今回は短め。
12/31:指摘を受けた部分を修正
<4日前/15:00>
今津 『特地』方面派遣部隊作戦幕僚部・一等陸佐/第2科長
ファルマート大陸・アルヌスの丘/自衛隊駐屯地本部
突貫仕事で作成された報告書に目を通し終えると、自衛隊特地派遣部隊内で情報分野を担当する第2課の長である今津は落胆の溜息を吐いた。
昨夜、診療施設を舞台に発生した拉致被害者暗殺未遂事件。
事件そのものは、1人の負傷者も発生せず静かに終息した結果、被害の少なさとパニック防止の為に緘口令が敷かれた。
暗殺未遂を知るのは現場に居合わせた当事者ら、ならびに要請を受けて駆けつけた自衛隊関係者、捜査協力のため事情を知らせた一部の特地住民のみである。
住民らの口伝で情報が拡散するのは抑えられないだろう。自衛隊側は機動力の高さで暗殺に関わった人物まで情報が伝わる前に関係者を確保しようという魂胆であったのだが……
今津は捜査の責任者である。元の報告書に記載された内容は、捜査が早くも壁にぶつかった事を示していた。
実行犯、ヴォーリアバニーのデリラ。
食堂の看板娘として、今津に限らず派遣部隊の隊員らの多くが親しく言葉を交わしていた人物だが、その正体はイタリカはフォルマル家から送り込まれた密偵であった。
現在は同郷どころかかつてのデリラの戦友でもある事が判明したパルナの付き添いの下、警務隊の取調室にて厳重に監視中である。
共犯、フォルマル家執事のバーソロミュー。
メイド長らの協力の下、科学捜査と自白剤を利用した尋問の結果、伯爵家の公印を管理していた彼が文書を偽装し望月紀子暗殺の偽命令をデリラへ送りつけた事が判明している。理由は借金返済の為。
だがバーソロミューを唆して紀子暗殺を目論んだ首謀者は取り逃がしてしまった。
昨夜の騒動を知る特地住民は限られていたにもかかわらず、だ。首謀者は余程耳の良い情報網を構築していたに違いない。
今回の事件は、事が起こる瞬間まで自衛隊は察知出来なかった。
紀子暗殺が防げたのは、たまたまパルナが紀子と接触し、かつての同胞の登場に隠れ潜んでいたデリラが動揺した為に存在を察知され、観念して自首したから。
偶然の産物、運命の皮肉……要は運が良かっただけに過ぎない。特に命を狙われた紀子と、拉致被害者を危うく本拠地のど真ん中で殺される所だった自衛隊にとっては。
第2課所属の隊員らは自分達の職務、すなわち特地に於ける情報・諜報活動の不備と働きの不足を認めざるを得なかった。
デリラの立場を見抜けなかった。暗殺計画を察知出来なかった。紀子の居場所まで情報を掴まれ、目前まで侵入を許した。
アウェイだから、通信技術が早馬や狼煙レベルの特地では最新鋭の盗聴やハッキング技術など役立たずだから……幾らでも言い訳は出来る。
だが失敗は失敗だ。最新技術が役立たずであれば文明レベルに合わせた手段を駆使すれば良い。文明が進歩していなくても幾らでもやりようがあるのは、神話時代からの戦争と謀略の歴史が示しているではないか。
「先手は取られたが今度はこっちの手番や。
今の所考えられる望月紀子を殺そうとした敵の正体は2つ。彼女の存在を知ってて尚且つ日本と帝国の講和を快く思わない皇太子ゾルザルを筆頭とした主戦派、或いはそのゾルザルの仕業と思わせたい誰か……」
意見交換に集めたスタッフ達に向け、今津は右の指を2本立てて可能性を述べていく。するとスタッフの1人が別の意見を述べた。
「その中で、フォルマル伯爵家がこのアルヌスに諜報員を潜り込ませていた事を知る立場にある者」
ディスカッションは進む。最終的に日本側から真偽織り交ぜた情報を流す事で揺さぶりをかけ、反応を示した人間から敵の糸を辿るという方針に決まる。
「此方の手の者を内部に入れ込む以外にも帝国の一定以上の階級層に協力者を作るというのはどうだ?」
