こちらも昔与えられたコールサインを伝える事にする。

 

 

「あー、大ガラスへ。こちら陸上自衛隊の伊丹耀司二等陸尉です。コールサインはアベンジャー、どうぞ」

 

『アベンジャー、そちらの現在の状況は把握している。VIPを連れての戦闘活動は危険である。速やかに現空域から離脱せよ。あとはこちらに任せて貰いたい』

 

 

 その口調は尊大であったが、護衛人物を戦闘地帯まで同行させた事に関してはチャック何某の方が正論を述べている。

 

 とはいえ「はいそうですか」と従えない事情も伊丹らにはある訳で、また無線内容に違和感を覚えた伊丹はマイクに手を被せると富田に視線を送った。

 

 

「富田、携帯で防衛省と連絡を取って米軍の出動について確認を取ってくれ」

 

「すみません隊長、自分の携帯は『居場所を追われないように』と置いてきてしまったんですが……」

 

 

 そもそも携帯を捨てるよう命じたのも伊丹自身である。

 

 

「そういやそうだった。じゃあ俺の携帯を――クソッ、肝心な時に」

 

 

 懐からスマートフォンを取り出すなり伊丹は呻く。画面に亀裂が入り、電源を入れようにも反応しなかった。

 

 箱根での激戦で何度も転んだり、吹き飛ばされたり、挙句の果てに車から振り落とされたりしている伊丹である。下手をしなくても死んでいてもおかしくない体験を重ねている間に、何時の間にやら伊丹の肉体よりも先にスマホの方が限界を迎えていたらしい。

 

 するとこの場で唯一、ただ居るだけで何の役に立ちそうか分からない存在であった梨紗が手を挙げた。

 

 

「あ、携帯なら私持ってるけど」

 

「よし、梨紗の携帯なら閣下の番号も登録してあるよな? 閣下に直接連絡を取って米軍が本当に正規の作戦で動いてるのかどうか確認を取ってくれ」

 

「確認って、米軍は味方じゃないの?」

 

「あっさり信じられない事情もあるんだよ」

 

 

 これ以上は言いたくない、と伊丹の表情が苦みを帯びる。

 

 そこへ今度はイギリスからの通信が入る。より緊迫した口調の呼びかけが兵士らの耳朶を打った。

 

 

『プライス、それとイタミ! 緊急だ、応答しろ!』

 

「今度は何だマック」

 

『たった今お前らがいる島からネット回線で動画が全世界に流され始めた! こいつはリアルタイムだ!』

 

 

 タブレット端末に動画再生用プレイヤーが表示され、そこに映し出された人物が誰であるか認識した瞬間、伊丹の手の中で銃がわずかに軋みをあげた。驚愕に一瞬目が限界まで見開かれ、しかし次の瞬間には顔から感情が消え去る。

 

 伊丹の隣では富田の表情が愕然と凍り付き、梨紗は悲鳴を堪えるかのように両手を口で覆う。

 

 服を剥かれ、下着姿でパイプ椅子に拘束された栗林の姿が被写体として、画面の中央に鎮座していた。最近のカメラの高性能ぶりを伝えるかのように、抵抗した証拠としてバンドで拘束された両手足首から血が滲んでいる様子まで見て取れる。

 

 カメラには栗林だけでなく武装した白人の男も映っていた。顔を走る傷の有無という違いはあれど、伊丹とプライス、そしてユーリと、世界中に散らばるインナーサークル関係者を追い続けたTF141の生き残りには見覚えのある顔であった。

 

 

「こいつ、確かプラハで!」

 

「アレクシィ、プラハの古城からロシア大統領の娘の捜索を指揮していたマカロフの部下の1人だ!」

 

「どうやら置き土産(手榴弾)が不十分だったようだな」

 

 

 ボソリと呟くプライス。この老兵こそアレクシィが部下の指揮を執っていた部屋へ手榴弾を転がした張本人である。

 

 あの時は潜入した彼らTF141の存在が露見した直後であった為、脱出優先で殺害確認をせぬまま去ったのであるが……傷は負わせど命は奪い損ねた。その結果がこのライブ映像という訳だ、

 

 

『――我々はイムラン・ザカエフの、そしてウラジミール・マカロフの後継者である』

 

 

