GATE:Modern Warfare   作:ゼミル
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16:Tracer/効果判定

 

 

 

 

<27時間前>

 伊丹耀司

 ファルマート大陸・エルベ藩王国/ロルドム渓谷

 

 

 

 

 

 きっかけは伊丹とレレイのこんなやり取りからだった。

 

 

「それにしても、同じ狩り場の獲物を取れなくなるまでしつこく襲うってやり方は、あまり賢いやり方じゃなかったろうに、炎龍はそれが理解出来ないぐらい頭が悪かったのかねぇ」

 

「炎龍の活動期と休眠期のサイクルは長い。だから餌となるものを採りつくしたとしても休眠期中に増えるので、これまであまり問題にならなかったではないかと思われる」

 

「ふーんそうなの。で、テュカやヤオや俺達はちょうどその活動期にぶち当たっちゃったってワケか。ツイてないなぁ」

 

「しかし従来のサイクルと比較すると今回の炎龍の活動期は本来なら50年は先だった」

 

「? それってつまり炎龍の活動期が早まる原因があるって事だろう」

 

「情報が少な過ぎる。現時点で炎龍の活動期が早まった具体的な原因を推測する事は不明。今判明しているのは目覚めた炎龍が各地で捕食を行っていた、これだけに過ぎない」

 

「寝ては喰って、喰っては寝て……羨ましい生き方だこと。ま、喰われる側は堪ったもんじゃなかったんだけどね」

 

「実際にはそこまで呑気ではない。あらゆる動物は活動期にするべき事がある。例えば補食の他に巣作り、場合によっては縄張り争い、そして……………………あっ」

 

 

 沈黙。

 

 

「……あのレレイさんや、その『あっ』って何『あっ』って」

 

「……………………………………………………そして、活動期中に繁殖と子育てをする」

 

「ごめん炎龍は爺さんが倒したんだし俺達はもう帰って良いよね?」

 

 

 ダークエルフ達に必死の形相で止められた。

 

 こうして炎龍殺害確認の他に、炎龍が生んだかもしれない新生龍の存在の確認が目的に加わったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここまでが昨晩の話。

 

 日が昇ると、今回の行軍に新たに加わる部族から選抜されたダークエルフ達と共にまずは荷造りを行う。

 

 もっと正確に言えば高機動車に積んできた各種装備の内、どの荷物をどれだけの量運ばせるかの配分と役割分担決めだ。

 

 

「これが鉄の逸物に鉄の槍か……」

 

 

 炎龍を討ち取るのに使われた伝説の武器を前に目に見えて興奮するダークエルフ達に、厳めしい表情のプライスが伊丹の通訳経由でしっかりと釘を刺す。

 

 

「ハッキリ言っておくがお前達に求める役目はあくまで道案内と物資の輸送だけだ。絶対にこちらの許可なしに荷物を弄ろうものならその場で帰ってもらう。仲間諸共道連れにされるのは御免だからな」

 

 

 老兵の厳しい物言いに苦笑しながら内心同意しつつ、翻訳内容を柔らかい言い方に変えてやるだけの優しさが伊丹にもあった。

 

 ヤオを含む同行するダークエルフの一部には重量物――すなわちLAMやジャベリンといった重火器を複数運んでもらう。いわゆるシェルパや歩荷としての役割だ。

 

 ただし、弾頭を収めた発射筒とLAM用のグリップ部やジャベリンのCLUといった発射装置は別々の者に持たせる。こうしておけば勝手に弄られて暴発される心配をせずに済む。

 

 LAMとジャベリン、どちらも1本の発射筒だけで10キロを超える重量だ。

 

 数日の行軍に必要な食料諸々といった一式がそこに加わる。炎龍の巣があるのが山の中という事でロープなどラベリング用の道具も持っていく事にする。

 

 地形の問題で撃墜地点を経由して炎龍の寝床には(ダークエルフの中に偶然炎龍の巣を知ってる者が居た)徒歩で向かわなくてはならないのが痛かった。龍クラスを倒すには重火器が必須で、通用する火器はどれもこれも嵩張って重いからである。

 

 対戦車兵器だけでなくC4、つまりプラスチック爆薬も持っていく。元々炎龍の巣に仕掛けて使う為に伊丹が用意したものだった。

 

