GATE:Modern Warfare   作:ゼミル
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23:Nonstop/大脱出

 

 

 

 

<06:36>

 ユーリ タスクフォース141・サバイバー

 大島空港駐車場 

 

 

 

 

 

 

 意識も世界もひっくり返ったにもかかわらず、墜落したハインドの機内でユーリは生存していた。

 

 もちろん全身が悲鳴を上げているが、四肢はちゃんと残っているし痛みの具合や若干のぎこちなさを感じはするもののユーリの意思に従って動かす事が出来る点から、幸運にも骨折を免れたのだと理解できた。

 

 機内にはユーリのみならず傭兵達も横たわったり、うつ伏せに倒れてたり、頭と足が上下逆転した体勢になっちゃったりしている。これまた幸いにもしっかりと意志を感じさせる呻き声が漏れ聞こえているので、どうやら死人は出ていない様子である。

 

 

「いきてる……わたしいきてる……なんでぇ?」

 

 

 ついでに伊丹の元嫁さんも五体満足で無事であった。メガネすらも墜落の衝撃で吹っ飛ばされる事なく、彼女の顔に乗っかったままであった。

 

 

「いてててて……エンリケ、モンゴメリ、ユーリも無事か!?」

 

「生きてるぜ、今度ばかりは死ぬかと思ったがな」

 

「危うくあのままターミナルに突っ込むかと思ったが、ギリギリ飛び越えられて助かった……」

 

「正確には空港ターミナルの屋根に一旦落ちて、そのまま屋根から駐車場へ滑り落ちたんだ」

 

 

 いち早く武器を拾い上げ警戒態勢を取った野本が、開きっぱなしの側部ドアから外を伺いつつ目線で示した。

 

 ユーリも機内に転がった自分の武器を掴んでから視線を追いかける。旅客ターミナルの3階に相当する屋根の一部が破壊され、そこから更にまるで鋼鉄の大蛇が這いずって通過したかのように駐車場のアスファルトがまっすぐ削り取られている。

 

 兵士らを乗せたヘリはターミナルの入り口から数十メートル離れた花壇へと鼻先を突っ込む形で墜落していた。

 

 機内からドアの開口部越しに外を見ようとすると、へしゃげて折れ曲がったメインローターの回転翼が見え隠れし、破損した内装から配線が垂れ下がり小さく火花を散らす。

 

 外から流れてくる冷たい空気からは、大島を取り囲む相模湾から噴いてくる潮風に混じってわずかな焦げ臭さが感じ取れる。燃料は漏れていないようだが、もし火災が発生した場合残った弾薬に引火する危険性もあるので、この場に留まり続けるのは危険である。

 

 駐車場にはインナーサークル側のものと思しき車両が数台。墜落現場近くにテクニカル、その他にロシア製の小型軍用四駆であるUAZ-469が数台、空港施設よりの位置に停車していた。

 

 それら物騒な車両の本来の持ち主であろうならず者のロシア人らはというと、何故かヘリ墜落のショックから完全に冷めやらぬ格好の獲物である筈のユーリらを無視し、どこからか現れた新手の兵士らと銃撃戦を繰り広げていた。

 

 展開は一方的だった。押し殺した銃声が生じるたび、インナーサークルの戦力が崩れ落ちていく。サイレンサー付きの銃器を使用する新手の兵士らは中々優れた技量の持ち主ばかりだ。

 

 しかし彼らの存在にユーリは疑問と違和感を覚える。それは共に様子を窺う野本も同様であった。

 

 

「気付いているかユーリ」

 

「ああ。あれは正規軍じゃない。装備がバラバラな上にどれもサイレンサーを装備してる。ちゃんとした部隊なら格好も装備ももっと統一してる筈だぞ」

 

 

 不意にロシア語の怒号が聞こえたので、とうとうインナーサークルの敵兵らの襲撃かとユーリらは身構えた。

 

 が、その声は聞き覚えのある人物のもので、出所はヘリのコクピットからであった。

 

 

『クソッタレ! これで3回目だぞ! 3回だ! どうして何度も乗ったヘリが撃ち落されるんだ!? ふざけるな!』

 

