GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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エピローグ:Welcome Back,Mr Hero.

 

 

 

<11:01>

 集まった者達

 銀座駐屯地/地球側『門』周辺

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、目的を遂げたとなれば後はさっさと『門』から特地への帰還を残すのみだ。慰霊碑から営門までの距離はわずかなものだが、最後まで気を抜けない。

 

 慰霊碑に背を向け、伊丹らが来た道を引き返そうとする。再び何かを命ずるよりも早く人垣が割れ、勝手に営門までの道が開かれた。

 

 人垣の中から行く手を阻む邪魔者が一行の前へと飛び出してきたのは、道の半ばまで消化した頃合いであった。

 

 

「ちょちょ、ちょっと待ってぇー!!」

 

 

 甲高い声に華奢な体躯。

 

 飛び出してきた相手は胸元の膨らみは平均を遥かに上回る女性であったが、色香に惑わず伊丹は迷いなく銃口を突き付ける。後ろに控えていた富田もそれに同調した。

 

 女性は自分に銃口を向けられている事に気付くと「ひぃっ」と引き攣った声を漏らして凍りつく……どことなく見覚えのある顔立ちをしているが、伊丹は警戒を緩めない。

 

 それは彼の後方から栗林の素っ頓狂な声が上がるまでの事であった。

 

 

「あれ、菜々美? ここで何してるの?」

 

「ここで何してるのじゃないよお姉ちゃん! 凄く心配したんだからね!」

 

 

 飛び出してきた女性の正体は栗林菜々美――名前から分かる通り栗林の妹である。職業は新米ニュースキャスター。

 

 肉親との再会に銃を向けられた恐怖心はどこへやら、菜々美は姉の下へ駆け寄ると堰が切れたかの如く早口に捲し立てていく。

 

 

「夜中に箱根で大事件が起きたからって急に局に呼び出されて、そしたら今度はお姉ちゃんが捕まって殺されそうになってる動画が流れてるし! 途中で終わっちゃったから無事なのかどうかも分からなくて連絡も全然つかないし、お母さんなんか心配のあまり気絶しちゃったって近所の人から私の所に連絡が来たんだよ!?」

 

 

 防衛省に事情を訊ねようにも情報漏洩の警戒に加え、菜々美がマスコミ関係者という点も重なり反応は梨の礫であったという。

 

 仕方なく姉の所属先である特地へと唯一通じる『門』が存在する銀座駐屯地前まで押しかけたというのが、菜々美がここにいる事の顛末であった。

 

 その菜々美が出てきた辺りでは、彼女が所属する民放の取材スタッフが陣取って姉妹の再会シーンをバッチリと生放送で撮影中である。彼らは事件の当事者の親類が自局に努めていると知るや否や、他社に無いアドバンテージを生かすべく菜々美と行動を共にしていたのだ。

 

 連絡がつかなかったそもそもの原因は参考人招致後の逃亡劇の最中、携帯から足取りを追われるのを恐れた伊丹が栗林と富田個人の携帯を没収してしまった事にある。

 

 が、当の栗林自身その事をすっかり忘れた様子で自分に責任があると考え、バツが悪そうに後頭部を掻きながら謝罪する。

 

 

「ごっめーん、無事だって連絡するのすっかり忘れてた……」

 

「家族なのに忘れないでよぉお姉ちゃんの馬鹿ぁ!」

 

 

 菜々美に続いて今度は複数の人物が人垣の間から一行の前に現れた。やはり全員女性で、これまた栗林の知る顔ばかりであった。

 

 

「志乃! ああ良かったぁ~、心配したんだからもう!」

 

「亜里砂!? それに愛美に優衣、涼子まで!」

 

 

 彼女らは栗林の高校時代のクラスメイトであった。

 

 特地派遣が決まった際にも送迎会を開いてくれた気の良い友人達。彼女達もまた処刑中継に栗林が映っていたのを知り、心配のあまり銀座へ駆けつけてくれたのだ。

 

 

「みんな、来てくれたんだぁ」

 

 

 家族や友人がわざわざ銀座に押しかけてまで自分の安否を確かめに来てくれた事を知った栗林の瞳に、思わず涙が浮かぶ。

 

