GATE:Modern Warfare   作:ゼミル
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6:Trespass/真夜中のアウトロー

 

 

 

<17日前/23:03>

 伊丹耀司 第3偵察隊・二等陸尉

 帝都・悪所街

 

 

 

 

 

 人間の平均歩行速度が毎時約5キロ。

 

 男子100メートル走における最速を叩き出した世界王者の平均速度が時速37キロ前後。

 

 そして陸上自衛隊が運用する高機動車の最高速度が時速125キロ。

 

 つまり何が言いたいかというと、暗く入り組んだ悪所街から這う這うのていで逃げ出そうとしているベッサーラを追い抜いて彼の屋敷へ先回りする事は、高機動車に乗り込んだ伊丹達には容易であったという事である。

 

 ベッサーラの屋敷は悪所街に程近い山間に在った。

 

 スラムのごく近くに位置しているにも関わらず、広く小奇麗な敷地の中心にそびえる大きな屋敷の存在は、土地の主が持つ立場と権力が如何ほどの物であるかを雄弁に語っていた。

 

 それも今夜までの話である。

 

 帝都の住民が気付かない程の(仮に気付かれたとしてもあまりに高過ぎて竜騎士隊には到達不可能)高高度から空自のF-4EJが撮影した航空写真を基に作成した地図に、タレコミ屋からの情報が加わった事で自衛隊側もベッサーラの屋敷を特定していた。

 

 

「世界が違っても、この手のお山の大将の(ねぐら)は大して変わらないもんだねぇ」

 

 

 ライトを切り、エンジンも完全に停止させて周囲の木陰の中に停めた高機動車の車内よりベッサーラの屋敷を眺めていた伊丹はつい呟いた。

 

 すると伊丹の独り言を聞きつけた剣崎(セイバー)がそれに反応した。暗闇も同然の車内では見えないが、彼の頬には箱根にて至近距離で受けた迫撃砲の破片が掠めた傷跡が刻まれている。

 

 

「そういうお前さんは、この手のゴロツキの親玉が暮らす屋敷とやらを見た事があるのかよ」

 

「ソマリアのボサソって所でね。建物そのものはイイ雰囲気のデザインで映画の舞台にも使えそうな所だったんだけど、そこの住人は最悪だったよ」

 

「何だ、マナーが酷かったのか?」

 

「お客の俺達に向かってRPG(対戦車ロケット弾)と機銃の雨あられで御出迎えさ。そういうこっちもヘリからの空爆で派手にノックしながらの訪問だった訳だけど」

 

「今度暇があったら俺らにも海外で活動してた時の話を聞かせてくれよ。箱根じゃこっちも大変だったんだ。話のネタの1つでも提供して貰わなきゃ割に合わないぜ」

 

「またゆっくり話せる機会が回ってきたらその内ね」

 

 

 直後、無線に入電。

 

 

『こちらアーチャー・ベッサーラが敷地内へ戻ってきたのを確認した』

 

「了解アーチャー。別働隊は手筈通り裏口を確保後バーサーカーが裏口を保持、アサシンとライダーはそのまま屋敷内を掃討。アーチャーは周辺警戒を頼む」

 

 

 次々と『了解』という回答が返される。

 

 

「時間との勝負だ。内部の見取り図までは把握出来てないから隠し通路から逃げ出す可能性もある。静かに素早く済ませるぞ」

 

 

 屋内を中心とした近距離での戦闘になるのは分かっていたので伊丹は武装を変更していた。H&K・MP5、設計自体はもう半世紀前だが精度の高さから未だに特殊部隊などで人気のサブマシンガン。

 

 今時らしくドットサイトとフォアグリップを取り付けたのに加え、サイレンサーを銃口に捻じ込んだ隠密戦仕様の代物を手に伊丹は高機動車を降りる。

 

 剣崎も普段はHK416がメインだが、今回は伊丹同様近距離戦向けのMP7を持ち出していた。伊丹のMP5よりも更に小型だが、貫通力の高い弾薬を使用し火力に優れた銃だ。こちらもサイレンサー付き。

 

 

「こちらアベンジャー、セイバーと共に正門へ向かう」

 

『了解アベンジャー』

 

 

 屋敷は高い城壁に囲まれ、随所で篝火も焚かれていた。

 

 それでも周辺を十分に照らすにはあまりに光量が足りない。林の中に潜む伊丹と剣崎は、篝火に浮かび上がる見張りの顔が判別出来るほどの距離まで容易に近づく事が出来た。

 

