GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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色々とマシマシでお送りいたします。


19:Final Round/殺されざる者

 

 

 

 走る。

 

 

「ぬおおおおおぉぉぉっ!?」

 

 

 跳ぶ。

 

 

「とうっ!」

 

 

 身を投げ出す。

 

 

「のわぁっ!?」

 

 

 滑り込んで身を潜める。

 

 

「どわっちゃセーフっ」

 

 

 それはどこまでも泥臭く、情けなく、戦士の誇りも勇ましさもクソ食らえと言わんばかりにみっともない逃げ回りっぷりであった。

 

 しかし情けなさとは裏腹に亜神、それも翼持つ種族たる龍人族であるジゼルの空からの一撃どころか、手懐けた新生龍ことトワトとモゥトの2頭も加わって追いかけ回しているにもかかわらず、たった1人の情けないヒト種相手を仕留め切れていないのである。

 

 頭上という死角から奇襲をかけたつもりでも、寸前で察知されては奇声を上げて大鎌の軌道から逃げられた。

 

 トワトとモゥトが火炎放射を浴びせれば、(あぎと)を開き口腔内で着火するまでの準備動作を素早く見て取り、炎の直撃を回避できる地形の隆起や割れ目へと隠れて火炎放射を凌ぐ。

 

 安全地帯が間に合わないようなら、たすき掛けにぶら下げた大量の閃光手榴弾を投げつけて出鼻を挫き時間稼ぎ。

 

 1度や2度ならば偶然と幸運の賜物であっても、3度4度、そして5度と凌がれてしまっては、ジゼルもイタミヨウジが緊張味の薄い振る舞いとは裏腹に、かなり戦いに慣れた人物であると認める他なかった。

 

 

「それでも限界はあるだろっ!」

 

 

 闇雲に伊丹の懐へ突っ込むのではなく、その前方へ舞い降りたジゼルは大鎌の切っ先を固い地面へ突き立てた。

 

 乱暴なゴルフスイングのように大鎌を振るえば、拳大程の岩石が散弾と化して伊丹へと襲い掛かる。

 

 直撃すれば容易く顔面が砕かれん威力で飛来した岩石を「ひょぇっ」と間抜けな悲鳴と漏らしつつ、伊丹は身を捩って寸前で回避。

 

 ジゼルから距離を取ろうと後ろへと跳躍――しようとして咄嗟に止める。ジゼルの背後上空にて2頭のドラゴンが、伊丹が主と距離を開けた瞬間襲いかかる態勢を取っていたのに気付いたからである

 

 後ろや左右に逃れたら龍にやられると瞬間的に認識した伊丹は、意を決して唯一残る逃げ道へ駆け出す。

 

 前方、自らジゼルの懐へと。

 

 

「何ッ!?」

 

 

 見事なまでの逃げっぷりから一転、自ら突っ込んできた伊丹の行動にジゼルは不意を突かれたものの、意識を切り替え好機とばかりに振り抜いた大鎌を切り返そうとした。

 

 それよりも早く伊丹は肩から、大鎌を振り抜こうとした彼女の両腕へ体を押し付けるような格好でジゼルへぶつかる。結果、モーションの出鼻そのものを封じ込められたジゼルの動きは強制的に封じられる形になる。

 

 同時に鋭く突き刺さる衝撃がジゼルの鳩尾を襲った。

 

 

「ごぼっ」

 

 

 亜神は主神のからの恩恵によって不老不死となるが、1000年かけて陞神するまで生まれ持った肉の体で過ごさなくてはならず、怪我は即座に治っても肉体の強度はヒトと大差なければ苦痛も感じる。

 

 ジゼルも亜神と成って数百年、死にはしなくとも数に勝る盗人や凶暴な怪異に手傷を負わされた経験も覚え切れない位だ。

 

 だが鳩尾を襲った衝撃による、体の芯まで響く鈍痛と臓腑が口から飛び出しそうだが出したくても出せない、呼吸困難を伴うその苦しみは初めての体験であった。

 

 反射的に視線を下に向ければ、伊丹が肩から吊り下げていた謎の鉄の筒がジゼルの鳩尾へ深々とめり込んでいた。

 

 ライフルやショットガンの長さと重量を活かしストックなどを使った打撃は軍隊格闘術の基本である。

 

 STF12ショットガンの銃口をジゼルの腹部へ突き刺したまま、伊丹は引き金を絞った。ジゼルの振る舞いは女だからといって情けをかけられる範疇を越えていた為に躊躇いはなかった。

 

 肉の体と密着状態で発射された事によるくぐもった銃声。

 

 全く拡散する事無くジゼルの腹部を貫いた散弾以上に、銃口から噴き出した燃焼ガスの圧力作用によってジゼルの背中に爆発したかのような穴が生じた。

 

 原理としては小さな風船へ一気に大量の空気を送り込んだせいで破裂してしまうのとほぼ同じ。大口径銃による自殺死体の大半が激しく損壊しているのも、銃弾の威力以上に体内へ侵入した高圧ガスによる作用によるものである。

 

 1発だけで終わらず、フォアグリップを前後しては弾薬を送り込み2発、3発と更に撃つ。

 

 その度にジゼルの背中から肉片混じりの鮮血が噴出し、青色の死体がビクンビクンと震えた。口からも溢れた血がジゼルの口元を、襤褸切れ同然のドレスを、そして伊丹すらも汚していった。

 

 この時点で普通の人間ならとっくに死んでいるどころか内臓の大半がミンチと化している状態である。

 

