GATE:Modern Warfare   作:ゼミル
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会話文多め回。
あと今話は伊丹の性格が原作から特に乖離気味(?)です。


9:Man on Fire/英雄の条件

 

 

 

 

 

<15日前/20:09>

 伊丹耀司 第3偵察隊・二等陸尉

 ファルマート大陸・アルヌスの丘/居住区

 

 

 

 

 

 柳田から含みのある忠告を受けた伊丹は、酒盛り中の部下らを食堂に残してテュカを探しに居住区へと向かった。

 

 めんどくさい事はお茶を濁して誤魔化すかのらりくらりと逃げ回る人物と思われがちな伊丹だが、本当に大事な問題に直面した場合は―例えば人の命や今後の人生を左右する事柄―

 

 普段とは真逆、即断即決で行動する性質を持ち合わせている。それはたった1秒の逡巡が文字通り命取りとなる戦場によって後天的に生み出された特徴であった。

 

 居住区へと歩いていると、不意に奇妙な胸騒ぎを覚え始める。

 

 テュカの部屋までの距離が近付けば近付くほど、嫌な予感が伊丹の胸中で膨れ上がっていく。

 

 待ち伏せた敵の殺傷地帯(キルゾーン)に紛れ込んでしまった時とはまた違う奇妙な悪寒。同時にその感覚には覚えがあったが、ハッキリとは思い出せない。

 

 テュカの部屋まで辿り着くと躊躇いがちにノックする。

 

 応答が返ってくるまで待っている間にも気持ちの悪い違和感はどんどん膨らんでいく。

 

 そして唐突にこの悪寒の原因に思い至る。

 

 伊丹には母親が居た。心を病んだ母親が。家庭内暴力に荒れる父親を自ら殺しておきながら、夫を殺めた現実を否定し、架空の夫を生み出した母親。

 

 最終的に母親の心を壊したのは、息子だった伊丹自身。

 

 子供の癇癪のままに現実を突きつけた結果が、火を放っての自殺未遂。

 

 今も母親は法律に定められた規則の下で精神病院に入院し続けている。仮設住宅の安っぽい引き戸が、無理矢理引きずられていく母親を呑み込んだ精神異常者の脱走を防ぐ為に頑丈に作られた鋼鉄の扉と重なって見えた。

 

 何故今その過去がフラッシュバックするのか。

 

 部屋の主の代わりに伊丹を招き入れたレレイに導かれるがまま、室内に入った彼はその答えを無理矢理理解させられる羽目となる。

 

 

「ダークエルフがね、故郷の集落を助けてくれって、緑の人に助けを求めに来たのよ。でも、自衛隊の人に断られ続けて……」

 

「そしたら何が気に入らないのか、いきなり父さんが炎龍に殺された。死んだと認めろ、認めて敵討ちをしろっ、緑の人に助太刀を頼めって言いだして」

 

「失礼しちゃうわよね! だって、父さんが死んだなんて嘘言うんだもの」

 

「炎龍に喰い殺されたなんて馬鹿みたいじゃない。こうして父さんは生き(・・・・・・・・・・)てるんだから(・・・・・・)

 

 

 テュカが捲くし立てる。

 

 まるで愛する家族に無(・・・・・・・・・・)邪気な子供が向けるよ(・・・・・・・・・・)うな笑顔で伊丹を見つ(・・・・・・・・・・)めながら(・・・・)

 

 

「そうでしょ? 父さん(・・・)!!」

 

 

 深い碧眼が湛えるは涙と狂気。

 

 テュカが壊れていた。伊丹の母親と同じように。

 

 父親が死んだ現実を拒否し、伊丹を死んだ父親として自己認識を改変し、己の意識が生み出した幻影という名の牢獄へ囚われている。

 

 テュカの現状を理解した瞬間、伊丹は鳩尾に散弾銃のスラッグ(一粒)弾が直撃したかのような衝撃を覚えた。

 

 過酷な経験は戦場で腐るほど味わってきたが、テュカの姿は兵士としての伊丹耀司ではなく、心に傷を追ったまま成長した1人の人間としての伊丹耀司の古傷を的確に、容赦無く抉ったが故に、耐えて平静を保つ事など不可能だった。

 

 それでも咄嗟にテュカの部屋を飛び出すだけの余裕は残っており、夜空の下へ出るなり食堂で飲み食いした物全てが口から逆流した。しばし吐き気にのた打ち回る。

 

