GATE:Modern Warfare   作:ゼミル
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24:Game Set/決着

 

 

 

 伊丹耀司という男は一見単純なグータラ男のようで、その実多様な側面を持つ人間だ。

 

 伊丹耀司はオタクである。

 

 彼の本棚にはズラリと同人誌が並び、夏冬のコミケには欠かさず参加し、挙句「趣味に生きる為に仕事をしている」と嘯くような、筋金入りのオタクであった。

 

 伊丹耀司は兵士である。

 

 それも本人のやる気はさておき空挺部隊から特殊作戦群、果てには各国から精鋭中の精鋭を集めて結成された極秘部隊にまでスカウトされ、そのいずれにおいても何だかんだ愚痴りつつも強制除隊させられない程度には優れた実力を発揮した。

 

 伊丹耀司は復讐者である。

 

 部隊の司令官が口封じに伊丹らの仲間の大半を殺した報復として、数少ない生き残りと共に大勢の兵隊に守られた裏切者を襲撃し、追い詰め、殺害した。奇しくも特戦群時代の彼のコードネームもまた復讐者の名を冠していた。

 

 伊丹耀司は英雄である。

 

 世界最強の軍事大国であるアメリカの現役将官でもあった司令官を暗殺した代償に世界中に指名手配されながらも、第3次世界大戦を引き起こした黒幕の手掛かりを探して戦場を転々とした。その過程で囚われのロシア大統領を救出し、最終的に黒幕の暗殺も達成した。

 

 そしてとどめに『銀座事件』――経歴の大部分は最重要軍事機密に指定されほぼ表沙汰にできないだろうが、何十年か経ってもし機密が解除される日が訪れたとすれば、彼を題材にした映画が作られる事うけあいであろう。

 

 伊丹耀司は悲運の人物であった。父親は死に、母親は心を病み、嫁の心情が分からぬせいで離婚し、生死を分かち合った戦友達も大半はもうこの世にいない。

 

 伊丹耀司は奇縁の持ち主であった。学生時代には今や防衛大臣(後に特地問題対策大臣も兼任)にまで出世した嘉納を筆頭に歴戦の特殊部隊員らや傭兵、果てには異世界の美少女ら―それも『門』の向こうを支配する大国の皇女と聡明な知識層にエルフ、極めつけに本物の亜神―と友誼を結んでいる。

 

 伊丹は臆病者で逃げるのが得意だ。訓練では手を抜き、書類仕事も隙を見てはサボり、クビにならない程度の業務しかこなそうとしない。

 

 だが伊丹は弱虫でも卑怯者でもない。でなければとっくに自衛隊を辞めていただろうし、裏切り者への復讐にも加わらず、生き延びた時点で我が身可愛さに独り身をくらませしていた筈だ。

 

 

 

 

 かのように、もはや奇怪な程に多種多様な経歴を現在進行形で積み上げているのがこの伊丹という男なのだが。

 

 死体と瓦礫が積み重なる戦場を一緒に潜り抜けてきた極少数を除き、彼を知る周囲の人々の多くが気付いていない事が1つある。

 

 

 

 

 ――すなわち伊丹耀司という男は、1度決意したならばどのような辛酸苦難の道のりが待ち受けていたとしても。

 

 愚痴を吐き、悪態を漏らしながら、それでも己の意志を貫き、最後までやり通すだけの強靭な精神を秘めた、筋金入りの兵士なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<夜明け>

 伊丹耀司 陸上自衛隊・二等陸尉/タスクフォース141・サバイバー

 伊豆大島上空/イリューシン・Il-76機内

 

 

 

 

 

 追突の衝撃によりUAZ-469の車体上を転がった伊丹にとって幸運だったのは、ロシア製の小型四駆のルーフ部分がキャンバス製だった点に尽きる。

 

 分厚く相応に頑丈とはいえ布は布だ。重みや衝撃が加われば簡単に(たわ)んでしまう材質である。

 

