GATE:Modern Warfare   作:ゼミル
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14.5:Crossing/再会

 

 

 

 

 

 

 ――本来ありえざる運命がまた1つ交差する。

 

 

 

 

 

 

 

<時刻不明>

 ???

 皇宮の何処か

 

 

 

「ノリコを殺すのよ。

 ピニャでもディアボでもいい、帝室の手の者の仕業に見せかけてノリコを殺せば、たかが1人や2人の同胞が奴隷になっていただけであそこまで怒り狂ったニホンと帝国は更に激しい戦争へと雪崩れ込んで、大地はヒト種の骸で溢れかえる」

 

 

 暗く狭い部屋の中で、何もかも滅んでしまえと願う女の狂気が自衛隊に牙を剥こうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

<5日前/17:49>

 パルナ

 ファルマート大陸・アルヌスの丘/自衛隊駐屯地・診療施設

 

 

 

 

 

 元悪所街のボスの愛人な片耳のヴォーリアバニーことパルナが特地派遣部隊駐屯地の診療施設に検査入院してからはや1週間以上。

 

 診療施設での生活は安穏で、ベッサーラの愛人時代より余程快適な日々をパルナは送っていた。

 

 ベッドは柔らかく部屋は清潔。朝昼晩の決められた時間にパルナが頼まずとも食事が運ばれ(美味しいけど味が薄いのが少し不満)、日が沈んでも就寝時間までは雷の力を封じ込めた『でんき』のお陰でずっと明るい。

 

 午前は『えむあーるあい』とか『しーてぃーすきゃん』という名前の、魔法仕掛けとしか思えない妙に物々しい装置を使って体を調べられ、時には血を抜かれたりもするが決して辛いわけではない。

 

 検査が済んだ昼間はもっぱら患者向けのトレーニングルームに置いてある機材にチャレンジするのがパルナの日課となっている。

 

 特地における一般的なトレーニングとは1も2にも野外を駆け回り、剣を振るうものと認識されている。これが騎士団や軍隊ならば座学で兵法を学び演習で集団行動を養うといった内容も加わるが、どちらにせよ外で体を動かしてナンボというのが特地の人々の間の常識であった。

 

 一方、診療施設のトレーニングルームには歩行訓練用のスペースや拘縮予防の運動に利用するベッドのみならず、ダンベルからバーベルにベンチプレス、トレッドミルetc…といった、スポーツジム並のトレーニング機材まで揃っていた。

 

 そもそも日々訓練で体を鍛える自衛隊員が入院する事を想定して設計された施設である。体が鈍らぬようトレーニングルームに置く設備も相応の物を、となるのも当然の結果であった。

 

 しかし、逆に言えば入院患者が居なければ折角揃えたトレーニング機材も使われる事はない訳で。

 

 入院レベルで診療施設のお世話になる隊員はほとんど存在せず、現在入院中の患者も両手の指で足りる数。

 

 しかもほぼ全員特地の住人であった為、トレーニングルームに置かれた機材の使い方が分からない始末。トレーニングルーム自体の利用者も隻眼で左の手足が義手な老人が、看護師の付き添いの下で歩行訓練をしているだけという体たらくだ。

 

 パルナ自身、たまたま機材に興味を惹かれて看護師に使い道を教えて貰わなければ、トレーニングルーム自体を利用しようとは思わなかったであろう。

 

 

「二ホンの道具ってよく分からないけど便利な物ばっかりね」

 

 

 と、しみじみ思うパルナである。アルヌスにやって来て以降かれこれ17回目の感嘆であった。

 

 逃亡の度に疲れ果て自ら奴隷になった挙句ゴロツキの愛人に転がり込んだ身とはいえ、元々パルナもヴォーリアバニーの女戦士、つまりバリバリの体育会系である。

 

 思い出すのは、子供の頃から戦士として鍛えられた故郷での日々。

 

 ヴォーリアバニーも例によってとにかく実地で覚えろという教育方針だ。荒野を、山を、森林を刀剣を手に、散々駆け回らされ、先達の見よう見まねでナイフの振るい方や敵を効率的に殺す方法を学んだ物である。

 

 そんなパルナにとって、体のいち部位に集中的な負荷を加えて鍛える地球のトレーニング機材は革新的な存在に感じられた。雨や雪の日でも外に出なくても鍛錬が出来るという経験もまた極めて新鮮だった。

 

 パルナは特にレッグプレスといった下半身を鍛える為のトレーニングマシンがお気に入りだ。兎の獣人なだけに跳躍力に長けたヴォーリアバニーは脚力が命である。その下半身を念入りに鍛えられるのが嬉しく、また楽しかったのだ。

