GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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1:Brand New Day/新たなる日々

 

 

 

 

 

 

<23日前/09:13>

 伊丹耀司 第3偵察隊・二等陸尉

 ファルマート大陸・アルヌスの丘/自衛隊駐屯地・診療施設

 

 

 

 

 

 

 

 

 何やかんやと大事件に遭いながらも命からがら『門』の向こう側に戻った伊丹は入院していた。

 

 それも当然であろう。一夜にして陸海空の戦場を制覇した伊丹の肉体は傷だらけであった。

 

 空港で墜落中のヘリから振り落とされ、空港施設のガラスを突き破った際に左肩の脱臼を伴う全身打撲を負ったのを筆頭に、空爆ならびに砲火を至近距離で浴びた事による大小様々な切創・銃創・爆圧による爆傷と負傷のオンパレード。

 

 ハッキリ言って、戦場で銃をぶっ放して走り回るどころかよく死なずに済んだなと驚愕する他ない内容である。だが怪我の深刻さそのものは命に別状はないし後遺症も残らない、その程度に収まっている。

 

 ともかく怪我人である事には違いない。おまけに今や伊丹は世界的な英雄として名が広まってしまった―『銀座事件』の時点で既にそうだったのだが、TF141時代の情報公開が行われた事で伝説的なレベルにまで昇華されてしまった―

 

 となっては、伊丹的には「まぁ昔はもっと酷い怪我したし」なんて感想であっても、周りの方がイヤでも気を使わざるを得ない。

 

 大島空港での戦闘後、『門』帰還前に飛行場の医療テントで一応診断と処置を受けはしたもののそれはあくまで応急処置レベル。詳細な検査と休養が必要と判断され、改めて入院と相成った伊丹である。

 

 伊丹からしてもこの入院は大歓迎であった。何せ合法的に仕事をサボ……げふんげふん、のんびりと自分の時間を確保できるのだから。

 

 そんな訳で、伊丹は入院直後の数日でさっさと報告書やら上層部からの事情聴取やら始末書やらの処理を済ませてしまった。

 

 その仕事ぶりは特地派遣直後から参考人招致までの伊丹の怠けっぷりを知る幹部自衛官が「最初からそれだけ働けよ!」と思わず叫んでしまうぐらいの速さであった。

 

 そして残りの入院期間の間、彼はずっと趣味に耽溺する日々を送っていたのである。

 

 銀座事件の際に入院した時と違って隊舎の自室から私物のノートPCやら大量の本やら(マンガ・ラノベ・同人誌が大半)を取ってきてもらえたので、退屈で死にそうになる事も無い。

 

 最近の伊丹の日課は海外(TF141)時代や特地側にネット回線が繋がるまでの間に放映されたアニメの一気見である。

 

 任務の都合で日数単位を基地の外で過ごす事も珍しくない伊丹にとって、今時の作品は見逃してもネットで視聴できるのが有難かった。文明万歳である。

 

 勿論、真っ当なオタクを自負する伊丹は公式チャンネルの有料放送を利用している。違法アップロードはダメ絶対。

 

 

「このシリーズも息長いよなぁ」

 

 

 朝食後、独りごちながら『パンツじゃないから恥ずかしくないもん!』がキャッチコピーな軍属の魔法少女らが活躍するアニメシリーズの最新シーズンを朝っぱらから視聴中の伊丹。

 

 数話分を消費したところでふと時計を確認。9時半を回ろうとしている

 

 

(そろそろ時間か。今日も来るのかな?)

 

 

 PCの電源を落とす。暗転した画面を畳むのと同時、病室の扉がノックされた。

 

 

「隊長、リハビリの時間ですよ」

 

 

 ひょっこりと顔を覗かせたのは栗林志乃であった。

 

 彼女もまた伊丹程酷くはないしバラエティに富んでもいないが、乗っていた装甲車が事故った上に短い時間ながら悪いロシア人連中の捕虜となり、裸同然の姿で手錠で拘束された事もあって検査入院していた身だ。

 

 だが精密検査でも特に異常は見られなかったので、本来なら既に退院済みの身でもある。

 

 伊丹は呆れ混じりの苦笑を滲ませた。

 

 

「栗林よぉ、別にお前さんがいちいち仕事抜け出して俺のリハビリに付き合う必要はないんだぞ?」

 