 そのお陰で伊丹の肉体は布製の屋根に埋まる格好になり、小型四駆から落とされずに済んだのだ。これがよくある金属製のルーフならそのままバウンドして滑走路上に転がり落ちていた筈である。

 

 インナーサークル残党を指揮していたアレクシィの運転するUAZ-469は、まるでS極とN極が強力に引っ付き合った磁石よろしく、レレイらを乗せたニコライ運転のテクニカルの後部に密着した状態で一緒に輸送機へと乗り込んできた。

 

 ハッキリ言って滑走中の輸送機へと車ごと直接乗り込むなんて無茶を実行したニコライらもそうだが、それに文字通り同道する形で無理矢理突っ込んできたアレクシィも無謀である。

 

 今この超国家主義派のなれの果てを指揮していたロシア人を突き動かすのは、自分達の企みを悉く邪魔し、かつて指導者と仰いだマカロフを殺害した張本人である伊丹ら因縁の宿敵に対する、深い憎悪と執念であった。

 

 組織の跡を継いだアレクシィが企てた異世界の要人奪取による組織再興、伊丹の部下を拉致し公開処刑するという報復も失敗してしまった。

 

 総動員した兵器類はことごとく失い、部下もほとんど殺され、アレクシィ自身も銃弾に撃ち抜かれ重傷を負っている。この傷では遅かれ早かれ、彼も部下の後を追う事になるだろう。

 

 ならばせめて1人でもいい、宿敵や要人を道連れにして一矢報いてやろう。そうしてかのような決意の下に、アレクシィはたった独りでここまで追い縋ってきたわけだ。

 

 伊丹らにとっては心底はた迷惑な話だが、よりにもよって空港からの唯一の脱出手段である輸送機にまで乗り込まれてしまうのは流石に予想外であった。不意を突かれ、兵士らの対処も遅れてしまう。

 

 2台の車両は輸送機の貨物室、その最奥近くでようやく停車した。あのまま停まりきらずにいたら富田とロゥリィを轢いた挙句、機首下層部に損傷が及び最悪墜落していたかもしれない。

 

 

「な、何が起きたの?」

 

 

 おっかなびっくり、テクニカルの荷台の隅っこで縮こまっていた梨紗が顔を上げると、狂気に満ちた形相でサブマシンガンをフロントガラス越しに構える男の姿が目に入り、思わず凍りつく。

 

 

「危ない!」

 

 

 叫んで片腕で梨紗を、もう片方の手でテュカの首根っこを掴んだのは栗林だ。

 

 捕虜にされ公開処刑寸前だったとはいえ、彼女も実戦経験済みの猛者。咄嗟の反応は素早く、猫科の獣を思わせる身軽さで荷台から飛び降りると、外見からは想像し難い逞しさでもって梨紗とテュカをテクニカルの側部へ引き摺り下ろしたのである。

 

 

「チクショウ!」

 

「伏せろ! 隠れるんだ!」

 

 

 ユーリやエンリケといった兵士らも栗林達の様に荷台から飛び降りたり、ルーフ部分を乗り越え、ボンネットの上を転がって貨物室の床に降り立つと、身を屈めてエンジン部を盾にする。

 

 エンジン音をも掻き消すフルオートの銃声。ひび割れた小型四駆のフロントガラスが内側から砕け散った。

 

 アレクシィの銃、スイス製のMP9サブマシンガンの連射音が機内中に響き渡る。

 

 

『おい何だ今の銃声は!』

 

 

 コクピットにいるプライスの声が無線越しにがなり立てる。

 

 

「アレクシィだ! ヤツも車ごと機内に乗り込んできて撃ちまくってる!」

 

『ならさっさと始末しろ! 下手なところに当たったら墜落して全員お陀仏だぞ!』

 

 

 機体各所を通る配線や油圧系統に弾丸が当たれば最悪輸送機は操縦不能に陥り、プライスが言う通りの展開になりかねない。通信に出たユーリも重々承知していた。

 

 しかし生憎ここは縦に細長い輸送機の貨物室。周囲を跳ね回る弾丸や破片のせいで中々身動きが取れない。

 

