GATE:Modern Warfare   作:ゼミル
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今回のサブタイは定番の祈り文句のモジり也。


17:May God have No Mercy/慈悲無き場所

 

 

<47分前>

 伊丹耀司

 ファルマート大陸・エルベ藩王国/ロルドム渓谷

 

 

 

 

 

 

 

 耳鳴りが酷い。

 

 体内に取り込まれるべき空気すら消失したという意味で空っぽになった肺の訴える苦しさが伊丹の意識を現実へ引き戻した。

 

 ゼイゼイと喘ぎながら必死になって空気を吸い込むと、器官がヒリヒリと痛んだ。頭もクラクラし視界が明滅している。酸素不足だけが原因ではない、この後遺症はまるで至近距離で爆発が起きたような――

 

 

「……イタミ……イタミ聞こえるか! 早く立つんだ!」

 

 

 男の声がくぐもって聞こえる。誰の声だ。何が起きた?

 

 少しでも視覚と聴覚のピントを合わせようと首を何度か横に振る。咳き込むと口の中に鉄錆の味。口元を拭った手の甲に少量の血混じりの唾が付いていた。

 

 周囲を見回してみれば、必死の形相で伊丹に向かって呼びかける老兵の姿が目に飛び込んできた。その後ろでは栗林、ユーリ、レレイが手にした銃と杖を空へ向けて鉛玉やら魔法の光弾やらをばらまいている。

 

 ヤオ以外のダークエルフは何故か姿が見えない。

 

 

「お父さん!」

 

「ダメよぉテュカ、行ってはダメ!」

 

「御身の下へは此の身が!」

 

 

 伊丹の下へ駆け寄ろうとするテュカの腕をロゥリィが掴んで押さえ込み、代わりに自ら申し出たヤオが素早い身のこなしでその場から飛び出した。

 

 スポーツの型から外れた粗削りだがしなやかで躍動感溢れるフォームでもって駆けるヤオはしかし、不意に視線を空へ向けたかと思うと、表情を一際緊迫したものに変えた次の瞬間大きく地面を蹴って前方へ身を投げ出す。

 

 彼女が視線を向けたその上空から、文字通り翼を背負った人影が急降下してきたのはまさにその瞬間である。

 

 

「おらよっと!」

 

 

 荒っぽい女の声。伊丹には聞き覚えのない相手だった。

 

 ロゥリィ愛用のハルバードに匹敵する全長の巨大な鎌が空を切り裂く。ヤオが転がって回避していなければ胴体を直撃するコースである。

 

 間に合わなければ最後、容易く人体を両断してのけるに違いないと一目見れば確信できる程に長く、大きく、厚い刀身のそれを軽々と振るって空から強襲した持ち主は、翼を大きく広げて空中で急ブレーキ。着地間際に反転した事で伊丹にも顔を見る事が出来た。

 

 青い肌。尖った耳。縦に割れた瞳孔。手足は細く長く、胸元は栗林に負けないほど豊かに膨らんでいる。

 

 衣服というよりはその残骸と評すべきレベルで極めて露出の激しい白いフリル付きのドレスの各所から覗くは全身に彫り込まれたトライバルのタトゥー。

 

 女の背中からは龍のそれにそっくりな翼が生え、こめかみ近くからも斜め後ろへ向かって角が生えていた。まさに龍が女の姿を取ったかのような美女だが、金色の眼は獰猛な殺意によってギラギラと輝いている。

 

 更に2つの影が白ゴス女の背後へ飛来する。

 

 赤と黒の龍。炎龍と比べれば二回りほど小さいが、人と比べれば遥かな巨体だ。炎龍が大型輸送機ならこちらは中型輸送機クラスか。

 

 ああ、とぼんやりとした頭で思い出す。

 

 

 

 

 ――つい先程、自分達は奇襲を受けたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 炎龍殺害を確認後、伊丹達は再び徒歩での行軍を開始したものの、結局ロルドム渓谷から抜け出す前に日が暮れてしまった。

 