 画面の中でアレクシィが演説を始めた。拘束した伊丹の部下と共に映像に映るロシア人の手には鈍く光るナイフがあった。

 

 拘束された兵士と武器を手に演説を行う人物という構図は、9・11を境に今なお続く対テロ戦争、そしてインターネットの発達という2つの要素が重なった結果、テロと内戦の温床である中東を中心に盛んに発信されるようになったあるジャンルの動画では、まさに必須の組み合わせであった。

 

 すなわち、

 

 

『こいつは処刑の生放送だ! 今すぐ突入しないと間に合わんぞ!』

 

『こちら大ガラス。アベンジャー、そちらの任務はVIPの安全確保が最優先である。無用な危険を冒す真似は慎め! これは命令だ!』

 

 

 2つの怒号が重なった。

 

 伊丹はほんの一瞬だけがテュカ、ロゥリィ、梨紗の顔を見やり、次いで画面の中で今にも殺されそうな栗林の姿を捉える。

 

 最後に男達を見据えた。国籍も、経歴も、所属も、関係も、出会った場所も過ごしてきた時間の長さもバラバラだが、彼ら全員が伊丹と生死を賭けた戦場で背中を任せ合った戦友であるという共通点を持つ、優秀な兵士らである。

 

 肌も瞳の色も違っても、彼らの顔に浮かぶ意志を再確認した伊丹は、小さく口元を綻ばせると無線機を口元へ寄せた。。

 

 

「こちらアベンジャー、これより部下の救出へ向かう。以上!」

 

 

 そう告げるなり一際怒号の勢いが激しくなったアメリカ側からの通信を、伊丹は一方的に切断するのであった。

 

 今度こそ上陸と救出を果たすべく、手負いのヘリは再度大島空港へと接近を試みる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アメリカ側とは対照的に、イギリス側の通信相手は伊丹らが決断を下しても冷静さを保っていた。

 

 むしろそうすると分かっていたとばかりに、テキパキと新たな情報を伊丹らへと届けてすらしてくれた。

 

 

『米軍がオオシマ上空に飛ばしているUAV(無人偵察機)からの情報を入手した。今からそちらへ送る』

 

 

 細やかな濃淡だけで詳細に描画された白黒の映像。熱源を可視化する赤外線カメラによって撮影された大島空港の現在の様子だ。

 

 

『空港の敷地内に武装車両が約10台前後、歩兵は最低でも40以上。管制塔と旅客ターミナル屋上にも敵影を捉えている。建物内の熱源反応と中継に映っている室内の様子から、今流されている映像の出所は旅客ターミナル2階の待合ロビーというのが分析班の結論だ』

 

「捕まった他のVIPは?」

 

『人質のうち2名は滑走路で待機中の輸送機へ連行済み、残る1人は撮影場所と同じ待合ロビーと思われる』

 

 

 伊丹らを乗せた機体に近いのは輸送機の方だった。Il-76、日本ではまず見かけないロシア製の大型ジェット輸送機が滑走路の端で佇んでいる。

 

 何時でも離陸できるように4基のジェットエンジンは暖気済みで、伊丹らの下まで独特の甲高いタービン音が届いてくる。

 

 貨物機特有の後部ランプも解放されたままで、その周囲に最低でも10名を超える敵兵がテクニカルを伴い、警戒に当たっていた。

 

 貨物機とMi-24の距離が縮まると貨物機を守る敵兵が攻撃を開始する。大半は銃弾だったが、中にはRPG7を所持した兵士も混じっていて、ロケット弾がヘリのすぐ下を通り過ぎていった。

 

 手負いの攻撃ヘリを操るニコライは機体を降下させ、下手をすれば貨物機の垂直尾翼に触れかねないぐらいの低空を維持。輸送機の大柄な図体を盾に砲火から逃れる。

 

 すると付近に配置されていたテクニカルがこちらへと猛スピードで近付いてくるのが伊丹には見えた。このままでは不味い、伊丹は窓からM4の銃口を突き出すとドットサイトに車両を捉え、フルオートで発砲する。

 

 64式やM14の7.62ミリNATO弾より格段に軽くシャープな反動が肩を叩く。

 

 リズミカルな短連射と照準修正を加えながら車両へ弾丸を送り込んでいると、エンジン部分から黒煙を吐き出して急停止した。高速軽量のライフル弾は車両だけでなく乗っていた兵士も捉え、重機関銃を乱射していた敵兵が荷台で崩れ落ちたのも見えた。