 

「痛ってぇ!?」

 

「大丈夫かエンリケ!」

 

 

 跳ね返った弾丸がエンリケの肩に当たり、野本とモンゴメリが奥へと引きずっていく。

 

 

「きゃあ!」

 

「こっちよぉ! コレの後ろに隠れなさぁい!」

 

 

 狭い空間に反響する銃声の凄まじさとかすめた破片に肝を潰した梨紗やテュカも悲鳴を上げる。ロゥリィがサブマシンガンよりも貫通力の高いライフル弾どころか、ロケット弾でも破壊できなかった実績を誇る大型ハルバードを掲げ、皆の盾になった。

 

 掃射は永遠に続くように思えたが、実際には数秒後に終わりを迎えた。弾切れである。

 

 この時最初に反応したのは、ひしゃげたキャンバス製ルーフに半ば埋まった状態だった伊丹だ。

 

 わずかな時間意識が暗転していたが、銃声を聞くなり即座に意識を取り戻していた。ジェットエンジンの騒音や開けっ放しのランプから吹き込む風の音の合間から、マガジンを落とす金属音をかすかに聞き取る。

 

 拳銃は手元から消えていた。テクニカルから振り落とされた際に手放してしまっていた。最後の武器、兵士の必需品、ナイフを鞘から抜くと片腕で目の前の布を切り裂く。

 

 

「!!」

 

 

 分厚い布が断たれる音に気付いて顔を上げたアレクシィと目が合った。案の定MP9のマガジンが抜け落ちており、彼も伊丹同様―尤も撃ち抜いたのも伊丹なのだが―怪我により左腕が使えず、何とか右手のみでマガジン交換を試みている。

 

 まさしく手負いの狂犬を連想させる凶暴な眼光を、しかし伊丹は臆するどころか真っ向から睨み返す。

 

 狂犬の命を今度こそ奪うべくナイフを突き立てようと試みるが、ロシア人は弾切れの銃を鈍器代わりに振るい、伊丹の攻撃を叩き落とす。

 

 

「うおっ」

 

 

 衝撃でバランスが崩れ、伊丹の体が滑り落ちてしまった。座席ではなくドアを背にする格好で助手席へ収まる。

 

 目の前に怨敵が落ちてきたアレクシィは、役立たずのサブマシンガンを更に伊丹へ投げつけた。伊丹は咄嗟に右手を掲げて防ぐ。MP9は樹脂を多用し軽量小型だが、それでも1キロ以上あるので、ぶつかった腕が衝撃で痺れた。

 

 その投擲は目くらましだ。アレクシィの本命は右太股のホルスターである。

 

 45口径のH&K・USP、ホルスターに収まっていた自動拳銃が伊丹へ突きつけられる。伊丹は銃口を真正面から覗き込まされる格好になった。

 

 

「うおおおっ!」

 

 

 本能的に頭を振った次の瞬間、文字通り伊丹の目と鼻の先で拳銃が発砲された。それも何度も。

 

 銃弾は伊丹の側頭部をかすめ、助手席側ドアにめり込む。間近での発砲による衝撃波に視界も意識も眩みそうになったが、歯を食いしばって意識を現世に留める。狭い座席で無理矢理足を振り上げ、アレクシィを蹴飛ばして撃たせないようにする。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ここで現在いる空間が輸送機の格納庫内である事を思い出して欲しい。しかも離陸直後の、である。

 

 地上から飛び立ったばかりの飛行機は当然ながら巡行高度まで上昇を続けるのが常だ。高度を上げる為に機首は上向き、逆に尾翼側は下へと傾く。

 

 伊丹とアレクシィが取っ組み合いを行っている小型四駆のすぐ前には、大型ピックアップトラックを改造したテクニカル。今は誰も乗っておらず、運転していたニコライは銃撃から逃れるのに夢中で、サイドブレーキもかけずに車から降りてしまっていた。

 

 ブレーキのかかっていない車と急角度の傾斜――この2つの要素が重なれば何が起こるかなど決まり切っている。

 