 されど相手は普通に非ず。

 

 最後の1発を叩き込んだ直後だった。

 

 装甲車に轢かれたと錯覚する程の衝撃が、伊丹の左脇腹を襲った。

 

 

「なめん、なっ!」

 

 

 細くも肉付きの良い足から放たれたとは思えない位重い右の膝蹴り。

 

 それは苦痛の呻き声すら漏らせぬ程の衝撃だった。左脇腹の内部で不吉な破壊音。今ので間違いなく肋骨が数本折れた。ショットガンを握る手から力が抜けスリングと繋がった銃がブランと揺れる。

 

 真横へ体が吹き飛びそうになるが、このまま蹴り飛ばされては拙い。どう対処するか、考えて命令を下すよりも速く肉体が自然と動き、左脇腹にめり込んだジゼルの右足へ腕を回し脇に抱え込む。

 

 

「纏わりついてんじゃねぇ!」

 

 

 口の中に溜まった血を吐き散らしながらジゼルが吼える。大穴が空いていた筈の彼女の腹部は強力な酸に物を浸したかのような音をたてながら急速に塞がり、吹き飛ばされた内臓も大部分が原型を取り戻している最中にあった。

 

 伊丹は不思議な感覚に襲われていた。肋骨が一度に蹴り砕かれたとなれば呼吸ひとつ微かな身動ぎでも激痛が走ってもおかしくないものだが、不思議な事に激痛が全身を貫いたのはほんの僅かな時間だった――まだ俺は戦える。

 

 右手を垂らせば自然と触れるポジションに提げたコンバットナイフを鞘から引き抜く。

 

 抜くと同時に切り付けるという動作を一挙動で終える。ジゼルの内太腿を通過する大腿動脈が切断され更なる鮮血が密着状態の伊丹とジゼルを汚すが、その傷もすぐに塞がってしまう。

 

 伊丹は諦めない。

 

 亜神はいくら致命傷を与えても死なず傷もたちどころに塞がる事は彼だって理解している。だが痛覚もそのままで、激しい痛みを与えれば死にはしなくとも動きは鈍るし、場合によっては意識を失う事もロゥリィを見て知っていたからだ。

 

 手首を返しナイフの切っ先をジゼルの右脇腹、肋骨の下縁へ突き立てる。

 

 狙いは肝臓、ここを抉られた場合大量出血と激痛によるショックで致命傷となる、人体の急所の1つ。

 

 抉り、引き抜き、また刺す。その度に激痛に襲われたジゼルの顔から血の気が引くが、彼女も歯を食いしばり刃が急所を抉る苦しみに耐える。

 

 必死にジゼルの太腿を抱え続ける伊丹を不意に浮遊感が襲った。グングン浮上し、あっという間に数十メートルの高度へ到達。

 

 ジゼルが自前の翼でもって文字通り飛び上がったのだ――伊丹ごと。

 

 

「どっひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

 

 上昇から一転、急降下。

 

 久々に高所恐怖症が再発した伊丹の口から裏返った悲鳴が飛び出した。

 

 突っ込む先には大型車クラスの大岩。明らかに激突コースだ。

 

 

「そそそそそれは反則だろぉっ!」

 

 

 激突よりも地面に落ちた方が被害が少ないと伊丹は慌ててジゼルの足に巻きつけていた腕を外す。だが今度はジゼルの片手が彼の迷彩服を掴んで離さないせいで、逃れる事が出来ない。

 

 

「ペチャンコになりやがれ!」

 

 

 更に力強く羽ばたき加速。地面までの距離が10メートルを切ったところで無情にもジゼルの手が伊丹から離される。

 

 ジゼルと違って自前の翼を持たない伊丹に出来たのは激突の寸前、咄嗟に両手で頭部をガードする姿勢を取れた事ぐらいで。

 

 全く減速出来ぬまま背中から激突した伊丹の肉体を襲った衝撃は、ぶつけられた岩にも亀裂が生じたほどであった。

 

 大岩にぶつかった伊丹の肉体はベクトルを捻じ曲げられながら大きく上方向へ跳ね返り、そのまま落下してもう1度岩の上でバウンドすると、反対側に落ちてジゼルの視界から消える。

 

 バウンドした部分はべったりとした血痕で汚れていた。バウンド直後の伊丹の手足がありえない方向に捻じ曲がっていたのもジゼルの目は捉えていた。

 

 今のは脆弱なヒトにとって間違いなく致命傷だ。

 

 そう思うと、不意にジゼルの胸中へ惜しいという感傷的な感情が広がった。縦割れた瞳に寂しげな感情を浮かべ、己から流れた血で汚れた白ゴスドレスを見下ろす。

 

 亜神でも怪異でもないただのヒト種でありながら、新生龍を引き連れた自身にたった独り挑み、亜神でなければ確実に死んでいる程の血を流させたイタミヨウジとかいう男。

 

 情けない逃げっぷりを差し引いても、機と見ては膂力に優れる亜神相手に組み付きすら挑み、見事刃を突き立ててみせた。それは敵ながら天晴れと言う他無い、本物の戦士と評するに相応しい戦いぶりだった。

 

 なまじ特地では亜神の立場が一人歩きしている為に大抵のゴロツキや兵隊もジゼルを前にするや等しく恐れをなしてしまっていたのもあり、伊丹との戦いは尚更新鮮なものとしてジゼルには感じられたのだった。

 

 

「どーせならオレの眷属にしてやりたい位の戦士だったぜ」

 

 