 高機動車を使えば既に渓谷地帯を突破出来ていたいたかもしれない。しかし生き残った一両だけで伊丹達に加えダークエルフらを運ぶのは流石に定員オーバーで、炎龍が墜落した地点が特に地形が荒れた地帯というダークエルフの意見もあり、仕方なく車両は隠れ里に残してきたのである

 

 谷の中腹に見つけた洞穴にキャンプを張り、交代で仮眠を取り終えると翌朝出発。

 

 ――奇襲を受けたのは太陽が最も高い位置へ差しかかろうかというタイミングだった。

 

 

「何だあれは?」

 

 

 最初に異変に気付いたのはたまたま空を見上げたダークエルフの1人だったか。

 

 高く昇った太陽の輝きの中にポツンと、小さな黒点を見つけた。それはみるみる大きさを増したのだが逆行となって判別が遅れた。

 

 異変に対する呟きを伊丹やプライスが聞きつけ、確認を行っていれば結果は違っていたかもしれないが、ダークエルフらには不運な事に隊列の先頭に立っていた伊丹達の耳には届かなかった。

 

 見事なまでの急降下爆撃。

 

 偶然か意図的かは襲われた側には判らない。しかし戦闘機乗りが見れば教本通りと評価するであろう空中戦の鉄則――『太陽を背にして攻撃せよ』を実行したドラゴンは、哀れな獲物へと襲いかかる猛禽類の如く伊丹達へ襲い掛かったのだ。

 

 生死を分けたのは隊列の編成。

 

 伊丹らアルヌス組は2つの班に別れ、細長い縦隊を組むドラゴン退治の要であるLAMやジャベリン等の重火器を運ぶダークエルフ達の殿(しんがり)と先頭に立っていた。

 

 伊丹とプライス、炎龍の巣を見つけたクロウという名の案内役を務めるダークエルフが先頭を進み、やや間隔を空けて大荷物を背負うダークエルフの小集団が続く。

 

 最後尾はユーリと栗林とヤオ、そして3人娘だ。錯乱の後遺症で体力が低下しているテュカに合わせている為、前を進むダークエルフらとの間隔は広がりつつあった、そんなタイミングだった。

 

 隊列が3つの小集団に分かれていた事が明暗を分けた。

 

 ほぼ垂直に急降下したドラゴンは地面との距離が100メートルを切ったところで大きく翼を広げ急激に減速。

 

 (あぎと)を開き口内がオレンジ色の光を点す。

 

 不意に影が落ち、不審に思ったダークエルフが顔を上げた頃にはもう遅い。

 

 

「炎龍だぁ!」

 

 

 炎龍は既に死んだ。実際に隊列へ襲い掛かったのは炎龍よりもサイズに劣る新生龍だ。

 

 だが襲い掛かった新生龍もまた赤色の体表を持っていた為、咄嗟に目撃したダークエルフが口走ってしまったのも仕方ないのかもしれない。

 

 炎龍に劣らぬ炎のブレスが赤色の新生龍の口から迸った。

 

 天から降り注いだ炎の滝にダークエルフの小集団は一瞬で呑み込まれた。

 

 更にすぐ後ろに続いていた黒色の新生龍が別角度から追い撃ちの炎を叩きつける。

 

 まるでIED(即席爆破装置)を不意打ちで食らったかのような強烈な熱と、急激な温度変化によって生じた熱風に突き飛ばされて伊丹達も遅れて無音の奇襲に気付いた。

 

 

敵襲(コンタクト)!」

 

「クソッこのタイミングでかよ!」

 

 

 老兵が警告を発し伊丹も悪態を吐きながらM4カービンを発砲。

 

 炎の海の上でホバリングする新生龍に着弾するも、相手は当たった衝撃よりもむしろ乾いた破裂音の連続に驚いた様子で目を瞬かせ、銃撃そのものには痛痒を感じた様子もなく空へと戻っていく。

 

 紅蓮の海に呑まれたダークエルフ達からは最早悲鳴すら聞こえない。

 

 

「バン! ノッコ! フェン!」

 

 

 クロウが仲間の名を呼んで炎の海へ駆け寄ろうとする。とっくに手遅れと悟った伊丹はクロウを連れ戻そうと後を追った。

 

