GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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長くなりそうなので一旦切ります。


13:God of War/荒野の7人(中)

 

 

 

 

<7日前深夜>

 ジョン・プライス

 ファルマート大陸・エルベ藩王国辺境

 

 

 

 

 

 伊丹が立てた作戦はシンプルだ。

 

 

「夜を待って闇に紛れて村に接近してからまず人質になってる村人を救出。彼らの安全が確保でき次第、まず最大の脅威であるジャイアントオーガーを排除してから盗賊の掃討に移る――質問はあるかな?」

 

 

 正確には役割分担などで少し細々としたやり取りはあったのだが大体はそんな感じである。

 

 プライスとしては伊丹が立てた作戦計画に対しては特に不満はない。最初にプライス自身が言ったようにこの奇妙な脱走部隊の指揮官は伊丹なのだから、過去の立場を嵩に着てふんぞり返るつもりなどこれっぽっちもなかった。

 

 現在、プライスは目標の村から数百メートル離れた地点にて待機中であった。村の中央広場周辺を一望でき、かつ風下に当たる位置だ。

 

 異世界の盗賊にはそれこそ二本足で歩く犬そっくりなワーウルフも混じっており、風上に立つと車両の燃料や火薬の臭いを嗅ぎ付かれかねない。ワーウルフは並の人よりも体格や身体能力も優れており、近付かれると非常に驚異的だそうだ。

 

 プリピャチの犬より厄介かもな――口に出さず呟きながらプライスは狙撃銃に取り付けた暗視機能付きスコープを覗く。

 

 最優先で排除しなければならないジャイアントオーガーは村長の家だという3階建ての家屋ですら隠しきれぬ程で、醜悪な顔つきの頭部が屋根の上から完全に露出する位の巨体が故に、照準を定める事自体は極めて容易であった。

 

 高機動車の幌を畳み露出したフレーム、その中でも運転席部分と荷台を区切る一際太い部分に、『門』の外(地球)から持ち込まれた対物ライフルの銃身を預ける格好で狙撃体勢を維持。狙撃に余計な振動は禁物なので車のエンジンは切ってある。

 

 今回の狙撃に選んだのはGM6・リンクスというハンガリー製のライフルだ。

 

 ブルパップ式のセミオートという、50口径(12.7ミリ)の対物ライフルとしては変り種の代物だが、従来のモデルよりもコンパクトで反動制御もしやすい。装填してあるのは徹甲炸裂焼夷弾(HEIAP)

 

 生半可な銃が通用しない標的(ジャイアントオーガー)が相手なら、生半可ではない銃と弾丸を使えば良い。

 

 間違ってはいないが身も蓋もない、そんな理由からチョイスされた組み合わせであった。

 

 

「出番が来るまで待たなきゃいけないのも退屈ねぇ」

 

 

 甘い少女の声がプライスの斜め後ろから発せられた。

 

 ロゥリィである。老兵と亜神は今回の作戦における狙撃兼陽動担当として伊丹の決定により、ペアを組まされた上で村の外に配置されていた。

 

 2人の出番は村に隠密接近中の伊丹達からの合図を受けてからだ。エンジンを止めてある以外は、狙撃が完了次第即座に発進出来る態勢が整えてある。

 

 逆に言えば、伊丹からの合図があるまでジッと待機していなければならない。

 

 ロゥリィにはそれがご不満のようだ。唯一今回の救出作戦に参加しないテュカはもう1台の高機動車だし、そもそも作戦中に騒がれないよう厳重にレレイの魔法をかけられて相手が出来る状態にない。

 

 わざわざ特地の言語ではなく日本語で愚痴ったのは、退屈しのぎに相手をしろという意思表示の表れなのは間違いない。プライスは溜息を吐きたくなった。

 

 

「無駄口を叩くな。そんなに暇なら目ん玉を見開いて監視にでも就いていろ」

 

 

 相手が現地住民からは敬意と畏怖の念を以って奉られる正真正銘の亜神である事実など知った事かとばかりの台詞であった。

 

 言われたロゥリィはといえば、唇を尖らせはしたものの本気で機嫌を悪くした様子もなく、つまらなそうな声で別の話題を振った。

 

 

「さっきから覗いてるそれって何なのぉ?」

 

「……暗視スコープだ。物体の熱を拾って暗闇を見通せるようにする」

 