 すなわち下へ下へと勝手に走り出してしまうのである。2人を乗せた車両はテクニカルに押される形で、勝手にランプ方向へ移動を開始してしまった。

 

 重ねて言うが、伊丹とアレクシィが乗っている車は上昇中の輸送機の中だ。既に輸送機は大島上空を抜け海上に到達している。

 

 開放されたままのランプの先に広がる虚空から海面までの高さは既に軽く数百メートルに達し、現在も急速に上昇中だ。落下すればまず助かるまい。

 

 

「うっそだろオイ!」

 

 

 その事に先に気付いたのはこの手の察知能力に長けた伊丹だった。背後の扉のドアノブを手探りで探り当てて開けようとする。

 

 しかし返ってきたのはスカスカとした手応えだけであった。先程回避した銃弾の一部がドアノブと連動している部品を破壊してしまったのが原因だ。

 

 アレクシィも遅ればせながら己が奈落逝きのトロッコに乗せられている事を悟り、同じくドアを開けようと試みる。

 

 だが運転席側のドアも開かない。正確には何センチかは開くのだが、貨物室の壁との間に十分なスペースが無いせいで人が降りられるだけの幅には到底足りないのだ。

 

 ならばとアレクシィがブレーキペダルを踏み込む。少しは速度を減じたものの、傾斜とハイラックス分の重みのせいですぐには止まらない。

 

 次の瞬間、ガクンと車体が揺れたかと思うと後ろへどんどん傾き始めた。

 

 とうとう小型四駆の後輪がランプを超えてしまい、今にも尻から空中に向かって押し出される寸前であった。こうなっては残る脱出口は1つしか残されていない。

 

 伊丹とアレクシィは示し合わせたかのように大半が砕け散ったフロントガラス部分から車外へと這い出ると、急激に上方向へ傾きつつあったUAZ-469のボンネット上に立ち上がるなり、前方へ跳んだ。テクニカルの荷台へ着地する2人。

 

 直後、限界点を迎えた小型四駆がランプから転落した。もう数秒遅ければ2人も車諸共死のフリーフォールへ旅立っていたに違いない。

 

 窮地はまだ脱したわけではなく、テクニカルも小型四駆同様にぽっかりと開いたランプ目指して移動中である。その先に待ち受けているのは死の虚空である。

 

 ところがテクニカルが移動する勢いは、伊丹とアレクシィの予想を上回っていた。

 

 体を起こし、飛び降りて安全な貨物室へ逃れようとするよりも先に、テクニカルの後輪がランプを超えて虚空へと車体がはみ出だしそうになる。

 

 その時、今にも小型四駆の後を追う寸前だったテクニカルへと小柄な黒い影が舞い降りた。

 

 

「いかせないわ、よぉっ!」

 

 

 正体はハルバードを振りかぶり、天井スレスレの高さまで跳躍したロゥリィだった。

 

 IL-76の貨物部の全長は20メートル。格納庫の端近くからランプ部分まで一足飛びに移動するという、文字通り人外の身体能力でもってテクニカルの下へ到達したロゥリィは、跳躍の勢いと重力を上乗せして巨大な刀身ではなく、反対側の突起を車体のエンジン部へと振り下ろす。

 

 突起と言ってもロゥリィのハルバードのそれは人の胴体を簡単に貫通してしまえるほど鋭く長い。亜神の膂力でもって叩きつけられたそれは、車体表面の薄い鉄板どころかその奥に隠れる車の心臓部、鋼鉄製のエンジンすら貫いてボンネットへと深々と突き刺さった。

 

 

「ふんぬぅぅぅぅ~~~~~~!!」

 

 

 気合の声を発しながら見事にテクニカルに突き立ったハルバードをしっかりと握りしめ、全体重と筋力を足元へと集中させるロゥリィ。伊丹を乗せた車体が落ちないよう亜神の膂力で支えようという魂胆である。

 

 ゴスロリ美少女という外見からは想像出来ないほどの腕力に繋ぎ止められたテクニカルの後退速度が一気に鈍る。

 