 刹那、プライスが叫んだ。

 

 

「戻れ! 弾頭に引火するぞ!」

 

 

 ドラゴンが吐き出す炎は飛来するミサイルを命中前に空中で誘爆させてしまう程の熱量を持つ。

 

 ダークエルフ達はロケット弾とミサイルの弾頭を何本も背負っていた。それらに充填されている炸薬やロケットモーターの推進薬は、C4といったプラスティック爆薬のような直火にかけても爆発しないだけの安定性を有していない。

 

 限界を迎えた弾頭が爆発。

 

 1つの爆発が連鎖的な誘爆を引き起こす。炎の海の中で不意に新たな炎球が膨れ上がった。

 

 次の瞬間、龍のブレスが生み出した熱風とは比べ物にならない爆風と大量の弾頭の破片が伊丹と、前方を走っていたクロウに襲い掛かり――

 

 そして伊丹は気を失ったのである。

 

 

 

 

 

 

 奇跡的にも、伊丹は爆圧による若干の後遺症を除けば無傷も同然であった。

 

 理由は伊丹の前に居たクロウの肉体が盾になり、その身でもって爆風と破片の大半を受け止めてくれたからである。崖の方向に飛ばされずに済んだ点もツイていた。

 

 当然ながら代償としてクロウは全身を弾頭の破片に切り裂かれるどころか四肢を引き千切られ、無残なバラバラ死体に変貌してしまった。

 

 強烈な爆風を人体がモロに受けると真っ先にやられるのは目と耳、次に気管支である。肉の盾によってダメージは軽減されたとはいえ、伊丹の視覚と聴覚と呼吸器は一時的な機能低下を起こしてしまっていたが、それでも立ち上がれたのは経験からくる慣れと精神力の賜物に他ならない。

 

 幸運にも―最初のブレスで焼かれたダークエルフを除けば―誘爆による犠牲者はクロウのみにとどまった。プライスはセオリー通り地面に身を投げ出して爆発の影響を最小限に凌ぎ、殿のユーリ達はロゥリィがハルバードを盾代わりに掲げて爆風と破片からユーリ達を守ってくれたのだ。

 

 M4を持ち上げ、襲撃者を睨みつける。敵は3体。新生龍が2頭に、白ゴス女が1人。

 

 服の体を成しているかも怪しいレベルに改造されているが、ゴスロリ衣装に常人では持ち上げる事も難しい巨大な得物という組み合わせに、ふと既視感を覚える。

 

 デジャヴの源、ロゥリィをちらりと見やると、黒ゴス姿の亜神の顔には「どうしてこいつが」といった表情があからさまに浮かんでいた。

 

 

「ちょっとぉジゼルぅ。いきなり襲いかかるなんて物騒な挨拶じゃないのぉ!」

 

「へへっ、主上の奥さんに見初められたお姉様ならこれぐらいの奇襲なんて楽勝で凌げたでしょうからね。

 ま、こいつら(新生龍)が焼いた連中が急に爆発したのと汚らわしいヒト種に弱っちいエルフなんぞを庇うのは、些か予想外でしたけどねっ」

 

 

 そこまで言ってからジゼルと呼ばれた白ゴス女は眉根を寄せ、縦に割れた瞳孔でロゥリィ以外の面々をぐるりと見回した。

 

 

「トワトとモゥトがオレの指示も聞かずに襲いかかったんだから間違っちゃいねぇんだろうが一応聞いておくぜ。

 ……こいつらの親の炎龍を斃したのはお前らか。言っとくが嘘は通じねぇぞ。何たってテメェらからはこいつらの親が流した血の臭いがプンプン漂ってんだからよぉ」

 

 

 確認の体を取った問いかけだが、同時に非常に疑わしいという感情が色濃い声色であった。

 

 対してロゥリィが一行を代表するかのように不敵な笑みを伴いながら堂々と言い放つ。

 

 

「ええその通りよぉ。炎龍を斃したのは紛れもなく私達……いいえ、彼ら緑の人とその仲間達よぉ。

 予め言っておくけどぉ、私が手助けしたのはほんのちょっとだけぇ。炎龍を斃したのは紛れもない彼ら自身の力なんだからぁ」

 