 

 

「とんでもないぞ、外見は同世代の女性の人間と大差ない肉付きなのに、レッグプレスの記録は平均を大きく上回ってる。これでも本人は「昔より大分衰えた」って話らしいけど」

 

「トレッドミルの記録も凄いぞ。兎の獣人なんだから筋組織や循環器そのものの構造や機能が地球の人間と違うのかもしれないな」

 

「彼女も採血は済んでるんだよな? 同族の子らの血液ももっと詳細な検査にかけて比較してみないと」

 

「彼女らの遺伝子構造を解析出来ただけでもノーベル賞取れたりして……」

 

 

 2~3日前からはトレーニングにも複数の医官がパルナのトレーニングに顔を出し、彼女が叩き出した結果を前にざわついていたが、会話の意味はさっぱりだ。

 

 

「よし、今日はここまでにしよう。夕食の時間も近付いているからね」

 

「分かったわ。あーあ汗でびっしょり。(しとね)以外でここまで汗だくになったのも久しぶりよ」

 

 

 ベッサーラの愛人時代にはとんと運動不足だった身だ。下半身を中心に満遍なく、久方ぶりに全身を苛めたパルナの肉体は、びっしりと大粒の汗が浮かんでいる。

 

 パルナは、おもむろに運動着として支給されたジャージの上を無造作に脱いだ。

 

 中はランニングシャツのみで、パルナはブラジャーを着けていなかった。

 

 汗で濡れたランニングシャツは栗林すら超えるレベルの膨らみを無理矢理押し込んでいるのも重なり先端の形状や大きさ、適度に熟した色合いまで完全に透けて見えている。それどころか堂々とその場でシャツをめくり、谷間や乳房の裏に溜まった汗をタオルで拭き始める始末である。

 

 特地にはブラジャーという文化が無く、また愛人という立場上、主が命じればすぐに裸体を晒せるようにしなければならない日々に馴染んでしまっていた事。

 

 極めつけに、パルナのバストサイズに合うブラが女性自衛官の私物を含め派遣部隊内に存在しなかった……といった理由から彼女は半強制的にノーブラ生活を送っていた。

 

 ちなみに下は流石に履いている。だがやはり汗を吸って気持ち悪いので、下もこの場で脱いでしまおうかと割と本気で考えていたり。

 

 故郷を失ってから散々体を売って日銭を稼いだり愛人稼業にどっぷり浸かったりしてしまった結果、性的な方面の羞恥心がめっきり薄くなってしまっているパルナである。

 

 

「パルナさん! 何度も言ってますよね。男の人達がいる前でそういう格好はしないで下さい!」

 

 

 すぐさま女性の看護師が注意を飛ばす。それから男性の医官らにギロリとガンを飛ばすと、鼻の下を伸ばしていた医官らは看護師の剣幕に恐れをなして一斉に顔を背けた。

 

 

「胸の1つや2つ見られてもアタシは気にしないんだけど」

 

「こちらが気にするんです!」

 

 

 異世界間の論理の違いに首を傾げるパルナであった……

 

 

 

 

 

 シャワールームで汗を流し、夕食を食べ終わってからは施設内の休憩所から拝借した雑誌や新聞に目を通し、就寝時間までの時間を潰すのが定番の流れである。

 

 

「火も窯も焚かずに捻っただけでお湯が出るなんて凄い贅沢よね」

 

 

 冬場でも凍るように冷たい川の水で行水しなければならなかった部族時代や、そもそも水浴びの余裕すらなかった放浪時代と比べればそれこそ夢のようだった。お湯が出るシャワーの存在だけでも貴族になったかのような気分だ。

 

 そして雑誌と新聞だ。当然ながらパルナには日本語が読めないし分からない。それでも絵画よりも遥かに緻密で鮮烈な色使いのカラー写真や、特地の感覚では斬新な構図の広告は、意味する所は分からずともパルナの目を楽しませるには十分であった。

 

 持ち込んだ雑誌に目を通し終えたので、まだ読んでいない本を探そうと病室を出る。ちょうど消灯時間間近だったのもあり、パルナが廊下を歩いていると一斉に廊下が暗くなったが、彼女は気にせず休憩所への道のりを歩く。

 

 ふと窓に目を向けてみれば星空が見えた。

 

 そういえばアルヌスへ移されてからほぼ診療施設に籠もりっきりで、外の空気を吸っていなかった事を思い出す。

 

 これまでとは比べ物にならない位快適な生活を送っていたので、施設の外の世界に出るのをすっかり忘れてしまっていたのだ。

 

 廊下に彼女の行動を咎める存在も居らず、ご親切にも日本語と特地語の両言語で記載された案内図が壁に貼ってあったので、施設の出口を目指すのは至極簡単であった。

 

 玄関口を出る。屋外なのに土の地面とも石畳とも違う、足の裏から伝わるコンクリートの硬く真っ平な感触が新鮮だった。

 

 見上げれば、頭上一杯に広がる星空。思えばこうして正しい意味で最後に夜空を眺めたのは何時だっただろうか?