 

 しかし武装は健在である。無事だった乗員がまた重機関銃に取り付こうとしたので、伊丹もライフルの銃身下部のM203グレネードランチャーを使う事にした。

 

 

「やらせっかい!」

 

 

 テクニカルの接近に気付いていたのは伊丹だけではない。バンダナ傭兵ことエンリケもM32・6連発グレネードランシャーを連射する。

 

 銃声というよりは、炭酸のきついシャンパンからコルク栓が弾き飛ばされた瞬間を思わせる発射音が連続した。

 

 射撃の瞬間は間抜けでも、グレネードランチャーから放たれる40ミリグレネード弾の威力と効果範囲はライフル弾とは桁違いだ。2人の狙いも正確で、連続してグレネード弾の直撃を食らったテクニカルは呆気なく大破、炎上した。

 

 

『これは我々からのメッセージだ。この女は我々の指導者であったマカロフの命を卑劣な手段で奪った男達の仲間であり、それだけでも大罪に値する』

 

 

 無人機からの情報ウィンドウに被さられる形で表示されたままの中継動画から演説が聞こえ続ける。

 

 

「ニコライ! 機体を輸送機の真上へ着けろ! 直接乗り込んで制圧する!」

 

 

 プライスがニコライへ言った。Il-76の背面部分は大型ヘリであるハインドすら着陸させられそうなぐらいに広く平たいので、歩兵が数人飛び映るには十分過ぎるスペースがあった。

 

 

「イタミかトミタか、どちらか1人付いてこい。VIPを大人しくさせるのに顔見知りの相手が必要だ」

 

「では自分が。隊長は栗林をお願いします!」

 

 

 富田がプライスへの同行を立候補した。決意と戦意に漲る部下の逞しい表情に、伊丹も頷きを返すと信頼を篭めて富田の背中を叩く。

 

 

「飛行機は任せた。無茶な真似して死ぬんじゃないぞ。これは上官としての命令だからな」

 

「了解しましたっ!!」

 

 

 反転したハインドがIl-76のすぐ真上まで接近する。プライスはおもむろに振り返ると、手にしていたタブレット端末を梨紗へと無造作に放り渡した。

 

 

「女、これを預かっていろ。銃は扱えなくても画面の操作ぐらいはできるだろう」

 

「ちょっちょっわわっ!?」

 

 

 唐突に大型辞書サイズの電子機器を投げ渡された梨紗は、数回お手玉しながらもどうにかキャッチに成功する。

 

 彼女の慌てぶりなどお構いなしに一方的に告げたプライスは、狭い機内での銃撃戦を考慮してかライフルではなく拳銃であるデザートイーグルを抜き、富田は箱根の時と同じSA58・OSWを手に、輸送機の屋根へと降り立とうと側部ドアで身構えた。

 

 

 

 

 

 

 ……2人とは反対側、機関銃と共に陣取っていた野本のすぐ頭上をすり抜けるようにして、黒い人影がプライスと富田より先に物凄い勢いで飛び出していったのはその時である。

 

 

「ああもう、我慢できなぁぁぁぁぁい!!!」

 

 

 感情のままに発せられた少女の叫びは輸送機のジェットエンジン×4にも掻き消されぬ程に、激しく極まったものであった。

 

 

「ちょっロゥリィ、アイツまた暴走しやがったな!!?」

 

 

 頭を抱える伊丹。思わず絶叫。

 

 そういえば箱根ではそれなりに暴れはしたものの、戦闘狂気味な亜神でありながらロゥリィは地球の現代兵器を相手に押されっぱなしの追いかけられっぱなしであった。そうして溜まりに溜まった鬱憤がこのタイミングでとうとう破裂してしまったらしい。

 

 だが今回のロゥリィの吶喊は、箱根の時とはいささか状況が異なった。

 

 亜神としての脅威的な身体能力と特注の巨大ハルバートの射程ですら詰め切れない程の距離を取られてしまった夜戦の時とは違い、輸送機の屋根を駆け抜けてから己の体よりも大きな鋼のハルバードを片手に宙返りを伴いつつ跳躍したロゥリィは、後部ランプ周辺に固まっていた敵兵らの懐へ一気に肉薄を果たす事に成功したからだ。