 菜々美や亜里砂らの目からも雫が零れ落ちていた。取り囲む群衆の中には感動の再会を目撃し、思わず貰い泣きしている者も少なくない。

 

 脚本や演出がほぼ介在しない本物の涙の再会に、生中継を見ていた全国の視聴者も涙を誘われた。

 

 そして銀座での決定的瞬間を全国に発信する中枢たるテレビ局のスタジオでは、今回の取材の担当プロデューサーが急上昇中する視聴率と電話・ネット問わずリアルタイムで送られてくる反響に別の意味で感涙していたとかいなかったとか……

 

 伊丹も家族や友人との感動の再会にもうしばらく浸らせてやりたいのは山々であったが、生憎事情が許してくれない。無為に時間をかければかけるほど敵対勢力が有利になってしまうのだから。

 

 特地組を挟んだ後方から、顔を隠したヒゲ面元大尉がゴーグルに隠れていても感るほどの眼光で『とっととそいつらを何とかしろ』と無言の催促を送ってきたのを敏感に感じ取った伊丹は、仕方なく涙を流して抱き合う栗林達へ声をかけた。

 

 

「あー栗林。悪いんだけど御家族や友人との再会はまた日を改めてって事で、今は任務に集中して欲しいんだけど……」

 

 

 上官の声に、目と鼻を赤く腫らした栗林が妹から離れる。

 

 

「わ、分かりました隊長。ゴメン菜々美、それに皆も、今は特地から来た人達を元の世界に送り届けないといけないから、また落ち着いたら連絡するね」

 

 

 ふと妹と友人達の背後へ視線を移すと、まっすぐ自分らへと向けられたテレビカメラの存在が目に入った。

 

 腕章や首から提げた身元証明から、撮影者らが菜々美の働く民放スタッフである事に気付いた栗林は妹へ向き直る。

 

 

「あのさ、あれって菜々美の所のテレビ局でしょ? もしかしてこれってテレビに流れてるの?」

 

「え? 多分そうだと思うけど」

 

 

 菜々美も自局の取材スタッフを見やるとカメラマンが「全国です」と口パクで告げた。

 

 涙の再会からこのやり取りまで一切合切全国波に流された事の意味を知ってか知らずか、栗林は目元と鼻を手で擦って咳払いを一つ。

 

 

「おほん。お母さん、見てる? 私のせいで倒れちゃったって菜々美から聞きましたけど、私は無事だから安心して下さい。

 すぐに行けるかは分からないけど、事態が落ち着いたらこっちから連絡します。出来たら家にも顔出すから、その時改めて何があったか説明するね」

 

 

 警戒を怠ってない事の表れか、右手は太腿のホルスター近くをキープしつつ、カメラ目線で栗林が左手を振る。その拍子に袖口から巻かれた包帯がチラチラと見え隠れした。

 

 けれど栗林の表情や態度には、過酷な体験からくるトラウマや痛々しさといった暗鬱な気配というものが感じられない。

 

 それもあってか包帯やガーゼに彩られながら元気良くカメラに手を振る彼女の姿は、激戦を経てボロボロになりながらも見事優勝して誇らしげなアスリートのように視聴者の目に映る形となった。

 

 列の殿から再度怒りの波動が漂ってきたので、伊丹は栗林に聞こえるようわざとらしく大きく咳払いをした。流石に栗林も上官の意図を悟る。

 

 

「隊長達を待たせちゃってるし、いい加減行かないと。皆、今日はわざわざ駆けつけてくれてありがとう。それじゃあまたね奈々美」

 

「う、うん分かった、お姉ちゃんも気をつけて……え、何ですカメラさん? 『特地の3人や伊丹二尉にもインタビューしろ』? いいやいや無理っていうか無茶ですよぉあんなに殺気立って武器だって持ってるのにぃ!」

 

 

 スタジオのプロデューサーからカメラマン経由で指示を下された奈々美が無茶振りに泣きを入れる。

 

 

「あのっ、一言お願いしますっ、ってああっいない!?」

 

 