 こちらは数十キロ分を爆破用機材込みで数セットに分け、扱いに慣れ親しんだ元TF141勢と栗林が運ぶ。

 

 対炎龍用以外の装備も忘れない。伊丹は農村での盗賊退治の時と同じカスタムしたM4カービン(今回はサイレンサー無し)にファバーム・STF12ショットガンの組み合わせ。

 

 プライスはレミントン・ACRアサルトライフルをメインに、ジャイアントオーガーそして炎龍と立て続けのジャイアントキリングに貢献したGM6・リンクス対物ライフルを背負う。

 

 制圧担当はMK46軽機関銃を持つユーリが担当。栗林のメインアームはグレネードランチャーを取り付けたFN・MK17―特殊部隊向けアサルトライフルであるSCARの7.62ミリ仕様―で、全員ここにサイドアームの拳銃、各種手榴弾と予備弾薬、装具類も加わる。ここまでだけで体重の3分の1から半分近い重量を身に着ける形だ。

 

 当然ながらレレイとロゥリィも自分の分の食料等は背負って運んでもらうが、テュカだけは手ぶらだ。旅の間、栄養補給以外は錯乱防止の為に魔法で延々寝かせていたので体力が落ちているという判断からだった。

 

 再装填の手間や重量軽減の為、筒形の保護ケースからLAMの弾頭を取り出して布で巻くという作業を行っていたダークエルフの男女が不意に冗談を言い合い始めた。

 

 

「こんなに太いモノ入れたら裂けちゃう」

 

「俺のモノの方が凄いぜ」

 

 

 際どいやり取りを耳にした栗林が頬を赤らめた。

 

 

「……」

 

「ちょっとクリボー、どうしてそこで俺を見るの? つか何処注目してるのお前」

 

 

 部下の視線が自分の下腹部に向いている事に気付いて脱力する伊丹である。

 

 一応付け加えるなら、黙っていれば中々に可愛い容姿のミリタリー系爆乳娘が羞恥心に頬を染めつつ内股を擦り合わせる様子は、密かに「こいつは脳筋ゴリラこいつは脳筋ゴリラ……」と己に言い聞かせる必要があった程度には伊丹的にも中々クる光景であった事をここに記しておく。

 

 

「じゃあそろそろ出発しようか。まず炎龍が墜落した地点で炎龍がちゃんと死んだか確認後、クロウの案内で炎龍の巣があるテュパ山に向かう」

 

 

 名を呼ばれたダークエルフのリーダー格が頷きを返した。

 

 次に伊丹はテュカを見る。精神錯乱の後遺症からか頬は少しこけ気味で顔色も血の気が薄い。

 

 

「テュカは無理せず体調が少しでも不味いようならすぐに言うんだぞ。いざという時は俺が背負って運んであげるからな」

 

「うん、分かったわ。ありがとう父さん」

 

「まだ父さんって呼ぶのか。出来れば呼ばないように直した方が良いぞ」

 

「……努力はしてみるわ」

 

 

 そのやりとりを最後に、伊丹達はダークエルフの隠れ里から出発するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ダークエルフの斥候部隊と伊丹らが接触した地点を中心に見た場合、炎龍の墜落地点はダークエルフの隠れ里とは反対側の方角に位置していた。

 

 プライスが狙撃した当時、炎龍との間にあった距離は目算で約1000メートル。

 

 地上から向かうにはグネグネと曲がる渓谷に沿って歩まなければならない分、実際の移動距離は当然ながら地図上の直線距離より格段に長くなる。

 

 またロルドム渓谷は人の手が全く加えられていないので、先に進む為には岩肌を上ったり下ったりと縦方向に移動しなければならない事もしょっちゅうだった。おまけに高低差が数十メートルクラスに隆起した岩肌も多々あり、更なる時間と体力を消費させられる羽目になった。

 

 日の出直後に出発した伊丹達が墜落現場へ到着する頃には、特地の太陽は頂点へと昇り詰める程の時間が経過していた。

 

 ゴツゴツとした傾斜を踏みしめて上る。頂点まで辿り着いた時、岩肌に不自然な痕跡がある事に気付く。

 