「いいじゃないですか隊長。私がそうしたいからそうしてるだけなんですし、桑原曹長からも許可は頂いてます!」

 

 

 特地に戻ってからずっとこんな調子である。オタク嫌いを公言して上下関係も知ったこっちゃないとばかりに伊丹に反抗的……

 

 とまではいかなくとも些かぞんざいだった栗林の態度が帰還後は一転、事ある毎に甲斐甲斐しく伊丹と触れ合う時間を確保するようになっていた。

 

 栗林は動物に例えるならば、小柄な背丈と反比例するかのように豊かな乳はまるで牛のようだが、それを除けばくりくりとした大きな目元や身軽な身のこなしといった点で猫を思わせる。

 

 だがこうして伊丹の所へやってくる今の栗林の姿は、どちらかといえば主に構って欲しがりな大型犬によく似ていた。伊丹は迷彩ズボンの上からでも分かるぐらい肉付きの良い彼女の尻に、パタパタと振れる尻尾の存在を幻視した。

 

 

「意外と似合うな」

 

「何か言いました?」

 

「いんやただの独り言」

 

「ちょっとぉクリバヤシぃ、また抜け駆けぇ?」

 

 

 続いてロゥリィも現れた。先にやって来ていた栗林の存在に唇を尖らせている。

 

 彼女も彼女でしょっちゅう伊丹の面会に訪れているが、最近は駐屯地の外の難民キャンプに各地から人が集まった結果街が生まれてしまい、自衛隊と現地住民の混成によって設立された警邏部隊に彼女も駆り出され、以前ほど頻繁に顔を出さなくなっていた。

 

 難民キャンプの街化によって仕事が増えたのはロゥリィだけではない。レレイも商売の臭いを嗅ぎつけた商人らとの折衝役として忙しい日々を送りつつある。

 

 テュカは……焦った様子で周辺を探し回っている姿が度々見受けられているという。具体的な理由はまだ伊丹の下まで届いていない。

 

 ロゥリィの更に後ろには黒川の姿もあった。彼女に関しては看護資格も持っている立派な医療関係者なので、むしろこの場に居るのは当然だった。伊丹のリハビリ指導を担当しているのも彼女なのだ。

 

 

「2人とも、ここは病人や怪我人が安静に過ごす為の場所です。隊長はともかく、他の入院患者の迷惑ですから騒がず静かに。いいですね?」

 

「「は~い」」

 

「ちょい待ちクロちゃんや。俺はともかくって酷くないか?」

 

「あら? 撃たれようが刺されようが爆発に巻き込まれようが車から落ちようがヘリから振り落とされようがピンピンしてらっしゃった伊丹隊長なら、女性の黄色い声程度痛痒すら感じないのではなくて? むしろ隊長的にはご褒美なのではと考える所存ですわ」

 

「黒川ぁ……心は硝子なんだぞ?」

 

「ガラスはガラスでも隊長の心は防弾ガラスでしょうに」

 

 

 さりげなくオタクネタを混じえながら愚痴りつつ、伊丹はオリーブドラブのTシャツに迷彩服のズボン姿という服装に、汗をかいた時用のタオルと水分補給用のスポーツドリンクを手に病室を出た。

 

 戦闘時に発生するであろう負傷者を百人単位で受け入れ可能なベッド数を誇る診療施設はしかし特地で大規模な戦闘や負傷者が発生していない為、現在開店休業状態だ。ほとんど人気が存在しない通路を進みリハビリ患者用のトレーニングルームへ向かう。

 

 

「あれ、珍しいな」

 

 

 トレーニングルームに到着するなり伊丹は呟いた。入院してからは伊丹しか利用していなかったこの部屋に先客がいたからである。

 

 結構な年頃の特地側の男性だ。何らかの災害か戦闘に巻き込まれたのか、左腕と左足が義肢となっている以外にも左目に眼帯を装着している。

 

 

「あれっ、先客みたいですね。新しく入院してきたんでしょうか?」

 

 

 男性は入室してきた伊丹らを一瞥したが、一つ「フン」と鼻を鳴らすとすぐに顔の向きを元に戻してしまう。

 

 ……と思ったら、物凄い勢いでもう1度伊丹達の方に、正確にはロゥリィへと無事な右目を顔ごと向けた。

 

