GATE:Modern Warfare   作:ゼミル
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15:The Master Sniper/魔弾の射手

 

 

 

 ――狙撃とは複合的専門分野である。

 

 すなわち狙撃手とは様々な分野に精通した専門家である。

 

 

 

 

 狙撃手は技術者でなければならない。

 

 正確な狙撃をする為には正確なライフルが必要不可欠だ。細かなパーツの1つ1つまで精査し、磨き上げ、正しく組み合わせ、正確な弾道を描く弾薬を手ずから作成し、時により緻密な狙撃を可能とする最新技術を貪欲に己の糧とする。

 

 狙撃手は数学者でなければならない。

 

 風速、角度、距離、弾道、物理法則、己が放つ銃弾に干渉するあらゆる現象を数式化し、計算し、最適な姿勢、最適な照準、最適なタイミングを組み合わせての複合的最適解を導き出さねば標的を射貫く事は出来ない。

 

 狙撃手は気象学者でなければならない。

 

 標的が遠ければ遠いほど気象条件が弾道に及ぼす変化は上昇するからだ。弾丸を押し流す風を読み、抵抗を加える湿度を読み、時に何よりも複雑な影響を与える気流を読む必要がある。

 

 狙撃手は心理学者でなければならない。

 

 狙撃手も、敵も、同じ人間である。戦場下で激しいストレスを加えられた人間がどのような心理状態に置かれ、どのように判断を下し、どんな行動を取るのかを狭いスコープの中から読み取れなければならない。

 

 素人に毛が生えた新兵なら、ショックによる心理的空白によって棒立ちになる時もあれば、死の恐怖に逃げ出す事もある。

 

 歴戦のベテランなら即座に隠れ、時に的確な反撃すら試みてくるであろう。相手が同じ狙撃手ともなれば、最初の一弾で仕留める事が出来なければ待っているのは心身をすり減らす心理戦の幕開けだ。

 

 時には個人に限らず集団心理にも精通しておかなければならない。命令を下す指揮官から仲間を鼓舞する古参兵に至るまで、どの敵から順番に殺すべきか、どのタイミングで仕留めれば敵部隊へ効率的に影響を及ぼせるのかを把握出来ていれば、たった1人の狙撃兵が数百人の部隊を撃退する事すら可能なのだ。

 

 狙撃手は分析家(アナリスト)でなければならない。

 

 銃の性能、現地の気象、地形、敵の心理のみならず、標的の行動パターン、狙撃ポイントまでのルート構築、警備体制、屋外か屋内かどちらを狙うのか、防弾ガラスや身を挺して標的を庇う護衛の存在etc…

 

 あらゆる要素を分析し、狙撃計画を立て、必要な装備を調達し、相棒の観測手(スポッター)と共に時には何日もの時間を費やし狙撃地点へと潜入した上で狙撃を成功させ、ようやく狙撃手はその存在意義を認められるのである。

 

 狙撃手はギャンブラーでなければならない。

 

 敵の心理を読み取り、敵と思考を一体化させた上で、裏をかく。或いは裏をかくと見せかけて表を本命にするか、別の札を使い前提そのものを覆す。

 

 狙撃手同士の戦いはブラフ、陽動、待ち伏せ、長考、ありとあらゆる手段を駆使したボードゲームかカード賭博の一騎討ちを彷彿とさせる様相と化す。

 

 そして最終的には存在の露呈を代償にしての一弾に賭けるのである。即ち互いの命をベットしての勝負に他ならない。敗者には死あるのみ。

 

 狙撃手は芸術家でもある。

 

 極限まで高めた技能は芸術へと昇華される。

 

 何より、狙撃手は幸運でなければならない。

 

 例えば、直前まで安定していた気候が発砲の直前に一変したり、専門の器具を動員しなければ発覚しないレベルの変化が銃やスコープに生じていたり、時には標的の意思が介在しない事態によって相手が体勢を崩した結果、命中する筈の弾丸が的から外れてしまう展開も時には起きえるものなのだ。

 

 或いはその逆、本来的を外れる運命であった銃弾が、奇跡的な弾道を描いて命中する場合も極稀に存在する。

 

 勿論大多数の狙撃は正しく当たるか正しく外れるかのどちらかだが、時には複雑怪奇な要素が組み合わさっての奇跡的な顛末がまま起きるものなのだ。

 

 

 