 が、現実は非情であった。次の瞬間、後輪がランプの端を超えてしまう。

 

 

「ちょちょちょタンマタンマ!」

 

「ちょおーっ!!?」

 

 

 伊丹とロゥリィの叫びも空しく、テクニカルの車体は片方に過剰な重しを乗せられた天秤よろしく、機外へと一気に傾いていく。

 

 眼下に広がる海面へ放り出されそうになった伊丹は生存本能に突き動かされるままに、テクニカルの屋根へと飛びついた。

 

 まったく同時にアレクシィも伊丹と同じ行動を取った。図らずも動きをシンクロさせながら、これまたそっくりなフォームで屋根にしがみつこうと右手を必死に伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 ――伸ばした手に握られた存在が2人の命運を分けた。

 

 

 

 

 

 

 伊丹の手に握られていたナイフの鋭利な刃はテクニカルの屋根に突き刺さり、彼を屋根の上へ繋ぎ止めた。

 

 アレクシィの手に握られていた拳銃は屋根の外装にわずかなへこみとひっかき傷を残しはしたが、出来たのはそれだけだった。

 

 体を保持する事が出来なかったロシア人の体がズルズルと屋根を滑り荷台へ、その下に広がる虚空そして海面へ逆戻りしていく。信じられないとばかりに屋根に留まり続ける伊丹を愕然とした目で見つめながら、アレクシィの姿が伊丹の視界から消えた。

 

 

「ふぬぬぬぬぬぬうぅぅ~~ぁ~~!!」

 

 

 今やテクニカルは車体の大部分がランプからはみ出し、45度以上傾いている状態である。時速数百キロで飛行中なので車体にぶつかる風の力もすさまじく、危なっかしく車体が上下左右に揺れた。

 

 車体底部がランプと擦れながら徐々にずり落ちていくぐらいまで状況は悪化してしまったが、尚も奇跡的に輸送機から放り出されずにいるのはロゥリィの尽力の賜物である。

 

 

「フロントを抑えろ! 少しでも傾かないようにするんだ!」

 

「プライス、今すぐ機体を水平にしろ! 早く!」

 

「ロープでも何でもいい、どうにかしてイタミを引っ張り上げるぞ!」

 

「ありました! 貨物用のネットが!」

 

「でかした!」

 

 

 貨物を梱包するのに使われるネットが伊丹の下へと投じられた。

 

 重量物の保護や固定にも用いられる代物なので人を引っ張り上げるには十分過ぎる強度を誇る。吹き荒ぶ風の音に紛れて、富田の声が伊丹の耳へ届いた。

 

 

「隊長! 機内へ引っ張り上げますからそれに掴まって下さい!」

 

 

 生憎左腕は負傷で使い物にならず、右腕は強風と重力で屋根から引き剥がされないようにする為のナイフで塞がっている。

 

 まず風圧でバサバサと暴れる網を足で引っ掛けて引き寄せようと伊丹が視線を下へ移すと、何と未だしぶとく海面へ落下せずにいたアレクシィの姿が目に飛び込んできた。重機関銃を据え付ける為、荷台に設置された鉄柱に右手だけでぶら下がっていたのだ。

 

 

「たとえ! 私がここで死んでもザカエフやマカロフの新たな後継者が再び現れる! 思想は受け継がれ、最期の1人となるまで心半ばに散った者達の復讐を果たすだろう!