 まじまじと何時ものゴスロリフリフリ神官服姿なロゥリィを見つめた後、今度は油の切れたからくり人形じみた動きでまた視線を外し、男性はリハビリに戻ってしまった。

 

 

「何だったんでしょうね今の」

 

「あー、多分あの人ロゥリィに驚いたんだと思うよ。ほら彼女、こっち(特地)じゃあ有名な神様なわけだし」

 

「そういえばそうでしたね。私達はもう慣れちゃいましたけど、イタリカでも領主の屋敷のメイドさん達に拝まれてましたし、難民キャンプにやって来た新しい住民の人達もロゥリィを見かけると祈りを捧げたり洗礼をお願いする人とか結構見かけますよ」

 

「へぇ~。俺も1度お目にかかりたいなぁそれ」

 

「何ならイタミにもこの場で主神エムロイの洗礼を施してあげてもいいわよぉ?」

 

「それは遠慮しとくよ。うちの家系は代々仏教徒だから」

 

 

 ぐだぐだ駄弁りつつ伊丹も本格的な運動前の準備体操を始める。

 

 

「少し前に第4偵察隊が保護した方だそうですわ。何でもご自分の名前以外は出身地やご家族の連絡先といった自身の事を話そうとせず、ここの医官らも扱いに困っているそうです」

 

 

 医療関係者繋がりで噂を入手していた黒川が伊丹や栗林に耳打ち。

 

 

「へぇ。で、何て名前なのあのお方」

 

「デュランという名前だそうです」

 

「あらぁ? へぇ、そうなのぉ」

 

 

 同じく黒川の発言を耳にした突然ロゥリィが反応を見せた。ヤケに愉快気に唇の端を釣り上げている。

 

 

「何、ロゥリィ知ってるのあの人」

 

「んー、ひ・み・つ♪ 本人が教えたがってないのであれば私がわざわざ教える訳にもいかないしぃ」

 

「「「???」」」

 

 

 はぐらかすゴスロリ亜神に、疑問符を浮かべる自衛官らであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<同時刻>

 ピニャ・コ・ラーダ

 帝都・皇宮

 

 

 

 

 

 

 帝都が滅ぶ夢を見た。

 

 眩い閃光が街並みを、帝国臣民を、皇宮を、そしてピニャを焼き尽くしながら呑み込んでいき――

 

 

「――ハッ……ッ!?」

 

 

 閃光の正体は帝都を滅ぼす神の炎ではなく、瞼越しに突き刺さる陽光であった。

 

 どうやら執務室で書類仕事中に寝落ちし、そのまま夜を明かしてしまったところを書記のハミルトン・ウノ・ローが鎧戸を開け放った事で室内に朝日が差し込み、それが引き金になって悪夢を見てしまったようだ。

 

 

「姫殿下、その、大変お顔が優れませんが、ご気分は大丈夫でいらっしゃいますか?」

 

「今の妾はそんなに酷い顔をしているか」

 

「姫殿下には大変失礼ですが……まるで道化師の化粧のように目の周りに凄い隈が。それにお体もインクで汚れてしまっております。食事の前に、沐浴をなさった方が宜しいかと」

 

 

 部下のアドバイスに従い浴場へ。

 

 そして浴場に設置された姿見でもって今の己の容貌を目の当たりにするや、ピニャはあまりの酷さに思わず失笑してしまった。

 

 顔色は死人のように蒼褪め、少なからず自信があった美貌は死病にかかったかの如くこけつつあった。目の周りの隈に至っては一見すると髑髏のように落ち窪んでしまっているかのように陰影を生み出している。眼球の充血ぶりも凄まじかった。

 

 悪夢を見るようになってからずっとこうだ。

 

 悪夢を見始めたのきっかけは他でもない、『門』の向こうに存在する異世界で起きた戦争の凄惨な歴史と詳細な内容を学んだからである。

 

 ある時は自衛隊の圧倒的な暴力に帝都が蹂躙される夢を見た。

 

 ある時は毒の煙によって帝都に存在するあらゆる生命が苦悶と共に死に絶えていく夢を見た。

 

 あるいは今朝のように、『門』の向こうでは『カク』と呼ばれる神の炎によって帝都が消滅する夢を見た。

 

