GATE:Modern Warfare   作:ゼミル
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経過時間調節回その1。


12:Good Samaritan/荒野の7人(上)

 

 

 

<8日前/15:44>

 名もなき農民

 ファルマート大陸・エルベ藩王国辺境

 

 

 

 

 

 走る。

 

 走る。

 

 走っても走っても追いかけてくる死の存在から逃げて逃げて逃げ続ける。

 

 

「オラオラぁ、追い付いちまうぞぉ!」

 

 

 男はどこにでも居るしがない農民であり、追いかけているのもこれまた大陸のどこにでも居る、ありふれた盗賊であった。

 

 アルヌスの丘へ進軍した諸王国連合軍が壊滅して数ヶ月経過した現在も、連合軍に参加した国々の兵力は未だ回復し切ったとは言い難い。

 

 その中でもエルベ藩王国は国王デュランが戦死したとされ、実の父を疎ましく感じていた王子が後を継いだものの、当然ながら代替わりしただけで失われた兵士や騎士らの代わりが揃う訳もなく。

 

 特に国の目が届きにくい辺境とあっては、対抗勢力が消えた盗賊の跳梁を許す事となるのはこの大陸に於いてごく当然の展開であった。

 

 

 

 

 

 農民は己の足を文字通り命がけで動かし平原をひた走る。

 

 死への恐怖と今にも爆発しそうな肺、気を抜いたらたちまち崩れ落ちてしまいそうな両足からの悲鳴に、農民の形相はグシャグシャに歪んでいた。

 

 彼は故郷の村が盗賊に襲われた際、たまたま盗賊が出現した方角とは正反対の地点で日課の農作業を行っていた。

 

 武器を手に次々と村へ突入していく、村の総人口に匹敵するかそれを上回る規模の盗賊集団。

 

 そしてその後ろに続く、二回りも三回りも巨大な異形の影。

 

 独り者だったが故に、襲撃に気付いた彼が選んだのは少しでも村から離れるという選択肢であった。

 

 家族を持つ者は逆に妻子や血縁者を助けに村へと戻ったが、彼らがどうなったのか逃げた男には知り様がなかった。ただ世にも恐ろしい雄叫びと、老若男女問わぬ悲鳴が背後から響き続けるばかりであった。

 

 彼にとっての不運は3つ。彼が逃げ出した方角は風上で、盗賊の面子には亜人、それも優れた体格と嗅覚を持つワーウルフも混じっており、最後に当然の如く騎馬を有していた事。

 

 逃げ出した者の存在を文字通り嗅ぎ付けた盗賊の数人が追跡を開始する。死人に口なし、目撃者の排除は至極当然の判断であった。

 

 馬に跨り悠々と農民を追いかけ回す盗賊達の顔には嗜虐的な笑みが張り付いてすらいる。

 

 逃げ惑う獲物を追いかけ回し、駆り立てるのは強者にしか出来ない娯楽の一つだが、どんな娯楽も長々と続けていると流石に飽きが来るものだ。

 

 盗賊の1人が利き手に剣、もう片方の腕1本で器用に手綱を操りながら、先頭の馬へ向かって声を荒げた。

 

 

「お遊びはここまでにしとけ! せっかく襲った村が見えなくなっちまう位離れちまってる! さっさと殺しちまえよ!」

 

「わーったよしゃーねぇなぁ」

 

 

 別の盗賊が手綱を荒っぽく振るえば乗り手の意を受けた馬が加速。

 

 手にした武器で農民の命を刈り取るのではなく、馬を体当たりさせる事で農民の足を止める。人間の何倍もの体重を持つ存在に引っかけられた農民の体はいとも容易く弾かれ、地面を何度も転がった。

 

 馬で農民を轢いた盗賊は鞍から降り立つと、手入れが足りていないが肉を切り裂くには十分な鋭さの短剣を手に、ニヤニヤ笑いを浮かべながら起き上がれないままの農民の下へ向かう。

 

 動けない農民には、その足音が死神のそれのように感じられた。実際、息の根を止めるべく近付いてきているのだから、死神も同然である。

 

 だが、故郷を襲った盗賊を仮にも大いなる神々と同じ並びに含めるのだけは認めたくなかった。

 

 彼は辺境の農民である。だが旅の商人や神官に吟遊詩人、代々受け継がれてきた昔話という媒介を経て、神々の存在を学を持たぬ身分なりに理解し、知識として身に着けていた。

 