「ひょえぇぇぇっ!?」

 

 

 非常にドスが利いていてイントネーションも激しい異国語の悪態に、この手の経験にまったく不慣れな梨紗は飛び上がってしまった。

 

 夜の間に出せるものはほぼ出し切ってしまい、今更漏れるだけの量が残っていなかったのは、彼女にとってある意味幸運であった。

 

 

「ニコライ、そっちも無事か」

 

「ああ兄弟、勿論無事だとも。しかしお互い悪運が強いな」

 

「そうだな。だがこうも死にそうな目に遭う辺り、幸運からは程遠いらしい……」

 

 

 ロシア人同士で無事を確かめ合う一方、野本ら傭兵組も「ディアス、大丈夫か」「こんな経験2度とゴメンだ」と言葉を交わしていると、重要な事を思い出した梨紗が大声を上げた。

 

 

「そうだ先輩! 先輩は大丈夫なの!? それにテュカちゃんも!」

 

「墜落……っつーか建物を飛び越える寸前まで機体の外に2人してぶら下がってたよな確か」

 

「まさか、高さが足りなくてそのまま建物に激突したんじゃないか?」

 

 

 モンゴメリの不吉な推測に血相を変えてユーリは携帯していた無線機を掴む。

 

 伊丹を呼び出そうとする彼を止めたのは、空港施設を挟んで反対側に広がる滑走路上の輸送機を確保すべく、先んじてヘリから降りていたプライスからの通信だった。

 

 

『ユーリでもニコライでも、とにかくヘリに乗ってたヤツなら誰でも良い。チャンネル2に切り替えて応答しろ』

 

「プライス?」

 

 

 疑問符を浮かべつつ、指示に従う。チャンネル、つまり無線の周波数を切り替えるという事は、外部の人間による通信内容の盗み聞きを警戒している事を意味していた。

 

 

「こちらユーリ、無線チャンネルをナンバー2に変更。プライス、何があった?」

 

『よく聞けユーリ。今空港に現れてマカロフの残党どもと戦ってるアメリカ人どもは俺達の敵だ。連中が味方面をしても絶対に相手にするんじゃない』

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、機内の面々は表情を強張らせながら、揃って顔を見合わせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 老兵は伊丹との無線のやり取りに隠された真意と端的にユーリらへと伝えた。

 

 ユーリらは貨物機と人質にされていた特地からの来賓の一部を確保し続けるプライスと交信するかたわら、チャンネル1に設定したままの別の無線機から聞こえてくるターミナル内の伊丹とアメリカ人のやり取りも傍受していた。

 

 伊丹が咄嗟に無線機のハンズフリー機能を切り替えたのだろう、勝手に届けられる建物内での会話の内容は、アメリカ側の発言はほとんど無い。

 

 その不自然なほどの口数の少なさが、プライスからの警告が正しいものであるとユーリ達に確信させた。

 

 人間都合が悪い事を指摘されると過剰に饒舌になるか、はたまた貝のように閉口するかのどちらかなのだから。今回の場合はどうやら後者のようだ。

 

 

「こんな稼業(傭兵)やってりゃこの手の裏切りなんてザラだけどよ、ここまでものの見事に美味しいところだけ掻っ攫おうなんざ見下げた根性だぜ」

 

 

 心底腹が立つとばかりにエンリケが吐き捨てた台詞は、まさにこの場に集まる兵士らの内心を代弁していた。

 

 同時に、アメリカ側がほとんど口を挟まない分、一方的にまくしたてる伊丹の饒舌さが際立って奇妙に感じられる。普段から口数が少ないとは言えないタイプであるが、今回無線越しに聞こえてくる彼の発言の多さは特に顕著であった。

 

 この饒舌さが意味するところは明らかだ。ユーリなリプライスなりとにかく誰でも良い、仲間が状況を打破してくれる事を祈って伊丹が時間稼ぎをしてくれているのだと、戦友らはすぐに悟った。

 

 同じ状況に追い込まれていたら、自分達も同じようにしていただろう。

 

 