 ピニャは日本で知ってしまった。地球には自衛隊が持つ銃やヘリ、戦車以上に強力な核・化学・生物兵器が存在し、それ一つで万の兵隊や一国の大都市をいとも容易く滅ぼせる事が可能なのだと。

 

 だがピニャは知らない。主に世論と法律と国際条約を理由に、自衛隊には核も化学兵器も配備されていないという現実を(なお作れないとは言っていない)。

 

 ピニャにとっての不運は中途半端に地球の技術と軍事力、戦争の歴史を知ってしまった事だった。

 

 すなわちこうだ。帝国が現在戦争中の日本という国は『門』の向こうの世界でもトップクラスの国力と軍事力を持つ大国である。

 

 日本側の世界ではつい最近、日本と同クラスの大国間で大規模な戦争が勃発し、その戦争で使われた核や化学兵器によって幾つもの都市が壊滅する事となった。100万もの帝国臣民が住まう帝都と同等、もしくはそれ以上の規模の大都市が何ヶ所も。

 

 そしてピニャはこう考えた。日本と同クラスの国々の軍隊が核・化学兵器を所有しているとなれば、日本もまた同じ兵器を所有していてもおかしくないのではないか?

 

 いや必ず所有しているに決まっている。10万の連合諸王国軍を容易く迎撃する武力、皇宮なぞ児戯に等しい規模の摩天楼を造り上げる国力、何より伊丹のように極めて優秀な戦士に率いられた国が、かのような強力な切り札を持てない筈がない。

 

 総勢10万の連合諸王国軍? 3万の軍を消滅させ、数十万の住民の命を奪える兵器相手に勝てるものか!

 

 

「妾は日本との戦争を一刻も早く止めなければならない。さもなくば帝国は……」

 

 

 現在のピニャを動かしている原動力は既知に対する恐怖心であった。

 

 故に彼女は帝国第三皇女の立場を総動員して日本と帝国の和平交渉を結ぶべく奔走しているのであった。

 

 今日はこれから元老院のキケロ卿、午後にはデュシー侯爵家に出向いて会談の予定が既に入っている。日本から派遣されてきた特使である菅原浩治を紹介し、元老院議員や有力貴族らに日本との早期講和協力を取り付ける為だ。

 

 もしこのまま戦争が本格化し、自衛隊が本気になってしまったら、帝国は間違いなく――

 

 

「い、いかんいかんぞ! 悪い方向にばかり考えてしまってはそれこそ失敗の元だ!」

 

 

 両の手で己の頬を叩いて不吉な考えを吹き飛ばす。

 

 沐浴を終わらせ、心持ち化粧を厚めにして目の周りと頬のこけを誤魔化すと、ピニャは朝食を取りに向かうのであった。

 

 尤も化粧に関しては食卓を共にした菅原に見抜かれてしまい、日本に良い胃薬と栄養剤と睡眠導入剤(といっても処方箋が必要な強いタイプではなく、市販レベルの軽めの薬を指したつもりだった)がありますよと彼から心配されてしまう結果となってしまうのだが。

 

 とにもかくにも少しでも早く日本との講和を結ぶべく、ピニャは神経をすり減らしながら奔走する日々を送っていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<10:45>

 伊丹耀司

 

 

 

 

 リハビリは順調。左肩の具合も経過は良好だ。

 

 担当の医官からもあと数日で退院し原隊復帰しても大丈夫とお墨付きを頂いた伊丹であるが、言われた本人はガックリ肩を落として心底嫌そうな雰囲気である。

 

 

「ああ、またアニメもマンガもない外を走り回りながら書類仕事に追われる日々か」

 

 

 トレーニングルーム内に設けられた休憩用のベンチに腰掛けた伊丹は愚痴った。

 

 現在彼の周囲には意気軒高にリハビリをこなす義手義足眼帯姿の老人と担当の看護師しかいない。黒川は医官に用があるとこの場を離れており、栗林も司令本部に呼び出された。

 

 ロゥリィはお花摘み……要はトイレである。亜神でも肉体を持つ以上は腹が減るし血も流す。そして出すものも出したくなる欲求に襲われるのも人間とそう変わらないらしい。

 

 そんな訳で女性陣から解放されて気が抜けた伊丹が独りぼんやりとベンチに腰掛けて休憩を取っていると、老人の方も休憩に入った。看護師が飲み物を取りに一旦部屋を出て行く。