 

 風が吹くと、魔薬に似た紫煙の臭いが鼻を擽った。出所に向かってみると、誰かがベンチに座って喫煙している。見覚えのある人物だった。

 

 

「……どうも」

 

「アンタ、ここに来る時一緒に乗ってた女よね?」

 

「ええそうよ。えっ……とそういえば名前……」

 

「お互い名乗ってなかったね。私の名前はパルナよ」

 

「……望月紀子よ」

 

 

 紀子と同じベンチにパルナも腰を下ろす。紀子も一度はパルナを視界に捉えるものの、すぐにその視線をぼんやりと中空へ戻し、紫煙を口から吐き出したまま動かなくなった。

 

 違和感があった。

 

 悪所街からアルヌスまでの道すがら、『へりこぷたー』に乗っていた時の紀子は故郷へ帰れる事に感極まる程の喜びで体を震わせていた筈なのに、今の彼女からは感情も生気も何もかもが抜け落ちてしまっていた。

 

 まるで全てを失ってしまった哀れな落伍者のような。

 

 夜闇よりも昏く濁った虚無を瞳の奥に宿した今の紀子は、当てのない放浪の旅の末期にパルナが水面を覗き込む毎に見てきたそれと同じ顔をしていた。。

 

 

「何かあったの? 酷い顔だよ」

 

「今はほっといて」

 

「気になるのよ、ここに来る時は泣くほど喜んでた癖に今にも死にそうな顔をしてるその理由がさ」

 

「そう、そんなに酷い顔してるんだ――いっその事、本当に死んじゃおうかしら」

 

「いや何言ってるのよ急に」

 

「……私、何もかも失ってしまったの」

 

 

 ぽつぽつと、紀子は語り出した。

 

 故郷の家族が『門』が開いた時の騒動で全員死んでしまった事。帰る家も、火事によって焼けて無くなってしまったのだという。

 

 ショックな筈なのに、何も感じない。泣いたりわめいたりする気すら湧いてこないという己の変化を自覚してしまった紀子は、少しでも気分を落ち着かせようとこうして煙草を吸いに出、パルナに見つかってしまったのであった。

 

 

「家族も帰る家も無くなって、恋人もどこに居るのか分からないし、でもその事に何も感じなくなってしまった自分はきっと変になっちゃったんだろうって思っちゃって……だからいっその事、って思ったの」

 

「気持ちは分かるよ。アタシも故郷と部族の仲間も全て奪われて無くしちゃったからさ。けどだからって死んじゃいたいと思った事は一度もないよ」

 

「どうして? 何もかも失ってしまったのに」

 

「まだ自分の命が残ってるじゃない」

 

 

 パルナは右の拳を握り、己の胸を叩いた。

 

 

「死んじゃったら何も出来ない。お尋ね者として追っかけ回された挙句死にたくなかったから、アタシは自分から奴隷になった」

 

 

 手が自然と自ら切り落とした左右非対称の兎耳へと伸びる。

 

 

「奴隷になってでも生き延びたお陰でベッサーラの愛人に見初められて贅沢な生活を味わえた。ベッサーラを狙って襲ってきたジエイタイに自分から身柄を委ねたお陰で、今こうしてベッサーラの所よりももっと充実した生活を過ごせてる」

 

 

 地球では退屈の代名詞な入院生活も、艱難辛苦を味わってきたパルナにはまるで夢のような暮らしだった。

 

 

「アタシは別れた仲間みたいにヴォーリアバニーの誇りを貫けなくて自分から奴隷になったけど、後悔はしてないよ。お陰でたった1つだけの自分の命だけは奪われずに済んだんだから。

 せっかく唯一奪われずに守り通せたものを自分から捨てるなんて真似なんて、アタシは真っ平御免よ」

 

「……強いのね、貴女」

 

 

 パルナの顔に、呆れの感情が浮かんだ。

 

 

「言ったでしょ、自分から奴隷になったって。アタシは一族の仇も取れないまま放浪の辛さに耐えられなくかった半端者よ」

 

 

 そこまで自ら口に出してからパルナは思い出す。

 