 己が子を生せなくなった亜神の身ではなく、伊丹が同族の龍人であったならば彼の子を孕んでも良かった位には。

 

 これほどの戦士の魂ならば主上(ハーディ)も御気に召すに違いない。お姉さま(ロゥリィ)主上(エムロイ)とは死後の魂を巡り激しい争奪戦が繰り広げられているが、ジゼルはただ主神の命じるままに働くのみである。

 

 せめて伊丹の死に顔だけでも見取ってやろうと、ジゼルは血痕が残る大岩の上に降り立った。

 

 

「……へ?」

 

 

 そして間抜けな声を上げてしまう。

 

 

 

 

 向こう側に転がっている筈の伊丹の死体がどこにも見当たらなかったからだ。

 

 彼が其処に転がっていた事を示す血痕は崖の先まで点々と続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時、間違いなく自分は死んだ筈だった。

 

 岩に激突したあの瞬間、伊丹は己の肉体の中で骨という骨が砕け、折れた肋骨の先端が臓腑を深く傷つける感触がしたのを確かに感じた。底の無い暗闇、自分が死ぬ瞬間の感覚もまた。

 

 まぎれもない致命傷だった筈だ。なのに地面に転がった数秒後には意識を取り戻し、砕けへし曲がった骨は正しい位置に戻り、傷ついた内臓も元通りになっていた。岩肌に擦って負った肌の傷すらも残っていない。

 

 まるで伊丹自身も亜神(・・・・・・・・・・)になったかのように(・・・・・・・・・)

 

 傷の数々が夢幻でないのは迷彩服の大部分を汚す未だ乾いてすらいない真新しい血のシミを見れば明らかだ。

 

 ともかく重要なのはまだ自分が生きていて走れる点に尽きる。伊丹は意識を切り替え、足を止めぬままスリングのお陰で落とさずに済んだ弾切れのSTF12の装填口へ新しい弾薬を押し込んでいく。

 

 今伊丹は崖の中腹、雨水に岩肌が削られて生み出された天然の水路を移動している。幅は大型車1台分といった所か。

 

 携帯した無線機は奇跡的に無事だったが、仲間達の連絡はまだない。あとどれだけ時間を稼げばいいのか。自分の体に何が起こっているのか……

 

 そんな思考に意識を割いたのがいけなかったのか、谷側に突如舞い降りた気配と殺気への反応が一瞬遅れた。

 

 

「見つけたぁ!」

 

 

 新生龍には侵入出来ない幅の谷間でも、文字通り人に羽が生えたサイズのジゼルならば関係ない。

 

 虚空に龍の翼を広げて浮かぶジゼルが歓喜と闘志溢れる鬨の声を上げた。

 

 駆け出しながら伊丹はショットガンを発射。OOバックの散弾を龍人の亜神はひらりと華麗にかわすや、何と斬りかかるのではなく「うりゃぁっ!」という声と共に伊丹めがけ大鎌を投じた。

 

 人体どころか小型車程度なら両断出来てしまいそうな程に長い刀身の大鎌がまるで枯れ木の小枝のように軽々と放たれ、ヘリコプターのプロペラもかくやな超高速回転で飛来する。

 

 命がけの徒競走にあった伊丹の生存本能が咄嗟にブレーキを命じた。戦闘長靴の靴底が、強く地面へ食い込んだ。

 

 刹那、目の前を大鎌の刀身が通過した。手にしていたSTF12の銃身を刃が掠めた程の近さであった。

 

 散弾銃の前半分が爆発したかのように破壊され、部品と装填された弾薬が飛び散ったのを見れば、直撃していれば伊丹の胴体が輪切りになっていたのは明らかな威力。的を外した刃は刀身の半分以上が岩肌へ埋まる格好で突き刺さった。

 

 死の斬撃は寸前で避けたものの、『r』字型をした大鎌の刀身よりも更に長い柄の部分が、鳩尾ほどの高さで伊丹の肉体をジェットコースターの安全バーのように壁面へ留める形となった。

 

 しゃがんで潜り抜けようとする伊丹だが、天然の水路へ足を着けたジゼルが彼よりも先に素早く右足を振り上げる。

 

 ジゼルの両膝から下は龍の鱗に覆われ、足首より先に至っては龍と大差ない特徴的な構造だ。

 

 特に長い中3本の指に生えた爪は1つ1つがダガーナイフに似て太く鋭い。そんなジゼルの右足が今伊丹の喉元を押さえて完全に動きを封じ込める。爪が掠めた部分から血が流れるが、出血はすぐに止まり傷そのものも一瞬で塞がり痕すら残らない。

 

 傍から見れば万事休すと評すべき様相の最中、必要最低限の面積しか隠さない下着を大股開きで見せつける体勢で圧倒的優位に立ったジゼルが口を開いた。

 

 

「やっぱりな。さっきは気付かなかったが、テメェお姉さまと繋がってやがんな」

 

「どういう意味だ」

 

「どうりでおかしいと思ったぜっ。あんだけの高さから岩の上に落っことしてやったのに、単なるヒトがピンピンして動き回れる訳ねぇんだからな。そりゃそうだ、お前の傷をお姉さまが引き受けたんだからな」

 

「ロゥリィが、かわりに俺の傷を?」

 

 

 伊丹もおかしいと思っていたのだ。戦場でそれなり以上にしぶとく生き延びてきた身とはいえ、あの高さ、あの速度で墜とされたとなれば、死んでいなければむしろ人としておかしいのだから。

 