 

 すると老人はまっすぐ伊丹の方へと近づいてきた。そのままベンチは他にも設置されているにもかかわらず、わざわざ伊丹の隣へと腰を下ろす。

 

 必然的に伊丹と老人は互いの詳細な容貌を間近で観察する格好になった。

 

 伊丹は老人が、実際にはもう少し若い……そう四十路か五十路か、それぐらいの年齢である事に気付いた。酸いも甘いも噛み分けてきたであろう老成した雰囲気と顔に刻まれた皴が老人、いや男性を実年齢より年上に誤認させていたのだ。

 

 顔の皴に半ば埋もれているが、右頬を縦に大きな傷跡が走っている。

 

 右頬以外にも額や首筋、まだ生身の右腕にも傷跡が刻まれていた。戦場で傷の類は腐る程見てきた(同時に自分自身も散々傷だらけになった)伊丹は、右頬以外の男性の傷跡が真新しいものである事を見抜いた。

 

 

「ほう、どうやらお主は他の二ホン人とは違うようじゃな」

 

 

 隻眼の男性から伊丹に話しかけてきた。

 

 

「違うって、俺のどこが他と何が違うっていうんです?」

 

「気配、立ち振る舞い……いや、最も違うのは匂い、じゃな」

 

「これでも一応毎日シャワー浴びてしっかり体も洗ってるんですけどねぇ」

 

「フン、腑抜けた道化を気取っていても儂の目は誤魔化されんぞ。大体だな、その腕にある傷の数々、それを見ただけでどれほどの修羅場を潜り抜けてきたのか丸分かりじゃわい」

 

 

 半袖のTシャツから覗く伊丹の両腕には、海外時代に受けた砲弾の破片や掠めた銃弾による細かな傷跡がいくつも存在した。

 

 当時はまともな医療施設で傷が残らないよう丁寧に処置してもらう、なんて贅沢が許されなかった為、化膿しない最低限の応急処置に留めた結果、このように目立つ傷跡だらけになってしまったのだった。

 

 

「この治療所の規模や設備とよい、このような手足を失った時に装着する細工とよい、二ホンの技術は確かに素晴らしいが肝心の兵らに関してはいささか拍子抜けしておったところでな」

 

「はぁそうですか」

 

「まぁこの場所が怪我人や病人の世話をする為の施設というのもあるのだろうが、ここで過ごすようになってから時折見かける二ホンの兵はどいつもこいつも覇気が足りんわい。

 このような者達にかの帝国軍や連合諸王国軍が完膚なきまでに撃退されたのかと腑に落ちなかったが、お主のような兵も混じっていたともなればまだ納得がいくというものじゃ」

 

「いやぁ買い被り過ぎじゃないですかねぇ」

 

「50、いや100でもきくまい。どれだけ綺麗にしたつもりでも、その手にかけた者達の血の臭いは決して消え去らん」

 

「…………」

 

 

 流石に伊丹は閉口してしまった。時々大人げなくなる性格の伊丹としては言われっぱなしも癪なので、今度はこっちから言い返してやる事にした。

 

 

「そういう爺さんも只者じゃあないでしょ?」

 

「フン、今の儂は只の哀れな片輪者の老いぼれよ」

 

「その右頬の傷、剣で切り付けられたのかな? そっちは昔の古傷なんだろうけど額とかの傷はまだ新しいね。怪我の負い方にも何となく見覚えがある。手足を吹き飛ばされたのは爆弾か砲撃が至近距離で起きたから。心当たりあるんじゃないかな?」

 

 

 今度は老人の方が黙って伊丹の言葉を聞く番だ。少し黙考してから伊丹は続ける。

 

 

「でもって喋り方も普通の人より偉そうだし、結構ガタイが良いし筋肉もしっかりついてるから、普段から現場でハードに動きながら他の人達に命令を下してた、と考えられる。

 それも小部隊の指揮官とかそういうレベルじゃない。爺さんの態度はもっと上の大部隊を指揮する立場のそれだ」

 

 

 どうもこっちじゃお偉いさんが前線に立って直接指揮を執るのが当たり前みたいだし、と呟く。

 

 

「……」

 