 それでもキャスター根性からか、奈々美が意を決してマイクを手に振り返った頃には、伊丹達はそそくさと営門前まで離脱し、そのまま駐屯地内へ逃げ込んでいたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 人垣を挟んで営門内へと消えていく一団の背中を1人の外国人が苦々しく見つめていた。

 

 CIA日本支局の統括責任者であるグラハム・モーリスは営門が完全に閉じられるのを見送ると、舌打ちを1つ漏らして体の向きを転じる。その場から立ち去ろうとした彼の前に、コートを着た男性が行く手を塞ぐ恰好で現れた。

 

 駒門であった。彼の隣にはグラハムとは微妙に人種の違う外国人が控えている。2人の姿を認識するなり、グラハムは心底忌々し気に彼らを睨みつけた。

 

 

「よぉグラハム。お帰りかい?」

 

「そう言うそちらは何の用だ駒門」

 

「いやねぇ、大事なお客さんが第3次大戦の英雄様と一緒に『門』の向こうにお帰りになられるという事でお見送りに来たんだがね、そしたら知り合いを見つけたんでついでにご挨拶しようかと思っただけさ」

 

 

 ほぼ2日ぶっ続けで事態収拾の激務をこなすのみならず、来賓のエスコートから始まり防衛省から郊外の立川飛行場、そこから銀座にトンボ返りとせわしない移動によって積み重なった疲労をおくびに出さず、駒門はニヤリと爬虫類じみた笑みをグラハムへ送った。

 

 冷血動物を思わせはするが心底面白げな態度の駒門とは対照的に、グラハムの表情は一層不愛想に歪む。

 

 殴り掛かってやりたい衝動を抑え込んだグラハムは、陰気な日本人からその隣に立つ外国人へと視線を移した。

 

 

「何時から日本の情報機関は同盟国でもないロシアと仲良しになったんだ?」

 

「さぁてね。ま、英雄さまさまとだけ言っておくよ」

 

 

 丸っこい熊を思わせる髭面が特徴的なロシア人は無言の首肯によって駒門の発言に同意した。

 

 寡黙な彼の態度が気に入らないとばかりにグラハムは「チッ」とまた舌打ちすると、これ以上付き合う気はないとばかりにさっさと人混みの中に紛れてしまった。

 

 支部に戻り次第、今回の事態における本国からの叱責と弁明、アメリカ関与の隠蔽工作という激務が彼を待っている。

 

 

「あーれま、怒らせちまったかねぇ」

 

「この手の汚れ仕事じゃ友好関係にある国相手でも敵になるのはよくある話だが……アンタ相手には何時もああいう態度なのか、アメリカの人間は」

 

「今日はやっこさんにとっちゃ厄日のようだからねぇ。まぁそちらさんが気にするこたぁないさ」

 

 

 ロシア人の懐でバイブ音。携帯電話を耳に当てると、かけてきた相手と短く言葉を交わしてすぐに通信を切る。

 

 

「部下から報告だ。群衆に紛れていた中国側の工作員の確保に成功したそうだ。引き渡したいから場所を言ってくれ」

 

「手間を取らせて悪いねぇ、手に入れた情報は後できっちりそちらに流させてもらうよ」

 

「何、二ホンは我が祖国が汚名を返上する機会を与えてくれたんだ。これぐらいの手伝いは喜んでさせて頂くとも」

 

 

 ロシア対外情報庁日本支部責任者、ディミトリ・ペトリェンコは冷たい国のスパイとは思えぬ愛嬌のある笑顔で駒門へと手を差し出した。

 

 ゴツゴツと固いディミトリの手の感触から、彼が根っからのドロドロとした諜報の世界の住人ではなく、銃を手に鉄血の戦場を走り回る一介の兵士であった事は明白である。

 

 

「今度会う時はキンキンに冷えたストリチナヤ(ウォッカ)を飲み交わしながら友好を深めたいもんだな」

 

「ならこちらはとっておきの大吟醸を用意しておきますよ」

 

 

 そうして2人もまた別々の方向へと姿を消したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<11:05>

 伊丹耀司

 銀座駐屯地

 

 

 

 

 

 若干のトラブルはあったものの、ようやく伊丹達は『門』の下へと辿り着いた。

 