 正門を守る2人の見張りはお互い相方の顔に視線を向けて会話に興じており、油断し切っているのは明らかだ。彼らの声は林の中まで聞こえてくる。

 

 

『さっきの親分は一体何をあんなに慌ててたんだ?』

 

『ジエイタイとかいう奴らを叩き潰すとか言って連れてった連中は誰も戻ってこないし、何が起きたってんだ』

 

 

 門番は肝心な事を知らされていないようだ。しかも肝心の門は中途半端に開いたままと来ている。

 

 事務所を襲撃しに出向いた仲間の末路を知っていたら、こうも悠長にしていられまい。

 

 屋敷周辺の大部分を視認可能なポジションのアーチャーからの報告曰く、敷地内に確認可能なベッサーラ側の戦力はかなり小規模との事。

 

 子分の殆どを動員して襲撃に費やし、そして失ってしまったせいで、今やベッサーラの守りが裸も同然なのは明らかだった。正門周辺の守りらしい守りも2人の門番のみで、城壁上には1人も見当たらないのだから。

 

 武装面ですら散々自衛隊に叩かれた帝国軍や野盗集団に劣る始末。

 

 残っている戦力の練度も、門番のだらしなさを見ればお察しである。屋敷内の頭数までは確認出来ていないので油断は禁物だが。

 

 

「セイバー、左をやれ」

 

 

 短く告げ、伊丹はMP5の照準を右側に立つ門番の頭部へポイント。

 

 

「3、2、1、撃て」

 

 

 押し殺された2種類の銃声、次いで糸が切れたように2人の門番が崩れ落ちる音が重なった。

 

 門番を排除し終えた伊丹と剣崎は互いの死角をカバーし合いながら、重たく揺れる背嚢と共に門を潜って敷地内への進入を果たす。

 

 

「ところでその荷物は一体何に使うつもりなんだ?」

 

「英国紳士流のOHANASHIに使うのさ」

 

 

 微妙にニュアンスのおかしい言い回しに内心首を捻る剣崎だが、一旦棚上げしてクリアリングに専念する。

 

 

『アベンジャー、そちらの位置がこちらの死角に入った。気を付けろよ』

 

「了解アーチャー」

 

「一応確認しておくが目標のベッサーラとやらの居場所は分かってるんだろうな?」

 

「一番上の階の一番奥の部屋。この手の悪党が自分だけの空間を作る時は大体そこって相場が決まってるものなのさ。で、いざって時の為に持ち出す貴重品なんかも大体そこに隠してたりするわけだ」

 

「それはお前が大好きな漫画やアニメの話だろ」

 

「割と経験則でもあるんだけどねぇ――っ」

 

 

 身振りで停止を指示。屋敷入り口の扉の隙間にて人影がチラついている。

 

 ランプの光を受けて床にボンヤリと影法師が伸びる。影は1つ、気配も1つ。

 

 扉のすぐ向こう側にいるゴロツキは扉に背を向け。1人で見回りをやらされている事への愚痴を延々と漏らしていた。伊丹達の存在に気付いた気配はない。

 

 剣崎に目配せ。スリングを使ってMP5を提げる事で両手を自由にする。ドアを示して手前に引くジェスチャーをした伊丹の手がナイフへと伸びた。

 

 扉に手をかけた剣崎が慎重に扉を動かす。蝶番が悲鳴を上げないようゆっくりとゆっくりと隙間を広げていき、数秒という長いようで短い時間をかけて伊丹が通れるだけの隙間を広げる事に成功する。

 

 扉の前の見張りは粗末な服に大振りのナイフを腰にぶら下げていた。扉を通過した伊丹は素早く目線だけを動かし、周囲に見張り以外の敵がいない事を確認し、それから行動に移る。

 

 見張りの背後に距離を詰めるや、踏みつけるような関節蹴り。膝の裏側への重い衝撃に見張りの体がガクンと真下に落ちた。

 

 悲鳴を上げられる前に左手で男の口を塞ぎつつ、上に引っ張り上げる事で無理矢理胸を反らせる。

 

 こうする事で刺しやすくなった胸部に、伊丹はスルリと右手に握っていたナイフの切っ先を滑り込ませた。

 

 肋骨の間をすり抜けるよう横に寝かせて刺し込んだ鋼鉄の刃が容易く見張りの心臓を両断する。

 