 

「クソッ、何てこった!」

 

 

 どうしてこうなった。

 

 誰がテュカを壊した。混乱と吐き気で引っくり返った思考に、柳田の顔とテュカが言っていたダークエルフの存在が閃く。

 

 ――つまりはそういう事(・・・・・)か。

 

 

「…………………………ふざけやがって」

 

 

 過酷な戦場で鍛造のように打ち鍛えられた精神は、心の古傷を防ぐ防壁としてはしなかったものの、しかし1度は錯乱した理性を立て直すのには働いた。

 

 胃はまだ雑巾絞り宜しく捩れて激痛を訴えているが、苦痛には耐性がある。

 

 

「……大丈夫?」

 

 

 レレイの心配そうな声。人形じみた美貌が崩れ、眦が不安そうに普段よりも下を向いていた。

 

 

「お父さん大丈夫!? 一体どうしたの!?」

 

 

 小柄な魔導師を突き飛ばすようにしてテュカが吐瀉物で汚れるのも構わず伊丹を抱きしめる。

 

 

「ああ大丈夫、大丈夫だよテュカ……」

 

 

 伊丹も抱きしめ返す。まるで本当に父親になったかのように、優しく。

 

 だが密着状態が故に死角となったテュカと違い、レレイとロゥリィには伊丹がどのような顔をしていたのかが見えていた。

 

 賢者見習いの少女は寒気を覚えた。亜神の少女は艶やかさすら感じさせる程に楽しそうな蕩けた笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 優しい声を紡いでいながら伊丹の表情は能面と化し、その眼光はどこまでも深い激情によって漆黒の光を帯びていた――

 

 

 

 

 

 

 

 伊丹はテュカの部屋を出て外に場所を移した。

 

 レレイとロゥリィも一緒だが、テュカの姿はない。

 

 テュカはレレイの魔法により強制的に眠らせてから部屋に置いてきた。これから起こるであろう出来事に彼女を連れていてはロクな事にならないと、3人の意見は一致していた。

 

 プレハブの住居に住まう人々の憩いの場として、現地の木工職人が丸太から拵えたベンチとテーブルが置かれた休憩所でその時を待つ。

 

 特地住民の夜は早い。既にどの住居からも明かりは消え、伊丹ら以外の人影は見当たらない。

 

 無性にヤニが欲しくなっていた。葉巻を銜えて火を点ける。求めていたにもかかわらず、いざ吸い込んだ紫煙は普段よりも妙に不味く感じた。

 

 不愉快な気配。吐き出した煙の向こうに、細く尖った耳が特徴的な人型のシルエットが浮かぶ。

 

 

「お出ましか」

 

「此の身を待っていたのであろう?」

 

「どっかから見張ってるのは想像がついたからな」

 

 

 オレンジ色の火によって浮かび上がった夜闇よりも深く昏い瞳が、ダークエルフの女をまっすぐ見据える。

 

 

「お前がテュカに親父さんの事を吹き込んだ張本人か」

 

「挨拶が遅れた。緑の人よ、我が名はヤオ。ダークエルフ、シュワルツの森部族デュッシ氏族、デハンの娘、ヤオ・ハー・デュッシ」

 

「知ってるよ、爺さんにのされて臭い飯食ったんだってな。テュカに余計な事を言ったのはそのお返しか?」

 

 

 口調は荒いが、声色は淡々としていた。そのギャップが得体の知れない威圧感を伊丹から醸し出す。

 

 

「姑息な報復をしたつもりも余計な事を言ったつもりもない。此の身はあくまで事実を伝えたまでだ」

 

「どっちでもいい。どうしてそんな事をした?」

 

「決まっている。悪意があったからだ」

 

 

 富と名誉を約束しても、人の頭ほどあるダイヤモンドの塊を見せつけても、ヤオの体を捧げると誘惑しても、涙と共に懇願して同情を誘っても、緑の人(自衛隊)は炎龍を退ける力があるくせに誰も彼も理屈を盾に首を横に振るばかり。

 

 しかし同時に彼らはこうも言う。「伊丹ならもしかするかもしれない」と。

 

 大切なものの為なら、きっとどんな手段を取ってでも動くだろうとも聞いた。

 

 だから情報を集め、テュカに近付き、彼女を呼び出して父親の死を突きつけ――心を壊した。

 

 