 ジゼルの発言が正しければ致命傷クラスの負傷をロゥリィが肩代わりした訳で、それはつまり骨が砕け内臓が破裂する苦しみに彼女も苛まれているに違いなくて。

 

 どうしてそんな事をと、伊丹はロゥリィに問い正しくて仕方なかった。その為にもジゼルからの拘束からどうにかして逃れなくてはならない。

 

 

「けどまぁお姉さまの加護を受けていようが主上様直々に力を与えられたオレら(亜神)には敵わねぇよ。頭を切り離しちまえばお陀仏だぜ。このまま爪で切り落としてやらぁ」

 

 

 鋭さも大きさも本物の刃物そこのけなジゼルの足の爪が伊丹の首を引き裂こうと、力が加わり出したその時だ。

 

 これまた奇跡的に壊れずに頭に乗っかったままだったヘッドセット越しに、この場に居ない戦友と部下の声が伊丹の耳朶を打った。

 

 

『こちらプライス。配置に着いた』

 

『栗林です。こっちも準備完了です!』

 

 

 腕は大鎌の柄に押さえ込まれて持ち上がらないが手首から先は使える。足も腕と違って動きを封じられていない。

 

 伊丹は賭けに出る事にした。すまないロゥリィと声に出さず詫びる。彼女が代償を覚悟してまで与えてくれた加護があるからこその賭け。

 

 指先が腰のベルトにぶら下げた鉄の球体に触れ、ジゼルは不意に聞き慣れない金属音を耳にした。

 

 

「あん?」

 

 

 音の出所に視線を向けようとした刹那、伊丹が思い切り右足を振り上げた。

 

 頑丈な半長靴に護られた爪先が突き刺さった先は大股開きに曝け出されたジゼルの股間。

 

 睾丸が体外に露出している男性程ではないが、代わりに子宮等が存在する関係上股間は女性にも立派な急所の1つなのである。

 

 また伊丹が狙ったのは筋肉と脂肪の層に殆ど守られていない尾てい骨、これは背骨や他の腰骨と連結し下半身全体の動きに重要な役割を果たす仙骨と密着しており、尾てい骨を強打すればこの仙骨へも重大なダメージが及ぶ。これまた人体の急所の1つであった。

 

 

「ぴゃうっ」

 

 

 ジゼルが感じたのは云わば尻から脳天まで雷が貫いたかと錯覚するかのような衝撃だった。

 

 繰り返しになるが亜神は不老不死になったからといって苦痛まで感じなくなる訳ではない。奇怪な悲鳴がジゼルの口から飛び出し、右足は振り上げた体勢のまま内股を閉じるという妙な姿勢になって動きがフリーズする。

 

 それどころか、ジゼルの意思とは関係なく温かい液体が勝手に漏れて下着をじんわりと濡らしすらした。排泄を司る仙骨神経が誤作動を起こし緩んでしまったせいだ。電撃じみた苦しみと敵を前にしての失禁に青くなったり赤くなったり、ジゼルの顔色が目まぐるしく変化する。

 

 拘束されたままの伊丹は行動を止めない。

 

 矢継ぎ早に金属音の正体、安全ピンも点火レバーも既に外れた状態で右手に握られた破片手榴弾をジゼルの足元に転がす。

 

 続けざま、尾てい骨を痛烈に蹴り上げた右足をジゼルの全体重を支えていた彼女の左足へ。

 

 膝の裏側を叩く要領で刈れば、元々不安定な片足立ちな上に急所攻撃で動きが鈍っていた状態から軸足を掬い上げられたジゼルは、あっさりとその場に引っ繰り返った。

 

 点火した手榴弾の上に。

 

 

「え?」

 

 

 尻の下に妙に硬質な感触を覚えたジゼルは間抜けな声を漏らし、伊丹は直後に襲う衝撃に覚悟を決めて身構えた。

 

 

 

 

 爆発。衝撃。爆風。暗転。

 

 

 

 

 映画で手榴弾の爆発で家屋が丸ごと吹き飛ぶという描写は定番の誇張表現の1つだ。気化した可燃性ガス等に引火したのでもない限りそれだけの大爆発を起こさない。それでも半径5メートル以内に人が居れば致命傷を負わせ、殺傷能力を持つ破片を数十メートル先まで届かせるだけの威力はあるのが実際の手榴弾というものだ。

 

 ただし盾となる遮蔽物があれば話は別である。特に人の体は爆風と破片を吸収してくれるにはうってつけの盾となるのだ。

 

 無論、盾にされた者が無事に済む筈がない。戦場で仲間や民間人を手榴弾から庇った代償に命を犠牲にした勇敢な兵士の逸話はいとまがないし、受け止め切れる威力にも限界がある。

 

 気が付くと伊丹は大鎌と壁面の間を抜けて尻もちを突いていた。

 

 耳鳴りがし、視界が赤く染まり、肺が痛む典型的な爆傷の症状に襲われていたが、体の異常はすぐに消え去ってしまう。足に刺さった手榴弾の破片も、下から急速に盛り上がった肉に押し出されてポトリポトリと足から抜け落ちていった。

 

 この現象はすなわち自爆も同然の行為で伊丹が受けた代償をロゥリィが肩代わりしてくれた事に他ならなかった。彼女が今感じているであろう苦痛に、今は謝罪の言葉を呟く事しか伊丹には出来ない。

 

 

「すまないロゥリィ」

 

 

 肉壁越しでこれである。文字通り尻の下で直接爆発を食らったジゼルは当然ながらもっと酷い有様だった。

 

 具体的には、爆発地点には四散したジゼルの下半身の一部しか残っていなかった。

 