「しかし問題はどうやって敵の不意を突き、伊丹と救助対象と合流してこの状況を突破するかだ」

 

「それならちょうど良いのがそこにあるじゃないか」

 

 

 そう言ってニコライが視線で示したのは機外に停めてあるテクニカルだ。

 

 車両の周囲に敵の姿はなく、荷台にすし詰めになるのを我慢すればヘリに乗っていた面子に加え、伊丹達も運べるだけのサイズと馬力もある車種だ。ちなみに荷台部分には日本の有名自動車メーカーのロゴが刻まれている。

 

 

「プライス、アフガニスタン式でいこう。今度はこっちが車でそっちが飛行機だ。操縦はやれそうかね?」

 

『成程、そういう事か。何とかやってみるとするさ。タイミングはそちらに合わせる。イタミ達を拾ったらすぐ合図しろ。やり直しは利かんぞ』

 

「分かっているとも兄弟」

 

「ニコライ、アフガニスタン式とはどういう意味なんだ?」

 

 

 尋ねるユーリ。野本らも疑問符を浮かべていた辺り、アフガニスタン式というのはプライスとニコライにしか分からない符牒のようだ。

 

 

「それはだな兄弟――……」

 

 

 ニコライの案は文字通りの強行突破であった。

 

 手短な説明をニコライから受けたユーリは「無茶な……」と呻いたものの、それ以外の手段が残されていない事も理解していた為、それ以上文句は言わない。野本達も同様である。

 

 

「何その特攻野郎〇チーム」

 

 

 梨紗の呟きは聞こえなかった事にし、一行はそそくさと機内から抜け出し、墜落現場近くのテクニカルへ駆け寄った。

 

 

「よし車のカギはそのままだ!」

 

 

 エンジンは止まっていたので凍えそうな冬の空気に動力部が冷え切っていないか不安だったが、ニコライがキーを捻るとテクニカルのエンジンは2回か3回咳き込んでから、やがて大型車特有の重々しくも逞しい快調な唸り声を規則的に発し始めた。

 

 

「流石メイドインジャパンだ。車も兵士も良いのが揃ってる」

 

 

 ついそんな冗談を漏らしつつ、ユーリは荷台に飛び乗り、回転可能な鉄柱と共に据え付けられた重機関銃へと取りつく。

 

 ブローニング・M2重機関銃、100年近い歴史を持つ西側を代表する名銃だ。相変わらず兵器に関しては国境を気にしない連中だ、とロシア人は昔所属した古巣に向けて独りごちた。

 

 奇遇にも、そのテクニカルはドアの有無といった違いはあれど、車種も機銃もアフリカで利用したタイプとよく似ていた。

 

あの時は最終的に迫撃砲の直撃を受けて危うく車ごと吹き飛ばされかけたが、今度もあの時の二の舞とならない事を切に祈るばかりである。

 

 

「ああああの、私も何かした方が良い?」

 

「イタミの奥さんはそこで頭を低くして弾が当たらないように祈っといてくれ」

 

「つまり何もするなって事ね了解」

 

 

 運転はニコライ、機銃はユーリが担当。

 

 助手席にはエンリケが座ると、彼は援護射撃を行えるよう、ヘリから持ち出したペチェネグ機関銃の銃身をサイドウィンドウの枠へ乗せた。重機関銃を据え付けた荷台にはモンゴメリも乗り込み、梨紗は梨紗で言われた通り荷台の片隅で縮こまる。

 

 

「全員乗ったぞニコライ、出せ出せ!」

 

「ダー、それでは皆、しっかり掴まっていろ!」

 

 

 屋根を叩いて合図すると、ピックアップトラックは勢い良く飛び出し、旅客ターミナル目指して駐車場を縦断した。

 

 その頃には駐車場周辺に展開していたインナーサークル残党の掃討を終えたアメリカ側の工作員もユーリらの存在を察知し、ターミナルへまっしぐらに突っ走るテクニカルへ射撃を加え始める。

 

 武装を施したとはいえ、それ以外は市販された一般車両と何ら変わらない。拳銃やサブマシンガン程度でも簡単にタイヤを撃ち抜いたり、エンジンを損傷させられかねない事は傭兵らも重々承知していた。