「ああそういう事ぉ。イタリカで似たような道具をイタミィ達がまぁるい兜に取り付けていたのを見た事があるわぁ。そんな筒みたいな種類もあるのねぇ。

 闇夜の中、村の様子もこんな遠くから見通せるなんて、魔法の何倍も遠くから敵を撃ち抜けるジュウといい、馬よりも速く走るクルマといい、並みの竜よりも多くのモノを乗せて飛べるヘリコプターやヒコウキといい、チキュウって本当に便利な道具が溢れてるのねぇ」

 

「ハン、意外だな。仮にも神の端くれなら千里眼や空を飛ぶ権能ぐらい珍しくなさそうなもんだが」

 

「チキュウの神ってそうなのぉ? 肉体から解き放たれた正神ならともかくぅ、私はまだ肉体に囚われた亜神だものぉ。普通のニンゲンよりも力があって、速く動けて、傷ついてもすぐに治って病気にもかからなくて歳を取ても老いない以外はニンゲンと変わらないのよぉ」

 

 

 その代わり、精神体だけの存在と化した正神とは違って食事や肉欲を楽しめるのも肉体を持つ亜神の特権なのだけど。ロゥリィはそう付け足す。

 

 

「チキュウにはどんな神が存在するのかもっと教えてくれないかしらぁ」

 

「無駄口を叩くな、さっきも言ったぞ」

 

「いいじゃなぁいもう少しぐらい。イタミぃ達以外のチキュウの人とこうしてお喋りできる機会は滅多にないものぉ。時には別の立場の人と論じ合い、違う視点の考え方を学んでおきたいのよぉ。

 それにぃ私は主神エムロイに仕える使徒であると同時に神官。もし拝見した時に失礼の無いよう、異界の神について学び、後輩の為に知識として遺すのも立派な役目のひとつよぉ」

 

 

 本心から神という存在と実際に対面した場合を憂慮したロゥリィの口ぶりであった。

 

 特地の宗教は多神教であり、信じられない事に概念上のものではなく実在する存在として崇め奉られているのだとプライスは聞いている。

 

 そもそも隣でチョコンと座るこの黒ゴス少女もまた正真正銘の神様の1人だ。

 

 プライスも串刺しになってもケロっと蘇生し、クソ重い防弾装備一式で完全武装した兵士よりも重量があるであろう巨大なハルバートを小枝の如く振り回してマカロフの残党を両断する姿を日本で目撃済みである。

 

 神は実在するのだ。少なくとも、この異世界に於いては。

 

 

「『門』のあっち側じゃ神なんてもんは、人間の考えた神話や経典だけにしか出てこない概念上の存在に過ぎない。

 神の存在そのものを信じて祈りを捧げる連中は腐るほど居るが、そいつらの誰も実際に神の姿を拝んだ事はないだろうよ」

 

「前にイタミが薄い本を見ながら『うーん流石は神絵師』とか言ってたけどぉそれは違うのぉ?」

 

 

 ロゥリィの言葉に、偏屈な老兵には滅多に珍しく、何とも言えない脱力した呆れの表情が浮かんだ。

 

 

「……それについちゃイタミに直接尋ねる事だな」

 

「そうするわぁ。でもぉ、そういう風に語るって事はぁ、貴方は神を信じてはいないのかしらぁ?」

 

「兵士にとっての神は砲兵と航空支援だ。存在するかも怪しいものなんぞ最初からアテにはしとらん」

 

 

 祈りも、散っていった戦友らへ捧げる分で品切れだ。

 

 

「あらぁ、神ならここにちゃんと存在してるじゃなぁい。

 ねぇどう? 貴方も召される時はエムロイの所に来ると良いわぁ。イタミの戦友でぇ、イタミよりももっと凄い死の気配がする貴方ならぁ、きっとあの方も気に入る筈だしぃ」

 

「悪いが死んでからの事なんぞ興味はない――今度こそ無駄話は終わりだ」

 

 

 プライスの声に鋭さが戻る。しかし気配は対照的に凪いだ水面の如き静謐さへと転じた。

 

 彫像と化したかのように姿勢が固定される。動作と気配を限りなく消すのは、狙撃手にとっての必須技能であった。

 

 猟師や兵士が気配を消して標的を射抜こうと得物を構えた瞬間に近い様相だが、プライスのそれはロゥリィが過去に特地で見てきた猟師の誰よりも落ち着き、研ぎ澄まされ、制御されていた。

 

 

「うふふふふふふふ」

 

 

 これから始まる殺戮の宴に心を昂らせていたロゥリィは、伊丹以上に兵士(戦士)として完成されたプライスの姿に、口元に浮かんだ笑みを更に深めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

<同時刻>

 伊丹耀司

 

 

 

 

 

 

 その日はちょうど隠密活動にうってつけの新月の夜であった。

 