 全身が爆散した割には肉片の量が足りないから、上半身は爆発で吹き飛んだ際に谷底へ落っこちたらしい。恐るおそる谷底を覗き込んでみる。

 

 ギリギリ川ポチャは逃れたようで、河原の岩場に特徴的な翼が見えた。流石に下半身を完全に吹き飛ばされたのは堪えたのか大分ぐったりとした様子だが、微かに動いていたしジゼルも不死身の亜神だ。遅かれ早かれ完全再生して伊丹追跡を再開するに決まっている。

 

 破片が掠めたのか至近距離での爆風の影響か今度は無線も壊れてしまっていた。

 

 問題はない。仲間の準備は終わった。ならば残るは誘導だけだ。

 

 

「最後まで鬼ごっこには付き合ってくれよぉ……!」

 

 

 再度、伊丹は走り出す。今度は仲間から遠ざける為ではなく、仲間の下へ誘き寄せる為に。

 

 走る。奔る。誘い込む。

 

 

 

 

 そしてようやく、伊丹は辿り着いたのだ。

 

 

 

 

 

 

<その時>

 伊丹耀司 第3偵察隊・二等陸尉/原隊離脱中

 ファルマート大陸・ロルドム渓谷

 

 

 

 

 

 

 辿り着いた場所は岬の様に地形の一部が谷へ向かって突き出ており、逃げ場が無くなると分かっていながら伊丹は自ら断崖絶壁へと近付いた。

 

 そこでしばし立ち止まり、息を整える。背後に気配とゆっくりとしたリズムで空気を叩く音が近付いてくるのを確認した上でゆっくりと振り返った。

 

 予想していた通り、ジゼルが赤と黒の新生龍を後ろに引き連れて仁王立ちしていた。

 

 ただし下半身を手榴弾で粉砕されてから再生したので最初の時とは違い、白ゴスドレスのスカート部分や下着が失われ無造作に伸ばされた頭髪と同じ色の叢が完全に露わになっている。

 

 諦めな、と龍の翼を持つ女は、照れや羞恥を毛頭見せず下半身裸のまま冷酷に告げた。

 

 

「ただの弱っちいヒト種の男なんぞに主上さんの奥様になろうってぇお姉さまなんぞ相応しくないんだよ」

 

 

 顔を煤と己の血で汚した伊丹の返答は、笑みの形に歪めた口元だった。

 

 

「だから俺を殺すのかい?」

 

「その方がお姉さまにまとわりつく蟲が減って主上さんも喜んで下さるだろーからな……いや、個人的にはただのヒト種の割にしちゃそんなに悪かない戦いっぷりだったとは思うけどさぁ。主上さんもお姉さまに執着してなけりゃ多分……ゴホン。

 ともかくだ。どちらにせよ俺が殺さなくても、トワトとモゥトが親の敵であるテメェを喰っちまうだろうよ」

 

 

 翼の女の背後に控える2匹の新生龍は等しく怒りと憎悪も露わに伊丹を睨みつけている。人の殺意とは別種の凶暴な眼光は龍の巨大な体躯と相まって物理的な圧力すら帯びているかのようだった。

 

 心底逃げ出したくて仕方なかった。震えそうになる両足を奥歯が軋むほど噛み締める事で押さえ込む。

 

 今度に限っては逃げ出してはいけない。立ち向かわなくてはならない。そうしなければならない存在だからだ。

 

 ――それに、勝算もある。

 

 下半身を吹っ飛ばされた現場からしっかり回収してきた身の丈もある巨大な魔鋼の鎌をクルクルと弄び、やがて軽い手つきで肩に乗せたジゼルは軽い口調で言い放つ。

 

 

「どうだいおっさん。今この場で跪いて頭を擦りつけるってんなら、苦しまないように俺がそっ首落としてやってもいいぜ? 今のこいつらは相当カッカ来てっからきっと楽には殺してくれねぇぜぇ」

 

「うーん、まぁ貴女みたいな美人さんからのお誘いはやぶさかじゃないんですけどねぇ」

 

 

 軽い口調を装って会話を交わす。

 

 思惑を悟られないようにする為に。

 

 

「褒めてくれてあんがとよ……で、返事は? 楽に死ぬか、苦しんで死ぬのか、どっちなんだ?」

 

「――そのどっちも御免だね」

 

 

 右太股のホルスターから拳銃を引き抜く。

 

 拳銃を初めて見るであろう女はしかし、鞘から剣を抜き放つのに似たその動作に伊丹の行動が意味する所を即座に理解した。

 

 面白いと言わんばかりに背後の龍同様、縦に割れた瞳孔を持つ目元を細めて伊丹を睨みつける。

 

 頼んだぞ(・・・・)。無線を失った以上、後は仲間任せしかない。

 

 

「ハッ! 俺やお姉さまみたいな亜神でもなければ空も飛べないヒト種のおっさんが、俺と新生龍2頭を相手にしようってのか!」

 

「ジゼルさんって言いましたっけ? アンタは知らないだろうけど、『門』の向こう側では有名な言葉にこういうのがありましてね」

 

 

 スライドを引く。薬室に弾丸装填。

 

 

「―――生きているのなら、神様だって殺してみせる」

 

「上っ等!」

 

 

 大鎌を構え直し戦闘態勢を取るジゼル。彼女の背後で赤と黒の龍が爆音の如き砲口を轟かせる。

 

 そして亜神と龍達の周(・・・・・・・・・・)囲に存在する隆起(・・・・・・・・)の一部が動いた(・・・・・・・)