 余計な音一つ立てない、見本のような無音暗殺術であった。

 

 

『こちらアサシン。裏口内で3名排除。各部屋のクリアリングに移る』

 

 

 別動隊も順調にキルスコアを増やしつつあった。

 

 周囲から死角になりそうな柱の陰に死体を隠すと捜索に移る。外観もそうだが、屋敷の中身もスラムとは思えぬ金のかかった内装が施されている。

 

 帰ってきたばかりの館の主の痕跡はすぐに見つかった。

 

 

「階段に真新しい足跡。お前さんの言った通り、ここの主はまず上の部屋に逃げ込んだみたいだな」

 

「言ったでしょ経験則だって」

 

 

 泥やら血やら汚物やら、何が散らばっているか分かったものではない悪所の汚れがこびりついた足跡が上へと続いている。痕跡を追って階段を上る2人の侵入者。

 

 最上階に到達したところで男の怒声が廊下の奥から聞こえてきた。ここから逃げるんだ。化け物が仕返しに来る!

 

 

「俺達が化け物だってさ」

 

「心外だな、化け物なんてせいぜい核戦争を止めた誰かさんぐらいだってのに」

 

「セイバー、お前ねぇ……」

 

 

 ヒソヒソ声で漫才じみたやり取りを交わす伊丹と剣崎。しかしその眼光は鋭く細まり、周囲の様子を瞬間的かつ隅々まで把握すべくフル稼働している。

 

 廊下の奥には両開きの扉があり、部屋の前を数人の護衛が固めていた。角から通路をそっと覗き込んだ伊丹は護衛の背後、開け放たれたままの扉の向こうに一際ガタイの良い疵面で凶悪な人相をした男の存在を視認した。

 

 激しく取り乱して錯乱しているが報告に遭った特徴と一致する。奴がベッサーラ(目標)だ。

 

 

「ターゲットを確認。アサシン、そちらの状況はどうだ」

 

『アベンジャー、こちらは更に2名排除、加えて非武装の使用人の小集団を発見し現在拘束中。尋問の結果今この屋敷に残っているベッサーラの私兵は10名前後との情報を入手』

 

 

 部屋の前を守る護衛を含めると丁度勘定が合う計算だ。

 

 一瞬だけ思案を巡らせると伊丹は別動隊へ指示を送った

 

 

「アサシン、すまないが1発だけでいいからサイレンサーを外して銃声を鳴らしてくれ。そちらに併せて突入して護衛を排除、ターゲットを確保する」

 

『了解。5秒後だ』

 

 

 準備の猶予は5秒。伊丹は腰のベルトに取りつけたグレネード用ホルスターから閃光手榴弾を片手で抜くと、安全レバーは外れないよう押さえながらピンを抜く。

 

 きっかり5秒後、階下で乾いた銃声が鳴った。伊丹達は最早慣れてしまったが、建物中に響き渡る程の破裂音は銃を知らない護衛や銃の威力をまざまざと見せつけられたベッサーラ達に混乱を生じさせるには十分であった。

 

 伊丹は銃声に合わせて腕だけ曲がり角へと突き出すと、廊下の奥へ閃光手榴弾を投じた。刹那、解放された安全レバーが鉄の筒から弾け飛ぶ。

 

 起爆までの時間が短縮された信管が作動。

 

 異世界の常識では想像出来ないほどの轟音と閃光がベッサーラ邸の廊下を照らし、館そのものを震わせた。

 

 突然の発砲音にただでさえ浮き足立っていた護衛達は閃光手榴弾の影響をモロに被った。

 

 全員顔を抑え半ば気絶したような有様で廊下に倒れ、おぼろげに呻き苦しんでいる。

 

 彼らとは対照的にしっかり耳を塞ぎ、顔を背け炸裂に備えていた伊丹と剣崎は廊下に躍り出ると、悶える護衛達の頭部へ丁寧に銃弾を御見舞いして回ってからベッサーラのいる室内へと突入を遂げた。

 

 そこは寝室であった。天幕付きの豪勢なベッドで横たわっていた全裸の女性が、突入してきた伊丹と剣崎を見て悲鳴を上げた。

 

 

「俺の目が! 耳が! 一体何が起こったんだ!?」

 

 

 扉が開いたままだったせいで彼も閃光を直視してしまったらしい。ベッサーラもまた目を押さえて転げ回っていた。

 

