GATE:Modern Warfare   作:ゼミル
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お待たせしました。


こちらコンビニDMZ特地駐屯地支店異常なし(下)

 

 

 

<2016年10月9日/21:42>

 雨宮潤

 コンビニDMZ・ポイントチャーリー支店

 

 

 

 

 

 

『……グリニッジ標準時6時22分に発生した化学兵器による攻撃後、電撃的にヨーロッパ全土へ侵攻したロシア軍は米軍を主体とした西側各国連合軍に一部の都市を奪還されつつも依然各国の主要地域を占領下に置いており……』

 

『通信網は寸断され詳細は不明ですが、当テレビ局の海外駐在員から最後に送られてきました情報ではヨーロッパ各国に在住の外国人にも甚大な被害が……』

 

『……外務省によりますと現在ヨーロッパ各地の通信網ならびに輸送網が使用不能に陥っており、現地における事態の把握と在外日本人の保護は極めて困難な状況に……』

 

 

 画面が暗転。

 

 音声が途切れ、事務兼休憩用スペースに静寂が戻った。

 

 

「「はぁ~~~~~~……」」

 

 

 テレビを消した張本人である雨宮潤はリモコンを置くなり、非常に重く沈鬱な溜息を吐き出した。同じくテレビを見ていた同僚の鳳石勝もそれに続き、2人の息を吐く音が重なった。

 

 

「……どうなるんでしょうね僕達」

 

 

 ガックリと俯きながら鳳石がボソリと呟く。

 

 

「どうなっちゃうんだろうねぇ、私達」

 

 

 雨宮は反対にボンヤリと天を仰ぎながら答えた。

 

 

「日本の本部や各方面の支店との連絡は不能、ネットもほとんど不通。テレビの電波だけはどーにか拾えてるから一応情報は手に入りますけど……

 ポイントチャーリー周辺はまだ電波が通じてますけど、商品を運んでくれるトラックやヘリも戦争が始まってから来てくれませんし」

 

「お客さんも来ないから在庫が減らないけどねー」

 

「まぁヨーロッパ中がロシア軍に占領されちゃったともなれば、連邦軍も反乱軍も民兵もそりゃ厳戒態勢でコンビニどころじゃないでしょうから」

 

 

 だからこうして2人とも奥に引っ込んでテレビに噛り付いていたのである。

 

 

「……」

 

「……何でロシア軍はこの国は無視ししたんでしょうね。パリやベルリンよりここの方がずっと本国より近いのに」

 

「意味ないからじゃない? 連邦軍とか反乱軍とか民兵とかが三つ巴でドンパチしてるこの国に攻め込んで3つの陣営をまとめてより相手にするよりも、1つの組織しかない別の国に攻め込んだ方がまだ泥沼になりにくそうな気がするし」

 

「それ言えるかもですねぇ」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「そうだ! 国連で働いてる雨宮さんのお父さんに頼んで国連軍に救出に来てもらうとか――」

 

「ダメダメ。パパとは何とか連絡取れたけどあっち(国連軍)もあっちで大騒ぎになってて人手が足りてないし、制空権もロシア軍が握ってるから避難しようとしても空爆を受けるかもしれないから下手に動かない方がまだ安全なんだって」

 

「ですよねー……はぁ。僕達一体どうなっちゃうんだ」

 

 

 オタク気質の若者が頭を抱えて懊悩するのも当然な最悪の状況であった。

 

 いや、内戦真っ只中のヨーロッパ某国内に設けられた非武装地帯であるポイント・チャーリーに居を構えるこのコンビニ自体に直接的な被害が及んだ訳ではないのだが。

 

 彼女らをたかがコンビニ店員と侮るなかれ。銃撃戦どころか砲弾や爆撃が雨のように降り注ぐ中、気の荒いお客様(・・・)に銃口を向けられながらも業務をこなしてきた猛者である。

 

 しかしそんな3人でも極東の島国から遠く離れた異国で第3次世界大戦に巻き込まれ、頼れるものもなく孤立し、ただ怯えながら事態の好転を待つ事しか出来ないという境遇には、流石に堪えるものがあった。

 

 また2人の気分を重くさせている原因は他にも存在している。

 