 ジョン・プライスは兵士であり狙撃手だ。

 

 すなわち技術者であり、数学者であり、気象学者であり、心理学者であり、分析家であり、ギャンブラーであり、芸術家であり―本人は認めないだろうし兵士として波乱まみれな彼の経歴を知る者も首を傾げるであろうが―一部の例外(ザカエフ)を除けば狙撃という分野において幸運な人物であった。

 

 それもとびっきり凄腕の(・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

<2日前/16:09>

 ジョン・プライス

 ファルマート大陸・エルベ藩王国/ロルドム渓谷

 

 

 

 

 

 

 プライスが初めて炎龍の姿を目視したのは、炎龍から逃げのびたダークエルフが隠れ潜むロルドム渓谷に到着し、周辺地形を把握する為に車外へ出ていた時であった。

 

 そこはグランドキャニオンよりかは若干マシな程度に緑が所々点在した深い谷間が連なる地形で、しかし斜面や岩肌は有名なアメリカの砂漠地帯にあるそれよりも鋭く尖っているようにプライスには見受けられた。

 

 眠りから目を覚ましたテュカも含め、見渡す限り谷々が連なる光景に見とれていた一行を、何時の間にかヤオの同胞であろうダークエルフの小集団が包囲していた。この場に連れてきた本人が居れば説得も早かったのだが、間の悪い事にヤオは谷の中に隠れ潜む長達へ帰還を知らせるべく、単独でその場を離れてしまっていた。

 

 そんな助けに来てくれた筈の伊丹達に弓矢を向けて威嚇するダークエルフらはしかし、空から現れた新たな存在の奇襲を受ける羽目になったのである。

 

 

『クソッ! 炎龍だ!』

 

 

 それは胴体のシルエットは細身だが全長だけならジャンボジェットに匹敵しようかという紅蓮の巨体。

 

 プライスですら、巨影がダークエルフらの頭上を覆うまで存在を認識するのが遅れてしまった。

 

 老兵の中では巨大飛行物体というのはヘリコプターや輸送機といった代物を指し、それらは巨体を空へ浮かべるべく高出力のエンジンを搭載していて、トン単位の金属の塊を浮かべる代償に銃声すら掻き消さんばかりの轟音を発するからだ。

 

 つまり歴戦の老兵である彼もまた地球の一般常識に囚われてしまっていたのである。

 

 そもそも、彼の専門は人だ。途中の村ではジャイアントオーガーに遭遇したし、『銀座事件』の記録映像や柳田から調達した(強請った)資料で龍種を筆頭とするファンタジー生物の知識も頭に叩き込んではいたのだが、それとこれとは話が別だ。

 

 今プライスらの目の前に降り立った炎龍とは、頭から尾を含めた全長と極めて幅広な翼の面積だけなら巨大旅客機クラスの巨躯を持つ、戦車の装甲板に匹敵するであろう強度の鱗で全身を包んだ地球上のあらゆる種を上回る威容の生命体であった。

 

 クソッたれ(bloodyhell)め。

 

 ベオウルフもジークフリートも聖ゲオルグもクソ食らえだ。目の前のコイツ(炎龍)と比べれば、きっと連中が退治したとかいうドラゴンは壁を這いずり回るトカゲのお仲間だったに違いない。

 

 プライスは兵士以前に人間として、1つのちっぽけな生命体として、己を遥かに凌駕する生命力の権化を前に思考が漂白された。ユーリも似たようなものだ。

 

 百聞は一見に如かずという諺がある。

 

 今のプライスとユーリの置かれた状況がまさにそれであった。

 

 エンジン音を響かせず、片翼何十メートルもあろうかというサイズの翼を純粋な筋肉の躍動だけで羽ばたかせる事により自在に空を舞う隻腕隻眼の炎龍は、不幸にも最初に目を付けられた獲物の上半身をたった一口で食い千切った。

 

 地球人的感性では防具というよりもSMプレイ用といった方がしっくりくるようなデザインの革鎧ごと両断された残りの下半身が地面に転がる。

 

 血と肉と臓物の塊を咀嚼し、飲み込み――それからようやく、炎龍は突然の出現に凍りつくヒトとダークエルフの集団へ向け、咆哮を上げた。

 

 砲声のようだった。

 

 超低空で飛来する対地攻撃機の爆撃音のようだった。

 

 それを合図に、兵士としての本能が再起動する。

 