「ならアレの出番だな。ほらドラゴン退治に出撃しちまった例の二尉が悪所街のボスの邸宅から分捕ってきた、長年に渡って悪党連中と仲良しこよしだった帝都の貴族や商人との取引記録や密書、配下にあった特殊な職業をしている女性達から集めたゴシップを纏めたヤツ」
「伊丹二尉かぁ……今頃、何やってんだろうなあの人」
誰かが呟いたのをきっかけに、今津らの思考は暗殺未遂の捜査から、アルヌスよりはるか離れた土地へ炎龍退治へと出向いた脱走中の二等陸尉と仲間達へとにわかに思いを馳せる。
思えばデリラが紀子暗殺を実行せずに自首してきたのは伊丹が悪所街から連れてきたパルナの存在が大きく、また帝都の醜聞を纏めた情報の束も元はベッサーラが集めていたのを伊丹が強奪してきた物なワケで。
無血での解決となった昨晩の暗殺未遂は、件の英雄殿の行動が巡り巡っての奇跡の産物である。
やっぱ英雄になる奴は
その時、課員の1人が不意に声を上げた。
「今津課長。暗殺の首謀者に関する手がかりとは別に、例の拉致被害者とヴォーパルバニーの2人から気になる情報が」
「ほう、何や言ってみぃ」
「拉致被害者によるとゾルザル皇太子が個人的に
そのヴォーリアバニーの奴隷の名前と特徴がですね……デリラと伊丹二尉が保護した女性の故国であるヴォーリアバニーから聞き出した、帝国が滅ぼしたヴォーリアバニーの国の女王と一致するんですよ」
紀子やパルナなど現場に居合わせた者からの証言の分析を担当していた課員はそう言い放ったのである。
<同時刻>
ジョン・プライス
ファルマート大陸・テリリア平原
南米か東南アジアのジャングルを思わせるスコールだった。
全く舗装されていない道なき大地は瞬く間に泥濘と化した。地面の凹凸は激しく、油断すると車体が大きく傾く程に深い水溜まりに何度も出くわした。
ダークエルフ曰く、この辺りの雨は一度降り始めれば土砂降りだが長引く事は少ないらしい。指揮官である伊丹は天気が変わるまで車を止めて待つという決定を下した。
晴れていた時は明確に視認出来た大岩が視認出来なくなる程の豪雨である。互いを見失なわないよう2台の高機動車はサイドミラーがぶつかりそうな位に近く並行に車を停車させている格好だ。
「こうやって車の中で時間を潰しているとアフリカに居た頃を思い出すな。アフリカのスコールもこんな感じだった」
運転席のユーリが天から降り注ぐ水滴を見つめながら言った。手元から目を離さぬままプライスも相槌を打つ。
「雨は雨だ。国が違おうが世界が違おうが所詮は自然現象だ、大して変わらん」
「何もかも地球と同じとは限らないだろう。こっちの世界には魔法だって実在するんだ、地球では見られないもっと神秘的な光景だって見られるかもしれないぞ」
「生憎観光に来たつもりはない。今の俺達は狩りをしに来たんだ」
ユーリの視線が横を向く。イギリス人とロシア人が乗る高機動車はドアが装着されているが、伊丹が借り出した方の高機動車はドアが外されたタイプだ。
その為、地図を片手に唸る伊丹を中心に、国籍どころか出身世界すら違う多種多様な4人の美女美少女が―金髪エルフは眠っているので除外―伊丹を取り囲んでいるのがユーリからも丸見えであった。
人数比でも男女比でも結構な偏りっぷりである。伊丹と同じ車に固まった女性陣が友情や上下関係を超えた感情を彼に向けているのは傍から見ても明らかであった。
特に背丈は他の少女と大差がないのにバストサイズはぶっちぎりで女性陣トップという、栗林とかいう名前の伊丹の部下の女は、上官と密着せんばかりに積極的に自分から距離を縮めにかかっているのが丸分かりだ。
黒ゴス少女も似たようなものである。荷台に座る銀髪の少女は物理的な距離は開いているが、精神的な距離はむしろ逆である事は彼女が伊丹へと向ける視線を見ていれば、傍から眺めているだけのユーリにも理解出来た。