 だからこそ彼はこう叫んだ。酷使のあまり言う事を聞かない肉体の中で唯一自由に動く口で、酷使した肺から振り絞った掠れた声で、それでも天の向こう側まで届けとばかりに。

 

 

「死と断罪の神エムロイよ! 何故このような我が故郷を蹂躙せし者どもをのさばらせておられるのですか! 私達が一体どんな罪を犯したというのですか!」

 

 

 悲痛な叫びに答えたのはしかし、エムロイではなく盗賊の嘲笑。

 

 

「バカじゃねぇの。エムロイはな、逃げ出す事しか出来ないお前の弱っちさこそ罪だって言ってるぜぇ」

 

 

 笑いながら短剣を突き立てようと短剣を振りかぶる盗賊。恐怖に思わず農民は固く瞼を閉じる。

 

 

 

 

 本来(・・)なら、その刃は止めるものなく突き立てられる筈のものだった。

 

 本来(・・)なら、盗賊の凶行は何日も後に訪れた行商人が蹂躙された村と嬲られた村人の死体の山が発見されるまで露呈されない運命にあった。

 

 だが世界線が違えば、運命もまた変化する。

 

 彼ら(・・)が本来よりも早いタイミングで出発したからこそ間に合った。

 

 彼ら(・・)が案内役のダークエルフが辿った道程……ロルドム渓谷への最短距離を征くルートではなく、街から街へ緑の人の噂を拾いながら度重なる迂回を経たルートを辿っていたからこそ、その場に遭遇出来た。

 

 この広大な大地の片隅で、誰にも救われず、見つけてすらもらえない筈の哀れな農民の運命が反転する。

 

 

 

 

 

 熟れ過ぎたカボチャが地面に落ちて砕けた時のような音を聞いた。

 

 鮮血が飛び散り、鉄錆の異臭が立ち込める。

 

 

「…………?」

 

 

 痛みも、命が奪われる感覚も、何時まで経っても襲ってこない。

 

 恐る恐る農民は瞼を開けた。

 

 ……短剣を突き立てようとしていた盗賊の顔が消えていた。

 

 野蛮な嘲笑を浮かべていた顔の部分そのものが内側から爆発したかのようにグシャグシャに変貌し、筋肉と頭蓋骨と脳の一部が覗いている。農民の代わりに立ち尽くしたまま死んだ盗賊から飛び散った血が、地面を汚した。

 

 ポカンと凍りついたのは農民だけではなく他の盗賊も例外ではない。突然何の前触れもなく人の頭が吹っ飛んだとなれば、呆ける程の衝撃に襲われて仕方あるまい。

 

 盗賊がまた1人、今度は胴体に穴を穿たれ、馬上から転落した。まがりなりにも鉄製の胸甲で守られていたにもかかわらず、胴体の前後から鮮血が噴き出していた。間髪入れず3人目も胴体と口から血を吐き出して仲間の後を追う。

 

 

「に、逃げろ! 俺達は狙われてる!」

 

 

 ようやく異常事態を理解した盗賊が警告を発した次の瞬間、その叫んだ盗賊の左肩が弾け、半ば千切れた左腕を押さえて絶叫しながら崩れ落ちた。

 

 最後に残った盗賊は、恐怖の悲鳴を上げて馬の鼻先を来た方向に転じさせるとその場からの離脱を図った。見る見るうちに農民と、乗り手を失って混乱する馬4匹と4つの死体を放置して遠ざかっていく。

 

 ……数秒後、逃げていく盗賊の後頭部から紅い飛沫が噴き出し、激突音を伴い5つ目の死体が平原に転がった。

 

 

おやすみ(Good Night)

 

 

 盗賊の頭部が爆ぜたと同時、数百メートル離れた場所で呟かれたイギリス訛りの英語が聞こえた筈もなく。

 

 最後の瞬間まで農民はずっとその場から動けずにいた。何が起こったのか、さっぱり理解出来なかった。

 

 やがて異様な振動音と馬車の車輪が地面を踏みしめるのに似た音が近付いて来るのに気付くと、呆然と横たわっていた農民はようやく体を起こし、音の出所を見やる。

 

 目に飛び込んできたのは鋼鉄と幌で構成された、馬にも牛にも牽かれていないのに勝手に動く馬車らしき乗り物。窓の部分から人の姿が確認出来る。

 