 

 

「撃て撃てモンゴメリ!」

 

「分かってるさ!」

 

 

 エンリケのペチェネグにモンゴメリのアサルトライフルが火を噴く。

 

 揺れる走行中の車内からだ、元より正確さは求めていない。敵の行動を封じる為に2人の傭兵はフルオートで弾丸をばら撒いた。それが功を奏し、射撃よりも回避を工作員ら選択した事でテクニカルは無事に駐車場の縦断を果たす。

 

 

「イタミ! 今から迎えに行く!」

 

 

 チャンネル1に合わせた無線へ向けてユーリは怒鳴った。アメリカ側も傍受した可能性もあるが、向こうの対応ももう間に合うまい。

 

 

「衝撃に備えろ――突っ込むぞぉ!」

 

 

 ハンドルを握るニコライはブレーキを踏まず、それどころか逆にアクセルを蹴飛ばした。

 

 

 

 

 そして次の瞬間、彼らを乗せたテクニカルはそのまま自動ドアを突き破り、車ごと建物内へ突入したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<同時刻>

 伊丹耀司

 

 

 

 

 けたたましい銃声がすぐ外で聞こえたと同時、突然足元の無線機から声が聞こえた。

 

 

『イタミ! 今から迎えに行く!』

 

 

 ユーリの声である。最後に見た時はヘリが墜落寸前だったのでどうなったか心配だったが、何とか無事でいてくれたらしい。

 

 良かったと胸を撫で下ろした伊丹へ刃物の刃のように鋭くも心底忌々し気な声がかけられた。

 

 

「貴様!」

 

 

 目の前に立つチャック何某が憎たらしいとばかりに睨みつけながら、銃口を人質にされたレレイ越しに伊丹へ突きつける。

 

 工作員のチームリーダーに限った話ではなく、一度は伊丹の発言に翻弄されてチャックに噛みついていたハイデッガーも今の無線連絡に己の本分と目的を思い出した様子で、改めて伊丹と同じくテュカを盾に睨み合っていた栗林へ銃口と警戒を向け直した。彼の部下らもまた同様である。

 

 もう少し粘れば決定的な仲間割れを引き起こせたかもしれない。しかし伊丹の戦友達も窮地を脱しようと必死なのだ。文句を言うのはお門違いだと伊丹はあっさり思考を切り替え、その時(・・・)の為に彼もまた身構えた。

 

 膠着状態再びか、という予想は通信から数秒と経たずに粉砕される事となった。

 

 ガラスを筆頭に様々な物体を砕き、突き破り、踏み躙りながら、エンジン音も高らかにターミナル入り口へと車両が突入してきたのである。その轟音は瞬間的ながら銃声にも負けない音量であった。

 

 一方は大量の銃器、もう一方が安全ピンが抜かれた手榴弾を手に、加えて最重要人物を人質に取るという文字通り爆発寸前の緊迫した睨み合いの最中へ盛大に割り込んできた闖入者の出現、それは精神を張り詰めさせ刺激に敏感になっていた男達に間違った反応を誘発させるには十分過ぎた。

 

 工作員らの意識が瞬間的に1階のチェックインカウンターへと一斉に向かう。彼らだけでなく栗林、そして人質であるレレイとテュカまでも、反射的に1階へ繋がるエスカレーターに視線と意識を集中させてしまった。

 

 ただ1人、何が起きるにしろその瞬間に正しく行動できるよう腹を据えていた伊丹だけが、気を取られる事なく独自に動いた。

 

 

「っ!!」

 

 

 チャックの意識と視線が伊丹から外れた刹那、右手の手榴弾をスナップを利かせてチャックに投げつける。

 

 手の中に納まるサイズとはいえ、破片手榴弾は表面が鋼鉄製で500グラム近い重みを持つ、云わば時間差で爆発する鉄球でもあるのだ。信管に点火していなくてもぶつけ所が悪ければ簡単に怪我をしてもおかしくない。

 