 化学スモッグと人口の光に侵されていない特地の夜空は地球のそれよりも格段に明るいとはいえ、月明かりがほぼ存在しない日の夜闇は視認可能距離がガクリと低下する。

 

 しかしそれは肉眼に限っての話。

 

 

「この『あんしそうち』という眼鏡をかけただけでこうも夜闇を見通せるとは」

 

 

 とは行動開始前に暗視装置初体験なヤオの感想である。

 

 ちなみにプライスは物体の熱を拾って可視化するタイプのスコープを使っているが、村に突入する伊丹達が装着しているのは可視光増幅式の暗視装置だ。

 

 伊丹はユーリとヤオを引き連れ、村の住人のうち拘束されて広場に置かれた男性陣を確保あるいは逃がすという役回りであった。また付近には盗賊が多く集まる建物があり、そちらの処理も行う予定となっている。

 

 村の周囲は草が生い茂っており、身を低くして進めば姿の殆どを覆い隠してくれた。だが村に近づくと流石に盗賊らが掲げた松明やら焚火の明かりがあるので油断は禁物だ。

 

 

「止まれ」

 

 

 握り拳を小さく掲げて制止の合図。数十メートル先に誰も伴わずふらふらと歩く男の姿を見つけた。剣を腰にぶら下げた身なりから盗賊の一員である事は間違いない。

 

 盗賊は股ぐらを何やら弄ったかと思うと立ちションベンをし始めた。背後でヤオが嫌そうに押し殺した声を漏らすのが聞こえた。

 

 別に出し終えて戻るまで待ってやり過ごしても構わないのだが、最終的には排除する相手である。

 

 伊丹は、サイレンサーとM203グレネードランチャー、シュアファイア製の大容量マガジン、照準用レーザーモジュールを取り付けたM4カービンの射撃姿勢を取る。

 

 肉眼では不可視だが、暗視装置内の光電子増倍管を通すことで目視可能なレーザー光線を不運な盗賊の頭に合わせると、ゆっくりとと引き金を絞った。

 

 押し殺した銃声。ドサリという、急所を撃ち抜かれた盗賊が崩れ落ちる音。

 

 

「進むぞ」

 

 

 進行を再開すれば数分とかからず村の敷地内へと侵入を果たす。反対側の方向からは栗林とレレイ、それから案内役の農民が同じようにアプローチしているであろう。

 

 盗賊どもの飲めや歌えや犯せやのどんちゃん騒ぎは既に終わり、村には静けさが戻っていたが、未だ目が冴えている様子の一部の面子の笑い声が聞こえてきていた。

 

 

「建物を1件ずつクリアリングしていこう」

 

「くりありんぐとはどういう意味だ?」

 

「敵が潜んでいないか調べて見つけ次第排除するって事。ヤオ、お前は絶対俺達より先に勝手に部屋や建物に入るんじゃないぞ。俺達のやり方を邪魔したせいで流れ弾喰らっても保証はしないからな」

 

「心得ている」

 

 

 ダークエルフにしっかり釘を刺してから最寄りの建物より掃討を始める。

 

 伊丹の背中には屋内戦にうってつけのショットガン―ファバーム・STF12、折り畳みストックと銃身周りがSFチックなデザインのポンプアクションモデル―が背負われているが、サイレンサーを取り付けていないこれは銃声が轟いてしまうのでまだ使わない。

 

 名前も知らぬ農村の建築物は、レンガを積み上げた上で石塗りを施した、村の規模の割に比較的しっかりとした方式の建物である。窓に取り付けてあるのは高級品のガラスではなく鎧戸だ。

 

 1軒目の建物は2階のない平屋で、荒らされてはいたが人の姿は無し。

 

 2軒目の民家は2階建て。中途半端に開いた窓から、ランプの光と人の影がゆらゆらと浮かび上がった。そっと隙間から覗き込むと、酒杯と酒瓶が積み上がったテーブルを囲んで泥酔状態で高鼾を掻く盗賊が4名。

 

 ユーリに合図を送ると、静かに戸板を開き、2人分の射撃スペースを確保する。

 

 ロシア人のメインアームはサイレンサー・ドットサイト・フラッシュライト一体化型フォアグリップを装着したレミントン・ACRアサルトライフルだ。加えて自衛隊も運用するミニミ軽機関銃の改良型であるMK46も背負っている。

 

 

「俺は右の2人をやる」

 

「分かった」

 

 

 サイレンサーによって抑制された銃声が連続すれば、何が起きたか知らぬまま永遠の眠りについた盗賊の死体が都合4つ出来上がりである。

 