 かなり巨大な物体が岩肌の表面を削った跡が何本も同じ方向に走り、谷の縁で途切れていた。崖っぷち際も所々真新しい崩落の痕跡が残っている。

 

 一応、警戒しながら近付く。先頭を進んでいたプライスが不意にしゃがみ込んだかと思うと何かを拾い上げ、しばし眺めてから続く伊丹へと無造作に投げ渡す。

 

 紅く軽く硬いそれは鱗だった。翼竜の鱗によく似ているが、あっちが幼子の手の平ならこちらは大人の顔よりも更に一まわり大きい。

 

 こんな鱗を持つ龍など1匹しか思い浮かばない。

 

 

「知ってるか爺さん。この炎龍の鱗って硬さはタングステン並みの癖に重さは7分の1しかないんだぜ」

 

「そんな代物を再現出来れば防弾プレートの重さに泣かされてきた兵隊どもが泣いて喜ぶな」

 

「そいつは全くの同感」

 

 

 崖っぷちへ近付いた伊丹とプライスはゆっくりと谷底を覗き込んだ。

 

 ――予想通り、炎龍の姿がそこにあった。

 

 狭い谷底に無理矢理翼ごとその巨大な体躯を押し込めたような塩梅で収まっており、翼が壁面につっかえて宙ぶらりんの状態にある様子だが、詳細を確認する為には伊丹達も谷底に下りねばならない。

 

 

「谷底に降りるぞ。ロープの用意をしてくれ。手袋をしていない者は適当な布をしっかり手に巻き付けてから続くように」

 

 

 ちょうどいい感じに地面から生えた岩があったのでそこへロープを巻き付け、ベルトに装着したカラビナにロープを通すと準備完了。荷物を入れたバックパック類は後で上から降ろしてもらうので置いて行く。

 

 

「ロゥリィ、万が一ロープが岩に擦れて切れたり外れそうになった時は代わりに支えてくれ。頼んだからな」

 

「ま~ぁかせなさぁ~い」

 

 

 実は伊丹、高所恐怖症持ちだったりする。最終的に海外時代の戦場巡りのお陰である程度は矯正された―正確には矯正出来なければ生き延びられなかった―

 

 とはいえ、武器弾薬という名の重りを纏った状態でロープ1本に命を預けなければならない今の状況に、主に胃と心臓と股間が縮みあがる感覚を覚えるものの、体は恐怖に凍りつく事なく自然と動く。

 

 恐怖心を噛み殺し、傍目からは慣れた動きで伊丹は崖を蹴り、谷底へ向かって下降を始めた。

 

 前に突き出す格好でロープを握る右手でブレーキ、腰の後ろに回した左手で垂れた部分が絡まないように操るのがスムーズなラペリングのコツである。無論グローブは必須だ。

 

 壁面を蹴る事数回、数十メートルもの高さから一気に滑り終えると素早くカラビナからロープを外し周辺警戒。

 

 そして炎龍と目が合う。

 

 実際には、目が在るべき部分に在ったのは骨片混じりの肉の穴であったが

 

 間違いなく、炎龍は息絶えていた。谷底に澱む鉄錆の臭いが伊丹の鼻を突く。

 

 天地が引っ繰り返った姿勢で谷底へ向かって落下したらしく、谷の半ばで巨体がつっかえた炎龍の頭部は奇妙な角度でもって谷底の岩場にめり込んでいた。

 

 伊丹の頭部よりも大きな炎龍の右の眼球、その縦に割れた瞳孔は眼窩部分の肉が文字通り内側から爆発したかのように抉れるだけでなく、半ば炭化する程に穴の一部が焦げていた。徹甲炸裂焼夷弾内の焼夷剤によって数十秒間超高熱に晒された結果だ。

 

 右眼窩から飛び込み炎龍の頭蓋内を蹂躙したのはタングステンの弾芯のみではない。起爆した弾頭の爆圧もまた脳内の各器官を瞬間的に圧し潰し、ペースト状になった脳組織と血管のジュースが鼻や口から漏れた事で炎龍の顔を汚している。

 