 仮眠室の扉が開き、四六時中浮かべっぱなしの営業スマイルとオールバックが特徴的な雨宮と鳳石の上司、コンビニDMZ・ポイントチャーリー店店長の川口洋一が出てくる。

 

 何時も朗らかな筈の顔つきの川口だが、今回ばかりは部下2人ほど暗くはないものの深刻な色合いを帯びている。

 

 

「店長、舞ちゃんの様子は――」

 

 

 本間舞はコンビニDMZ本社の御曹司である本間裕護の妹であり、弱冠16歳ながらスーパーバイザーとしても第一線で働く才女でもある。

 

 事態発生当時は新商品や今後の経営方針を相談する為にポイントチャーリー支店へ訪れており(兄は国連軍基地で別の業務中)、彼女もまた直接的な被災には遭わずに済んだのだが――

 

 

「泣き疲れて今は寝ています。無理もありません、今回の事はまだ子供の彼女にはあまりにも重く、辛い体験ですから」

 

「舞ちゃんの家があるウィーンも化学兵器で汚染されて職場の人達とも音信不通ですからね。取り乱すのも仕方ないですよ」

 

「舞ちゃん可哀そう……」

 

 

 降りかかった悲劇を嘆いても出来る事などたかが知れている。

 

 コンビニというありふれた存在でありながら、店周辺の戦闘地帯における戦力バランスを―主に店長の暗躍、たまに雨宮や鳳石の行動の結果―度々引っ掻き回しているとはいえ、何だかんだで彼らも結局はコンビニ店員に過ぎないのである。

 

 紛争地帯の一地方の趨勢を左右出来ても、世界規模の大戦を解決するだけの力など、当然ながら彼らは持ち合わせていない。

 

 せいぜい嘆き悲しむ仕事仲間の少女を慰めるのが今の彼らの限界であった。やるせないが、それが現実だ。

 

 ……ともかく自分達の目と鼻の先で世界中が戦火に包まれている現状に気を揉みながらも、コンビニDMZポイントチャーリー支店は平常通り営業を続けていた。

 

 閑古鳥が鳴くと分かっていながら店を開き続けているのは、砲弾の雨が降る日も爆風が吹き荒ぶ日も開き続けてきたんだし、爆弾が店に落ちて壊れちゃったならともかく理由もなく閉めちゃうのはちょっと……という社畜根性混じりの惰性が半分。

 

 残りの半分は、世界が炎に覆われている現実からの逃避だ。

 

 身近な仕事に専念する事で悲惨な現実から目を逸らそうという魂胆である。結局は暗い顔を突き合わせてしまっている辺り成功しているとは言い難かったが……

 

 当時の彼らはこのような有様であった。

 

 

 

 

 だからこそ。

 

 おもむろに来客を知らせる電子チャイムが鳴り響いた瞬間、意表を突かれた雨宮と鳳石は思わず顔を見合わせたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<同時刻>

 伊丹耀司 タスクフォース141《権限剥奪済み》

 

 

 

 

 中古の軍用機で数時間のフライト。

 

 地中海に面するアフリカ某国経由で海を渡って今や大陸全土が戦場と化した欧州へ上陸、そこから更に現地勢力と占領の真っ最中なロシア軍の目を掻い潜りながら延々十数時間に渡るドライブをこなし――

 

 ソマリアはボサソから何千キロもの強行軍を続けた果て、以前この辺りの紛争地帯でも仕事をしていて土地勘のある野本ら傭兵組の案内の下。

 

 伊丹とその仲間がやがて辿り着いたのは、紛争地帯のど真ん中に佇む日本式のコンビエンスストアだった。

 

 そう、コンビニである。何処からどう見ても立派なコンビニであった。

 

 ヨーロッパの紛争地帯のど真ん中に、である。

 

 

「こいつは驚いたな」

 

 

 モヒカン頭のイギリス人、元SAS(特殊空挺部隊)大尉であるソープ・マクタビッシュが呟く。

 

 伊丹もまったくの同意見であった。彼の隣ではユーリもどこか戸惑った表情を浮かべている。

 

 

「ここが本当に合流地点なの?」

 

 

 煌々と明かりを灯すコンビニの看板を信じられないものを見るような目で見上げていた伊丹は、ここまで案内してきた同郷の傭兵に尋ねた。

 