 

敵襲(Contact)!」

 

クソ(блядь)!」

 

 

 警告する。回避行動を取る。手にしていたM4カービンを発砲する。3つの動作をプライスは一挙にこなした。

 

 薄い鉄板程度簡単に貫通する5.56ミリNATO弾は炎龍の鱗にうっすらとひっかき傷を作るだけに終わった。

 

 ユーリも、栗林も各々手持ちの火器で攻撃するが似たようなものである。ダークエルフに至っては恐怖に顔を引き攣らせながら必死に弓を射掛けていたが、ライフル弾よりも劣る弓矢など結果は知れている。

 

 伊丹は、炎龍の出現にショック状態寸前のテュカを逃がすのに手を割かれていた。

 

 プライスは二重の意味で舌打ちした。1つは炎龍の体表を覆う鱗が本当に戦車クラスの防御力であると実感した事、もう1つは周囲の偵察と気を抜いて重火器を高機動車に置いたまま不用意に出てきてしまった己の愚かしさに対して。

 

 

「豆鉄砲なんぞ効かん! RPGを使え! ミサイルでも構わん! ジャベリン(対戦車ミサイル)も引っ張り出せ!」

 

「ドラゴンなんてロックオン出来るのか!?」

 

 

 流石のユーリも悲鳴じみた声を発したが、FGM-148・ジャベリン対戦車ミサイルの誘導方式は常温目標もロック可能な赤外線画像方式。

 

 その他『銀座事件』やアルヌスでの戦闘でも自衛隊の地対空・空対空ミサイルにより炎龍よりも小型の翼龍の撃墜記録が存在しており、地球側の現行誘導方式でも通用するのは実証されていたのだが、プライス同様やはり炎龍を初めて目の当たりにしたユーリからも冷静さが失われていた。

 

 

「いいからさっさと持ってこい!」

 

 

 叫びながら通用しないのも承知でM4カービンを絶え間なく、炎龍の顔面を重点的に浴びせかける。ユーリが炎龍に通用するだけの猶予を稼ごうという陽動の射撃。

 

 次の瞬間、解体用の鉄球が戦車の正面装甲と激突したかのような轟音。

 

 黒いゴスロリ少女、ロゥリィが愛用のハルバードで炎龍の横っ面を文字通りブン殴った事による音だった。

 

 規格外の巨体が、規格外の膂力によって打ち倒され、衝撃で地面が震える。

 

 

「フザけてやがる」

 

 

 それは悪態ではなく呆れの言葉であった。

 

 続けてレレイが攻撃魔法による追い打ちならぬ追い撃ちを仕掛けるが、図体に似合わぬ素早い動きで魔法を回避した炎龍が空へ戻ろうと試みる。そうはさせまいとロゥリィが追撃するが、火炎放射を目くらましにした右腕の一撃によって逆に叩き返されてしまった。

 

 少女の体が癇癪を起こした子供に投げつけられた人形よろしく吹き飛び、今度は彼女が地面に転がる。バウンドからクルリと空中で一回転。危なげなく着地して泥と己の血を拭う。

 

 訂正。おとぎ話の英雄が皆あの亜神の少女の如き馬鹿げた膂力とタフネスの持ち主だったなら龍退治の信憑性が上がる。

 

 戦場で物煩いか? くだらない事を考える暇があるなら手を動かせ。足を動かせ。

 

 炎龍の意識はロゥリィとレレイに集中している。プライスは自分達の車両へ向かった。

 

 2台目の高機動車、後部の幌を捲り上げたユーリが耐火ケースからジャベリンの弾頭が収まった発射筒を引っ張り出し、次に現在では映画業界でしかお目にかかれない16ミリフィルム撮影機の親戚のような、2本の握りを左右に挟まれた大型レンズ付きの機材を発射筒に取り付けるところであった。

 

 発射指揮装置(CLU)、20キロを超えるジャベリンの半分以上を占める弾頭内のシーカーに誘導指令を入力するこの装置が無ければ、発射機は単に爆薬と推進剤が詰まった筒へとなり下がる。

 

 CLUへランチャーを取り付け。電源スイッチをオンに。弾頭が飛び出す側の保護カバー、ロックオン対象を捉える為のレンズを守るカバーも外す。

 

 車両の陰から飛び出したユーリがCLUのレンズを炎龍へと向ける。紅蓮の体表を持つドラゴンは果敢に接近戦を挑むロゥリィを警戒し、ロシア人の動きに気付いていない。

 