「復讐とは、愛する者を失った怒りと憎しみを晴らし、自分の魂魄を鎮めるために必要な儀式だ。それを経て初めて残され者の心は癒される。現実に立つ事も、明日を見る事も出来よう」

 

「……ああ、よく知ってるさ」

 

 

 伊丹もまた、紛れもない復讐者だったのだから。

 

 

「ならば、お願いだ。この娘のついでで良い……此の身の同胞を救って――」

 

 

 

 

 

「だがな、お前達の都合なんて俺の知った事か(・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 ヤオの顔が呆ける。レレイの(まなこ)が1ミリばかり見開かれ、ロゥリィは黙って顛末を見守る。

 

 

「俺にとっての事実はヤオ、どうにか一線を保っていたテュカの精神がアンタのせいで無理矢理線の向こう側を超えちまった、この一点に尽きるんだよ。それ以外の事情なんて今はどうだっていい」

 

 

 新品同然の葉巻を乱暴に投げ捨て踏み消す。

 

 

「だから! そのハイエルフを再びこちら側へ引き戻す為に炎龍を、此の身の同胞を!」

 

「何度も言わせないでくれ、俺は最早アンタの同胞なんてど(・・・・・・・・・・)うなろうが知ったこっ(・・・・・・・・・・)ちゃない(・・・・)

 

「っ……!」

 

 

 とうとう聞き捨てならなかったのか、掴みかかろうとするヤオ。

 

 反射的に彼女を抑えようと、レレイとロゥリィがテーブルに置いていた各々の杖とハルバードへ手を伸ばす。

 

 しかし2人が得物を突きつけるよりも先に、伊丹が素早く手を伸ばしてヤオが纏うローブの胸ぐらをつかむや、前後反転して背後のテーブルへダークエルフの体を叩きつける方が早かった。

 

 ヤオの体が一瞬浮き、次の瞬間背中を強かな衝撃が貫く。体を起こそうにも胸元へめり込まんばかりに押さえつけられる伊丹の腕のせいで、ヤオは体を起こせない。

 

 否。

 

 胸元に乗せられた腕以上にヤオの動きを封じているのは伊丹の目だった。

 

 ダークエルフのヤオもテュカやロゥリィと同じく、外見と実年齢が一致しない長命種だ。315歳という、ヒト種の常識を大きく越えた年月を生きてきた。

 

 なのに、今ヤオを組み敷く、三十路程度に過ぎぬ垢抜けない風体の伊丹が放つ眼光は。

 

 ダークエルフの里を旅立つ以前に直面した暴虐の象徴たる炎龍よりも恐ろしい、黒い炎の如く揺らめいていた。

 

 そこには死が在った。狂気が在った。殺意が在った。憤怒が在った。

 

 感情の1つ1つが300年以上生きてきたヤオですら初めて目の当たりにする程に、伊丹の瞳の中で激しく反応し、これ以上ない程に濃縮されていた。

 

 ……それら全てが制御され、昇華され、揺るがず消えないひとつの炎として男を動かしていた。

 

 

「いいか覚えとけ。俺は美女の涙ながらのお願いに立ち上がって戦いに挑むなんてそんな手垢まみれの展開が大ッ嫌いなんだ。

 そういう場合犠牲になるのはお涙頂戴にホイホイ引っかかったチョロい男だけで、そいつがドジってくたばった時に、元凶の女は次の犠牲者を探しにさっさと逃げ出すのが現実なんだからな」

 

「まぁ間違ってはいないわねぇ。強大な敵に戦士が立ち向かい、勝利と栄光と名誉を手にするなんてぇ都合の良い展開のほとんどは、神話か吟遊詩人が謳う御伽噺。

 現実は大部分がその真逆、力及ばず倒れて見取る者もいない野に骸を晒すものだわぁ。

 ……それでもぉ、極稀に例外が現れるのも事実なんだけどぉ」

 

 

 ロゥリィが合いの手を入れるが、最後の一言は余計だと内心愚痴る。

 

 

「俺は死にたがりのつもりもない。散々な目にしょっちゅう遭ってはきたが、だからって無闇に投げ出すほど自分の人生を無価値と感じてもいない」

 

 

 だが、と伊丹は続ける。

 

 

「今回はアンタの思惑通りに動いてやる。だがこれだけは肝に銘じとけ。ヤオ、アンタの事もアンタの同胞の事も俺には知ったこっちゃない。もしアンタやアンタの同胞とやらがこれ以上俺の周りにちょっかいをかける事になったら、その時はアンタの同胞とやら全てを俺の敵として相応の対処を取らせてもらうぞ」

 

「わっ、わかった」

 

 

 それだけ返すだけでヤオには精一杯だった。他にどう答えろというのか?