 野本から返ってきたのは真面目腐った表情を伴う首肯であった。

 

 

「ここなら食事も休憩も取れるしトイレもある。敵陣のど真ん中に飛び込む前に最後の英気を養うにはここが一番うってつけだ」

 

「買い物を済ませちまおうぜ。さっきから小便我慢してたんだ俺」

 

「紅茶の茶葉が置いてあるといいんだが」

 

 

 慣れた様子でさっさと入店していく野本の傭兵仲間達。

 

 ぼんやり立ち尽くしていても単に時間の無駄なので、伊丹やソープも後に続く事にした。

 

 

「俺は外を見張っておく。取引相手が来る前にさっさと補給を済ませてこい」

 

 

 ソープのSAS時代からの戦友である老兵はそう言うと、ここまで乗ってきたオンボロの四駆にもたれ掛かり短くなった愛用の葉巻に火を点けた。

 

 

「分かった。何かリクエストがあれば買っておくぞ」

 

「……紅茶とスコーンがあったらそいつを頼む」

 

「ウォッカも頼むぞ戦友!」

 

「ニコライの言う事は無視しろ」

 

 

 店内に入った瞬間、空気が一変したのを伊丹は確かに肌で感じた。

 

 伊丹達の存在によってその場の空気が変わったとかいう意味ではなく、言うなれば不快で落ち着かない外界から、空調によって適切に環境が調節された居心地の良い空間へ移動した瞬間のような感覚に近い。

 

 そこには平和があった。この数ヶ月、伊丹にはとんと縁のなかった存在である。

 

 様々な商品が規則正しくズラリと陳列された店内の様相もまた日本のコンビニそのままだった。伊丹とその仲間が身を置いていた紛争地帯ではずっと見ていなかった風景。

 

 強いて違いを述べるなら品物の包装が英語表記である点か。

 

 それを除けば、建物も品物もそっくりそのまま日本から引っ越してきたと言われても納得してしまいそうなぐらいに日本国内の店舗と似通っている。なんせ品物の値札すら日本円で記載されているという徹底振りだ。

 

 日本にいた頃お気に入りだったスナック菓子のパッケージを見つけるに至り、伊丹の涙腺はとうとう限界を迎えた。

 

 

「あ、ヤバい何か涙出てきた」

 

 

 遠く離れた祖国そのままの雰囲気に打ちのめされた伊丹は熱くなった目頭を押さえてまたも立ち尽くしてしまう。すると店内に新たな声が響いた。

 

 

「いらっしゃいませ野郎ども(ファッキンガイズ)!」

 

 

 店の奥から店員が出てくると入店してきた伊丹達へ挨拶してくれた。

 

 驚くべき事に店員も日本人だった。ここまで日本式にこだわるか、と驚愕しつつ、泣いていた場面を目撃されたのを誤魔化すのも兼ねて伊丹も「あ、どうも」とつい頭を下げる。

 

 

「野本といいこのコンビニの店員といい、日本人のエコノミックアニマルぶりは筋金入りだな。戦場でこうも堂々とコンビニを開いてるのなんて初めて見たぞ」

 

「そう言うなよソープ。そんな事言ったら戦車に紅茶を沸かすポットや空母にアイスクリーム器を搭載してるお前達の国も人の事言えないぞ」

 

「ユーリ、アイスクリーム器を空母に載せてるのは米軍の方だ、イギリス軍じゃない」

 

「ああそうだったな」

 

 

 ぞろぞろと入店する兵士達。身に着けた武器弾薬がぶつかり合う音を立てながら進もうとした彼らだったが、すぐさま若い店員によって慣れた物腰で制止させられた。

 

 

「お客様、申し訳ありませんがこの店では武器の持ち込みは禁止されていまして」

 

 

 明らかに伊丹よりも年下であろう青年店員が入り口近くを指し示す。

 

 通過した時はコンビニの存在そのものに気を取られて見落としてしまったが、確認してみると確かに『銃火器持ち込み禁止』の注意書きがあった。ご丁寧に傘置き場ならぬ武器置き場まで置いてある。

 

 先に入店した野本達を見やればなるほど、彼らもしっかりと武装解除済みであった。預けたのは銃火器だけで装具類は持ち込んでOKな様子(ただしヘルメット着用は除く)。

 