 ヘリで聞いた紀子の話。パルナの故郷、ヴォーポルバニーの国を滅ぼし女達を奴隷の憂き目へ追いやった元凶、皇太子ゾルザルこそが紀子の飼い主であり――ベッサーラを潰した張本人でもある伊丹がそのゾルザルを殴り倒して紀子を助け出したのだという。

 

 笑い出したくなった。いや、気が付くとパルナは本当に笑い声を上げていた。笑い転げたくて仕方なかった。

 

 紀子の方は、突然笑い出したパルナを呆気に取られた様子でポカンと見つめている。

 

 

「急にどうしたのよ」

 

「こういうのを運命的っていうんだっけ? アンタの飼い主だったゾルザルって皇子はさ、帝国がアタシの故郷を滅ぼした時の指揮を執ってやがった張本人よ。その帝国の皇子様がぶん殴られた上に奴隷まで奪われたとか、痛快以外の何だっていうのよ!」

 

 

 パルナの言葉に、自身が助けられた当時の救出劇……を通り越した血生臭い蹂躙劇を思い出した紀子の口元にも、怖れ半分愉快半分が混じった笑みが浮かんだ。

 

 

「訂正するわ。殴り倒すどころの騒動じゃなかったの。私を助けてくれた伊丹って隊長さん、物凄い暴れっぷりだったんだから」

 

「そうなの? アタシを連れてきたのもそのイタミよ。ベッサーラ相手に数人の手勢だけで殴り込んでくる位の猛者だから只者じゃないとは思ってたけど……そんなに凄かったの?」

 

「皇子を殴り倒して、駆け付けた十数人の兵士を殆ど1人で皆殺しにして、それからまたゾルザルを何発も殴ってたわね。殴るだけじゃ飽き足らず股間を踏みつけて尋問したり、私を繋いでた鎖を使って首を締め上げたり……ゾルザルなんて最後には失禁しながら気絶してたわよ」

 

 

 呵々大笑。

 

 そう形容できる程に、パルナは大笑いした。

 

 紀子の笑い声も、途中から加わっていた。家族の死を知っても震えなかった屍の如く冷え切った紀子の心が、再び熱を帯びていた。

 

 

「ザマァ見なさいゾルザル! 散々好き勝手してきた天罰が下ったのよ!」

 

「本っ当いい気味よ! 最低の男には飛びっきりいい薬だわ!」

 

 

 痛快過ぎて、笑い声も、何時の間にか溢れ出していた涙も、ずっと止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 あまりに笑い続けたものだから最終的には呼吸困難の2歩手前に陥ってしまい、肺も腹筋も痛くなってきた女2人はようやく笑い声を消した。濡れに濡れた目元をパジャマの袖で拭う。

 

 

「ああ、こんなに笑ったのこの世界に無理矢理連れてこられてから初めてかも」

 

 

 フィルター近くまで燃え尽きてしまった煙草を灰皿に捨てる紀子の瞳には幾分の生気が蘇っていた。

 

 

「何だか笑ってたら、死んでもいいかなって考えてたのがどっか行っちゃった。そうよね、全て失くしたわけじゃない。まだ私自身の命が残ってるのよね」

 

「その意気よ。アタシも着の身着のままでここに来たから1アクスだって持っちゃいないけど、悪所街で奴隷になった時だってそうだったしそこから1度はベッサーラの愛人にまでのし上がれたもの。

 もしここから追い出されてもその時は近くにある街で何か仕事を探せばいいだけの話だし、いっその事今度はここの上役の妾でも狙ってみるのも良いかもね」

 

「申し訳ないが我々はそのような申し出は基本的に受け入れない事にしているのでご遠慮願いますかな」

 

 

 冗談めかしたパルナの発言に知らない男の声が答えた。

 

 玄関口から、迷彩服姿の自衛隊員と入院服姿の特地側の人間という組み合わせで男が2人、パルナと紀子の下へと近付いてきた。笑うのに夢中で足音を聞き逃してしまっていたようだ。

 

 自衛隊員はオールバックにメガネ姿。入院患者の方はパルナの、同時に紀子にも見覚えのある人物だった。

 

 

「失礼、こんな時間に笑い声が聞こえたものでして。既に消灯時間なのであまり騒がれると他の患者の迷惑なのでは?」

 

「良いではないか若いの。どうせここで療養しておる患者なんぞ、ワシらを含めても片手で足りる数しかおらんのだからな」

 

「礼儀の話をしているんですよ――おっと失礼しました。誰かと思えば望月さんでしたか」

 

 

 夜の暗がりのせいで判別が遅れたのか、自衛隊員(柳田)は相手が紀子である事に気付くと姿勢を正した。老人は隊員のそんな姿に小さく鼻を鳴らす。

 