 ハッとチャックが意識を伊丹へ戻した時には時既に遅く、投じられた手榴弾はチャックの鼻っ柱に直撃。仰け反った工作員の指揮官の鼻から血が流れ、安全レバーが外れた手榴弾が足元に転がる。

 

 伊丹の方はというと、手榴弾を投じるなりまずレレイの肩を空いた右腕で掴むと、次いで少女ごと栗林の方へ突っ込んでいった。

 

 

「隠れろ栗林ぃ!」

 

「んなぁ!?」

 

 

 虚を突かれ一瞬呆けた反応を見せた小柄な部下へテュカも巻き込むようにレレイを押し付けると、伊丹はまたも右手を閃かせ、栗林が握っていた手榴弾を奪い取る。その際安全レバーが弾け、2個目の手榴弾も点火状態に陥った。

 

 素早く2個目も慌てふためく工作員集団の方へ投げつけるや、すぐさま身を翻す。そのまま庇うというよりは体当たりの要領で搭乗用通路近くの柱の陰へと女性陣を押し込んだ。

 

 遮蔽物からはみ出ないよう体を押し付けつつ、爆圧対策に耳を塞いで口を開けておく。我に返った栗林も慌てて伊丹に倣う。

 

 工作員らも点火した手榴弾の存在に察知するや、出来る限り手榴弾から離れた位置へ身を投げ出し、床に這いつくばると同時に伊丹と同様の行動を取っていた。こうする事で爆発の被害を最小限で凌げるのだ。不意を突かれても場慣れした工作員揃いとあり、訓練通りの適切な対応が体に刻み付けられている。

 

 それでも至近距離の爆発となると、鋭利な破片は凌げても衝撃波による影響は少なくない。2発の手榴弾の爆発は人的被害をほとんど出せなくとも、工作員部隊の対応をある程度鈍らせるには十分であった。

 

 伊丹の方も柱に隠れる間際、工作員らの俊敏な対応を目撃していたので効果のほどは把握している。なので爆発音の残響が収まりきらぬうちに背後の女性陣へ指示を出す。

 

 

「もう1度デカい音が鳴ったらど真ん中を突っ切って1階に下りるんだ!」

 

 

 言いながら、今度はスタングレネードを掴んでは器用に片方の指だけで安全ピンを抜き、しかしすぐには投じず伊丹はちょっとだけ待った。

 

 そこら中に散らばった細かな破片を踏みしめ、身に着けた装備類と武器がぶつかり合う小さな音を伊丹の耳が敏感に拾い上げたその瞬間、スタングレネードを再度工作員らの中心部めがけ投じた。スタングレネードはこれで最後になる。

 

 3度目の炸裂音。先の破片手榴弾のそれよりも激しい閃光と轟音。破片手榴弾の炸裂を凌いでいざ反撃、という矢先襲いかかった一際凄まじい視覚と聴覚への暴力に、工作員らは苦悶して行動を封じられてしまう。

 

 

「よし走れ!」

 

 

 片手で取り回しやすいグロック18をホルスターから引っこ抜いて柱の陰から飛び出した。

 

 栗林やレレイらも言われた通りに彼の後を追いかける。逃げるのが優先なので工作員は無視だ。エスカレーターに隣接された階段を駆け下りる。

 

 階段を下りた先には駐車場側から自動ドアを突破して建物内に突入したテクニカルの姿。車両はインナーサークルの物だが、乗っているのはついさっき別れてしまったばかりの伊丹の戦友らである。あと元嫁。

 

 

「やあ兄弟、タクシーは如何かな? 戦場からの最終便だぞ」

 

 

 ニコライがひょっこりと窓から顔を覗かせて軽口を叩く。

 

 伊丹の戦友らの顔をこれっぽっちも知らない栗林からしてみれば、運転席のニコライや機銃を操作するユーリの事をさっき自分を生中継で処刑しようとした悪いロシア人のお仲間という認識が真っ先に浮かんでしまったのも無理はあるまい。

 

 レレイも同様で、顔も体も強張らせた2人へと伊丹は焦りを押し殺しながら優しく声をかけてやった。

 

 

「大丈夫だ。彼らは善い方のロシア人だから」

 

「……それは本当?」

 