 

「アベンジャー、目標を確保」

 

 

 仲間に無線で告げるや、伊丹は未だ悶えるベッサーラの下へ近付くや鳩尾へブーツの爪先を叩き込む。

 

 もんどりうって仰向けになったベッサーラの喉元を続けて靴底で踏みつけると、発砲による燃焼ガスでで熱を帯びたMP5の銃口を彼の口へと捻じ込んだ伊丹は、

 

 

「それじゃあ、少しお話しようか」

 

 

 口元は笑みの形を取っているが目元は絶対零度の眼光という、全く笑顔に見えない微笑みと共にベッサーラへとそう言い放ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<数分前>

 ある女

 ベッサーラ邸

 

 

 

 

 

 彼女の人生は不運と苦難に彩られてきた。

 

 生まれた部族は国ごと帝国によって滅ぼされ、少数の同族と命からがら滅びから生き延びてからも、彼女達を待っていたのは飢えと貧しさに付き纏われながらの逃避行だった。

 

 生きる為なら何でもした。部族伝統の装飾品や防具を売り(武器だけは護身用に手元に残した)、僅かな食料を分けてもらうだけに体を売り、盗みも働いた。

 

 罪も無い旅人から命ごと身包みを奪う追い剥ぎ稼業は、流石になけなしの良心とプライドが邪魔して実行しなかったものの、それほどまでに彼女とその仲間の旅路は過酷なものであった。

 

「部族を売った裏切り者を殺すまで絶対に生き延びてやる」という執念に突き動かされるがまま、亡国の女達は助け合いながら放浪を続けた。

 

 少なくとも途中までは。

 

 ――彼女には耐えられなかった。

 

 特に執念深かったデリラという名の同族と違い、いち部族としての生き方に拘り続け、恨みつらみに囚われるがまま塗炭の苦しみを味わい続けるにも限界があったのだ。

 

 彼女は種族特有の兎耳を片方切り落とし、自ら奴隷となる道を選んだ。

 

 袂を分かった同族の行方など知る由もない。

 

 そうして流れ着いたのが悪所街である。帝国のお膝元でありながら帝国の目も手も及ばぬ治外法権。追われる身にはうってつけの場所であった。

 

 元々彼女の種族は男好きな肢体と淫乱な特性を持つ―正確には違うのだが、巷ではそう言い伝えられている―とあって、悪所街の荒くれ者の間で瞬く間に人気の女奴隷として存在が広まった。

 

 最終的に、悪所街でも有数の顔役であったベッサーラの妾の地位に収まる事に成功出来たのはまさに僥倖と言えた。

 

 荒っぽい(しとね)さえ我慢してこなせば、暖かく綺麗なベッドに転がりながら雨の盛らない屋敷の使用人達に命じて何時でも食事を取る事が出来たし、上等なおべべを纏う事も許される。

 

 放浪で味わった苦難を思い出せば、ベッサーラに肉体を貪られる事など辛い内にも入らなかった。

 

 同時に心の奥底では気付いていた。

 

 贅沢な日々もいつかは終焉を迎えるだろう。美しき戦士達として名を馳せたヴォーリアバニーの国が、部族ごと帝国に滅ぼされた時のように。

 

 元ヴォーリアバニーの流民でありベッサーラの愛人の1人であるパルナはそう悟っていながらも、それでも今の愛人生活に溺れていたのである。

 

 ……いつか訪れる破滅から目を背けて。

 

 

 

 

 

 

 人の姿をした破滅がベッサーラ邸を襲った時、パルナはベッサーラの寝室のすぐ隣に設けられた愛人用の寝室に居た。

 

 その日は普段と違い、何故か胸騒ぎに襲われ眠れなかった。争いの日々から離れ肉欲と娯楽に耽溺していた今のパルナには、胸騒ぎの正体が忍び寄る暴力と殺戮の気配であると思い出すまで長い時間が必要だった。

 

 貴重な時間を無駄にした頃には、パルナにはもうどうしようもないまでに事態は進行してしまっていた。

 

 突然本妻が眠る寝室へ飛び込んできたかと思うと半狂乱で喚くベッサーラ。その様子は配下の荒くれ者を引き連れて勇ましく悪所街の新顔の下へ礼儀を教えに行った時の姿からは信じられない程に怯えていた。

 