 

「こんばんわデュランさん。2~3日見かけなかったけど今日も夜空を見に?」

 

「うむ。しばらくやれ打ち合わせだのやれ取引だのやれ手紙を書いたりだのと忙しかったのでな。

 つい最近までワシの事はほったらかしにしておった癖に、今になって立場を考えろだのと五月蠅くてのぉ、同伴の条件付きでようやくまた外の空気を吸いに来たという訳じゃ」

 

「その口振りではやはり陛か、ゴホンデュラン殿は塩と樽がご所望のようですね」

 

「フン、妬みであそこまで荒れ狂う姿を晒しておった癖に、若造が生意気じゃぞ」

 

 

 何というか、成績優秀だがひねくれて育った孫と偏屈爺の家族漫才を見ているような印象の組み合わせである。

 

 この時、隻眼の老人の名前がデュランである事をパルナは初めて知った。口振りからして紀子とも知り合いのようなので、小声でデュランについて紀子に尋ねてみた。

 

 

「この爺さん知り合い?」

 

「私よりも前に入院してた患者さん。毎晩夜空を見に来てるみたいで、煙草を吸いに出てくる度に話しかけてくるお喋り好きのお爺さんね」

 

「ふーん」

 

 

 ふと、デュラン何某の無事な右目がジッと紀子を見据えているのに気付く。紀子共々パルナが見つめ返すと、デュランの口元が男臭い感じに吊り上がった。

 

 

「ほほう。若い割にまるで連れてこられた奴隷のように暗い雰囲気じゃったのが気になっておったが、どうやらそれなりに生気を取り戻せたようじゃな。このヴォーリアバニーのお陰か」

 

「そう、ですね。ええ、彼女のお陰です」

 

 

 紀子も微笑む。昏さが抜けた陽性の笑みだった。

 

 住民の心が色と暴力と悪徳という名の汚泥に浸りきった悪所街の空気に慣れ親しんでしまったパルナは、今の紀子の言葉とほほ笑みに妙な気恥ずかしさを覚えてしまい、困った様子で長い耳の後ろを掻き毟った。

 

 そんなパルナの仕草に紀子がまたクスリと笑いを漏らす。そしてこう言った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くすっ。今の貴女、何だかテューレさんみたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………今何て言ったの」

 

 

 パルナの表情が凍る。

 

 同時に近くの木陰から乾いた音が聞こえた。小枝か何かを不用意に踏み砕いてしまった音。耳の良いヴォーポルバニーにはそれが人為的な音であると即座に見抜けた。

 

 

「誰!?」

 

 

 心臓が止まるかと思う程の衝撃に襲われた直後の異音に、パルナが発した誰何の声は自然と鋭く警戒したそれになる。

 

 異様な空気に柳田も警戒モードに移り、レッグホルスターに携行していた9ミリ拳銃に手を伸ばした。

 

 完全に抜きはしないが脱落防止用のベルトを外し、グリップに手を添えて何時でも抜けるように身構える。左手は持ち歩いていたスマホを取り出すと画面をタップ、標準装備の内蔵式ライトで音がした辺りを照らす。

 

 夜闇を切り裂く光。

 

 浮かび上がる人影。頭から縦長の耳を生やした女性的なシルエットは影の正体がパルナと同じヴォーリアバニーである事を知らしめていた。

 

 診療施設に入院しているヴォーリアバニーはパルナのみである。侵入者であると判断した柳田の警戒レベルが一気に跳ね上がり、9ミリ拳銃を完全に抜き放った。

 

 

「そこに居るのは誰かっ! ゆっくりと両手を見える位置に出したまま姿を見せろ!」

 

 

 ヴォーリアバニーが躊躇うのが気配で分かる。やがて観念した様子で、木陰から姿を現す。

 

 血錆が生々しく浮かぶ大振りのナイフを震える手で握り締めながら、頭を項垂れて立ち尽くすその人物は――

 

 

「デリラ! デリラじゃない! アンタ、何で!?」

 

「ゴメン、ゴメンよぉパルナ、皆、あたしもうどうすればいいのか分かんないんだよぉ……」

 

 

 

 

 

 かつて袂を分かった仲間は、戦化粧を施した顔をくしゃくしゃに歪めてその場に崩れ落ちたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人は運命を避けようとしてとった道でしばしば運命に出会う』 ―ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ

 

 

 




やっぱ感想の数でモチベ断然変わるタイプなんだなぁ自分…

パルナはもうほぼオリキャラ状態ですがこのままでいきます。


今後も皆さんの批評・感想大歓迎です。


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