 

 そうして展開されたのはあまりにも一方的な展開である。

 

 ロゥリィが愛用の得物を振るうたびに人の手足が飛び、首が切り落とされ、上半身と下半身が両断されていく。飛び散る鮮血と臓物。滑走路が瞬く間に血の海と化した。

 

 勿論、兵士らも巻き藁のようにただその場に突っ立って切り倒されていったわけではない。半数を失った時点で残りの敵兵らは、ゴスロリ少女が巨大な刃物を振り回して装備ごと人体を切り刻むという目前の光景に己の正気を疑いつつも事態を把握し、すぐさま銃口をロゥリィへと向けた。

 

 だが彼らが放った銃弾はロゥリィには届かない。そんじょそこいらの軍用車両の装甲板よりも分厚いハルバードの刀身を彼女がかざしただけで銃弾はいとも容易く弾かれた。

 

 小火器しか持たない彼らにとっての最大の不運はロゥリィに懐まで踏み込まれてしまった事に他ならない。仮に彼女の肉体に命中させられたとしても、小火器程度の威力では亜神の再生能力には無力も同然なのだが。

 

 

монстр(この化け物め)!」

 

「あらぁっ?」

 

 

 テクニカルの銃座についていた敵兵が叫びながら重機関銃の狙いをロゥリィに合わせた。

 

 重機関銃ともなれば下手に直撃すると流石のロゥリィもそれなりに回復に手間取る威力を有している……しかしやはり、命中しなければ意味はない。

 

 発砲の瞬間、ロゥリィは身を低くしながら、アスファルトへ小さな足がめり込むほどに強く踏み込んだ。

 

 頭上を通り過ぎていく衝撃波を伴った銃弾が、ロゥリィの頭を彩るリボンを少しばかり引き千切った。そんな事などお構いなしに一足飛びでテクニカルの目の前まで距離を詰めた彼女と、驚愕に目を見開く敵兵の視線がぶつかった。

 

 

「お返しよぉ!」

 

 

 剛腕一閃。重機関銃ごと敵兵は粉砕された。

 

 

「んーすっきりしたわぁ。やっぱりぃ戦いはこうじゃないといけないわねぇ」

 

 

 ものの数十秒で10人以上の完全武装の兵士をテクニカルごと斬殺してみせたロゥリィは満足げに吐息を漏らした。

 

 ボロボロのゴスロリ神官服ながら人体の破片で汚れた巨大ハルバードを手に、自らもまた返り血を浴びた姿で妖艶とほほ笑むその姿は、まさに死神の渾名に相応しいものであった。

 

 歴戦中の歴戦であるプライスも彼女の戦いぶりを初めて目の当たりにした1人である。彼は己の正気を疑うような顔で隣の富田へと呟いた。

 

 

「……異世界にはああいう手合いがゴロゴロ転がってるのか?」

 

「特地では多神教が主だそうなので……神の数だけいるんじゃないでしょうか」

 

「……ああいうのは1人だけでも十分だ。ともかく俺達は機内を制圧するぞ」

 

 

 エンジンの吸気口に吸い込まれないようにしながら、プライスと富田も丸みを帯びた機体表面を滑り降りた。

 

 2人の姿も機体の陰になって見えなくなる。そこまで見届けてから、戦闘ヘリは滑走路沿いに空港施設へと接近を試みる。

 

 

「よし、飛行機の方は彼らに任せて俺達は建物の方を――」

 

「ちょっとちょっとだったら早くしないと、これもう栗林さん絶体絶命じゃないの!」

 

 

 言いながら、梨紗の視線は中継映像に釘付けだ。タブレットの画面内では栗林が今にも処刑されようとしている。

 

 

『日本政府よ、次は貴様らが血を流す番だ――これはその第一歩だ』

 

 

 大ぶりなナイフを手に眼鏡の男が栗林へと歩み寄る。

 

 下着姿で手足をパイプ椅子に括りつけられながらも、それでも必死に暴れて抵抗する栗林であるが、四肢を封じられていては限界がある。ロシア人に押さえつけられ、ショートカットの髪を引っ張られて無理矢理上向かされた。

 

 

『何度でも言うぞ。貴様の抵抗など無意味だ』

 