 流れるような動きで伊丹とユーリは室内へ。互いの死角をカバーし合いながらのクリアリング。上の階にも人の気配。アイコンタクトすらなく前後をスイッチし、ユーリが先頭となって階段へ。

 

 2人に続いて民家へ足を踏み入れたヤオは、研ぎ澄まされた2人のチームワークに感嘆するしかなかった。

 

 ……同時に、散々泣いて懇願してもヤオの仲間を助けに動いてくれなかった緑の人が、たまたま通りがかっただけの農民からのお願いにあっさり応えてこうして命がけの盗賊退治に身を投げ出しているという現実に、小さくないやるせなさと憤りを抱かざるをえなかった。

 

 

 

 

 ところで、伊丹もユーリもこの時は知る由もなかったのだが、ヤオというこのダークエルフは薄幸かつ、余計な真似をして結果的に状況を悪化させてしまうこと多々な星の下に生まれた女である。

 

 今回の盗賊退治にて伊丹のチームにおける彼女の役回りは人質の説得役。農民のような同じ村の人間ではないが、異世界人である伊丹やユーリと比べればまだ安心感を与えるという判断からだ。

 

 そして予備の武器の運搬係である。もしプライスの対物ライフルによる狙撃が通用しなかった場合に備え、本来対炎龍用に使う為に持ってきたLAM(個人携帯対戦車榴弾)をヤオは背負っていた。

 

 今更死体の3つや4つ程度で驚いたり戦いたりはしない位の経験はヤオも積んでいる。遅れて階段へ向かう途中で、ヤオは足元に転がる酒杯に気付いた。

 

 踏んで転んだり、蹴飛ばして余計な物音を立ててしまっては困る。そんな考えからヤオは酒杯を拾おうと屈み込む。

 

 背中の全長120センチ、重さ13キロ前後の荷物の存在を計算に入れぬまま。

 

 ヤオの屈み込む動きに合わせて背中のLAMが持ち上がった。結果、LAMの大部分を占める発射筒が容器が幾つも並ぶテーブルにぶつかる格好となる。

 

 

 

 

 ごつん ごろごろ、ごんがっしゃん

 

 

 

 

 複数の酒瓶と酒杯が転がり落ちて砕ける音は、夜の静けさに覆われた空間内では抑制した銃声よりもはるかに盛大に鳴り響いた。

 

 

「…………」

 

『うるせぇぞ! 何時まで騒いでやがる!』

 

 

 やはり2階に居た盗賊が抗議の声を上げた。同時に荒い足音がどんどん階段の方へと接近する。

 

 狭い階段だ。ユーリも伊丹も後退は間に合いそうにない、最悪のタイミング。あと数歩で間違いなく2人の姿が露呈してしまうであろう。

 

 2階の盗賊が階段状へ出てくる直前、ユーリが動いた。退くのではなく、逆に最後の数段を駆け上り2階へ飛び込む。

 

 自ら姿を晒したと同時、突きつけたACRの銃口下から突き出たフラッシュライトを作動させた。

 

 盗賊の顔面を照らしたのはほんの数秒間。名前通り閃光(フラッシュ)の如き眩い白光が、完全に薄闇に慣れた盗賊の網膜を焼にはそれだけで十分だった。

 

 ユーリの方は暗視装置がすぐさま感度を自動調整し視力に影響が及ばないレベルまで光量を絞ったお陰で、支障など無いも同然だ。

 

 

「ぐあぁっ、何だ、目がぁ!」

 

「黙っていろ」

 

 

 銃口で喉を突き、瞬間的に呼吸不能となり喉を両手で押さえて蹲ったところをACRのストックでぶん殴る。

 

 へし折られた歯が何本か鮮血と共に口から噴き出すが、呻き声を発する前にストックの殴打で意識を刈り取られていた盗賊は無言でその場に崩れ落ちた。勿論とどめの1発は忘れない。

 

 危うい所であったがこれで2軒目の制圧は完了である。しかし伊丹達が担当する建物はまだ10軒以上あるので、仕事はまだまだこれからだ。

 

 

「お前、次からはクリアリングはしなくていいから外で出入り口の見張りだけしといてくれ」

 

 

 

 

 わざわざ暗視装置を目元から外してまで据わった目で睨みつけながら、明らかに怒気が籠もった押し殺した声の伊丹の命令に、しょんぼりと肩を落として頷くしかないヤオであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

『見えないのと、存在しないのは、よく似ている』 ―デロス・マッコウン

 

 




アンケートの票が綺麗に割れましたが作者権限でユーリ&ヤオサイドに決定しました。

感想随時募集中。

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