唯一ダークエルフだけは伊丹との間に精神的な隔たりが存在しているが、彼女がテュカに行った所業を考えれば当然の事だ。
「なぁプライス」
「今度は何だ」
「彼女達の中で誰が最初に伊丹を口説き落とすか賭けてみないか?」
「おいユーリ、お前は何時からゴシップ紙の三文記者に鞍替えしたんだ」
「何だよ。イギリス人なのに賭け事は嫌いか?」
「俺は馬専門だ」
たわいもない話をしていると、突然ロゥリィが高機動車の中から出てきた。
車と車の間を飛び越えるようにして、通気を良くする為に幌を捲り上げて開放していた荷台の側面より、体操選手もかくやな身のこなしでユーリとプライスの車両内部へと体を滑り込ませる。
その際、風圧で捲れたフリルスカートの奥に隠れていた外見年齢を考えると少々攻め過ぎなデザインな黒色の三角形の布も一瞬露わになったのだが、乗員席に座る2人の目には入らなかったので特に問題はない。
雨の中に出たのはほんの一瞬だが、大粒の雨の滝は全身を濡らすには十分で、ロゥリィは「いやぁん」と情けない声を漏らして顔に張り付いた黒髪から水分を拭い取ろうと奮闘する。見かねたユーリがタオルをロゥリィへ差し出した。
「あらありがとぉ。見た目の割には気が利くのねぇ貴方ぁ」
「誉め言葉として受け取っておくよ」
ちなみに彼らの会話は日本語だ。お国訛りが残る外人組よりも日本語に触れるタイミングが遅かった筈のロゥリィの方が流暢な言葉遣いなのは亜神固有の特性なのか。
手元に目線を落としたままプライスが尋ねた。
「一体何の用だ。暇が潰したきゃイタミの所に戻るんだな」
「様子を見に来てあげただけなのにご挨拶ねぇ。それでぇ貴方は何を熱心に見てるのかしらぁ?」
背もたれにのしかかるようにしてロゥリィはプライスの手元を覗き込む。
老兵が手にしていたのはドローンの操作にも使った軍用タブレット端末だ。画面に映し出される複数のファイルの内容を目にしたロウリィの眉根が怪訝そうに歪んだ。
「うえぇ。これってぇ飛竜を解剖してる絵? よねぇ。 そんなの見て何が楽しいのぉ?」
「例の
別のファイルを指で叩くと、特地の文明レベルからかけ離れた摩天楼上空にて背に人を乗せて宙を舞う飛竜が映し出される。
『銀座事件』にて帝国の竜騎兵と交戦したヘリ部隊が記録した動画データだ。
羽ばたき、身をくねらせ、滑空から上昇と下降、旋回を繰り返す飛竜をガンカメラが追う。やがて連続した破裂音に合わせてカメラがぶれたかと思うと、常時画面の中央に据えられていた飛竜が背中の乗り手ごと粉砕されるのを最後に動画は終わる。
プライスは飛竜が映し出された動画の序盤から撃破される直前までの一部始終を繰り返し見た。
何度も、何度も、何度も。
別の動画ファイルも、空飛ぶ飛竜を映したものだ。こちらは3度のアルヌス攻防戦にて撮影されたもので、当時上空に陣取っていた無人偵察機や特科部隊の高射砲のガンカメラ等、空と地上の複数視点から記録した映像を纏めたものであった。
これらのデータは柳田を脅して用意させた物だった。
当然ながら関係者以外閲覧禁止の機密情報である。付け加えれば、プライスやユーリのような日本国外の組織に所属する部外者の手には絶対渡ってはならない類の超重要機密であった。
知った事か。どうせプライスも、ユーリも、故国にこの情報を渡すつもりはない。
この情報を柳田に要求したのは、対炎龍戦に少しでも役立てる為だ。
知識は力なり。
古今東西あらゆる軍事作戦に於いて、事前の情報収集を怠った陣営に待ち受けているのは確実な敗北だ。
正確には、今回の行軍は軍事作戦というよりは
獲物の特徴や習性を知らず、ただ狩場をうろつき回るだけで狡猾な獲物を仕留める事が出来るのか?