 アイピースを覗き込めば、十字線と四角の枠が視界内に表示された。弾頭内蔵のシーカーが指定された目標を識別するまで十字線の中心を炎龍に据え続けなければならない。

 

 

「早く早く早く早く早く……!」

 

 

 永遠に続きそうな数秒の間、日本流で言えばネンブツを唱えるかの如くユーリが早口で口走り続けていると、画面が識別完了を示すグリーンランプを灯すと同時に待望のロックオンを知らせる電子音が鳴った。

 

 

「ロック完了!」

 

「イタミ! ロゥリィを退かせろ!」

 

 

 プライス達よりも炎龍に近い距離にいた伊丹へ警告を発すると、LAMを高機動車から取り出す手を止めて伊丹も叫ぶ。

 

 

「ロゥリィ離れろ、ジイさん達が攻撃するぞ!」

 

「了っ解っよぉっ!」

 

 

 警告を受けてロゥリィも大きく仲間が集まる後方へと飛ぶ。炎龍の隻眼が厄介な黒い亜神を目で追い――己の片腕を奪ったLAMを持つ伊丹、そしてLAMと同じ危険な気配を漂わせる鉄の筒を背負った別の男の姿を、縦長の瞳に捉える。

 

 認識した瞬間、炎龍は登場時よりも一際壮絶な雄叫びをその(あぎと)から迸らせた。

 

 最早目の前に航空爆弾が落ちた瞬間のような規模の大音量に、ダークエルフの中には跪いてしまう者まで続出した。

 

 だが1度炎龍と交戦経験を持つ分耐性がある伊丹や栗林、間近での爆発に慣れっこのユーリとプライスは呆けずに炎龍と対峙し続ける。

 

 そして、

 

 

くたばれ(Иди на хуй)!」

 

 

 荒々しい罵声を乗せてユーリが発射機のトリガーを引いた。

 

 FGM-148・ジャベリンの発射プロセスはまずミサイル本体が圧縮ガスによって筒から飛び出す。最初から本体に内蔵されたロケットモーターに点火させないこの形式により、バックブラストを軽減し射手への安全性と狭い屋内からの発射を可能としているのがジャベリンの特徴である。

 

 発射されたミサイルは空中でロケットモーターに点火。歩兵が携行するには些か重く大きい鋼鉄の槍のもう1つの特徴は、ロケットに点火後射手の事前設定によって一直線に飛翔するダイレクトモード、150メートルもの急上昇をへて標的の上面から突き刺さるトップアタックモードの2種類の弾道を任意で選択出来る事だ。

 

 ユーリが放ったミサイルは数メートルの滑空後、後部より炎を噴き出して急上昇した。

 

 大きな筒から飛び出したかと思うと火を噴いて天へと昇っていく鉄の槍をダークエルフが、炎龍すらも本能的に目で追いかける。

 

 炎龍の頭上150メートルまで到達した弾頭が、生産元であるロッキード・マーティンの開発者が設定したプログラミングに従い、自動制御された安定翼を操作して逆Uの字の軌道を描くと、先端部のシーカーが再び捉えた目標《炎龍》めがけ突き進む。

 

 着弾まであと数秒。

 

 ジャベリンの弾頭部内蔵のタンデム成形炸薬の鋼板貫通力は600ミリ以上換算。LAMには劣るがジャベリンは誘導兵器、それも装甲車の弱点である薄い上部装甲をピンポイントで叩くトップアタックモードを備えており、その機能は弾頭自身が無防備な背部へ勝手に向かってくれるとあって炎龍相手でも有効であった。

 

 その筈だったのだ。

 

 真っ直ぐ己めがけ降ってくるミサイルを首を巡らせて見上げていた炎龍の口が不意に開く。

 

 大きく開け放たれた口から放たれたのはこれまでのような咆哮ではなく、巨大な炎だった。

 

 炎龍の炎のブレスは放たれた方向も相俟って小さな火山の噴火を思わせる規模の火柱を生み出した。下手な装甲車なら乗員諸共黒焦げにされかねない程の熱量が伊丹達の下まで伝わってくる。

 

 ユーリが放った鉄の槍は火柱の中心へと真っ直ぐ突っ込んだ。

 

 火柱の中で爆発が起こる。強烈な爆風が火柱を掻き消すが、当の炎龍まで影響は及んでいない。

 

 

「化け物め、直撃する前に炎でミサイルを誘爆させやがったのか!?」

 

 

 ミサイルを放ったロシア人が堪らず呻くのも仕方あるまい。

 

 これにはプライスも目を見開かざるをえなかった。最新鋭の電子装備を搭載した装甲車や軍用機ではない、正真正銘生身の生命体が火を噴いてミサイルを迎撃するという驚愕の光景。化け物め!