『くうっ!』

 

「クソッたれが!」

 

 

 堪らず伊丹の口から普段の彼からは似つかわしくない悪態が飛び出す。

 

 

「ニコライ! 今すぐターミナルへ向かうんだ!」

 

「ああ分かっているとも……危ない!」

 

 

 機体が大きくかしぎ、窓のすぐ近くを曳光弾が掠めていく。Il-76とは反対方向の滑走路からまた新たなテクニカルが接近しつつあった。

 

 滑走路上のみならず、管制施設の屋根上に陣取った敵兵からも対空砲火が飛んでくるせいで、中継現場である旅客ターミナルへ中々近づく事も出来ない。人質がいる建物が近いせいで誤爆を恐れているのか、米軍機からの支援空爆も今度はなかった。

 

 

「クソッ、うじゃうじゃと! ヤツらGか何かか!?」

 

「愚痴ってないで反撃しろエンリケ!」

 

「分かってるよモンゴメリ!」

 

 

 栗林の喉元へ鈍く光る刃が近付けられていく。

 

 これ以上は見ていられないと、梨紗とテュカは顔ごと画面から目を背けた。

 

 伊丹は最早画面など見ていなかった。

 

 まだ数百メートルは離れてるとはいえ、旅客ターミナルの建物自体は滑走路上空を低空飛行するMi-24の機内からも視認が可能だった。

 

 脳裏で中継映像を再現する伊丹。注目すべきは今にも殺されそうだった部下の姿ではない。その背後に見えた光景と現在の飛行地点、無人偵察機から受け取った空港の敷地の全体像を映した航空写真を照らし合わせ……

 

 

(――まだ間に合う! いや、間に合わせる!)

 

「ユーリ、どいてくれ!!」

 

 

 地上の敵へ機銃掃射を浴びせていた戦友を突き飛ばすようにして、伊丹はアサルトライフルから狙撃向けのM14EBRへと持ち替えながら開放された側部ドアへと陣取った。

 

 旅客ターミナルと滑走路の間には貨客の乗降や燃料補給を行う為の駐機場が存在し、今は逃走用の貨物機へ燃料補給にインナーサークル側が用意したのであろう、タンクローリーや輸送トラックが数台停まっていた。

 

 旅客ターミナル2階に位置する搭乗待合用ロビーは、滑走路に面する部分が大きなガラス窓となっていた。つまり搭乗待ちの利用客はそこから広大な滑走路や待機中の航空機を見物する事が出来るわけである。

 

 ……逆に言えば、滑走路側からも待合用ロビー内部の様子を覗き見る事が可能なのだ。そして今のハインドはちょうどロビー内部を視認可能な位置を飛んでいた。

 

 狙撃用の高倍率スコープを覗き込む。伊丹の思った通り、ガラス越しにパイプ椅子に固定された栗林、そして今まさに彼女へナイフを突き立てようとしているアレクシィの姿をスコープの向こうに確認できた。

 

 

「ニコライ、少しの間だけ機体を静止させてくれ!」

 

「この状況でそれはちょいと難しいんだがな!」

 

 

 隠れられそうな地形が見当たらない滑走路上、それも対空砲火を浴びている最中に動きを止める事は自殺行為も同然だ。

 

 

「5秒――いや3秒だけで良いんだ。頼む!」

 

「自分からもお願いだニコライ。伊丹の部下の命がかかった瀬戸際なんだ」

 

「……分かったよ戦友。3秒だけホバリングするぞ」

 

 

 野本からの援護射撃に、しかし伊丹は礼を言わなかった。感謝の言葉を贈る時間すらも惜しいとスコープに意識を集中する。

 

 ニコライと話している間に処刑が執行されてしまってもおかしくなかったが、幸運にも栗林はまだ生きていた。

 

 いや、正確には幸運によるものではなく、栗林の命が長らえたのは一緒に拉致されていたレレイのお陰であった。魔導師の少女が後ろ手に拘束されながらも、アレクシィへと果敢に体当たりする瞬間をスコープ越しに伊丹は目撃した。

 

 すぐに払いのけられてしまったが、少女が稼いだ数秒の猶予は、伊丹にとって最初で最後のチャンスであった。

 