 郷に入っては郷に従えである。伊丹らも提げていたライフルや拳銃を武器置き場に預けると改めて入店する。

 

 

「ゴメンゴメンうっかり見落としてたよ。こんな所でまさかコンビニやってるとは思いもよらなかったからさぁ」

 

「あ、お客さんも日本人なんですね。先に入ってきた人達と同じ傭兵さんですか?」

 

「んー、半分正解で半分不正解かな」

 

「? 今ヨーロッパ中が大変な事になっちゃってますけど外はどんな様子ですか? ここら辺は大丈夫そうですかね?」

 

「どうだろうねぇ、こっちも詳しい情報が出回ってる訳じゃないからハッキリとした事は言えないよ」

 

 

 野本を除けば数ヶ月ぶりの同郷との会話だ。適度に言葉を濁しつつ日本語での会話を楽しむ。

 

 伊丹と似た気配……要はオタクっぽさをどことなく感じさせる若い男性店員の名札には鳳石と書いてあった。

 

 とはいえ店員と長話にふける訳にもいかないので、適度に話を切り上げるとまず伊丹が向かったのは食料品コーナー……ではなくトイレだった。強行軍の間に溜まったあれやこれやを今の内にスッキリさせておく。

 

 

「ウォシュレットはいいねぇ。リリンの生み出した文化の極みだよ」

 

 

 第1作目から古典と呼べるほどの時間が過ぎたものの、ここ数年の間に再び映画化された某有名アニメの台詞をここぞとばかりに拝借する伊丹である。

 

 熱狂的なファンに聞かれたら殴られそうな所業を人知れずやらかしつつ、スッキリし終えた伊丹がトイレから出てくると、棚に陳列されている分を根こそぎ持っていく勢いでカップラーメンを買い物籠に放り込んでいるエンリケの姿が目に入った。

 

 

「まさかそれ、全部1人で食べるつもりだったりする?」

 

「占領下のど真ん中に突っ込むとなればまともなメシの補給もできっかわかんねーだろ。お湯入れて待ちゃいいだけだからレーション(戦闘糧食)よか手っ取り早いし。つか食い飽きた」

 

「余計な荷物増やすとプライスのじーさんにどやされちまうぞー」

 

 

 苦笑いしながら一応忠告をしてやると伊丹は場所を移した。

 

 ポルトガル人にはああ言ったものの、彼の言葉には伊丹も同意する部分があった。

 

 それは食糧問題。日々の食事自体はニコライが武器弾薬装備人材その他諸々の片手間にどこからともなく調達してきてくれたレーション、もしくは現地で調達した食材を適当に調理して腹を膨らませてきた。それ自体に特に問題はない。

 

 問題はなくても不満は生じる。

 

 レーションは基本味が濃い。国によって味にもバラつきが出る。そして何より伊丹的に辛かったのは、

 

 

「白い米がない! 醤油がない!」

 

 

 要は日本の味に飢えていたのであった。

 

 そもそも世界全体から見ても日本の食はトップクラスのレベルを誇り、自衛隊のレーションもまたそれに相応しい味付けであった。世界各国の軍事関係者がレーションを持ち込んで味比べを行い、自衛隊のレーションが優勝したなんて逸話も残っている程である。

 

 そんな日本独自の味付けに慣れ親しんだとあって、これまで表には出してこなかったものの、伊丹の中では相応のフラストレーションが積み重なっていた。

 

 それが日本式のコンビニを前にしてとうとう噴出したのである。

 

 伊丹が向かった先はおにぎりコーナー。具なし海苔なしの塩むすびを筆頭に、次々と品物を買い物籠へ放り込んでいく。

 

 

「おいおい伊丹よぉ、お前さんだって人の事言えないんじゃねぇの?」

 

「こんな機会次は何時回ってくるか分かんないんだから買える時に買っておかないと」

 

「へっ、考える事は皆同じか」

 

 

 少し離れたドリンクコーナーでは傭兵のモンゴメリとソープのイギリス組がお茶のペットボトルをしげしげと眺めていた。

 

 

「このストレートティーとは何なんだ? 普通の紅茶と違うのか?」

 

「日本ではブラックティーの事をそう呼ぶんだ」

 