 

 ヤオの胸を押さえつけていた腕がようやく離れる。

 

 

「すまないロゥリィ、レレイ。明日、いや明後日までテュカの面倒を見てくれないか? 頼む」

 

「それぐらいなら構わないわぁ」

 

「……先程の様に魔法で眠らせておくのがテュカ本人にも周囲にも最も負担が少ない方法となるが、それでも構わないだろうか?」

 

「レレイがそれで良いならそのやり方で頼む」

 

「分かった。貸し一つ」

 

「何時か返すよ」

 

 

 休憩所に背を向け、伊丹の背中が女性陣から遠ざかっていく。

 

 するとようやく現状を認識できるだけの思考を取り戻したヤオが、腹の中で渦巻いていた感情の本流に突き動かされるがまま、小さくなる背中へ向かって問いかけるように叫び声を上げた。

 

 

「イタミヨウジよ! 御身は炎龍を退け、無辜の民を護るのみならず、己が故郷があるという『門』の向こうの世界においても、民どころか縁もゆかりもない国々をも救う為に戦い続けた本物の英雄と聞いた!

 かのような御身が滅びに直面した我らがダークエルフの同胞など歯牙にかけぬというのであれば、御身は何故英雄となれた!?

 何故異国の民の為にその身を投げ出した!? 『門』の向こうの世界の民とダークエルフ、一体何が違うというのだ!?」

 

「何も違わないさ。何も、な」

 

「ならば!」

 

「俺は国の為にも、知らない国の知らない誰かの為に戦ってきたつもりも、そもそも英雄になろうと思って戦ってきたつもりもない」

 

 

 ローチ(・・・)ゴースト(・・・・)ロイス(・・・)ミート(・・・)ローク(・・・)カマロフ(・・・・)ソープ(・・・)

 

 

「目の前で死んでいった戦友が果たせなかった事を代わりにやり遂げる為に戦った。為すべき事を果たそうとして、結果的に俺とほんの数人の仲間だけが生き残った。それだけの話だ(・・・・・・・)

 

 

 伊丹耀司は愛国者ではない。

 

 伊丹耀司は人民の奉仕者ではない。

 

 伊丹耀司はオタクであると同時に中間管理職の自衛官なだけの平凡な男だ。

 

 逃げ足に自信があり、生き汚く、部下や戦友や親交が深い者、目の前で命の危険に晒された人々の為に身を張るぐらいしか能がないだけの、ただの男。

 

 少なくとも伊丹自身の自己評価はそんなものだ。

 

 ……『身を張る』の範疇が完全武装の秘密基地に閉じこもる現役米軍将官や第3次大戦を引き起こす程の武装組織の黒幕の暗殺、人外を含めた万の軍勢に極少数の手勢で立ち向かうという、桁外れの偉業である点を省けば、だが。

 

 

「ならぁ、ヨウジィは今度は何の為に戦うつもりなのぉ?」

 

 

 不意にロゥリィも問いかけに加わる。

 

 戦いの神エムロイは殺人を否定しない代わりにその動機を極めて重視する――数ヶ月前にイタリカの城壁でロゥリィが語った記憶が蘇った。

 

 今回の場合、伊丹の動機は極めてシンプルで個人的だ。

 

 

「決まってる。今のテュカの境遇に納得出来ないからだ。納得出来なきゃ、俺もテュカも前へ進めないからな」

 

 

『納得は全てに優先するぜッ!!』はガラじゃないので流石に口にしない。

 

 

 

 

 元ネタを知らない賢者見習いと亜神とダークエルフは、夜闇へ溶けるように消えていく伊丹の背中へ三者三様の眼差しをずっと送り続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<14日前/08:22>

 駐屯地本部

 

 

 

 

 

 

「探したぜ柳田さん」

 

「何だお前から珍しいな何の用――」

 

 

 一瞬の隙を突いて人を引きずり込むコツは体が覚えていた。

 

 幹部室へ向かう途中の柳田を人目が届き辛い死角へ。自分を拉致したのが伊丹である事に気付くと、柳田は混乱の表情を引っ込め、鼻を鳴らしながら引っ張り込まれた際に乱れた迷彩服の襟元を正す。