 

 視界の端にそれを捉えた伊丹の口元が自然と歪み、男臭い笑みが浮かぶ。

 

 手札を生かすには活用(・・・・・・・・・・)させられる場を用意し(・・・・・・・・・・)なくてはならない(・・・・・・・・)

 

 

「ああそうそう、それからもう1つこんな言葉もありましてね」

 

「ああん?」

 

 

 さりげなく左手を背後に回し、指を3本立てる。その指を1本、そして2本と曲げていき。

 

 

「――『相手が勝ち誇った時、そいつは既に敗北している』」

 

 

 

 

 そして3本目を曲げた瞬間、銃声が渓谷に鳴り響いたのである。

 

 

 

 

 

 

 

今だ、やれ(Do it,NoW)

 

 

 伊丹がプライスによく似た声の古強者の名言を引用した丁度そのタイミングに合わせ、そのプライス本人は号令を発すると同時に岩肌と同じ色合いに偽装して頭から被っていたポンチョを被ったまま、栗林と交換したMK17ライフルを使い渓谷の対岸側からの射撃を開始した。

 

 中距離の狙撃に高い適性を持つ7.62ミリ弾は狙い違わずジゼルとか言う羽を生やした女の額に直撃。

 

 相手はロゥリィと同類の不死身の亜神だという。大口径弾が頭部を直撃すれば致命傷か即死は免れても意識不明に近い重傷は避けられないというのに、ジゼルは衝撃にもんどりうって尻餅を突きながらもすぐに立ち上がろうとしている。半壊した筈の頭部が湯気を立てて急速に復元していく様子すら老兵の目は詳細に捉えていた。

 

 

『でもぉ、幾ら死なないし再生するとは言ってもぉ、ダメージが大き過ぎればぁまともに動けるようになるまで時間がかかるしぃ、回復する端から肉の体を削られ続けたらぁどうにもならないのよねぇ』

 

 

 実際、過去には四肢や首を切り落とされて肉体から解放されるまでの1000年間を地の底に封印されて過ごす羽目になったり、獣達に内臓を再生する端から延々喰われ続ける責め苦を受けた亜神も実在したと、ロゥリィは語っていた。

 

 もう1度頭部を撃つ。倒れ、頭部が見えなくなったら心臓や肝臓等の胴体に狙いを移して射撃を加え続ける。

 

 死に至らなくとも重要器官を瞬時に破壊された際の衝撃とショック、体内で起きるその他諸々の反応は動きを封じるには十分だ。

 

 立ち上がろうとすれば脚部に撃ちこむ。大口径弾が骨に直撃すれば手足の1本ぐらい簡単にもげる。骨まで砕かれては亜神の再生能力でもそれなりの時間がかかる事もロゥリィ経由で把握済みだ。

 

 装填してある分の弾が切れたら、MK46を構えたユーリにバトンタッチし、傍らで予備マガジンを手に待機していたレレイから受け取りリロード。プライス程の精度はないが弾幕で補い、ジゼルの行動を制限し続ける。

 

 

 

 

 こちらは指揮官の動きを封じての時間稼ぎだ。本命はまた別に居る。

 

 

 

 

 

 

 

 プライスが狙撃を開始したと同時、隆起した地形に溶け込むようにして潜んでいた栗林とロゥリィもまた、擬装用ポンチョを派手に脱ぎ捨てながら行動を開始していた。

 

 

「行くよロゥリィ、お願い!」

 

「まかせなさぁい!」

 

 

 今ロゥリィは愛用のハルバードを背に携え、代わりにその手には長さ数メートルに達する長さのラペリング用ロープの両端にキャンバスバッグを2つずつ結わえ付けた物を抱えている。

 

 それは云わばボーラと呼ばれる南米や東南アジアで古くから使われてきた狩猟用の武器、そのスケールアップ版に見えなくもない代物だった。

 

 栗林、ロゥリィ、そしてテュカの隠れ場所はジゼル達が降り立った地点から斜め後方に位置しており、向こうからは完全に死角となる位置取りであった。

 

 これも伊丹の読み通りであった。囮役が岬の突端で足を止めればジゼル達は追い込んだと考えて油断し、十中八九このポイントに下りるだろう、そう伊丹は考え、予めジゼル達の死角となる配置に栗林達を待ち伏せさせたのである。

 

 手札を生かすには活用(・・・・・・・・・・)させられる場を用意し(・・・・・・・・・・)なくてはならない(・・・・・・・・)

 

 果たしてジゼルと新生龍はここまで誘導されてきた。待ち伏せに気付かれないようポンチョに獣脂を塗りたくったお陰でドラゴンの鼻も誤魔化せたようだ。

 

 主が一方的に銃撃されて号令すら発せられずにいるせいで2頭の新生龍は戸惑い、空を飛ぶのも忘れている様子を見せている。このチャンスを逃せばここまでの苦労は水の泡になる。

 

 

「せぇっ、のぉっ!」

 

 

 駆け出したロゥリィは抱えていたロープとキャンバスバッグ製のボーラを風切り音が聞こえる程の速度で振り回すと、ハンマー投げの選手を思わせるフォームでもって全力で投じる。

 

 回転しながら飛翔する巨大ボーラは2頭のドラゴンの内、ロゥリィに近い位置に居た黒の新生龍の長い首と頭部の境目に絡みつく。異変に気付いた新生龍が下手人のロゥリィの存在に気付き、威嚇の雄叫びを上げながら浮上する。

 