 乗り物の扉が開くと、まず降りてきたのは平たい顔立ちの人種の男であった。

 

 妙にポケットの多いベストは小さな鉄製の箱やら筒やら球状の物で膨らんでいる。手にはこれまた金属製らしき妙にゴテゴテした筒のような物を構えており、油断なく周辺の警戒に目を光らせている。

 

 黒いゴスロリ風神官服の少女、賢者かその弟子である身分を示すローブにオークの長杖を持つ銀髪の少女、個性的で露出の多い革鎧を直接肌に身に着けたダークエルフの美女が、続けて車外に姿を現せた。

 

 

「ロゥリィ達はその人の手当てをしてくれ」

 

 

 黒一点の男は唯一息のある盗賊の下へと近づいていった。片腕を大きく抉られた盗賊は大量の出血によって既に虫の息と化していた。

 

 男は無言で鋼鉄の筒先を盗賊に向けたかと思うと、次の瞬間乾いた破裂音が鋼鉄の筒から生じた。

 

 焚火に投じた固い木の実が破裂した時に聞いたそれよりももっと大きく鋭い轟音と同時、瀕死の盗賊の頭部に新たな穴が穿たれ、完全に息の根が止まる。

 

 音の有無という差はあるが、瞬く間に盗賊の小集団を殲滅したのがこの奇妙な集団である事を農民はこの瞬間悟ったのだった。

 

 

「全ての脅威の排除を確認。2人とも相変わらず良い腕だ」

 

『いいや、1人急所を外れた。集中が足りないぞユーリ』

 

『すまないイタミ、後始末をさせてしまって』

 

「気にしなさんな、あの傷じゃどうせ出血多量で遅かれ早かれ死んでたさ」

 

『お前も鈍ったか? 俺の知ってる奴の中には50(フィフティ)キャリバーで片腕を吹き飛ばされても生き延びて危うく北米大陸に核ミサイルを撃ち込もうとしたクソ野郎もいるぞ。二の舞になりなくなきゃバイタルパートに必ず当てて仕留めるようにしろ』

 

『……』

 

 

 ボソボソと独りで何事か呟く男の言葉は初めて耳にする言語で、内容が全く分からない事で不安に襲われた農民は誰何の言葉を投げかけた。

 

 

「あ、アンタ達は何者なんだ?」

 

 

 答えたのは銀髪の魔導師。

 

 

「我々の立場を一言で言い現わすには少々複雑。強いて言い現わすなら、緑の人と呼ばれる一派に属する集団であると理解して貰いたい」

 

 

 緑の人。

 

 吟遊詩人の歌や旅の行商人からの話で農民も何度も耳にした事がある。

 

 鉄の逸物と呼ばれる武器で恐ろしい炎龍を撃退し、鋼鉄の天馬で盗賊の大集団からも1つの街を救った、最新の英雄譚の主役達。

 

 決して金銭を求めず、名誉も求めず、ただ苦難に見舞われた人々を助ける為だけに行動する、それこそおとぎ話の勇者でしか聞いた事がないほどに高潔な集団だという。

 

 英雄をネタにした吟遊詩人の歌なんぞ誇張が入っているのがお約束だ。農民も噂半分にしか受け取っていなかった存在が今こうして目の前に実在している。

 

 どうやったのかとんと分からないが、一瞬で盗賊達を殲滅する様を実際に目撃した上で助けられたとなれば、流石の農民も信じる他ない。

 

 噂は本当だったのだ。彼らは本物だったのだ。

 

 次に脳裏に浮かんだのは盗賊に蹂躙されているであろう生まれ故郷の存在、見知った同郷の村人を見捨てた事への罪悪感。

 

 思いがけぬ救世主の登場に農民がその行動を選択したのは当然の決断だった。

 

 

「お願いです緑の人よ! どうか俺の村を盗賊の手から取り戻して下さい!」

 

 

 鉛のように重たかったのが嘘のような素早さで農民は体を起こすと、奇妙な一団に平伏し、懇願するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

<十数分後>

 伊丹耀司 特地派遣部隊第3偵察隊・二等陸尉/無許可離隊中

 

 

 

 

 

 そもそも事態に気付けたのは偶然に過ぎなかった。

 

 車に揺られながらぼんやりと車窓の風景を眺めていたロゥリィが、たまたま追われる農民と追う騎馬の小集団を発見し。

 