『門』を覆うコンクリート製のドーム内に入り、群集からの目が完全に届かなくなったのを確認した伊丹や富田は、ようやく肩の力を抜いて安堵と疲労の溜息を盛大に吐き出す。レレイらも似たようなものだ。

 

 プライス・ユーリ・ニコライの外国人3人は隠蔽用のマスクを取ると、しげしげと『門』を見上げている。歴戦の古強者でも異世界への入り口には興味を惹かれた様子だ。

 

 

「これが噂の『門』とやらか。ご大層な存在にしては地味なもんだ」

 

「だがな兄弟、これを使えば他国の、それも首都の中心部に数千の兵をまとめて送り込める事は実証済みだぞ」

 

「おまけに『門』の先には放射能や化学兵器に汚染されていない、資源も手付かずな文字通りの新天地が存在しているんだ。各国がこの『門』を血眼になって求める気持ち、俺もよく分かるよ」

 

 

 2人のロシア人の発言を聞いた老兵は「フンッ」と鼻を鳴らした。

 

 

「今の自衛隊がどういう方針かは知ったこっちゃない。だがな、仮に土地も資源も欲しい連中が『門』の向こうへ押しかけようもんなら末路は決まってる。インディアン狩りの再来だ」

 

「そういう事を自分の庭でされたくなかったから、日本も必死に余所の国からの干渉を抑えようと努力してたんだよ。結局はご破算になっちゃったけどね」

 

 

 肩を竦めて応じながら伊丹はプライスらを警衛所へ向かうよう促す。身体検査と各種データを記録・認証しなければ『門』の向こう側への通行が許可されない。女性の係官もレレイらの荷物のチェックに当たる。

 

 半壊した山海楼閣から掘り出された3人娘の購入品や帝国組の膨大な資料の山はともかく、ロゥリィの手荷物からボロボロかつ血まみれのゴスロリ神官服……の残骸が取り出された時はちょっとした騒ぎが起きてしまった。

 

 当の持ち主曰く洗濯して繕うのだとか。捨てて新しいのを買った方が良いのでは……と思う伊丹であった。

 

 

(そういえば亜神になった人間って遺伝子とかも変化するのかねぇ)

 

 

 脳裏に浮かぶは、モンスターパニックやSF映画で定番の遺伝子操作によって生み出されたクローンや生物兵器よろしく量産されるコピーロゥリィの軍勢。

 

 ……同じ顔の美少女に取り囲まれるのはそれはそれで楽しそうだが、人間離れした身体能力と再生力まで再現されたら一大事だ。太郎閣下と駒門に忠告しておくべきか迷う伊丹である。

 

 武装をしていた人間は各種戦闘装備を次々と警衛所へ預けていった。外人組が所持していたHK416と防弾チョッキは元々特戦群の備品なのでそのまま回収される。

 

 伊丹のM4カービンとグロック18、富田のSA58はそもそも伊丹が独自のルートで知り合いから調達した代物である。もちろん違法だ。

 

 が、

 

 

「あ、これ持ち込み許可証ね」

 

 

 伊丹がベストに幾つもぶら下がる各種ポーチの1つからくしゃくしゃになった書類を係官へと渡した。

 

 書類には、平たく言えば伊丹らが所持する武器を個人の私物(・・・・・)という扱いで持ち込みを許可する事を命じる内容が記載されている。自衛隊のお偉いさんと防衛大臣の署名付きだ。

 

 持ち込み許可書を見せられた係官は何か言いたげに伊丹が胸の前に吊り下げたアサルトライフルと手元の書類にしばし視線を行ったり来たりさせてから、やがて諦めた表情で「通ってよし」と告げた。

 

 

「よくそんな書類書いてもらえましたね」

 

「日本であれだけの騒ぎが起きちゃったし、万が一に備えて員数外の武器はあった方が良いって駒門さん達がね」

 

 

 この日以降、不定期に『伊丹の私物』という扱いで妙にゴツい耐火ケースに入った重量物が特地へと送られる光景が度々見られる事となる。

 

 

 

 

 

 男女別に送迎用の高機動車2台に分乗すると、伊丹達を乗せた車両は『門』の中へ突入する。

 