 にぃ、とのロゥリィの口元に深い笑みが浮かんだ。

 

 元々ボーラは紐部分が獲物の手足に絡み着く事で動きを封じる効果を目的とした武器であるが、この特大ボーラの目的はドラゴンに絡みつかせる事そのものにあった。

 

 

「皆耳を塞いで口を開いて、対ショック姿勢!」

 

 

 栗林が警告した通りに両手で耳を塞ぎ、口を開け、腰を落としてこの後起きる事に身構えた。背負ったハルバードを地面に突き立て盾とする事も忘れない。

 

 ロゥリィの後を追って飛び出し、警告を発しながら小柄な体が楽に隠れるほどの隆起にテュカ共々体を押し付けて遮蔽を確保した栗林の手には、無線式の遠隔起爆装置が握り締められていた。電源も既に作動済み。

 

 個別に設定された起爆スイッチが強く押し込まれる。

 

 

 

 

 ――瞬間。ボーラの錘代わりとしてロープの両端に結え付けられたキャンバスバッグの中身であるC4、合計40キロ前後の高性能爆薬が一斉に起爆した。

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも爆発が肉体へダメージを及ぼすメカニズムとはどのようなものなのか?

 

 所謂爆傷と呼ばれる爆発による肉体の損傷は1から4つに分類される。

 

 超音速の爆風が生み出す急激な気圧変化による一次的爆傷、砲弾そのものや破壊され飛散した建造物の破片による二次的爆傷、爆風に弾き飛ばされての打撲や崩落した建造物に巻き込まれての三次的爆傷。

 

 ここまで述べた症例以外の原因―爆発発生時の高熱、化学反応による有毒物質の発生―による四次的爆傷……爆発による負傷と一言に纏めてしまうのは簡単だが、治療する側はこれら症例の中から迅速に負傷内容を見極め、適切な処置を施さなければならないのである。

 

 黒の新生龍の頭部付近で炸裂した梱包爆薬内に充填されたC4の爆速は秒速8000メートルオーバー。この爆速の高さが威力の目安となる。

 

 それが40キロ。戦車を一撃で破壊可能な対戦車ミサイル内の炸薬量を余裕で上回る量だ。

 

 ただし砲弾とは違い生身の敵兵や非装甲車両を殺傷する為の破片は全く仕込まれていない。一定の割合で混合された化学物質製の乳白色の粘土40キロ分が秘める純粋な破壊力に伊丹達は賭けた。

 

 まず遠隔起爆装置からの信号を受けた梱包爆薬内の雷管が作動。炎に投げ込んでも単にゆっくりと燃焼する程の安定性を持つプラスティック爆薬へ、雷管内に仕込まれた微量の炸薬が反応を誘発させるに十分な刺激を齎す。

 

 数千秒の1秒後、C4そのものが爆発を起こす。連鎖反応のあまりの速さに、爆発現場から比較的近距離に居る者には閃光が走ったかと思った次の瞬間には強烈な爆風に襲われる事となる。

 

 爆発によってまず起きるのは気圧の変化。爆心地に近ければ近い程激しいその変化は体表に露出した眼球、或いは体外に通じる口や耳の穴から体内に侵入し、内部を襲った急激な圧力変化は肺や鼓膜の破壊を齎す。爆弾処理用の対爆スーツが機密構造となっているのもこれによる負傷を防ぐ為だが、無論新生龍は生まれながらにそのような対策など持ち合わせていない。

 

 気圧変化以上に黒の新生龍へダメージを及ぼしたのは秒速8000メートルの衝撃波である。

 

 衝撃波とは振動であり、気圧とはまた別の圧力である。強大な衝撃波を受ければ皮膚が肉ごと剥がれるに留まらず、体内の深くにまで浸透し臓器や細胞そのものすら崩壊させ、同時に瞬間的に加わった圧力が構造の脆い部分からバラバラに砕いてしまう。

 

 伊丹はロゥリィに、新生龍のなるべく頭に近い部分を狙って絡ませるようにともロゥリィへ命じていた。どんなに強靭な生命体でも頭部を破壊されて死なない筈がないからである(ただし亜神は除く)。

 

 完全に爆砕出来なかったとしても、頭部を襲ったC4爆薬40キロ分の衝撃は脳に重大なダメージを与え、仮に命を奪えずとも視覚や聴覚の損傷による行動低下は確実――

 

 砲撃だの、空爆だの、仕掛け爆弾だの、腐るほど爆発を身近で体験してきた伊丹の説明は、それはもう説得力に満ち溢れていたのであった。

 

 当然ながらロゥリィ、栗林、テュカにも爆風が襲い掛かった。

 

 身構え、気圧変化による被害を少しでも緩和しようと耳を塞ぎ口を空けておいたにもかかわらず、遮蔽物の向こう側から蹴っ飛ばされるような衝撃が全身を叩き、耳の穴から長い針が頭部を貫通したかのかと思わせる鋭い痛みと耳鳴りに苛まれた。

 

 

「ど、どうなったの?」

 

 

 テュカの疑問の呟きも耳鳴りに掻き消されて栗林には届かなかった。

 

 そっと身を乗り出して爆心地を見やる。立ち込める化学反応の残滓と、地面を砕き舞い上がった土煙が入り混じった黒灰色の煙が漂っていたが、すぐに煙幕が薄れ結果が露わになる。

 

 ……頭部を除き、黒の新生龍はほぼ完全に原型を保っていた。ただし首から根元にかけて覆っていた筈の鱗は爆風に剥ぎ取られ、肉の層を覗かせている。

 