 

 

「朝からお怒りな御様子だな。その分だとエルフの女の子に関して既に知った様子と見える」

 

「これだけは教えてもらおうか。柳田さん、アンタ例のヤオとかいうダークエルフがテュカに目を付けるよう、わざと誘導したのか?」

 

 

 昨晩食堂で垣間見せた暗黒面を彷彿とさせる雰囲気を滲ませながら問いかけると、何時も学歴の良さを鼻にかけた態度の柳田にしては珍しくバツの悪い表情に顔を歪めた。

 

 

「面と向かって唆しても、あの金髪エルフの名前を告げ口なんて真似もしちゃいないが……あのダークエルフの前でお前の名前を出したのは事実だ」

 

「そうか」

 

「そうか……って、それだけかよ」

 

今はもうどうでもいい(・・・・・・・・・・)。似たような経験は以前にも体験してるし、あの時よりはまだマシな状況だからな。まぁ全てが解決したら1発ぐらいブン殴らせてもらうかもしれないけど」

 

「似たような経験ってお前……いや何も言うな。言わなくていいぞ、俺は聞きたくない」

 

「それよりも柳田さん昨日アンタ言ってたよな、『形式は整えてやる』って」

 

「そりゃ覚えてるが――昨日の今日にもう行くつもりか?」

 

 

 意外そうに驚きを見せる柳田。

 

 

「テュカがああなっちまったからには時間が経てば経つ程悪化するのは目に見えてる。俺の方も帝都から戻った直後で数日は休息期間だが、次の派遣が決まる前に出発しておきたい」

 

「確かに俺としてもその方が部内の言い訳が効くからありがたいが、まだ部外には根回しの『ね』の字も済んでないんだぞ」

 

「ケツ持ちを申し出たのは柳田さんの方からじゃないか」

 

「そうだがな、クソッ。それで、ドラゴン退治に連れて行く面子はお前の麾下の3rec連中か?」

 

「いや。俺とテュカ、それから例のダークエルフ、ヤオが現地までのナビゲーター役で計3人だけで行くつもりだ」

 

 

 柳田は自分の耳を疑った様子で、大口を開けながら呆然と伊丹を見た。我に返ると聞き間違いと言いたげに首を何度も横に振る。

 

 

「オイオイオイオイ、お前正気か? たった3人、しかも1人はお荷物だから、実質2人でドラゴンに戦いを挑むつもりかよ」

 

「私事に部下を巻き込めるかよ。個人的な因縁であいつらの命を危険に晒すのは箱根で散々懲りたんだ、これ以上は御免だね。今回の事は俺とテュカだけの問題なんだ、だから俺達だけで解決する」

 

 

 心底理解出来ないといった顔を向けられても、伊丹の表情と意思は微塵も揺らがない。柳田には伊丹が自殺志願者として映っているようだ。

 

 ある意味では間違っていない。直接炎龍と対決した事があるだけに、精神がイカれたテュカを含めてもたった3人で真っ向から戦いを挑むなど自殺も同然だと伊丹自身も自覚していた。

 

 しかし自殺同然(・・)は確実な死を意味していない。

 

 正面から勝てないのであれば別のやり方で挑むまでだ。そうして伊丹と仲間達は生還し、目的を果たしてきたのだ。

 

 

「命と英雄としてのキャリアを賭けるだけの価値があの金髪エルフにあるのか?」

 

「それを決めるのはアンタじゃないし、俺は英雄なんて地位だの名誉だのにも興味はないね」

 

「ケッ、世界を救った本物の英雄様がそんな事言っても嫌味にしか聞こえねーよ!」

 

 

 伊丹の言動に段々と昂ってきた柳田は荒っぽく吐き捨てた。

 

 それを見て取ったのか伊丹も話題を切り替え、本題を先へと進ませようと促した。

 

 

「持っていく武器はこちらで選ぶから、柳田さんは車両と飯と燃料の用意を頼んます」

 

「ああ分かった。員数外の車両なら最近アメリカさんからの装備供与で日本から持ってきたばかりのヤツが何台か――」

 

 

 

 

 

 かくして、男は動き出す。

 

 黒い炎を、その胸に抱いて。

 

 

 

 

 

 

 

『自己の運命を担う勇気を持つ者のみが英雄である』 ――ヘルマン・ヘッセ

 

 

 

 

 

 




クリーシィシリーズは初期がお気に入りです。

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