「ハッ! おいおいおいおい冗談だろ、じゃなかった冗談でしょうお姉さま! 一体全体どんな手管を使ってヒト種が、しかもこれっぽっちの数で炎龍を退治したってんですかい?」

 

「冗談じゃないわよぉ。口振りからしてジゼルも見たんでしょぉ? 片腕と胸を吹き飛ばされ、そしてぇ魔弾によって右の眼を撃ち抜かれた炎龍の死体をねぇ」

 

 

 誇らしげに語りつつ、じりじりとポジションを変えるロゥリィ。

 

 ユーリや栗林らもジゼルと新生龍に銃口を向けたまま、少しずつ伊丹達との距離を詰め合流を試みようとしている。

 

 新生龍2匹は今にも飛び掛かってきそうな剣呑な気配を放ちながらも、ジゼルの背後に控えたまま動かない。

 

 頭数は上回っていても最初の奇襲でドラゴンを斃す為の重火器を失い、崖を背負った立ち位置の為に空を飛べない伊丹達の方が不利な状況だ。

 

 膠着状態の最中、レミントン・ACRの銃口をピタリとジゼルに据えたプライスが囁く。

 

 

「あのコウモリ女は一体何者だ?」

 

「少なくともロゥリィの関係者なのは間違いなさそうだ」

 

 

 ロゥリィのやり取りを聞くにジゼルが炎龍に関し何らかの暗躍を行っていたに違いない。問題はどういう人物でどういう立場の存在なのかだ。

 

 視覚と聴覚が機能の大部分を取り戻し、肺と気管が発する苦痛も和らいだ伊丹は意を決して話に割り込んだ。

 

 

「ちょっと失礼。お二方はお知り合いのようですが、その前にまずそちらの貴女はどちら様でいらっしゃるのか教えて頂けませんかねぇ」

 

 

 銃を下ろしはしたものの、知り合って48時間にも満たない相手だったとはいえ一応仲間であったダークエルフ達を殺され尚且つ自分も死にかけた事もあり、伊丹の口調は些か慇懃無礼なものだった。

 

 案の定、眦を釣り上げたジゼルが荒っぽい口調で噛みつく。『お姉さま』呼びなロゥリィに対してはなるべく恭しい口調を務めているようだが素の口調はやはりこちらのようだ。尤も伊丹の要望通り自己紹介はちゃんとしてくれたのだが。

 

 

「あぁん? テメェ見て分かんねぇかヒト種の雄。俺はジゼル。主上ハーディに使える使徒だ! テメェこそ名乗りなオッサン」

 

「日本国陸上自衛隊、特地深部情報偵察隊所属。第3偵察隊長、伊丹耀司二等陸尉だ。今は無許可離隊中ですがね」

 

 

 名乗り返しながらジゼルから見えない角度でプライスにハンドサイン。

 

 ――合図をしたら谷の中へ逃げ込め。

 

 伊丹達の背後に広がる谷はかなりの急斜面だが断崖絶壁という程でもなく、足の踏み場に気を付ければ下りれそうに見えた。

 

 プライスがマイクへ囁き無線を携帯したユーリと栗林にも伊丹からの指示を伝える。また老兵は自分とユーリの為に栗林に特地語の会話を日本語でいいから翻訳してくれとも頼んだ。

 

 

「成程。お尋ねしますがそちらとロゥリィの関係はどういったものなんでしょうか」

 

「オレの主神様がよ、お姉さまを見初められたんだ。だからこうして主神様の下に嫁いで頂けるよう説得に当たってるって訳だ」

 

「冗談じゃないわぁ、誰があんな女の嫁になるもんですかぁ!」

 

「マジか。ハーディって女かよ。いや地球でもギリシャ神話とかそっちら辺はバリバリ同性愛まみれなんだし、異世界なんだから百合百合な神様も珍しくない、のか?」

 

 

 付け加えるなら人と牛との間で生まれたギリシャ神話のミノタウロスや、わざわざ動物に変化してまで交わり怪馬スレイプニルを産み落とした北欧神話のロキなど、登場人物が動物と交わって子供まで作っちゃう展開も珍しくないのがメイドイン地球な神話なのだ。