 装備が不統一かつ野蛮な振舞いの武装集団と必死に逃げる農民の姿からただ事ではないと判断した伊丹が別の高機動車に乗るプライスらに狙撃を任せて現場に駆け付けたのが事の顛末であった。

 

 農民から聞き出した情報と発言を、伊丹は合流したプライスとユーリへ出来る限り詳細に教えた。

 

 どうする? 己の都合に付き合わせてしまっている戦友2人に尋ねる伊丹。

 

 

「今回の遠征の指揮官はお前だ。先を急ぐのか、回り道をするのかの決定権はお前にある」

 

「俺もプライスと同意見だ。放っておくのか否かはイタミが決めるべきだ」

 

「私もお二人と同意見です!」

 

「いやぁそこは民主主義に則って決めるべきかなーって思ったんだけど……」

 

「ミンシュシュギってなぁにぃ?」

 

「そうだよね、異世界なんだから民主主義は分からないよなぁ」

 

 

 ブッシュハット越しに頭を掻き掻きボヤいてから、伊丹の視線は乗っていた高機動車へと向けられた。

 

 一行の中でこの場に顔を唯一出していないテュカは、車内にてレレイの睡眠魔法により深い眠りについている。

 

 旅を始めてからテュカの症状は悪化する一方だ。父親だと誤認している伊丹が、特地に存在しない乗り物(高機動車)を自在に運転しているという矛盾により甚大な負荷がかかっているに違いない。

 

 

「どうすっかねぇ」

 

 

 独りごちる伊丹。周囲の視線、特に体は土まみれ顔は涙と鼻水まみれ、跪いた姿勢から縋る目で見上げてくる農民の視線が特に痛かった。

 

 後は、この旅のそもそもの元凶と言えるヤオの目つきが先程からどことなく剣呑な雰囲気を帯びている。

 

 ……とはいえ、実の所伊丹の内心は決まっているも同然だった。

 

 ただ炎龍と接敵するまでにかかる時間と資源のロス、ロゥリィやプライス達にかかる命の危険やテュカの症状進行など諸々のリスクといった要素を見極めた上で、実行に移すべきか否か決断しなければならない。それがプライスにも言われた一行の指揮官としての役割であり責任だ。

 

 最終的な選択の決定打として、伊丹は持参した地図を農民に見せる事にした。空自の偵察機による航空写真を基に作成された地図には、特地の常識からは考えられないほど詳細かつ鮮明に地上の建造物が描かれている。

 

 

「これを見てくれ。自分の村がどれか判るのなら教えてくれないか?」

 

「こ、これです! ここが俺の村です! この建物の配置、俺の村とそっくり同じです!」

 

 

 現在地周辺を指で指し示し尋ねれば、周辺に点在する幾つかの小集落の中の1つを農民が何度も指し示す。そのまま指で突き破らんばかりの食いつきようであった。

 

 どれだけの時間農民が逃げ回り続けたのかは分からないが所詮は人の足である。現在地点から高機動車なら1時間とかからぬ距離に農民の村は存在していた。

 

 

「盗賊の規模は」

 

「具体的な数は分からないが……村の住人と同じ位の数は居たかも」

 

 

 農民の村は、地図上で見た限りではレレイ達と最初に出会ったコダ村以下でテュカを保護した集落(の跡地)を若干上回る規模。

 

 この規模の村民と同数ならば最低でも100名を超える数と推論付ける。イタリカを襲った野盗集団には劣るが中々の頭数だ……が、地球製の軍用兵器ならば正しい運用と交戦距離さえ注意すれば、容易に殲滅可能な程度の規模でもあった。

 

 

「あ! それから、と、盗賊どもはジャイアントオーガーも引き連れてたのをこの目で見ました!」

 

「ジャイアントオーガーって、うわぁアレかよ」

 

「何だそりゃ? 知ってるのか伊丹」

 

「名前のまんまのデッカい巨人みたいな怪物なんだけどね。車程度なら軽々投げ飛ばすパワーを持ってる上に、ドラゴンほどじゃないけど生半可な銃は殆ど通用しないのが厄介なんだよなぁ」

 

 

 特地では怪異と呼ばれる類の種族についてさほど知識を持たぬユーリへ伊丹が説明すると、レレイが補足を加えた。

 

 