 そして貴様らは思い知る筈だ。貴様らは決して我々に勝てない、滅ぼす事などできはしないのだと! 我々の思想は、闘争は、復讐は、貴様ら西側の資本主義者どもが存在する限り、決して終わらないのだ!」

 

 

 今にも手が滑って落ちてしまってもおかしくないというのに、それでも憎悪と怨嗟の叫び声をあげるアレクシィを、しかし伊丹はただただ冷徹な眼差しで見下ろす。

 

 

「ああそうかい。ところで、そんなアンタにピッタリの言葉があるから教えてやるよ」

 

 

 片足を網にかけ、次にナイフから右手を放し、体重移動を生かしてバランスを崩す前に素早く網を掴む。伊丹の体が車体から離れる。

 

 

「理想に抱かれて、溺死しろ」

 

 

 網に取りついた伊丹が車体から離れたのが見えた瞬間、ロゥリィはテクニカルを繋ぎ止めていたハルバードを車体から引き抜いた。バンパーなどに手をかけて押さえつけていた兵士らも、一斉に手を離した。

 

 そうして遂にテクニカルも輸送機から完全に離れ、妄執に突き動かされ続けたロシア人ごと海面へと落下していったのである。

 

 

 

 

 アレクシィの断末魔の悲鳴は風の音に掻き消され、伊丹の下へ届く事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兵士らや女性陣らが力を合わせて網を機内へ引きずり込むと、ようやく伊丹は貨物室の床へ這い上る事が出来た。開放されていたランプがようやく閉じられる。

 

 疲労困憊とばかりに、伊丹は堪らずその場で大の字に寝転がってしまう。そんな彼を一斉にテュカや富田ら取り囲み、心配そうに顔を覗き込んだ。特にテュカや梨紗などは大粒の涙を瞳に湛えてすらいた。

 

 

「ぜ、ぜんぱぁ~い!」

 

「良かった、本当に無事で良かったぁ!」

 

「いやぁ、ぶっちゃけ無事とは言えないかなぁ。さっきから左腕が動かないし」

 

「手当をしよう。誰か彼の装備を脱がすのを手伝ってくれ」

 

 

 装備類と衣服を周囲の手を借りながら脱ぎ、応急処置用の救急キットで左腕を中心に手当てを施された。野本の見立てでは左肩が脱臼しているとの話で、その場で関節を嵌め直すと救急キットに付属する包帯と三角巾で固定処置も行う。

 

 伊丹以外にも流れ弾を食ったエンリケなども傷口を消毒し、包帯を巻くといった処置を受ける事となった。衛生兵(メディック)である黒川のような専門家程でなくても経験豊富な兵士揃いなだけあり、彼らは手際良く仲間へ応急処置を施し合っている。

 

 唯一の例外は、下はパンツ1枚に上半身にはブラすらつけず、サイズの全く合わないレレイのローブで何とか爆乳を隠そうとして隠し切れずに失敗しているという、破廉恥な有様と化していた栗林であった。

 

 当然ながら彼女の手当ては同性の梨紗らに委ねられ、傷の治療以上に彼女の着る物はどうするかに頭を悩ませながら、伊丹ら男性陣の目を遮るかのように栗林を取り囲みながら屯している。

 

 

「イタミ、プライスが呼んでる。コクピットへ来て欲しいそうだ」

 

「分かった、今行くよ」

 

 

 どっこいせ、と声を漏らしながら立ち上がった伊丹はニコライやユーリを伴い貨物室を出てすぐの階段を上り、機首上層部のコクピットへ向かった。IL-76の機首は2層構造で、下はガラス張りの航法士席だ。

 

 

「そうか、もう夜が明けたんだな」

 

 

 チラリと覗いた航法士席へ煌々と射し込む朝日に目を細めながら、伊丹は感慨深げに呟いた。まるで何ヵ月もの時を過ごし続けたかのような錯覚に襲われたが、実際にはたった一晩しか過ぎていないのである。

 

 主に大量の計器類が原因で機体全体のサイズからは想像がつかないほど狭いコクピットに左腕を三角巾で吊った伊丹がやってくると、操縦桿を握った老兵が席越しに振り返った。ニコライも副操縦席へ腰を下ろす。

 

 

「来たか。人質にされていたお前の部下やVIPの状態はどうだ」

 

「皆かすり傷程度で大丈夫ですよ。ところでこの飛行機って持ち主はどうしたんです?」

 

「丁寧に自分の足で退場して頂いた。護衛の連中はともかく乗組員は非武装だったんでな」

 

「流石イギリス人、紳士的な事で。それで、どうして俺を呼んだんです?」

 