「酒の飲み方と同じか。紛らわしいな……こいつは何だ」

 

 

 モヒカン頭の元SASが手にしたペットボトルのパッケージにはティーカップを優雅に傾ける軍人がデフォルメされて描かれていた。

 

 商品名は『コンビニDMZオリジナルブレンド・砲火後の紅茶』。

 

 

「…………」

 

 

 パッケージをしばし見つめた後、ソープは静かに手にしたボトルを自分の買い物籠の中へ入れた。どうやら琴線に触れるものがあった様子である。

 

 何となくこんな紛争地帯のど真ん中に存在するコンビニの品揃えが気になったので、買い物ついでに店内を見て回る伊丹。

 

 雑誌コーナーには現地の本だけでなく日本の漫画雑誌まで置いてあった。よく読んでいた少年紙を見つけたのでパラパラと捲って目を通す。

 

 

(あー、あの作品打ち切りになっちゃったのかぁ。俺好きだったのになぁ)

 

 

 こういう点で時の流れを感じてしまう辺りが伊丹らしいのかもしれない。

 

 雑誌が並ぶ棚の反対側は日用雑貨のコーナーだ。ペンやらメモ帳やら洗剤やらトイレットペーパーといった今ではどのコンビニでも見かける商品ばかりが並んでいる。

 

 ……かと思ったら、棚の途中から蓋部分に十字のマークが刺繍された迷彩柄のポーチがずらりと並んでいた。サイズは小さめの辞書程度。

 

 救急キット一式を収めた応急処置(メディカル)キットだった。更にその隣にはカモフラージュペイント用のドーランまで置かれている。

 

 

(こんなの置いてるコンビニなんて初めて見たぜ)

 

 

 考えてみれば戦場で活動する類の人々が客層なのだから、彼らのニーズに合わせた商品を揃えていてもおかしくあるまい。

 

 それでも日本流のコンビニにそぐわない商品の存在に、何だかなぁとなってしまう伊丹なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それぞれ己の好みに合わせた商品を抱えた兵士達が会計を済ますべく会計カウンターに並ぶ。

 

 銃を背負っていない点を除けば完全武装と称するにふさわしい、そんな身なりの厳つい男達がピカピカに磨かれたコンビニの店内で商品片手にお行儀良く順番待ちをしているその光景はどこか滑稽であった。

 

 会計待ちの列の先頭は伊丹達よりも先に店内に入ってさっさと買い物を始めていた傭兵組である。軽食と飲み物だけに留めた野本とモンゴメリはスムーズに会計を終えた。

 

 レジを打っているのは女性の店員だ。正直言って戦場のコンビニには似つかわしくない美女である。

 

 烏の濡れ羽色の長髪にくっきりと整った顔立ち、極めつけに引っ込む所は引っ込んで出る所は見事に突き出た肉感的な肢体。

 

 ビキニ辺りの水着がよく似合いそうな、グラビアモデルでも出来そうな程に大迫力なボディはしかし、地味なコンビニ店員の制服へ無理矢理押し込まれている。

 

 猫に小判、いやこの場合掃き溜めに鶴か。なんて感想が脳裏を過る伊丹である。

 

 

(それにしてもこの顔、どこかで見たような気が)

 

 

 次にカップラーメンを大量に購入したエンリケが先の2人より高い支払いを終えたところで、店員が四角い箱をカウンターの下から取り出した。

 

 

「ただいま『めい☆コン』とのコラボイベントとして、一定以上金額の商品をご購入頂いたお客様には豪華コラボ賞品が当たるキャンペーンくじを引いて頂いているんですよ」

 

「ぬわんだって!?」

 

 

 伊丹的には聞き逃せない情報である。何故なら『めい☆コン』とは、OP曲をそらで歌える程度には伊丹お気に入りのアニメシリーズなのだ。

 

 1個100円ちょっとのおにぎりでもそれなりの個数を買えば結構な金額になる。伊丹にもくじを引けるチャンスがあった。

 

 

「お? 何だこの中に手を入れればいいのか?」

 

 

 無造作にエンリケが箱の中に手を突っ込み、すぐに小さなカードを取り出した。

 

 

「おめでとうございます! こちらの商品との無料引換券になります」

 

 