「ジャイアントオーガーだけでなくオーク、トロルといった種族は知性が低く凶暴で自らヒトの下に就く事は本来あり合えない。

 しかし怪異使いと呼ばれる特殊な技能を有する者が居れば話は別。彼の村を襲った盗賊達の中に怪異使いが加わっていると考えられる」

 

「こっち側のハンドラー(軍用犬調教師)みたいなものか。犬じゃなくて巨人なところはやはり異世界らしいよ」

 

「でも隊長、銀座での戦いでそのジャイアントオーガーを1人で倒しちゃってませんでした?」

 

「あれはたまたまだよ、たまたま。LAMを使えば流石に倒せるだろうけど、どうやってその状況に持ち込むかが問題だな」

 

 

 これ以上は詳細を詰めてから決めるべきだと判断すると、伊丹は地図を畳んだ。

 

 

「気付かれない程度の距離まで目標の村に接近しよう。最終的な判断は現場を確認してからだ」

 

「村を……救って貰えるんですか!?」

 

「まだそうと決めた訳じゃないさ。残酷に聞こえるかもしれないけど、既に手遅れで盗賊どもは仕事を済ませて村から立ち去った可能性もある」

 

「あらぁ、多分盗賊どもはまだ村に残ってる筈よぉ」

 

 

 ハルバードを弄びながらロゥリィが否定の言葉を投げた。

 

 

「この大陸じゃ知らせが伝わる速度や現場に駆けつけるまでにかかる時間もとっても遅いしぃ、そもそもイタミの世界と違って騎士も勤勉じゃないものぉ。

 この哀れな農民の村を襲った盗賊達もぉそれぐらいは理解してるわぁ。せっかく屋根のある寝床に食料に女まで手に入ったんだからぁ、最低でも今夜か次の夜までぐらいは襲った村でゆっくり休んでたっぷり楽しんで、夜が明けてからようやく自分の塒か新しい獲物の下へ向かう……そんな所でしょうねぇ」

 

「……やけに詳しいんだな」

 

「忘れたぁ? 私はロゥリィ・マーキュリー、死と断罪の神エムロイの使徒としての役目を900年も務めてきた身。神の御許へ送り出した盗賊なんて100や200じゃ利かないわぁ」

 

 

 特地世界に於けるこの手のトラブルに関しては、900年選手で大陸を放浪してきた彼女の方が一家言も二家言も持ち合わせていると言う訳である。

 

 とにかく当初の方針通り襲われた村の近くまで移動し偵察を試みるべく、この場から移動する事にした。盗賊達が乗っていた馬は使う当てがないのでそのまま野生に戻るがまま放置。

 

 未知の乗り物におっかなびっくりな農民を高機動車に乗せて村の手前まで走らせる事しばし。

 

 点ほどの大きさの建物が見えてきたところで2台の高機動車は停車。

 

 

「こういう時にうってつけのおもちゃを持ってきてある」

 

 

 そう言ってプライスが荷台に積んだ荷物の山から小型の耐衝撃ケースを引っ張り出す。

 

 取り出されたのは新書本程のサイズの強化プラスチック製外装に4つの折り畳み式プロペラが付いた、小型のドローンであった。

 

 歩兵が容易に携行可能なまでに小型軽量化され高性能のビデオカメラを搭載した偵察用ドローンも、今や現代戦に於ける必須のアイテムと化した。何せ紛争地帯に至っては敵対する両陣営のドローンが偵察から砲撃の着弾観測、はたまたテロ組織の自爆攻撃による効果算定どころかプロパガンダ動画の撮影にまで活用されるご時世である。

 

 

「どーせなら海外に居た頃にこういうのが欲しかったなぁ」

 

 

 とは伊丹の弁。しみじみと心底実感の籠もった嘆きであった。

 

 送受信用アンテナをプライスがドローンと同じく持ってきた軍用タブレット端末に取り付け専用アプリを起動。付属のコントローラーと同期させると蜂の羽音に似た駆動音を伴いながら、ドローンはあっという間に何十メートルもの上空へと浮き上がった。

 

 

「なぁにぃこれぇ! ちょっと面白そうじゃなぁい。私にもやらせてくれるぅ?」

 

「暇な別の時にな嬢ちゃん」

 

 

 御年961歳の亜神をお嬢さん扱いするという、ロゥリィを崇めるベルナーゴ神殿の神官らが知れば白目を剥くか怒り心頭となるであろう所業なのだがそんな事気にするプライスではない。