 何事かと思いつつ、亜人の愛人風情が口を挟んで主の不興を買いたくなかったパルナは、僅かに開けた扉の隙間から隣室の様子を伺う。

 

 次に起きた一連の顛末はまるで嵐のようであった。

 

 聞いた事もない発砲音が突如階下で生じたかと思った数秒後、今度はとんでもない轟音と閃光が間近で発生した。

 

 続けてこれまた初めて聞く咳き込むような音が連続し、扉が蹴破られる音が響き、ベッサーラの悲鳴が聞こえた。

 

 閃光によって一時的に前後不覚に陥った視界が復活して目撃したのは、金属製の杖のような物をベッサーラと本妻に突きつける2人の男。

 

 そうしてパルナは胸騒ぎの正体がこの男達である事に遅ればせながら気付いたのである。

 

 ベッサーラを足蹴にしていた片方の男が怯える屋敷の主を引きずり起こす。寝室にあった椅子へベッサーラを座らせると、手際良くロープで拘束した。

 

 もう片方の男も胸元に両手を掲げさせる格好で本妻の両手首を妙に細い紐(ナイロンハンドカフ)で拘束する。本妻は外そうと抵抗するが見た目以上に頑丈なのか緩む気配すら見られない。

 

 覗き見ていたパルナにとって意外だったのは、本妻を拘束した男がわざわざ部屋に吊るしてあったローブで本妻の裸を隠してやった点である。

 

 暴力を振るったり嬲ったりもせず、それどころか好色めいた欲望をその目に覗かせすらせず、飛び掛かられても対応出来るだけの距離を置いて警戒に徹するその姿は、悪所街のゴロツキどころか帝国兵をも上回る練度と統率の持ち主であるのは一目瞭然であった。

 

 と、そこへ別の男が更に2人、室内に現れる。

 

 彼らは子供を連れていた。ベッサーラと本妻の間の子供だ。本妻と子供は互いに泣き叫びながら男達によって一緒くたに纏められる。

 

 雰囲気と佇まいを見ただけで彼らもまたかなりの手練れであると見抜けたのは、かつていっぱしの女戦士だった頃の名残か。

 

 

『他の部屋のチェックを頼む』

 

 

 パルナの知らない言語であった。

 

 頷きすら返さず新たに現れた2人は寝室の隣に通じる扉へと近づいてくる。

 

 パルナの下へと。

 

 愛人生活に慣れて鍛錬を忘れた彼女にはどうしようもなかった。

 

 

『女性を1名発見。拘束する』

 

 

 そうしてパルナもまた謎の襲撃者によって紳士的(パルナ視点)に拘束されたのである。

 

 専用の部屋から連れ出され、本妻と同じくハンドカフで両手首を縛られた上で床に座らされる。

 

 見た目も感触も柔軟でありながら、肉が食い込むほど力を込めてもビクともしないハンドカフの強度にパルナは驚いた。

 

 刃物なり硬く尖った物に擦り付ければ切断は出来るだろう。そう考えたパルナだが、同時に襲撃者が後ろ手ではなく体の前で拘束したのは、体の陰に隠してそのような試みが図れないようにする為である事に思い至る。

 

 

『ライダーとアサシンはやっこさんの奥さんと子供を別の部屋に連れて行ってくれないか』

 

 

 指揮官らしいブッシュハットを被った男が仲間に命じると、本妻と子供は寝室から連れ出されていった。パルナと、椅子に拘束されたベッサーラはその場に残される。

 

 

「お、お前達! 俺の女房と子供をどうするつもりだ!?」

 

「どうするつもりもないよ。おたくが素直にこちらの質問に答えてくれたらの話だけど」

 

 

 伊丹が未知の言語から流暢な帝国語に切り替えたので、パルナにも彼の発言が理解出来るようになった。

 

 それにしても彼らは本当に紳士的だ。そこいらの帝国兵やゴロツキなら家族の前でベッサーラに拷問を行ったり、逆に彼の妻と子供を陵辱する様を見せ付けてるのが普通だというのに。

 

 

「アンタもウチの事務所の襲撃現場に居たんだからこちらの力は見たと思うけど」

 

 

 伊丹は右太腿のホルスターから拳銃を抜くなり無造作にベッサーラへ向けて発砲した。

 

 閃光手榴弾ほどではないが、それでも魔導師の攻撃魔法をも軽く上回る音量の破裂音にパルナは床の上で飛び上がってしまった。

 