 念の為、伊丹はスリングでぶら下げていたM4を傷口へ数発撃ち込んでみた。勿論、突如復活されても大丈夫なように壁面から突き出た岩に身を隠しながらだ。

 

 結果は無反応。ゆっくりと近付き、銃口で傷口を強く突つき、奇跡的に左目へ原形を留めたまま刺さっていた矢を傷口から引っこ抜き、最後に素手で触って死体特有の冷たさを帯びているとの確認を経て。

 

 ようやく炎龍の死亡を正しく実感出来た伊丹は、堪え切れず特大の安堵の息を長々と吐き出した。

 

 

「クリアだ。皆、下りてきても大丈夫だ。間違いなく炎龍は死んでる。そうだな、まずテュカから来てくれ」

 

 

 数分するとロープが降下中に外れないよう丁寧にハーネスで固定されたテュカが、崖の上からゆっくりと下ろされてきた。

 

 ハーネスからテュカを解放してやると、手を取って炎龍の屍へと導いてやる。

 

 

「これが……父さんと里の皆の仇……」

 

 

 ふらふらとしながら手を伸ばせば炎龍の鼻先に触れられる距離まで近付いたテュカの手が、恐る恐る持ち上がる。

 

 死体が故に微動だにしない炎龍に白魚のような指先が、次に掌が触れた。しばしそのままの状態でテュカは動かなくなった。

 

 おもむろに鼻先へ触れさせていた手が持ち上がる。開かれていた手が握られ、拳となって振り下ろされる。

 

 ぺちん。

 

 機関砲弾ですらひっかき傷程度しか残せない位に強靭な、生体装甲とでも呼ぶべき紅の鱗は呆気なくテュカの拳を跳ね返した。

 

 彼女は止まらない。通用しないと分かっていても拳を、両手を使って何度も何度も振り下ろす。

 

 もう仇は死んでしまっているのに、死んでいるのだからどんな事をしてももう相手には伝わらないのに、それでもそうせずにはいられなかったのだ。

 

 拳が止まらない。嗚咽も、涙も、自覚も無しに溢れ出していた。

 

 テュカの行動は伊丹が彼女の肩を叩くまで続いた。涙を拭う事なくテュカが振り返る。

 

 誰かが告げてやらねばならない。テュカをここまで付き合わせたのは伊丹だ。だからその役目は伊丹でなくてはならない。

 

 

「テュカ。終わったんだ」

 

「おわっ、たの」

 

「ああそうだ。お前の家族の仇である炎龍は死んだ。お父さんの仇は討てたんだよ」

 

 

 そう告げ、テュカの細い肩を抱き、胸元へと引き寄せた。

 

 叩き続けたせいで赤く腫れたテュカの両手も伊丹の体を抱き返す。その時彼女の目は肩に回された手とは反対の手に握られる、血が染み込んで黒ずむまでに炎龍の左目へ刺さり続けていた矢を捉えた。

 

 伊丹は知らないがテュカは矢の正体を覚えていた。

 

 

 

 

 村を焼かれたあの日、他でもない父親によって放たれた矢。炎龍の左目を奪った報いの一矢。

 

 

 

 

 その矢を手にする伊丹の姿が父親と重なる。彼が父親ではないと理性では認識していても魂が堪え切れなかった。

 

 

「おとうさん……おとうざん……!!」

 

 

 再び涙と嗚咽が溢れ出す。

 

 伊丹は黙ってそれを受け止め続けたのであった。

 

 

「ザマァ見ろ炎龍め! この野郎っ、この野郎っ!」

 

「妻の仇!」

 

 

 続けて下りてきたダークエルフが罵声を吐きながら剣や、サーベルや、ナイフを炎龍の屍に叩きつけ始めてからも、ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

「気は済んだか?」

 

 

 ブッシュハットの下からギロリと眼光を走らせながら発したプライスの言葉はあからさまに冷たい。

 

 言われたのは、ダークエルフ達である。部族を散々苦しめた炎龍の死骸を前にここぞとばかりに鬱憤を晴らした彼らを目撃した時のプライスの目はそれはもう冷え冷えとしたものであった。

 

 老兵の眼光に居抜かれたダークエルフ達は、揃ってバツが悪そうにたじろぐばかり。エルフ特有の外見年齢と実年齢が一致しない見た目の若さを抜きにしてもどちらが年上なのかわかりゃしない光景である。