 

 見た目の老け具合からは中々想像出来ない滑らかな操作でプライスはいとも容易くドローンを村の上空へと到達させた。偵察用にカスタムされたドローンは静粛性も向上しているので地上の盗賊に駆動音を聞かれる心配も然程しなくていい。

 

 ドローンのカメラ越しに見下ろす農村は明らかに荒れた有様であった。

 

 打ち砕かれた物がそこら中に散乱し、放置されている。地面をまだら状に汚す黒い染みの正体は血痕だ。

 

 そしてその出所、襲撃の犠牲者である住民の死体が、村の中央の広場に乱雑に小さな山となって積まれている。

 

 死体の小山の傍にはジャイアントオーガーの姿。住民の死体や住居というという比較対象があるお陰でその巨体の凄まじさを伊丹は再認識せざるをえなかった。よくもまぁ銀座で倒せたものだと改めて実感する。

 

 不意にジャイアントオーガーの手が死体の山へ伸びた。巨躯に相応しい大きな手で死体を掴んだかと思うと、

 

 

「このデカブツ、死体を喰ってやがる……!」

 

 

 その一部始終もドローンは詳細に捉えていた。栗林やヤオは口に手を当てて目を背け、農民に至っては思わずその場に蹲って嘔吐した。死体の山など見飽きている伊丹らでさえもこの光景に目つきを険しくさせる。

 

 

「爺さん、左上に映ってるこの部分を拡大してみてくれないか」

 

 

 ロープで縛られた村人らしき一団が食事中(・・・)のオーガーから若干距離を置いて広場の片隅に集められている。

 

 年齢に差はあれど男性ばかりで、女性の姿はない。武装した盗賊が数名見張りに就いている。

 

 周囲には他にも腰に剣を刷いた盗賊の姿が散見され、好き勝手に民家から引きずり出した酒や食べ物を貪り、縛られ打ちひしがれる哀れな犠牲者の姿を肴に、今日の戦果を祝ってのどんちゃん騒ぎを堂々と行っていた。

 

 

「こう言っちゃうと何ですけど、こういう時男は皆殺しにされちゃうものと思ってましたけど、結構生き残ってる村人が多いですね」

 

「襲う側の立場によるわぁ。単純な盗賊はクリバヤシが思ってた通り真っ先に男も殺しちゃうけどぉ、あくどくなってくると女だけじゃなくて男も攫って奴隷商人に売り払っちゃうのよぉ」

 

「体力がある男は過酷な環境の農奴や鉱山奴隷に最適。なお最も多くの奴隷を調達(・・)し売買している奴隷商人は帝国という国家そのものであると言われている」

 

「奴隷制度か。フン、人のやる事は世界すら代わり映えしないものだな」

 

「うーん複雑な気分……」

 

「人間そんなもんさ。そんな事よりも女の村人は何処に集められてるのか探さないと」

 

「それならとっくに見当が付けてある。この建物だ」

 

 

 プライスがコントローラーから片手を画面を叩く。

 

 

「建物の中までは分からないのによく分かんね」

 

「さっきからロクデナシどもがズボンのベルトを弄りながら出入りしてるのを見ればあの中で何をやってるかの検討は付く」

 

「あー……お約束だもんねぇ」

 

「あれだけの数なら全員回って満足するまでそれこそ明日までかかるんじゃないかしらぁ?」

 

「御身よ、その話題はそろそろそこまでに。その……村の者が今にも発狂しそうになっておりますので」

 

 

 ム〇クの叫び的アレな形相と化した農民の姿にバツの悪さを覚えてしまう。

 

 せめてもの励ましにと伊丹は農民の肩に手を置き、出来る限り頼もしく映るよう祈りながら、絶望に打ちひしがれる農民に決意を篭めた眼差しが見えるよう顔の高さを合わせた。

 

 

「大丈夫だ。俺達が必ずアンタの村と捕まった村人達を取り戻してやるから」

 

「ほ、本当ですか」

 

「ああ、それが……というか、それも俺達自衛隊の仕事だからね」

 

 

 

 

 

 そう言って、伊丹は100人を超える盗賊からの人質奪還を請け負っちゃったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『運命がカードを混ぜ、我々が勝負する』 ――アルトゥル・ショーペンハウアー

 

 

 

 

 

 




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