「今は問答してる時間なんてないぞ! とにかくさっさと乗ってくれ!」

 

 

 荷台上に立って急かすユーリ。坊主頭の元スペツナズの顔がおもむろに上がり、重機関銃の黒光りする極太の銃口を階段の上へと向けた。

 

 手榴弾とは別種の轟音が連続し、スタングレネードの効果からいち早く脱し伊丹らが1階へ逃げた事を察知した工作員の頭が慌てて引っ込んだ。M2重機関銃の12.7ミリ弾は掠めただけで頭の一部を削り取るだけの威力がある。

 

 仲間が押さえている間にさっさとレレイらを車に乗ってもらう事にする。乗せるといってもちゃんとした座席ではなく、吹き曝しの荷台で屈強な完全武装の兵士らと身を寄せ合ってもらわなくてはならないが贅沢は言えない。

 

 まずテュカ、次にレレイがモンゴメリと梨紗の手を借りながら荷台に上がった。ヘアヌード1歩手前の栗林が続き、最後に伊丹が荷台の後端部に飛び乗る。ご丁寧に荷台を取り囲むあおりと呼ばれる枠の部分を立て直すのも忘れない。

 

 

「プライス、伊丹達を拾ったぞ! 全員無事だ、今からそっちへ向かう!」

 

『了解、そちらが滑走路に出たのを確認次第離陸シーケンスを開始する。1発勝負だ、ヘマをするなよ』

 

「お互いにな!」

 

 

 ベテラン同士が無線でそうやり取りするのが運転席から聞こえた。

 

 

「で、ここからどうするんだ!」

 

「アフガニスタン式でいく! このまま建物を突っ切って滑走路で待つプライスと合流だ!」

 

「マジかよ」

 

「隊長、アフガニスタン式ってどういう意味なんですか?」

 

「それはだなって、うぉっと!」

 

 

 伊丹らも乗せたテクニカルが再度動き出し、車両はエスカレーターと駐車場側の窓の間に鼻先を突っ込むようにして位置を変える。

 

 エスカレーターの下側へ移動すると施設の奥へと続く新たな自動ドアがあった。しばらく使われていないのか立ち入り禁止用のポールが設置されているが、大柄なテクニカルでもギリギリ通過できそうなぐらいには広い。

 

 それは一時期大手の航空会社が本土との往復便を運航していた頃、到着した利用者と島を離れる利用者とがカチ合って混乱しないようにする為にターミナルの1階部分に設けた、到着客用のゲートである。

 

 

「こじ開けろ!」

 

 

 エンリケの声にユーリが重機関銃の発砲でもって応えた。

 

 生半可な鉄板をも軽々と撃ち抜く大口径弾によって自動ドアが瞬く間に残骸と化す。ニコライの足が強くアクセルを踏み込むと、崩壊寸前だった自動ドアはあっさりと自動ドアだったものに変貌した。

 

 更に何枚かのドアやら機材やらを跳ね飛ばしながらテクニカルはとうとうターミナル内から飛び出し、駐機場へと到達する。

 

 駐機場にはインナーサークルが用意した燃料補給用のタンクローリーが数台。周りを見回せば数百メートルは遠方、滑走路の端にジェット輸送機の機影。

 

 あの輸送機が伊丹達の脱出手段だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこへ突如、別のエンジン音とダウンウォッシュがテクニカルへと吹きつけられた。チャックらの通信を受けて先回りしたらしい。工作員部隊を運んできた武装型オスプレイが伊丹らを見下ろし、輸送機への最短コースを塞いでいる。

 

 機体下からぶら下がる6つに束ねられた銃口がテクニカルへ照準を合わせた。威嚇か、車両の重要部分を撃ち抜いて行動不能にしようというのか。

 

 

「ぼさっとしてるなニコライ、車を潰されたら終わりだ!」

 

 

 誰かの警告に、ハンドルを握るニコライが車の向きを輸送機とは反対方向へ転じた。タンクローリーの陰へと一旦逃れ、行く手を阻むオスプレイを回り込もうという魂胆であろう。

 