 イギリス&ロシア組は今回が『門』初体験とあって、程度に差はあれど興味ありげに『門』内部をしげしげとウィンドウ越しに眺めていた。

 

 

「……突入しても特に光に包まれたり空間がうねったりはしないのか」

 

「何を期待していたんだお前は。SFに浸りたければハリウッドにでも行く事だ」

 

「ハハハ、映画と現実はやはり違うらしい。残念だったなユーリ!」

 

 

 異世界を繋ぐ通路というよりかはあらゆる光が吸収されるブラックホールの中を通過している気分をプライス達が味わったのもほんの数分の事。

 

 特地側の『門』を護るドームを抜けた彼らをまず出迎えたのは、大気汚染著しい銀座の冬空よりも圧倒的に澄み渡った異世界の夕焼け空だ。

 

 ガラリと一変した景色と気候に、特地初体験である兵隊達の口から大なり小なり驚きの吐息が飛び出したのは当然の展開であった。

 

 とはいえ地球側の『門』周辺が銀座駐屯地として軍事施設化されていたのと同様、いや銀座以上の規模でもって特地側の『門』が存在するアルヌスの丘は六芒星型の完全な軍事基地に変貌している為、プライス達が本物の異世界へと足を踏み入れた事を真に自覚するにはもうしばらくの時間が必要となる。

 

 伊丹達を乗せた車両部隊は特地側ドームを抜けて停車。

 

 各自地球から持ち込んだ荷物を手に車から降りていく中、アスファルトを踏みしめた瞬間いきなり背後からおどろおどろしいトーンの声をかけられた伊丹は、思わずその場で飛び上がった。

 

 

「い~た~み~」

 

「うおっ!? な、何だ柳田さんか。驚かさないでくれよ、心臓に悪いだろ」

 

「『心臓に悪い』はこっちのセリフだぁ! 狭間陸将から大雑把にお前の立場は聞いてたつもりだがなぁ、ロシア大統領を救出して核戦争を阻止した上にあの(・・)マカロフを殺した張本人の1人だったなんざ、俺ぁこれっぽっちも聞いてねぇぞ!」

 

「いやまぁ説明してなかったし? それにほら、自衛隊員が極秘に海外派遣で実戦参加してたとか堂々と話す訳にもいかないでしょ?」

 

「……ったく、参考人招致だのお前さんの部下の処刑中継だのでやきもきした俺がバカみたいだ」

 

 

 いつもは整髪料まで使って完璧に整えられた髪をグシャグシャに掻き回し、肺の中の空気どころか魂までも吐き出さんばかりにそれはもう深々と溜息を発し終えた柳田は、やがて伊丹が予想だにしていなかった行動を実行に移した。

 

 すなわち称賛と諦観と憤懣入り混じった複雑な笑みに顔を歪めた上で姿勢を整え直し、伊丹に対して最敬礼したのである。

 

 

「伊丹、お前さんは俺からしてみればどうしようもない怠け者で何を考えてるかわかりゃしない問題児だが、それでもお前さんとその仲間が多大な犠牲を払いながら血反吐を這いずり回ったお陰で核戦争が阻止されたのも事実だ。

 同じ国の、いや立場関係なしに1人の軍人として、その功績に尊敬の意を表するよ」

 

「柳田さん……別に俺はそんな大層な」

 

「おいイタミ」

 

 

 柳田と伊丹のやり取りを傍らで見守っていたプライスが柳田の後方を見ろと顎で示す。いつの間にか他の自衛隊員らもドーム前へ集結し、扇状に展開しながら伊丹達を取り囲んでいた。

 

 やがて隊員らの間から特地派遣部隊の現場総司令官である狭間陸相が進み出、彼もまた伊丹達の下まで歩み寄ってくる。

 

 反射的に伊丹も姿勢を正して敬礼。振動に左肩が鈍く悲鳴を上げた。富田と栗林も上官に倣う。

 

 

「伊丹二尉、本国で何が起きたのかはこちらも把握している。イレギュラーだらけの任務だったが、何はともあれよくVIPと部下を無事連れ帰ってくれた」

 