 

 ――次の瞬間、その化け物の胸のど真ん中が爆発した。

 

 撃ったのは伊丹だった。炎龍の意識は完全に上空から飛来するジャベリンの迎撃に注がれ、代償にがら空きになった胸元へすかさずLAMを叩き込んだのであった。

 

 三度、炎龍の咆哮。

 

 否、今度の雄叫びにはこれまでには含まれていなかった感情、驚愕と苦痛の響きを明確に含んでいた。

 

 黒煙が着弾した胸部を中心に立ち込めており、どれほどの被害を負わせたか判別出来ないが、音を立てて地面に散らばる鱗混じりの肉片が、確かな手傷を炎龍へ与える事に成功したのだと教えてくれた。

 

 

「やったか!?」

 

 

 誰かが期待の籠った声を上げた。

 

 その時、プライスの目は未だ煙に覆われた炎龍の胸部から下、その巨体を支えるに相応しい大木の如き脚部がにわかに膨らみ、装甲車すら容易に引き裂いてしまいそうに見える太く鋭い爪が岩盤を砕く程に強く踏み込まれたのを捉えた。

 

 

「まだだ、伏せろ!」

 

 

 咄嗟に荷台から大型のライフルケースを引っ掴んだ老兵は叫びながら身を翻し、厳重に耐衝撃処理が施されたケースを抱えて地面へと身を投げた。

 

 警告に反応したユーリやロゥリィ達が後を追って地面へと転がり、唯一呆けて立ち尽くすままだったテュカも伊丹と栗林の体当たりによって引きずり倒される。

 

 直後、炎龍が跳んだ(・・・)

 

 翼の羽ばたきによる飛翔ではない、脚力による跳躍。

 

 同時に大きく翼を開いて巨体を宙に留めるだけの揚力を確保した炎龍が煙を突き破り、足の爪が地面を浅く抉るほどの超低空で、プライスらめがけ突っ込んでいく。

 

 それだけではない。一気に己へ痛打を与えた憎き戦士達との距離が詰まると、炎龍は広げた翼を渾身の力でもって激しく羽ばたかせたのである。

 

 何トンあるのかも分からぬ巨体でありながら猛禽類も真っ青の空中機動を実現させる強靭な筋力を秘めた翼を、自らの意思で地表へ向かって叩きつければどうなるか。

 

 超強烈な下降気流(ダウンバースト)

 

 高速飛行するジャンボ機クラスの巨体が生み出す乱気流との相乗効果により地表へ襲い掛かった暴風は、高い車高の高機動車を2台まとめて浮き上がらせ、横転させる程の威力と化す。

 

 

「きゃああああっ!?」

 

 

 伏せていた筈のプライスらの体が見えない手で無理矢理地面から引き剥がされる。

 

 誰かの悲鳴。

 

 衝撃。

 

 暗転。

 

 

 

 

 

 

 プライスの意識が暗闇に落ちていたのはごく僅かな時間だろう。でなくば獰猛で狡猾な炎龍が、無防備に転がる人間達を見逃す筈がないからだ。

 

 体を起こしゆっくりと目を開くと、プライスの視界に地面と、散乱した高機動車に積んでいた大量の荷物と、呻き声をあげて突っ伏すユーリや伊丹達の姿が見えた。

 

 体中が痛み、特に地面から引き剥がされてから背中を痛打したのか、身動ぎする度に電撃が走るような感覚が背筋を貫く。

 

 だが何度も爆発で吹き飛ばされたり、高所から落下したり、大クラッシュした車やヘリに巻き込まれるといった経験則から、この程度では死にはしないとすぐに理解出来たので、プライスは歯を食いしばりどうにか体を持ち上げる。

 

 ドラゴンはどこだ? 首を廻らせると、灰色の曇天を横切る紅の飛行物体が飛び込んできた。

 