 

 老兵がコクピットグラスへと顎をしゃくったので、伊丹も身を屈め、頭の高さを操縦席に座るプライスと同じ位置に合わせる。

 

 輸送機のすぐ斜め前方、夜明け直後の澄んだ空に浮かぶ戦闘機の姿が目に飛び込んできた。空港強襲時にも上空を通過していった在日米軍のF/A-18F・スーパーホーネットである。

 

 プライスが無線のスイッチを操作すると、戦闘機のパイロットのがなり立てる声がスピーカーから聞こえてきた。

 

 

『所属不明機へ告ぐ。今すぐこちらの誘導に従い着陸せよ。従わない場合は撃墜する!』

 

 

 直球かつ陳腐な警告であった。まるでハリウッド映画だ。米軍基地に着陸させてそのままレレイら特地来賓を確保、更に伊丹ら第3次大戦の恥部を握る者の始末をしたいという米軍上層部の魂胆が透けて見えた。

 

 だが実のところ、戦闘機を送り込んだアメリカ政府も現状にどう対応すべきか決めかねているであろう事は伊丹にも容易に想像がついた。彼らの目標であるレレイらが乗り込んだ飛行機を撃墜してしまっては元も子もないのだから。

 

 

「どうするね。言う通りに従うかい?」

 

「馬鹿を言うなニコライ。この期に及んで連中の企みに律義に付き合ってやる義理なんぞあるか」

 

「そう言うと思った。しかし兄弟、燃料切れになるまで延々飛び続けるつもりか? 我々だけならともかく、異世界からのお客様がたもずっと付き合わさせるわけにもいかないだろうに」

 

「俺としてはレレイや姫さん達を無事『門』の向こうまでまでが役目なわけだから、これ以上邪魔が入らない間に皆を送り届けるって方針でお願いしたいんだけど」

 

「目的地最寄りの空港に強行着陸して別の足を確保次第、最短ルートで『門』があるギンザを目指すのが妥当だろう……最悪、米軍とも一戦交えるかもしれないな」

 

「かもねぇ。ああヤダヤダ、どーして日本に帰ってきてまで何時までもドンパチやらなきゃいけないんだろ俺」

 

 

 ユーリの意見に心底うんざりした様子で伊丹が溜息を吐き出した。しかしそんな2人の考えなど甘いとばかりに、厳しい口調のプライスが別の意見を語る。

 

 

「その程度の最悪なら可愛いもんだ。俺の意見は違うがな」

 

「というと?」

 

「今の俺達にとっての最悪ってのはな、本土上空に入られる前に乗ってる乗客ごとこの飛行機を撃墜される事だ。海の上なら証拠も残らないし目撃者もいない。人質を道連れに自爆したとでも言ってマカロフの残党どもに全ての責任をおっかぶせてしまえば言い訳も効く」

 

 

 つまりは損得の問題である。

 

『門』という勝てれば美味いが不確定要素の大きい利益への足掛かりを失うよりも、シェパード将軍という致命的な秘密を知る伊丹らTF141の生き残りを排除してしまった方が得である……そう判断したアメリカの指導者らが戦闘機のパイロットに凶行を命じるという可能性をプライスは危惧しているのだ。

 

 老兵が抱いた嫌な予想を証明するかのように、輸送機の斜め前を飛んでいた戦闘機がおもむろに急減速した。

 

 コクピットの窓からは見えなくともIL-76に搭載されたレーダーで位置は把握可能だ。戦闘機は伊丹らを乗せた飛行機の真後ろに着く。

 

 次の瞬間、コクピット内に鳴り響いた耳障りな電子音が鳴り響いた。

 

 夜が明け切る前、Mi-24に乗っていた時に聞いた対空ミサイルのロックオン警報と同じ音である。その場にいた男達全員の表情が一気に強張った。

 

 

「緊急回避! ニコライ、フレアだ!」

 

「ダメだプライス、この距離では間に合わない!」

 

 