 そうはさせじと、オスプレイが機銃を発砲。降り注いだ曳光弾混じりの銃撃の雨がテクニカルの周囲に着弾し、的を外した何十発かがタンクローリーへと突き刺さる。

 

 タンクローリーの中身はジェットエンジン用の航空燃料であった。

 

 航空燃料というのは引火点が極めて低い。そしてタンクを貫いた曳光弾は、タンク内に残っていた燃料に着火するには十分過ぎるほどの熱量を有していた。

 

 結果、タンクローリーは爆発した。伊丹らにとって幸運な事に、爆発が起きたのはテクニカルがタンクローリーを通り過ぎた直後のタイミングであった。数秒遅ければ爆炎で車ごと丸焼きと化していたであろう。

 

 

「何てこった!」

 

「きゃあっ!」

 

 

 爆発は他のタンクローリーを巻き込み誘爆を引き起こす。熱波で瞬間的に周辺温度が急上昇し、露出した肌がチリチリと炙られる感覚に伊丹らは襲われた。

 

 影響を受けたのは伊丹らだけでなく、オスプレイも爆炎に巻き込まれかけ、パイロットが慌ててその場から機体を離れさせている。

 

 熱は上昇気流を生む。その分地上の伊丹よりも空中のオスプレイへの影響の方が大きく、元より機体制御が難しい超低空だったのもあってか、輸送機を目指す伊丹らの車両を追いかけようと方向転換するのに手間取っている様子だ。

 

 つまりチャンス到来である。

 

 

「頭を下げろ!」

 

 

 荷台上でぐるりと方向転換し、重機関銃を後方に遠ざかりつつあるオスプレイへと向けたユーリが短く警告を発する。

 

 太い銃身がちょうど頭の上に位置しているのを見た伊丹はすぐさま言われた通りに頭を引っ込め耳を塞ぐ。

 

 重い銃声が連続し、あまりの反動に車両がエンジンとは別種の震えを起こす。秒間10発弱の発射速度で放たれた大口径弾がティルトローター機へ吸い込まれた。

 

 銃弾飛び交う過酷な戦場で運用される軍用機は頑丈に作られているので、急所に直撃しない限り命中弾の1発や2発では墜落しない。だったら墜落するまで撃ち続けるまでだと、ユーリはM2重機関銃特有のバタフライトリガーを押し込み続けた。

 

 ロシア人の執念の銃撃はエンジンや主翼といった複数個所からの発火と黒煙という形で実る事になる。

 

 集中的に重機関銃で攻撃された片側のエンジンで小爆発が起こり、急激に左右ローターの出力バランスが崩れたオスプレイが、空中で大きく傾く。

 

 体勢を立て直す間もなく胴体部分を打ちつける格好で地面に激突した。そのまま燃料に引火して爆発大炎上とまではいかなかったものの、これでオスプレイも撃破完了である。

 

 

『ニコライ! ランプは開けてある! 早く乗り込め!』

 

 

 プライスの急かす声。老兵や伊丹の部下を乗せたIl-76は既に滑走路上で離陸に必要な加速を開始しつつあった。

 

 工作員を引き離しオスプレイの撃墜に成功しても、米軍は追加可能な兵力と輸送手段を腐るほど有しているのだ。同じ場所にこれ以上長々と滞在していられないという焦りが伝わってくるようだ。

 

 

「隊長、飛行機飛んでっちゃいますよ!?」

 

「これで良いんだよ!」

 

 

 テクニカルも滑走路へ到達し、滑走中の貨物機へ追いつくべくアクセル全開。乗せている人数は多いが見る見るうちに貨物機との距離が詰まっていく。

 

 貨物機は後部のカーゴランプを全開にした状態で滑走中であった。無論、正しいやり方ではない。

 

 口を開けた貨物室には富田が立っており、その後ろにはロゥリィの姿もあった。

 

 伊丹の部下はどこか引き攣った表情を浮かべながらも、貨物機を追いかけるテクニカルに向かって手招きしている。テクニカルはまさにそこ目指して突っ込もうとしていた。

 

 一体何をする気なのか、遅ればせながら栗林もようやく理解すると、富田と同じく驚きに顔を強張らせた。

 