 撃たれたベッサーラはと言うと、意外にも無傷である。銃弾は開き気味だった彼の股間スレスレを通過し、椅子の天板を貫くに留めていた。

 

 しかしそれは肉体に限っての話。部下の末路が脳裏にフラッシュバックし、己も同じ末路を辿ると誤認したベッサーラの精神は強烈に打ちのめされた。

 

 結果、彼の括約筋が真っ先に限界を迎える事となった。異臭漂う液体がベッサーラの股間を濡らし、天板の穴から足元へと滴り落ちていく。

 

 

「でもこれじゃあ簡単に死んじゃうからね。こういう話し合いには向いてないから、もっと大人しいやり方の方が良いかな」

 

 

 あっさりと銃をしまう伊丹。背嚢を下ろすと、中からこれまたパルナとベッサーラは初めて見る金属製の箱が姿を現す。

 

 伊丹は箱の突起に金属製のコードを繋ぎながら説明を行う。

 

 

「雷って見た事ある? 『門』の向こうじゃ、雷をこういう箱に封じ込めて色々な事に利用してるんだ。そう、色々(・・)とね」

 

 

 両手にそれぞれコードと繋がった金属クリップを持ち、クリップ同士を近付けていく。

 

 暗い寝室に眩い火花が散った。それは規模の差はあれ、落雷の瞬間に生じる白い閃光そのものに思えた。

 

 ベッサーラもパルナもこれぐらいは知識として知っている。雷に撃たれた者は極少数のラッキーマンを除き、等しく死に至るのだと。

 

 そんな荒ぶる神々の怒りとまで形容される自然現象ですら我が物としている『門』の向こう側の兵士を敵に回したベッサーラは、これ以上ないほどの恐怖を。

 

 彼ほど直接的に自衛隊の武力を目の当たりにしていないパルナは、主が抱いた畏怖以上に例えようのない感情に襲われた。

 

 

「一つ付け加えるとね、これ(電気)って濡れてるととても流れ易くなるんだ。締りの悪い股間に流したら一体どうなっちゃうんだろうねぇ」

 

 

 しきりにバッチンバッチンと火花を散らすクリップを手ににじり寄る伊丹。

 

 彼のその姿は、スパークする度に瞬間的に浮かび上がる彼の虚無的な眼差しと相重なり、まさしく凶器を手に哀れな犠牲者へ襲いかかる寸前のホラー映画の殺人鬼そっくりであった。或いは死神か。

 

 しかも彼の狙いは股間である。男として大事な場所に雷を浴びるなど一体どれほどの苦痛となるのやら、ベッサーラには(そしてパルナも)想像も出来ない。

 

 これがとどめとなった。

 

 その身で責め苦を味わうよりも前に心が折れたベッサーラは、強面の顔を涙と鼻水まみれにしながら伊丹に懇願した。

 

 

「分かった! 何でも話す、話すからそれを近づけるのだけ止めてくれぇぇぇぇ!」

 

「なら話して貰おうか。オタクが握ってる元老院議員や有力者の弱み、それについて記載した書面なり証拠なりってヤツをね。アンタぐらいの悪党ならその手の物的証拠もたんまり集めて手元に置いてるんじゃないの?」

 

 

 

 

 

 

<同時刻>

 伊丹耀司

 

 

 

 

 例えば貴族の下で働く側近らが抱えた表沙汰に出来ない借金の証書。

 

 例えば貴族や有力者の書斎から盗み出した重要情報が記載された書簡。

 

 例えば傘下の娼婦(または男娼)によるハニートラップで入手した上流階級のスキャンダル。

 

 例えば帝国貴族の屋敷に使用人として潜り込ませた手の者に集めさせた内部情報の報告書。

 

 それらの証拠をベッサーラから奪い、自衛隊側の資産(アセット)にしてしまおうというのが伊丹の計画であった。

 

 この手の悪党はその手の情報や物的証拠を保険として手元に置いていると判断し、こうして間髪入れずの夜襲を決行したのである。

 

 夜襲の目的は他にも存在するが第一目標はあくまで情報の奪取だ。

 

 

「それならこの部屋のか、隠し金庫にまとめて入れてある!」

 

「金庫の場所は?」

 

「壁際にある石像を動かすと棚が動く。あ、集めさせた情報は全部その中だ」

 

 