 体全体でヘリが空中に制止するのを感じ取る。無理矢理息を吐き出して姿勢を固定、ストックを肩に押し付ける。

 

 スコープのクロスヘアをアレクシィへと合わせた。栗林の姿はアレクシィの体に隠れてしまって見えない。

 

 今の状況で射程は問題ではない。問題は威力とガラスだ。

 

 ロビーのガラスの強度はどれぐらいか。ガラスを貫通する際の摩擦で弾道がズレたりしないか。威力に優れた7.62ミリ弾がアレクシィの肉体を貫き、そのまま栗林まで誤射してしまわないようにするには何処を狙うべきか。

 

 狙撃とは膨大な要素の洗い出しと計算を必要とする極めて緻密な学問なのである。

 

 

(中継映像では栗林とアレクシィの体格差がこれぐらいで角度がこうだから若干上目を狙って――)

 

 

 最後に南無三、と無言で祈りながら引き金をそっと絞る。

 

 重い反動が右肩を叩き、銃本体が射撃の衝撃で跳ねた事によりスコープ内の視界も大きくぶれる。

 

 当たったのか、外れたのか。間に合ったのか、間に合わなかったのか。伊丹はすぐさまスコープを覗き直した。

 

 そして、

 

 

「――よしっ!!」

 

 

 鮮血を散らしながらロシア人だけがもんどりうって倒れる様を視認した瞬間、勝手に伊丹の口から歓声が飛び出した。

 

 栗林も無事だ。何が起こったのかと首を振って周囲を見回している。アレクシィが倒れた事で、近くで呆然とへたり込んでいるレレイの姿も見えるようになった。ロビー内にはまだ敵兵の姿があるが、少なくとも処刑の生放送は中断させる事に成功した。

 

 

 

 

 

 

 

「いいぞニコライ、このままターミナルへ――」

 

 

 機内が再び激しく揺れた。破滅的な衝撃音。Mi-24全体が不吉に振動し続ける。耳障りな警告音も止まらない。

 

 

「被弾した!被弾した! 機体はもう限界だ!」

 

「何これつまりどうなるの!?」

 

「それはな、このヘリは墜落するって事だよ!」

 

 

 大きな被害を受けたのはメインローターと、そこに直接繋がるメインエンジンだ。煙がエンジンから漏れ出し、危なっかしく上下左右へふらつきだす。応戦を止め、慌てて機内の固定物へしがみつく傭兵達。

 

 狙撃の為、命綱もなしにドアから身を乗り出していた伊丹にはひとたまりもなかった。

 

 尻から掬い上げられるような感覚に襲われた次の瞬間、彼の体は機外へと投げ出されていた。

 

 

「どわああぁぁ!!?」

 

「せんぱぁい!?」

 

 

 伊丹の姿が機内に居る者達の視界から消えた。ユーリが慌ててドア部分に取り付こうとするが、不規則な機体の揺れのせいで上手くいかない。

 

 代わりに顔から血の気を引かせたテュカが機内の床に這いつくばるにしてドアの外へ頭を覗かせると、必死の形相で下方向へ開いたドアの突起を掴む事でどうにか振り落とされまいとしている伊丹の姿が目に飛び込んだ。

 

 

「死ぬ死ぬ死んじまう!」

 

「私の手に掴まって!」

 

 

 言ってテュカは更に機外へと身を乗り出し、Mi-24に宙吊り状態の伊丹を引き上げようと手を伸ばした。

 

 その時、操縦席のニコライが対空砲火から逃れようと機体を傾けた。伊丹がぶら下がっている側が下になる形で、である。

 

 伊丹を救おうと必死だったテュカが事態に気付いた時には遅かった。

 

 腕を伸ばす事に気を取られていたエルフ娘の肉体がヘリの床を滑り、伊丹に続いていともあっさりと頭から機外へ放り出される。

 

 

「きゃぁぁぁ!?」

 

「テュカーっ!」

 

 

 テュカの生死を分けたのは、先に機外でぶら下がってた伊丹を助けようと手を伸ばしていた最中だった事だ。

 

 伸ばされたままだった彼女の右手を咄嗟に伊丹は掴んだ。片手だけで機外にぶら下がる格好となる。長時間は無理なのですぐさま掴まえたテュカの手をタクティカルベストへと導いた。

 

 