 

 伊丹には何となくプライスの態度の意味が理解出来た。

 

 いくら憎い相手でも死体を不必要に嬲り、壊す真似は老兵の流儀ではない。死体相手に手間も弾も時間も無駄に費やすぐらいならその分のリソースを他の生きてる敵に使うべきだ、という訳だ

 

 なお敵を罠にかける為に死体へブービートラップを仕掛けるのは例外とする。

 

 

「しかしこうやって改めて前にしてみると、よくもまぁ空飛び回ってたこんなデカブツをたった1発で仕留められたもんだ」

 

 

 しみじみとした伊丹の言葉に、テュカやヤオ達も首を縦に振って全くの同意を示す。

 

 彼女らは直接炎龍のその暴虐と例えるに相応しい脅威を身を以って味わってきた被害者なだけに、その炎龍が鉄の逸物(LAM)と比べれば頼りないぐらい小さなたった1発の銃弾によってこうして屍を晒しているのが、今でも信じられないと言いたげな様子だ。

 

 

「どれだけデカかろうが生物である以上、穴の奥は急所と相場が決まっている」

 

「理屈は分かるが本当にやるとは思わないって普通」

 

 

 これまたうんうんと首肯するテュカ達である。

 

 

「でも隊長。炎龍の死体どうします? このまま放置するわけにもいかないと思うんですけど」

 

 

 と栗林の指摘。

 

 大型輸送機クラスの巨大な死骸を朽ちるがまま任せるにも、土に還るまでどれだけの時間が必要か想像もつかない。

 

 そもそも炎龍の死骸はダークエルフの隠れ里の上流に存在しており、腐乱するがまま放置していたら下流へ流れる水が汚染されかねないという問題もあった。

 

 

「ロゥリィ、いつもの亜神パワーで谷から引っ張り上げれたりしない?」

 

「幾ら亜神でもぉ肉の体って制約に縛られている以上限界ってものがあるのよぉ?」

 

「引っ張り上げるにしても必要なのは細いロープじゃなくて何本もの太いワイヤーだ」

 

「だよなぁ。間違いなく人力じゃ足りないだろうし、テュバ山にあるっていう炎龍の巣の調査が終わってアルヌスに帰還したら、本部と施設科にヘリかクレーンでも用意して貰って引っ張り上げるぐらいしか方法はなさそうだな……」

 

「あのー、いっその事持ってきた爆薬で死体ごと吹っ飛ばしちゃったらどうですか?」

 

「あのなぁクリ、あんだけの巨体を丸々吹き飛ばそうとしたら、周囲の谷も崩落して下手すりゃ川そのものが堰き止められちまうぞ」

 

「そもそも持ってきた分の爆薬で足りるのかも怪しいぞ」

 

 

 炎龍の胸元に穿たれた傷―伊丹が撃ち込んだLAMによるもの―に視線を向けてユーリが呆れと畏怖が入り混じった声を漏らした。

 

 成形炸薬が700ミリもの鋼鉄版をも貫く威力のLAMが直撃したにもかかわらず、胸の傷は致命的な部分までは達しておらず、鱗と筋肉の表層を抉った程度に留まっている。

 

 タングステン並みの硬度を持つ鱗のみならず体表下の筋組織もまた強靭な鎧としての役割を果たしていたのは明らかであった。原形を無くなるまで破壊するには、それこそ爆撃機か砲兵隊による集中砲火が必要かもしれない。

 

 伊丹達が炎龍の死骸の処理に頭を悩ませている傍ら、ダークエルフ達がまた炎龍に取り付き、刃物を手に何やら行おうとしている。

 

 彼らが始めたのは炎龍からの鱗の剥ぎ取りであった。

 

 鱗の下の肉が覗く右眼窩や胸の傷口より刃物を刺し込むと、鱗と肉の接着部に刃を滑らせて切り離す。最初に剥ぎ取った者が赤い鱗を掲げるとダークエルフ達の間でまた歓声を上げた。

 