 購入した分に加え新たにもう1つ、購入した品で膨らんだエンリケ用のビニール袋にカップラーメンが入れられた。

 

 

「こりゃツイてるぜ。ちなみに1等が当たったら何が貰えんだい?」

 

「それはですね」

 

「あ、僕が出しますよ雨宮さん」

 

「ありがとうね鳳石君」

 

「んん?」

 

 そういえば鳳石って名前どっかで聞いたような覚えが……などと首を傾げる伊丹を余所に鳳石店員が取り出したのは、高さ30センチを超えるサイズの箱だ。面の一部が半透明になっていて中身が見えるようになっている。

 

 箱の中では店員と同じ制服に身を包んだ少女がそれっぽい感じの効果音が聞こえてきそうなポーズを取っていた。

 

 

「1等商品はこちら『めい☆コン』のメインヒロイン、桜木めいのコラボフィギュアになります! こちらは先着1名様限定の景品となります!」

 

「そ、そうかい」

 

 

 尋ねた張本人はそそくさと購入した商品を持って立ち去る。思っていたのと違ったようだ。

 

 ソープ、そしてユーリの分の会計も終わり、ようやく伊丹の番が回ってきた。予想通りくじを引けるだけの購入金額に達していたので再度女性店員がくじの入った箱を取り出す。

 

 

「いざ、勝負!」

 

 

 気合の声と共に箱の中へ手を突っ込む。こういう時は迷って無駄に中身をかき混ぜてはいけない。

 

 

「これだっ!」

 

 

 くわっと目を大きく開いた伊丹は数十枚は入っていたであろうくじ用紙の中から1枚を掴むと、勢い良く箱から引き抜く。伊丹と女性店員、男性店員は揃ってくじを覗き込んだ。

 

 ――1等賞。小さな用紙に、目立つフォントでそう書いてあった。

 

 

「おめでとうございますお客様! 見事1等賞が当たりました」

 

「いよぉしっ!!」

 

 

 伊丹、渾身のガッツポーズ。

 

 何度も拳を突き上げながら小躍りする彼を、戦友らは自省も忘れて酔っ払った酒乱を見るかのような呆れの視線を送っていたのだが、そんな事も気にならない位に伊丹ははしゃいでいた。

 

 彼がここまで喜びを露わにするのは日本を離れてから初めてだろう。だがそれも当然の反応であった。

 

 伊丹耀司という男は根っからのオタクでありながら、何の運命の悪戯か上官命令で故国を離れる羽目になった挙句、今やサブカルのさの字も無縁な世界中の紛争地帯を点々としてきた境遇の身である。

 

 要は日本食と同じでその手のサブカルに心底飢えていたのだ。ハイテンションになるのも無理はあるまい。

 

 

「それでは景品を包装致しますので少々お待ち下さい」

 

「よろしく頼むよ」

 

 

 その時、新たな車のランプがコンビニの駐車場に出現した。

 

 1台や2台どころではない。多数の兵士を輸送するのにも使われる軍用の大型トラックが複数台、次々と駐車場に停車していく。1台だけ、旧式のセダンが混じっていた。

 

 大型トラックに取り囲まれるような格好の小型セダンの後部座席から降りてきたのは、これまたトラックから降りてきた強面な男達よりもよっぽど小柄な中年男性である。

 

 白髪をオールバックにし、レイバンタイプのサングラスに葉巻を銜えているこの人物こそ、突如現れたコンボイ(輸送集団)のまとめ役である事は、無言で中年男性の背後に控えた他の男達の態度から明らかであった。

 

 

「あ、マトさんだ」

 

「こんな時に珍しいですね」

 

 

 マト・ガリッチ。

 

 ポイントチャーリーが存在する紛争地域一帯で営業(・・)を行う商人だ。

 

 取り扱っている商品は銃火器にその弾薬――ありていに言えばマトは武器商人である。

 

 また武器以外にもこの国では中々手に入らない類の商品を密かに商う密輸業者でもある。コンビニDMZもポイントチャーリー支店開業前の準備期間中に色々お世話になったとか何とか。

 

 なお彼にとって身長の事は禁句なので発言には用心しなければならない。

 

 武器商人を出迎えたのは乗ってきた車で休んでいたニコライだった。

 

 

「同志マト! よく来てくれたな!」

 