 チクショウ、あんな所に居やがる。至近距離から目に焼き付けた炎龍の体躯に最も近い大きさの飛行機を当て嵌め、今視界に映る炎龍の縮尺から現在地と炎龍間の距離を導き出す。

 

 1000メートル前後。距離計やスコープすら使わずに弾き出した計算だが大して差異はあるまい。顔を上に向けなくても視界に収まる程度の低高度である。

 

 まるで猛禽類や、はたまた海軍か空軍の命知らずが操る戦闘機宜しく体躯を傾けながら大空を飛んでいる。翼があまりにも大き過ぎる為、航空ショー向けに赤く塗装された爆撃機が曲芸飛行をしているように見えなくもない。

 

 炎龍は無事な目がある側、つまり右半身をプライスらへ晒し時計回りの軌道で旋回飛行を行っている。一定高度、一定距離を保ったままだ。時折体から零れ落ちているのは、伊丹が負わせた手傷から流れ出る血だろうか。

 

 

「ちょっとぉ、逃げないんだったら逃げないでさっさと降りてきなさいよぉ!」

 

 

 喚き声が聞こえてみれば、ロゥリィが旋回を続ける炎龍に向かって地団太を踏んでいた。亜神持ち前のタフネスで一足先に復活していたらしい。

 

 そう、彼女の言う通りだ。何故炎龍は逃げずに旋回飛行を続けているのか?

 

 

(ヤツは俺達を観察している)

 

 

 それは確信であった。

 

 翼の羽ばたきひとつで薙ぎ倒されてしまう程に脆弱でありながら、己の片腕を奪う武器を操る侮りがたき獲物を見極めようとしているのだ。旋回中、残った右目で地上のプライス達をずっと追いかけ続けているのがまぎれもない答えである。

 

 ここからどうする?

 

 伊丹のようにLAMで撃墜を試みる?

 

 ノーだ、歩兵が持てるあらゆる武器を扱いこなしてきたプライスでも、1000メートル離れた上空を飛行する標的に無誘導のロケット弾で直撃させるのは極めて厳しい。

 

 ユーリ同様にジャベリンを使う?

 

 これもノー。横転し地面のあちこちにぶちまけられた荷物の中からジャベリンのランチャーとCLUを探し出し、発射準備を整え、ロックオンを完了するまでの間に、ユーリに撃たれた事でジャベリンの能力を知った炎龍は今度こそ離脱するか、或いは撃たれる前に急降下してきて火炎放射で焼き尽くしてくるに違いない。

 

 逃亡と急降下爆撃、どちらも炎龍の機動力なら十分に間に合う。間に合ってしまう。

 

 悠然と飛び続ける炎龍を目で追い続けていたプライスは、己がライフルケースの持ち手をずっと握り締めていたままである事を、ケースの中身が何であるのかも思い出した。

 

 

 

 

 プライスの思考を天啓が走った。

 

 

 

 

 実際には天啓などといった大層な物ではなく、ドラゴンという存在について柳田から強請った情報を吟味するようになってから抱くようになったある考えを今になって思い出したと表現すべきか。

 

 膝を突いた体勢を取ると手放さずにいたライフルケースを引き寄せ、中身を開ける。ジャイアントオーガー撃破にも使ったブルパップ式対物ライフル、GM6・リンクスが持ち運びしやすいよう短縮した状態で収められていた。

 

 ケース内には当然ながら専用のマガジンも入っており、そこから覗く弾頭の色があの夜使用したのとそっくり同じ徹甲炸裂焼夷弾(HEIAP)である事を確認しすると、淀みない手つきでグリップの後方にある挿入口へマガジンを叩き込んだ。

 

 ボルトを引くと、タングステンの弾芯を内蔵しているが故に一際ズシリとした重みの弾薬が薬室へ送り込まれる。

 

 射手を加熱する銃身から守るハンドガードの先端に触れれば、短縮化されていた銃口周辺のパーツが音を立てて伸びて本来の長さを取り戻す。安全装置を解除。あとは、引き金にほんの数キログラムの力を加えれば、このライフルはヒトの肉体程度なら過剰すぎる程の破壊力を開放するという訳だ。

 

 銃を安定させる二脚(バイポッド)は展開しない。素早い移動目標を追いかけて照準を合わせる為に、伏射ではなく膝射、片膝を突いた状態で狙撃をしようという心積もりであった。

 

 そう、狙撃だ。

 