 スラムの顔役とは思えぬ怯えた態度でベッサーラが語った通りに剣崎が寝室の隅に置かれた石像を動かすと、重い音を立てて棚がスライドし、壁に埋め込まれた隠し金庫が露わになった。

 

 

「うーんなんてお約束通りな隠し金庫なんだ」

 

 

 感銘を受けたような伊丹の呟きの意味はパルナには理解出来なかった。

 

 伊丹達の目的の物は、数段に仕切られた隠し金庫の大部分が山積みになった金貨銀貨で占領されている中、ある段の端に置かれた箱の中に保管されていた。

 

 金貨の山には目もくれず、箱の中に詰まった羊皮紙の束へと伊丹と剣崎は素早く目を走らせる。

 

 

「本当にこれなんだな? 嘘吐いてたら容赦しないよ?」

 

 

 バッチンバッチンと火花を物理的に飛ばしながら確認を行う。

 

 

「ほっ本当だ! それが手下に集めさせた情報の全てだ!」

 

 

 喚くベッサーラ。

 

 その様子に嘘を吐いていないと判断した伊丹はクリップを手放す。代わりに鞘から抜き払った銃剣を手にベッサーラの下へ近付いた。

 

 刃物を手に歩み寄る伊丹を前にベッサーラは激しく暴れるが、ロープで厳重に椅子に拘束されている以上逃げようがない。

 

 パルナは反射的にその光景から目を背けた。役目を終えた人間は永遠に口封じされるのがパルナやベッサーラ、そして悪所街では当然の認識だったが故に。

 

 しかし目を固くつぶった彼女の耳に届いたのは、肉を切り裂かれ犠牲者が息絶える刹那の末期の息吹ではなく、ロープの切断音だった。

 

 おそるおそる目を開ける。拘束を解かれたベッサーラがポカンとした表情で伊丹を見上げていた。

 

 

「ど、どういうつもりだ」

 

「アンタの役目は終わったからね。もう縛っておく必要はなくなったから解いてあげただけさ」

 

 

 あまりにもあっさりと伊丹が告げたものだから、これにはベッサーラもパルナも呆然としてしまった。

 

 

「こ、ここまでしておいて今更解放だぁ!? 全然分からねぇ、テメェらは一体何が目的なんだ!!?」

 

「だから言ったでしょ、俺達の目的はアンタが持ってる情報が欲しかったの」

 

 

 伊丹は別室にて本妻と子供の見張りを行っていたアサシンとライダーに「こちらアベンジャー、目標を確保。撤退準備に移れ」と無線で指示を飛ばす。

 

 それから伊丹はパルナの下へと近付き、ベッサーラ同様に両手の拘束をナイフで断ち切ってやった。

 

 半ばで切断された片耳が痛々しいし、荒んだというよりかはこれまでの人生に疲れ切ったかのような気怠い雰囲気の持ち主でもあったが、色々な意味でご立派なウサミミ美女にオタク心がついついざわめきそうになる。

 

 しかし帰るまでが任務なのでここはグッと我慢。

 

 だが、

 

 

「ゴメンね、手荒な真似しちゃって」

 

 

 気が付くと自制心のブロックを擦り抜け、勝手に謝罪の言葉が口をついて出てしまっていた。重度のケモ耳愛好家である部下と一緒に居た影響かもしれない。

 

 恐怖交じりの困惑に染まっていたウサミミ美女の顔色が瞬時に驚愕へと一変し、目を見開いて伊丹の顔をまじまじと見上げた。

 

 伊丹の方は彼女の下から離れると、床に置いていた背嚢を拾い上げる。OHANASHI用のバッテリーとケーブル一式は既に剣崎が背嚢に戻してくれていた。

 

 

「アベンジャー、退却に移る」

 

『こちらアサシン、了解したアベンジャー。手筈通り置き土産(・・・・)を設置後、裏門にてバーサーカーと合流する』

 

『アーチャー了解。警戒と援護を続行する』

 

 

 別働隊と監視役、屋敷の内外に散らばる仲間からの応答を確認した伊丹は剣崎を引き連れて寝室を出た。

 

 その間際に、伊丹はこれから起きる事を親切に教えてやった。

 

 

「あ、言い忘れてたけどこの御屋敷、これから派手に壊しちゃうから早く逃げ出した方が良いよ?」

 

 

 顎が外れそうなぐらいに大口を開けて硬直するベッサーラを見届けて今度こそ離れる。

 