 仕留めた獲物の角だの爪だの牙だのを切り取り、お守りやコレクションとして持ち帰るのは地球のハンターもよくやっている事だ。実際アルヌスでも避難民が剥ぎ取った翼竜の鱗や爪が特地ならではのお土産として自衛隊員から人気だったりする。

 

 

「特に炎龍の鱗ともなれば比較的ありふれた翼竜などよりも格段に価値が高い。彼らがああするのも至極当然の事と言える」

 

「この世界では龍の鱗というのは値打ちモノなんだな」

 

「肯定。私達がイタミ達に保護された当初は、ジエイタイにより撃破された帝国軍の翼竜から回収した鱗や牙を商人と取引する事で当面の生活費を賄っていた。

 具体的には鱗1枚につきデナリ銀貨30枚から70枚。銀貨1枚で5日は暮らせる」

 

 

 特地の知識に疎いユーリの呟きをレレイが拾い説明した。

 

 ふと思い立った伊丹はここまで同行してくれた戦友2人に向き直ると、立てた親指でもって炎龍の死骸を示した。

 

 

「この際だから2人もお土産に鱗でも貰ってきたらどうよ」

 

「自衛隊でもない俺達が入手したら不味いだろう、色々と」

 

 

 特地独自の生物、それもドラゴンという地球では伝説の存在のデータなど極秘中の重要情報である。

 

 世界中の国家のみならず小国をも凌ぐ規模を持つ巨大企業すらも喉から手が出るほど欲しがる重要情報を、データ上の情報ではなく本物の鱗や肉体の一部を入手出来るとなれば各国関係者は肉をぶら下げられた空腹の獣よろしく飛びつくに違いない。それほどの品物だ。

 

 ユーリはそうは動かない。

 

 祖国の工作員としてではなく、伊丹の戦友として炎龍退治の旅路に加わったロシア人はその申し出に戸惑い、逆に伊丹の身を案じた。

 

 

「いやぁ、極秘に特地入りしてた余所の国の兵隊が独断で基地の外へ飛び出した挙句炎龍退治しちゃった今となっちゃ今更でしょ。

 だったらせめてお土産の1つや2つ持って帰って本国のお偉いさんの御機嫌を取れば、少しは処分も軽くなると思うよ」

 

「……イタミはそれで良いのか?」

 

「気にしなさんなって。俺個人としても、爺さんとユーリを巻き込んじゃった分の借りは返しておきたいからさ」

 

「分かった。お言葉に甘えさせてもらうよ戦友――すまない」

 

 

 伊丹の肩をそっと叩き、ユーリも炎龍の死骸へ近づいていく。

 

 イギリス人の老兵は未だ伊丹の傍らに残ったままだ。

 

 

「爺さんもお土産に取ってこないのかい?」

 

「俺はさっき拾った鱗で間に合ってる」

 

 

 ダークエルフに倣い、ロシア人はコンバットナイフを鞘から抜くと、獲物から皮を剥ぐ時に似た要領で鱗を肉から切り剥がしていった。鱗を剥がし終えるとナイフをすぐにしまわず、今度は傷口を覆う凝固した血液の塊を削っていく。

 

 外傷などで瞬間的に死亡した死体は血液の凝固因子が補給されない為に残った血の多くが固まらない。露わになった傷口から再び血が滴り出し、ユーリは携行していたミネラルウォーターのペットボトルの中身を捨てると、炎龍の血液をボトルの中へと注いでいった。

 

 

(……血液から採ったDNAデータ使って生体実験したらモンスターが誕生して大暴れってB級映画じゃ定番だよな)

 

 

 鱗だけに限定すれば良かったかも。

 

 ちょっと早まったかもと後悔する伊丹であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<??????>

 

 

 

 

 荒野のどこかで、赤と青の龍が高く嘶いた。

 

 

「おいおいどうしたんだよトワト、モゥト。そんなに急いでどこに向かって飛ぼうってんだ」

 

 

3種(・・)の龍翼が大きく羽ばたき、大型機クラスの影が2つと人間大の影が1つ、空を切り裂く水平線に向かって飛ぶ。

 

 

 

 

 影が目指す先にあるのは――ロルドム渓谷。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よく狩りをする者は、よく獲物を見つける』 ―ベルナール・ビュフェ

 

 

 




次回、ラストバトル突入。


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