 あの紅いドラゴンに銃は効かない? それは違う。炎龍の左目は弓矢によって光が失われていた。

 

 少なくとも炎龍の眼球に限っては、体表を埋め尽くす紅い鱗の様に弾丸を弾く程硬くも強くもないのだと、未だ突き刺さったままのあの矢が証明していた。だったら、矢よりちっぽけだがもっと速く貫通力に優れた銃弾も通用するだろう。

 

 そう、目だ。狙うは炎龍の眼球、プライス達を捉え続けるあの右目だ。

 

 目の奥、眼窩の向こう側には骨を挟んで脳がある――どれほど強靭な巨大生命体でも、脳を破壊されてまで生きていられるだろうか?

 

 無駄かもしれない。通用しないかもしれない。

 

 何せここは異世界。異世界にはロゥリィというどれだけ肉体を破壊されても再生してしまう存在もいた訳で、炎龍も異世界の生物であり、片目を潰され片腕を吹き飛ばされても再生していない所を見ると違うのかもしれないが、もしかすると炎龍も脳を破壊されようが死なない類の存在である可能性も否定しきれないのだ。

 

 余計なちょっかいをかけた結果、炎龍の不興を買い今度こそ仕留めにかかろうと襲いかかってくるかもしれない。

 

 それがどうした。最初から俺達はあの紅いデカブツこと炎龍を殺しにここまで来たのだろうが。

 

 同口径の12.7ミリ×99ミリNATO弾を使用する西側製対物ライフルの中では軽量な部類であっても、10キロを超える重量のGM6を片膝立ちで構えるのは中々困難であるが、それでもプライスはライフルの重みを支えるのに最適な支点を確保し、銃と肉体、骨と骨を溶接させた見事な膝射の構えを取った。

 

 肉体は大丈夫だ。だが銃の方は大丈夫なのか? 

 

 暴風で転げ回った際、衝撃でスコープの照準規正が狂ったり、機関部と銃身に僅かなズレが生じたりしている可能性があるかもしれない。

 

 撃ってみなければ分からない。どれだけチェックリストを作り、不安を抱こうが、実際に撃ってみなければ分かりっこないのが銃という代物なのだ。

 

 だからプライスは、この対物ライフルが完璧な状態であるという前提で想定を組む事にした。

 

 

 

 

 

 次に考えたのは炎龍のどこを狙うかについて。

 

 これは当然ながらただ1点、こちらに向けられた右の眼球に限られる。

 

 紅いドラゴンは対物ライフルの射撃姿勢を取るプライスの姿を視界に収めていながら、依然として堂々とした旋回を続けている。それは何故か?

 

 ヒトが使う武器の中にも種類があって、LAMやジャベリンといった大きな鉄の筒から火を噴く槍を放つ武器は非常に危険だが、それより小型で放つ鉛の塊もちっぽけな鉄の杖()は弓矢と同じく鱗で簡単に弾けるのだからそちらは避けるには値しない――

 

 炎龍は経験から学び、そう判断を下した。だから対物ライフルを構えたプライスを目で追いかけて警戒はしても、それ以上の行動は取らずにいるのだ。

 

 そこまで炎龍の思考を読み取った上で、それが命取りになると、プライスは胸の内で炎龍に向けて呟いた。

 

 龍種の死骸の解剖レポートによれば、頭部の構造は爬虫類に近いが地球産の爬虫類に比べ額部分の骨格が大きくなっており、その部分に脳が収まる形となっている。真横から見た場合、脳が眼窩の真後ろではなくやや斜め上に位置する構図となる。

 

 それが意味する所は、眼球を垂直に貫通する弾道ではなく、炎龍の顔を真正面から見て斜め前方より飛来する弾道でなければ、脳という急所の破壊は困難という事だ。

 

 風を読む。温度を読む。湿度を読む。天候を読む。環境のあらゆる情報を読む。環境のみならず、標的である炎龍そのものの動きにも目を凝らす。

 

 羽ばたくという生物特有の飛行形態上、炎龍は翼を動かすたびに体を大きく上下動させていて、それに併せて唯一の弱点と呼ぶべき眼球も上へ下へ揺れている始末だが、何事にも安定した移動には安定した動作の繰り返しが必要であり、よくよく観察してみると一種の規則性が存在しているのが分かった。

 

 風は炎龍に対し向かい風。プライスから見て右から左へ横方向に吹いている。

 