 

「このまま乗り込むぞぉ! 振り落とされないように捕まっておくんだ!」

 

「まさか本気ぃ!? 冗談でしょぉ!」

 

「大丈夫だ! 前にもやったから!」

 

「前にも!!?」

 

 

 驚愕の叫びが上がり、その驚きぶりに伊丹の口元に苦笑が浮かぶ。

 

 ……この時、テクニカルに乗った面々の意識は、揃って今まさに車ごと乗り込もうという輸送機へと集中していた。

 

 加えて200トン近い巨大な機体を浮き上がらせるべく、4発のジェットエンジンが轟音を発し、その音量は増加の一途を辿る真っ只中でもあった。

 

 故に、機内から唯一テクニカルの背後に視線を向けていた富田が警告のジェスチャーを発するまで、伊丹らは後方から急接近しつつある新たな車両の存在を察知するのが遅れてしまったのである。

 

 テクニカルを衝撃が襲った。咄嗟に車体がスピンした挙句横転しないよう、ハンドルにしがみついたニコライがテクニカルの鼻先がランプ方向を保持するよう必死に制御する。

 

 

「何だぁ!」

 

 

 運転に集中するニコライ以外の全員が後方の滑走路へ顔を向けた。

 

 テクニカルよりほんの少しだけ小柄な四駆、キャンバス製のルーフが特徴的なUAZ-469が猛スピードで真後ろに張り付いているのが彼らの目に飛び込んできた。半身を自らの血で染め、鬼気迫った表情で車両を操る運転手の姿も一緒に。

 

 

「――アレクシィ!!」

 

 

 伊丹の狙撃による被弾後、部下に運ばれて姿を消していたアレクシィであった。どうやってアメリカ側の索敵・掃討を掻い潜ったのかは見当がつかないが、墜落したヘリに乗っていた面々にはアレクシィの車両に見覚えがある。テクニカル同様、駐車場に停めてあった物だ。

 

 

「ターミ〇ーターじゃあるまいに!」

 

 

 伊丹が愚痴りながら荷台で身を起こし、グロックの銃口を合わせようとする。

 

 ユーリも重機関銃を射撃しようとしたがトリガーを押し込んでも何の手応えも返ってこない。オスプレイを撃墜した時に装填した弾薬を撃ち切ってしまっていたのだ。モンゴメリも機銃を撃とうと仁王立ちになっていたユーリや女性陣が邪魔で射線を確保出来ない。

 

 照準し、発砲するよりも早く、急加速したアレクシィの車両がまたもテクニカルの後部に激突した。

 

 ここで伊丹を今日何十回目かの不運が襲う。荷台の枠部分が接触の衝撃によって外側へパタリと倒れてしまい、そこへ体重をかけていた伊丹の体が荷台の外へと放り出される事となった。

 

 逆に幸運だったのはアレクシィの車両がテクニカルの後部にめり込む勢いで密着状態にあった点である。

 

 投げ出された伊丹はUAZ-469のボンネット上へ落下。衝撃と慣性の勢いのままバウンドし、更に背中からフロントガラスに衝突。跳ね上がった肉体は最終的にキャンバス製ルーフを押し潰して動きを止めた。

 

 車のフロントガラスがひび割れ、ルーフがひしゃげても、アレクシィは執念のままアクセルをベタ踏みし続けた。ひと塊になった2台の車両がランプ目指して進む。

 

 

「嘘だろう……!?」

 

 

 思わず口をついた富田の呟きは背後に立つロゥリィに届いただろうか?

 

 敵味方双方の車両が遂にランプを駆け上がり、輸送機の貨物室へのタッチダウンに成功した。エンジンや滑走のそれとは別種の振動から貨物室内の状況を察知したコクピットのプライスは、反射的に操縦桿とスロットルレバーを操作した。

 

 

 

 

 

 直後IL-76の車輪が滑走路から離れ、ロシア製のジェット輸送機は遂に離陸した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『逃げた者はもう一度戦える』 ――デモステネス

 

 

 

 

 

 




次回で決着、その次で完結です。




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