 

 もしかして特地でも似たようなお話があるのだろうか。こっち(特地)の神様の端くれたるロゥリィやジゼルにこんな事尋ねようものなら問答無用で殺されそうだけど、ちょっとだけ場にそぐわぬ誘惑と興味にかられる伊丹である。

 

 

「そんなわけないでしょぉ! 私ぃは男がいいのよぉ!」

 

 

 衝撃的発言に思わず素のオタク的知識から漏れた呟きを聞きつけたロゥリィが涙目になって抗議する。

 

 それほどまでにハーディ何某への嫁入りが嫌な様子だ。

 

 

「ですけどねぇ、説得の方法がドラゴンを引き連れての襲撃というのは幾らなんでも暴力的過ぎやしないかと思う所存なんですが」

 

「仕方ないだろぉ。使徒としちゃあお姉様を連れてこいっていう主上様には逆らえねぇし。御意に従うしかないだろ。

 つってもオレ独りでお姉さまが相手じゃ互角が精一杯。だが炎龍と水龍を番わせて生み出し、飼い慣らしたこの2頭が居れば何とかなるだろ。お姉さまも仲間を引き連れてたのはちっと想定外だったがな。

 炎龍はマグレで斃せてもな、お姉さまを含めた他の亜神に勝つ為に育て上げた新生龍を2頭も相手じゃ、弱っちぃヒト種なんざ何も出来やしねぇよ」

 

 

 ジゼルの口振りは、己が炎龍騒動のそもそもの発端たる元凶であるという告白そのものであった。また炎龍撃破も単なる偶然と考えているようだ。

 

 これに血相を変えたヤオが叫ぶ。何故ハーディを崇める敬虔な信徒であるダークエルフへ炎龍という名の災厄を齎したのかと。

 

 どうして民がどれだけ祈りを捧げ、泣き、悲しみ、何度問いかけても神々は応えるどころか耳すら貸してくれなかったのか、と。

 

 悲壮のあまり血涙すら流してのヤオの抗議をひとしきり聞き終えた上で、ジゼルが述べた回答は。

 

 

「いちいち信徒の言葉に耳を傾けている神なんているわけねぇだろ。

 金をくれ、救ってくれ、出世できますように、くじに当たりたい、豊作祈願、勝負に勝ちたい? 恋愛成就? んな欲まみれのお祈りなんざに耳を貸してたらキリがねえんだよ。

 おんぶにだっこと縋る事しかしない信徒なんぞ、炎龍のエサになってろってんだ」

 

 

 心底くだらない。そんな、ヤオ達が味わってきた苦境をあっさりと切って捨てたのである。

 

 激昂のあまりヤオがサーベルを抜いてジゼルに斬りかかろうと動いたのはある意味当然の展開だった。

 

 彼女の無謀な吶喊は振り返りもせず割り込んだ伊丹とプライスによって阻まれる。

 

 

「落ち着けヤオ! 挑発に乗るな!」

 

「だが、だがっ此の身はっ」

 

「考えなしに真正面から飛び掛かるだけじゃ単なる犬死だっつってんの!」

 

「何だよ止めちまうのかよ。つまんねぇの。で、どうすんだよ? 他のヒト種どももオレとこいつら(新生龍)と戦うのか。別に逃げたっていいぜ、キッチリ追いかけ回してテメェらもトワトとモゥトのエサになってもらうからよぉ!」

 

 

 大鎌を構えたジゼルが何時でも跳躍出来る態勢を取る。亜神の身体能力なら文字通り一足飛びで伊丹達を大鎌の射程範囲に捉える事が可能であろう。

 

 しかも背中の翼で飛行すら行えるのは最初の奇襲で証明済みであった。加えて手持ちの小火器が通用しない新生龍が2匹となれば、真っ向勝負では到底敵うまい。

 

 真っ向勝負ならば(・・・・・・・・)

 

 プライスへ追加のハンドサイン。頷きすら省き老兵はさりげなくジゼル側から動きを悟られぬよう、伊丹の体で手元を隠した。

 