 彼にとっては僥倖であった。風によって流された弾丸はカーブがかった弾道を描く形となり、それはつまり弾丸が眼球を貫いて脳へ致命傷を与えるのに最適な射入角となる手助けをしてくれるからである。

 

 無論、達成には風と重力による弾道の変化に加え炎龍の位置変化を勘案し、リードを取った照準が不可欠だ。

 

 プライスはスコープの十字線を、炎龍の飛行速度と風の向きと速度に伴い補正し、炎龍の前方に据えた。あらゆる動きが妙に遅く感じ、本来専用の機材が無ければ読み取れない風向きと速度が何故か直感的に判別出来た。

 

 横方向はこれでいいが、落下率はどうか?

 

 異世界の重力が地球と差異が無いのもアルヌスの射撃場で何度か長距離射撃を行って確認済みだ。ハイパワーで弾頭重量も重い12.7ミリHEIAP弾の弾道特性も把握出来ている。

 

 

 

 

 最後に、タイミング。

 

 これが何よりも肝心だ。呼吸による些細な姿勢のブレ、風の変化、標的である炎龍の動き、どれか1つでも一致しなければ、どれだけ労力を注ぎ込もうが水泡と化すのが狙撃の難しさであるからだ。

 

 少なくともシェパードを追いかけた時よりはマシだと、プライスは己に言い聞かせた。あの時はちっぽけなボートの上で激しい激流に揺さぶられる中、シェパードが乗り込んだヘリの急所を撃ち抜かねばならず、ただしその時は1000メートルという距離ではなくもっと近距離だからこそ――

 

 呼吸が、風が、炎龍の動きが一致したと認識し、指先へ命令を伝えようと意識したつもりもないにもかかわらず、プライスはライフルを発砲していた。

 

 反動が肩を貫き、衝撃が頭蓋を痺れさせ、スコープの中の光景が激しくぶれて一瞬炎龍の姿が十字線から外れた。

 

 時の流れが戻る。実際にはプライスが起き上がり、ライフルを取り出して構えて発砲するまではほんの5秒か6秒か経っていなかったが、当の彼にはその何倍もの時が過ぎたかのように感じられた。

 

 12.7ミリの魔弾が飛翔する。

 

 1000メートルもの長距離射撃。対物ライフルには悠々射程内であっても、それ以外の条件が極めて難しい、困難な射撃であった。

 

 轟音が鳴り響いた約1秒後、炎龍の右目の辺りが小さく瞬いた。

 

 銃弾はプライスが思った通りの弾道を描き、思った通りの入射角でヒトの頭部をも上回る大きさのドラゴンの眼球へ飛び込み、しかし即座に内包した威力を解放したりはせず、角膜を貫いてからもしばらく突き進んで眼底部まで到達すると、遂に内蔵の炸薬が爆発した。

 

 爆圧が頭蓋骨を砕く。致命的な慣性を帯びたタングステンの弾芯が内側に向かって飛び散った骨の欠片と共に髄膜を貫き、そして脳へ到達し――

 

 

 

 

 

 

 

 不意に炎龍が身を捩じらせ、雄々しく羽ばたかせていた両翼からも唐突に力を失い……そのまま空から転げ落ち、巨体は谷の狭間へと落下して見えなくなった。

 

 周囲の観客、意識を取り戻して起き上がった伊丹やダークエルフ達には最初、何が起こったのか分からなかった。

 

 ただ、それを成し遂げたプライスだけが理解していた。

 

 あの炎龍はもう2度と飛び立つ事はないし、ヒトを食らう事も、焼き尽くす事も出来なくなったのだと。

 

 確信出来ていたが故に、プライスは別れの言葉を見えなくなった炎龍に向け、ゆっくりとした口調で言った。

 

 

おやすみだ(Good Night)

 

 

 

 

 ――のちにダークエルフに伝わる魔弾の射手伝説の誕生であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『One Shot, One Kill』 ―『山猫は眠らない』

 

 

 




大晦日に時事ネタ完全無視して趣味全開な濃密狙撃シーンを書いたって良い、自由とはそういうものだ(爆
文章も敢えてそれっぽくしてみたりするチャレンジ。
昔はもっとこんな作風だった気がします。

来年もどうか拙作にお付き合いいただければ幸いです。
読者の皆様もよいお年をお過ごしください。

批評・感想大歓迎。


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