「落ち着けテュカ。俺のベストやポーチを上手く使って体を引っ張り上げるんだ!」

 

「こんなに揺れてたら無理よぉ!」

 

 

 それでも最終的には伊丹の腹部分に顔を押し付け、両腕を使って腰にしがみつけるポジションまで体を引き上げる事に成功する。だが伊丹がたった2本の腕で、己のみならずテュカの分の体重を支える事を強いられている状況には変わりなかった。

 

 ハインドは旅客ターミナルよりも更に10メートル近くは高い高度をふらついている。下はアスファルトの滑走路、この高さから落ちたら重傷か死亡は避けられまい。それ故伊丹もテュカも必死だ。

 

 

「ダメだ、もうこれ以上は制御が利かない! 全員掴まって衝撃に備えろ!」

 

 

 ニコライの絶望的な宣言の直後、Mi-24の動きが今度こそ一変した。

 

 操縦者の制御をほとんど失ったヘリコプター特有の不自然な旋回機動を伴いながら、機体が急速に流されていく。

 

 

「ぬおわあぁぁぁぁぁああああぁぁぁあぁ!」

 

「いやああぁぁぁぁぁああああぁぁぁあぁ!?」

 

 

 回る、回る、回る。世界がグルグルと回転する。

 

 絶叫をあげる伊丹とテュカの体が振り回される。重みと遠心力で伊丹の手が今にも機体から引き剥がされそうで、自分の命よりも背中にしがみつくテュカの命を失わせまいと、渾身の力と気合いを両腕に注ぐ。

 

 回る視界の中で旅客ターミナルの姿が急速に拡大していく。制御を失った機体はまっすぐ建物へと突っ込むコースを進んでいた。

 

 処刑現場と化す寸前だった待合ロビーから複数の発砲炎。リーダーがハインドから狙撃された事に気付いたアレクシィの部下らが窓越しに伊丹らへと射撃を行っていた。大きな窓ガラスに次々と弾痕が穿たれ、砕けていく。

 

 しかし敵、つまり伊丹らが乗っていた大型ヘリが煙を吐きながら高度を落とし、ターミナルへと今にも突っ込んでこようとしているのだと悟るなり、慌てて窓際から逃げ出す。高度はぐんぐん下がっており、このままでは待合ロビーへまっすぐ突っ込んでしまうコースだ。

 

 それは操縦側も既に悟っており、コクピットとオープン状態で繋がっている通信回線越しに、伊丹はヘッドセットからニコライの必死な声を聞いた。

 

 

「上がれ、上がるんだ! せめて建物を超えるまでは踏ん張れよ、クソッタレ!」

 

 

 そんな祈りとも罵倒ともつかない叫びが通じたのかは分からないが、ターミナルと激突するまであとほんの数秒というタイミングでMi-24の巨体がふわりと浮き上がった。ギリギリ旅客ターミナルを飛び越えられるだけの高度である。

 

 ――だがそれはヘリの限っての話。このままではドアにぶら下がっている伊丹とテュカはターミナルの壁面に激突してしまう。

 

 機内の兵士や梨紗も揺れのせいで動けず、ならばせめてテュカだけでも機内へ引き上げようにも、もう間に合うまい。伊丹は1秒でそう判断し、次の1秒で決断を下した。

 

 そして最後の1秒、壁面まで残り数メートルまで迫った瞬間に伊丹は行動した。

 

 

「しっかりしがみついてろよテュカ!!」

 

 

 自分からしがみついていたヘリのドアを手放す。同時にテュカを強く抱き締め、衝撃から彼女を守る為に肩から建物にぶつかるよう、伊丹は空中で体を捻った。

 

 重力と慣性の法則に従い、落下しながらもそのままターミナル方向へと流される伊丹とテュカ。

 

 

 

 

 結果、2人は銃撃によって限界寸前だった窓ガラスを突き破りながら、意図せず待合ロビー内部へと派手な突入を果たす羽目になったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

『敢えて挑んだ者が勝つ』 ――イギリス陸軍特殊空挺部隊の標語

 

 

 

 




クリフハンガーな終わり方ばかり連発して申し訳ありませぬ。
あとちょいちょい原作ネタも挟んであるんで暇なら探してみてくださいな。

あと5話前後+番外編でこの作品は終わらせたい…1巻分が長くなり過ぎた。


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