「おうニコライ久しぶりじゃねぇか! 最近はアフリカの方をあっちこっち飛び回って聞いてたぞ。何だ怪我してるのか?」

 

「なぁに名誉の負傷ってヤツさ。頼んでおいた物は用意してくれたかな」

 

「おうよ。今動かせるだけの品物をありったけ持ってきてやったぞ。AKにRPG(携行対戦車ロケット砲)とその弾薬、それから注文にあったピッカピカの最新式消音ライフルだ!」

 

 

 トラックの荷台には山と積まれた木箱。

 

 その中に混じって積んであった小奇麗なライフルケースをマトの側近が取り出すと、ロックを解除して中身をニコライと一緒に車から出てきたプライスへ見せた。

 

 

「レミントンのRSASSか」

 

「リクエスト通り狙撃用スコープ以外にも接近戦向けのドットサイトも乗っけといてやったぜぃ」

 

「残金は国境の抜け道まで案内してからだ。本当にロシア軍の目が届かないルートを知っているんだろうな」

 

「ここいら一帯は俺様の庭みたいなもんよ。ロシア軍どころか現地の連中すら知らないような抜け道なんぞ腐るほど知ってる。

 ああ先に言っとくが、おたくらを裏切ってロシアの連中に売るつもりもないから安心しとけ。むしろ連中を引っ掻き回してくれるんならどんどんやってくれ。連中に居座られちゃ俺みたいな個人業者は商売上がったりなんだ」

 

「……これで現地のレジスタンスに配る分の武器は手に入った。侵攻したロシア軍が戦線を整える前に潜入するぞ。すぐに出発だ!」

 

「ちょちょちょちょ!?」

 

 

 これに泡を食ったのが1人店内にいた伊丹である。彼だけまだ完全に会計を終えていないし1等のレアフィギュアも受け取っていないのだ。

 

 

「もうちょっと待ってじいさん! 今景品を受け取るところだから!」

 

「戦場で人形遊びでもするつもりか? さっさと車に乗れ!」

 

 

 世界最強の特殊部隊を率いて特殊作戦の最前線で戦い続けてきた老兵の怒鳴り声は、さしもの伊丹も思わず震え上がる程の迫力に満ちていた。プライスの言っている事も正しいのも痛い。

 

 

「うぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぅ……」

 

 

 反論できずに兵士としての責務とオタクのコレクター心が鬩ぎ合う中、伊丹は唸り、悶えながら迷い、考えて考えて考えて悩んで悩んで悩んで――

 

 悩みに悩んだ挙句に彼が選んだ答えは、

 

 

「…………景品はいらないです。釣りはいいから、それじゃっ!」

 

「お客さまー!?」

 

 

 景品を受け取らぬまま商品袋だけ手にして涙の撤退を敢行。

 

 呼びかけてきた店員を振り返ったりはしなかった。振り返ってしまったらそれこそ未練に囚われそうだったから。

 

 これもそれも全て第3次世界大戦なんぞをおっぱじめたマカロフが悪いのだ。八つ当たり気味にそう責任転嫁しなければやっていられない。

 

 そのまま仲間が待つ車に飛び乗るやすぐさま車は出発する。新たに加わったマト商会のコンボイと共に目指すは国境地帯だ。

 

 

「とほほ、こんな機会滅多になかったのに……」

 

 

 とはいえ落ち込んでいても腹は減る。

 

 空腹感に導かれるままコンビニ袋を漁り、買ったばかりの塩むすびを取り出すと、整備が施された非武装地帯を既に抜けたのか砲撃の着弾痕で凹凸の激しい路面の揺れのせいでせっかく買った品物を落とさないよう気を付けつつ、ゆっくりと白く輝くおにぎりを一口。

 

 久々に味わう日本の味に再び涙が滲んだ。

 

 

「……美味いなぁ、日本の米って」

 

(あ、思い出した。日本でよく見てた神絵師のWEBコミックに出てくる女の子そっくりだったんだ)

 

 

 

 

 

 妙に塩気の効いたおにぎりを齧りながら、ぼんやりと考える伊丹であった……

 

 

 

 

 




特にオチもない上にコンビニDMZを読んでた人にしか分からないネタばっかりぶっこんで本当に申し訳ない(クソ博士感)

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