 金属と金属が擦れ合う、己の手元以外から聞こえようものなら全ての兵士が恐怖を覚える特徴的な音が背後で生じた瞬間、伊丹は不意に身を翻すと拘束していたヤオを突き飛ばした。

 

 

「全員、今すぐ耳を塞いで振り返って崖下に逃げ込め!」

 

 

 伊丹が叫ぶのとプライスがピンの外れた金属筒をジゼルへ向かって投じたのは同時である。

 

 筒の正体が何なのか知っていたユーリやロゥリィ達は慌てて筒を直視しないよう顔ごと背けつつ次々と崖を下っていく。

 

 正体を知らないヤオはプライスに引きずられるようにして崖下へ姿を消した。伊丹も崖に向かって後退しつつ、すぐには下りず目と耳を庇いながらライフルを構える。撤退援護の殿だ。

 

 ジゼルと新生龍は、クルクルと回転しながら飛んでくる金属筒を目で追っていた。飛んできた物体をつい目で追いかけてしまうのは生物の本能的な反応のひとつだが、それが注視すべき代物ではないという知識が無かったのが彼女らの不幸であった。

 

 閃光手榴弾(スタングレネード)が炸裂。

 

 180デシベルの大音響と、数百万カンデラという特地ではまず人為的に再現不可能な閃光が瞬間的に発生した

 

 

「め、目がぁ~目がぁ~~~!!?」

 

 

 亜神も、新生龍も、等しく悲鳴を上げて悶絶した。爆音以上に、真っ向から直視してしまった事の方がジゼルと2匹の新生龍に甚大な影響を齎していた。

 

 元々スタングレネードは屋内戦における突入・制圧用の代物だが、広い屋外では効果も落ちるとはいえ一定の目くらましには役立つ。グレネード本体を注視していたとなれば尚更であった。

 

 予め耳と目を守っていたお陰でほぼ影響を受けていなかった伊丹は銃身下に取り付けたM203・グレネードランチャー、その引き金を絞る。

 

 ライフル弾よりも大味な反動が肩を叩き、グレネードランチャー特有の間が抜けた砲声と共に40ミリ擲弾が発射された。狙いは新生龍の片割れだ。

 

 それなりの、だがLAMの直撃には数段劣る規模の爆発が黒の新生龍の表面で起きた。勿論鱗に傷をつけた程度のダメージしか及ばなかった。これならスタングレネードの閃光の方がまだ効果があるだろう。

 

 それが分かりさえすればいい。M203の一撃は攻撃ではなく確認だ。グレネードランチャー程度では新生龍相手でも通用しない事さえハッキリすれば良かった。

 

 

「サイズは小さくてもやっぱ防御力は炎龍とどっこいどっこいか……!」

 

 

 吐き捨てながらタクティカルベストに引っかけてある、スタングレネードよりも太めの金属筒を足元に転がす。

 

 信管の作動により充填された化学物質が反応。発煙手榴弾から噴き出した白煙が伊丹の姿を覆い隠した。

 

 

「こ、こんにゃろう味な真似しやがって……!」

 

 

 異世界の鎮圧用兵器初体験のジゼルがようやく視力を取り戻し、新生龍を引き連れて煙の中へ突撃した頃には、とっくの昔に伊丹もその場から姿を消していた。

 

 

 

 

 

「こんの臆病者どもがー! どうせこそこそ隠れたってこいつらの鼻からは逃げられないんだからなー!!」

 

 

 ジゼルの絶叫と新生龍2匹の雄叫びが溪谷中に木霊する……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『神々と肩を並べるにはたったひとつのやり方しかない。神々と同じように残酷になる事だ』 ―ジャン=ポール・サルトル

 

 




調べて改めて理解する神話の性的事情のカオスっぷりよ(汗)

追記:感想で散々な言われような前回までのダークエルフですが、独裁者や敵兵の死体相手に民衆がロクな事しないのはリアルの歴史が実証してるので…(例:ムッソリーニ、モガディシュ)


執筆の貴重な糧となる批評・感想大歓迎です。


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