 ここまでかと覚悟を決めた刹那、レーダーに新たな光点が生じた。

 

 それは後方の戦闘機から発射されたミサイルではなく、本土から急速に接近しつつある別種の飛行物体の反応であった。

 

 本土側からの飛行物体は瞬く間にコクピットの窓越しに視認出来る程の距離まで接近を果たし、輸送機の前方をフライパスした後に先程のF/A-18F同様、輸送機の斜め前に陣取る。

 

 新たに飛来した飛行機はF-4EJ改(ファントム)、初飛行から半世紀以上が過ぎた第3世代のジェット戦闘機の2機編隊であった。

 

 現代主流の最新鋭戦闘機と比べ垢抜けないずんぐりとしたシルエットの骨董品をあれやこれやと手を加えながら未だに運用している軍隊は意外と多いが、生みの親である米軍においては既にF-4は完全に退役している機体である為、アメリカ側の新たな援軍でない事は明らかである。

 

 何より緑色を主体としたジャングル調の塗装を施された機体、その側面に赤々と描かれた日の丸マークがその所属を雄弁に語っていた。

 

 

「航空自衛隊か!」

 

『国籍不明機ならびに米軍機へ告げる。こちらは日本国航空自衛隊、双方は現在日本の防空識別権の侵犯中である。

 不明機は我々の誘導に従い進路を取れ。米軍機は不明機の処理をこちらに譲り、速やかに現空域から離脱されたし。繰り返す、米軍機は速やかに現空域から離脱されたし』

 

『自衛隊機へ、こちらはホワイトハウスより直接命令を下されてこの場にいる。そちらこそ速やかに――』

 

『うるせぇ! こっちだって総理直々に特地来賓と救出部隊の出迎えと護衛命じられてんだ! 大体ここは日本の空だろうが!』

 

『ぐっ………………了解、帰投する』

 

 

 口論の後、米軍側の機影がどんどん遠ざかり、やがてレーダーから消えた。日本側の2機のファントムが随伴として残される。

 

 

『余計なお客さんが減ったところで改めてご挨拶をば。航空自衛隊百里基地所属、神子田二等空佐であります。輸送機のパイロット、応答願います』

 

 

 片方の機体のパイロットがHUDヘルメットのバイザーを持ち上げて輸送機へと顔を向ける様子を、伊丹はキャノピー越しに視認した。

 

 プライスがヘッドセットを頭から外して伊丹へ差し出す。空と陸、所属は違えど同じ国家の軍隊に所属している彼の方が話も通じやすいという判断からであろう。

 

 とりあえずは窮地を救ってくれた同胞である。差し出されたヘッドセットのマイクを口元へ近づけた。

 

 

「あ、あー、こちら陸上自衛隊、伊丹耀司二等陸尉。現在特地来賓を乗せて本土目指して飛行中ですけど、着陸までそちらさんが誘導と護衛をしてくれると考えてもよろしいんですかねぇ?」

 

 

 伊丹が無線に応えると、輸送機へ顔を向けていたパイロットは喜びと尊敬の念がこもったまなざしと共に、短くも色気に満ちた敬礼を送ってきた。

 

 

『伊丹二尉、世界を救った英雄達と特地の美女達のエスコートを行えて実に光栄だ。さっきの交信で聞いたかもしれんが、我々は総理直々にそちらの飛行機を無事指定された滑走路へ着陸させるよう仰せつかっている。とりあえずはこちらの誘導に従い飛行を続けてもらいたい』

 

「それは構わないんだけど……総理直々? 世界を救った英雄達?」

 

 

 

 

 何のこっちゃ、と伊丹はコクピット内に集まった面子と顔を見合わせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『あらゆる困難を克服して勝利を得るのだ。勝利なくして我々の生存はあり得ないからだ』 ――ウィンストン・チャーチル

 

 

 

 




cv諏訪部がcv諏訪部に向けてcv諏訪部の名台詞を言い放つカオスな展開になりましたが、最終決戦はこれで決着です。
次回、最終回。

11/8:指摘された誤字を修正



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