 同じく解放された本妻と子供の下へとベッサーラが駆け込むなり「ここから早く逃げるぞ!」と叫ぶ一方、何かを思いつめた表情で俯くパルナの存在を知らぬまま、伊丹と剣崎は1階へ。

 

 

『こちらライダー、バーサーカーと合流。離脱し合流地点へ向かう』

 

 

 一足先に脱出した別働隊からの報告を聞きつつ、伊丹と剣崎も正面玄関から屋敷の外へ出た。

 

 伏兵を警戒しつつ城壁を越え、林の中の高機動車を目指す。車は変わらず元の場所に停まっていた。

 

 

「なあ伊丹」

 

 

 伊丹が後ろの荷台に運転の邪魔になる背嚢を投げてから運転席に乗り込んだ所で、一足早く助手席に座った剣崎が不意に問いかけた。

 

 

「んん?」

 

「あのベッサーラとかいう悪党の親玉、生かしたまま逃がして良かったのか?」

 

「……あの手の悪党が自分の身を守ってくれる手下と安全な住処、両方をまとめて失ったらどうなると思う?」

 

 

 冷たさを帯びた声で答えながら伊丹は高機動車のエンジンを始動させる。

 

 

「特にあのベッサーラってオッサンは悪所の顔役の中でも一際評判が悪かったみたいだし、遅かれ早かれ末路は決まってるさ……彼がこれまでしてきた事の報いに奥さんと子供まで巻き込むのは、流石に心苦しいけどね」

 

「それからウサミミ美女もな」

 

「あとウサミミ美女もね。言いだしっぺとはいえしんどいよ、こういうのはさ」

 

「……それでもやれちまうからこそ、あの伝説の部隊(TF141)に選ばれたのかもしれないな。お前さんは」

 

 

 途中でアーチャーを拾った伊丹達は別働隊との合流地点に到着した。

 

 ベッサーラ邸を一望できる庭園で先に待っていた別働隊の手にはリモコンに似た機材。細いコードが伸び、ベッサーラ邸の方へと延々と伸びている。

 

 

「起爆の準備は出来ているぞ」

 

「屋敷の人間は退避終わってるのか?」

 

「猶予も警告も与えたんだ、もうやっちまっていいだろ」

 

「それじゃあいくぞ。3、2、1、点火!」

 

 

 起爆装置が作動し、コードを伝って発信された信号は瞬間的に終点――ベッサーラ邸内に設置された大量の爆薬の信管へと達する。

 

 文字通りの大爆発。

 

 衝撃波が大地を揺さぶり、あまりの凄まじさに安全距離まで離脱している筈の伊丹らの肌がビリビリと痺れる。

 

 構造物の大半を失ったベッサーラ邸は、やがて残りの部分も次々と崩れ落ちていった事で跡形もなく消滅した。

 

 

「ヒューッ! どれだけ仕掛けたんだよ?」

 

「石造りだから多めに仕掛けたが、この分だともっと少なくても十分だったな」

 

「地球の軍事施設みたいな耐爆構造なんて使われてなさそうだからなぁこの世界じゃ。そもそも耐震って概念すら怪しそうだ」

 

「よーし後は事務所に無事帰還するだけだ。いいか、最後まで油断するんじゃないぞー」

 

 

 諫めつつも「ようやくゆっくりできる……」などと内心では思いながら、改めて高機動車に乗り込もうとする。

 

 その時、爆炎を上げるベッサーラ邸を背に、不意に人のシルエットが浮かびあがった。

 

 制御された殺意が一気に特殊作戦群の男達の間で膨れ上がり、一斉に各々装備していた銃を出現した人影へと突きつけた。

 

 

「待って、敵意はないよ」

 

 

 その人影は種族としての人間には本来あり得ない兎の耳を生やしていた。片方の耳は半ばから欠けている。

 

 人影の主が顔の判別が出来る距離まで近付いてくる。伊丹には見覚えのある顔であった。

 

 

「アンタは……」

 

「お願いがあるの。アタシをアンタ達の奴隷として買って欲しいんだ」

 

 

 

 

 ベッサーラの愛人、ヴォーリアバニーの奴隷であったパルナは伊丹らに向けてそう申し出たのであった。

 

 

 

 

 

 

 

『命と引き換えに金を欲しがるのは強盗だが、女はその両方とも欲しがる』 ――サミュエル・バトラー

 

 

 




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