「で、最近この辺りで起きた戦闘の中でも特にそんなクラスの指揮官が出張るような大規模なものはごく限られる。帝国軍による『門』の向こう側への侵攻、このアルヌスで起きた自衛隊特地派遣部隊と連合諸王国軍の戦闘、そしてイタリカでの戦闘の3つだ」

 

 

 隻眼の老人が負った傷が帝国軍による日本侵攻、すなわち『銀座事件』における自衛隊の反撃によるものであるとはタイミング的に考えにくい。

 

 イタリカでの戦闘は、そもそもあの戦闘の原因である野盗集団は連合諸王国軍の残党、それも爵位や領地を持たない下っ端の敗残兵らが引き起こしたものであり、この世界の高級士官とも呼ぶべき位置づけである正式な地位を持つ騎士や当主は誰一人野盗側に加わっていなかった。それは野盗側の捕虜を尋問して裏付けも取れている。

 

 残る可能性は――

 

 

 

 

「なあ爺さん。アンタもしかして連合諸王国軍の、それも連合軍全体の頭かそれに近い地位の人間だったんじゃないか?」

 

 

 

 

 

 連合諸王国軍はエルベ藩王国、アルグナ王国、リィグゥ公国といったファルマート大陸上の国々から招集された兵らの集合体であるという情報は自衛隊も当の昔に入手していた。

 

 そして各国の軍隊を率いていたのは直々に出陣してきたそれぞれの国の王らである事も。

 

 伊丹はデュランというこの老人が自衛隊によってこのアルヌスで撃退……否、殲滅された連合諸王国軍の司令官であった国王らの中の1人ではないか。そう推理したのだ。

 

 

(なによりこの爺さん、何となーくあのシェパードに似てるんだよなぁ。お偉いさんなのに戦場で怒鳴り散らしながら自分も戦闘に参加してそうな雰囲気とか特に)

 

 

 第75レンジャー連隊を指揮する将官であると同時にタスクフォース141の総司令官でもあった現役の米軍中将。

 

 そして私怨の為にタスクフォース141そのものを壊滅へと追い込んだ最悪の裏切者。

 

 悪しき前例を知る伊丹はデュランが武人であると同時に、政治的な技巧にも長けた老獪な寝業師である事を本能的に感じ取っていたのである。

 

 

「ならばどうする。二ホンの戦士よ」

 

 

 こう返した事自体、伊丹の推理が正しいと認めたも当然だった。

 

 真正面から鋭い眼光で伊丹を見据えるデュランに、伊丹が見せた反応は肩を竦めるだけだった。

 

 

今は(・・)別にどうするつもりはないですよ。我々に取り入ったり利用するつもりだったなら、もっと早い段階で自分の正体を明かしてたでしょうから。もうしばらくはゆっくり入院患者として英気を養う事をお勧めします」

 

 

 デュランの正体は幕僚連中も未だ把握していないに違いない。でなければ大陸の権力者を見張りもつけず放置などしておくものか。

 

 ただロゥリィ辺りはデュランの名前を聞いた時の反応から既に正体に気付いていそうである。

 

 遠方の相手との連絡手段が狼煙や伝令ぐらいしか存在しないファルマート大陸で、自衛隊の本拠地のど真ん中で孤立し、おまけに片手片足を失っているデュランが自衛隊員らに知られる事無く仲間と接触を図る事もまず不可能だ。

 

 何も出来ないと分かっているからこそ、敢えて伊丹は放置する旨をわざわざデュランに告げてやったのである。

 

 それでもデュランが面倒を起こしそうなら、その時はさっさと柳田辺りにデュランの正体を教えてやればいい。

 

 デュランもまた今の己の無力具合を痛いほど理解していた。不愉快そうに鼻を鳴らして伊丹を睨む。

 

 

「まったく、兵士らしくない気の抜けた者もいれば、貴様のような油断ならない戦士もいる。どっちが二ホン人なんじゃ」

 

「人間なんてそんなもんですよ。同じ環境で育っても善人に育つヤツもいれば悪事を働くようになるヤツもいる。個性ってのは千差万別、それが人間って生き物なんです」

 

 

 

 

 真面目腐った顔で偉そうに語る伊丹であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人間とは噂の奴隷であり、しかもそれを自分で望ましいと思う色をつけた形で信じてしまう』 ――カエサル

 

 

 

 

 


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