「いえ、自分の力だけで成し遂げた訳ではありません。向こうの担当者や総理、そして何より頼りになる仲間が尽力してくれたお陰でここまでやり遂げる事が出来たんです」

 

 

 狭間の視線が伊丹の背後に陣取るプライスらへと向く。

 

 片や特殊部隊の元大尉、片や数千人規模の部隊を取りまとめる将官と、地位も立場も違うものの軍人としては年長の古強者同士通じ合うものがあったようで、互いの目を覗き込みながらプライスと狭間は短くも固い握手を交わし合った。

 

 

「特地方面派遣部隊を指揮する狭間と申します」

 

「ジョン・プライスだ。仲間共々世話になる」

 

「貴方がたの事も政府から既に連絡を受けております。第3次大戦を終わりに導いた本物の英雄の滞在を心から歓迎しますよ」

 

 

 握手を終えたかと思うとおもむろに狭間からドスの利いた号令が発せられた。

 

 

「気をーつけぃ!」

 

 

 半長靴の踵部分を一斉に打ち鳴らす音が響く。

 

 

「核戦争阻止に人知れず奔走し見事阻止たらしめたのみならず、特地重要人物ならびに我らの同胞たる部下を見捨てる事無く救出に尽力した伊丹二尉とその仲間達に、各員敬礼!」

 

 

 それはまるで国の最高権力者を出迎えたかの如き光景であった。

 

 実際には伝説的な武勇伝が世界中に公表されたとはいえ、伊丹の身分ははあくまで一介の自衛隊員に過ぎない。

 

 にもかかわらず上から数えた方が圧倒的に近い地位に位置する狭間のみならず、今や基地外で調査任務中の部隊を除くアルヌス駐屯地に所属する隊員らが揃いも揃って出迎えに集まり伊丹に―ついでに彼と同じ車に乗ってきた伊丹の戦友や部下、来賓らへ―教本のお手本の如き最敬礼を送っていた。

 

 そしてその中には伊丹直属の指揮下である第3偵察隊のメンバーも当然の如く加わっている。

 

 普段は伊丹とオタク談義に花を咲かせていた倉田や、おしとやかな見た目に似合わず事ある毎に毒舌を発していた医療担当の黒川ですら例外ではなく、伊丹を見つめるその目に尊敬と畏怖の念を強く宿していた。

 

 この光景に、特地組は楽し気に笑みを浮かべるロゥリィを除き、驚きの表情でポカンと固まってしまっている。

 

 伊丹にとっても、ここまで同業たる隊員らに注目された経験は『銀座事件』での功績を称えて表彰状と勲章を授与された時ぐらいである。

 

 しかし誇らしさよりも気恥ずかしさと同人誌即売会に参加出来なかったオタク的悔しさに身を焼かれたあの時とは違い、今この場において伊丹の胸中に広がったのは純粋に己がやり遂げた事への達成感。

 

 そして何より大きかったのは、今度こそ仲間を喪う事無く帰り着いた事への安堵の念だ。

 

『銀座事件』関係の褒章授与の際には終ぞ見せなかった誇らしさを漂わせて背筋を伸ばし直した伊丹は、改めて狭間と柳田、更にその後ろに控える数多の自衛官らへと答礼すると共に、声高らかに言い放つ。

 

 

「伊丹二尉、ただいま帰還いたしました! 出迎えありがとうな、皆!」

 

 

 次の瞬間、歓声と共に押し寄せた隊員らの濁流に伊丹の姿はあっという間に飲み込まれてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 伊丹の任務は終わりを迎えた。

 

 しかし異世界での戦いはまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『この世は素晴らしい。戦う価値がある』 ――ヘミングウェイ

 

 

 

 

 

 




唐突に別次元のCoDネタやら回収未定の伏線をぶっこみつつ、今度こそ完結です。
とりあえず番外編のネタは1つ浮かんでますが投下時期は未定、賞応募用の作品の書き溜めもしたいので本編の続編も書くかどうかは不明です。
なおクリボーの友人は原作外伝+から拝借。

戦闘シーンを長くし過ぎて呼んでる人が飽きてきてるなーってのが感想のペースから丸分かりだったので猛省しなくては……


ここまで読んで頂いた読者の皆様、ありがとうございました。

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