答えは断じてNOだ。高価な装備で飾り立てた無知なハンターは、ナイフ1本しか持たない山男にすら劣る。
そして今回の獲物たる炎龍は完全撃破には陸空の機甲師団の動員が必要とすら目されるとびっきりの危険生物である。少しでも情報が必要だった。
残念ながら遺伝子情報といった炎龍の生物学的データは在っても(何せ腕1本分のサンプルがあるのだ)、どのように活動し、どのような習性を持つかといったフィールドワーク的データは不足しており―それこそプライスが本来求めていた情報―
ならば広義的には同種の存在であり、飛行中の映像や詳細な解剖学的データも一通り揃っている飛竜の情報でもって代用しよう。かのような判断の下、偏屈な老兵は柳田に無理矢理機密情報を持ってこさせたのである。
記録映像をプライスは何度も見返した。時には画像の一部を拡大し、翼を羽ばたかせる瞬間の動きや、旋回する瞬間の重心移動や、身をくねらせる際に筋肉のしなり具合を読み取り、目に焼き付ける。
時折、動画から自衛隊が撃破した飛竜の解剖画像のファイルを参照しては、繰り返し動画を見返す作業に戻る。
標的を仕留める為に最も重要なのは情報である。
画面に目線を固定したまま、老兵はおもむろに背後の亜神に問いを投げた。
「お嬢さん。1つ聞くがドラゴンの体構造は種族差や個体差はあれど基本的に同一なのか?」
「同じ、といえば同じねぇ。私ぃ達が追ってる炎龍はぁその体長も、寿命も、生命力も凶暴性もぉ鱗の硬さもぉヒトが使役してる翼龍なんかとは比べ物にならないけどぉ、体の大まかな造形自体はぁ似たり寄ったりねぇ」
「骨格レベルで形状に差異や内蔵の配置そのものが違う訳ではない、と?」
「そうじゃないのぉ? 私もぉ直接炎龍みたいな古代龍とぶつかるのは流石に今回が初めてだからぁ、古代龍と翼龍の中身がどう違うかなんてぇ知らないものぉ」
1000年近く生きて大陸全土を旅してきたロゥリィでも経験してこなかったという言葉は、古代龍が極めて希少性の高い、地球においては
「あ、でもぉ炎龍は翼龍と違って腕があったわぁ。結構しっかりした腕だったけどぉイタミ達が左腕を吹き飛ばしたしぃ、左目も矢が刺さって隻眼になってたからぁ、もし万が一もう1匹炎龍が出現してもぉテュカのお父さんの仇がどれなのかは一目で見分けがつくんじゃなぁい?」
「……矢が通用するなら銃弾も通じるか」
プライスの呟きにロゥリィがやれやれと首を横に振り、呆れの吐息をつく。
「甘いわねぇ。幾ら貴方達が持つ『ジュウ』が如何に優れていてもぉ炎龍相手には役者不足よぉ。ヒト相手には通用しても炎龍の鱗は容易に跳ね返し、どれだけ撃っても体に集る羽虫の様に注意を惹くのが精々。
通用するのは鉄の逸物ぐらい、それでも1発や2発では仕留めきれないんじゃなぁい? そして相手は己の左腕を奪った鉄の逸物を間違いなく警戒するわよぉ。
炎龍と直接戦った事が無い貴方達に警告しておくわぁ。龍はゴブリンやオークなんかより遥かに頭の良い存在。たかが獣、と見縊らない事ねぇ」
「翼龍でも50口径の徹甲弾でようやく防御の薄い腹部を貫通出来るレベルの強度。そして標的のドラゴンはそれを遥かに超えるサイズと強度、か。まるで神話の怪物だ」
「そもそもの話ぃ、古代龍は名工の武器を与えられたヒトが束どころか万の軍勢を組んでぇ立ち向かっても敵わない存在よぉ。
いわば龍の姿をとった災害。ヒトに出来るのは厄災が通り過ぎるまで穴にでも息を潜めて隠れる事ぐらい――それがこの世界のヒトの認識なのぉ」
ロウリィが語る異世界人でも分かり易く表現された解説に、お手上げと言わんばかりにユーリは眼球をぐるりと回し、天を仰ぐ。
「参ったな。イタミは一応手を考えているみたいだが、俺達も戦車かフル爆装の戦闘機を用意して送って貰うよう今からニコライに救援要請でも送ってみるか?」
無論、完全にアルヌスとの通信可能範囲外だと理解した上でのジョークである。
ユーリのつまらない冗談に、プライスは鼻を鳴らす事で応えた。顔を元の向きに戻したユーリの喉からも忍び笑いが漏れる
炎龍の脅威を滔々と語り終えたロゥリィはイギリス人とロシア人の振る舞いをしばしジッと観察し――やがて艶やかに破顔した。
心底愉快そうに、愛おしいモノを見るかのように。
この2人の伊丹の戦友は、これから立ち向かう炎龍の絶大な脅威を教えられても決して怖気づかず、恐怖を隠そうと蛮勇的な虚飾を纏おうともせず。
しかし炎龍に立ち向かう覚悟と決意には微塵のブレも生じていない事を、ロゥリィは900年以上の亜神生活で培ったその慧眼でもって見抜いたからである。
『いくら学び、知識を身につけても、人間は全知全能になる事は出来ないが、学習している人間と無知な人間には天地の開きがある』 ―プラトン
次回は作者の趣味全開の模様(採点:ハンター作品)
今後も皆さんの批評・感想大歓迎です。