 サイズは年月を経て成長しきった炎龍に及ばずとも攻撃的な威圧感は負けず劣らずであった面構えは、鱗どころか肉の大部分が吹き飛んでしまい、露出した頭蓋骨も半分以上が消失していた。脳が収まっていた筈の空洞にはグロテスクなシチューの残骸が零れ落ちるのみである。

 

 

「うふふふふふふふふふ」

 

 

 場にそぐわぬ妖艶さを帯びたロゥリィの笑い声。

 

 黒の新生龍ほどではないが、ハルバードを盾にしたとはいえまともに巻き込まれれば命に関わってもおかしくない距離で爆風を浴びた彼女の肌からは、傷からの再生直後を示す白い煙が全身から立ち昇り、自慢の黒ゴスドレスもジゼルと負けず劣らずなレベルにまで無残に破けていたが、どれにも意を解さず楽しげにロゥリィは笑い続けるばかりだ。

 

 

「こぉんな派手なのも悪くない、悪くないわぁ。さぁ残るはもう1匹、こっちも派手に、盛大に先に待つ兄弟の後を追わせてあげましょぉ」

 

 

 残る片割れ、赤の新生龍は衝撃波と銃声とは比べ物にならない轟音に掻き回され、文字通りの未知の衝撃にパニックになっているようで、上手く翼を羽ばたかせられずに地上でもがいている。

 

 一瞬、そんなドラゴンに哀れみを覚えたものの、すぐに意識を切り替えた栗林は次を持って来いと手招きするロゥリィへ、残りの爆薬ボーラを渡すべく駆け寄るのであった。

 

 

 

 

 

 

 さて、そのドラゴンの飼い主である。

 

 

「えほっんべっ。な、何だ、何が起きたんだっ……!?」

 

 

 見えない攻撃に絶え間なく頭部を撃たれ、臓腑を貫かれ、足を砕かれてといい様に動きを封じられるのに業を煮やして空中に逃げ出そうと思ったジゼルであったが、背後で突如発生した大爆発に巻き込まれた彼女の体は空から叩き落され、気が付くと地面に半ば埋まった状態と伊丹の足元に転がっていた。

 

 翼を大きく広げて飛び上がった瞬間に爆風を浴びた結果、ジゼルの自慢の翼は想定強度を超える強風にあおられた凧よろしく何ヶ所かが歪に折れ曲がり、片方に至っては半ばから引き千切られて短くなっているという有様と化している。

 

 翼以外の部分も甚大な被害を受けており、肉体そのものは亜神の能力で再生するが、服に関してはそうはいかない。

 

 なけなしの白ゴスドレスの残骸も皮膚ごと爆風に剥がれ飛んだ。それにより現在のジゼルは深縹肌の白ゴス系龍系亜人痴女から全裸痴女へとランクアップ(?)していた。

 

 愛用の得物である大鎌も、爆発を受けた際指ごと手からもぎ取られはるか離れた地面に突き立っている。

 

 目くらましに何度か受けたスタングレネードのそれを軽く上回る壮絶な轟音と衝撃波が再び背後で発生し、再生したばかりの鼓膜でそれを受け止めたジゼルは短い悲鳴を上げて頭を抱え、耳を塞いだ。

 

 錆びついたからくり時計よりもぎこちない動きで背後を見やる。

 

 ようやく飛び立とうと試みたものの、やはりロゥリィが投じた爆薬ボーラが首に巻き付いた状態で栗林に起爆された赤の新生龍が同胞の後を追って墜落するところであった。

 

 

「うっへぇ、流石にあれだけの量だと爆発も派手だねぇ。おー耳が痛ぇ」

 

 

 顔の向きを戻せば、ジゼルと新生龍を罠に誘い込んだイタミヨウジが顔を顰め耳に指を突っ込んだ姿で佇んでいる。

 

 どうする? ヒト種程度、亜神の身体能力ならば完全に回復していなくても素手で首り殺す程度簡単だ。

 

 一瞬迷うジゼルであったが、次の瞬間には額に冷たい汗を浮かべて過ぎった考えを即座に放棄した。

 

 

(ヤバい、さっきのヤツが今も狙ってやがる)

 

 

 飛来した攻撃の方向からしてイタミヨウジの背後、川を挟んだ谷の向こう側に潜んでいるのまでは理解できたがそこから先、具体的な位置や方角は分からない。

 

 にもかかわらず、殺気だけはビシバシと伝わってくるのだ。400年余りの生涯でこれほど強烈かつ巧妙に隠蔽された殺気など、ジゼルには初めての経験であった。

 

 そうこうしている間に背後からにゅっと突き出されたハルバードの刃が喉に触れ、「じぃ~ぜぇ~る~」とロゥリィのそれはもうドスが利いた声が真後ろで響くに至り。

 

 

「ちっくしょぉい! オレの負けだ負けだ好きにしやがれってんだ! でも幽閉だけは勘弁してぇ!」

 

 

 

 

 全裸の龍人系美女亜神が涙目でジタバタしながら懇願するという醜態を以って、激闘の幕は下りたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『戦術とは一点に全ての力をふるう事である』 ――ナポレオン

 

 

 

 

 

 




ジゼルの手足のデザインはコミカライズ担当の竿尾先生がぴくしぶにヘアヌード絵のっけてらっしゃるので是非参考にどうぞ(宣伝)
やはり竿尾先生の巨乳絵は至高…!(握り拳)

次回辺りで2部完結(の予定)


執筆の貴重な糧となる批評・感想随時お待ちしております。

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